尾上菊五郎家の現在の家族関係は、七代目尾上菊五郎を起点にすると理解しやすくなります。
中心となるのは、七代目と妻・富司純子の間に生まれた長女の寺島しのぶ、長男の八代目尾上菊五郎です。そして八代目と妻・波野瓔子の間に生まれた長男が、2025年に六代目尾上菊之助を襲名した人物です。
現在の尾上菊五郎家の家系図
七代目尾上菊五郎
1942年生まれ・音羽屋
妻:富司純子
長女:寺島しのぶ
1972年生まれ・女優
夫:ローラン・グナシア
長男:尾上眞秀
2012年生まれ
初代尾上眞秀として2023年初舞台
長男:八代目尾上菊五郎
1977年生まれ・歌舞伎俳優
妻:波野瓔子
長男:六代目尾上菊之助
2013年生まれ・歌舞伎俳優
2025年襲名
長女・次女もいる
※人物の上下関係は親子関係を示す略図。実際の名跡の歴史には養子による継承も含まれます。
この家系図で押さえておきたいのは、寺島しのぶと八代目尾上菊五郎が実の姉弟であることです。
寺島しのぶの長男・尾上眞秀は、七代目尾上菊五郎と富司純子の孫にあたります。一方、八代目の長男である六代目尾上菊之助も、同じく七代目夫妻の孫です。
つまり、尾上眞秀と六代目尾上菊之助は、いとこ同士という関係になります。
八代目の妻・波野瓔子はどのような家族の出身?波野瓔子は、歌舞伎俳優・二代目中村吉右衛門の四女です。
2013年2月14日に、当時五代目尾上菊之助だった八代目と結婚を発表。同月26日に東京の神田明神で挙式しました。
この結婚によって、音羽屋と播磨屋という歌舞伎界の名門同士が親族関係で結ばれました。
二人の間には3人の子供がいます。
- 長男:寺嶋和史(六代目尾上菊之助)
- 長女:知世
- 次女:新
長女は2015年7月14日、次女は2017年9月4日に誕生しています。長男は2013年11月28日生まれです。
長男の和史は2016年に初お目見得、2019年には七代目尾上丑之助として初舞台を踏みました。
2025年の襲名によって六代目尾上菊之助となり、音羽屋の次世代を担う歌舞伎俳優として歩み始めています。
【富司純子と寺島しのぶ】七代目尾上菊五郎の家族と夫婦関係

1945年生まれ・女優
七代目尾上菊五郎の妻。寺島しのぶと八代目尾上菊五郎の母。
七代目尾上菊五郎の家族を語る際、欠かせないのが女優の富司純子です。
二人は1972年に結婚しました。当時、七代目はまだ四代目尾上菊之助を名乗っていた時期です。
富司純子は、もともと藤純子の芸名で映画界に登場し、東映の任侠映画『緋牡丹博徒』シリーズなどで人気を集めました。
結婚後は一時芸能活動から離れましたが、1989年に富司純子の名前で復帰。その後も映画やテレビドラマ、舞台などで活動を続けています。
七代目の歌舞伎俳優としての活動と、富司純子の女優としてのキャリアは、それぞれ異なる分野で確立されてきました。
二人の間には、1972年生まれの長女・寺島しのぶと、1977年生まれの長男・八代目尾上菊五郎がいます。
寺島しのぶはなぜ歌舞伎役者ではなく女優なのか
1972年生まれ・女優
七代目尾上菊五郎と富司純子の長女。八代目尾上菊五郎の姉。
寺島しのぶは、歌舞伎の名門に生まれながら、女優として独自のキャリアを築いた人物です。
青山学院大学在学中の1992年に文学座へ入団。1996年に退団した後も舞台、映画、テレビドラマで活躍しました。
特に2003年公開の映画『赤目四十八瀧心中未遂』『ヴァイブレータ』では高い評価を獲得し、第27回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞しています。
歌舞伎の家に生まれた女性が、必ずしも歌舞伎俳優として家の名跡を継ぐわけではありません。寺島しのぶは俳優として別の道を選び、映画や演劇の世界で存在感を示してきました。
寺島しのぶの息子・尾上眞秀は七代目の孫
2012年9月11日生まれ・歌舞伎俳優
寺島しのぶの長男。七代目尾上菊五郎と富司純子の孫。
尾上眞秀の父親は、フランス人アートディレクターのローラン・グナシアです。
つまり眞秀は、歌舞伎俳優の家系である音羽屋の血筋を母方から受け継いでいます。
2017年に歌舞伎座で初お目見得し、2023年5月の「團菊祭五月大歌舞伎」で初代尾上眞秀を名乗って初舞台を踏みました。
ここで注意したいのは、眞秀は八代目尾上菊五郎の実子ではないという点です。
八代目とは姉の息子、つまり甥にあたります。七代目にとっては娘の子供であり、六代目尾上菊之助とはいとこ同士です。
眞秀が今後どのような芸名や役柄を担っていくかは、今後の舞台活動に注目したいところです。
【歴代一覧】初代から八代目まで続く尾上菊五郎の系譜
尾上菊五郎という名前は、江戸時代中期から続く歌舞伎の大名跡です。
初代が1730年に尾上菊五郎を名乗って以来、2025年に八代目へと受け継がれました。
ただし、歴代がすべて実の親子というわけではありません。養子や娘婿による継承もあり、血縁だけでは説明できない歴史があります。
歴代の特徴を整理すると、次のようになります。
| 代数 | 代表的な人物・時代 | 系譜と主な功績 |
|---|---|---|
| 初代 | 1717~1783年 | 京都出身。女方から立役にも転じ、尾上菊五郎の名跡を確立 |
| 二代目 | 1769~1787年 | 初代の実子。若くして菊五郎を襲名 |
| 三代目 | 1784~1849年 | 初代の門弟・尾上松助の養子。鶴屋南北作品などで活躍 |
| 四代目 | 1808~1860年 | 三代目の娘婿。時代物や女方で実力を発揮 |
| 五代目 | 1844~1903年 | 三代目の孫。河竹黙阿弥作品や新古演劇十種で知られる |
| 六代目 | 1885~1949年 | 五代目の長男。中村吉右衛門との「菊吉時代」を築く |
| 七代目 | 1942年生まれ | 七代目尾上梅幸の長男。1973年に襲名 |
| 八代目 | 1977年生まれ | 七代目の長男。2025年に襲名 |
この歴代の系譜を理解するうえで、とりわけ重要なのが五代目、六代目、七代目の功績です。
五代目尾上菊五郎:明治歌舞伎を代表する名優五代目尾上菊五郎は1844年生まれ。明治時代を代表する歌舞伎俳優の一人です。
九代目市川團十郎と並び称され、河竹黙阿弥の作品を数多く演じました。
代表的なものに『青砥稿花紅彩画』の弁天小僧菊之助や『梅雨小袖昔八丈』の髪結新三があります。
また、家の芸として「新古演劇十種」を制定したことでも知られています。
六代目尾上菊五郎:舞踊と世話物の名人六代目尾上菊五郎は1885年生まれで、五代目の長男です。
初代中村吉右衛門とともに「菊吉時代」と呼ばれる人気の時代を築きました。
時代物、世話物、舞踊など幅広い分野で高い評価を受け、戦後の1949年には文化勲章を受章しています。
なお、六代目菊五郎の養子となったのが七代目尾上梅幸です。
この養子による継承が、現在の七代目菊五郎へ続く系譜を理解する要点です。
七代目尾上菊五郎:女方と立役を兼ねる芸域の広さ七代目は1942年10月2日生まれ。
父は七代目尾上梅幸で、六代目尾上菊五郎から続く養子縁組を含む系譜につながっています。
1973年に七代目尾上菊五郎を襲名し、女方と立役の両方で活躍しました。
2003年には重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝に認定されています。
世話物の『魚屋宗五郎』や『義経千本桜』など、幅広い演目を演じてきたことが大きな特徴です。
【八代目尾上菊五郎の経歴】五代目菊之助から大名跡を継ぐまで
1977年8月1日生まれ
本名:寺嶋和康
屋号:音羽屋
八代目尾上菊五郎は、七代目尾上菊五郎と富司純子の長男です。
1977年8月1日に生まれ、幼少期から歌舞伎の舞台に立ってきました。
その経歴を振り返ると、今回の襲名が突然の世代交代ではなく、長年にわたる段階的な継承だったことがわかります。
八代目尾上菊五郎の主な経歴- 1984年2月:六代目尾上丑之助を名乗り、歌舞伎座『絵本牛若丸』で初舞台。
- 1996年5月:五代目尾上菊之助を襲名。『弁天娘女男白浪』などに出演。
- 2005年:蜷川幸雄演出の『NINAGAWA十二夜』に出演し、歌舞伎とシェイクスピア演劇の融合に挑戦。
- 2017年:新作歌舞伎『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』に取り組む。
- 2019年:新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』に出演。
- 2025年5月:八代目尾上菊五郎を襲名。
八代目の特徴は、伝統的な古典歌舞伎だけでなく、新作歌舞伎にも積極的に取り組んできた点です。
『NINAGAWA十二夜』や『風の谷のナウシカ』など、従来の歌舞伎ファン以外にも接点を広げる作品に挑戦してきました。
こうした活動は、歴代菊五郎が受け継いできた芸を守りながら、新しい観客を開拓する姿勢にもつながっています。
六代目尾上菊之助の経歴と襲名前の名前
2013年11月28日生まれ
本名:寺嶋和史
八代目尾上菊五郎の長男
六代目尾上菊之助は、八代目の長男です。
2016年5月、歌舞伎座『勢獅子音羽花籠』で寺嶋和史として初お目見得しました。
その後、2019年5月の「團菊祭五月大歌舞伎」で七代目尾上丑之助を名乗り、正式に初舞台を踏みました。
初舞台の演目は、父や祖父にも縁の深い『絵本牛若丸』です。
2025年には、父とともに襲名を果たしました。
ここで押さえておきたいのは、八代目が以前名乗っていた五代目尾上菊之助という名跡を、息子がそのまま六代目として引き継いだわけではないことです。
父が五代目から八代目菊五郎へと進み、息子が六代目菊之助となったことで、親子それぞれの名跡が新しい段階に進んだのです。
【2025年の親子同時襲名】なぜ七代目尾上菊五郎は名前を譲らなかったのか
2025年の尾上菊五郎家における最大の節目は、父と息子による同時襲名です。
松竹と歌舞伎美人の公式発表によると、2025年5月・6月の歌舞伎座で、次の襲名披露興行が行われました。
- 尾上菊之助改め、八代目尾上菊五郎
- 尾上丑之助改め、六代目尾上菊之助
| 時期 | 公演 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 2025年5月2日~27日 | 團菊祭五月大歌舞伎 | 八代目・六代目の襲名披露 |
| 2025年6月2日~27日 | 六月大歌舞伎 | 親子の襲名披露と『連獅子』など |
| 2025年5月・6月 | 歌舞伎座 | 七代目も襲名披露の口上に出演 |
特に注目されたのが、六月大歌舞伎の『連獅子』です。
八代目が親獅子の精、六代目が仔獅子の精を演じました。
親獅子と仔獅子という舞台上の関係が、現実の父と息子の関係とも重なり、音羽屋の芸の継承を象徴する演目となりました。
また、襲名披露の口上には七代目も出演し、親子三代の系譜を観客の前で示しました。
七代目はなぜ八代目に名前を譲っても七代目のままなのか今回の襲名で特に誤解されやすいのが、七代目の扱いです。
通常、父親が名跡を息子に譲れば、父親は別の名前を名乗ると思われる可能性があります。しかし、今回の七代目はそのまま七代目尾上菊五郎を名乗り続けています。
この理由については、襲名発表時の本人の説明が明確です。
歌舞伎美人の取材記事では、七代目が次のように語っています。
「52年間名のらせていただいた七代目菊五郎のまま、歌舞伎人生の幕を閉じたい。それまで一所懸命、勤めてまいりたいと思います」
七代目は、長年にわたり菊五郎の名を背負ってきたことへの思いを明かしています。
また、2年前に脊椎を痛めたことが襲名を考えるきっかけになったとも説明しました。
重要なのは、八代目への襲名が七代目の引退や死去を意味するものではないということです。
七代目は自分自身の芸名を保持し、八代目は新しい菊五郎として活動する。この形によって、親子が同じ舞台に立ちながら、それぞれの名前と役割を持つことが可能になりました。
【2026年現在】音羽屋の活動と歌舞伎の名跡継承の仕組み
2026年11月現在、音羽屋は新しい世代への継承が進みながらも、七代目が現役で舞台に立つ体制が続いています。
七代目尾上菊五郎の公式公演スケジュールでは、2026年10月の歌舞伎座「錦秋十月大歌舞伎」において、七代目と八代目が『義経千本桜』に出演したことが確認できます。
また、同年11月1日から25日まで開催される歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」では、八代目尾上菊五郎が通し狂言『仮名手本忠臣蔵』に出演しています。
2026年の主な動きを整理すると、次のとおりです。
- 4月:歌舞伎座「四月大歌舞伎」で八代目が出演。尾上眞秀も『連獅子』に出演。
- 5月:歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」で七代目と八代目が出演。
- 6月:博多座「六月博多座大歌舞伎」で八代目と六代目が襲名披露公演に出演。
- 10月:歌舞伎座「錦秋十月大歌舞伎」で七代目と八代目が共演。
- 11月:歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」で八代目が『仮名手本忠臣蔵』に出演。
2026年は、七代目から八代目への継承が完了した後も、親子それぞれの舞台活動が続いていることがわかります。
音羽屋とは?尾上菊五郎家との違い音羽屋は、尾上菊五郎家の屋号です。
歌舞伎では、俳優の芸名とは別に、一門や家に結びついた屋号があります。
音羽屋は尾上菊五郎家だけに限らず、門弟なども含む一門の呼称として使われます。
そのため、音羽屋に属する歌舞伎俳優が全員、七代目や八代目の血縁者というわけではありません。
また、歌舞伎の舞台では、俳優の名前だけでなく屋号を呼ぶ「大向う」の文化もあります。
「音羽屋!」という掛け声は、単なる名前の呼びかけではなく、役者や一門に対する応援の意味も持っています。
歌舞伎の名跡はどのように継承される?国立劇場の文化デジタルライブラリーによると、襲名とは、俳優が先祖や父兄、師匠などの名前を受け継ぐことです。
歌舞伎では、幼少期から複数の芸名を経て、より大きな名跡を襲名する仕組みがあります。
尾上菊五郎家では、代表的な流れとして次の順序が知られています。
尾上丑之助
幼少期の初舞台で名乗る名跡
尾上菊之助
成長後に襲名する名跡
尾上菊五郎
一門を代表する大名跡
ただし、これは芸名の継承の代表的な流れであり、すべての俳優が同じ年齢や順番で襲名するわけではありません。
また、名跡は実子だけでなく、養子や弟子などが受け継ぐ場合もあります。
この仕組みを知っておくと、尾上菊五郎家の歴史に養子や婿養子が登場する理由も理解しやすくなります。
今回の親子同時襲名も、単に父親の名前を息子に渡したというだけではありません。
八代目は菊五郎という大名跡を引き受け、六代目は菊之助という名跡を受け継ぎました。それぞれが異なる芸名を背負いながら、音羽屋の伝統を継承していく構造です。
【尾上菊五郎家系図】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:七代目尾上菊五郎と八代目尾上菊五郎は親子ですか?
A1:はい。七代目尾上菊五郎と富司純子の長男が八代目尾上菊五郎です。2025年に八代目が襲名した後も、七代目は従来の名前を保持しています。
Q2:富司純子と寺島しのぶ、尾上菊五郎の関係は?
A2:富司純子は七代目尾上菊五郎の妻です。寺島しのぶは二人の長女で、八代目尾上菊五郎の姉にあたります。
Q3:尾上眞秀と六代目尾上菊之助は兄弟ですか?
A3:兄弟ではありません。尾上眞秀は寺島しのぶの長男、六代目尾上菊之助は八代目尾上菊五郎の長男です。母親同士が姉妹ではなく、寺島しのぶと八代目が姉弟であるため、眞秀と六代目は従兄弟同士です。
尾上菊五郎家の家系図を理解する要点は、七代目尾上菊五郎から八代目尾上菊五郎、そして六代目尾上菊之助へと続く三世代のつながりです。
七代目の妻は富司純子、長女は寺島しのぶ、長男は八代目尾上菊五郎です。寺島しのぶの息子・尾上眞秀は七代目の孫であり、八代目の甥にあたります。
八代目の妻・波野瓔子は二代目中村吉右衛門の四女で、長男が六代目尾上菊之助です。
2025年の親子同時襲名では、八代目が菊五郎、長男が菊之助を継承しました。一方、七代目は自らの名跡を保持し、2026年も舞台に立っています。
尾上菊五郎家の本質は、単なる血縁の継承ではなく、歴代の役者が積み上げてきた芸と名跡を次の世代へ伝えていくことにあります。
八代目の新しい挑戦、六代目の成長、そして七代目が守り続ける伝統。三世代それぞれの歩みが、これからの音羽屋の歴史を形づくっていきます。