2026年現在、俳優としてだけでなく、映画の企画・プロデュースにも活躍の場を広げている賀来賢人さん。そんな賀来さんについて、「出身大学はどこ?」「青山学院大学を中退したのはなぜ?」「暁星学園ではどんな学生時代を過ごした?」と気になっている人も多いのと考えられます。
賀来賢人さんは、報道や人物プロフィールで青山学院大学に進学し、大学2年生のときに中退した人物として紹介されています。加えて、小学校から高校までは男子校の一貫教育を受け、バスケットボール中心の生活を送っていたことを本人もインタビューで明かしています。2023年の本人インタビューでは、大学を辞めて俳優の道を選んだ具体的な理由も語られました。
この記事では、青山学院大学への進学、暁星学園とされる学歴、大学デビューに失敗したエピソード、中退を決断した本当の理由、芸能界入りの経緯を整理します。加えて、2026年11月現在の出演作やプロデューサーとしての活動まで詳しく紹介します。
【結論】賀来賢人の出身大学は青山学院大学!中退したのは大学2年生

賀来賢人さんの出身大学として知られているのは、東京都渋谷区にキャンパスを構える青山学院大学です。
2022年のRBB TODAYによる大学時代のエピソード紹介でも、青山学院大学に進学した後、中退した経歴が取り上げられています。
また、本人は2023年の学生新聞オンラインのインタビューで、大学2年生のときに良い役をもらったことをきっかけに、芸能界で生きていく決断をしたと説明しています。
青山学院大学の何学部だった?賀来賢人さんの大学について調べると、経営学部とするプロフィールなどが見つかります。
ただし、本人が学生新聞やENCOUNTなどのインタビューで語った内容では、大学名や学部名を詳しく説明しているわけではありません。
そのため、青山学院大学への進学・中退という情報と、学部に関する情報は分けて考える必要があります。
学部名については、本人の一次インタビューで明確に確認できる情報が限られています。
青山学院大学の偏差値は?青山学院大学は、東京都内にキャンパスを持つ私立大学です。
一般的に入試難易度を調べる際には、学部や学科、入試方式、年度によって異なる偏差値が使われます。
ただし、賀来さんの在籍学部を一次情報で特定できない以上、特定の学部の偏差値を本人の学力として紹介することはできません。
また、現在の偏差値は、賀来さんが入学した当時の入試難易度とも同一ではありません。
大学を卒業せず中退したのは事実?はい。賀来さん本人が複数のインタビューで、大学を辞めて俳優の仕事を選んだことを語っています。
ENCOUNTの2023年5月のインタビューでは、人生の大きな選択を迫られた時期について、19歳か20歳ごろだったと振り返っています。
単に大学生活が合わなかったという話ではなく、将来の仕事として俳優を選ぶ決断だったことが分かります。
【暁星学園の学歴】賀来賢人は小学校・中学校・高校を男子校で過ごした
賀来賢人さんの学生時代を語るうえで欠かせないのが、男子校で過ごした小学校から高校までの12年間です。
人物プロフィールなどでは、暁星学園の小学校・中学校・高等学校に通っていたと紹介されています。
一方、本人が2023年の学生新聞オンラインで明かしたのは、小中高が男子一貫校だったという点です。具体的な校名を本人がそのインタビューで明言したわけではありません。
暁星小学校時代:男子校で始まった学生生活出身小学校として名前が挙がるのは、東京都千代田区にある暁星小学校です。
暁星学園は幼稚園から高等学校までの教育環境を備える伝統ある学校として知られています。
賀来さん本人は、学生新聞のインタビューで小学校から高校まで男子校で過ごしたと説明しています。
小学生時代から一貫した男子校の環境に身を置いていたことは、後の大学生活にも影響したようです。
ただし、小学校時代の成績や具体的なクラスでの活動については、本人から詳しい情報は語られていません。
暁星中学校時代:バスケットボールに打ち込む中学校についても、暁星中学校の名前が出身校として紹介されています。
本人が振り返る学生生活の特徴は、何よりもスポーツへの熱中です。
学生新聞オンラインでは、小中高の生活について、バスケットボール一色だったと語っています。
男子校の環境で仲間とスポーツに打ち込んだ経験は、賀来さんの学生時代を象徴するエピソードです。
暁星高校時代:バスケットボール中心の生活から芸能界へ高校については、暁星高等学校の出身とするプロフィールが複数あります。
賀来さんは高校時代もバスケットボールを優先していたと本人インタビューで話しています。
興味深いのは、芸能界入りのきっかけが訪れた後も、当初は俳優業より部活動を優先していたことです。
学生新聞のインタビューによると、高校1年生のときにスカウトされましたが、演技の練習にはあまり参加していなかったそうです。
ところが、あるとき思い立って演技の練習に参加すると、緊張以上に楽しさを感じたといいます。
昔から人のものまねが得意だったこともあり、演技をその延長線上にあるものとして捉え、徐々にオーディションを受けるようになりました。
この時期の経験が、後の俳優人生につながっていきます。
【大学時代の暗黒エピソード】大学デビューに失敗して友達ができなかった?
賀来賢人さんの大学生活には、俳優としての決断とは別に、思わず笑ってしまうような人間関係のエピソードがあります。
それが、本人もテレビ番組で振り返った大学デビューの失敗です。
小学校から高校まで男子校で過ごした賀来さんにとって、大学は初めて本格的に男女が一緒に学ぶ環境でした。
女子の多い共学環境にパニック2022年4月放送のTBS系『バナナサンド』で、賀来さんは大学時代の人間関係について語りました。
それまで12年間男子校で過ごしていたため、大学に入ると周囲に女子学生がいる環境に戸惑ったそうです。
本人は、今まで見たことのない光景にパニックになり、誰とも話せなくなったという趣旨の話をしています。
それまでの学校生活とはまったく違う人間関係に直面したわけです。
サークル合宿での自己紹介が裏目に状況を変えようと、賀来さんは友達がいない状態でサークルの合宿に参加しました。
ところが、合宿に向かうバスの中で自己紹介をする機会が訪れます。
ここで賀来さんは、男子校時代のノリを発揮しようと考え、非常にハイテンションな自己紹介をしたそうです。
しかし、周囲の反応は期待とは異なり、かえって距離ができてしまったと振り返っています。
本人によれば、その後は完全に一人になってしまったとのことです。
電話をするふりや冷水器で過ごす時間2020年1月には、日本テレビ系『スッキリ』へのVTR出演で、大学時代の孤独なエピソードを明かしています。
友達がいないと思われたくなかった賀来さんは、周囲から見ると誰かと話しているように見せるため、電話をしているふりをしていたそうです。
また、冷水器で水を飲み続けたり、授業中にトイレへ行ったりするなど、休み時間や授業の合間を何とか過ごしていたといいます。
このエピソードはE-TALENTBANKが報じ、ライブドアニュースでも紹介されました。
大学時代の賀来さんが自ら振り返る「暗黒時代」は、現在の明るくユーモアのあるイメージとのギャップもあって印象的です。
ただし、ここで大切なのは、友達ができなかったことと大学を中退した理由は別の話だという点です。
中退について本人が語っているのは、俳優として生きていく決断でした。
ここまでの情報を、学生時代と芸能活動の転換点に分けて整理します。
| 時期 | 学歴・出来事 | 内容と背景 |
|---|---|---|
| 小学校時代 | 暁星小学校とされる | 男子校の一貫教育を受けたと紹介される |
| 中学校時代 | 暁星中学校とされる | バスケットボールに打ち込む |
| 高校時代 | 暁星高等学校とされる | バスケットボール中心の生活。高校1年時にスカウト |
| 2007年 | 俳優デビュー | 映画『Little DJ〜小さな恋の物語』などに出演 |
| 大学進学後 | 青山学院大学と報道 | 学業と芸能活動を経験 |
| 大学2年生 | 中退を決断 | 良い役を得たことを契機に俳優業を選択 |
| 2018年 | 『今日から俺は!!』 | 主演を務め、大きな注目を集める |
| 2024年 | 『忍びの家 House of Ninjas』 | 原案・主演・プロデュースに参加 |
| 2026年 | 映画・Netflix作品で活動 | 俳優業に加えて映像制作にも取り組む |
この年表から分かるのは、賀来さんのキャリアが大学中退を境に、俳優業へ本格的に軸足を移していったことです。
また、大学時代の孤独な経験、俳優としての初期の苦労、舞台での経験が、それぞれ異なる形で現在の活動につながっています。
【芸能界入りの経緯】賀来賢人はなぜ俳優になった?デビューからブレイクまで
賀来賢人さんが芸能界に入ったきっかけは、高校時代のスカウトです。
当初から俳優になることだけを目指していたわけではありません。本人は、演技に興味を持つようになった理由として、ものまねが得意だったことを挙げています。
2007年:映画『Little DJ〜小さな恋の物語』でデビュー俳優としての最初の大きな経験となったのが、映画『Little DJ〜小さな恋の物語』への出演です。
本人は学生新聞のインタビューで、当時は演技の勉強が十分ではなく、監督から求められた演技ができなかったことに悔しさを感じたと振り返っています。
この経験をきっかけに、もっと俳優として認められたいという思いが強くなったそうです。
大学時代から20代前半:俳優として生きる決断大学2年生のとき、賀来さんは俳優として良い役を得ました。
その仕事をきっかけに、芸能界で生きていく決断をします。
親には大学を辞めたいと伝え、30歳までに芽が出なければ辞めるという期限も示しました。
本人にとっては、大学という肩書きを失う不安もあったようです。
それでも俳優として挑戦する道を選びました。
2018年:『今日から俺は!!』で大きく飛躍賀来賢人さんの名前を広く知らしめた作品の一つが、日本テレビ系ドラマ『今日から俺は!!』です。
2018年に主演を務め、三橋貴志役を演じました。
コメディの表現力や、身体を使ったテンポの良い演技が注目され、俳優としての存在感を大きく高めました。
学生新聞のインタビューでは、俳優としての個性を磨くうえで、劇作家の福田雄一さんや俳優の池田成志さんから受けたアドバイスが大きかったと語っています。
特に、笑いを生み出すことは単なる勢いや感覚ではなく、技術として身につけられるものだと気づいた経験が印象的です。
2024年:『忍びの家 House of Ninjas』でプロデューサーにも挑戦2024年には、Netflixシリーズ『忍びの家 House of Ninjas』で原案・主演・プロデューサーとして参加しました。
この作品では、出演者として演じるだけではなく、企画を立ち上げて作品を作る側にも進出しています。
本人は学生新聞のインタビューで、コロナ禍に仕事がなくなる不安を感じたことから、自分で仕事を生み出すことを考え始めたと説明しています。
俳優として与えられた役を演じるだけでなく、自分が面白いと思う企画を形にする方向へ進んだことは、キャリア上の大きな変化です。
【2026年最新】賀来賢人の現在は?俳優・映画プロデューサーとして活躍
2026年現在の賀来賢人さんは、俳優としての出演活動に加え、映像制作にも積極的に取り組んでいます。
大学中退という若い頃の決断から長い年月が経ち、現在は自ら作品を企画し、国内外の観客に届ける立場にもなっています。
映画『Never After Dark』でプロデューサーと出演を兼任2026年6月5日に公開された映画『Never After Dark/ネバーアフターダーク』は、賀来賢人さんにとって大きな挑戦となった作品です。
俳優の賀来賢人さんと映画監督のデイヴ・ボイルさんが共同で設立した映像制作会社「SIGNAL181」の第1弾長編映画です。
賀来さんはプロデューサーと出演を兼任し、デイヴ・ボイルさんが監督・脚本を担当しました。
主演は穂志もえかさんで、賀来さんは中澤群治役を演じています。
2026年のサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)では観客賞を受賞し、海外映画祭でも注目を集めました。
これは、大学を辞めて俳優業に専念した若い頃とは異なる、制作側としての新しい挑戦です。
Netflix『俺のこと、なんか言ってた?』にも出演2026年10月22日からは、Netflixシリーズ『俺のこと、なんか言ってた?』が世界独占配信されています。
主演は役所広司さん、脚本は宮藤官九郎さんです。
賀来さんは劇団「ウイスキーボンボン」を主宰する劇作家・岡本哲役で出演しています。
共演者には松山ケンイチさん、江口のりこさん、河合優実さん、濵田雅功さん、磯村勇斗さん、吉田羊さんらが名を連ねています。
2026年10月25日公開のThe Fashion Postのインタビューでも、賀来さんは本作の役柄やプレッシャーとの向き合い方について語っています。
劇場版『TOKYO MER CAPITAL CRISIS』は公開延期賀来さんが音羽尚役で出演する劇場版『TOKYO MER~走る緊急救命室~CAPITAL CRISIS』も、2026年の注目作品の一つです。
当初は2026年8月21日の公開が予定されていました。
しかし、熊本県で発生した地震を受け、製作委員会と東宝は8月4日に公開延期を発表しました。
延期後の公開日については、決定次第、公式サイトなどで案内するとしています。
2026年10月にはキックボクシングへの熱中も明かす2026年10月13日、賀来さんは京都市内で開催されたカルティエの新作ハイジュエリーコレクション発表イベントに出席しました。
そこで最近夢中になっていることを聞かれ、キックボクシングを含む格闘技に熱中していると話しました。
試合をすることも楽しみにしていると明かしており、仕事以外にも新しい挑戦を楽しんでいる様子が伝えられています。
こうした2026年の活動を見ると、賀来さんは出演者という立場にとどまらず、企画や制作、国際的な作品展開にも関わる表現者へと活動の幅を広げています。
【よくある質問】賀来賢人の大学と学歴に関するFAQ
Q1:賀来賢人の出身大学はどこですか?
報道や人物プロフィールでは、青山学院大学に進学したと紹介されています。卒業ではなく中退です。学部名については、本人のインタビューで明確に確認できる情報が限られています。
Q2:賀来賢人が大学を中退した理由は何ですか?
大学2年生のときに良い役を得たことがきっかけです。俳優として芸能界で生きていく覚悟を決め、大学を辞めて仕事を選びました。
Q3:賀来賢人の出身高校は暁星高校ですか?
暁星高等学校出身とするプロフィールが多く見られます。本人も小中高12年間を男子校で過ごしたと語っています。
Q4:賀来賢人は大学時代に友達がいなかったのですか?
本人はテレビ番組で、大学時代に友人ができず、電話をしているふりをしていたエピソードを明かしています。男子校から共学へ環境が変わり、戸惑った経験だったようです。
Q5:賀来賢人は2026年現在、何歳ですか?
1989年7月3日生まれのため、2026年11月2日時点では37歳です。俳優業に加え、映画プロデューサーとしても活動しています。
賀来賢人さんの学歴を振り返ると、青山学院大学への進学と大学2年生での中退、そして小学校から高校まで男子校で過ごした学生時代が大きなポイントになります。
特に注目したいのは、大学を辞めた理由です。
大学で友達ができず、共学の環境に戸惑ったというエピソードは有名ですが、本人が明かした中退の決定的な理由は、俳優として生きていく覚悟を固めたことでした。
19〜20歳ごろに大学と仕事のどちらを選ぶか考え、親に頭を下げて俳優の道へ進んだ経験は、本人にとっても人生の重要な分岐点だったと振り返られています。
そして2026年現在は、『Never After Dark』のプロデュースやNetflixシリーズへの出演など、俳優から映像クリエイターへと活動領域を広げています。
賀来賢人さんの学歴を理解するうえで大切なのは、大学を卒業したかどうかだけではなく、大学2年生で自分の進む道を決めたという人生の選択です。
若い頃に選んだ俳優という仕事を長年続け、現在は自分で作品を作る立場にも挑戦している。その歩みこそが、賀来賢人さんの学歴とキャリアを結びつける最大のポイントです。