「京大ノーベル賞」の受賞者は誰なのか。京都大学が2026年春に公表した公式資料によると、1949年に日本人初のノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹から、2025年にノーベル化学賞を受賞した北川進、ノーベル生理学・医学賞を受賞した坂口志文まで、京都大学にゆかりのあるノーベル賞受賞者は合計13人に上る。受賞分野は物理学・化学・生理学・医学の3分野に広がっている。
2026年11月1日時点では、2026年のノーベル化学賞に硤合憲三(そあい・けんそう)が選ばれたが、同氏は東京大学卒業生であり、京都大学ゆかりの13人には含まれない。また、受賞者の一人である利根川進は2026年7月11日に逝去した。卒業生と教員の違い、湯川秀樹から続く研究の系譜、iPS細胞やPD-1、青色LED、リチウムイオン電池、MOF、制御性T細胞の受賞理由まで、歴代13人の歩みを整理する。
【2026年最新】京大ゆかりのノーベル賞受賞者は歴代13人

京都大学の公式広報誌『紅萠』2026年春号は、2025年の北川進と坂口志文の受賞を受け、京都大学卒業生・教員のノーベル賞受賞者数を13人と紹介している。
その歴史は、1949年の湯川秀樹に始まる。日本人として初めてノーベル賞を受賞した湯川の業績は、日本の理論物理学が世界的に認められる大きな契機となった。
その後、1965年に朝永振一郎、1981年に福井謙一、1987年に利根川進が受賞。2000年代以降は化学、生命科学、材料工学などにも受賞分野が広がり、2012年の山中伸弥、2018年の本庶佑、2019年の吉野彰へと続いた。
そして2025年10月、北川進と坂口志文の2人が同じ年にノーベル賞を受賞した。日本人研究者2人が同年に受賞するのは10年ぶりであり、京都大学にとっても大きな節目となった。
なお、2026年10月には硤合憲三がノーベル化学賞を受賞した。東京大学理学部を卒業し、東京理科大学名誉教授を務めた研究者であるため、京都大学の受賞者13人という数字には追加されていない。
また、2026年7月11日には1987年のノーベル生理学・医学賞受賞者である利根川進が逝去した。京都大学は公式発表で、同氏が京都大学理学部を卒業し、抗体遺伝子の再構成という画期的な発見を成し遂げた功績を紹介している。
したがって、2026年11月時点での京大ゆかりのノーベル賞受賞者数は13人。受賞者の存命状況や2026年の新たな日本人受賞者とは区別して理解する必要がある。
【歴代13人一覧表】受賞年・分野・研究業績と京都大学との関係
京都大学ゆかりのノーベル賞受賞者を、受賞年の古い順に整理した。受賞理由だけでなく、京都大学との関係にも注目すると、大学の研究教育の歴史が見えてくる。
| 受賞年 | 受賞者・分野 | 主な研究業績・受賞理由 | 京都大学との関係 |
|---|---|---|---|
| 1949年 | 湯川秀樹 物理学賞 |
中間子の存在を予測。原子核を結び付ける核力の理論研究。 | 京都帝国大学卒業。京都大学教授。 |
| 1965年 | 朝永振一郎 物理学賞 |
量子電磁力学の基礎的研究。くりこみ理論の発展。 | 京都帝国大学卒業。 |
| 1981年 | 福井謙一 化学賞 |
化学反応過程に関する理論。フロンティア軌道理論。 | 京都大学卒業。京都大学工学部教授。 |
| 1987年 | 利根川進 生理学・医学賞 |
抗体の多様性を生み出す遺伝的原理の解明。 | 京都大学理学部卒業。京都大学名誉博士。 |
| 2001年 | 野依良治 化学賞 |
キラル触媒による水素化反応。不斉合成の発展。 | 京都大学工学部卒業。 |
| 2008年 | 小林誠 物理学賞 |
小林・益川理論。CP対称性の破れの起源に関する研究。 | 名古屋大学卒業。元京都大学理学部助手。 |
| 2008年 | 益川敏英 物理学賞 |
小林・益川理論。クォークが少なくとも3世代存在することを予測。 | 名古屋大学卒業。京都大学名誉教授。 |
| 2012年 | 山中伸弥 生理学・医学賞 |
成熟細胞を多能性を持つ細胞へ初期化する技術。iPS細胞の開発。 | 神戸大学医学部卒業。京都大学教授・iPS細胞研究所長を歴任。 |
| 2014年 | 赤﨑勇 物理学賞 |
高効率青色発光ダイオード(青色LED)の発明。 | 京都大学卒業。 |
| 2018年 | 本庶佑 生理学・医学賞 |
PD-1など、免疫抑制機構を利用したがん治療の研究。 | 京都大学医学部卒業。京都大学教授。 |
| 2019年 | 吉野彰 化学賞 |
リチウムイオン電池の開発。 | 京都大学工学部卒業。大学院修士課程修了。 |
| 2025年 | 北川進 化学賞 |
金属有機構造体(MOF)の開発。 | 京都大学大学院修了。理事・副学長、高等研究院特別教授。 |
| 2025年 | 坂口志文 生理学・医学賞 |
末梢性免疫寛容に関する発見。制御性T細胞の発見と機能解明。 | 京都大学医学部卒業・大学院修了。京都大学名誉教授。 |
上記の受賞年と受賞理由は、京都大学の公式受賞者一覧およびノーベル財団の各年度の発表に基づく。特に2008年は小林誠と益川敏英の2人が同じ物理学賞を受賞しているため、受賞者数を数える際には別々の人物として扱う。
ノーベル財団の発表では、湯川の中間子理論、朝永らの量子電磁力学、福井の化学反応理論、利根川の抗体多様性に関する発見など、それぞれ異なる科学的課題が評価されている。
2001年の野依良治、2008年の小林誠・益川敏英、2012年の山中伸弥、2014年の赤﨑勇、2018年の本庶佑、2019年の吉野彰についても、ノーベル財団の公式資料で受賞理由が確認できる。
2025年の北川進と坂口志文については、金属有機構造体の開発と末梢性免疫寛容に関する発見がそれぞれ評価された。
【研究業績を解説】京大ノーベル賞を支えた4つの研究領域
13人の研究を時系列だけで眺めると、個別の発見が並んでいるように見える。しかし、研究テーマを分野別に整理すると、京都大学ゆかりの研究者が切り開いてきた科学の流れが浮かび上がる。
1.理論物理学から実用技術まで発展した物理学物理学分野の象徴は、1949年の湯川秀樹である。
湯川は1934年、原子核を構成する陽子と中性子を結び付ける力について、その力を媒介する粒子が存在すると考え、中間子の存在を理論的に予測した。当時は大胆な仮説だったが、後の実験によって関連する粒子の存在が確認され、理論物理学に大きな影響を与えた。
1965年の朝永振一郎は、量子電磁力学の発展に貢献した。電子と電磁場の相互作用を正確に記述するための理論的枠組みを整え、現代物理学の基礎を支える研究を進めた。
2008年の小林誠・益川敏英は、素粒子物理学における対称性の破れを説明する理論を構築した。クォークが少なくとも3世代存在することを予測した小林・益川理論は、その後の実験によって重要性が裏付けられた。
2014年の赤﨑勇は、青色LEDの実現に大きく貢献した。赤色や緑色のLEDだけでは実現できなかった高効率な白色光源を可能にし、照明技術の発展を促した。
この4つの研究の特徴は、自然界の基本原理を説明する理論から、生活に直接影響する技術まで、物理学の成果が広がっている点にある。
2.化学反応を制御する理論と材料の開発化学分野では、1981年の福井謙一が重要な位置を占める。
福井が提唱したフロンティア軌道理論は、分子の中で反応に関わる電子の状態に着目し、化学反応がどのように進行するのかを説明する理論である。分子の反応性を予測するうえで、現在も重要な基礎となっている。
2001年の野依良治は、不斉合成に利用するキラル触媒の研究で受賞した。右手と左手のような鏡像関係にある分子のうち、必要な一方を選択的に作り出す技術は、医薬品や化学製品の製造に大きな意味を持つ。
2019年の吉野彰は、リチウムイオン電池の実用化につながる基本構成の開発で受賞した。スマートフォンやノートパソコン、電気自動車などに使われる充電式電池の普及を支えた研究である。
2025年の北川進は、金属有機構造体(MOF)の開発によって受賞した。金属イオンと有機分子を組み合わせ、内部に規則的な空間を持つ多孔性材料を作る研究である。
化学分野の受賞者を並べると、分子の反応を理論的に理解する研究から、分子を作り分ける触媒、エネルギーを蓄える電池、物質を取り込む新素材へと、研究の対象が広がっている。
3.生命の仕組みと免疫を解き明かす医学研究生命科学分野では、1987年の利根川進が大きな転換点となった。
人間の免疫システムは、非常に多くの種類の抗体を作り出す。利根川は、その多様性がどのような遺伝的仕組みによって生まれるのかを明らかにした。抗体遺伝子の再構成という発見は、免疫学の理解を大きく前進させた。
2012年の山中伸弥は、成熟した細胞を初期化し、多様な細胞に分化できる人工多能性幹細胞、すなわちiPS細胞を作り出した。2006年にはマウスの細胞、2007年にはヒトの細胞で作製に成功したことが報告されている。
2018年の本庶佑は、免疫チェックポイント分子PD-1の発見と、その働きを利用したがん治療の研究で受賞した。免疫細胞に備わるブレーキを解除することで、免疫システムががん細胞を攻撃できるようにするという新しい治療原理につながった。
2025年の坂口志文は、免疫反応を抑える制御性T細胞(Treg)の発見と機能解明に関する研究が評価された。免疫システムが自分自身の組織を攻撃しないための仕組みを理解するうえで、極めて重要な発見である。
この分野の4人は、それぞれ抗体の多様性、細胞の初期化、免疫によるがん治療、免疫反応の抑制という異なる問題に取り組んだ。いずれも生命の仕組みを深く理解し、医療の可能性を広げる研究となっている。
【2025年のダブル受賞】北川進のMOFと坂口志文の制御性T細胞
2025年のノーベル賞で京都大学関係者が2人同時に選ばれたことは、京都大学の研究史における大きな出来事だった。ただし、2人の研究内容はまったく異なる。北川進は物質の内部に空間を設計する化学、坂口志文は免疫システムの働きを調節する医学研究で評価された。
北川進:金属有機構造体(MOF)が切り開く新しい材料科学北川進は2025年のノーベル化学賞を受賞した。受賞理由は、金属有機構造体(Metal-Organic Frameworks、MOF)の開発である。
MOFは、金属イオンと有機分子を規則的に組み合わせた結晶性の多孔性材料だ。イメージとしては、金属を柱や接合部、有機分子を梁として組み立てた、ナノサイズのジャングルジムに近い。
内部には非常に小さな空間が多数存在し、その形状や性質を調整することで、特定の気体や化学物質を取り込んだり、分離したりできる。
代表的な応用可能性として挙げられるのは、次のような分野だ。
- 二酸化炭素の回収・貯蔵
- 特定の気体の分離と精製
- 有害ガスの貯蔵・管理
- 乾燥地域の空気からの水分回収
- 化学反応を促進する触媒材料
北川の研究の特徴は、材料を単に硬く丈夫に作るのではなく、内部の空間そのものを機能として設計したことにある。特に、柔軟に変化する細孔を持つ多孔性結晶の研究は、従来の材料科学とは異なる可能性を示した。
京都大学の2026年春号の広報誌では、北川が長年の研究を支えた研究仲間や学生、京都大学の自由な学風について語っている。個人の発見だけでなく、研究グループの継続的な実験と議論が成果を育てたことが分かる。
ノーベル化学賞は、北川だけでなくリチャード・ロブソン、オマール・ヤギーの3人に授与された。MOFという研究領域が国際的な共同研究の積み重ねによって発展したことも要点だ。
坂口志文:制御性T細胞が解き明かした免疫のブレーキ坂口志文は2025年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。受賞理由は、末梢性免疫寛容に関する発見である。メアリー・E・ブランコウ、フレッド・ラムズデルと共同受賞した。
人間の免疫システムは、細菌やウイルスなどの外敵から身体を守る。しかし、免疫の働きが過剰になると、自分自身の細胞や組織を攻撃してしまうことがある。
このような誤った攻撃を抑える仕組みの一つが、制御性T細胞(Treg)である。制御性T細胞は、免疫反応を調節する役割を持ち、免疫システムが必要以上に働かないように制御する。
坂口は1970年代から免疫寛容の研究に取り組み、1995年にはCD25を手掛かりに制御性T細胞の存在を証明した。さらに2003年には、その細胞を分子レベルで特定するための重要な遺伝子Foxp3の発見にもつながった。
研究の意義は、単に新しい細胞を見つけたことにとどまらない。免疫システムが自分自身を攻撃しないために、どのような調節機構を備えているのかを説明する重要な発見となった。
今後の応用が期待される領域には、自己免疫疾患、アレルギー、臓器移植、がん治療などがある。制御性T細胞の働きを強めるか弱めるかによって、免疫反応を調整する研究が進められている。
京都大学の公式発表では、坂口は京都大学再生医科学研究所(現在の医生物学研究所)で教授・所長を務め、研究を発展させた人物として紹介されている。京都大学の卒業生であると同時に、大学の研究教育にも長く携わった研究者だ。
北川と坂口の受賞は、物質を制御する化学と生命の働きを制御する医学という、異なる領域から世界的な研究成果が生まれたことを示している。
【誤解を整理】京大ノーベル賞13人は全員が京都大学卒業生なのか
京大ノーベル賞を調べる際に、特に注意したいのが「京都大学卒業生」と「京都大学にゆかりのある受賞者」の違いだ。
京都大学が公表する13人という数字は、単純な卒業生の人数ではない。卒業・大学院修了だけでなく、京都大学で教員や研究者として活動した経歴も含めた、大学との関係を示す集計である。
山中伸弥は神戸大学、小林誠・益川敏英は名古屋大学を卒業分かりやすい例が2012年の山中伸弥だ。山中は1987年に神戸大学医学部を卒業し、その後、大阪市立大学大学院で博士号を取得した。京都大学の卒業生ではない。
しかし、奈良先端科学技術大学院大学などを経て京都大学に所属し、2004年以降は京都大学で研究を進めた。ノーベル賞を受賞した2012年には、京都大学iPS細胞研究所の所長・教授を務めていた。
2008年の小林誠と益川敏英も、京都大学卒業生ではない。2人とも名古屋大学で学んだ研究者である。
小林は京都大学理学部助手を務めた経歴があり、益川は京都大学名誉教授となった。京都大学との研究・教育上の関係が、13人という集計に含まれる理由だ。
卒業生と教員は分けて考える必要がある受賞者の経歴を調べる場合は、次の3つを区別すると混乱しにくい。
- 卒業生:京都大学の学部や大学院で学位を取得した人物。
- 教員・研究者:京都大学で教授、助手、研究者などとして活動した人物。
- 名誉教授など:京都大学での研究教育上の貢献を背景に、名誉職などの称号を持つ人物。
例えば、北川進と坂口志文は京都大学の卒業生であり、同時に教員・研究者としても大学に深く関係してきた。一方、山中伸弥は神戸大学卒業後に京都大学で研究を進めた人物である。
つまり、「京大卒のノーベル賞受賞者」と「京大ゆかりのノーベル賞受賞者」は、必ずしも同じ意味ではない。記事や資料を見る際には、どちらの集計を採用しているのかを確認することが大切だ。
2026年の硤合憲三は京大の受賞者数に含まれない2026年10月7日には、東京理科大学名誉教授の硤合憲三がノーベル化学賞を受賞した。
受賞理由は、不斉有機合成における非線形効果および自己触媒作用の発見である。生成物自身が触媒として働き、分子の鏡像体のわずかな偏りを増幅する「硤合反応」が評価された。
硤合は1974年に東京大学理学部を卒業し、その後、東京理科大学で研究を進めた。京都大学の受賞者一覧にも2026年の日本人受賞者として掲載されているが、京都大学との卒業・教員関係を持つ13人の集計には含まれない。
このように、受賞年が新しいという理由だけで京大の受賞者数に加えることはできない。受賞者本人の学歴と研究・教育上の所属を確認する必要がある。
【プロの結論】京大ノーベル賞13人が示す研究力と自由の学風
京都大学ゆかりのノーベル賞受賞者13人を通して見えてくるのは、特定の研究分野に偏らない学術的な広がりである。
湯川秀樹は目に見えない粒子の存在を理論から予測した。福井謙一は化学反応の仕組みを電子の状態から説明し、利根川進は抗体の多様性を遺伝子の働きから解き明かした。山中伸弥は成熟細胞の初期化を実現し、本庶佑は免疫のブレーキを利用するがん治療の道を開いた。
そして北川進は物質の内部に機能的な空間を設計し、坂口志文は免疫が自分自身を攻撃しない仕組みを明らかにした。
これらの研究には共通して、すぐに実用化できるかどうかだけでは測れない価値がある。研究の出発点は、自然界の現象に対する素朴な疑問や、既存の理論では説明できない現象への関心だった。
研究を長く育てる環境が重要ノーベル賞級の研究成果は、短期間の成果だけで生まれるものではない。仮説を立て、実験し、失敗から学び、既存の理解を修正するという過程が何年も続く。
京都大学が掲げてきた自由の学風は、研究者が既存の常識にとらわれず、独創的な課題に取り組む環境として語られてきた。2026年春号の『紅萠』でも、北川進は自由と寛容の文化が自身の研究人生を支えたと振り返っている。
もちろん、13人の受賞を大学の校風だけで説明することはできない。本人の研究能力、指導者との出会い、研究仲間、実験設備、長期的な資金支援、国際的な共同研究など、多くの要素が重なっている。
それでも、研究者が目先の成果に追われず、まだ答えのない問題に取り組める環境が重要であることは、歴代受賞者の研究の歩みから読み取れる。
京大ノーベル賞を評価するときの3つの視点受賞者の人数だけを比較するのではなく、次の3点に注目すると、大学の研究力をより立体的に理解できる。
- 研究の独創性:従来の理論を発展させたのか、それとも新しい概念や技術を生み出したのか。
- 研究の継続性:長期間にわたる基礎研究や研究グループの活動が、どのように成果につながったのか。
- 社会への波及効果:医学、エネルギー、環境、情報技術など、研究成果がどの領域に影響を与えたのか。
この3つの視点から見ると、京都大学の13人は、単に受賞歴を持つ著名人の集まりではない。基礎理論から実用技術まで、科学の異なる段階で新しい道を切り開いてきた研究者たちだと分かる。
【京大ノーベル賞】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:京都大学のノーベル賞受賞者は全部で何人ですか?
A1:2026年11月時点で13人です。1949年の湯川秀樹から2025年の北川進・坂口志文まで、京都大学の卒業生や教員など、大学にゆかりのある人物が含まれています。
Q2:京大ノーベル賞受賞者で最初の人物は誰ですか?
A2:湯川秀樹です。1949年に日本人として初めてノーベル物理学賞を受賞しました。中間子の存在を理論的に予測したことが評価されました。
Q3:京都大学を卒業していないノーベル賞受賞者もいますか?
A3:います。山中伸弥は神戸大学医学部、小林誠と益川敏英は名古屋大学を卒業しています。いずれも京都大学での教員・研究歴などを通じて、京都大学ゆかりの受賞者に数えられています。
Q4:2025年にノーベル賞を受賞した京大関係者は誰ですか?
A4:北川進と坂口志文の2人です。北川は金属有機構造体(MOF)の開発で化学賞、坂口は末梢性免疫寛容に関する発見で生理学・医学賞を受賞しました。
Q5:2026年に京大のノーベル賞受賞者は増えましたか?
A5:2026年のノーベル化学賞は硤合憲三が受賞しましたが、同氏は東京大学卒業生で、東京理科大学名誉教授です。京都大学ゆかりの受賞者13人という数字には追加されていません。
Q6:iPS細胞やPD-1の研究も京大ノーベル賞に含まれますか?
A6:含まれます。iPS細胞の開発で受賞した山中伸弥は2012年、本庶佑はPD-1を利用したがん治療の研究で2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
京都大学ゆかりのノーベル賞受賞者は、2026年11月時点で13人。1949年の湯川秀樹を起点に、朝永振一郎、福井謙一、利根川進、野依良治、小林誠・益川敏英、山中伸弥、赤﨑勇、本庶佑、吉野彰、北川進、坂口志文へと続いている。
受賞理由は、中間子理論や量子電磁力学といった基礎物理学から、化学反応理論、抗体の多様性、iPS細胞、免疫チェックポイント、リチウムイオン電池、MOF、制御性T細胞まで多岐にわたる。
特に2025年の北川進・坂口志文の同時受賞は、京都大学の研究活動が材料科学と生命科学の両方で国際的な評価を受けた出来事だった。2026年には利根川進の逝去という節目もあったが、その研究成果は現在の免疫学や生命科学に受け継がれている。
京大ノーベル賞を理解するうえで大切なのは、13人という数字だけではない。卒業生と教員の違いを正確に把握し、一人ひとりが何を発見し、その研究が科学や社会をどう変えたのかを見ることだ。
まだ実用化されていない研究や、すぐには価値が分からない発見にも、未来の科学を変える可能性がある。湯川秀樹から2025年の北川進・坂口志文まで続く研究の歴史は、京都大学が育んできた知的探究の積み重ねを物語っている。