「土人(どじん)」とは、もともと「その土地に生まれ住む人」「土着の人」を意味する日本語です。しかし、近代以降は、異なる民族や地域の住民を「未開」「原始的」と見なして見下す意味でも使われるようになり、現在では人に対して使うことが極めて不適切な差別的表現として認識されています。
この言葉が問題となった代表的な出来事が、2016年10月に沖縄県東村高江で発生した大阪府警機動隊員による発言です。加えて、明治時代の「北海道旧土人保護法」という法律にも使われており、アイヌ民族に対する同化政策や近代日本の民族観とも深く関係しています。2026年現在の辞書の意味、語源、歴史的背景、国会答弁、適切な言い換えまで整理します。
【意味を正しく理解】土人とは何か?辞書の定義と語源を解説

「土人」は「どじん」と読み、漢字の構成は「土」と「人」です。文字どおりには、その土地に根付いて生活する人という意味を持っています。
小学館の『デジタル大辞泉』では、主に次の2つの意味が紹介されています。
- その土地で生まれ育った人。土着の人。土地の人。
- 未開地域の原始的な生活をしている住民を侮蔑していった語。
つまり、辞書上では、土地に根付いて生活する人という意味と、民族や地域の人々を見下す意味が併存しています。
重要なのは、辞書に本来の語義が残っているからといって、現代の日常会話で自由に使用できるわけではないという点です。言葉の意味は、辞書的な定義だけでなく、社会でどのように使われてきたかによっても変化します。
土人という言葉の語源は?いつから使われているのか「土人」という語は、近代になって突然生まれたものではありません。『精選版 日本国語大辞典』には、古い用例として708年の『続日本紀』が挙げられています。
この時代の用法は、その土地に生まれ住んでいる人、土地に根付いた人という意味です。少なくとも、古い用例の段階では、現在問題となっている民族的な侮蔑の意味と同一ではありませんでした。
一方、同辞典では、未開・原始的な生活をする土着の人々という意味について、1887年の文献『稚児桜』を初出例として紹介しています。
ここから読み取れるのは、長い歴史を持つ言葉が、近代に入って異なる意味を強く帯びるようになったことです。
特に19世紀以降の近代国家や植民地支配の文脈では、欧米や日本の支配的な文化を進歩したものと位置づけ、それとは異なる生活様式を持つ人々を「未開」「野蛮」と分類する考え方が広がりました。「土人」も、そうした価値観を反映する表現として使われていきました。
なぜ土人は差別用語とされるのか問題の核心は、単に古い言葉だからではありません。相手の民族や文化を、自分たちより劣ったものとして位置づける意味合いを持つからです。
例えば、伝統的な狩猟や採集を中心とする生活、独自の言語、宗教、衣服、社会制度を持つ民族に対して「原始的」「未開」といった評価を一方的に与えることは、その文化の価値を否定することにつながります。
加えて、民族を個人として尊重するのではなく、外部の人間が勝手に分類し、ひとまとめにして呼ぶという問題もあります。
現代の人権意識では、文化や生活様式の違いを優劣で判断することは適切ではありません。こうした歴史的な背景が、「土人」が差別語として扱われる大きな理由です。
【歴史的背景】アイヌ民族と北海道旧土人保護法に見る差別の経緯
1899年に制定された北海道旧土人保護法とは「土人」という言葉の歴史を考えるうえで、避けて通れないのが北海道旧土人保護法です。
この法律は、1899年(明治32年)に制定された、アイヌ民族を対象とする法律でした。
法律の名称には「旧土人」という表現が使われていました。当時の政府は、アイヌの人々の生活改善や保護を掲げ、農耕地の給付、農具や種子の支給、医療や教育への支援などを制度化しました。
しかし、その政策の根底には、アイヌ民族を日本の多数派社会に同化させるという考え方がありました。
土地を与えて農耕を促し、日本語による教育を進める一方、アイヌ固有の言語や生活文化、伝統的な生業は十分に尊重されませんでした。
保護という名称とは裏腹に、民族の独自性を維持する権利や文化の継承という観点では、大きな問題を抱えた制度だったのです。
旧土人という名称が象徴するもの注目すべきなのは、単に行政文書に差別的な言葉が登場したということではありません。
「旧土人」という呼称が法律の名称に組み込まれたことで、当時の社会がアイヌ民族をどのような存在として分類していたかが制度上にも表れています。
1937年の法改正では、同法に定められていた土人学校の設置に関する規定が削除されました。その後も法律は存続しましたが、アイヌ民族の権利や文化をめぐる議論は続きました。
1997年の廃止と2019年のアイヌ施策推進法大きな転換点となったのが、1997年です。
同年、アイヌ文化の振興や伝統に関する知識の普及を目的とするアイヌ文化振興法が施行され、北海道旧土人保護法は廃止されました。
加えて、2019年には「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」、通称アイヌ施策推進法が施行されました。
この法律は、アイヌの人々を日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族として位置づけています。また、第4条では、アイヌであることを理由とする差別や権利利益の侵害を禁止しています。
かつて行政の法律名に使われていた「旧土人」という表現から、民族としての誇りや文化を尊重する政策へと、制度上の方向性が大きく変わったのです。
【事件検証】2016年の沖縄・高江「土人」発言と国会答弁の真相
2016年10月18日、大阪府警機動隊員が発言2016年に発生した沖縄県東村高江での発言は、「土人」という言葉が現在も深刻な社会問題になり得ることを示した事例です。
当時、沖縄県東村と国頭村にまたがる米軍北部訓練場では、ヘリコプター着陸帯の移設工事が進められていました。
その警備のため沖縄県警に派遣されていた大阪府警の機動隊員が、2016年10月18日、工事に反対する人に対して「土人」と発言しました。
ほぼ同じ現場では、別の機動隊員が「シナ人」と発言したことも確認されています。
沖縄県警は10月19日、発言があった事実を認め、「極めて遺憾」として謝罪しました。
大阪府警は10月21日、発言した警察官2人に戒告の懲戒処分を行いました。監督責任についても対応が取られています。
2016年10月28日の国会答弁で何が語られたのか衆議院の第192回国会・内閣委員会では、10月28日にこの問題が取り上げられました。
池内さおり議員の質問に対し、当時の国家公安委員会委員長である松本純国務大臣は、言葉の意味について次のように説明しています。
「その土地に生まれ住む人々のほか、未開の土着人という意味で用いられている」
そのうえで、今回の機動隊員の発言については、不適切であり、極めて遺憾だとの認識を示しました。
警察庁側の説明では、発言した隊員は現場が混乱して感情が高ぶった結果、不適切な発言をしたとされ、沖縄の人々を差別する意識はなかったと申し述べたとされています。
ただし、これは警察側が説明した発言者の認識であり、発言そのものが相手に与えた侮辱性や歴史的背景が消えるわけではありません。
11月18日の政府答弁書と鶴保大臣の見解議論は11月にも続きました。
衆議院議員の大西健介氏が提出した質問主意書に対し、政府は2016年11月18日付の答弁書を公表しました。
答弁書では『広辞苑』第6版を引用し、「土人」の意味として、土地に生まれ住む人、未開の土着人、土で作った人形という複数の語義を紹介しました。
そのうえで、個別の発言がどの意味で使われたかを一義的に判断することは困難との説明を示しました。
また、当時の沖縄・北方担当大臣だった鶴保庸介氏は、発言を人権問題と捉えるかについて、言われた側の感情を重視すべきだという趣旨の答弁をしていました。
政府答弁書では、警察官のように逮捕権を持つ公権力の行使者がこのような発言をしたことは許されないとの考えも示されています。一方で、鶴保大臣が謝罪したり、国会答弁を訂正したりする必要はないとの判断も記されました。
2016年の出来事を時系列で整理| 年月日 | 出来事 | 確認できる事実 |
|---|---|---|
| 2016年10月18日 | 沖縄県東村高江での発言 | 大阪府警から派遣された機動隊員が「土人」「シナ人」と発言 |
| 2016年10月19日 | 沖縄県警の対応 | 発言の事実を認め、極めて遺憾として謝罪 |
| 2016年10月21日 | 大阪府警の懲戒処分 | 発言した警察官2人に戒告処分 |
| 2016年10月28日 | 衆議院内閣委員会 | 国家公安委員会委員長が言葉の意味と発言の不適切性を説明 |
| 2016年11月18日 | 政府答弁書 | 辞書の複数の語義を示し、個別の使用意図の判断について説明 |
この問題から分かるのは、辞書に複数の意味が掲載されていることと、実際の場面での発言が適切かどうかは別の問題だということです。
特に、公権力を行使する警察官が、警備対象となっている人に対して侮蔑的な意味を持つ言葉を投げかけたことは、単なる語義の問題にとどまりません。職務上の中立性や相手の人格を尊重する責任にも関わる問題でした。
【言葉の違い】先住民・原住民・土着民は何が違う?
「土人」の言い換えを考える際には、似た意味を持つ「先住民」「原住民」「土着民」の違いを理解する必要があります。これらは完全な同義語ではありません。
先住民・先住民族の意味先住民とは、ある地域に歴史的に先に居住してきた人々を指す言葉です。
特に「先住民族」という表現は、独自の言語、文化、歴史、アイデンティティを持ち、後から形成された国家や多数派民族との関係の中で独自性を維持してきた民族を指す場合に用いられます。
北海道が2026年に公表した第2次北海道アイヌ政策推進方策の事務局案でも、先住民族について、国家の統治が及ぶ前からその地域に居住し、多数民族とは異なる文化やアイデンティティを維持してきた民族という考え方が示されています。
アイヌ民族については、2019年のアイヌ施策推進法によって、先住民族としての位置づけが法律に明記されています。
原住民・土着民との違いそれぞれの言葉の特徴は次のとおりです。
- 先住民:ある地域に歴史的に先に住んでいた人々。歴史的な居住関係を示す表現。
- 先住民族:独自の文化やアイデンティティを持つ民族としての存在を示す表現。先住民族の権利や歴史を論じる際に適している。
- 原住民:その地域にもともと居住していた人々を指す表現。歴史的な文献や翻訳で使用されるが、現代では対象の自称や文脈を確認する必要がある。
- 土着民:特定の土地に根付いて生活している人々を指す表現。必ずしも民族的な権利や歴史的な先住性を意味しない。
- 地域住民:特定の地域に住んでいる人々を指す中立的な表現。民族的な意味を含めずに説明できる。
なお、先住民族の国際的な定義には一律に適用できる確定的な基準があるわけではありません。したがって、単にその土地に長く住んでいるという理由だけで、特定の集団を先住民族と呼ぶことは適切ではありません。
土人の適切な言い換えは?現代の文章や会話では、相手の属性や状況に応じて具体的な名称を使用することが大切です。
- アイヌ民族について説明する場合:アイヌ民族、アイヌの人々
- 沖縄に住む人々について説明する場合:沖縄県民、沖縄の人々、地域住民
- 歴史的にその地域に住んでいた民族について説明する場合:先住民族、先住民
- 特定地域に根付いた住民について説明する場合:地域住民、土地の人々
- 民族を限定せず住民を説明する場合:現地住民、住民、地域社会の人々
大切なのは、言葉を機械的に置き換えるのではなく、対象となる人々がどのような歴史や文化を持ち、どのように呼ばれることを望んでいるかを考えることです。
【2026年現在の実態】土人は使える?法律上の扱いと社会的認識
土人という言葉は法律で全面禁止されているのか2026年現在、「土人」という単語そのものを一律に使用禁止とする法律が存在するわけではありません。
ただし、これは人に対して自由に使ってよいという意味ではありません。
実際の使用場面や対象、発言の意図、周囲への影響によっては、差別的言動や権利侵害として問題になる可能性があります。
特にアイヌ民族については、2019年施行のアイヌ施策推進法第4条が、アイヌであることを理由とした差別や権利利益の侵害を禁止しています。
また、2016年の沖縄の事例では、政府の答弁書において、発言した警察官2人の行為が地方公務員法第32条等に違反するとされ、同法第29条に基づく戒告処分が行われたことが確認されています。
つまり、言葉そのものが一律に禁止されているかどうかと、具体的な場面で差別的な発言が許されるかどうかは区別しなければなりません。
2026年現在もアイヌ民族への差別は残っている北海道が実施した令和5年(2023年)のアイヌ生活実態調査では、15歳以上のアイヌの人々を対象としたアンケートの有効回答数は472人でした。
その結果、自分自身がアイヌであることを理由に差別を受けた経験があると回答した人は29.0%でした。また、身近な人が差別を受けたことを直接見聞きした経験がある人は38.1%となっています。
これらは調査に回答した人々の結果であり、北海道内のアイヌ民族全体の割合をそのまま示す数字ではありません。それでも、差別が過去の歴史だけの問題ではないことを示す重要な資料です。
また、北海道の2026年2月公表の「第2次北海道アイヌ政策推進方策(案)」では、インターネット上での誹謗中傷や、アイヌの歴史・文化に対する理解不足が現在も課題として挙げられています。
同方策案は2026年度からおおむね5年間を対象とし、理解促進、生活向上、文化振興、地域振興などを政策の柱に据えています。SNS上の匿名の誹謗中傷への対策も盛り込まれています。
2026年現在の状況を理解するには、過去の差別的な呼称を使わないことだけでなく、民族の歴史や文化を正しく知り、現在も続く偏見や中傷に目を向ける必要があります。
現在、使用を避けるべき場面とは次のような使い方は避けるべきです。
- 特定の民族や地域の人々を侮辱する目的で使用する。
- 相手の文化や生活様式を「未開」「野蛮」と決めつける。
- SNSや掲示板で、特定の集団を見下す呼び名として使用する。
- 歴史的な差別表現であることを理解せず、冗談やあだ名として使用する。
一方、歴史研究、辞書の解説、旧法令の名称、過去の報道や国会答弁を紹介する場合には、歴史的な用語として取り上げることがあります。
その場合も、差別的な意味を持つ言葉であることが分かるように説明し、必要以上に繰り返さない配慮が大切です。
【プロの結論】土人という言葉から考えるべき歴史と現代の人権意識
「土人」という言葉をめぐる問題は、辞書に掲載された意味を覚えるだけでは理解できません。
708年の文献に確認できる土地の人という意味、1887年の文献に現れる原始的な生活をする人々という意味、1899年の北海道旧土人保護法、そして2016年の沖縄・高江での発言。これらを時系列で見ると、言葉の意味が社会の価値観や民族間の力関係と結びついて変化してきたことが分かります。
特に注目したいのは、「本来の意味が存在すること」と「現代において適切に使えること」は同じではないという点です。
辞書に土地の人という意味が掲載されていても、現代の人々が侮蔑的な意味で受け取る可能性が高い言葉を、わざわざ人に向けて使う必要はありません。
また、アイヌ民族や沖縄の人々を語るときには、それぞれの歴史的背景を混同しないことも大切です。アイヌ民族は2019年の法律で先住民族と明記されています。一方、沖縄の2016年の発言問題は、警察官による侮蔑的な言動と、沖縄の人々の尊厳や地域社会との関係が問われた事例です。
どちらも、相手を外部から一方的に分類し、見下す言葉の危険性を考えるうえで重要ですが、歴史的・法的な背景は異なります。
これから言葉を選ぶ際には、次の3点を判断基準にするとよいでしょう。
- 対象を正確に表しているか:民族名、地域名、住民という立場を正しく区別する。
- 相手の尊厳を損なわないか:文化や生活様式を優劣で評価する表現を避ける。
- 歴史的な背景を理解しているか:過去の差別的な呼称を無意識に現代へ持ち込まない。
言葉は単なる情報伝達の道具ではありません。誰をどのような存在として扱うのかという、社会の価値観を映し出すものでもあります。
土人という言葉に関するよくある質問(FAQ)
Q1:土人とは本来どのような意味ですか?
A1:本来は「その土地に生まれ住む人」「土着の人」を意味します。ただし、近代以降は未開・原始的な生活をする人々を侮蔑する意味でも使われるようになりました。
Q2:土人は現在も差別用語ですか?
A2:現代では、人に対して使う場合、差別的・侮蔑的な意味を持つ表現として認識されています。歴史的な用語として説明する場合を除き、使用は避けるのが適切です。
Q3:北海道旧土人保護法はいつ廃止されましたか?
A3:1997年(平成9年)です。同年に施行されたアイヌ文化振興法に伴い廃止されました。
Q4:2016年の沖縄での土人発言では何が起きましたか?
A4:2016年10月18日、沖縄県東村高江で警備に当たっていた大阪府警の機動隊員が、工事に反対する人に「土人」と発言しました。大阪府警は10月21日に発言した警察官2人を戒告処分としました。
Q5:土人と先住民は同じ意味ですか?
A5:同じではありません。先住民は歴史的にその土地に先に居住してきた人々を指します。一方、土人には土地に根付いた人という古い語義があるものの、近代以降は侮蔑的な意味が強くなりました。
Q6:土人の正しい言い換えは何ですか?
A6:対象によって異なります。アイヌ民族については「アイヌ民族」「アイヌの人々」、沖縄の住民については「沖縄県民」「沖縄の人々」、一般的な住民については「地域住民」「現地住民」などが適切です。
「土人」は、もともと土地に生まれ住む人を意味していた言葉ですが、近代以降は民族や地域の人々を未開・原始的と見なす侮蔑的な意味を持つようになりました。
北海道旧土人保護法に見られる制度上の呼称、アイヌ民族に対する同化政策、2016年の沖縄・高江での警察官の発言は、その歴史を理解するための重要な事例です。
2026年現在、単語そのものが法律で全面禁止されているわけではありませんが、人に対する表現として使用することは適切ではありません。
「先住民族」「アイヌ民族」「地域住民」など、対象の歴史や立場に合った言葉を選ぶことが、差別や偏見を減らす第一歩です。言葉の由来だけでなく、その言葉が誰を傷つけ、どのような歴史を背負っているのかまで理解することが求められています。
主な参照資料
- 小学館『デジタル大辞泉』『精選版 日本国語大辞典』
- 衆議院・第192回国会内閣委員会会議録(2016年10月28日)
- 衆議院・政府答弁書(2016年11月18日)
- e-Gov法令検索・アイヌ施策推進法
- 北海道・令和5年アイヌ生活実態調査
- 北海道・第2次北海道アイヌ政策推進方策(2026年2月案)