2026年11月現在、吉田知那美さんはプロカーラーとしてTYPHOON CURLING CLUBに所属しています。1991年7月26日生まれで、現在35歳。北海道北見市常呂町出身のカーリング選手です。
大きな変化は、2026年3月末のロコ・ソラーレ退団と、4月からのプロリーグ参戦です。所属先が変わっただけでなく、海外のトップ選手と国籍を越えてチームを組む、新しい競技スタイルに挑戦しています。
現在の所属と主な活動| 項目 | 2026年11月現在 |
|---|---|
| 名前 | 吉田知那美 |
| 生年月日 | 1991年7月26日 |
| 年齢 | 35歳 |
| 出身地 | 北海道北見市常呂町 |
| 職業 | プロカーリング選手 |
| 所属 | TYPHOON CURLING CLUB |
| 役職 | チーム・タイフーン主将 |
| 主な実績 | 平昌銅・北京銀 |
| マネジメント | スポーツビズ |
スポーツビズは2026年4月3日、吉田さんとの専属マネジメント契約を発表しました。競技活動だけでなく、メディア出演やイベント出演などの窓口も担当しています。
つまり、現在の吉田さんは競技者として海外のプロリーグに挑みながら、カーリングの魅力を伝える仕事にも活動領域を広げている段階です。
【退団理由を検証】吉田知那美はなぜロコ・ソラーレを離れたのか?

2026年3月31日、ロコ・ソラーレは公式サイトで吉田さんの退団を発表しました。2014年の加入から12年間にわたってチームを支えてきた選手の卒業は、カーリング界にとって大きな節目となりました。
退団は突然の決断ではなかった注目したいのは、退団を考え始めた時期です。
2026年5月の日刊スポーツのインタビューで、吉田さんは2024年から退団について考え始め、2025年5月に藤沢五月さんらチームメートに決断を伝えたと明かしています。
つまり、2026年3月の退団は、ミラノ・コルティナ五輪の代表選考に敗れた直後に思いついたものではありません。すでに本人の中では、次のキャリアに向けた準備が進んでいました。
2025年9月に行われた五輪日本代表決定戦は、ロコ・ソラーレにとって、このメンバーで臨む最後の五輪代表選考となりました。
吉田さんは当時のチームについて、五輪で獲得できていない金メダルを目指していたことを振り返っています。チームは代表権を獲得できず、2026年の五輪出場を逃しました。
ロコ・ソラーレとの不仲やトラブルが原因なのか?退団という言葉から、チーム内の対立や人間関係の問題を想像する人もいる可能性があります。
しかし、公式発表には不仲やトラブルを理由とする説明はありません。代表理事の本橋麻里さんは、吉田さんの12年間の貢献に感謝し、今後の活躍を応援する姿勢を示しています。
吉田さん自身も、退団時のメッセージでチームメートへの感謝と、それぞれが選ぶカーリング人生を応援する気持ちを伝えました。
「春の訪れと共に新しい環境へと向かいますがこれからも変わらぬ情熱で、カーリング人生が彩豊かであるよう邁進し続けます。」
加えて、ファンの印象に残ったのが、将来の再集結について触れた言葉です。
「それでは50歳での再集結まで、しばしお別れです。」
これは単なる別れではなく、長年ともに戦った仲間との関係を大切にしながら、新しい道へ進むというメッセージとして受け取れます。
退団の背景にある3つの転換点吉田さんの決断を理解するうえで、次の3点が重要です。
- 競技環境の変化:12年間のチーム活動を経て、国際的な選手編成のプロリーグへ挑戦する機会が生まれたこと。
- 競技人生の新しい段階:2024年から退団を検討し、五輪代表選考を最後の大きな節目として位置付けていたこと。
- 個人としての活動領域:プロ選手としての活動に加え、メディア出演や競技普及にも取り組める環境へ移ったこと。
退団の公式理由は「新しい環境へ向かう」という本人の説明に集約されています。その背景には、長期的に考えてきた競技人生の転換がありました。
【経歴・年表】ソチ五輪から平昌銅メダル、北京銀メダルまで
吉田知那美さんの競技人生は、決して順風満帆ではありません。五輪出場、所属チームの変更、戦力外通告、そして世界の頂点を争うメダル獲得。大きな転機を何度も経験してきました。
吉田知那美のプロフィールと競技歴カーリングを始めたのは小学2年生のころ。カーリングが盛んな北海道北見市常呂町で育ち、中学生のころから全国レベルの大会で注目される選手になりました。
2006年の全日本カーリング選手権では、常呂中学校のチームがトリノ五輪代表のチーム青森を破る活躍を見せています。この経験は、若いカーラーとして名前を知られるきっかけになりました。
主要な経歴・五輪実績の一覧公式プロフィール・JOC・報道資料をもとに整理
JOCの競技者プロフィールにも、平昌五輪の銅メダルと北京五輪の銀メダルが記録されています。また、スポーツビズの公式プロフィールでは、2014年のソチ五輪から2022年の北京五輪までの経歴が紹介されています。
ソチオリンピックでは5位入賞2014年のソチ五輪は、吉田さんにとって初めてのオリンピックでした。
当時は北海道銀行フォルティウスに所属。大会では当初リザーブでしたが、チームメートの体調不良もあり、途中から試合に出場しました。結果は5位入賞です。
ただし、五輪後に所属チームを離れることになり、吉田さんの競技人生は大きな転換期を迎えます。
平昌オリンピックで日本カーリング史上初の銅メダル2014年6月、地元の常呂町を拠点とするロコ・ソラーレに加入。藤沢五月さん、鈴木夕湖さん、吉田夕梨花さんらとともにチームを成長させていきました。
2018年の平昌五輪ではサードとして活躍。日本女子カーリング史上初のオリンピックメダルとなる銅メダルを獲得しました。
試合中の明るい表情やチームの一体感も注目され、日本国内でカーリング人気が高まる大きなきっかけになりました。
北京オリンピックでは銀メダルを獲得2022年の北京五輪では、前回大会を上回る銀メダルを獲得しました。
準決勝でスイスを破り、初めて決勝に進出。決勝では英国に敗れたものの、日本カーリング女子の歴史に残る成績となりました。
これにより吉田さんは、平昌の銅と北京の銀という2大会連続のメダリストになりました。ソチを含めた3大会連続出場という実績も、現在の国際的な評価を支えています。
【ロックリーグとは?】吉田知那美が主将を務めるチーム・タイフーンの実力
吉田さんのプロ転向を語るうえで欠かせないのが、2026年に始まったカーリングのプロリーグ「ロックリーグ(Rock League)」です。
従来のカーリングは、国や地域、所属クラブを代表して競い合う形が中心でした。一方、ロックリーグでは各国のトップ選手が集まり、国境を越えたチームを編成します。
TYPHOON CURLING CLUBとは?吉田さんが所属するのは、アジア・太平洋地域を拠点とするTYPHOON CURLING CLUB(タイフーン・カーリングクラブ)です。
吉田さんはチームの主将を務めています。単に試合でストーンを投げるだけでなく、国籍や競技文化が異なる選手たちをまとめる役割も担っています。
ロックリーグにはカナダ、欧州、米国、アジアの各地域から計6チームが参加。各チームは男女各5人の選手を中心に構成されます。
チーム・タイフーンの初年度成績は準優勝2026年4月6日からカナダで開催された初年度の大会で、吉田さんはプロ選手としての初戦を迎えました。
大会では男子4人制、女子4人制、混合ダブルスの3種目を実施し、2勝したチームが対戦の勝者となる方式が採用されました。
女子4人制では、2026年ミラノ・コルティナ五輪でスウェーデンを金メダルに導いたアンナ・ハッセルボリ選手らとチームを組みました。
そして4月12日(日本時間13日)の決勝で、タイフーンは準優勝。吉田さん自身は女子4人制で勝利を収めましたが、男子4人制と混合ダブルスで敗れ、初優勝には届きませんでした。
それでも、ロコ・ソラーレ退団後の初大会で世界のトップ選手と競い合い、主将としてチームを準優勝に導いたことは、新しいキャリアの出発点として注目されます。
吉田知那美が感じたプロリーグの魅力2026年5月の日刊スポーツのインタビューでは、初年度の大会について、期待以上のゲーム性とチームを作り上げられたことへの手応えを語っています。
特に興味深いのは、これまでライバルとして戦ってきた選手と同じチームになったことです。
国際大会で対戦してきた選手の技術や強さを知っているからこそ、仲間になったときに互いの能力を引き出せる。そこに、従来の国別・クラブ別の競技とは異なる面白さがあります。
吉田さんは主将として、日本国内でのロックリーグの認知度向上やPRも自分の役割の一つと捉えています。
なお、来季のロックリーグは2027年1月開幕予定で、吉田さんは引き続きタイフーンでプレーする予定です。
【結婚相手は誰?】夫・河野恭介との馴れ初めと多拠点婚
吉田知那美さんは独身ではありません。2022年7月26日、31歳の誕生日に河野恭介さんとの結婚を発表しています。
河野さんはアルペンスキーの元日本代表選手で、現役引退後は指導者として活動。2026年のインタビュー時点では、全日本スキー連盟アルペンチームの男子チーフコーチを務めています。
夫の河野恭介はどんな人物?河野恭介さんは、アルペンスキーの競技経験を持つスポーツ指導者です。現役時代にはワールドカップなどにも出場し、2017~2018年シーズンを最後に競技生活を終えました。
引退後はスキー指導の道に進み、海外で活動する期間も長く、吉田さんとは競技に打ち込むアスリート同士という共通点があります。
2人の出会いは2017年のナショナルトレーニングセンター2026年6月21日公開の文春オンラインのインタビューで、吉田さんは夫との出会いについて詳しく語っています。
最初に会ったのは、2018年平昌五輪の約1年前。東京都北区赤羽のナショナルトレーニングセンターで、五輪出場の可能性がある各競技の強化指定選手が集まった講習会がきっかけでした。
当時、吉田さんはロコ・ソラーレに所属し、河野さんはアルペンスキーの現役選手でした。
研修後の懇親会で河野さんがカーリングチームのメンバーに声をかけたことから交流が始まります。ただし、最初から恋愛関係に発展したわけではありません。
その後、SNSでのつながりや、品川、ロンドン、オーストリア、札幌、長野などで偶然会う機会が重なり、少しずつ距離が縮まっていったといいます。
このエピソードからも、2人の関係が競技者同士の交流を土台に育まれたことが分かります。
2022年7月26日に結婚!多拠点婚を選んだ理由吉田さんが結婚を発表したのは2022年7月27日。実際の入籍日は、31歳の誕生日である7月26日でした。
2人が選んだのは、一般的な一つの住居を中心とする生活とは異なる多拠点婚です。
結婚発表時には、北海道、長野県、カナダ、ヨーロッパを生活の拠点とすることを説明していました。
2026年3月のTHE ANSWERのインタビューでは、吉田さんは自身がカーリングのためにカナダ、夫が指導活動のためにオーストリアを拠点としていたことを明かしています。
仕事や競技のために大切な場所を手放すのではなく、お互いのキャリアを尊重するという選択です。
また、吉田さんは、夫婦としての優先順位を固定せず、その時々で大切なことを話し合う姿勢についても語っています。
2026年現在も、2人の結婚生活はそれぞれの仕事と競技活動を尊重する形で続いています。
【カーリング解説者にも挑戦】テレビ朝日アスクで学んだ新しいスキル
2026年の吉田知那美さんには、もう一つ見逃せない変化があります。それが、カーリング解説者としての活動です。
2026年2月のミラノ・コルティナ五輪では、競技者としてではなく、テレビ中継の解説者として大会に参加しました。
ミラノ・コルティナ五輪で解説を担当吉田さんは2026年2月、テレビ朝日やNHKなどのカーリング中継でスペシャル解説を務めました。
現役時代にソチ、平昌、北京と3大会連続で五輪を経験しているからこそ、選手の心理やショットの難しさ、試合の流れを具体的に説明できる立場です。
特にNHKの中継では、2月14日に日本代表フォルティウスが世界ランキング1位のスイスに勝利した試合を解説。試合後には感極まる様子も見せ、カーリングに対する思いの深さが伝わりました。
実際に五輪の氷上で戦ってきた選手だからこそ、単なるルール解説にとどまらず、選手が置かれている状況や戦術の背景まで伝えられる強みがあります。
テレビ朝日アスクに3カ月間通っていたさらに2026年10月19日、吉田さんは自身のYouTubeチャンネルで、アナウンススクールに通っていたことを明かしました。
通っていたのは、テレビ朝日が創設したアナウンススクールテレビ朝日アスクです。ナレーションの基礎科で、3カ月間レッスンを受けたと説明しています。
授業は毎週水曜日の午後7時から9時。声の使い方や原稿の読み方、場面に応じた声のトーンなどを学んだそうです。
なぜ、五輪メダリストがアナウンススクールに通う必要があったのでしょうか。
吉田さんは、カーリングの解説を今後も頑張りたいという思いを理由に挙げています。
生放送では、言葉の選び方一つで選手を傷つける可能性もあります。多くの視聴者が見ている仕事だからこそ、話し方や言葉の使い方を学び直したいと考えたのです。
また、本人は3カ月の学習だけで専門家になったような態度を取るべきではないという趣旨の姿勢も示しています。競技で培った経験を生かしながら、伝える技術を地道に磨こうとしている点が印象的です。
現役選手と解説者の二つの顔吉田さんの活動は、競技を引退して解説者へ転身するという単純なものではありません。
2026年11月時点では、プロカーラーとして競技を続けながら、解説者としての専門性も高めている段階です。
選手としての経験があるからこそ、解説の言葉に説得力が生まれます。一方で、解説者として試合を客観的に見る経験は、自身の競技観を深めることにもつながる可能性があります。
この二つの活動を両立することは、カーリングの競技人口やファン層を広げるうえでも価値のある挑戦です。
【プロの結論】吉田知那美の今後の活動と競技人生はどうなる?
2026年の吉田知那美さんを取り巻く変化を整理すると、今回の退団は単なる所属変更ではなく、競技人生そのものを再設計する転機だったことが見えてきます。
2027年はロックリーグのフルシーズンへまず注目されるのは、2027年1月に開幕予定のロックリーグです。
2026年の初年度は短期開催でしたが、次のシーズンは1月から4月まで、カナダとアメリカの複数都市で開催される予定です。
吉田さんは引き続きタイフーンでプレーする予定で、主将としてチームをまとめる役割も期待されます。
初年度に準優勝を経験したことで、次のシーズンでは優勝を狙うチーム作りや、異なる国の選手同士の連携が注目ポイントになります。
今後の注目要点は3つ吉田さんの次のキャリアを見守るうえで、特に注目したい要点は次の3つです。
1.海外プロリーグでの競技実績
世界のトップ選手が集まるロックリーグで、主将としてどのようなチームを作るのか。2026年の準優勝を超える成績を残せるかが注目されます。
2.日本のカーリング界への貢献
ロックリーグの知名度を日本国内で高めることも、吉田さんが主将に選ばれた理由の一つと本人は説明しています。競技の普及や新しい観戦層の獲得にも期待がかかります。
3.解説者としての成長
テレビ朝日アスクで学んだ技術を、今後の五輪や国際大会の解説にどう生かすのか。競技経験と伝える技術の両方を持つ人材として、活動の幅が広がりそうです。
【プロの結論】退団は終わりではなく、競技人生の再出発吉田知那美さんの歩みには、一貫した特徴があります。それは、所属チームや立場が変わっても、カーリングそのものへの情熱を持ち続けていることです。
ソチ五輪後の所属変更を経て、ロコ・ソラーレで世界の頂点を争い、平昌と北京でメダルを獲得。そして2026年には、国際的なプロリーグに挑戦する道を選びました。
今回のプロ転向は、これまでの実績に安住せず、異なる環境で自分の能力を試す決断です。
また、競技者としてだけでなく、解説者や競技普及の担い手として活動することは、日本のカーリング界にとっても新しい可能性を示しています。
今後の成績を判断するときは、五輪メダルの数だけでなく、ロックリーグでのチーム作り、国際舞台での存在感、解説者としての成長にも目を向けたいところです。
吉田知那美の現在に関するよくある質問(FAQ)
Q1:吉田知那美は2026年現在、どこのチームに所属していますか?
A1:2026年11月現在、TYPHOON CURLING CLUBに所属しています。ロックリーグのアジアチーム「タイフーン」の主将を務めるプロカーリング選手です。
Q2:吉田知那美がロコ・ソラーレを退団した理由は何ですか?
A2:2024年から退団を考え始め、2025年5月にチームメートへ決断を伝えていました。新しい環境で競技を続けるためのキャリア上の決断です。チームとの不仲が原因だったという公式発表はありません。
Q3:吉田知那美は結婚していますか?夫は誰ですか?
A3:結婚しています。夫はアルペンスキー元日本代表で、指導者の河野恭介さんです。2022年7月26日に入籍しました。
Q4:吉田知那美に子供はいますか?
A4:子供の有無については、本人や所属先から公表された確かな情報を確認できません。公表されていない家族情報を事実として扱うことはできません。
Q5:吉田知那美はオリンピックで何個のメダルを獲得しましたか?
A5:2018年平昌五輪で銅メダル、2022年北京五輪で銀メダルを獲得しています。2014年ソチ五輪では5位入賞でした。
Q6:吉田知那美はカーリングを引退したのですか?
A6:引退していません。2026年4月からプロカーラーとしてロックリーグに参戦しています。2027年シーズンもタイフーンでプレーする予定です。
Q7:吉田知那美はアナウンサーに転身するのですか?
A7:アナウンサーへの転身を正式発表したわけではありません。テレビ朝日アスクのナレーション基礎科を修了した目的は、カーリング解説に必要な話し方や言葉の使い方を学ぶことでした。
吉田知那美さんは2026年3月31日に12年間所属したロコ・ソラーレを退団し、4月からTYPHOON CURLING CLUBのプロ選手として新たな一歩を踏み出しました。
これまでの競技実績は、ソチ五輪5位、平昌五輪銅メダル、北京五輪銀メダル。さらに2026年の世界選手権では4位となり、フェアプレーやスポーツマンシップなどを評価するフランシス・ブロディ賞も受賞しています。
夫の河野恭介さんとの結婚生活では、多拠点婚というスタイルを選択。競技を続けながら、テレビ朝日アスクで解説に必要な技術を学ぶなど、新しい可能性にも挑戦しています。
2027年のロックリーグでの活躍、チーム・タイフーンの優勝への挑戦、そして解説者としての成長。吉田知那美さんの次のステージは、五輪メダリストという肩書だけでは語り尽くせません。
長年培った経験を武器に、世界のカーリング界でどのような新しい存在感を示していくのか。これからの競技人生にも注目が集まります。