韓国のノーベル賞受賞者は、2026年11月2日現在、韓国人として数えられる個人では2人です。2000年にノーベル平和賞を受賞した金大中(キム・デジュン)元大統領と、2024年にノーベル文学賞を受賞したハン・ガン(韓江)氏が、その歴代受賞者に当たります。
ただし、韓国生まれの受賞者まで対象を広げると、1987年にノーベル化学賞を受賞したチャールズ・J・ペダーセンも関係してきます。釜山生まれでありながら、ノルウェー人の父と日本人の母を持ち、米国籍を取得した科学者です。つまり、国籍を基準にするか、出生地を基準にするかによって、韓国のノーベル賞受賞者数は変わります。
【結論】韓国人ノーベル賞受賞者は歴代2人!受賞分野と人数を整理

韓国のノーベル賞受賞者を国籍・国家的な帰属を基準に整理すると、2026年現在の個人受賞者は2人です。
ノーベル賞の国別受賞者情報でも、韓国(大韓民国)の受賞者として登録されているのは、金大中とハン・ガンの2人です。受賞分野はそれぞれ平和賞と文学賞であり、物理学賞、化学賞、生理学・医学賞の自然科学3分野では、韓国人の受賞者がまだいません。
韓国のノーベル賞受賞者一覧- 2000年:金大中(キム・デジュン)/ノーベル平和賞
- 2024年:ハン・ガン(韓江)/ノーベル文学賞
この2人の受賞は、韓国の歴史を考えるうえでも象徴的です。
金大中の受賞は、韓国の民主化運動と北朝鮮との和解に向けた政治的努力が国際的に評価されたものです。一方、ハン・ガンの受賞は、韓国語で書かれた文学作品が世界文学の舞台で高く評価されたことを示しています。
韓国のノーベル賞受賞者が少ないという話題では、しばしば科学分野の実績に注目が集まります。しかし、平和賞と文学賞の2人が異なる歴史的背景と文化的成果を世界に伝えたことも、韓国のノーベル賞史を理解するうえで欠かせません。
【歴代一覧・年表】金大中の2000年平和賞とハン・ガンの2024年文学賞
2000年:金大中がノーベル平和賞を受賞金大中(1924~2009年)は、韓国の民主化運動を長年にわたって支えた政治家であり、韓国大統領を務めた人物です。
2000年のノーベル平和賞では、韓国および東アジアにおける民主主義と人権のための活動、そして北朝鮮との平和と和解に向けた取り組みが評価されました。
特に重要だったのが、金大中政権が推進した太陽政策(サンシャイン・ポリシー)です。
太陽政策とは、北朝鮮に対して軍事的な圧力だけで対応するのではなく、対話や経済協力、人道支援を通じて関係改善を目指す外交政策です。
その象徴的な出来事が、2000年6月に実現した南北首脳会談でした。金大中大統領は北朝鮮の金正日総書記と会談し、南北間の対話と和解を進めました。
ノーベル平和賞の公式記録では、この首脳会談によって40年以上離れ離れになっていた離散家族の再会が実現したことも紹介されています。
金大中の受賞は、単なる外交上の成果だけではありません。韓国国内で長く続いた民主化と人権擁護の取り組みも、受賞理由の大きな柱でした。
ノルウェー・ノーベル委員会が評価したのは、北朝鮮との関係改善だけでなく、韓国の民主主義を支えるために長年活動してきた金大中の政治的姿勢だったのです。ノーベル平和賞公式記録、2000年受賞資料
2024年:ハン・ガンがノーベル文学賞を受賞ハン・ガン(韓江)氏は、1970年11月27日に韓国の光州で生まれた作家です。
2024年10月、ノーベル文学賞の受賞者に選ばれました。韓国人として初めてのノーベル文学賞受賞であり、韓国文学の国際的な評価を大きく高める出来事となりました。
ノーベル委員会が示した受賞理由は、歴史的トラウマと向き合い、人間の生命のもろさを浮き彫りにする、詩的で力強い散文表現です。
ハン・ガン氏の作品には、歴史的暴力、身体と精神、人間の尊厳、生と死といったテーマが繰り返し登場します。
代表作として知られるのが、次の2作品です。
『菜食主義者』
2007年に韓国語で発表された小説で、主人公ヨンヘが肉を食べることを拒否したことから、家族や周囲との関係が大きく変化していく物語です。
単なる菜食生活を描いた作品ではありません。個人の意思と社会的規範、家族による支配、身体の自由といった問題を、独特の文学表現によって掘り下げています。
なお、作品の主人公が肉食を拒否する設定であることと、作者本人が菜食主義者であることは別の話です。小説の内容を作者の私生活と混同する必要はありません。
『少年が来る』
1980年5月に韓国・光州で起きた民主化運動と光州事件を背景にした作品です。
軍による武力鎮圧で命を落とした人々、生き残った人々、そして事件後も苦しみを抱えて生きる家族の姿を描いています。
韓国の近現代史における深い傷を文学として表現した作品であり、歴史的な出来事を個人の記憶や感情から描き直している点が特徴です。
ノーベル賞公式資料でも、『菜食主義者』『少年が来る』『別れを告げない』などがハン・ガン氏の代表作として紹介されています。ノーベル文学賞公式プロフィール・2024年受賞資料、韓国文学翻訳院
3人の人物を比較すると何が違うのか韓国のノーベル賞受賞者をめぐる重要人物と、国籍・出生地による分類の違いを
| 人物・年 | 受賞分野 | 出生地・国籍 | 韓国との関係 |
|---|---|---|---|
| チャールズ・J・ペダーセン(1987年) | 化学賞 | 韓国・釜山生まれ/米国籍 | 出生地は韓国だが、韓国人受賞者には通常含めない |
| 金大中(2000年) | 平和賞 | 韓国生まれ/韓国 | 民主化と南北和解への貢献 |
| ハン・ガン(2024年) | 文学賞 | 韓国・光州生まれ/韓国 | 韓国文学初のノーベル文学賞受賞者 |
| 2026年 | 全6部門 | 韓国人受賞者なし | 韓国の受賞者数に変化なし |
この年表から分かるのは、韓国のノーベル賞受賞史が、政治・人権分野から文学分野へと広がってきた一方、自然科学分野では依然として受賞者が現れていないということです。
【国籍と出生地の違い】ペダーセンは韓国生まれなのに韓国人ではない?
韓国のノーベル賞受賞者を調べると、1987年のノーベル化学賞受賞者であるチャールズ・J・ペダーセン(Charles J. Pedersen)の名前が出てきます。
彼は韓国の釜山で生まれた人物です。そのため、韓国生まれのノーベル賞受賞者として紹介されることがあります。
しかし、韓国人受賞者として一般的に数えられる2人には含まれていません。その理由を理解するには、出生地と国籍の違いを整理する必要があります。
ペダーセンは1904年に釜山で生まれた科学者ペダーセンは1904年10月3日、当時の韓国にあたる地域の釜山で生まれました。
父親はノルウェー人の技術者、母親は日本人でした。父親が韓国の金鉱で働いていたことが、韓国で生まれた背景にあります。
幼少期には日本へ移り、長崎や横浜で教育を受けた後、米国へ渡りました。
米国ではデイトン大学で化学工学を学び、マサチューセッツ工科大学(MIT)で有機化学の修士号を取得しています。
その後、デュポン社の研究者として42年間勤務しました。1953年には米国籍を取得しています。
1987年のノーベル化学賞で評価された研究ペダーセンが受賞したのは、1987年のノーベル化学賞です。
フランスのジャン=マリー・レーン、米国のドナルド・J・クラムとともに、選択性の高い分子間相互作用を持つ分子の開発と利用が評価されました。
特に重要なのが、クラウンエーテル(Crown Ether)の発見です。
クラウンエーテルは、特定の金属イオンなどを選択的に取り込む性質を持つ環状の有機化合物です。
ペダーセンの発見は、分子がどのように特定の物質を認識し、結合するのかという研究を大きく前進させました。その後の超分子化学の発展にもつながっています。
興味深いのは、彼が博士号を持たず、大学教授でもなかったことです。長年にわたる企業研究所での実験と観察が、ノーベル賞につながりました。
サイエンス・ヒストリー・インスティテュートの人物資料や米国の科学者伝記資料でも、ペダーセンは米国の化学者として扱われています。Science History Institute、American National Biography、ノーベル化学賞1987年公式記録
韓国籍と韓国出身は同じ意味ではないこの問題は、ノーベル賞の国別集計を考える際に重要です。
- 韓国籍:韓国の国籍を持つ人。受賞者の国籍を基準にする分類。
- 韓国生まれ:韓国の領域内で出生した人。出生地を基準にする分類。
- 韓国系:韓国にルーツを持つ人。家系や民族的背景を基準にする分類。
- 韓国出身:文脈によって出生地、育った場所、国籍など意味が変わる表現。
ペダーセンは韓国生まれであることは間違いありません。しかし、両親の出自、教育歴、米国への移住、1953年の米国籍取得という経歴を考えると、韓国人受賞者として数えるのは適切ではありません。
したがって、数字を整理すると次のようになります。
- 韓国人としての受賞者数:2人
- 韓国生まれの受賞者まで含めた人数:3人
- 韓国人の自然科学分野の受賞者数:0人
検索結果で「韓国のノーベル賞受賞者は3人」と紹介されている場合は、ペダーセンのような出生地基準の人物を含めている可能性があります。数字だけを見るのではなく、集計方法を確認することが大切です。
【2026年最新】韓国のノーベル賞受賞者は増えた?科学賞ゼロの現状
2026年のノーベル賞は、10月5日から12日にかけて全6部門の受賞者が発表されました。
しかし、韓国人の新たな受賞者は誕生しませんでした。
特に韓国で期待されていた自然科学分野でも受賞はなく、2026年11月2日時点で、韓国人の物理学賞・化学賞・生理学・医学賞の受賞者は引き続きゼロです。
2026年のノーベル賞受賞者一覧- 生理学・医学賞:カール・ダイセロス、ペーター・ヘーゲマン、ゲオルク・ナーゲル
- 物理学賞:フランシス・ハルツェン
- 化学賞:アンリ・B・カガン、硤合憲三(そあい・けんぞう)
- 文学賞:アン・カーソン
- 平和賞:ナヴィ・ピレイ
- 経済学賞:ロバート・E・ホール、マイケル・ウッドフォード
2026年の化学賞では、日本の硤合憲三氏がアンリ・カガン氏とともに受賞しました。非線形効果と不斉有機合成における自己触媒作用の発見が評価されたものです。
日本では2年連続の化学賞受賞となり、日本人研究者の科学分野における存在感が改めて示されました。
一方、韓国は2026年も科学賞の受賞者を出せませんでした。AP通信の2026年受賞者一覧でも、6部門の受賞者に韓国人は含まれていません。AP通信、2026年10月12日付受賞者一覧、京都大学のノーベル賞受賞者資料
韓国の科学賞ゼロはいつまで続いている?韓国は2000年に金大中が平和賞を受賞して以降、2024年のハン・ガンまで24年間、個人の新たなノーベル賞受賞者が現れませんでした。
2024年の文学賞受賞によって、その空白は解消されましたが、科学分野では依然として受賞実績がありません。
韓国の研究者の能力が国際的に評価されていないという意味ではありません。研究成果とノーベル賞受賞は同じ指標ではなく、受賞までには研究の継続性や国際的な評価の蓄積が関わります。
【なぜ少ない?】韓国人ノーベル賞受賞者が科学分野でゼロの理由
韓国人のノーベル科学賞受賞者がいない理由を考えるとき、最初に注目すべきなのは研究開発費です。
実は韓国は、研究開発への投資が少ない国ではありません。むしろ、GDPに対する研究開発費の割合は世界でも非常に高い水準にあります。
研究開発費はGDP比5.13%、世界2位韓国の科学技術情報通信部と韓国科学技術企画評価院(KISTEP)が公表した2024年度研究開発活動調査によると、韓国の総研究開発費は131兆462億ウォンでした。
これは前年から10.1%増加した数字です。
GDPに対する研究開発費の割合は5.13%で、2024年の比較ではイスラエルに次ぐ世界2位でした。
ところが、研究開発費の使われ方を見ると、別の特徴が浮かび上がります。
- 基礎研究:19兆2,690億ウォン、全体の14.7%
- 応用研究:25兆2,812億ウォン、全体の19.3%
- 開発研究:86兆4,960億ウォン、全体の66.0%
つまり、研究開発費の約3分の2が開発研究に使われています。
企業の製品開発や技術の実用化は、韓国経済の競争力を支える重要な活動です。しかし、すぐに産業へ応用できる成果だけでなく、将来の技術革新につながる基礎研究を長期的に育てることも必要です。
ここに、研究開発投資の総額だけではノーベル賞の実績を説明できない理由があります。韓国科学技術情報通信部・KISTEP「2024年度研究開発活動調査結果」、2025年12月公表
研究者が短期的な成果を求められる構造2026年8月、韓国紙アジア経済は韓国科学技術アカデミーのチョン・ジンホ会長へのインタビューを掲載しました。
インタビューで取り上げられたのは、研究費の総額よりも、研究者がどのような環境で、どれほど長く研究を続けられるかという問題です。
同会長は、研究者が資金獲得に追われ、自分が本当に取り組みたい研究に集中しにくい状況を指摘しました。
また、1997年の創造的研究振興事業や1999年の国家研究室(NRL)事業を例に挙げ、若手研究者に長期的な研究資金と自律性を与える仕組みの意義を説明しています。
「ノーベル賞は目標ではなく、長期にわたる研究の蓄積から生まれる結果だ」
これは同会長のインタビューで示された考え方を日本語で要約したものです。ノーベル賞を短期的な政策目標として追いかけるよりも、将来の大きな発見が生まれる環境を整えることが重要だという主張です。
地方大学と研究拠点の格差もう一つの問題として指摘されているのが、研究資源の集中です。
韓国では優秀な学生や研究者、研究設備が一部の大学や研究機関に集中しやすい構造があります。
研究拠点が首都圏の有力大学に偏れば、地方大学は若手研究者の確保や研究設備の維持で不利になります。
チョン会長は、地域ごとに異なる研究分野や研究文化を育てることが、韓国全体の研究競争力を高めるうえで重要だと指摘しました。
ノーベル賞級の発見は、一つの大学だけで生まれるものではありません。異なる専門分野や研究機関が長期間にわたって知識を蓄積し、互いの成果を発展させる環境が必要です。
国際的な研究ネットワークと失敗を許容する文化ノーベル賞につながる研究は、一つの論文を発表して終わるものではありません。
ほかの研究者が成果を検証し、その発見を出発点に新たな研究を続けることで、学術的な影響力が形成されます。
韓国科学技術アカデミーの会長も、国際学会への積極的な参加、海外研究者との共同研究、韓国の研究成果が世界の研究者に引用される仕組みの必要性を指摘しています。
加えて、研究評価のあり方も課題です。
論文数や特許数だけを短期的な成果指標にすると、失敗の可能性が高い研究や、実用化まで長い時間を必要とする研究が敬遠される可能性があります。
新しい研究分野を開拓したか、若手研究者を育成したか、次の研究につながる成果を残したかという観点も必要になります。
韓国の科学界が抱える課題は、研究費が足りないという単純な話ではありません。研究者の自律性、長期的な資金の安定、地域間の研究格差、国際的な学術交流という複数の要素が関係しています。アジア経済、2026年8月6日付、韓国科学技術アカデミー会長インタビュー
【日韓比較】韓国と日本のノーベル賞受賞者数はなぜここまで違う?
韓国のノーベル賞受賞者数を考える際、比較対象としてよく挙げられるのが日本です。
2026年は日本の硤合憲三氏が化学賞を受賞し、日本の科学分野の受賞実績はさらに増えました。
日本の受賞者数は、一般的な日本出身者の集計で個人31人とされ、そのうち自然科学3分野の受賞者は28人です。
内訳は、物理学賞12人、化学賞10人、生理学・医学賞6人です。2026年の硤合氏の受賞によって、化学賞は10人となりました。
一方、韓国は国籍を基準にした自然科学分野の受賞者がゼロです。
日本が科学賞で実績を積み上げてきた背景日本のノーベル賞受賞史は、1949年の湯川秀樹による物理学賞から始まりました。
その後、物理学、化学、生理学・医学の各分野で受賞者を輩出し、特に2000年代以降は自然科学分野で複数の受賞が続いています。
2025年には京都大学の北川進氏が化学賞を、阪大の坂口志文氏が生理学・医学賞を受賞しました。2026年には硤合氏が化学賞を受賞し、日本は化学賞で2年連続の受賞となりました。
日本学術振興会(JSPS)は2026年1月の新年メッセージで、日本の科学分野の受賞実績について、戦後から研究者が自ら関心を持つテーマに取り組める安定した研究環境が育まれてきた点に触れています。
もちろん、日本の研究環境にも課題はあります。また、受賞者数の差を研究費や大学のランキングだけで説明することはできません。
比較するときに注意したい国籍・出生地の違い日本の31人という数字にも、受賞時に米国籍だった日本出身の研究者などが含まれています。
韓国の2人という数字は、金大中とハン・ガンを韓国人として数えたものです。
そのため、国籍と出生地を完全に統一した比較ではありません。特にペダーセンのように韓国生まれで米国籍を持つ受賞者を含めるかどうかで、韓国側の数字は変わります。
ただし、自然科学分野に限って見ると、韓国人の受賞者がゼロである一方、日本には2026年までに28人の受賞者がいるという大きな差があります。
この差を考えるうえで注目したいのは、研究者が若い時期に始めた研究を、数十年単位で継続できる環境があるかどうかです。
ノーベル賞は、その年に発表された最新の研究だけで決まる賞ではありません。何十年も前に始まった研究が、その後の科学に大きな影響を与えた結果として評価されることも少なくありません。
2026年の韓国と日本の結果は、研究投資の金額だけでなく、長期的な研究基盤をどう育てるかという問題を改めて浮き彫りにしています。日本学術振興会、2026年新年メッセージ、2026年化学賞関連資料、韓国メディアによる日韓比較報道
【よくある質問】韓国のノーベル賞受賞者に関するFAQ
Q1:韓国人のノーベル賞受賞者は歴代何人ですか?
A1:2026年11月2日現在、一般的な国籍・国家的帰属による個人の受賞者は2人です。2000年の金大中元大統領と、2024年のハン・ガン氏です。韓国生まれの米国籍科学者ペダーセンまで出生地基準で含めると3人になります。
Q2:チャールズ・J・ペダーセンは韓国人のノーベル賞受賞者ですか?
A2:通常は韓国人受賞者には含めません。1904年に釜山で生まれた人物ですが、父親はノルウェー人、母親は日本人で、1953年に米国籍を取得しています。1987年のノーベル化学賞は米国の科学者として受賞した人物です。
Q3:2026年も韓国のノーベル科学賞受賞者はゼロですか?
A3:はい。2026年の物理学賞、化学賞、生理学・医学賞でも韓国人受賞者は誕生しませんでした。韓国の科学賞受賞者ゼロという状況は続いています。
2026年11月現在、韓国人のノーベル賞受賞者は金大中とハン・ガンの歴代2人です。
2000年の金大中は民主化と南北和解への貢献によって平和賞を受賞し、2024年のハン・ガンは歴史的トラウマと人間の尊厳を描いた文学作品によって文学賞を受賞しました。
一方、1987年に化学賞を受賞したチャールズ・J・ペダーセンは韓国の釜山生まれですが、米国籍を取得した人物です。韓国人受賞者として数えるかどうかは、国籍と出生地のどちらを基準にするかによって変わります。
そして、2026年も韓国人の自然科学分野の受賞者はゼロでした。
ただし、韓国はGDP比5.13%という高い研究開発投資を行っています。問題は研究費の総額だけではなく、基礎研究への資金配分、若手研究者の自律性、研究の継続性、地方大学の研究基盤、国際的な研究ネットワークなど、研究環境全体にあります。
今後の韓国科学界に求められるのは、ノーベル賞受賞者を短期間で生み出すための政策ではなく、研究者が失敗を恐れず、長期的に新しい発見を追求できる仕組みです。
ノーベル賞は国の科学力を測る唯一の物差しではありません。しかし、長年にわたって研究を支えてきた社会や教育、制度の成熟度を考える一つの手掛かりにはなります。
韓国が次に科学分野の受賞者を生み出す日はいつになるのか。2026年以降の研究政策と基礎科学への投資は、今後の韓国のノーベル賞史を左右する重要な焦点となりそうです。