豊真将の現役時代を数字で振り返ると、最高位の小結だけでなく、幕内で長く戦い続けた実績と三賞7回という評価が目立ちます。
日本相撲協会の公式力士プロフィールに掲載されている戦歴・受賞歴は、次のとおりです。
豊真将の現役時代・主要成績
生涯勝利415勝

生涯敗戦344敗
休場109休
通算場所数65場所
| 項目 | 成績 |
|---|---|
| 最高位 | 小結 |
| 幕内戦歴 | 309勝304敗77休 |
| 幕内在位 | 46場所 |
| 十両優勝 | 1回 |
| 三段目優勝 | 1回 |
| 幕内優勝 | 0回 |
| 敢闘賞 | 5回 |
| 技能賞 | 2回 |
| 殊勲賞 | 0回 |
| 金星 | 0個 |
出典:日本相撲協会公式・豊真将力士プロフィール
豊真将は、三賞のうち敢闘賞を5回、技能賞を2回受賞しています。合計7回の三賞受賞は、幕内での安定した活躍と相撲内容が高く評価されていたことを示します。
敢闘賞は、優れた成績を残し、奮闘した力士に贈られる賞です。一方、技能賞は相撲の技術や取り口が評価された力士に贈られます。
豊真将の場合、力強く前に出る相撲だけでなく、相手との組み合いから勝負を決める技術も評価されていたことが分かります。
得意技は右四つ・寄り!豊真将の相撲スタイル日本相撲協会の公式プロフィールが挙げる得意技は、右四つ・寄りです。
右四つとは、相手と組んだ際に右手を差して組む体勢。寄りは、相手に密着しながら前進し、土俵の外へ押し出すように勝負を決める技術です。
豊真将の取り口は、こうした基本に忠実な相撲を土台としていました。相手との距離を詰め、組んでから前に出るという分かりやすい攻めが持ち味です。
また、現役時代は手刀や塵手水などの所作の丁寧さでも知られていました。勝敗だけではなく、取組前後の振る舞いまで含めて相撲道を体現する力士として評価されていたのです。
【引退理由】2015年1月に現役引退したのは右膝の大けがが原因
豊真将の引退理由を調べると、最も大きな転機となったのが2014年7月の名古屋場所で負った右膝の重傷です。
2014年名古屋場所5日目、横綱・日馬富士との取組で押し倒された際に右膝を負傷しました。その後、2014年8月2日に手術を受け、土俵復帰に向けたリハビリを続けました。
しかし、回復は思うように進みませんでした。3場所連続で休場し、2015年1月場所では東幕下7枚目まで番付を下げていました。復帰を目指していたものの、再び本来の相撲を取ることは難しい状況になっていました。
引退を決断するまでの時系列- 2014年7月:名古屋場所で日馬富士との取組中に右膝を負傷。
- 2014年8月2日:右膝の手術を受ける。
- 2014年9月〜2015年1月:復帰を目指してリハビリを続けるが、休場が続く。
- 2014年12月23日:師匠の錣山親方に引退の意向を伝える。
- 2015年1月16日:日本相撲協会に引退届を提出し、引退が承認される。
2015年1月16日、豊真将は師匠の錣山親方とともに引退会見に臨みました。
日刊スポーツの会見報道によると、豊真将は復帰できないことへの寂しさを語る一方、師匠から教わった相撲を最後まで取り切れたことに満足していると話しました。
「相撲に関して言えば、最後まで師匠に教わった自分の相撲を取り切れたので、悔いはありません。」
この言葉から伝わるのは、単にけがで土俵を去ることになったという事実だけではありません。師匠から学んだ相撲を自分なりに貫いたという、力士としての誇りです。
引退後は年寄・立田川を襲名。現役生活には終止符を打ちましたが、相撲界に残って後進を育てる道を選びました。
【寺尾と豊真将の師弟関係】師匠の教えを受け継ぎ錣山部屋を継承
豊真将の人生を語るうえで欠かせない人物が、元関脇・寺尾こと先代錣山親方です。
寺尾は2004年1月に錣山部屋を創設。豊真将はその部屋で育った力士であり、先代が育てた関取第1号でもありました。
日刊スポーツの引退報道では、豊真将がアルバイトをしていた時期に縁を得て錣山部屋に入門した経緯が紹介されています。新弟子検査のときに師匠からかけられた言葉も、本人にとって忘れられない思い出でした。
寺尾が豊真将に伝えた相撲への姿勢寺尾は現役時代、突っ張りを武器に活躍した人気力士でした。引退後は錣山部屋を設立し、力士の育成に力を注ぎました。
一方、豊真将は右四つ・寄りを得意とする力士です。取り口は異なっていても、礼儀や稽古に対する姿勢など、師匠から受け継いだものは少なくありません。
2015年の引退報道では、先代錣山親方が豊真将の所作について高く評価していたことも伝えられています。特に、礼で始まり礼で終わる相撲道を体現する力士として、弟子ながら尊敬しているという趣旨の言葉を残していました。
豊真将にとって寺尾は、単に所属部屋の師匠というだけではなく、相撲人生を再スタートさせてくれた恩人でもあったのです。
2023年12月、寺尾の死去で大きな転換点を迎える2023年12月17日、先代錣山親方(元関脇・寺尾)が60歳で亡くなりました。
豊真将は2015年の引退以降、立田川親方として錣山部屋で後進の指導を続けていました。寺尾が亡くなった後、部屋の運営を引き継ぐ立場となり、2024年1月場所では師匠代行を務めました。
スポニチの2023年12月の報道では、先代が生前から豊真将に後継を託す意向を示していたことも伝えられています。豊真将自身も、師匠の教えを途絶えさせず、弟子たちが安心して相撲を取れる環境を守ることを考えていたと報じられました。
2024年2月23日、正式に錣山部屋を継承そして2024年2月23日、日本相撲協会は理事会で正式な部屋継承を承認しました。
この決定によって、立田川親方だった豊真将は錣山の名跡を襲名。名実ともに先代寺尾の後継者となりました。
日本相撲協会の公式発表には、次の内容が明記されています。
令和6年2月23日付で、年寄立田川こと山本洋介が、錣山部屋を継承し、錣山名跡を継承襲名することが承認されました。
これは報道上の予定や関係者の見通しではなく、日本相撲協会が公表した正式な決定です。
寺尾が築いた錣山部屋を、そこで育った豊真将が引き継ぐ。この継承には、師匠と弟子という関係を超えた、部屋の歴史と指導理念を次の世代へつなぐ意味があります。
【プロの結論】豊真将の評価は小結の実績だけでは決まらない
豊真将の相撲人生を評価する際、最高位の小結や415勝という通算成績だけに注目すると、その本質を見落とします。
注目したいのは、力士として積み上げた実績が、引退後の指導者としての役割につながっている点です。
1. 小結昇進と三賞7回が示す競技者としての実力横綱や大関には到達していませんが、小結まで昇進し、敢闘賞5回、技能賞2回を獲得しました。特に幕内46場所という在位期間は、上位で長く戦った経験を示しています。
派手な優勝回数だけで評価されるのではなく、安定して幕内で戦い続ける力も豊真将の実績です。
2. けがによる引退経験が指導者としての視点につながる豊真将は、本人の努力だけでは乗り越えられない大きなけがによって現役生活を終えました。
力士の育成には、技術指導だけでなく、体調管理やけがからの復帰、精神面の支えも必要です。自身の経験は、弟子の身体と向き合う親方として生かせる重要な財産です。
3. 寺尾の後継者として部屋を維持する責任錣山部屋の継承で最も重要なのは、名跡を引き継ぐこと自体ではありません。先代が育ててきた力士や部屋の環境を守り、次の世代を育成することです。
2026年11月現在、日本相撲協会の公式部屋紹介には錣山親方が師匠として掲載され、阿炎をはじめとする所属力士の番付も確認できます。部屋が継続して活動していることは、継承後の重要な事実です。
豊真将に関する情報を調べる際の判断基準ネット上では、古い情報と現在の情報が混在しやすいため、次の3点を押さえると混乱を避けられます。
- 現在の親方名を調べる場合: 日本相撲協会の年寄プロフィールで「錣山矩幸」を確認する。
- 現役時代の戦績を調べる場合: 引退後に更新された公式力士プロフィールの生涯戦歴を参照する。
- 部屋の継承時期を調べる場合: 2024年2月23日付の日本相撲協会の理事会発表を確認する。
この3つを区別すれば、「立田川親方」と「錣山親方」が同一人物であることや、2015年の引退と2024年の部屋継承が別々の出来事であることも理解できます。
豊真将に関するよくある質問(FAQ)
Q1:豊真将は2026年現在、何をしていますか?
2026年現在、錣山親方として錣山部屋の師匠を務めています。日本相撲協会の公式プロフィールにも年寄・錣山矩幸として登録されており、部屋の運営と力士の育成に携わっています。
Q2:豊真将の最高位と生涯戦歴は?
最高位は小結です。日本相撲協会の公式記録による生涯戦歴は415勝344敗109休(65場所)。敢闘賞5回、技能賞2回を受賞しています。
Q3:豊真将が立田川親方から錣山親方になったのはなぜですか?
2015年の引退後に立田川を襲名しましたが、先代の錣山親方(元関脇・寺尾)の死去を受け、2024年2月23日に錣山部屋を継承したためです。同日に錣山の名跡も襲名しています。
Q4:豊真将の引退理由は何ですか?
2014年7月の名古屋場所で日馬富士との取組中に負った右膝の重傷です。手術とリハビリを続けましたが復帰が難しくなり、2015年1月16日に現役引退を決断しました。
Q5:豊真将と寺尾はどのような関係でしたか?
寺尾は豊真将の師匠であり、豊真将が入門した錣山部屋の創設者です。豊真将は寺尾が育てた最初の関取で、引退後も部屋付き親方として指導を続けました。2024年には師匠の名跡と部屋を正式に継承しています。
豊真将は、山口県下関市出身の元小結であり、現役時代には415勝344敗109休という生涯戦歴を残しました。右四つ・寄りを得意とし、敢闘賞5回、技能賞2回を受賞。丁寧な所作と真面目な取り口でも知られた力士です。
2015年1月の引退は右膝の大けがが原因でしたが、その後も相撲界に残り、立田川親方として後進の指導に尽力しました。そして2024年2月23日、師匠・寺尾が築いた錣山部屋を正式に継承。2026年現在も錣山親方として活動しています。
豊真将の歩みは、優れた力士が引退後に指導者となり、師匠から受け継いだものを次の世代へ伝えていく過程そのものです。
これから注目したいのは、現役時代の成績だけではなく、錣山部屋からどのような力士が育ち、寺尾から豊真将へとつながった伝統がどのように受け継がれていくかという点です。
豊真将の現在を知ることは、元小結の第二の人生と、錣山部屋の新しい歴史を知ることでもあります。