将棋の竹部さゆり(たけべ・さゆり)女流四段は、1995年に女流棋士としてプロ入りし、18歳で倉敷藤花戦に挑戦した経歴を持つベテラン棋士です。伊藤果八段門下で、2019年には女流四段に昇段。公式戦での対局だけでなく、大盤解説の聞き手や将棋イベントなど、盤外でも活動してきました。
一方、2025年8月16日の将棋日本シリーズJTプロ公式戦での発言が大きな波紋を呼び、本人は謝罪するとともに、当面1年間、対局以外の公務を自粛すると発表しました。2026年11月現在、対局記録からは現役棋士として活動を続けていることが確認できますが、聞き手などの公務への復帰については別に整理する必要があります。
【プロフィール】竹部さゆり女流四段はどんな棋士?年齢・生年月日・出身地・師匠を紹介

竹部さゆり女流四段は、日本将棋連盟に所属する現役女流棋士です。1978年6月4日生まれで、2026年11月1日現在の年齢は48歳。日本将棋連盟の棋士データベースでは、出身地を神奈川県逗子市、師匠を伊藤果八段としています。
1995年に17歳で女流棋士としてプロ入りし、長年にわたり公式戦で対局してきました。女流棋士番号は19。現在の段位は女流四段です。
プロフィールで押さえておきたいのは、若くしてタイトル挑戦を経験していることと、棋士としてのキャリアが30年を超えていることです。単に2025年の騒動で名前が知られた人物ではなく、長い将棋界での活動歴を持っています。
竹部さゆりの基本プロフィール- 名前:竹部さゆり(たけべ・さゆり)
- 生年月日:1978年6月4日
- 年齢:48歳(2026年11月1日現在)
- 出身地:神奈川県逗子市
- 所属:日本将棋連盟
- 段位:女流四段
- 女流棋士番号:19
- 師匠:伊藤果八段
- プロ入り:1995年10月1日
- 旧姓:木村
旧姓については、1996年度の倉敷藤花戦の記録に「木村さゆり女流初段」と記載されています。現在の竹部という姓と、当時の棋戦記録に残る木村という姓は、同一人物の経歴を確認するうえで押さえておきたい情報です。
なお、家族構成や私生活については、棋士として公表されているプロフィールとは別の情報です。公表された職業上の経歴と、非公開のプライベート情報を混同しないことが大切です。
【経歴・将棋成績】プロ入りから女流四段までの昇段と倉敷藤花戦の実績
竹部さゆりの棋士としての歩みは、1995年の女流2級から始まりました。プロ入り後は段階的に昇段し、2003年には女流三段、2019年には女流四段に到達しています。
18歳で実現した倉敷藤花戦へのタイトル挑戦キャリアの初期における大きな実績が、1996年度の第4期倉敷藤花戦です。
竹部は当時、木村さゆり女流初段の名前で出場し、トーナメントを勝ち上がって三番勝負への進出を果たしました。挑戦者として対戦した相手は清水市代倉敷藤花です。
三番勝負は1996年11月に行われ、結果は清水市代の2勝0敗。竹部はタイトル獲得には至りませんでしたが、18歳で女流タイトル戦の挑戦者となった実績は、キャリアを語るうえで欠かせません。
また、2002年9月には第7回鹿島杯で準優勝しています。タイトル獲得歴はありませんが、複数の棋戦で上位進出を果たした実力者です。
竹部さゆりの昇段・主要実績年表| 時期 | 出来事・実績 | 内容 |
|---|---|---|
| 1978年6月4日 | 誕生 | 神奈川県出身 |
| 1995年10月1日 | 女流2級 | 17歳で女流棋士としてプロ入り |
| 1996年4月1日 | 女流1級 | 昇級 |
| 1996年10月19日 | 女流初段 | 昇段 |
| 1996年11月 | 第4期倉敷藤花戦 | 木村さゆり女流初段として挑戦。清水市代に0勝2敗 |
| 1997年4月1日 | 女流二段 | 昇段 |
| 2002年9月 | 第7回鹿島杯 | 準優勝 |
| 2003年5月20日 | 女流三段 | 昇段 |
| 2019年1月16日 | 女流四段 | 昇段 |
| 2025年8月16日 | JT杯発言騒動 | 謝罪と対局以外の公務を1年間自粛する方針を発表 |
| 2026年 | 公式戦への出場 | 対局記録上、現役棋士として活動を継続 |
この年表から分かるのは、竹部のキャリアには若手時代のタイトル挑戦、2000年代の棋戦実績、2019年の四段昇段という複数の転換点があることです。
特に女流四段への昇段は、長年の棋士活動を経た節目です。2019年1月16日に昇段したことは、日本将棋連盟の公式プロフィールにも記録されています。
通算成績から見る現在の棋士としての実力日本将棋連盟の女流棋士通算成績によると、2026年10月30日対局分までの竹部の記録は、577局、290勝287敗、勝率0.5026です。
勝率は約50.3%で、通算では勝ち越しています。タイトル獲得数だけで棋士の実力を判断するのではなく、長期間にわたる公式戦への出場と対局数も合わせて見る必要があります。
タイトル戦の挑戦経験と、長年積み重ねてきた対局記録は、竹部の棋士としての実績を評価する際の重要な基準です。
【2025年8月のJT杯騒動】竹部さゆりの不適切発言と謝罪の経緯
竹部さゆりの名前が大きく報道されたのが、2025年8月16日に新潟県新潟市で行われた将棋日本シリーズJTプロ公式戦です。
この日、竹部は渡辺明九段と山崎隆之九段の対局において、大盤解説の聞き手を担当していました。解説者は中村修九段です。
問題となったのは対局者の非公開のプライベート情報への言及報道によると、竹部は解説中、対局者である山崎隆之九段の公表されていないプライベートに関する情報に言及しました。
この発言が問題視された背景には、単に解説内容が不適切だったというだけでなく、対局者本人にも聞こえる可能性のある環境で、公開されていない私生活上の情報に触れたという事情があります。
また、当日の大盤解説では中村修九段が発言をたしなめたとJ-CASTニュースが報じています。それでも発言が続いたことから、現地観戦者や配信視聴者の間で批判が広がりました。
将棋の聞き手は、解説者とともに局面の意味を伝えたり、対局者の棋歴やエピソードを紹介したりする役割を担います。しかし、対局者の個人的な情報を紹介することと、本人が公表していない情報を公の場で話すことは別問題です。
2025年8月16日、本人がXで謝罪騒動を受け、竹部は2025年8月16日に自身のXを更新し、関係者に向けて謝罪しました。
「私の軽率な発言により、両対局者様、解説者の皆様、並びに関係各位の皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけしました事深くお詫び申し上げます」
加えて、今後の活動について、次の方針を示しました。
「当面一年間対局以外の公務を自粛させていただきます」
現在受けている仕事についても調整し、辞退する方向で検討すると説明しています。
この発表はスポーツニッポンや日刊スポーツなどでも報道されました。単なる謝罪だけでなく、今後の仕事のあり方についても本人が具体的な対応を表明した点が注目されました。
JT杯の対局結果はどうなった?当日の対局は、渡辺明九段と山崎隆之九段によるJTプロ公式戦の2回戦第2局です。
対局は171手に及び、渡辺九段が勝利しました。竹部は対局者として参加したのではなく、大盤解説の聞き手として出演していました。
この区別は重要です。今回の問題は竹部自身の公式戦での指し手や勝敗に関するものではなく、将棋イベントにおける解説・聞き手としての発言と、公の場での情報管理に関する問題でした。
【評判・炎上の経緯】なぜ批判が広がったのか?過去の発言との関係も検証
今回の騒動で批判が集中した理由は、発言内容そのものに加え、将棋の公開対局という特殊な環境にありました。
批判の中心となった3つの論点報道で取り上げられた批判は、大きく次の3点に整理できます。
- プライバシーへの配慮:対局者が公表していない個人的な情報を、公開イベントで話題にしたこと。
- 対局環境への影響:対局者本人に解説が聞こえる環境であり、対局への影響を心配する声が出たこと。
- 聞き手としての責任:解説の場では、棋譜や局面の説明だけでなく、出演者や関係者への配慮も必要だという指摘が出たこと。
J-CASTニュースは、SNS上で発言への批判や、対局中の選手に聞こえる場で話すことへの懸念が相次いだと報じています。
また、JT杯ではプロ棋士の対局だけでなく、子ども向けの将棋大会も開催されます。観客には将棋を学ぶ子どもたちもいるため、イベント全体の運営や出演者の言動に対する責任を問う意見も紹介されました。
過去の発言をめぐる報道との関係2025年8月の騒動後、女性自身は竹部の過去の発言についても取り上げました。同誌の記事では、2014年のインターネット生放送への電話出演時に、別の女性棋士に対して不適切な表現を使った事例が紹介されています。
こうした報道によって、今回の出来事は単発の失言という観点だけでなく、以前から指摘されていた公の場での発言スタイルとの関係でも論じられるようになりました。
ただし、過去の別件と2025年のJT杯での出来事は、それぞれ発生した時期も状況も異なります。過去の報道をもって、すべての発言や活動を同じ評価で括ることは適切ではありません。
「1年間の公務自粛」は処分なのか?ここは特に誤解されやすい部分です。
2025年8月の発表で竹部が述べたのは、対局以外の公務を当面1年間自粛するという本人の方針です。日本将棋連盟から公式に1年間の出場停止処分を受けた、という発表とは異なります。
また、対象は対局以外の公務です。したがって、公式戦への出場まで停止されたという意味ではありません。
謝罪と活動自粛は、今回の問題に対する本人の対応として報道されましたが、それとは別に、将棋ファンや視聴者がどのように評価するかは個々の判断に委ねられます。
【2026年最新】竹部さゆりの現在は?対局・活動復帰・聞き手の状況
2026年11月1日現在、竹部さゆりは日本将棋連盟の現役女流棋士として登録されています。2025年の騒動後も公式戦の対局記録が残っており、引退や棋士資格の喪失が発表された事実はありません。
2026年も公式戦に出場している2026年の対局記録を見ると、竹部は複数の女流棋戦に出場しています。
将棋データベースの年別集計では、2026年10月28日までの成績は15局7勝8敗、勝率約46%です。
確認できる主な対局には、次のものがあります。
- 2026年3月24日:大山名人杯倉敷藤花戦、長沢千和子戦で勝利。
- 2026年4月7日:大山名人杯倉敷藤花戦、香川愛生戦で敗北。
- 2026年5月18日:ヒューリック杯白玲戦、梅津美琴戦で勝利。
- 2026年6月10日:ヒューリック杯白玲戦、石高澄恵戦で勝利。
- 2026年9月29日:大成建設杯清麗戦、貞升南戦で勝利。
- 2026年10月28日:大成建設杯清麗戦、中七海戦で敗北。
日本将棋連盟の通算成績でも、2026年10月30日対局分までに577局290勝287敗という記録が掲載されています。
この数字から分かるのは、2025年の騒動後も対局活動は続いているということです。公務の自粛と、棋士としての公式戦への参加は区別して考える必要があります。
1年間の自粛期間は終了した?竹部が公表した自粛期間は、2025年8月16日の発表を起点とする当面1年間です。期間を単純に計算すれば、2026年8月ごろに1年が経過したことになります。
ただし、1年間という期間が経過したことと、聞き手やイベント出演への復帰が正式に発表されたことは同じではありません。
2026年11月1日時点では、対局への出場は記録で確認できます。一方、対局以外の公務については、復帰を明確に示す公式発表や報道を確認できる状況ではなく、聞き手活動が通常どおり再開したと断定することはできません。
聞き手としての活動はどうなる?将棋の聞き手は、対局者の棋歴や戦型を紹介し、解説者の説明を補助しながら、観客や視聴者に対局の面白さを伝える仕事です。
竹部は過去にイベントや大盤解説などで活動してきました。個性的な話し方や発言スタイルも、彼女の出演活動を語る際に取り上げられてきた特徴です。
しかし、2025年のJT杯騒動では、聞き手に求められる役割と、対局者のプライバシーを守る責任が改めて問われました。
今後、聞き手やイベント出演に復帰する場合には、将棋の知識や解説能力だけでなく、公開の場での情報管理や出演者間の信頼関係も評価の対象になると考えられます。
【プロの結論】竹部さゆりを評価するなら将棋の実績と公の場での責任を分けて考える
竹部さゆりという女流棋士を理解するには、将棋の競技実績と、2025年の発言騒動を別々の評価軸で見ることが重要です。
競技面では、17歳でプロ入りし、18歳で倉敷藤花戦のタイトル挑戦を経験。2002年には鹿島杯準優勝、2019年には女流四段への昇段を果たしています。2026年も公式戦への出場を続けており、現役棋士としての活動は確認できます。
一方、JT杯での問題は、棋力とは異なる職業上の責任に関わるものです。公開対局の聞き手には、対局者や解説者への敬意、個人情報の取り扱い、会場と配信の双方を意識した発言管理が大切です。
今回の騒動から考えられる将棋界の課題は、棋士の個性を生かした出演と、公式イベントにふさわしい情報管理をどう両立させるかという点です。
個性的なキャラクターや率直な発言が、将棋の魅力を伝えるうえでプラスに働くことはあります。しかし、個人的な情報に踏み込む場合には、本人の同意や公開の可否を慎重に考える必要があります。
したがって、竹部の今後を評価する際には、次の3点を判断基準にすると整理しやすくなります。
- 棋士としての評価:公式戦の対局結果、通算成績、昇段歴、棋戦での実績。
- 公務への復帰状況:日本将棋連盟や本人による公表、実際のイベント出演・聞き手の記録。
- 騒動への対応:謝罪の内容、関係者への配慮、その後の公の場での活動。
竹部さゆりに関するよくある質問(FAQ)
Q1:竹部さゆりの年齢と生年月日は?
A1:1978年6月4日生まれです。2026年11月1日現在、48歳です。
Q2:竹部さゆりの出身地と師匠は?
A2:日本将棋連盟の公式プロフィールでは神奈川県逗子市出身とされています。師匠は伊藤果八段です。
Q3:竹部さゆりはいつ女流四段になった?
A3:2019年1月16日に女流四段へ昇段しました。それ以前には女流二段、女流三段などを経ています。
Q4:竹部さゆりは倉敷藤花を獲得したことがある?
A4:タイトル獲得はありません。1996年度の第4期倉敷藤花戦で挑戦者となりましたが、清水市代に0勝2敗で敗れました。
Q5:竹部さゆりの旧姓は木村?
A5:はい。1996年度の倉敷藤花戦の対局記録には、木村さゆり女流初段という名前で掲載されています。
Q6:2025年のJT杯では何が問題になった?
A6:2025年8月16日の渡辺明九段対山崎隆之九段戦で聞き手を担当した際、山崎九段の公表されていないプライベート情報に言及したと報道されました。その後、竹部本人が謝罪しています。
Q7:竹部さゆりは将棋の対局を自粛している?
A7:いいえ。発表したのは対局以外の公務の自粛です。2026年にも公式戦への出場記録があります。
Q8:2026年現在、聞き手活動には復帰している?
A8:対局活動は継続していますが、聞き手などの公務について、復帰を明確に示す公式発表は確認できません。対局への復帰と公務への復帰は分けて判断する必要があります。
竹部さゆり女流四段は、1978年生まれ、神奈川県逗子市出身の女流棋士です。1995年に17歳でプロ入りし、18歳で第4期倉敷藤花戦に挑戦。2002年の鹿島杯準優勝を経て、2019年1月16日に女流四段へ昇段しました。
2025年8月16日のJT杯での発言は、対局者のプライバシーへの配慮や聞き手の責任をめぐって大きな批判を招きました。竹部は謝罪し、対局以外の公務を当面1年間自粛すると発表しています。
2026年11月現在、公式戦への出場は続いており、引退したわけではありません。ただし、公務への復帰については、対局記録とは別に本人や関係機関の発表を確認する必要があります。
今後注目したいのは、女流棋士としての対局実績だけでなく、聞き手やイベント出演などの活動がどのように展開されるかという点です。長年の競技経験を持つ棋士だからこそ、将棋の実力と公の場での責任、その両面から今後の活動を見守る必要があります。
主な事実確認資料: 日本将棋連盟の棋士データベース・通算成績、スポーツニッポン、日刊スポーツ、J-CASTニュース、将棋データベースの対局記録。