2026年現在、リオデジャネイロオリンピック柔道女子70kg級の金メダリスト・田知本遥さんは、現役引退後も柔道との関わりを大切にしながら、指導者としての活動や講演、子どもたちの国際交流に取り組んでいます。
2016年のリオ五輪で日本女子柔道を代表する快挙を成し遂げ、翌2017年10月に現役引退を発表。その後は筑波大学大学院でスポーツ社会学を学び、研究や海外との交流を通じて、競技者時代とは異なる視点からスポーツの価値を追求してきました。2024年には富山県で国際交流プロジェクト「TREASURE THE CIRCLE of PROJECT」を始動させ、2025年にはモンゴルの子どもたちとの柔道交流や視覚障がい者柔道の普及にも携わっています。
【2026年の現在】田知本遥は何をしている?引退後の活動を整理

田知本遥さんの現在を知るうえで注目したいのは、オリンピック金メダリストという実績を、次世代の育成やスポーツを通じた国際交流に生かしていることです。
現役時代のように国際大会でメダルを目指す選手ではありませんが、柔道の指導や講演、地域のスポーツ振興など、競技の外側から柔道に携わっています。
富山を中心に講演・柔道教室を展開富山県ゆかりのアスリートを紹介するドリームキャリア富山の講師プロフィールでは、田知本さんの出演可能な形式として、講演、トークショー、イベント、柔道教室が紹介されています。
講演テーマは、スポーツ、モチベーション、夢、コーチング、リーダーシップ、キャリアデザインなど。自身が経験した挫折や五輪での成功、引退後の学びを、スポーツに取り組む人だけでなく、幅広い世代に伝える活動です。
特に注目されるのは、勝敗だけに価値を置かないスポーツとの向き合い方です。世界の頂点を経験したからこそ語れる、挑戦する過程や人とのつながりの大切さが、現在の活動の土台になっています。
2025年は視覚障がい者柔道の普及にも参加2025年9月には、富山県高岡市の塩谷建設「正気館」で行われた日本視覚障害者柔道連盟の男女強化合宿に、田知本さんがコーチとして参加しました。
富山県のスポーツ情報ネットワークによると、同合宿は9月3日から開催され、富山県内の視覚支援学校での柔道体験イベントなども実施されました。田知本さんは、男子監督の谷井大輝さんとともに、地元出身者として活動を支えています。
これは、健常者の競技柔道だけでなく、障がい者柔道の強化や普及にも活動領域を広げていることを示す具体例です。
2026年にも柔道教室の講師として掲載2026年3月29日には、塩谷建設総合型柔道クラブによる中学生向け柔道教室の実施要項に、田知本さんが講師として掲載されました。
会場は富山県高岡市の塩谷建設正気館柔道場。全日本柔道連盟が共催し、富山県柔道連盟も協力する企画で、世界で活躍した選手から直接指導を受ける機会を設けることが目的とされています。
このように、2026年に確認できる活動情報からも、田知本さんが競技経験を地域の柔道振興や若い世代の育成につなげていることが分かります。
【プロフィール】田知本遥の出身地・学歴・姉の田知本愛との関係
田知本遥さんは、1990年8月3日生まれ。富山県射水市出身の元女子柔道選手です。
柔道を始めたのは小学校2年生の頃。2歳年上の姉・田知本愛さんとともに競技を始め、地元で経験を積みながら全国大会、国際大会へと活躍の場を広げていきました。
田知本遥の基本プロフィール- 名前:田知本遥(たちもと・はるか)
- 生年月日:1990年8月3日
- 出身地:富山県射水市
- 競技:柔道
- 現役時代の階級:女子70kg級
- 出身高校:富山県立小杉高校
- 出身大学:東海大学
- 大学院:筑波大学大学院人間総合科学研究科
- 主な実績:2016年リオデジャネイロオリンピック女子70kg級金メダル
- 現役引退:2017年10月
日本オリンピック委員会(JOC)の選手プロフィールにも、生年月日や出場大会、オリンピックでの成績が記録されています。ロンドン2012では7位、リオデジャネイロ2016では金メダルを獲得しました。
姉の田知本愛も柔道選手だった田知本遥さんを語るうえで欠かせない存在が、姉の田知本愛さんです。
姉の愛さんも女子柔道のトップ選手で、主に78kg超級で活躍しました。姉妹は幼い頃から一緒に柔道に取り組み、互いに刺激を受けながら競技人生を歩んできました。
2016年のリオ五輪では、姉妹そろってオリンピックに出場することを目標にしていました。しかし、代表選考の結果、五輪の舞台に立ったのは遥さんだけでした。
愛さんは妹の試合を現地で応援。遥さんが金メダルを獲得した際には、そのメダルを姉の首に掛けたエピソードが報道され、大きな反響を呼びました。
姉妹の競技人生はその後も続きましたが、愛さんも2018年12月に現役引退を発表しています。それぞれの道を歩みながらも、柔道を通じて築いた姉妹の絆は、遥さんの競技人生を語るうえで重要な背景です。
【競技人生の転換点】ロンドン五輪7位からリオ五輪金メダルへ
田知本遥さんの柔道人生は、最初から順風満帆だったわけではありません。2012年のロンドン五輪で味わった悔しさを乗り越え、2016年のリオ五輪で頂点に立つまでには、長い試行錯誤がありました。
2012年ロンドン五輪での悔しい経験東海大学在学中に実力を伸ばした田知本さんは、2012年の全日本選抜柔道体重別選手権大会で優勝し、ロンドンオリンピック女子70kg級の代表に選ばれました。
しかし、初出場となった五輪では準々決勝などで敗れ、最終成績は7位。大会中には肘の負傷も経験しました。
五輪出場という夢を実現した一方、メダルには届かなかったことが、その後の競技人生を考える大きなきっかけになりました。
スランプを乗り越えてリオ五輪代表へロンドン五輪後には思うような結果を残せない時期もありました。しかし、海外での柔道経験や練習環境の違いに触れたことなどを通じて、競技への向き合い方を見直していきます。
2014年には講道館杯全日本柔道体重別選手権大会で優勝。2015年にはグランドスラム・チュメニ大会やパリ大会でも結果を残し、2016年には全日本選抜柔道体重別選手権大会を制して、再び五輪代表の座を獲得しました。
2016年8月10日、リオ五輪で悲願の金メダルリオデジャネイロオリンピックの女子70kg級で、田知本さんは日本女子柔道にとって重要な勝利を収めました。
本大会ではノーシードで出場。2回戦では当時の世界ランキング1位だったオランダのキム・ポリング選手を延長戦の末に破り、決勝へ進出しました。
決勝の相手はコロンビアのジュリ・アルベアル選手。田知本さんは相手を抑え込み、一本勝ちで優勝を決めました。
2016年8月10日、女子70kg級の金メダル獲得。富山県の個人競技における初のオリンピック金メダリストとしても記録される快挙でした。
試合後、田知本さんが金メダルを姉の愛さんに掛けた光景は、単なる競技上の勝利を超えた姉妹の物語として、多くの人の記憶に残っています。
田知本遥の主な経歴・年表| 時期 | 出来事 | 内容・実績 |
|---|---|---|
| 1990年 | 誕生 | 富山県射水市出身 |
| 小学校2年生 | 柔道を開始 | 姉の愛さんとともに競技を始める |
| 2008年 | 高校時代の活躍 | 全国高校総体個人優勝 |
| 2012年 | ロンドン五輪 | 女子70kg級7位 |
| 2013年以降 | ALSOK所属 | 実業団選手として競技を継続 |
| 2016年8月 | リオ五輪 | 女子70kg級金メダル |
| 2017年10月 | 現役引退 | 競技生活に区切りをつける |
| 2019年3月 | 大学院修了 | 筑波大学大学院での研究を修了。首席論文賞を受賞 |
| 2020年 | 研究活動 | 全日本柔道連盟の紹介では筑波大学体育系非常勤研究員 |
| 2024年9月 | 国際交流プロジェクト始動 | TREASURE THE CIRCLE of PROJECTを開始 |
| 2025年 | 国際交流・指導 | モンゴルとの柔道交流や視覚障がい者柔道の指導に参加 |
| 2026年3月 | 柔道教室の講師 | 高岡市の中学生向け柔道教室の実施要項に掲載 |
【2017年の引退理由】金メダリストが現役生活に区切りをつけた決断
リオ五輪で金メダルを獲得した田知本遥さんは、なぜ翌年を待たずに2017年に現役を引退したのでしょうか。
ALSOKが2017年10月4日に公表した引退発表には、本人のコメントが掲載されています。そこから読み取れるのは、けがや年齢だけではなく、自分自身の気持ちと向き合った末の決断だったということです。
引退の大きな理由は競技を続ける意欲の変化田知本さんは、リオ五輪後の約1年間、自分の身体と心に向き合う時間を設けました。稽古を再開し、実際に試合にも出場することで、競技を続けたいのかを確かめていきました。
「次に求める気持ちが湧いてこなかった」
これは、ALSOKを通じて発表された本人コメントの一節です。
金メダルを獲得したからといって、次のオリンピックを目指すことが当然だとは考えなかったのでしょう。本人にとっては、リオ五輪で人生のすべてを懸けて戦い、持てる力を出し切ったという実感がありました。
実戦復帰を経て自分自身で答えを出した2017年6月には全日本実業団体対抗大会に出場し、実戦に復帰しました。しかし、試合を経験しても、再び個人戦で勝ち上がりたいという気持ちは戻りませんでした。
11月の講道館杯への出場も注目されていましたが、エントリー締め切りにあたる10月4日、引退を発表。同月10日には東京都内で記者会見を開いています。
会見では、柔道を7歳から約20年間続けた日々を振り返り、柔道を生きがいと表現しました。また、今後は筑波大学大学院での学業に力を入れ、将来的には勝利だけを求めるのではなく、広い視野で競技に取り組めることを教えたいという指導者としての思いも語っています。
引退は柔道との決別ではなかった注目したいのは、田知本さんが現役引退を柔道そのものから離れることとは捉えていなかった点です。
競技者として勝利を目指す立場から、学び、伝え、育てる立場へ。引退発表時点ですでに大学院で学んでいたことからも、次のキャリアへの準備が進んでいたことが分かります。
つまり、2017年の引退は柔道人生の終わりではなく、柔道との関わり方を変える転換点だったのです。
【筑波大学大学院での学び】スポーツ社会学と新しい価値観
田知本遥さんの引退後の歩みで、競技実績と並んで注目したいのが筑波大学大学院での研究です。
2017年春、田知本さんは筑波大学大学院人間総合科学研究科に進学しました。専攻したのはスポーツプロモーションなどを扱うスポーツ健康システムマネジメントの領域で、スポーツ社会学を中心に学びました。
修士論文で首席論文賞を受賞講演依頼を受け付けているドリームキャリア富山のプロフィールや、スポーツ関連の講演記録によると、田知本さんは2019年3月に大学院を修了し、修士論文で首席論文賞を受賞しています。
研究テーマとして紹介されているのは、オリンピアンの経験を通じて、今後のオリンピズムのあり方を考える内容です。
オリンピズムとは、スポーツを通じた人間の成長や平和、相互理解などを重視する考え方です。単に競技で勝つことだけではなく、スポーツが社会にどのような価値をもたらすのかを考える視点につながります。
自らオリンピックの舞台で勝利と敗北の両方を経験した田知本さんにとって、実体験を研究につなげることには大きな意味があったと考えられます。
勝敗だけでは測れないスポーツの価値2020年に全日本柔道連盟が掲載した本人の寄稿では、田知本さんは大学院での学びや海外の柔道環境への関心について紹介しています。
同記事のプロフィールでは、当時の肩書きは筑波大学体育系非常勤研究員、講道館柔道女子五段でした。
また、2020年にはJOCの海外研修制度を利用した長期海外研修に挑戦する意向も記していました。高校時代から海外の選手との交流に関心を持っていたことが、その背景にあります。
田知本さんが発信してきた考え方の一つに、「勝ち」と「価値」の違いがあります。
競技では勝利が評価されます。しかし、試合で負けた経験や、海外の選手と知り合ったこと、競技を続ける中で得た人間関係にも、勝敗とは別の価値があります。
この考え方は、現在の国際交流プロジェクトや子どもたちへの指導にもつながっています。金メダルという結果だけを次世代に伝えるのではなく、そこに至るまでの過程や人とのつながりを伝えること。それが田知本さんの引退後の活動を理解する要点です。
【TREASURE THE CIRCLE】富山から世界へ広がる国際交流プロジェクト
引退後の活動を象徴する取り組みが、2024年9月に始動した「TREASURE THE CIRCLE of PROJECT」です。
これは、富山県射水市出身の田知本遥さんと、地元企業の塩谷建設が協力して進める、柔道を通じた子どもたちの国際交流プロジェクトです。
プロジェクト名に込められた意味塩谷建設の社長日誌によると、このプロジェクトは以前から親交のあった田知本さんとの対談をきっかけに具体化しました。
ロゴには、国籍や肌の色、文化、言語が違っていても、柔道を通じて心をつなぐことができるという思いが込められています。
人と人とのつながりは、人生にとって大切な財産になる。そうした考え方を、柔道という共通のスポーツを通じて子どもたちに伝えていく取り組みです。
台湾との交流から始まった活動プロジェクトの最初の大きな取り組みは、台湾の子どもたちを富山に招いて交流する企画でした。
2024年1月1日に発生した能登半島地震の影響で、当初予定されていた柔道大会への招待は延期となりましたが、その後、代替イベントとして交流企画が実施されました。
塩谷建設の社長日誌では、午前と午後を合わせて250人以上が参加したと報告されています。経験者が初心者に受け身を教えるなど、競技経験の違いを超えて交流する場になりました。
このイベントで繰り返し伝えられた考え方が、勝敗だけにとらわれず、経験そのものに価値を見いだすことでした。
2025年1月にはモンゴルの子どもたちと交流2025年1月11日には、モンゴルの柔道クラブの子どもたちを迎えた国際親善柔道教室が高岡市で行われました。
KNBの報道によると、富山県内の小中学生約100人と、モンゴルの柔道クラブに所属する12歳から14歳の選手7人が参加。田知本さんが直接指導し、合同練習を通じて交流を深めました。
塩谷建設の2025年1月17日の活動報告でも、日本とモンゴルの子どもたちが一緒に練習し、親善試合や質問コーナーを通じて交流した様子が紹介されています。
柔道の技術を学ぶだけでなく、異なる文化や生活習慣を持つ同世代の子どもたちと出会うこと。それ自体が、国際交流の大切な経験になります。
地元・射水市での講演活動も継続射水市は、市制20周年記念事業として2025年10月25日に開催するトークショーのゲストに田知本遥さんを発表しました。
テーマは「柔道がくれた絆」。姉の田知本愛さん、オリンピック柔道3連覇を達成した野村忠宏さんとともに登壇する企画でした。
地元で育った柔道選手が、世界の舞台を経験し、再び地域に戻って経験を伝える。こうした講演や交流活動は、地元の子どもたちにとって、競技を始めるきっかけや将来を考える機会にもなります。
田知本さんの活動は、金メダルを獲得した個人の成功体験を地域や社会へ還元する取り組みへと広がっています。
【結婚・プライベート】田知本遥は結婚している?公表情報を確認
田知本遥さんについては、結婚しているのか、現在パートナーがいるのかといったプライベートにも関心が集まっています。
しかし、2026年11月時点で、本人や関係先から結婚を正式に発表したと確認できる情報は見当たりません。現在の婚姻状況については、公表情報だけでは判断できない状態です。
2016年には結婚について質問を受けていた日刊スポーツの2016年12月の報道では、田知本さんがイベントに出席した際、結婚について「憧れです。いいなという気持ちはあるけど、予定は全くないです」と当時の考えを語ったと紹介されています。
ただし、これはリオ五輪の金メダル獲得後、現役選手として活動していた時期の発言です。約10年前のコメントから2026年現在の結婚状況を判断することはできません。
また、競技生活や引退後の研究、国際交流活動については公表情報がある一方、私生活の詳細は広く公開されていません。
結婚や家族についての情報を探す場合は、過去のインタビューと現在の公式発表を区別して受け取ることが大切です。
【田知本遥の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:田知本遥は2026年現在、何をしている? A1:柔道の指導や講演、子どもたちの国際交流、スポーツ普及などに取り組んでいます。2025年にはモンゴルとの柔道交流や視覚障がい者柔道の強化活動に参加し、2026年3月の中学生向け柔道教室の実施要項にも講師として掲載されました。
Q2:田知本遥の引退理由は何? A2:2017年、リオ五輪後の休養期間や実戦復帰を経て、競技を続けたいという気持ちが戻らなかったことが主な理由です。新たなことを学びたいという意欲もあり、筑波大学大学院での研究に力を注ぐ道を選びました。
Q3:田知本遥は結婚している? A3:2026年11月時点で、結婚を正式に公表したと確認できる情報はありません。未婚・既婚のどちらとも断定できず、現在の婚姻状況は公表されていません。
Q4:田知本遥と田知本愛は姉妹? A4:はい。田知本愛さんは2歳年上の実姉です。愛さんも女子柔道のトップ選手として活躍し、2016年のリオ五輪では遥さんを現地で応援しました。愛さんは2018年12月に現役引退を発表しています。
Q5:TREASURE THE CIRCLEとは何? A5:2024年9月に始動した、田知本遥さんと塩谷建設が協力する柔道を通じた国際交流プロジェクトです。台湾やモンゴルの子どもたちとの交流を通じて、国籍や文化の違いを超えたつながりを育てることを目指しています。
田知本遥さんは、2016年リオデジャネイロオリンピックの柔道女子70kg級で金メダルを獲得し、2017年10月に現役引退を発表しました。
引退の理由は、競技への意欲が変化したこと。そして、新しいことを学び、自分の経験を次の形で生かしたいという思いでした。
その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学を学び、修士論文で首席論文賞を受賞。加えて、柔道の指導や講演、海外との交流活動へと活躍の場を広げてきました。
特に2024年に始動した「TREASURE THE CIRCLE of PROJECT」は、田知本さんの引退後の価値観を象徴する活動です。富山県から台湾、モンゴルへとつながる子どもたちの交流には、勝敗だけでは測れないスポーツの魅力が表れています。
田知本遥さんのキャリアを評価する際に注目したいのは、金メダルという過去の実績だけではありません。競技者から研究者、そして指導や国際交流に携わる立場へと変化してきた歩みそのものです。
アスリートの引退は、必ずしもスポーツとの別れを意味しません。田知本さんの場合、現役時代に培った経験を教育や地域社会、国際交流に還元する新しいキャリアにつながりました。
これからも富山を拠点とする活動や、柔道を通じた次世代育成がどのように広がっていくのか。リオ五輪金メダリストの第二のキャリアは、スポーツの可能性を考えるうえでも注目されます。
主な参照資料: 日本オリンピック委員会(JOC)、ALSOKの2017年引退発表、全日本柔道連盟の本人寄稿、射水市公式発表、富山県スポーツ情報ネットワーク、塩谷建設の活動報告、ドリームキャリア富山の講師プロフィール。