赤井英五郎さんのプロキャリアを振り返るうえで、最も大きな転換点となったのが2026年7月4日のヤン・セユル戦です。
この試合は後楽園ホールで行われた71.0キロ契約の8回戦。A級(8回戦以上)に昇格してからの初戦であり、勝利すれば日本ランキング入りも視野に入る重要な一戦でした。
序盤にダウンを奪うも、2回TKO負け対戦相手は韓国ミドル級上位のヤン・セユル選手。試合では英五郎さんが2回に右パンチでダウンを奪う場面がありました。しかし、仕留めにいったところで反撃を受け、最終的にはレフェリーストップによる2回TKO負けとなりました。
試合後、英五郎さんは敗因について、ダウンを奪った後に力みすぎてガードが開き、パンチを受けてしまったと説明しています。
加えて、試合直後には今後について「今は考えられない」という趣旨のコメントを残しました。これまでの敗戦とは違う精神的な重さを感じていたことが、スポーツ報知の報道からもうかがえます。
帝拳ジムの公式プロフィールでは、このヤン・セユル戦が2026年7月4日の最終試合として記録されています。報道によって相手のカタカナ表記には多少の違いがありますが、同じ韓国選手との試合を指しています。
参考:スポーツ報知、日刊スポーツ、帝拳ジム公式戦績。
【引退理由を解説】敗戦や年齢だけではなかった32歳の決断

2026年9月22日、32歳の誕生日を迎えた赤井英五郎さんは、自身のInstagramでプロボクサーとしての現役引退を発表しました。
発表は翌23日に日刊スポーツなどが報道。2021年9月のプロデビューから約5年間にわたる競技生活に区切りをつける決断でした。
本人が明かした引退の理由今回の引退で注目すべきなのは、本人が敗戦や年齢を直接の理由として挙げていないことです。
引退を報告した文章では、自身のボクシング人生を振り返りながら、次のような趣旨を明かしています。
「体力や年齢が理由でも、負けたからでも、燃え尽きたからでもありません」
加えて、引退を考えるようになった背景として、名門・帝拳ジムでの環境についても言及しました。
高いレベルの選手が集まる環境で努力を続けるうちに、いつしか自分が本来なりたい姿を追い求めることよりも、その環境で頑張り続けること自体が目的になっていたのではないか、と振り返っています。
そして、20歳でボクシングを始めたときと同じように、もう一度勇気を出して決断する時期が来たと感じたことを説明しました。
この発言から読み取れるのは、競技能力への自信を失ったというよりも、自分の人生における優先順位を再検討した結果だということです。
なぜ7月の敗戦から約2カ月後に発表したのか7月4日のヤン・セユル戦後、英五郎さんは精神的なショックを口にしていました。その約2カ月半後となる9月22日に引退を発表しています。
この時間的なつながりから、最終戦が決断を考えるきっかけの一つになったことはうかがえます。ただし、本人は引退の理由を敗戦そのものとは説明していません。
むしろ、長く続けてきた競技生活を振り返り、自分が目指したい姿と現在の環境との関係を考え直したことが、決断の中心にあります。
ボクシング選手にとって、試合に勝ち続けることだけがキャリアの価値ではありません。競技を続ける目的を自分自身で見つめ直し、別の道へ進むことも一つの選択です。
英五郎さんの引退は、敗北によって夢を失ったという単純な話ではなく、次の挑戦へ進むための区切りとして理解するのが適切です。
参考:日刊スポーツ2026年9月23日、スポーツ報知の引退関連報道。
【赤井英和との親子関係】父親を超えることだけが目標ではなかった
赤井英五郎さんを語る際に欠かせないのが、父親である赤井英和さんとの関係です。
赤井英和さんは1980年にプロデビューし、強烈なパンチと闘志あふれるファイトスタイルで人気を獲得。「浪速のロッキー」の愛称で親しまれた元プロボクサーで、引退後は俳優・タレントとして活躍しています。
息子の英五郎さんも同じボクシングの世界へ進んだことで、親子二代のボクサーとして注目されました。しかし、両者の競技人生は同じではありません。
父親から直接指導を受け続けたわけではない2021年のプロ転向時のインタビューでは、英五郎さんは父親から直接ボクシングの指導を受けたことはないと語っています。
赤井英和さんは息子の競技生活を応援し、自宅にトレーニング設備を設けるなどサポートしてきました。試合会場で息子を見守り、試合後に言葉を交わす姿も取材されています。
2021年9月のプロデビュー戦では、英五郎さんが1回TKO負け。試合後、父親は息子の持ち味を発揮できなかったことを残念がりながらも、再び立ち上がることを願っていました。
ベースボール・マガジン社の当時の取材記事には、敗戦後に父子が顔を合わせ、互いに抱き合う様子が描かれています。勝利だけではなく、苦しい場面でも支え合う親子の関係が伝わるエピソードです。
父親と息子、それぞれ異なるボクシング人生赤井英和さんはプロボクサーとして大きな人気を得た後、試合での重傷を経て現役を引退。その後、映画『どついたるねん』をきっかけに俳優として新たなキャリアを築きました。
一方、英五郎さんはアマチュアで東京五輪を目指し、プロ転向後には東日本新人王を獲得。そして32歳でプロ生活に区切りをつけました。
親子に共通しているのは、ボクシングを人生の重要な経験としてきたことです。しかし、父親と同じ成績や肩書を手に入れることだけが息子の人生の目的だったわけではありません。
英五郎さんは引退表明でも、これからも強くなりたいという思いと挑戦を続ける意志を示しています。父親の背中を追うだけではなく、自分自身の道を選んだことが、今回の決断の大きな意味です。
参考:ベースボール・マガジン社、日刊スポーツ、赤井英和さんのインタビュー。
【赤井英五郎の現在と引退後】映画監督としての実績と今後の活動
2026年11月現在、赤井英五郎さんはプロボクサーとしての現役生活を終えています。ただし、ボクシングを引退したからといって、これまでの活動や経験がなくなるわけではありません。
注目したいのは、英五郎さんが以前から映画制作や映像編集にも取り組んできたことです。
2022年公開の映画『AKAI』で監督・編集を担当英五郎さんの代表的な映像制作の仕事が、2022年9月9日に公開されたドキュメンタリー映画『AKAI』です。
この作品は、父・赤井英和さんのプロボクサー時代を振り返る内容で、現役時代の試合映像やインタビューを通じて「浪速のロッキー」の歩みを描いています。
英五郎さんは監督と編集を担当。父親の人生を映像作品として記録するという、ボクシングとは異なる形での挑戦を実現しました。
映画の制作動機については、2022年の日刊スポーツのインタビューで、大切な人に感謝を伝えたかったことや、映像を手紙のような形にしたかったことを語っています。
この作品は、英五郎さんが単にボクシングをしていた人物ではなく、映像表現にも関心を持ってきたことを示す具体的な実績です。
引退後の活動はどうなる?2026年9月の引退発表で、英五郎さんは夢を見ることも挑戦することもやめないと表明しました。
一方、2026年11月2日現在、引退後の具体的な就職先や新しい所属先、映画の新作制作、ボクシング指導者への転身などについて、正式に発表された情報は確認できません。
そのため、映画監督として活動を再開する、父親の芸能活動をサポートする、ボクシングジムを開設するといった話を既定路線として扱うことはできません。
現段階で注目できるのは、次の2つの経験です。
- 映像制作:映画『AKAI』で監督・編集を担当した実績がある。
- ボクシング:アマチュアとプロの両方で競技を経験し、東日本新人王を獲得している。
ボクシングで培った経験と映像制作への関心を、今後どのように結びつけていくのか。引退後の活動を考えるうえでは、この2つの分野が注目点になります。
参考:映画『AKAI』公式情報、ギャガ、日刊スポーツの2022年映画公開関連報道。
【プロの結論】赤井英五郎のボクシング人生から読み取れる3つのこと
赤井英五郎さんのキャリアを振り返ると、単純な勝敗だけでは評価できない特徴が見えてきます。
1. 20歳から始めても新人王を獲得できた英五郎さんは幼少期からボクシングに打ち込んできた選手ではありません。20歳で競技を始め、アマチュアで全日本社会人選手権を制し、プロでは東日本ミドル級新人王を獲得しました。
競技を始める年齢だけで、その後の到達点が決まるわけではないことを示す経歴です。
2. 戦績は数字だけでなく内容を見る必要があるプロ11戦6勝5敗という記録は、勝ち越しではありません。しかし、6勝のうち5勝がKO・TKOであり、東日本新人王も獲得しています。勝利数だけでは表現できない攻撃力と競技実績がありました。
また、A級昇格を果たしたことも、プロとして段階的にキャリアを積んできた証拠です。
3. 引退は競技人生の否定ではない今回の決断で最も重要なのは、本人がボクシングで得たものを肯定している点です。
英五郎さんは、ボクシングが自分を強くしてくれたと振り返り、これからも挑戦を続ける意思を示しました。現役を終えることと、夢を諦めることは同じではありません。
報道された引退理由を読む限り、今回の決断は競技から逃げるためというより、自分の人生の目的を再び自分自身で選び直すためのものだったと考えられます。
【赤井英五郎に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:赤井英五郎は本当に2026年に引退したのですか?
A1:はい。2026年9月22日、32歳の誕生日に自身のInstagramでプロボクサーとしての現役引退を表明しました。翌23日に日刊スポーツなどが報じています。
Q2:赤井英五郎の引退理由は7月のヤン・セユル戦の敗北ですか?
A2:本人は敗戦だけが理由ではないと説明しています。帝拳ジムで努力を続けること自体が目的になっていたのではないかと感じ、自分の目指す姿を改めて考えたことが決断の背景にあります。
Q3:赤井英五郎のプロ通算戦績は何勝何敗ですか?
A3:11戦6勝(5KO)5敗です。2023年度東日本ミドル級新人王を獲得し、2026年7月4日のヤン・セユル戦で2回TKO負けを喫した試合が最後の公式戦となりました。
Q4:赤井英五郎の父親は誰ですか?
A4:「浪速のロッキー」の愛称で知られる元プロボクサーで俳優の赤井英和さんです。英五郎さんは赤井英和さんの長男です。
Q5:赤井英五郎は引退後、何をしていますか?
A5:2026年11月2日時点で、引退後の具体的な新しい職業や活動計画は公表されていません。過去には2022年公開のドキュメンタリー映画『AKAI』で監督・編集を務めています。
赤井英五郎さんは、赤井英和さんの長男として注目されながらも、自分自身の可能性を確かめるために20歳でボクシングを始めました。
アマチュアでは2018年度全日本社会人ミドル級優勝、プロでは2023年度東日本ミドル級新人王を獲得。最終的なプロ戦績は11戦6勝(5KO)5敗でした。
2026年7月のヤン・セユル戦で2回TKO負けを喫した後、9月22日に現役引退を発表。本人が明かした理由は、敗戦や年齢による限界ではなく、自分が本当に目指すものを改めて見つめ直したことでした。
父親と同じボクシングの道を選び、父親とは異なる形で競技人生に区切りをつけた赤井英五郎さん。映画監督としての実績も持つ彼が、今後どのような分野で新しい挑戦を見せるのかに注目が集まります。
プロボクサーとしてのキャリアは終わりました。しかし、本人が表明した「挑戦を止めない」という意思は変わっていません。赤井英五郎さんの次のステージは、これまでの11試合とは違う形で始まろうとしています。