2026年11月現在、歌手の欧陽菲菲(オーヤン・フィーフィー)さんは、日本デビュー55周年という節目を迎えています。1971年に「雨の御堂筋」で日本デビューし、「ラヴ・イズ・オーヴァー」など数々のヒット曲を世に送り出した台湾出身の歌手です。2023年には台湾の音楽賞「金曲奨」で特別貢献賞を受賞。加えて、所属先の公式プロフィールでは2026年の55周年記念ベストアルバムのリリースも予定されています。
一方、日本のテレビ番組への出演が以前より少なくなったことから、「現在は何をしている?」「引退したの?」「亡くなったという噂は本当?」と気になっている人もいるようです。夫だった元レーシングドライバー・式場壮吉さんとの結婚生活や家族、2026年の音楽活動、代表曲の現在まで、確認できる情報を時系列で整理します。
【2026年最新】欧陽菲菲の現在は77歳!日本デビュー55周年を迎えた近況

欧陽菲菲さんは1949年9月10日生まれ、台湾・台北市出身です。
2026年11月2日時点では77歳。日本での歌手活動を開始した1971年から55年が経過しました。
所属先のアーティストプロフィールには、2026年を55周年のアニバーサリーイヤーと位置づけ、新しい表現に挑戦することが記されています。
2026年は記念ベストアルバムのリリース予定今回の55周年で注目したいのが、ベストアルバムの企画です。
所属先の公式プロフィールには、2026年のデビュー55周年に合わせたベストアルバムのリリース予定が掲載されています。
ただし、2026年11月2日時点で、同プロフィールからは次の詳細までは確認できません。
- ベストアルバムの正式タイトル
- 具体的な発売日
- 収録曲の全容
- CDと配信の販売形態
- 新録音源が収録されるかどうか
そのため、発売予定があることと、発売日や収録内容が確定していることは区別して考える必要があります。
2026年5月には貴重なライブアルバム2作品が配信もう一つ、2026年に実際に動きがあったのが過去のライブ音源の配信です。
2026年4月29日、所属先のandsが、欧陽菲菲さんの伝説的なライブ盤2作品の配信を発表しました。
『欧陽菲菲イン・べラミ』
2026年5月13日配信
1972年4月7日に京都のナイトクラブ「べラミ」で行われたライブを収録。全13曲で、「雨の御堂筋」などを楽しめる。
『欧陽菲菲オンステージ』
2026年5月13日配信
1972年7月9日、大阪フェスティバルホールで開催された来日1周年記念コンサートを収録。全14曲。
どちらもユニバーサルミュージックから発売された過去のライブ録音です。
特に『欧陽菲菲オンステージ』では、「雨の御堂筋」「雨のエアポート」に加え、「上を向いて歩こう」「Danny Boy」なども収録されています。
今回の企画は新しいコンサートの開催ではありません。しかし、デビュー初期の生の歌声を改めて聴けるという意味で、55周年にふさわしい音楽的な動きです。
現在の生活拠点や日常は?現在の居住地や日常生活については、2026年の本人による詳しい公表は確認できません。
以前の報道では東京での生活が取り上げられたこともありますが、2026年現在の居住状況を断定できる新しい本人発信は見当たりません。
一方、所属先は2026年も欧陽菲菲さんの55周年企画をプロフィールに掲載しています。
つまり、現在の姿を考えるうえでは、テレビ出演の頻度だけでなく、音源の再発や記念企画なども含めて活動を捉えることが大切です。
【死亡説・引退説の真相】欧陽菲菲は現在も生きている?活動休止の理由は?
欧陽菲菲さんについて検索すると、「死亡」「病気」「引退」といった言葉が関連して表示されることがあります。
しかし、これらの検索ワードだけで本人の状況を判断することはできません。
死亡説が広まった理由は?確認できる大きな出来事の一つが、2016年の夫・式場壮吉さんの死去です。
式場さんは2016年5月17日、肝臓の病気により東京で亡くなりました。享年77歳でした。
台湾の中央通信社(CNA)は、欧陽菲菲さんが家族を通じて夫の死去を公表したことを報じています。
このような過去の訃報と、本人のメディア露出が少なくなった状況が混同されると、検索上で死亡説が目立つ原因になります。
実際には、2023年7月1日に台湾で開催された第34回金曲奨に本人が登壇しています。
さらに2026年には、所属先から55周年企画やライブ音源の配信が発表されています。
2026年11月2日までに、欧陽菲菲さん本人の死亡を伝える公式発表や信頼できる訃報報道は確認できません。
したがって、死亡説を裏付ける確かな根拠はありません。
引退したという情報は本当?こちらも要点です。
現在までに、本人が正式な引退を発表したことを裏付ける情報は確認できません。
一方、日本のテレビ番組やコンサートで頻繁に見かける時期と比べると、近年の表立った活動は限られています。
所属先のプロフィールを確認すると、2013年には「Still I Love You」をリリースし、2014年には東京・大阪でコンサートを開催しています。
その後、2023年には台湾の金曲奨に登壇しました。
この経緯から分かるのは、長期間にわたり日本で精力的にテレビ出演や公演を続けていた時期とは、活動の見え方が変わっているということです。
欧陽菲菲の引退理由は何?本人が引退理由を公式に説明した記録は確認できません。
そのため、夫との死別や年齢、健康状態などを引退の理由として断定することはできません。
確認できる事実は次の3点です。
1. 2016年に夫の式場壮吉さんと死別した。
2. 2023年に台湾の音楽賞の授賞式に本人が登壇した。
3. 2026年には55周年企画と過去のライブ音源の配信が進んでいる。
特に2023年の授賞式では、歌手活動への思いも語っています。
本人の発言と2026年の公式活動情報を合わせて考えると、正式に引退したと判断する材料はありません。
「テレビに出ていない=引退した」という解釈は正確ではないのです。
欧陽菲菲さんのキャリアを理解するには、日本だけでなく台湾や香港などアジア各地での活動にも目を向ける必要があります。
日本での大ヒットだけにとどまらず、中国語圏でも長く支持されてきた歌手だからです。
欧陽菲菲の主な経歴と転換点| 年 | 出来事 | 内容・実績 |
|---|---|---|
| 1949年 | 台湾・台北市に生まれる | 9月10日生まれ |
| 1967年 | プロ歌手として活動開始 | 台北のレストランシアターで歌手デビュー |
| 1971年 | 日本デビュー | 「雨の御堂筋」を発売 |
| 1971年 | 日本レコード大賞 | 新人賞を受賞 |
| 1972年 | NHK紅白歌合戦 | 外国人ソロ歌手として初出場 |
| 1973年 | 紅白歌合戦 | 2年連続出場 |
| 1978年 | 結婚 | 式場壮吉さんと結婚 |
| 1983年 | 大ヒット | 「ラヴ・イズ・オーヴァー」がロングセラーに |
| 1983年 | 日本レコード大賞 | ロングセラー賞を受賞 |
| 1993年 | 台湾で活動 | アルバム『擁抱』を発売 |
| 1994年 | 台湾でヒット | 「感恩的心」が大きな支持を集める |
| 2006年 | 日本デビュー35周年 | 東京・大阪で記念ライブを開催 |
| 2013年 | 新曲発売 | 「Still I Love You」をリリース |
| 2014年 | コンサート | 東京・大阪で公演 |
| 2016年 | 夫と死別 | 式場壮吉さんが77歳で死去 |
| 2023年 | 台湾の金曲奨 | 特別貢献賞を受賞 |
| 2026年 | 日本デビュー55周年 | ベストアルバムのリリースを予定 |
所属先のプロフィール、徳間ジャパンの公式経歴、日本作曲家協会の受賞記録、台湾中央社の報道をもとに整理しています。
日本レコード大賞の受賞歴欧陽菲菲さんの日本での実績を語るうえで欠かせないのが、日本レコード大賞です。
1971年の第13回日本レコード大賞では「新人賞」を受賞しました。
対象となった楽曲は、日本デビュー曲の「雨の御堂筋」です。
その後、1983年の第25回日本レコード大賞では「ラヴ・イズ・オーヴァー」でロングセラー賞を受賞しています。
ここで押さえたいのは、新人時代の受賞と、10年以上を経て再び評価されたロングセラー賞という2つの実績です。
デビュー直後の一発屋ではなく、長期にわたって歌を聴かれ続ける歌手だったことが分かります。
台湾の金曲奨で特別貢献賞を受賞2023年7月1日、台湾で開催された第34回金曲奨で、欧陽菲菲さんは特別貢献賞を受賞しました。
金曲奨は台湾の音楽界を代表する大規模な音楽賞です。
この受賞は、長年の音楽活動と台湾・アジアの音楽界への貢献が評価されたものです。
当日は本人が授賞式に出席し、代表曲の一つである「感恩的心」を歌いました。
台湾の中央通信社は、これが本人にとって初めての金曲奨受賞だったことも報じています。
なお、所属先のプロフィール内には受賞年を2024年とする年表記もありますが、授賞式の開催日と当日の中央通信社の報道に基づけば、正しくは2023年7月1日です。
【夫・式場壮吉との結婚】馴れ初めや家族、子供について
欧陽菲菲さんの私生活で大きな存在だったのが、夫の式場壮吉(しきば・そうきち)さんです。
式場さんは日本のモータースポーツ草創期に活躍したレーシングドライバーであり、実業家としても知られていました。
夫・式場壮吉とはどんな人物?式場壮吉さんは1939年生まれの元レーシングドライバーです。
1963年の第1回日本グランプリでは、トヨタ・コロナでC-Vクラスに優勝しました。
翌1964年の第2回日本グランプリでもポルシェ904を駆り、生沢徹さんのスカイラインとの激しいレースを繰り広げたことで知られています。
レース活動を終えた後は、自動車関連事業や病院経営にも携わりました。
歌手とレーサーという異なる世界で活躍した二人の結婚は、当時の日本と台湾で大きな話題になりました。
二人の馴れ初めは1976年の六本木二人が初めて出会ったのは、1976年8月の六本木で開かれた食事会でした。
日刊ゲンダイの過去の取材記事によると、式場さんの友人の妻が台湾出身で、欧陽菲菲さんの妹の友人でもあったことから、共通の知人を通じて食事会が開かれたそうです。
興味深いのは、出会った時点でお互いの仕事について詳しく知らなかったことです。
欧陽菲菲さんは式場さんが有名レーサーであることを知らず、式場さんも芸能界に詳しくなかったとされています。
それでも二人は意気投合し、1977年秋ごろから交際が深まりました。
その後、互いの家族にも紹介し、結婚に向けて準備を進めていきました。
1978年4月に結婚!日本と台湾の両方で披露宴二人は1978年4月に結婚しました。
日刊ゲンダイの記事によれば、4月16日に東京都内の教会で挙式し、18日に日本で披露宴、22日には台北でも親族や関係者を招いて宴席を設けています。
国際結婚ということもあり、日本と台湾の両方で祝福された結婚でした。
式場さんは欧陽菲菲さんより10歳年上でした。
また、結婚後も欧陽菲菲さんは歌手活動を続け、ステージと家庭生活の両立を大切にしていました。
夫との間に子供はいた?欧陽菲菲さんと式場壮吉さんの子供については、二人の間に子供はいなかったとする人物紹介や報道があります。
ただし、本人が家族構成を詳しく公表しているわけではありません。
インターネット上では、欧陽菲菲さんの娘として若い女性の名前や写真が紹介されることがありますが、親族と実子を混同しないことが大切です。
特に欧陽娜娜(オーヤン・ナナ)さんは、欧陽菲菲さんの娘ではなく姪にあたる人物として紹介されています。
2016年、夫・式場壮吉との死別2016年5月17日、式場壮吉さんは肝臓の病気により77歳で亡くなりました。
訃報は台湾の中央通信社などによって報じられ、欧陽菲菲さん側からも夫の死去について声明が発表されました。
夫については、長年にわたって自身の仕事を支え、家族を大切にしてくれた存在として感謝の気持ちが伝えられています。
1978年の結婚から2016年の死別まで、二人の夫婦生活は約38年間続きました。
欧陽菲菲さんの表舞台での活動を語る際にも、式場さんとの結婚生活は大切な背景の一つです。
【MUSIC FAIR 2026・代表曲】今も歌い継がれる欧陽菲菲の名曲
2026年に欧陽菲菲さんの名前が音楽番組で取り上げられた記録として、フジテレビの「MUSIC FAIR」があります。
MUSIC FAIR 2026年1月24日の出演情報の真相2026年1月24日放送の「MUSIC FAIR」は、「冬に聴きたいラブソング特集」でした。
番組の公式バックナンバーには、テレサ・テンさんと欧陽菲菲さんによる「北酒場」が掲載されています。
ただし、これは2026年に新しく収録した出演映像ではありません。
フジテレビの公式記録によれば、該当する映像は1984年5月20日放送分のVTRです。
つまり、2026年に本人がスタジオに出演したという情報ではなく、過去の貴重な共演映像が再び放送されたということです。
この点は、近況を調べる際に誤解しやすい部分です。
代表曲①「雨の御堂筋」1971年9月に発売された「雨の御堂筋」は、欧陽菲菲さんの日本デビュー曲です。
発売直後から大きな注目を集め、オリコンチャートではアジア出身の歌手として初めて9週連続1位を記録したと所属先のプロフィールに記されています。
この曲の特徴は、当時の日本の歌謡曲とは異なる力強い歌声と、洋楽的なリズム感です。
日本の歌謡曲に新しい感覚を持ち込んだ楽曲として、欧陽菲菲さんの名前を全国に広めました。
代表曲②「ラヴ・イズ・オーヴァー」欧陽菲菲さんを代表するもう一つの名曲が「ラヴ・イズ・オーヴァー」です。
1983年に大きなヒットとなり、日本レコード大賞のロングセラー賞を受賞しました。
別れをテーマにした切ない歌詞と、感情を大胆に表現する歌唱が特徴です。
特に、声量を生かしたダイナミックな歌い方と、曲の展開に合わせた感情表現が印象的です。
この楽曲は後年もさまざまな歌手にカバーされ、世代を超えて知られる作品になりました。
所属先のプロフィールでは、40組以上のアーティストやバンドによってカバーされたと紹介されています。
代表曲③「感恩的心」台湾での欧陽菲菲さんを語る際に外せないのが「感恩的心」です。
1994年、台湾版ドラマ「おしん」のテーマ曲として大きな支持を集めました。
日本では「雨の御堂筋」や「ラヴ・イズ・オーヴァー」の印象が強い一方、台湾ではこの曲も代表的な楽曲として親しまれています。
2023年の金曲奨授賞式で本人がこの曲を歌ったことも、台湾のファンにとって印象的な出来事でした。
日本と台湾で異なる代表曲を持っていることは、欧陽菲菲さんの国際的なキャリアを象徴しています。
【プロの結論】欧陽菲菲が今も音楽界で評価される理由
欧陽菲菲さんの55年間を振り返ると、単にヒット曲を持つ歌手という枠には収まりません。
日本、台湾、香港など複数の音楽市場で活動し、それぞれの地域に代表曲を残してきたことが大きな特徴です。
特に注目したいのは、次の3点です。
1. 日本の歌謡界に新しい歌唱スタイルを持ち込んだこと
1971年の日本デビュー当時、欧陽菲菲さんの力強い歌声やダイナミックなステージパフォーマンスは大きな個性でした。
「雨の御堂筋」の成功は、その後のアジア出身アーティストの日本進出を考えるうえでも重要な実績です。
2. 一曲のヒットで終わらなかったこと
「雨の御堂筋」で新人賞を受賞した後、「ラヴ・イズ・オーヴァー」でもロングセラー賞を受賞しています。
異なる時代に異なるヒット曲を生み出したことは、歌手としての持続的な魅力を示しています。
3. 台湾でも長く評価され続けていること
2023年の金曲奨特別貢献賞は、日本での実績だけでなく、台湾を含む音楽界全体への貢献が認められた出来事でした。
2026年の55周年企画やライブ音源の配信も、過去の音楽的な財産を次の世代へ伝える機会になっています。
現在の活動を判断する際は、テレビ出演の回数だけでなく、本人の公式発表、音源リリース、授賞式への登壇、記念企画などを総合的に見ることが大切です。
【欧陽菲菲の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:欧陽菲菲は2026年現在、何歳ですか?
1949年9月10日生まれで、2026年11月2日時点では77歳です。2026年は1971年の日本デビューから55周年にあたります。
Q2:欧陽菲菲は現在も生きていますか?
本人の死亡を伝える公式発表や信頼できる訃報は確認されていません。2023年には台湾の金曲奨授賞式に本人が登壇し、2026年には所属先から55周年関連の企画も発表されています。
Q3:欧陽菲菲は芸能界を引退したのですか?
正式な引退発表は確認できません。日本でのテレビ出演は以前より少なくなっていますが、2023年の授賞式への登壇や2026年の音源配信など、音楽に関する動きは続いています。
Q4:欧陽菲菲の夫は誰ですか?
夫は元レーシングドライバーで実業家の式場壮吉さんです。1978年4月に結婚し、2016年5月17日に式場さんが77歳で亡くなるまで夫婦でした。
Q5:欧陽菲菲に子供はいますか?
夫の式場壮吉さんとの間に子供はいなかったとする人物紹介や報道があります。なお、チェリスト・女優として知られる欧陽娜娜さんは娘ではなく姪です。
Q6:2026年に欧陽菲菲のベストアルバムは発売されますか?
所属先の公式プロフィールには、2026年の日本デビュー55周年に合わせたベストアルバムのリリース予定が掲載されています。ただし、発売日や正式タイトル、収録曲の詳細は同プロフィールでは明らかになっていません。別企画として、1972年のライブアルバム2作品は2026年5月13日に配信されています。
Q7:MUSIC FAIRに2026年に出演したのですか?
2026年1月24日の放送で、テレサ・テンさんとの「北酒場」の共演映像が紹介されました。ただし、これは1984年5月20日の放送映像であり、2026年の新規出演ではありません。
2026年の欧陽菲菲さんは77歳。日本デビュー55周年という大きな節目を迎えています。
近年、日本のテレビ番組で姿を見る機会は少なくなりましたが、正式な引退発表や本人の死亡を裏付ける情報は確認されていません。
2023年には台湾の金曲奨で特別貢献賞を受賞し、2026年には記念ベストアルバムのリリース予定が公式プロフィールに掲載されました。加えて、1972年の貴重なライブ音源2作品も配信されています。
夫・式場壮吉さんとの約38年間の結婚生活や、「雨の御堂筋」「ラヴ・イズ・オーヴァー」「感恩的心」といった代表曲も、彼女の歩みを語るうえで欠かせません。
今後注目したいのは、55周年記念ベストアルバムの正式な発売日や収録内容、そして新たな音楽企画の発表です。
欧陽菲菲さんの魅力は、過去のヒット曲だけではなく、日本と台湾の音楽文化をつないできた55年間のキャリアそのものにあります。
これからも彼女の歌声と音楽的功績が、新しい世代に受け継がれていくことに期待したいところです。