カーリング女子日本代表として3大会連続で冬季オリンピックに出場し、平昌五輪の銅メダル、北京五輪の銀メダル獲得に貢献した吉田知那美さん。2026年11月現在、35歳となった彼女は、長年所属したロコ・ソラーレを離れ、プロカーリング選手として新しい競技人生を歩んでいます。
プライベートでは2022年7月26日にアルペンスキーコーチの河野恭介さんと結婚。妹の吉田夕梨花さんとの姉妹関係や、Instagram、公式YouTubeチャンネルでの発信も注目されています。さらに2026年には初のプロリーグ「ロックリーグ」に参戦し、カーリング解説の技術を磨くためアナウンススクールにも通っていたことを明かしました。
【2026年最新】吉田知那美の現在は?ロコ・ソラーレ退団後の活動
2026年の吉田知那美さんを語るうえで最大の転換点は、12年間所属したロコ・ソラーレからの退団です。
2026年3月31日、吉田さんは自身のInstagramを更新し、同日をもってロコ・ソラーレを退団することを発表しました。2014年6月の加入以来、チームの中心選手として国内外の大会を戦い、五輪2大会連続のメダル獲得に貢献してきた彼女にとって、大きな節目となりました。
退団発表では、チームで過ごした12年間への感謝と、新しい環境でカーリングを続ける決意を表明しています。
「これからも変わらぬ情熱で、カーリング人生が彩豊かであるよう邁進し続けます」
この言葉が示すように、退団は競技引退を意味するものではありません。吉田さんは現役を続行し、2026年4月から新設されたプロリーグ「ROCK LEAGUE(ロックリーグ)」に参戦しています。退団発表の全文は日刊スポーツでも報じられました。
新天地はTYPHOON CURLING CLUB2026年4月、吉田さんは世界初のカーリングプロリーグに参加する「TYPHOON CURLING CLUB(タイフーン・カーリングクラブ)」で新たなキャリアをスタートさせました。
注目すべきなのは、選手として参加するだけでなく、チームの主将を務めていることです。
ロックリーグは、従来の国別・既存チーム別の競争とは異なり、世界各地から選ばれたトップ選手が混成チームを組む新しい競技形式を採用しています。男女それぞれの試合とミックスダブルスを同時に行い、3種目のうち2勝したチームが勝利する方式です。
吉田さんにとって、長年のチームメートと戦う環境から、国籍や競技文化の異なる世界トップ選手と新しいチームを作る環境への転換となりました。
2026年4月6日から12日にカナダ・トロントで開催された開幕シーズンでは、タイフーンが決勝に進出して準優勝。吉田さんは女子4人制に出場し、チームの勝利にも貢献しました。日刊スポーツは4月13日、退団後初の大会で準優勝したことを報じています。
2026年秋もトレーニングと競技普及に取り組む競技面では、9月16日の取材で、8月から新しいパーソナルトレーニング施設と契約し、身体づくりを改めて始めたことを明かしています。
これまでの重量を重視するトレーニングから、身体の仕組みや動作を理解する段階へと取り組み方を変えている点も興味深いところです。35歳という年齢を新しい挑戦の区切りとし、より強い身体を目指しています。
また、10月には女性アスリートへの誹謗中傷や応援のあり方を議論するシンポジウムにも参加。10月24日、25日には帯広でカーリングの講習会を行ったことも地元紙で報じられました。
競技者として氷上に立つだけでなく、カーリングを伝え、次の世代に広める活動も現在の重要な仕事になっています。
【吉田知那美の経歴】北見市常呂町から五輪メダリストになるまで
吉田知那美さんは、1991年7月26日生まれ。出身地は北海道北見市常呂町です。日本のカーリング文化を語るうえで欠かせない地域で育ち、小学生のころから競技に親しんできました。
小学2年生からカーリングを始めた少女時代吉田さんがカーリングを始めたのは小学2年生のときです。カーリングが地域に根付いていた常呂町で、地元の指導者である小栗祐治さんに誘われたことがきっかけでした。
小学生のころから大会に出場し、中学生になると同世代の選手たちと「ROBINS」を結成。2006年の日本選手権では、トリノ五輪代表のチーム青森を破る活躍を見せました。
当時から高い競技能力を持っていたことが分かるエピソードです。
カナダ留学と北海道銀行フォルティウスへの加入北海道網走南ヶ丘高校を卒業した後、吉田さんはカナダ・バンクーバーへ留学しました。
カーリングの本場で技術を学ぶとともに、英語を身につけた経験は、その後の国際大会での活動にもつながっています。
2011年には北海道銀行フォルティウスに加入。2014年のソチオリンピックでは日本代表として出場し、女子団体で5位入賞を果たしました。
その後、同年6月に地元の常呂町を拠点とするロコ・ソラーレへ移籍。ここから、後に日本中に知られることになるチームでの競技人生が始まりました。
吉田知那美の経歴・五輪成績を年表で整理| 時期 | 所属・関係者 | 主な出来事・実績 |
|---|---|---|
| 小学2年生 | 常呂町 | カーリングを始める |
| 2006年 | ROBINS | 中学生で日本選手権に出場し、チーム青森を破る |
| 2010年 | カナダ留学 | バンクーバーで語学とカーリング技術を学ぶ |
| 2011年 | 北海道銀行フォルティウス | 加入。競技者として本格的に国際舞台を目指す |
| 2014年 | ソチオリンピック | 日本代表として5位入賞 |
| 2014年6月 | ロコ・ソラーレ | 加入。サードとして活躍 |
| 2016年 | ロコ・ソラーレ | 世界選手権銀メダル |
| 2018年 | 平昌オリンピック | 女子団体銅メダル |
| 2022年 | 北京オリンピック | 女子団体銀メダル |
| 2022年7月26日 | 河野恭介さん | 結婚 |
| 2026年3月31日 | ロコ・ソラーレ | 12年間の所属を終えて退団 |
| 2026年4月 | TYPHOON CURLING CLUB | プロカーラーとしてロックリーグに参戦。主将に就任 |
この年表から分かるのは、吉田さんの競技人生が一つのチームにとどまらず、環境を変えながら発展してきたことです。
小学生時代からの経験、海外留学、ソチ五輪、ロコ・ソラーレでのメダル獲得、そして2026年のプロ転向。各段階で新しい環境に挑戦している点が、経歴を貫く特徴です。
【五輪3大会の軌跡】ソチ5位から平昌銅・北京銀メダルへ
吉田知那美さんの名前を広く知らしめたのが、3大会連続の冬季オリンピック出場です。
2014年ソチオリンピック:最初の五輪で5位入賞2014年のソチ五輪では、北海道銀行フォルティウスの選手として女子カーリング日本代表に選ばれました。
結果は5位入賞。メダル獲得には届きませんでしたが、世界最高峰の大会を経験したことは、その後の競技人生における大きな財産となりました。
この大会の後、吉田さんはロコ・ソラーレへ移籍します。後の五輪メダル獲得につながる重要な転換点でした。
2018年平昌オリンピック:日本カーリング史上初の銅メダル2018年の平昌五輪では、ロコ・ソラーレの一員として出場しました。
日本女子カーリングは予選から接戦を重ね、準決勝では韓国に敗れたものの、3位決定戦でイギリスを破り、銅メダルを獲得しました。
日本カーリング史上初となるオリンピックのメダルであり、女子カーリングが全国的な注目を集めるきっかけにもなりました。
吉田さんはサードとしてチームを支え、メダル獲得に貢献。ロコ・ソラーレの明るい雰囲気と、重要な局面でも粘り強く戦う姿勢が印象に残った大会です。
2022年北京オリンピック:銀メダルで2大会連続の快挙2022年の北京五輪では、ロコ・ソラーレが再び日本代表として出場しました。
予選リーグでは厳しい戦いもありましたが、チームは準決勝に進出。スイスとの準決勝を制し、決勝ではイギリスと対戦しました。
決勝では敗れたものの、結果は銀メダル。平昌五輪の銅メダルに続き、2大会連続で表彰台に立つ快挙を成し遂げました。
JOCのTEAM JAPAN公式プロフィールにも、平昌2018冬季大会の銅メダルと北京2022冬季大会の銀メダルが記録されています。五輪3大会に出場し、2大会連続でメダルを獲得した実績は、吉田さんのキャリアを象徴するものです。
なお、ソチ五輪は5位入賞であり、メダルを獲得したのは平昌と北京です。この3大会の成績を混同しないことが、吉田さんの経歴を正確に理解するポイントです。
【吉田知那美の結婚】相手は河野恭介!2022年7月26日の入籍と夫婦生活
吉田知那美さんの結婚相手は、元アルペンスキー選手で、全日本スキー連盟のアルペンスキーコーチを務める河野恭介さんです。
2人が結婚したのは2022年7月26日。吉田さんの31歳の誕生日にあたる日でした。翌27日にInstagramを通じて結婚を公表し、スポーツ各紙でも大きく報じられました。
河野恭介さんはどんな人物?河野さんは吉田さんと同世代の元アルペンスキー選手です。現役時代はスラロームを中心に国際大会で活躍し、2017~2018年シーズンを最後に競技生活から引退。その後は指導者として活動してきました。
2026年6月の集英社「web Sportiva」のインタビューでは、河野さんが全日本スキー連盟のアルペンスキーのヘッドコーチに就任することが決まったと紹介されています。
カーリングとアルペンスキーという異なる競技に携わる2人ですが、どちらも世界を舞台に活動してきたアスリート同士です。競技に対する理解を共有できる関係も、夫婦の特徴の一つといえます。
結婚発表で話題になった「多拠点婚」結婚発表時に注目されたのが、一般的な一つの住居を中心とする生活とは異なる「多拠点婚」というスタイルです。
吉田さんは結婚報告で、北海道、長野県、カナダ、ヨーロッパなど複数の地域を拠点としながら、それぞれが大切にしている競技や仲間との時間を維持する結婚生活を選んだと説明しました。
2026年1月の日刊スポーツの報道では、吉田さん自身は北見市、長野県野沢温泉村、カナダを主な拠点とし、河野さんは北見市、野沢温泉村、オーストリアを中心に活動する生活が紹介されています。
同じ場所に常にいることよりも、お互いの仕事や競技生活を尊重し、時間を調整しながら一緒に過ごすことを大切にしている様子が伝わります。
2026年の結婚生活と新しい生活環境2026年10月までに報じられた本人のYouTubeでの発信によると、吉田さんは同年7月に東京へ引っ越したことも明かしています。
これは、ロコ・ソラーレ退団後の活動環境が変化していることを示す近況の一つです。プロリーグへの参戦、メディア関連の仕事、競技普及など、活動内容の広がりに合わせて生活拠点にも変化が生まれています。
結婚後も競技を続け、夫婦それぞれの目標を大切にするという当初の考え方は、2026年の活動にもつながっています。
なお、結婚後の家族構成や子どもに関する詳細については、本人から公表された情報を基準に捉える必要があります。公表されていないプライベートな事項を、SNS上の推測だけで判断することはできません。
【妹は吉田夕梨花】姉妹でロコ・ソラーレを支えた関係とは?
吉田知那美さんの妹は、同じくカーリング選手として活躍する吉田夕梨花さんです。
姉の知那美さんは1991年7月26日生まれ、妹の夕梨花さんは1993年7月7日生まれ。2人は北海道北見市常呂町の出身で、カーリングを通じて長年競技生活を共にしてきました。
姉・知那美はサード、妹・夕梨花はリードロコ・ソラーレでは、知那美さんがサード、夕梨花さんがリードを務めていました。
カーリングは4人でプレーする競技で、リード、セカンド、サード、スキップという役割があります。選手ごとに投球順や担う役割が異なり、チーム全体で戦略を組み立てることが大切です。
姉妹が同じチームに所属し、国際大会やオリンピックで戦ってきたことは、2人のキャリアを特徴づける部分です。
また、2024年5月には夕梨花さん自身が結婚を発表しました。相手はスピードスケート選手の新濱立也さんです。この際、知那美さんはロコ・ソラーレの公式発表で妹の結婚を祝福しています。
2026年、姉妹は別々の競技環境へ2026年3月末、知那美さんはロコ・ソラーレを退団しました。一方、夕梨花さんは引き続きロコ・ソラーレの選手として活動しています。
姉妹が別々のチーム環境で競技を続けることになった点は、大きな変化です。
ただし、知那美さんは退団発表の中で、藤澤五月さん、鈴木夕湖さん、妹の夕梨花さんへの感謝を記しています。特に「50歳での再集結まで、しばしお別れです」という趣旨のメッセージは、長年のチームメートとの関係を象徴するものでした。
同じチームで戦う期間が終わっても、姉妹としての関係や、カーリングを通じて築いた絆までなくなるわけではありません。これからはそれぞれの場所で競技に取り組む2人の姿が注目されます。
【Instagram・YouTube】吉田知那美のSNSと2026年の新しい挑戦
吉田知那美さんの近況を知るうえで重要なのが、Instagramと公式YouTubeチャンネルです。
Instagram公式アカウントは「@chinami1991」吉田さんはInstagramで「Chinami Yoshida 吉田知那美(@chinami1991)」として発信しています。
競技に関する話題だけでなく、トレーニング、日常の出来事、遠征先での様子など、幅広い内容が発信されています。
2026年にはロコ・ソラーレ退団の報告もInstagramを通じて行われました。テレビやニュース記事だけでは伝わりにくい本人の考え方や活動の変化を知るための情報源になっています。
2026年6月5日に公式YouTubeチャンネルを開設2026年6月5日、吉田さんの公式YouTubeチャンネル「吉田知那美のちなみにチャンネル」が開設されました。
所属マネジメント会社のスポーツビズによる公式発表では、チャンネルの内容として、カーリングに関する話題に加え、日々のトレーニングやオフの日常などを届ける予定と説明されています。
試合の結果だけではなく、競技者としての準備や普段の生活まで自分の言葉で伝える場ができたことは、発信活動の新しい展開です。
アナウンススクールにも通学!カーリング解説への意欲2026年10月に特に話題になったのが、吉田さんがアナウンススクールに通っていたというニュースです。
10月17日付のORICON NEWSによると、吉田さんは2026年7月に東京へ引っ越した後、テレビ朝日が創設したアナウンススクール「テレビ朝日アスク」に3か月間通学。毎週水曜日の夜にナレーションの基礎などを学んでいたことを自身のYouTubeチャンネルで明かしました。
通学の目的は、アナウンサーへの転身ではありません。本人が語ったのは、今後もカーリングの解説に取り組むため、話し方や言葉の使い方、声のコントロールを学びたいという考えでした。
「カーリングの解説をこれからも頑張っていきたいな」
この発言からは、競技経験を次の形で生かそうとする姿勢がうかがえます。
トップ選手としての実績があっても、競技の魅力を視聴者に伝えるためには別の技術が必要です。吉田さんはその部分を自ら学び直そうとしているのです。
選手から解説者、競技普及へ広がるキャリア吉田さんは2020年に日本スポーツ協会公認コーチの資格も取得しています。
2026年6月のweb Sportivaのインタビューでは、指導者への転身をすぐに考えているわけではないとしながらも、自身がカーリングから得た経験を次の世代に伝えることへの関心を語っています。
加えて、同インタビューでは、ロックリーグで英語を使う機会が増えたことを受け、語学力を高めたいという考えも明かしました。ロンドンやオーストリアでの学習計画にも触れており、競技だけにとどまらない自己研さんを続けています。
選手、主将、解説者、普及活動という複数の役割を組み合わせていくことが、2026年以降の吉田さんのキャリアを考えるうえで要点です。
【プロの視点】吉田知那美の転身から見えるカーリング選手の新しいキャリア
吉田知那美さんの2026年の変化を、単純なチーム移籍として捉えるだけでは、その意味を十分に理解できません。
重要なのは、長年所属したチームを離れた後も、競技者としての活動を続けながら、国際的な競技環境、情報発信、解説、競技普及へと活動領域を広げていることです。
1. ロックリーグ参戦は国際的な競争環境への挑戦ロコ・ソラーレでは、長年のチームメートとの連携を強みに戦ってきました。一方、ロックリーグでは異なる国や競技文化を持つ選手と新しいチームを作る必要があります。
ここでは個人の技術だけでなく、コミュニケーション能力、戦術理解、異文化への適応力も求められます。
カナダ留学で培った英語力や、海外遠征の経験は、こうした新しい環境でも生かせる資産です。
2. 解説の学習は競技経験を社会に還元する取り組みカーリングは、ストーンを投げる技術だけで勝敗が決まる競技ではありません。氷の状態、ストーンの配置、投球の強弱、チームの戦略など、複数の要素が絡み合います。
そのため、競技経験のある解説者が、試合中に起きていることを分かりやすく伝える価値は大きいといえます。
吉田さんがアナウンススクールで話し方を学んだことは、単なる新しい趣味ではなく、競技経験をより多くの人に届けるための専門性を高める行動と捉えられます。
3. 選手としての活動と競技普及を両立できるか五輪メダリストの経験は、ジュニア選手やカーリングを始めたばかりの人にとって大きな学びになります。
吉田さん自身も、常呂町で地域の人々からカーリングを学び、カナダ留学を経て世界のトップレベルに到達しました。その経験を次の世代に伝えることは、日本のカーリング界にとっても価値があります。
プロリーグでの競技活動を軸にしながら、解説や講習会、YouTubeなどを通じて競技を広める。この複数の活動をどのように組み合わせていくかが、今後の見どころです。
2026年6月のインタビューでは、ロックリーグの2期目が2027年1月に始まる予定で、すでに準備のためのミーティングが進んでいることも明かしています。次のシーズンでどのような活躍を見せるのか、注目が集まります。
吉田知那美に関するよくある質問(FAQ)
Q1:吉田知那美は2026年現在、何をしている?
A1:2026年3月にロコ・ソラーレを退団し、4月からTYPHOON CURLING CLUBの主将としてプロリーグ「ロックリーグ」に参戦しています。トレーニングやカーリング普及活動、メディア出演、YouTubeでの発信にも取り組んでいます。
Q2:吉田知那美の結婚相手は誰?結婚した日はいつ?
A2:結婚相手は元アルペンスキー選手で、全日本スキー連盟のアルペンスキーコーチを務める河野恭介さんです。2022年7月26日に入籍し、翌27日にInstagramなどを通じて結婚を公表しました。
Q3:吉田知那美の妹は誰?一緒にオリンピックに出場した?
A3:妹はカーリング選手の吉田夕梨花さんです。2人はロコ・ソラーレでチームメートとして活動し、2018年平昌五輪の銅メダル、2022年北京五輪の銀メダル獲得に貢献しました。
Q4:吉田知那美の公式YouTubeチャンネルはある?
A4:あります。2026年6月5日に「吉田知那美のちなみにチャンネル」を開設しました。カーリングやトレーニング、オフの日常などを発信するチャンネルです。
吉田知那美さんは、北海道北見市常呂町でカーリングを始め、ソチ、平昌、北京という3大会連続のオリンピック出場を果たしました。平昌では銅メダル、北京では銀メダルを獲得し、日本女子カーリングの歴史に名を残しています。
2022年7月26日には河野恭介さんと結婚。お互いの競技や仕事を尊重する多拠点婚という生活スタイルを選びました。妹の吉田夕梨花さんとの姉妹関係も、彼女の競技人生を語るうえで欠かせない要素です。
そして2026年には12年間所属したロコ・ソラーレを退団し、プロカーラーとして新たな挑戦を開始。YouTubeの開設やアナウンススクールでの学習など、競技以外の分野にも積極的に取り組んでいます。
【プロの結論】注目すべきはメダルの数よりも、挑戦を続ける姿勢吉田知那美さんのキャリアで特に注目したいのは、成功した環境にとどまり続けるのではなく、自分の可能性を広げるために新しい場所へ踏み出してきたことです。
ソチ五輪後のロコ・ソラーレへの移籍、平昌・北京でのメダル獲得、結婚後の多拠点生活、そして2026年のプロ転向。これらはそれぞれ異なる出来事ですが、競技への情熱を維持しながら自分の役割を更新してきたという共通点があります。
2026年11月現在、吉田さんは現役のプロカーリング選手であり、競技の魅力を伝える発信者でもあります。今後はロックリーグでのさらなる活躍に加え、解説や普及活動を通じて日本のカーリング界にどのような影響を与えるのかが注目されます。
五輪メダリストとしての過去だけでなく、35歳から始まった新しい挑戦にも目を向けること。それが、現在の吉田知那美さんを理解するうえで最も大切な視点です。