この事件では、刑事責任を問われた学生、民事訴訟で賠償責任を認められた学生、大学として再発防止を約束した近畿大学が、それぞれ異なる立場で関係している。
特に重要なのは、刑事事件で処分された9人と、民事裁判で賠償責任を認められた16人は同じ人数・範囲ではないという点だ。
| 関係主体 | 事故・訴訟での役割 | 確認できる事実・結果 |
|---|---|---|
| 登森勇斗さん | 被害者 | 近畿大学2年生。当時20歳。2017年12月12日に死亡 |
| GET JUNES | 非公認テニスサークル | 当時約100人が所属。事故後に活動を自粛し解散 |
| 飲み会参加者 | 飲酒を促した側など | 民事訴訟で参加者10人に賠償命令 |
| 介抱役の学生 | はけさし | 飲み会後に到着。8人のうち6人に民事上の賠償責任 |
| 刑事処分を受けた学生 | 過失致死罪の対象 | 9人に罰金30万~50万円の略式命令 |
| 近畿大学 | 大学としての管理・教育責任 | 2023年3月、遺族と再発防止策の実施を約束して和解 |
| 大阪地裁 | 民事訴訟の第一審 | 2023年3月31日、元学生16人に賠償を命令 |
| 大阪高裁 | 控訴審 | 2024年1月15日、学生16人と遺族の和解が成立 |
学生個人の責任だけでなく、大学の管理体制も問題になった。
遺族は、近畿大学と当時の学生18人を相手取り、約1億500万円の損害賠償を求める訴訟を起こしている。
大学との訴訟については、学生らに対する2023年3月31日の判決に先立つ同月17日、大阪地裁で和解が成立した。
和解内容には、大学側が遺族に弔意を示し、飲酒事故の再発防止策を徹底することが盛り込まれた。
ここで区別しておきたいのは、2024年の5090万円の和解金を支払うことになったのは学生16人であり、近畿大学との和解は別の手続きだったという点だ。
大学は事故後、検証チームを設置し、約50回にわたる関係学生らへのヒアリングを実施。非公認サークルの管理や学生への飲酒教育など、大学側の対応についても検証を進めた。
大学の検証報告書は、非公認団体の活動実態を把握する難しさや、従来の注意喚起が学生に十分届いていなかった問題を指摘している。
【2023年大阪地裁判決と2024年大阪高裁和解】5090万円とアルハラ認定の意味

近畿大学一気飲み事件の法的な転換点は、2023年の大阪地裁判決と、2024年の大阪高裁での和解にある。
この2つを理解すると、なぜ「飲酒の強要は認められなかった」という第一審の判断から、「場の空気による心理的強要もアルハラに該当する」という高裁の所見につながったのかが見えてくる。
2023年3月31日:大阪地裁が16人に賠償命令2020年7月、登森さんの両親は大学と学生18人に対して民事訴訟を提起した。
2023年3月31日、大阪地裁は学生18人のうち16人について、適切な救護を行わなかったことなどを理由に賠償責任を認めた。
報道によると、賠償責任が認められたのは次の学生たちだった。
- 飲み会に参加していた学生10人
- 飲み会終了後に介抱などを担当した学生8人のうち6人
残る2人については、事故への関与が十分に認められず、賠償責任は否定された。
この判決で重要なのは、飲酒を強要したかどうかだけでなく、危険な状態にある登森さんを救護する義務があったかどうかが判断されたことだ。
大阪地裁は、登森さんが急性アルコール中毒によって放置すれば死亡する危険のある状態にあったことを、関係学生が認識できたと判断した。
そして、救急車を呼ぶなどの適切な措置を取らなかった点について、救護義務違反を認めた。
第一審では飲酒の強要が認められなかった理由一方、大阪地裁は違法な飲酒強要については認めなかった。
その理由として、裁判では、飲酒を断った学生がさらに飲酒を求められたり、断ったことを理由に罰を受けたりした事情が確認できなかったことが挙げられている。
実際、同じ2年生の学生が飲酒を中断した際にも、上級生から咎められた事実は認められなかった。
しかし、ここで注意したいのは、裁判所がコールや飲酒を促す行為そのものを問題なしとしたわけではないことだ。
大阪地裁は、参加者がコールを掛けるなどして登森さんに多量の飲酒を促したことを認定している。
加えて、その行為には急性アルコール中毒を引き起こし、死亡させる危険性があり、危険な状態になった場合には救急車を呼ぶ義務が生じると判断した。
つまり、飲酒強要の法的な認定と、飲酒を促した行為に伴う救護義務の認定は、別々に判断されたのである。
2024年1月15日:大阪高裁で5090万円の和解が成立2024年1月15日、控訴審が行われていた大阪高裁で、登森さんの両親と学生16人との和解が成立した。
和解の主な内容は次のとおり。
- 学生16人が遺族に対して謝罪する
- 学生16人が連帯して5090万円を支払う
- 大阪高裁が和解に際して示した所見を踏まえ、飲酒事故と救護義務の問題を改めて考える
第一審判決を不服として控訴した学生は12人だったが、和解には控訴していなかった4人も含まれている。
この和解で大きな注目を集めたのが、大阪高裁が示したアルコール・ハラスメントについての所見だ。
イッキ飲み防止連絡協議会の「イッキ飲み・アルハラ防止キャンペーン2024」では、和解時の高裁の所見について、次のように紹介している。
コールと場の空気による心理的な強要が働くのであって、アルコールハラスメントに該当する。
この所見の意味は大きい。
飲酒を嫌がる学生に対して、無理やりグラスを口に運ばせたり、腕をつかんで飲ませたりする行為だけがアルハラではない。
周囲が一斉にコールを掛け、飲むことが当然であるかのような雰囲気をつくり、断りにくい状況に追い込むことも心理的な強要になり得る。
また、和解に際しては、救護義務違反についても、死亡という重大な結果を招いた行為であり、保護責任者遺棄致死罪にも値するとの所見が示されたと報じられている。
ただし、これは大阪高裁での和解に際して示された所見であり、16人全員に保護責任者遺棄致死罪の刑事判決が下されたという意味ではない。
2024年の重要な変化は、刑事責任の確定ではなく、飲酒を取り巻く心理的圧力までアルハラの問題として明確に指摘されたことにある。
【2026年現在の再発防止策】近畿大学飲酒事故防止規程はどう変わった?
事故から約9年が経過した2026年11月現在、近畿大学では飲酒事故を防止するための規程が整備され、学生への注意喚起も継続されている。
特に重要なのが、2024年7月1日に施行された近畿大学飲酒事故防止規程だ。
2024年7月1日施行の飲酒事故防止規程この規程では、学生自身の飲酒だけでなく、他者に対する飲酒の強要や、事故が発生した際の救護義務まで具体的に定められている。
| 規程 | 主な内容 |
|---|---|
| 第3条 | 20歳未満の飲酒と、20歳未満の学生への飲酒の勧奨を禁止 |
| 第4条 | 飲酒の強要や本人の意に沿わない飲酒の勧奨を禁止 |
| 第5条 | 一気飲み、過度な飲酒、コールなどによる飲酒の強要・煽りを禁止 |
| 第6条 | 急性アルコール中毒が疑われる場合、直ちに救急車を要請し救護する義務 |
| 第8条 | 禁止行為を目撃した場合、制止や防止に努める義務 |
| 第9条 | 規程違反をした学生や学生団体に対する懲戒処分 |
注目したいのは、第5条第3項だ。
この条文では、他者に対する一気飲みや多量・多頻度の飲酒の強要だけでなく、いわゆるコールを掛けるなど、飲酒を煽る行為も禁止対象としている。
これは、2017年の事件で問題となった集団による飲酒の促しと、2024年の大阪高裁で示された心理的強要の問題を考えるうえで重要な規定だ。
第6条で明確になった救護義務再発防止策の中でも、特に重要なのが第6条である。
規程では、急性アルコール中毒の症状が見られる、あるいは危険な状態になるおそれがある場合、学生は本人を放置してその場を離れてはならず、ためらわず直ちに救急車を要請しなければならないと定めている。
危険な症状として挙げられているのは、次のような状態だ。
- 昏睡状態になっている
- 呼び掛けても反応しない
- 意識が混濁している
- 言葉が支離滅裂になっている
- 呼吸回数が減少している
- 何度も嘔吐している
- 体温が低下している
こうした症状があれば、単なる酔いつぶれと判断してはいけない。
水を飲ませて様子を見る、友人宅で寝かせる、翌朝まで付き添う人を置かずに放置する、といった対応では救命につながらない危険がある。
大学の規程では、救護活動を行った場合の学生部や守衛室への報告についても定めている。
2026年も続く大学公式の注意喚起2026年の近畿大学公式情報にも、飲酒事故に関する注意喚起が掲載されている。
2026年2月4日付の「春期休暇中の注意事項について」では、20歳未満の飲酒や飲めない人への飲酒の無理強いを禁止し、急性アルコール中毒が疑われる場合には迷わず救急車を呼ぶよう呼び掛けている。
加えて、2026年7月30日付の「夏期休暇を迎えるにあたって」でも、飲酒マナーについて改めて注意を促している。
同告知では、学生部が注意事項を分かりやすく伝えるための動画配信を行っていることも案内された。
20歳未満の飲酒については懲戒処分の対象となることや、飲酒を強要しようとする人に勇気を持って注意することも伝えられている。
これらは2026年にも大学が継続している公式の啓発活動として確認できる。
2017年の事故から見える再発防止の課題近畿大学の2020年の検証報告書には、従来の啓発活動が十分に機能していなかったことも記されている。
当時、大学は学生向けの冊子や学内メールなどで飲酒マナーを注意喚起していた。
しかし、関係学生への聞き取りでは、注意喚起のメールを覚えていない、内容を知っていても自分たちには関係ないと思っていた、といった状況が明らかになった。
そのため、大学は従来の情報発信に加えて、次のような取り組みを進めた。
- 新入生オリエンテーションやガイダンスでの直接指導
- 大学構内への啓発ポスター掲示
- 大学周辺の飲食店や商店街への協力要請
- 「飲めません」シールなどの配布
- アルコールパッチテストを通じた正しい知識の普及
- 警察と連携したマナー・防犯講演会
- 保護者への事故報告と再発防止策の説明
特に、非公認サークルの実態把握は大学にとって難しい課題として挙げられていた。
ここから見えるのは、規程を作り、注意事項を配信するだけでは不十分だということだ。
学生が所属する団体の活動状況を把握し、飲酒を伴うイベントの実態を確認し、問題行為を早期に止められる環境をつくることが欠かせない。
【近畿大学一気飲み事件に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:近畿大学一気飲み事件の犯人は誰ですか?
A1:2019年、当時の学生9人が過失致死罪で略式起訴され、大阪簡易裁判所から罰金30万~50万円の略式命令を受けています。ただし、公開判決文では個人名が匿名化されており、9人全員の実名を公的資料から確認することはできません。
Q2:登森勇斗さんはなぜ亡くなったのですか?
A2:2017年12月11日のテニスサークルの飲み会で、ビールやウォッカを大量に一気飲みし、急性アルコール中毒に陥りました。翌12日午前に心肺停止状態で発見され、救急搬送後、午後4時40分に死亡が確認されました。死因は急性アルコール中毒を原因とする蘇生後脳症です。
Q3:2024年の5090万円は誰が支払うのですか?
A3:登森さんの両親との和解に基づき、当時の学生16人が連帯して支払うことになった金額です。近畿大学が支払う和解金ではありません。大学と遺族との間では、2023年3月に別途、再発防止策の実施などを条件とする和解が成立しています。
Q4:大阪高裁は一気飲みをアルハラと認定したのですか?
A4:2024年1月の和解に際し、大阪高裁は、コールや場の空気による心理的な強要もアルコール・ハラスメントに該当するとの所見を示しました。ただし、これは和解に際しての所見であり、控訴審の正式な判決で刑事責任を認定したものではありません。
Q5:近畿大学は現在、一気飲みを禁止していますか?
A5:はい。2024年7月1日施行の近畿大学飲酒事故防止規程で、一気飲みや過度な飲酒、コールなどによる飲酒の強要を禁止しています。急性アルコール中毒が疑われる場合の救急車要請も義務として定められています。
Q6:事件が起きたテニスサークルは現在も活動していますか?
A6:近畿大学の2020年の検証報告書によると、事故後に活動を自粛し、最終的に解散しています。
【プロの結論】近畿大学一気飲み事件が残した教訓と今後の判断基準
近畿大学一気飲み事件の本質は、単に飲み過ぎた学生が亡くなったという話ではない。
飲酒を盛り上げるためのコール、断りにくい集団心理、泥酔者が出ることを前提としたサークル運営、そして生命の危険が生じた後の救護判断の遅れ。これらが重なったことで、取り返しのつかない結果につながった。
この事件から読み取るべき要点は3つある。
1.飲酒を強要していないという言い訳は通用しない
相手の口に酒を無理やり流し込まなくても、集団でコールを掛け、飲むことを当然とする雰囲気をつくれば心理的な強要になり得る。2024年の大阪高裁の所見は、この問題を明確に示した。
2.飲酒を促した側には救護責任が生じる場合がある
大阪地裁は、飲酒を促す行為によって危険を発生させた学生らに、救急要請などの救護義務があると判断した。加えて、直接飲ませた人だけでなく、意識を失った登森さんを運んだ学生らにも救護義務違反を認めている。
3.意識を失った人を寝かせておくことは絶対に避ける
急性アルコール中毒が疑われる場合、本人の意思確認ができない状態を軽く考えてはいけない。呼び掛けても反応しない、呼吸がおかしい、繰り返し吐くなどの症状があれば、直ちに119番通報する必要がある。
2026年現在、近畿大学では飲酒事故防止規程が施行され、学生への啓発活動も続いている。しかし、制度の存在と、現場で実際に守られていることは別問題だ。
登森勇斗さんの死亡事故を過去の出来事として終わらせないためには、学生一人ひとりが「飲まない自由」と「救急車を呼ぶ責任」を理解しなければならない。
飲み会の盛り上がりよりも、人の命を優先する。その判断ができる環境をつくることこそ、2017年の事故から社会が受け取るべき最大の教訓である。
主な資料:近畿大学「飲酒による死亡事故に関する検証チーム最終報告書」(2020年)、大阪地方裁判所2023年3月31日判決、毎日新聞、MBSニュース、イッキ飲み防止連絡協議会「イッキ飲み・アルハラ防止キャンペーン2024」、近畿大学「飲酒事故防止規程」(2024年7月施行)、近畿大学2026年春期・夏期休暇中の注意事項。