ホーム スポーツ 藤澤五月の現在2026年最新|新生ロコ・ソラーレと2030年五輪への挑戦を徹底解説

藤澤五月の現在2026年最新|新生ロコ・ソラーレと2030年五輪への挑戦を徹底解説

藤森 綾 藤森 綾 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
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2026年11月現在、カーリング女子日本代表として平昌・北京の2大会連続でオリンピックメダルを獲得した藤澤五月は、ロコ・ソラーレのスキップとして現役を続けている。2026年3月の世界女子カーリング選手権では日本代表として4位に入り、6月の日本カーリング選手権では新体制で挑戦。しかし、チームはまさかの1次予選敗退という結果に終わった。

その後、吉田知那美の退団、松澤弥子の正式加入を経て、チームは2030年フランス・アルプス五輪を見据えた再構築に着手。藤澤自身もメンタル面の課題と向き合いながら、新たな4年間への意欲を示している。2023年のボディメイクコンテスト「MOLA CUP」出場や、株式会社コンサルトジャパンでの仕事など、競技以外の活動も含めて、35歳となった彼女の現在地を整理する。

【2026年11月最新】藤澤五月は現在も現役!ロコ・ソラーレでの活動と最新成績

カーリング藤澤五月

藤澤五月は2026年11月現在、現役カーリング選手として活動している。所属チームは北海道北見市を拠点とするロコ・ソラーレで、ポジションは試合全体の戦略を組み立てるスキップだ。

2026年は藤澤にとって、単なる新シーズンの始まりではない。2026年2月のミラノ・コルティナ五輪にロコ・ソラーレが出場できなかったことを受け、チームとして次のオリンピックサイクルへ進む重要な転換期となった。

2026年10月末のカナダ遠征でベスト8

2026年11月2日にロコ・ソラーレ公式サイトが更新した最新の大会結果は、カナダ・サスカチュワン州スウィフト・カレントで開催された「RBC Dominion Securities Western Showdown」だ。

大会は10月29日から11月1日まで現地時間で開催され、16チームが参加。藤澤が率いるロコ・ソラーレは予選でカナダ勢を相手に3連勝し、プレーオフへ進出した。

しかし、準々決勝では韓国のEunJung Kimチームに5対6で惜敗。最終結果はベスト8となった。

国内選手権での苦戦から立て直しを図るなか、海外の強豪チームとの対戦でプレーオフに進んだことは、新体制の成長を測る材料の一つだ。優勝には届かなかったものの、国際大会で勝ち上がる力を維持していることが分かる。

2026年現在の藤澤五月のプロフィール

ロコ・ソラーレ公式プロフィールによると、藤澤五月は1991年5月24日生まれ、北海道北見市出身。2026年11月現在は35歳だ。

所属先として掲載されているのは株式会社コンサルトジャパン。カーリングではロコ・ソラーレのスキップを担当し、5歳から続けてきた競技歴は30年を超えている。

地元に戻ってからも競技を続ける一方、会社員としての仕事も持つ。2026年5月のFRIDAYによる密着取材では、北見市で保険会社の社員として働く姿も紹介された。

【プロフィール・経歴】藤澤五月が平昌銅メダル・北京銀メダルを獲得するまで

藤澤五月の競技人生を理解するには、ロコ・ソラーレ加入以前のキャリアも欠かせない。

カーリングを始めたのは5歳。両親の影響で競技に親しみ、北海道北見北斗高校を卒業した後は、競技力を高めるため長野県の中部電力に就職した。

中部電力時代からロコ・ソラーレ加入へ

2009年から2014年まで中部電力で活動した藤澤は、日本選手権で2011年から4連覇を達成。国内トップクラスの選手として実績を積み上げた。

2013年にはソチ五輪の日本代表決定戦で敗れ、目標としていたオリンピック出場を逃す。この経験を経て、2015年に地元・北見市を拠点とするロコ・ソラーレへ移籍した。

2016年の世界女子カーリング選手権では銀メダルを獲得。チームの国際的な評価を高めるとともに、オリンピックでのメダル獲得を目指す体制が整っていった。

平昌オリンピックの銅メダルから北京の銀メダルへ

藤澤の名前が全国的に知られるきっかけとなったのが、2018年平昌オリンピックだ。

ロコ・ソラーレは女子団体戦で日本カーリング史上初のオリンピック銅メダルを獲得。藤澤はスキップとしてチームを率い、試合終盤の重要なショットを担った。

続く2022年北京オリンピックでは、再び女子団体戦でメダルを獲得。決勝ではイギリスに敗れたものの、結果は銀メダルだった。

平昌の銅から北京の銀へ。2大会連続で異なる色のメダルを獲得したことは、藤澤の競技人生における大きな実績となっている。

藤澤五月の主な経歴・実績年表
時期 出来事・所属 主な実績・意味
1991年 北海道北見市で誕生 5歳からカーリングを始める
2009~2014年 中部電力 日本選手権4連覇(2011~2014年)
2015年 ロコ・ソラーレ加入 地元北見市を拠点に活動
2016年 世界女子カーリング選手権 銀メダル獲得
2018年 平昌オリンピック 女子団体戦で銅メダル
2022年 北京オリンピック 女子団体戦で銀メダル
2023年7月 MOLA CUP ボディメイクコンテストに初出場
2026年3月 世界女子カーリング選手権 日本代表として4位
2026年6月 日本カーリング選手権 新体制で1次予選敗退
2026年秋 2026-27シーズン 2030年五輪を見据えて再始動

日本オリンピック委員会の選手紹介にも、平昌の銅メダルと北京の銀メダルが記録されている。藤澤の強みは、単に個人技術が高いことだけではない。チーム全体のショットを組み立て、試合の流れを読むスキップとして長年経験を積んできた点にある。

【ロコ・ソラーレ2026年新体制】吉田知那美の退団と小穴桃里・松澤弥子の役割

2026年のロコ・ソラーレを語るうえで、最大の変化は吉田知那美の退団だ。

吉田知那美は2026年3月末に退団

ロコ・ソラーレは2026年3月31日、吉田知那美が同月末をもって退団すると公式発表した。

吉田は2014年から12年間にわたりチームの一員として活動。平昌・北京の両オリンピックでメダルを獲得し、世界選手権や日本選手権でもチームを支えた中心選手だった。

藤澤にとっても、長年同じチームで戦ってきた重要な仲間の一人である。2026年5月のFRIDAYのインタビューでは、吉田への感情について、寂しさや不安以上に大きな感謝があるという趣旨を語っている。

なお、吉田知那美の退団はロコ・ソラーレからの退団であり、カーリング競技そのものからの引退を意味するものではない。報道では新設されたプロリーグ「ロック・リーグ」での活動も紹介されている。

小穴桃里は2026年世界選手権と日本選手権で参加

吉田の退団に伴い、チームの戦力として注目されたのが小穴桃里だ。

2026年3月の世界女子カーリング選手権では、藤澤、吉田知那美、鈴木夕湖、吉田夕梨花、小穴桃里という登録メンバーで日本代表として出場した。

加えて、ロコ・ソラーレは4月2日の公式発表で、6月の日本選手権にも小穴がプレーすることを発表。藤澤も小穴の加入によって新しいプレーが生まれることに期待を寄せていた。

ただし、小穴がそのまま2026-27シーズンの正式加入選手になったわけではない。ここは検索情報で混同されやすいポイントだ。

2026年6月、松澤弥子が正式加入

ロコ・ソラーレは2026年6月24日、育成チームのロコ・ステラで活動していた松澤弥子の正式加入を発表した。

松澤は約8年間ロコ・ステラで活動してきた選手。吉田知那美が担っていたポジションを引き継ぎ、新しいチームづくりに参加することになった。

2026-27シーズンの基本的なポジション構成は次のとおりだ。

  • リード:吉田夕梨花
  • セカンド:鈴木夕湖
  • サード:松澤弥子
  • スキップ:藤澤五月

ただし、シーズン序盤には吉田夕梨花がメンタル・フィジカル両面の土台づくりを優先して国内大会への出場を見送ったため、藤澤、鈴木、松澤の3人で試合に臨む時期もあった。10月のカナダ遠征には吉田夕梨花も合流している。

この変化は、単なる選手の入れ替えではない。長年培ってきたロコ・ソラーレの戦い方を維持しながら、新しいメンバーの特性を生かすチームへ進化するための再編といえる。

【2026年の大会結果】日本選手権は1次予選敗退、世界選手権は4位

2026年の藤澤五月を評価するうえで、世界女子カーリング選手権と日本カーリング選手権の2大会は重要な意味を持つ。

世界女子カーリング選手権2026は日本代表4位

2026年3月14日から22日まで、カナダのカルガリーで開催された世界女子カーリング選手権。日本代表として出場したロコ・ソラーレは、予選リーグを9勝3敗の3位で通過した。

決勝トーナメントでは準々決勝でトルコに7対5で勝利。しかし、準決勝ではカナダに3対11で敗れ、続く3位決定戦でもスウェーデンに5対8で敗れた。

最終順位は4位。メダル獲得には届かなかったが、世界の強豪が集まる大会で上位4チームに入ったことは評価できる。

また、この大会には吉田知那美も出場していた。3月末の退団発表より前に行われた大会であり、吉田と小穴が同じ登録メンバーに名を連ねていたことが、2026年のチーム再編を理解するポイントになる。

日本カーリング選手権2026は予想外の1次予選敗退

2026年6月7日から14日まで横浜BUNTAIで開催された日本カーリング選手権。ロコ・ソラーレは吉田知那美の退団後、小穴桃里を加えた新体制で国内大会に臨んだ。

大会初戦ではグランディールに9対2で勝利。新体制の初戦としては好スタートを切ったものの、その後は苦戦が続いた。

  • グランディール戦:9対2で勝利
  • SC軽井沢クラブ戦:0対8で敗戦
  • フィロシーク青森戦:5対10で敗戦
  • 中部電力戦:4対9で敗戦

結果は1勝3敗。1次予選敗退が決まり、ロコ・ソラーレにとって厳しい大会となった。

藤澤は試合後、自分たちの実力不足や練習不足を認め、チームを生かすショットを作れなかったことについても責任を感じていると語った。

新加入の小穴については、チームに欠かせない存在として感謝を示した一方、自分自身のショットの安定性やメンタル面を見直す必要性にも言及している。

この大会は、2026年ミラノ・コルティナ五輪を逃したロコ・ソラーレにとって、次の五輪サイクルへ向かうための重要な出発点となった。

【MOLA CUP 2023】藤澤五月のボディメイクとビキニ大会出場の真相

藤澤五月について、競技成績と並んで大きな話題になったのが2023年のボディメイクコンテストへの出場だ。

2023年7月22日、茨城県水戸市で開催された「MOLA CUP」に藤澤が初出場。カーリングの試合で見せる姿とは異なる、鍛え上げられた身体とビキニ姿が大きな注目を集めた。

ビキニクラス3位、オープンクラス2位

日刊スポーツなどの報道によると、藤澤は同大会のビキニクラスで3位、オープンクラスで2位という成績を残した。

単に話題性を狙った出演ではない。本人は大会前のインタビューで、もともとトレーニングが好きで、ボディビルダーのYouTube動画をよく見ていたことや、いつかボディメイクの大会に出てみたかったことを明かしている。

また、出場についてはチームメートにも相談していたという。競技生活を続けながら、自分の興味がある分野にも本気で挑戦した姿勢が印象的だった。

ボディビル転向やカーリング引退ではない

この大会への出場をきっかけに、藤澤の体型変化が注目され、カーリングを辞めるのではないかという憶測も広がった。

しかし、MOLA CUPへの出場は本人が以前から関心を持っていたボディメイクへの挑戦であり、競技引退やボディビルへの転向を発表したものではない。

実際、その後も藤澤はロコ・ソラーレのスキップとして世界選手権、日本選手権、海外ツアーに出場している。

このエピソードから見えてくるのは、藤澤がカーリングだけに自分の関心を限定せず、トレーニングや身体づくりにも積極的に取り組むアスリートだということだ。

【今後の目標】藤澤五月は2030年フランス・アルプス五輪を目指す

2026年のチーム再編と大会結果を踏まえ、藤澤が次に見据えているのが2030年フランス・アルプス冬季オリンピックだ。

次の4年間を見据えた再スタート

2026年9月17日に公開されたスポーツ誌Sportivaのインタビューでは、藤澤が日本選手権敗退後にチームで長時間のミーティングを行ったことが紹介された。

ジェームス・ダグラス・リンドコーチも交え、今後のチーム運営や選手としての方向性を話し合ったという。

その後、藤澤は2030年のフランス・アルプス五輪を見据えた次の4年間について、明確な意欲を示した。

「次の4年を踏まえての準備期間」

これは単に以前のメンバー構成に戻すという話ではない。松澤を加えた新しいチームとして、これまでの固定観念にとらわれない挑戦を進める考えだ。

藤澤自身が課題に挙げたメンタル面

特に注目したいのが、藤澤自身が課題として挙げたメンタル面の準備だ。

2026年6月の日本選手権では、自信を持てない状態で大会を迎え、ネガティブな気持ちがプレーに影響したことを振り返っている。

カーリングは、氷の状態を読み、ストーンの軌道や強さを調整し、チーム全体で最善の選択を積み重ねる競技だ。技術があっても、重要な場面で自分の判断を信じられなければ、本来の力を発揮できない。

長年トップレベルで戦ってきた藤澤が、氷上練習だけではなくメンタルを整える時間も必要だと考えている点は、今後の競技人生を考えるうえで重要な変化といえる。

ミックスダブルスへの挑戦も再開

藤澤は2026年夏、ロコ・ドラーゴの上川憂竜と組み、3年ぶりにミックスダブルスにも挑戦した。

2027年2月の日本ミックスダブルス選手権出場を目指し、強化委員会推薦チームの選考会にも参加。女子4人制とは異なる競技形式に取り組むことで、技術面や試合運びの幅を広げようとしている。

女子4人制のチーム強化とミックスダブルスへの挑戦を並行することは、藤澤にとって新たな刺激になる可能性がある。

2030年までに乗り越えるべき3つの課題

今後のロコ・ソラーレと藤澤五月に求められるのは、大きく分けて3つある。

  • チームの連係強化:吉田知那美の退団と松澤弥子の加入によって変わったポジションや役割を定着させること。
  • 国内タイトルの奪還:2023年以降遠ざかっている日本選手権の優勝を取り戻すこと。
  • 個人のメンタル強化:藤澤自身が自信を持ってショットを放てる状態を作り、重要な局面で安定した判断をすること。

2026年の成績だけを見れば、世界選手権4位、日本選手権1次予選敗退と浮き沈みのある一年だった。しかし、2030年を目指す長期計画では、新しいチームを育てるための準備期間という側面もある。

【藤澤五月に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:藤澤五月は2026年現在もカーリングを続けていますか?
A1:はい。2026年11月現在もロコ・ソラーレのスキップとして現役を続けています。10月末から11月初めに開催されたカナダのRBC Dominion Securities Western Showdownにも出場し、ベスト8に進出しました。

Q2:藤澤五月のチームから吉田知那美が退団した理由は何ですか?
A2:吉田知那美は2026年3月末をもって、12年間所属したロコ・ソラーレを退団しました。退団後は新設プロリーグなどで活動しています。退団の個人的な詳細については、公式発表で示された範囲を超えて断定できません。

Q3:小穴桃里と松澤弥子はどちらが新メンバーですか?
A3:2026年6月24日にロコ・ソラーレへの正式加入が発表されたのは松澤弥子です。小穴桃里は2026年3月の世界選手権と6月の日本選手権でチームに加わりましたが、2026-27シーズンの正式加入選手として発表されたのは松澤です。

Q4:藤澤五月はオリンピックで何個のメダルを獲得していますか?
A4:女子団体戦で2個です。2018年平昌オリンピックで銅メダル、2022年北京オリンピックで銀メダルを獲得しています。

Q5:藤澤五月は2030年のオリンピックに出場する予定ですか?
A5:本人は2030年フランス・アルプス五輪を目指す意欲を示しています。ただし、実際の出場には今後の日本代表選考を勝ち抜く必要があり、出場が確定しているわけではありません。

Q6:藤澤五月が出場したMOLA CUPの成績は?
A6:2023年7月のMOLA CUPで、ビキニクラス3位、オープンクラス2位でした。本人が以前から興味を持っていたボディメイクへの挑戦であり、カーリングからの引退や競技転向を意味するものではありません。

藤澤五月は2026年11月現在もロコ・ソラーレの中心選手として活動を続けている。平昌オリンピックの銅メダル、北京オリンピックの銀メダルという輝かしい実績を持ちながら、2026年は世界選手権4位、日本選手権1次予選敗退という厳しい結果も経験した。

吉田知那美の退団、小穴桃里の大会参加、松澤弥子の正式加入によって、チームは大きく変わった。2026-27シーズンは新しいロコ・ソラーレを育てる段階にあり、藤澤自身もメンタル面の課題と向き合っている。

一方、2023年のMOLA CUP出場に象徴されるように、競技以外の分野にも積極的に挑戦する姿勢は変わらない。株式会社コンサルトジャパンでの仕事とカーリング選手としての活動を両立する姿も、彼女の現在を形作る要素だ。

目標は2030年フランス・アルプス五輪。そして、その前に取り戻したいのが日本選手権のタイトルだ。

2大会連続の五輪メダリストという過去の実績だけでなく、新しい仲間とともに再び世界の頂点を目指す現在の藤澤五月。その挑戦は、これからの4年間にこそ注目する価値がある。

主な確認資料: ロコ・ソラーレ公式プロフィール・大会結果・新加入発表、日本カーリング協会、JOC、日刊スポーツ、Sportiva、FRIDAY、Fitness World Japan関連報道。

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コンテンツディレクター 藤森 綾
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