JUDY AND MARY(ジュディ・アンド・マリー、通称ジュディマリ)は、YUKI、TAKUYA、恩田快人、五十嵐公太の4人を中心に活動した日本を代表するロックバンドです。1992年2月に結成され、1993年9月22日にシングル「POWER OF LOVE」でメジャーデビュー。『そばかす』『Over Drive』『くじら12号』『散歩道』などのヒット曲を生み出し、2001年3月に解散しました。
2026年は解散から25年を迎え、再結成の可能性にも改めて関心が集まっています。特に、2026年4月の文春オンラインのインタビューで、ギタリストのTAKUYAが再結成について踏み込んだ発言をしたことは大きな話題です。現在のYUKIのソロ活動や、恩田快人、五十嵐公太それぞれの音楽活動にも注目が集まっています。
【メンバー一覧】YUKI・TAKUYA・恩田快人・五十嵐公太の担当とプロフィール

JUDY AND MARYのメンバーとして広く知られているのは、次の4人です。
それぞれ異なる音楽的な個性を持ち、ボーカル、ギター、ベース、ドラムの組み合わせによって、ジュディマリならではのポップで疾走感のあるロックサウンドを作り上げました。
1.YUKI(ユキ)|ボーカル
担当:ボーカル
出身:北海道
生年月日:1972年2月17日
現在:ソロアーティスト
YUKIは、JUDY AND MARYのボーカリストとして圧倒的な存在感を発揮した人物です。
独特の歌声、自由な表現力、ステージ上でのエネルギッシュなパフォーマンスが特徴。かわいらしさとロックの力強さを同時に感じさせる歌唱スタイルは、当時の音楽シーンでも際立っていました。
また、バンドの楽曲では作詞も数多く担当。TAKUYAや恩田快人が生み出すメロディーに、YUKI独自の言葉と感性が加わることで、JUDY AND MARYの個性が完成しました。
2001年の解散後はソロアーティストとして活動を継続。独自の音楽性を追求し、長年にわたって第一線で活躍しています。
2026年も精力的に活動しており、8月にはSUMMER SONIC 2026に出演。加えて、12月27日には大阪のFM802 ROCK FESTIVAL「RADIO CRAZY 2026」への出演が発表されています。
ソニーミュージックの公式アーティスト情報でも、2026年のライブ出演情報が掲載されています。
2.TAKUYA(タクヤ)|ギター
担当:ギター
出身:京都府
生年月日:1971年9月9日
現在:ギタリスト・作曲家・音楽プロデューサー
TAKUYAは、JUDY AND MARYのサウンドを大きく発展させたギタリストです。
加入当初は浅沼拓也の名前で活動していましたが、後にTAKUYAとして知られるようになりました。
ギタープレイの技術だけでなく、作曲家としての才能も高く評価されています。
特に1995年の「Over Drive」は、バンドのブレイクを象徴する楽曲です。
2026年4月の文春オンラインのインタビューでは、TAKUYA自身が「Over Drive」がCMタイアップのコンペで選ばれたことを振り返り、ギタリストとしての立場が大きく変わったと語っています。
解散後もギタリストとして活動し、楽曲制作やプロデュース、サポート演奏などに携わっています。
また、2026年にはタイ・バンコクへの移住も話題になりました。日本だけに活動拠点を限定しない音楽家としての生活を送っています。
3.恩田快人(おんだよしひと)|ベース・リーダー
担当:ベース
出身:兵庫県神戸市
生年月日:1963年12月13日
役割:バンドリーダー・作曲家・音楽プロデューサー
恩田快人は、JUDY AND MARYの結成を主導した中心人物です。
もともとはPRESENCEやJACKS'N'JOKERなどのバンドで活動しており、JUDY AND MARY結成以前から音楽業界でキャリアを積んでいました。
YUKIとの出会いをきっかけにバンドの構想を進め、ベーシスト兼リーダーとして活動しました。
初期のJUDY AND MARYでは、恩田の作曲した楽曲がバンドの音楽的な土台を形成しています。
代表的な楽曲には「BLUE TEARS」「DAYDREAM」「そばかす」などがあります。
解散後は、ベーシストとしての活動に加え、音楽プロデューサーとしても活躍。ガールズバンドWhiteberryのプロデュースや楽曲提供などにも携わりました。
その後もHOT ROD CRUE、ZAMZA N'BANSHEEなどの音楽活動に関わっています。
2026年現在も、恩田快人を理解するうえでは、単なる元ベーシストではなく、バンドを生み出した企画者・作曲家・プロデューサーという側面が欠かせません。
4.五十嵐公太(いがらしこうた)|ドラム
担当:ドラム
出身:神奈川県
生年月日:1963年1月17日
現在:ドラマー・作曲家・音楽教育者
五十嵐公太は、JUDY AND MARYのリズムを支えたドラマーです。
パワフルな演奏と安定したリズム感を持ち、バンドの疾走感を生み出す重要な役割を担いました。
実はドラマーとしてだけでなく、作曲家としても活動しています。
代表的な作曲作品には「散歩道」「あたしをみつけて」などがあります。
解散後はGACKT、ORANGE RANGE、水樹奈々、大塚愛など、さまざまなアーティストのレコーディングやツアーに参加。
加えて、ATOMIC POODLEなどのバンド活動や、後進の育成にも力を入れてきました。
2026年現在、洗足学園音楽大学の指導陣としてロック&ポップスのドラム指導に携わっています。
同大学の紹介によれば、DRUMMING HIGH!のイベント展開や作曲、アレンジ、プロデュース活動なども行っています。
【初期メンバーの真相】藤本泰司とは?TAKUYA加入前のJUDY AND MARY
JUDY AND MARYのメンバーを調べると、YUKI、TAKUYA、恩田快人、五十嵐公太の4人以外に、藤本泰司という名前が登場します。
これは誤情報ではありません。
藤本泰司は、JUDY AND MARYの初期にギターを担当していた人物です。
ただし、一般的に知られているメジャーデビュー後の4人組とは在籍時期が異なります。
藤本泰司は初期のギタリストだった藤本泰司は、ギタリストとして初期のJUDY AND MARYに参加しました。
当時はALPHという名前で活動しており、YUKI、恩田快人、五十嵐公太とともにインディーズ作品『BE AMBITIOUS』に参加しています。
この作品は1992年春に発表されたインディーズ時代の作品です。
当時のメンバー名は次のとおりでした。
- YUKI:SARAH
- 藤本泰司:ALPH
- 恩田快人:TWIDDELDUM
- 五十嵐公太:RALPH
その後、バンドの本格的な再始動とメジャーデビューに向けた体制変更の際、藤本はソロアルバム制作などの事情から参加を辞退。代わってTAKUYAが加入しました。
つまり、藤本泰司は初期メンバーであり、TAKUYAはメジャーデビュー後のJUDY AND MARYを支えたギタリストという関係です。
4人の正式なメンバー構成と関係性| 名前 | 担当 | バンドでの役割・特徴 |
|---|---|---|
| YUKI | ボーカル | 作詞・歌唱・ステージ表現 |
| TAKUYA | ギター | 作曲・ギターアレンジ |
| 恩田快人 | ベース | リーダー・初期の作曲 |
| 五十嵐公太 | ドラム | リズム・作曲・演奏面の支柱 |
| 藤本泰司 | ギター | インディーズ初期のメンバー |
このように、藤本泰司を含めると初期の歴史がより正確に理解できます。
一方、一般的なJUDY AND MARYのメンバー一覧では、メジャーデビュー後の4人を中心に紹介するのが基本です。
【1992年結成から2001年解散まで】ジュディマリの歴史と人気の理由
JUDY AND MARYの活動期間は約9年間です。
その短い期間に、日本の音楽シーンに大きな足跡を残しました。
1992年2月:北海道で結成JUDY AND MARY結成のきっかけとなったのは、恩田快人とYUKIの出会いです。
映画『いつかギラギラする日』の函館ロケで知り合った2人は、音楽活動への関心を通じて交流を深めました。
YUKIの歌声に魅力を感じた恩田がバンド結成を進め、1992年2月に活動を開始します。
同年春にはインディーズ作品『BE AMBITIOUS』を発表しました。
1993年9月22日:メジャーデビュー1993年9月22日、シングル「POWER OF LOVE」でメジャーデビュー。
この時期にはTAKUYAがギタリストとして加わり、現在広く知られる4人の体制が確立しました。
その後、「BLUE TEARS」「DAYDREAM」などを発表し、徐々に知名度を高めていきます。
1995年:「Over Drive」で大ブレイク1995年に発表された「Over Drive」は、JUDY AND MARYの人気を大きく押し上げた代表曲です。
TAKUYAのメロディーセンスとYUKIのボーカルが融合し、バンド独自のポップロックを広く知らしめました。
その後も「そばかす」「クラシック」「くじら12号」などのヒット曲を発表。
1996年の「そばかす」はテレビアニメ『るろうに剣心』のオープニングテーマとしても知られています。
1997年:アルバム『THE POWER SOURCE』が大ヒット1997年3月26日、4枚目のオリジナルアルバム『THE POWER SOURCE』を発売。
ソニーミュージックの公式プロフィールでは、セールスは280万枚と紹介されています。
JUDY AND MARYが90年代を代表するバンドとして広く認知される、大きな転換点となりました。
1998年〜2000年:東京ドーム公演と活動再開1998年12月26日には、初の東京ドーム公演「POP OF LIFE TOKYO DOME」を開催。
その後、約1年間の活動休止期間に入ります。
2000年2月23日には「Brand New Wave Upper Ground」を発表し、活動を再開。
同年には初のベストアルバム『FRESH』も発売されました。
2001年:突然の解散発表と最後の東京ドーム公演2001年1月9日、JUDY AND MARYは解散を発表します。
2月7日には最後のオリジナルアルバム『WARP』を発売。
そして、3月7日・8日の東京ドーム公演をもってバンドとしての活動を終了しました。
JUDY AND MARYの主要年表| 年月 | 出来事 | 意味・ポイント |
|---|---|---|
| 1992年2月 | バンド結成 | 恩田とYUKIを中心に始動 |
| 1992年春 | 『BE AMBITIOUS』発表 | インディーズ時代 |
| 1993年9月22日 | メジャーデビュー | 「POWER OF LOVE」発売 |
| 1995年 | 「Over Drive」ヒット | バンドの知名度が急上昇 |
| 1996年 | 「そばかす」発売 | アニメ主題歌としても人気 |
| 1997年3月26日 | 『THE POWER SOURCE』発売 | 280万枚のセールス |
| 1998年12月26日 | 東京ドーム公演 | 初の東京ドームライブ |
| 2000年2月23日 | 活動再開 | 「Brand New Wave Upper Ground」発売 |
| 2001年1月9日 | 解散発表 | バンドの終了を公表 |
| 2001年3月7〜8日 | 最後の東京ドーム公演 | JUDY AND MARY解散 |
【解散理由と不仲説】メンバー間の確執が原因だったのか?
JUDY AND MARYの解散について、長年ファンの間で話題になってきたのがメンバー同士の不仲説です。
特に、リーダーの恩田快人とTAKUYAの音楽的な方向性の違いや、YUKIのソロ活動への関心などが解散理由として語られることがあります。
しかし、2026年4月のTAKUYA本人へのインタビューでは、解散に至る経緯について、従来の噂とは異なる具体的な説明がありました。
解散のきっかけは事務所側からの提起だった2026年4月11日公開の文春オンラインのインタビューで、TAKUYAは解散の経緯を振り返っています。
その説明によると、恩田がバンドを辞めるという話があったことは認めながらも、最初に解散を口にしたのは当時の事務所社長だったとのことです。
また、バンドの規模が大きくなり、関係会社やスタッフの雇用なども含めて、活動を継続するかどうか明確にする必要があったと説明しています。
興味深いのは、解散そのものが突然生まれた考えではなかったという点です。
TAKUYAによれば、ファーストアルバムのプリプロダクション合宿の頃から、メンバーの間では成功した状態で格好よく解散するという話が出ていました。
そして、実際に解散を本気で話し合った際には、4人の考えが一致したと振り返っています。
不仲説と実際に確認できる事実の違い| 話題 | 公開情報から分かること | 受け止め方 |
|---|---|---|
| 恩田とTAKUYAの関係 | 恩田が辞める話もあったとTAKUYAが説明 | それだけで確執とは断定できない |
| 解散の発端 | 当時の事務所社長が最初に解散を提起したとの証言 | 運営上の事情も関係 |
| メンバーの意思 | 解散時には4人の考えが一致したとTAKUYAが回想 | 一方的な解散とは異なる |
| YUKIとTAKUYAの交流 | TAKUYAは解散公演以降YUKIと会っていないと説明 | 現在の不仲を証明するものではない |
| 再結成への姿勢 | 2026年4月にTAKUYAが否定的な見解を表明 | 再結成は公式発表されていない |
今回のインタビューで注目されたのが、YUKIとの交流についての発言です。
TAKUYAは、YUKIとは東京ドームでの解散コンサート以降、会っていないと説明しました。
ただし、その理由については、自身が作曲やスタジオでの裏方仕事を中心にしていることや、日本にいる時間が少ないことを挙げています。
つまり、会っていないという事実と、現在も不仲であるという推測は分けて考える必要があります。
YUKI本人が現在の関係について同じ説明をしたわけではありません。
ネット上では、長年の交流が見られないことから確執を想像する声もありますが、それだけでメンバー間の対立が続いているとは判断できません。
JUDY AND MARYの解散は、単純なメンバー同士の喧嘩だけで説明できる出来事ではなかったという点が、今回のTAKUYAの証言から見えてきます。
【2026年最新】JUDY AND MARYメンバー4人の現在と再結成の可能性
解散から25年が経過した2026年、メンバーはそれぞれ異なる道を歩んでいます。
現在も音楽活動を続けている点は共通していますが、活動のスタイルや拠点は大きく異なります。
YUKI:ソロアーティストとして精力的に活動YUKIは解散後もソロアーティストとして成功を収めています。
2026年はSUMMER SONIC 2026への出演を果たし、12月27日にはFM802 RADIO CRAZY 2026への出演も予定されています。
特にRADIO CRAZYへの出演は、2004年のFM802 MEET THE WORLD BEAT以来となるFM802イベントへの出演として発表されました。
現在もライブ活動を続けており、JUDY AND MARY解散後も独自の音楽世界を築いています。
TAKUYA:バンコクを拠点に活動、再結成には否定的TAKUYAは、2026年の大きな注目人物です。
台湾を拠点に活動していた時期を経て、タイのバンコクへ移住したことが報じられました。
2026年4月の文春オンラインのインタビューでは、音楽活動やJUDY AND MARYの再結成について率直に語っています。
さらに2026年8月には足の骨折を本人が報告。10月のライブについては、座って演奏する方向で準備すると説明していました。
現在も自身のバンド「TAKUYA and the Cloud Collectors+」などを通じた音楽活動を続けています。
恩田快人:ベーシスト・音楽プロデューサーとしてのキャリア恩田快人は、JUDY AND MARY解散後も音楽制作やベース演奏を中心とするキャリアを築いてきました。
Whiteberryのプロデュースや楽曲提供、複数のバンド活動など、演奏者だけにとどまらない仕事を続けてきた人物です。
現在の活動を把握する際には、ベーシストとしての活動と、アーティストを支えるプロデューサーとしての仕事の両面を見る必要があります。
五十嵐公太:大学での指導とドラマーとしての活動五十嵐公太は、演奏活動と音楽教育の両方に携わっています。
洗足学園音楽大学の指導陣としてドラムを教えるほか、DRUMMING HIGH!や自身の音楽ユニットなどでも活動。
JUDY AND MARYで培った演奏経験を、次世代のドラマー育成にも生かしています。
2026年の再結成はある?TAKUYAが語った本音JUDY AND MARYの再結成を望むファンにとって、最も注目すべきニュースが2026年4月11日の文春オンラインの記事です。
インタビューでは、解散から25年が経過した現在、再結成の可能性についてTAKUYA本人が質問を受けています。
その回答は、かなり明確なものでした。
「僕の中でJUDY AND MARYはアスリートの集まりに近いと思っていて。」 再結成については、20年前のメンバーで再び競技を目指すようなものではなく、エキシビションのOB戦に近い感覚だと説明した。
TAKUYAは、当時と同じパフォーマンスを現在再現することへの難しさを語り、再結成には否定的な考えを示しました。
加えて、再結成を難しくする要素として、権利関係やレコード会社、当時のスタッフの世代交代などにも言及しています。
興味深いのは、過去にももいろクローバーZのメンバーが楽曲をカバーした際、YUKI以外のメンバーが集まって演奏したことがあったと明かしている点です。
ただし、これは正式なJUDY AND MARYの再結成とは異なります。
TAKUYAは、YUKIも再結成を望んでいるとは思わないという自身の見方も語りましたが、これはYUKI本人による再結成拒否の公式表明ではありません。
2026年11月現在、JUDY AND MARYの正式な再結成は発表されていません。
TAKUYAの発言を踏まえると、少なくとも本人が再結成に積極的ではないことは明らかです。
25年という時間を経た今、JUDY AND MARYというバンドを再現するよりも、それぞれの音楽活動を続けることを重視している様子がうかがえます。
【よくある質問】JUDY AND MARYのメンバーに関するFAQ
Q1:JUDY AND MARYのメンバーは誰ですか?
A1:メジャーデビュー後の主要メンバーは、YUKI(ボーカル)、TAKUYA(ギター)、恩田快人(ベース)、五十嵐公太(ドラム)の4人です。
Q2:JUDY AND MARYの初期メンバーに藤本泰司はいましたか?
A2:はい。藤本泰司はALPHという名前で初期のギターを担当していました。メジャーデビューに向けた体制変更の際に脱退し、その後TAKUYAが加入しました。
Q3:JUDY AND MARYはなぜ解散したのですか?
A3:2001年1月に解散を発表し、3月7日・8日の東京ドーム公演で活動を終了しました。2026年のTAKUYAの証言では、事務所側の提起やスタッフの雇用問題などが背景にあり、メンバーも成功した状態で解散することに合意したとされています。
Q4:2026年にJUDY AND MARYは再結成しますか?
A4:2026年11月現在、正式な再結成発表はありません。TAKUYAは2026年4月のインタビューで再結成に否定的な考えを明らかにしています。
Q5:JUDY AND MARYのメンバーは現在も音楽活動をしていますか?
A5:はい。YUKIはソロアーティスト、TAKUYAはギタリスト・音楽制作者、恩田快人はベーシスト・プロデューサー、五十嵐公太はドラマー・音楽教育者として、それぞれの分野で活動しています。
JUDY AND MARYは、1992年の結成から2001年の解散まで、日本のロックシーンに強い印象を残したバンドです。
YUKIの個性的なボーカル、TAKUYAのメロディーメイク、恩田快人のベースと作曲、五十嵐公太のドラム。それぞれの才能が組み合わさったことが、ジュディマリ独自の音楽を生み出しました。
また、藤本泰司が初期メンバーとして参加していた歴史も、バンドの成り立ちを知るうえで欠かせません。
【プロの結論】再結成だけがバンドの価値ではない2026年のTAKUYAのインタビューから読み取れるのは、JUDY AND MARYが単に活動を停止したバンドではなく、メンバー自身が一つの完成した作品として過去の活動を捉えているということです。
解散理由を不仲説だけで説明することも、再結成しない理由をメンバー間の対立だけに結び付けることも、本人の証言とは必ずしも一致しません。
むしろ、当時の成功、音楽的な到達点、活動を取り巻く環境、そして4人それぞれの人生の変化を合わせて考える必要があります。
JUDY AND MARYの魅力は、2001年に解散したから失われたわけではありません。
2026年現在もYUKIのライブやTAKUYAの音楽活動、恩田快人のプロデュース、五十嵐公太の演奏・教育活動を通じて、それぞれの音楽的な個性は受け継がれています。
再結成の実現を期待する気持ちと、4人がそれぞれの道で活動を続けている事実。その両方を大切にすることが、JUDY AND MARYの歴史を正しく楽しむ見方と考えられます。