2026年現在、佐渡ヶ嶽親方は日本相撲協会の理事を務めながら、千葉県松戸市に拠点を置く佐渡ヶ嶽部屋の師匠として後進の育成に取り組んでいる。13代佐渡ヶ嶽親方の正式な年寄名は佐渡ヶ嶽満宗(さどがたけ・みつむね)。現役時代は関脇・琴ノ若として活躍し、生涯戦歴は785勝764敗100休を記録した人物だ。
2005年11月、先代の第53代横綱・琴櫻から部屋を引き継いで以来、20年以上にわたって師匠を務めている。2026年の日本相撲協会での役職、現役時代の成績、襲名に至った経緯、200年以上の歴史を持つ佐渡ヶ嶽部屋の系譜、そして現在の弟子たちの活躍まで、公式情報と報道をもとに整理する。
【2026年最新】佐渡ヶ嶽親方の現在は?日本相撲協会の理事としての役割

佐渡ヶ嶽親方は2026年現在、相撲部屋の経営・指導だけでなく、日本相撲協会の運営にも深く関わっている。単なる元関脇の親方ではなく、協会の重要な意思決定や組織管理を担う理事の一人だ。
本名・年齢・出身地などの基本プロフィール日本相撲協会の公式プロフィールによると、佐渡ヶ嶽満宗の基本情報は次のとおりである。
- 年寄名:佐渡ヶ嶽満宗
- 本名:鎌谷満也
- 生年月日:1968年5月15日
- 年齢:58歳(2026年11月現在)
- 出身地:山形県尾花沢市
- 現役時代の四股名:琴ノ若晴將
- 最高位:関脇
- 所属部屋:佐渡ヶ嶽部屋
- 現在の役職:日本相撲協会理事
ここで押さえておきたいのは、「佐渡ヶ嶽満宗」は本名ではなく、親方として襲名した年寄名であるという点だ。本名は鎌谷満也で、現役時代には琴ノ若晴將という四股名で土俵に上がっていた。
なお、現在の親方と、かつて同じ「琴ノ若」を名乗った力士を混同しないことも大切だ。佐渡ヶ嶽親方は元関脇・琴ノ若であり、その息子は現在、琴櫻の四股名で大関として活躍している。
2026年の日本相撲協会で担う具体的な仕事日本相撲協会の公式「職務分掌」によると、2026年3月25日の新職務決定後、佐渡ヶ嶽親方には次の役割が割り当てられている。
- 危機管理部長
- コンプライアンス部長
- 総合企画部長
- 監察委員長
- 博物館運営委員
危機管理やコンプライアンスは、相撲協会の組織運営と信頼性に関わる重要な分野だ。監察委員長としての役割も含め、協会内部の規律や適正な運営を支える立場にある。
また、総合企画部長として協会全体の企画運営にも携わる。部屋の師匠として力士を育てる仕事とは異なり、こちらは大相撲という組織全体を支える仕事だ。
2024年には広報部長を務めていたが、2026年3月の職務変更によって担当分野が変わっている。したがって、2026年現在の佐渡ヶ嶽親方の役職を調べる際は、過去の広報部長という肩書だけでなく、最新の職務分掌を確認する必要がある。日本相撲協会の公式情報と2026年3月25日付の日刊スポーツの報道でも、現在の担当職務が確認できる。
つまり、佐渡ヶ嶽親方は現在、松戸市の相撲部屋を率いる師匠であると同時に、協会の危機管理や組織運営を担う理事でもある。現場の指導者と協会幹部という二つの立場を兼ねていることが、2026年の大きな特徴だ。
【元関脇琴ノ若の経歴】現役時代の成績と生涯戦歴785勝の実力
現在の佐渡ヶ嶽親方を理解するうえで欠かせないのが、元関脇・琴ノ若としての現役時代だ。大型力士として知られ、長期間にわたって幕内で活躍した実績を持つ。
1984年に初土俵、1993年に三役へ昇進佐渡ヶ嶽親方は1968年5月15日、山形県尾花沢市に生まれた。1984年5月場所で初土俵を踏み、力士としてのキャリアをスタートさせている。
当初は本名の今野から「今野」「琴今野」といった四股名を経て、「琴の若」「琴乃若」「琴ノ若」へと改名した。最終的には琴ノ若晴將として長く土俵に立った。
1990年7月場所に新十両、同年11月場所には新入幕を果たす。1991年初場所には一度十両へ陥落したものの、翌3月場所で幕内に復帰。その後、幕内力士として長いキャリアを築いた。
1993年9月場所には新三役となり、最高位の関脇まで昇進。191センチ、181キロという恵まれた体格を生かし、右四つからの寄りや上手投げを得意とした。
生涯戦歴と受賞歴を公式データで確認日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている琴ノ若の生涯戦歴は、次のとおりだ。
- 生涯戦歴:785勝764敗100休(130場所)
- 幕内戦歴:608勝657敗84休(90場所)
- 最高位:関脇
- 殊勲賞:2回
- 敢闘賞:5回
- 技能賞:0回
- 金星:8個
- 三段目優勝:2回
- 幕内優勝:0回
注目したいのは、幕内在位90場所という長い実績だ。佐渡ヶ嶽部屋の公式紹介でも、幕内在位90場所は歴代5位として紹介されている。
また、横綱から8個の金星を獲得している点も見逃せない。金星は平幕力士が横綱に勝ったときに与えられる記録であり、長年にわたって上位陣と対戦してきた琴ノ若の実力を示す数字だ。
幕内最高優勝こそなかったものの、785勝という通算勝利数と長期間の幕内在位は、安定して高い競技水準を維持した力士であったことを物語っている。
琴ノ若の現役時代を象徴する相撲スタイル現役時代の琴ノ若は、圧倒的な体格を生かした四つ相撲が持ち味だった。日本相撲協会の公式プロフィールにも、得意技として「右四つ・寄り」が記載されている。
決まり手の傾向では、寄り切りが38%、上手投げが24%、送り出しが11%を占める。相手を組み止めてから前に出る力強い相撲が、長年の持ち味だった。
部屋の公式紹介でも、大きな身体を生かした寄りや上手投げが琴ノ若の特徴として挙げられている。派手な一発勝負よりも、組んでからの圧力と粘りで勝負するタイプだった。
2005年11月場所を最後に現役を引退。37歳まで土俵に立ち続けた後、年寄・佐渡ヶ嶽を襲名し、指導者として新しいキャリアに進んだ。
【2005年の襲名の経緯】13代佐渡ヶ嶽親方になった理由とは?
佐渡ヶ嶽親方が13代目を襲名したのは、2005年11月のことだ。この襲名は、単に現役力士が引退して親方になったというだけではない。先代の定年退職と、長年続いてきた部屋の継承が重なった重要な出来事だった。
先代は第53代横綱・琴櫻だった12代佐渡ヶ嶽親方は、第53代横綱・琴櫻として知られる佐渡ヶ嶽慶兼(さどがたけ・よしかね)だ。
現役時代の琴櫻は、強烈な立ち合いと圧力を武器に横綱まで昇進した名力士である。引退後は佐渡ヶ嶽部屋を率い、多くの関取を育てた。
13代親方となった琴ノ若は、1996年に先代の長女と結婚している。そのため、両者は師匠と弟子であると同時に、義理の親子という関係でもあった。
東京新聞の2024年7月のインタビュー記事では、佐渡ヶ嶽親方自身が先代について、義父というよりもずっと「師匠」だったと振り返っている。稽古場では厳しい指導を受け、その経験が自身の力士としての成長につながったという。
2005年11月、現役引退と部屋の継承が実現2005年11月場所、先代の12代佐渡ヶ嶽親方が協会の停年を迎えることに伴い、琴ノ若は現役引退を決断した。
2005年11月25日には引退届と年寄「佐渡ヶ嶽」の襲名願を提出し、協会の理事会で承認されたことが共同通信の報道で伝えられている。
こうして元関脇・琴ノ若は13代佐渡ヶ嶽親方となり、先代から部屋を引き継いだ。部屋公式の歴史資料でも、13代佐渡ヶ嶽満宗の襲名年は平成17年11月と記録されている。
この継承には、現役時代に培った相撲経験だけでなく、先代から直接受けた指導や、部屋の伝統を理解していることも大きく関係している。
「琴櫻」と「琴ノ若」の名前の違いにも注目ここで混同しやすいのが、現在の大関・琴櫻との関係だ。
現在の大関・琴櫻は、佐渡ヶ嶽親方の長男であり、12代親方の孫に当たる。2024年1月場所後に大関へ昇進し、同年5月場所から祖父の四股名である「琴櫻」を襲名した。
もともとは琴ノ若という四股名で活躍していたが、2024年に琴櫻へ改名したことで、父親の現役時代の四股名と区別しやすくなった。
つまり、現在の関係は次のように整理できる。
- 12代佐渡ヶ嶽:第53代横綱・琴櫻。部屋の先代師匠。
- 13代佐渡ヶ嶽:元関脇・琴ノ若。現在の師匠。
- 大関・琴櫻:13代親方の長男で、12代親方の孫。
この三代にわたる関係は、佐渡ヶ嶽部屋の歴史を象徴するものだ。祖父が横綱、父が関脇、そして息子が大関という相撲一家の系譜が現在も続いている。
【佐渡ヶ嶽部屋の歴史】歴代師匠と松戸市への移転を解説
佐渡ヶ嶽部屋には、200年以上にわたる年寄名跡の歴史がある。ただし、ここで注意したいのは、現在の相撲部屋の創設時期と、佐渡ヶ嶽という年寄名の歴史は同じではないという点だ。
佐渡ヶ嶽の名跡は安永年間までさかのぼる佐渡ヶ嶽部屋の公式サイトにある「琴資料館」では、初代佐渡ヶ嶽の襲名は安永9年と記録されている。西暦では1780年に当たり、現在から約240年以上前のことだ。
現在の部屋につながる系譜は、1955年に11代佐渡ヶ嶽親方が部屋を創設したところから始まる。日本相撲協会も、1955年に11代佐渡ヶ嶽(初代琴錦)が部屋を創設したことを紹介している。
その後、1974年に12代佐渡ヶ嶽(元横綱・琴櫻)が継承し、2005年に現在の13代佐渡ヶ嶽親方へと引き継がれた。
佐渡ヶ嶽部屋の歴代師匠一覧部屋公式の歴史資料に掲載されている歴代師匠と襲名年を整理すると、次のようになる。
| 代数 | 年寄名 | 襲名年 | 主な情報・最高位 |
|---|---|---|---|
| 初代 | 佐渡ケ嶽澤右衛門 | 安永9年(1780年) | 前頭2枚目 |
| 2代 | 佐渡ケ嶽大五郎 | 寛政3年(1791年) | 三段目 |
| 3代 | 佐渡ケ嶽澤右衛門 | 享和2年(1802年) | 小結 |
| 4代 | 佐渡ケ嶽澤右衛門 | 文化15年(1818年) | 前頭 |
| 5代 | 佐渡ケ嶽澤右衛門 | 天保10年(1839年) | 十両 |
| 6代 | 佐渡ケ嶽澤右衛門 | 文久年間(年次不詳) | 詳細不詳 |
| 7代 | 佐渡ケ嶽兵右衛門 | 明治3年(1870年) | 十両 |
| 8代 | 佐渡ケ嶽兵右衛門 | 明治26年(1893年) | 十両 |
| 9代 | 佐渡ケ嶽脇太郎 | 明治44年(1911年) | 前頭17枚目 |
| 10代 | 佐渡ケ嶽高一郎 | 昭和4年(1929年) | 前頭1枚目 |
| 11代 | 佐渡ケ嶽登 | 昭和30年(1955年) | 元小結・琴錦。現在の部屋の創設者 |
| 12代 | 佐渡ケ嶽慶兼 | 昭和49年(1974年)7月 | 第53代横綱・琴櫻 |
| 13代 | 佐渡ケ嶽満宗 | 平成17年(2005年)11月 | 元関脇・琴ノ若。現師匠 |
特に重要なのは11代から13代までの流れだ。
11代は元小結・琴錦で、1955年に現在の佐渡ヶ嶽部屋の基礎を築いた人物。12代は第53代横綱・琴櫻で、1974年に部屋を引き継いだ。そして13代が元関脇・琴ノ若である。
このように、現在の佐渡ヶ嶽部屋は、長い年寄名跡の歴史と、1955年以降の部屋の継承という二つの歴史が重なっている。
1994年に東京都墨田区から松戸市へ移転現在の佐渡ヶ嶽部屋があるのは、千葉県松戸市串崎南町39だ。
部屋の公式サイトによると、1994年10月に東京都墨田区太平から現在の松戸市へ移転した。当時の師匠は12代佐渡ヶ嶽親方、元横綱・琴櫻だった。
つまり、松戸市への移転は13代親方への代替わりよりも11年早い。現在の師匠が最初から松戸市に部屋を構えたわけではなく、先代が築いた拠点を引き継いでいる。
2026年1月1日発行の松戸市広報では、佐渡ヶ嶽部屋の特集が組まれた。その中で、親方は松戸市民に向けて次のようにコメントしている。
松戸に住んで31年になりました。これからも松戸市にしっかりと根を張った相撲部屋として頑張ってまいります!
これは松戸市の広報紙に掲載された本人の言葉だ。移転から30年以上が経過した現在、佐渡ヶ嶽部屋は単なる相撲の稽古場ではなく、地域に根付いた存在になっている。
所在地や交通アクセスなどの基本情報は、日本相撲協会と部屋の公式案内でも確認できる。松飛台駅から徒歩圏内にあり、松戸市の相撲文化を支える拠点として活動を続けている。
【師匠としての実績】琴櫻・琴勝峰らを育てる佐渡ヶ嶽親方の指導力
13代佐渡ヶ嶽親方の評価を考えるとき、現役時代の成績だけでなく、師匠としてどのような力士を育ててきたかも重要になる。
現在の佐渡ヶ嶽部屋には、大関・琴櫻をはじめ、琴勝峰、琴栄峰らが所属している。部屋公式の力士紹介や日本相撲協会の力士情報でも、これらの力士の所属先は佐渡ヶ嶽部屋と確認できる。
大関・琴櫻は父と祖父の伝統を受け継ぐ存在師匠としての実績を語るうえで、まず挙げられるのが大関・琴櫻だ。
1997年11月19日生まれの琴櫻は、佐渡ヶ嶽親方の長男であり、先代の琴櫻の孫に当たる。2015年11月場所で初土俵を踏み、2020年3月場所に新入幕、2024年1月場所後に大関へ昇進した。
2024年5月場所からは祖父の四股名を受け継ぎ、琴櫻と改名。同年11月場所には幕内最高優勝も果たしている。
東京新聞のインタビューで佐渡ヶ嶽親方は、息子が中学・高校時代に埼玉栄の寮にいた頃、休みに帰ってくると朝4時から一緒に稽古したと振り返っている。また、入門後は他の弟子よりも特に厳しく接したという。
このエピソードから見えてくるのは、単に親子だから有利な環境を与えたという関係ではない。むしろ、名門部屋の伝統と横綱の血筋を背負う力士として、厳しい稽古を通じて成長を促してきたという指導姿勢だ。
琴勝峰の幕内優勝も部屋の大きな成果佐渡ヶ嶽親方の師匠としての実績は、息子の琴櫻だけに限られない。
所属力士の琴勝峰は、2017年11月場所に初土俵を踏み、2020年7月場所に新入幕を果たした。2025年7月場所には幕内最高優勝を達成している。
松戸市の2026年1月の広報特集でも、この優勝は部屋の大きな実績として紹介された。琴勝峰は千葉県柏市出身で、埼玉栄高校在学中に佐渡ヶ嶽部屋へ入門した力士だ。
また、琴栄峰も部屋の関取として活躍している。2025年には新入幕を果たし、次世代を担う力士の一人として注目されている。
師匠としての評価は育成環境の継続性にもある佐渡ヶ嶽部屋の公式紹介では、先代が築いた伝統を受け継ぎながら、新弟子の発掘にも力を入れていると説明されている。
これは、単に有名な力士を輩出するだけではなく、部屋全体の育成環境を維持するという考え方につながる。
大相撲では、関取になるまでに複数の階級を勝ち上がる必要がある。幕下以下の力士にとっては、毎日の稽古や生活指導、身体づくり、精神面のサポートが欠かせない。
師匠の役割は、幕内力士だけを指導することではない。序ノ口や序二段から将来の関取候補を見つけ、長い時間をかけて育てることも重要だ。
琴櫻の大関昇進、琴勝峰の幕内優勝、琴栄峰の新入幕は、それぞれ異なる成長過程を持つ力士たちが部屋から活躍していることを示している。
こうした継続的な育成と部屋の運営を両立している点が、13代佐渡ヶ嶽親方の師匠としての実績を考えるうえで要点だ。
【プロの結論】佐渡ヶ嶽親方の本当の功績は伝統と組織運営の両立
佐渡ヶ嶽親方のキャリアを振り返ると、元関脇・琴ノ若としての実績、2005年の部屋継承、2026年現在の協会理事としての仕事という三つの段階が見えてくる。
特に注目したいのは、現役時代の経験をそのまま指導に生かすだけではなく、先代から受け継いだ部屋の伝統を次の世代につないでいることだ。
功績を評価するための3つの視点1. 現役時代の経験を指導に生かしていること
琴ノ若は785勝を挙げ、幕内在位90場所を経験した力士だ。上位陣との対戦や長期間の現役生活で得た経験は、弟子たちにとって貴重な指導資源になる。
2. 部屋の伝統を次世代に継承していること
11代、12代、13代と続いてきた師匠の系譜を守りながら、琴櫻や琴勝峰といった新しい世代の力士が活躍している。伝統を守るだけではなく、現代の力士を育てる仕組みを維持することが重要だ。
3. 相撲協会の運営にも責任を持っていること
2026年現在、危機管理部長やコンプライアンス部長などを担当している。部屋の師匠としての仕事と、協会全体の組織運営を担う仕事は異なるが、両方を担当することで角界全体を支える立場にある。
今後注目したいポイント今後の佐渡ヶ嶽親方を見る際には、単に琴櫻の番付や勝敗だけに注目するのではなく、部屋全体の力士がどのように成長しているかを確認するとよい。
特に、次の3点は継続的に注目したい。
- 琴櫻が大関としてどのような成績を残し、さらに上の地位を目指せるか。
- 琴勝峰や琴栄峰に続く新しい関取が育っているか。
- 日本相撲協会の理事として、危機管理やコンプライアンスの分野でどのような役割を果たすか。
これらを総合して見ることで、佐渡ヶ嶽親方の功績を現役時代の知名度だけでなく、師匠としての育成力や協会運営への貢献まで含めて評価できる。
【佐渡ヶ嶽親方の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:佐渡ヶ嶽親方は2026年現在、何歳で何をしている?
A1:1968年5月15日生まれで、2026年11月現在58歳。日本相撲協会の理事を務めるとともに、千葉県松戸市にある佐渡ヶ嶽部屋の師匠として力士の指導・育成を行っている。
Q2:佐渡ヶ嶽満宗の本名は?
A2:本名は鎌谷満也(かまたに・みつなり)。佐渡ヶ嶽満宗は親方としての年寄名で、現役時代は琴ノ若晴將という四股名で活躍していた。
Q3:佐渡ヶ嶽親方の現役時代の生涯戦歴は?
A3:785勝764敗100休(130場所)。幕内戦歴は608勝657敗84休(90場所)。最高位は関脇で、殊勲賞2回、敢闘賞5回、金星8個を記録している。
Q4:佐渡ヶ嶽親方はいつ13代目を襲名した?
A4:2005年11月。先代の12代佐渡ヶ嶽親方である第53代横綱・琴櫻の停年退職に伴い、元関脇・琴ノ若が現役を引退して13代佐渡ヶ嶽を襲名した。
Q5:佐渡ヶ嶽部屋はどこにある?
A5:千葉県松戸市串崎南町39にある。1994年10月に東京都墨田区太平から移転し、2026年現在も同じ松戸市を拠点に活動している。
Q6:現在の佐渡ヶ嶽部屋にはどんな力士が所属している?
A6:大関・琴櫻、琴勝峰、琴栄峰などが所属している。琴櫻は佐渡ヶ嶽親方の長男で、先代の第53代横綱・琴櫻の孫に当たる。
佐渡ヶ嶽親方こと佐渡ヶ嶽満宗は、元関脇・琴ノ若として785勝764敗100休という生涯戦歴を残した力士であり、2005年11月から13代佐渡ヶ嶽として部屋を率いている。
2026年現在は、日本相撲協会の理事として危機管理部長、コンプライアンス部長、総合企画部長などを担当。千葉県松戸市の佐渡ヶ嶽部屋では、大関・琴櫻や琴勝峰、琴栄峰らの指導に携わっている。
佐渡ヶ嶽部屋の歴史は、年寄名跡としては200年以上に及び、現在の部屋の系譜も1955年から続いている。11代琴錦、12代琴櫻、13代琴ノ若という歴代師匠の継承が、その歴史を形づくってきた。
佐渡ヶ嶽親方を知るうえで重要なのは、元関脇としての実績だけではない。先代から受け継いだ伝統を守り、次世代の力士を育て、さらに日本相撲協会の運営にも関わっているという現在の姿だ。
今後は大関・琴櫻をはじめとする所属力士の成長とともに、13代佐渡ヶ嶽親方が部屋と相撲協会の双方でどのような実績を積み重ねていくのかが注目される。