2026年11月現在、舛添要一氏は77歳。元東京都知事、元厚生労働大臣という政治家としての経歴を持ち、現在は国際政治学者・株式会社舛添政治経済研究所所長として活動している。政界の第一線からは離れているものの、政治や外交に関する執筆、メディアへの寄稿、YouTubeでの情報発信を続けている。
2026年10月31日にも、ニュースメディア「JBpress」にイスラエル総選挙とネタニヤフ政権を分析する記事を寄稿。かつて東京都知事を辞任した人物という印象だけでは、現在の活動実態は見えてこない。年齢や現在の肩書き、最新記事、YouTube活動、そして政治復帰の可能性まで、公開されているプロフィールや報道をもとに整理する。
【2026年最新】舛添要一の現在は?主な仕事と活動内容

2026年の舛添要一氏は、国際政治の分析や政治評論を中心に活動している。現在の仕事を理解するうえで重要なのは、都知事辞任後に政治活動を完全にやめたわけではないという点だ。
現在の活動は、大きく分けると次の3つに整理できる。
1.国際政治学者としての執筆・寄稿活動現在の活動を最も具体的に確認できるのが、JBpressなどのニュースメディアへの寄稿だ。
JBpressの著者プロフィールでは、舛添氏は国際政治学者、株式会社舛添政治経済研究所所長として紹介されている。参議院議員、厚生労働大臣、東京都知事を歴任した経歴も掲載されている。
2026年10月31日付の最新掲載記事は、「イスラエル総選挙、ネタニヤフ陣営は過半数割れ…アラブ系政党が躍進、政権交代を阻む『連立の壁』」。イスラエルの選挙結果を取り上げ、ネタニヤフ首相の政権維持や中東情勢への影響を分析している。
さらに10月28日にも、ネタニヤフ政権とトランプ大統領をめぐる国際情勢の記事を掲載している。単発のテレビ出演ではなく、継続的に国際政治を読み解く執筆活動が続いていることが分かる。
取り上げるテーマは、イスラエルや中東情勢だけではない。アメリカ、中国、ロシア、フランス、ドイツなど、国際政治や安全保障に関わる幅広い問題を扱っている。
2.舛添政治経済研究所の所長としての活動舛添氏の公式プロフィールに記載されている現在の役職は、舛添政治経済研究所の所長だ。
同研究所は1989年に設立され、舛添氏の政治活動以前から続く活動基盤でもある。国際政治や外交、国内政治、経済など、同氏が専門としてきた分野と深く関係している。
2016年の都知事辞任後も、研究所の所長という立場を引き継いでいる。政治家として公職に就くことと、政治や国際情勢について専門的な分析を発信することは別であり、現在は後者が活動の中心になっている。
3.日本国際フォーラムなどへの論稿投稿執筆活動は民間ニュースメディアだけにとどまらない。
公益財団法人日本国際フォーラムの「e-論壇『百花斉放』」にも、舛添氏の投稿履歴が掲載されている。
2026年には「高市政権、発足から半年、政策実現は?」(4月29日)、「トランプの誤算」(4月19日)、「世界は核兵器の時代に」(3月28日)などの論稿が確認できる。
こうした活動から見えるのは、国内政局だけに対象を絞らず、国際秩序や安全保障、各国の政治体制を横断して分析する現在の仕事ぶりだ。
【プロフィール・年齢】舛添要一の現在の肩書きと経歴を一覧で整理
舛添要一氏は1948年11月29日、福岡県北九州市生まれ。2026年11月1日時点では77歳で、同月29日に78歳になる。
東京大学法学部政治学科を卒業後、パリやジュネーブで国際関係史を研究。東京大学教養学部の政治学助教授を経て、国会議員、厚生労働大臣、東京都知事へと活動の場を広げてきた。
公式プロフィールとJBpressの著者紹介をもとに、現在の肩書きと主な経歴を整理すると次のようになる。
| 項目・時期 | 内容 | 現在との関係 |
|---|---|---|
| 生年月日 | 1948年11月29日 | 2026年11月1日時点で77歳 |
| 出身地 | 福岡県北九州市 | 公式プロフィールに記載 |
| 1971年 | 東京大学法学部政治学科卒業 | 政治・国際関係研究の出発点 |
| 1979~1989年 | 東京大学教養学部政治学助教授 | 研究者・教育者として活動 |
| 1989年 | 舛添政治経済研究所を設立 | 現在の活動基盤につながる |
| 2001年 | 参議院議員に初当選 | 国政へ進出 |
| 2007~2009年 | 厚生労働大臣 | 安倍・福田・麻生各内閣で大臣を歴任 |
| 2014年2月~2016年6月 | 東京都知事 | 2016年6月21日付で辞職 |
| 2016年7月以降 | 舛添政治経済研究所所長 | 研究所を拠点に活動 |
| 2026年現在 | 国際政治学者・研究所所長 | 執筆、国際情勢分析、動画発信など |
特に注目したいのは、舛添氏のキャリアが政治家として始まったわけではないことだ。
もともとは国際関係史や政治学を専門とする研究者であり、東京大学での教育・研究活動を経験している。海外での研究経験もあり、フランスやスイスなどで国際政治を学んできた。
その後、参議院議員として国政に進み、2007年8月には厚生労働大臣に就任。2009年9月まで大臣を務めた。
このような経歴を踏まえると、現在の国際政治学者としての活動は、都知事辞任後に突然始まったものではない。研究者としての原点に戻りながら、政治経験を生かして発信を続けていると捉えられる。
【都知事辞任の経緯】舛添要一はなぜ東京都知事を辞めたのか
舛添氏の現在を語るうえで避けて通れないのが、2016年の東京都知事辞任だ。
2014年2月11日に東京都知事に就任した舛添氏は、保育施設の充実や地域包括ケアシステムの構築、防災対策などに取り組んだ。
退任時の東京都議会でのあいさつでは、都政で取り組んだ施策として「東京防災」にも触れている。災害への備えを都民に広く伝える取り組みは、当時の都政における代表的な政策の一つだった。
辞任につながった3つの問題一方、知事在任中には政治資金や公務のあり方をめぐる問題が相次いで表面化した。
- 高額な海外出張:海外出張にかかった費用や出張のあり方が批判された。
- 公用車の使用:公用車の運用について、公私混同ではないかという疑問が生じた。
- 政治資金の使途:政治資金の支出について、私的な利用に当たるのではないかという疑惑が浮上した。
東京都の都政改革本部が2016年12月にまとめた内部統制プロジェクトチームの報告書でも、高額な海外出張、公用車の不適切な運用、政治資金の不適切な使用が一連の問題として整理されている。
2016年6月の辞任までの時系列辞任までの流れを時系列で確認すると、問題がどのように政治的責任へ発展したのかが分かる。
- 2016年6月6日:舛添氏が弁護士2人に依頼した支出調査の結果を報告し、記者会見を実施。
- 2016年6月13日:東京都議会総務委員会で集中審議が行われる。
- 2016年6月15日:舛添氏が都議会議長に辞職願を提出。6月21日付の辞職が認められる。
- 2016年6月21日:東京都知事を正式に退職。
東京都議会の会議録によると、6月15日には舛添氏の退職について議会の同意が成立した。同日、一連の問題を調査する特別委員会の設置に関する動議は否決されている。
つまり、単に任期満了を迎えて退任したわけではない。政治資金や公務のあり方に対する批判が強まり、都議会で不信任決議案が提出される状況となったことを背景に、自ら辞職を申し出たものだった。
この辞任は、その後の舛添氏の政治的な立場にも大きく影響した。知事としての行政経験や政策実績があった一方、政治資金問題などをめぐる批判によって、都政のトップとしての信頼を失う結果となった。
【YouTube・SNS活動】舛添要一は現在も情報発信を続けている?
舛添氏はテレビや新聞などの既存メディアへの寄稿に加え、インターネットを使った情報発信にも取り組んでいる。
公式YouTubeチャンネル「舛添要一、世界と日本を語る」舛添氏のYouTubeチャンネルは、「舛添要一、世界と日本を語る」という名称で運営されている。
JBpressの著者プロフィールからも同チャンネルへの案内があり、国際情勢や国内政治などの時事問題について解説する発信媒体として紹介されている。
2026年の動画には、次のようなテーマが確認できる。
- 2026年9月7日:「史上最低の大統領?トランプの暴走」
- 2026年9月1日:「何処へ行く 習近平の中国」
- 2026年8月23日:「イラン戦争から半年―トランプとネタニヤフの思惑がズレ始めた」
これらの動画からは、アメリカの政治、中国の指導体制、中東情勢などを中心に発信していることが分かる。
政治家時代のように政策を実行する立場ではなく、国際政治の動きを解説する立場へと活動の軸が移っている。
XなどのSNSでも国内政治に言及舛添氏はX(旧Twitter)でも政治に関する発信を続けている。JBpressの著者プロフィールにも本人のXアカウントへの案内が掲載されている。
2026年2月には、衆議院選挙や高市政権の政策運営について自身の見解を発信したことが報じられた。
J-CASTニュースなどの報道では、選挙結果だけでなく、経済政策や政権運営に対する舛添氏の批評も取り上げられている。
こうした発信を見ると、都知事辞任後も政治への関心を失ったわけではない。むしろ、現職の政治家ではなく、経験者・研究者として政治を論じる活動が続いている。
【プロの結論】舛添要一の政治復帰の可能性は?現在の活動から考察
舛添氏について検索する人の中には、東京都知事や国会議員として再び政治の世界に戻る可能性を気にしている人も多い。
ただし、2026年11月1日時点で確認できる公開情報では、東京都知事選や国政選挙への再出馬を正式に表明した事実は確認できない。
公式プロフィールで現在の役職として掲載されているのは、舛添政治経済研究所の所長だ。JBpressなどでの執筆活動も、国際政治学者としての肩書きで行われている。
政治復帰を考える際に注目したい3つのポイント1.現在の活動が政治評論・国際情勢分析に集中している
2026年の寄稿テーマを見ると、イスラエル、アメリカ、中国、欧州などの国際政治が中心だ。特定の選挙に向けた候補者活動よりも、政治や外交の分析を継続している。
2.過去の政治経験と都知事辞任の評価は切り離せない
厚生労働大臣や東京都知事を務めた経験は、政策分析における強みになり得る。一方、都知事辞任に至った政治資金や公務をめぐる問題は、政治家として再び有権者の信頼を得る際に避けて通れない課題だ。
3.発信活動と選挙への出馬は別のもの
テレビ、YouTube、Xなどで現政権や国際情勢について意見を述べることは、政治活動への関心を示すものではある。しかし、それだけで政界復帰の意思があるとは判断できない。
実際に政治復帰が具体化するかどうかを判断するには、本人による出馬表明、政党への参加、選挙活動など、明確な動きが必要になる。
現状では、政治家として再び公職を目指す人物というよりも、政治経験を持つ国際政治学者として活動している人物と見るのが妥当だ。
【舛添要一の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:舛添要一は2026年現在、何歳ですか?
A1:1948年11月29日生まれで、2026年11月1日時点では77歳です。2026年11月29日に78歳になります。
Q2:舛添要一の現在の肩書きは何ですか?
A2:国際政治学者、株式会社舛添政治経済研究所所長です。JBpressの著者プロフィールや本人の公式プロフィールでも確認できます。
Q3:舛添要一は現在も政治活動をしていますか?
A3:政治や外交についての評論・情報発信は続けています。一方、現職の国会議員や東京都知事ではなく、現在の中心的な活動は研究所の運営や執筆、動画による時事解説です。
Q4:舛添要一はなぜ東京都知事を辞任したのですか?
A4:2016年、海外出張費、公用車の使用、政治資金の使途などをめぐる問題で批判が高まり、都議会で不信任決議案が提出される状況となったためです。2016年6月15日に辞職願を提出し、6月21日付で退職しました。
Q5:舛添要一は現在もYouTubeを更新していますか?
A5:本人のチャンネル「舛添要一、世界と日本を語る」が存在し、2026年にもトランプ政権や中国、中東情勢などを扱う動画が確認されています。最新の投稿状況はチャンネル上の公開情報で確認できます。
Q6:舛添要一が東京都知事や国会議員に復帰する可能性はありますか?
A6:将来の可能性を断定することはできませんが、2026年11月1日時点で再出馬を正式に表明した情報は確認できません。現在は国際政治学者としての執筆・解説活動が中心です。
2026年11月現在の舛添要一氏は77歳。元東京都知事、元厚生労働大臣という政治経験を持ちながら、現在は国際政治学者・舛添政治経済研究所所長として活動を続けている。
2026年10月31日にはJBpressにイスラエル総選挙を分析する記事を寄稿するなど、現在も国際政治に関する発信は活発だ。日本国際フォーラムへの論稿投稿や、YouTubeチャンネルでの時事解説も確認できる。
一方、東京都知事を辞任した2016年の問題は、政治家としての経歴を振り返る際に欠かせない転換点となっている。
舛添氏の現在を理解するうえで大切なのは、「政治家としての過去」と「国際政治学者としての現在」を区別することだ。
都知事への再登板や政界復帰を示す具体的な発表は確認されていない。現在の活動実態を見る限り、研究所を拠点に国際情勢を分析し、メディアやインターネットを通じて意見を発信することが、舛添氏の主な仕事となっている。
今後も最新の寄稿や本人の公式発信を追うことで、政治経験を持つ研究者として、どのような視点から日本や世界の政治を読み解いていくのかが見えてくる。
主な事実確認資料
- 舛添要一公式サイト:プロフィール・生年月日・経歴・研究所の役職。
- JBpress:2026年10月31日付の最新寄稿と著者プロフィール。
- 公益財団法人日本国際フォーラム:2026年の投稿履歴。
- 東京都議会会議録:2016年6月の辞職手続き。
- 東京都都政改革本部:2016年12月の内部統制プロジェクトチーム報告書。
- ユーチュラ:2026年のYouTube投稿状況。