2026年現在も吉本興業に所属し、お笑い芸人として活動を続けているレイザーラモンHG。2005年に「フォー!」の決めゼリフと強烈なハードゲイキャラクターで全国的な人気を獲得した人物だ。本名は住谷正樹(すみたに・まさき)。1975年12月18日生まれで、兵庫県加古郡出身。お笑いコンビ「レイザーラモン」では、レイザーラモンRGとともに活動している。
かつてのテレビブームから20年以上が経過した現在、HGは何をしているのか。2026年には漫才賞レース「THE SECOND」への出場や、芸人としての活動とは異なるアート分野でも話題になった。加えて、ハードゲイキャラクターの誕生にはケンドーコバヤシとの意外なエピソードがあり、「フォー!」にも独自の誕生秘話がある。
吉本興業の公式プロフィール、本人のインタビュー、テレビ局の発表、報道資料をもとに、プロフィールから学生プロレス時代、RGとのコンビ結成、2005年のブレイク、2026年の最新活動までを整理する。
【プロフィール】レイザーラモンHGとは何者?本名・生年月日・学歴を紹介

レイザーラモンHGは、吉本興業所属のお笑い芸人であり、レイザーラモンというコンビのメンバーだ。
2005年のブレイク時には、革製の衣装やサングラス、独特の腰振りパフォーマンス、「フォー!」という叫び声で強烈な印象を残した。
一方、本人のプロフィールを確認すると、プロレスやイラスト、大工など多彩な趣味を持つ人物でもある。
レイザーラモンHGの基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | レイザーラモンHG |
| 本名 | 住谷正樹(すみたに・まさき) |
| 生年月日 | 1975年12月18日 |
| 2026年11月現在の年齢 | 50歳 |
| 出身地 | 兵庫県加古郡 |
| 身長 | 185cm |
| 体重 | 78kg |
| 血液型 | B型 |
| 学歴 | 同志社大学卒業 |
| 所属事務所 | 吉本興業 |
| コンビ | レイザーラモン |
| 相方 | レイザーラモンRG |
| 趣味 | プロレス、大工、イラスト、マイナーものまね、野球 |
※生年月日、身長、体重、血液型、出身地、趣味などは吉本興業の公式プロフィールに掲載されている情報。本名と学歴については日刊ゲンダイなどの人物紹介・本人取材を参照。
本名は住谷正樹!芸名HGとの関係レイザーラモンHGの本名は、住谷正樹(すみたに・まさき)だ。
「レイザーラモンHG」は芸人としての活動名であり、住谷正樹という本名とは別に、強烈なキャラクターを表現する芸名として定着した。
現在では「HG」という名前そのものがブランド化しているが、もともとはハードゲイキャラクターと密接に結びついた呼称だった。
なお、2022年には本人がテレビ番組で、現在のHGの意味を「ホットガイ」に変更したことを明かしている。これは時代の変化や表現への配慮を踏まえたもので、かつてのキャラクター名と現在の呼称を区別するポイントだ。
同志社大学時代は学生プロレスに熱中HGの経歴を理解するうえで欠かせないのが、大学時代の学生プロレスだ。
同志社大学のプロレス研究会に所属していたHGは、学生プロレスを通じて他大学の選手たちと交流していた。
当時から身体能力が高く、プロレスへの関心も強かったという。
日刊ゲンダイの本人インタビューでは、大学卒業後にコープこうべへ就職した経緯も紹介されている。
実は、HGは最初から芸人一本で生きていく予定だったわけではない。大学卒業後は一般企業に就職し、会社員として働きながらお笑いの道を模索していた。
こうした経歴を見ると、2005年の派手な芸風だけでは分からない、堅実な一面も浮かび上がる。
【出会いと経歴】レイザーラモンRGとの関係と1997年のコンビ結成
レイザーラモンHGを語る際、欠かせない人物が相方のレイザーラモンRGだ。
2人は同じ大学の友人ではない。同志社大学と立命館大学という別々の大学に在籍し、学生プロレスの交流を通じて知り合った。
興味深いのは、最初から親しい友人同士だったわけではないことだ。
2018年の日刊ゲンダイのインタビューでは、HGはRGとの関係について、学生プロレスの興行で月1回程度顔を合わせる間柄だったと振り返っている。
その後、RGからお笑いのオーディションに誘われたことが、2人の芸人人生を大きく変えることになった。
レイザーラモンの結成から現在までの年表2人の歩みを時系列で整理すると、次のようになる。
出典:吉本興業公式プロフィール、集英社オンライン、お笑いナタリー、フジテレビなど。
RGがHGをお笑いの道に誘った理由2人のコンビ結成には、RGの存在が大きく関係している。
日刊ゲンダイの取材によると、大学生活の終盤、RGはHGをお笑いの新人コンクールに誘った。
当時のHGは就職先が決まっており、プロレス活動も一区切りを迎えていた時期だった。
RGからの誘いを受け、2人はお笑いの舞台に挑戦することになる。
1997年7月、正式にレイザーラモンを結成。吉本興業の公式プロフィールでも結成年月は1997年7月と記載されている。
コンビ結成後の受賞歴結成直後から、レイザーラモンは一定の評価を獲得していた。
特に注目したいのが、次の2つの受賞歴だ。
- 1997年:第18回今宮子供えびすマンザイ新人コンクール福笑い大賞
- 2000年:第21回ABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞
これらは、HGが2005年にブレイクする以前から、コンビとして実績を積み重ねていたことを示している。
つまり、レイザーラモンは「フォー!」だけで誕生した芸人ではない。学生プロレスを原点に、コンビとして舞台経験を重ねてきた芸人なのだ。
【2005年の大ブレイク】ハードゲイキャラと「フォー!」はどう誕生した?
レイザーラモンHGの名前を全国に広めた最大の転機が、2005年のハードゲイキャラクターによるブレイクだ。
革製のベストやショートパンツ、サングラス、独特の動き、そして「フォー!」という決めゼリフ。
一度見たら忘れられないインパクトがあり、テレビ番組やバラエティー企画で一気に知名度を高めた。
しかし、このキャラクターは2005年に突然生まれたものではない。
ハードゲイキャラの誕生は2002年ごろ2026年4月27日公開の集英社オンラインの本人インタビューでは、HGがキャラクター誕生の経緯を詳しく語っている。
キャラクターを始めたのは、ブレイクの約3年前にあたる2002年ごろだった。
当時のレイザーラモンは吉本の劇場で十分な出番を得られず、月1回、わずか1分程度の出演だったという。
それまでのプロレスを題材にしたコントは、当時の若い女性客にはなかなか受け入れられなかった。
そこでHGは、従来の方向性とは異なる、強烈な個性を前面に出す芸風に挑戦した。
キャラクターの誕生には、先輩芸人のケンドーコバヤシも関わっている。
HGがイベントで腰をくねらせる動きをしていたところ、ケンドーコバヤシが「ハードゲイじゃないかい」とツッコんだことがきっかけだったと、本人が明かしている。
このキャラクター自体はブームがくる3年前の2002年ごろに大阪でやり始めました。
出典:集英社オンライン「レイザーラモンHGインタビュー」(2026年4月27日)
「フォー!」の誕生には意外なエピソードがあったハードゲイキャラクターと並ぶ代表的な要素が「フォー!」だ。
この決めゼリフにも、本人が語った誕生秘話がある。
HGによると、新喜劇に出演し始めたころ、奈良県の大学の学園祭に急きょ呼ばれたことがあった。
そこで、登場時に会場を盛り上げようとして口にしたのが「奈良フォー!」だったという。
海外のミュージシャンが「東京!」や「大阪!」と叫ぶパフォーマンスへの憧れや、プロレス観戦で耳にしていた「フォー!」という掛け声など、複数の要素が重なった。
最初から完成された決めゼリフがあったわけではない。舞台での試行錯誤から生まれた表現だった。
このエピソードからも、HGの芸風にはプロレスや音楽など、学生時代から親しんできた文化が反映されていることが分かる。
2005年「爆笑問題のバク天!」がブレイクの転機全国的なブレイクのきっかけとなったのが、TBSのバラエティ番組「爆笑問題のバク天!」だった。
2026年の集英社オンラインのインタビューでHGが振り返ったところによると、当時、なかやまきんに君が番組内で「筋肉紙芝居」という企画を担当していた。
HGは、その紙芝居に使用する絵を描いていた。
そして、なかやまきんに君の計らいでHGも番組に出演することになった。
全国放送のチャンスを得たHGは、いつもの衣装で登場し、カメラの前で「フォー!」と叫びながら存在感をアピールした。
当初はディレクターから前に出ないよう注意され、出演シーンの大部分がカットされたという。
しかし、映像に残ったHGの強烈な存在感に爆笑問題や関根勤が反応。次第にHG本人への出演オファーにつながっていった。
この経緯は、単に珍しいキャラクターだったから売れたという説明だけでは捉えきれない。
偶然の出演機会を逃さず、自分の個性を最大限に押し出したことがブレイクにつながったのだ。
「フォー!」は2005年の流行語にも選ばれた2005年には、「フォー!」がユーキャン新語・流行語大賞のトップテン入りを果たした。
テレビでの露出だけでなく、日常会話でも使われるほどの知名度を獲得したことを示す出来事だった。
当時のHGは、独特の衣装とパフォーマンスによって、ほかの芸人とは明確に異なる存在感を放っていた。
ただし、ハードゲイキャラクターはあくまで芸として構築された表現であり、本人の性的指向を示すプロフィール情報ではない。
また、現在はHGの意味を「ホットガイ」としている。2005年のブレイク当時と現在では、表現を取り巻く社会的な環境も変化している。
【HGとRGの違い】相方レイザーラモンRGの本名・芸風・役割を比較
レイザーラモンを検索すると、HGとRGの違いが気になる人も多い。
2人は同じコンビに所属しているが、芸風や得意分野は異なる。
HGは身体能力を生かしたパフォーマンスや強烈なキャラクターで知られる一方、RGはあるあるネタ、歌、ものまねなどで独自の存在感を発揮している。
HGとRGのプロフィールの違いレイザーラモンHG
- 本名:住谷正樹
- 生年月日:1975年12月18日
- 出身地:兵庫県加古郡
- 身長:185cm
- 血液型:B型
- 趣味:プロレス、大工、イラストなど
レイザーラモンRG
- 本名:出渕誠(いずぶち・まこと)
- 生年月日:1974年6月8日
- 出身地:熊本県甲佐町
- 身長:177cm
- 血液型:O型
- 趣味:バードウォッチング、バイク、スニーカー
- 特技:あるある、歌
| 比較項目 | HG | RG |
|---|---|---|
| 芸名の現在の意味 | ホットガイ | リアルガイ |
| 代表的な芸風 | 身体表現、キャラクター芸 | あるあるネタ、ものまね、歌 |
| 得意分野 | プロレス、イラスト、大工 | 音楽、観察、スニーカー |
| コンビでの魅力 | 強いキャラクターと身体能力 | 独自の視点と発想力 |
特にRGは、HGのブレイク後に独自のキャラクターを確立していった。
単に「HGの相方」という立場にとどまらず、あるあるネタやものまねなどで個人としても評価されるようになった。
2013年にはコンビで「THE MANZAI」の決勝に進出。RGも2014年と2017年にR-1グランプリの決勝へ進出している。
2人の関係はHGが主役、RGが脇役という単純なものではない2005年のブレイク当時は、HGの強烈なキャラクターに注目が集まり、RGがその相方として認識されることが多かった。
しかし、長い芸歴の中でRGも自分自身の芸風を確立している。
2018年の日刊ゲンダイのインタビューでは、HGがスーツ姿で漫才に取り組み始めたころ、観客から驚かれた経験も語られている。
当時は「フォー!」のイメージが強く、漫才の内容を聞いてもらえない時期もあったという。
それでもコンビとして舞台に立ち続け、現在ではキャラクター芸だけでなく漫才師としても活動している。
この変化こそ、レイザーラモンというコンビの大きな特徴だ。
【2026年最新】レイザーラモンHGの現在の活動は?漫才・アート・テレビ出演
「レイザーラモンHGは現在何をしているのか」という疑問に対して、2026年の活動を見ると、答えは一つではない。
現在も芸人として活動しており、コンビでの漫才、テレビ出演に加え、絵画などの創作活動にも取り組んでいる。
特に2026年は、漫才賞レースへの挑戦とアート分野での活躍が目立った。
2026年「THE SECOND」に出場!漫才師としての挑戦2026年の大きな話題の一つが、フジテレビ系の漫才賞レース「THE SECOND~漫才トーナメント~2026」への出場だ。
この大会は、結成16年以上のプロ漫才師を対象とする大会である。
レイザーラモンは3月28日・29日に行われたノックアウトステージ32→16で、ななまがりと対戦。
結果は次のとおりだった。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 大会 | THE SECOND 2026 |
| 対戦 | レイザーラモン対ななまがり |
| レイザーラモン | 275点 |
| ななまがり | 273点 |
| 結果 | レイザーラモンが勝利 |
| 次のステージ | ノックアウトステージ16→8 |
続く4月18日のノックアウトステージ16→8では、タモンズと対戦した。
結果は以下のとおり。
- レイザーラモン:271点
- タモンズ:282点
惜しくも11点差で敗れ、グランプリファイナル進出はならなかった。
ただし、2026年の大会でベスト16に進出したことは、HGが現在もRGとともに本格的に漫才へ取り組んでいることを示す実績だ。
2026年3月「よしもとアートフェア」に作品を出展もう一つ注目したいのが、HGのアート活動だ。
2026年3月18日から23日まで、日本橋三越本店で開催された「よしもとアートフェア」には、HGを含む13人の芸人が参加した。
このイベントでは、芸人たちが制作した絵画などの作品が展示された。
HGは2作品を出展。その中でも話題になったのが、自身初の油絵作品だ。
作品名は「レイザーラモンはスーツにスニーカー合わせがち」。
相方RGのあるあるネタから着想を得た作品で、制作には約3カ月を費やしたという。
作品の価格は約104万円。テレビ朝日ニュースの2026年3月18日の報道では、すでに購入交渉中となっていた。
HGは小学生のころから絵を描くことが好きで、授業中に教科書へパラパラ漫画を描いて友人に見せていたことが、創作の原点だったと紹介されている。
芸人としての知名度だけでなく、長年続けてきた創作活動が評価される機会になった。
Netflix作品やテレビ出演でも活動2026年には、Netflixで配信されたドラマ『地獄に堕ちるわよ』にも関わっている。
ENCOUNTの2026年9月25日の報道によると、HGは作品に本人役で出演した。
作品では、2005年に話題となった細木数子とのテレビ共演エピソードも描かれている。
HG本人もテレビ東京系の番組『怒られちゃった自慢』にVTR出演し、当時の出来事を振り返った。
こうした出演は、単に過去の人気を振り返るだけではない。自身の経験やキャラクターを、現在の映像作品やバラエティーの企画に生かしている活動の一例だ。
吉本興業の劇場でもコンビ活動を継続2026年11月の吉本興業の公演案内にも、レイザーラモンの出演情報が掲載されている。
幕張や新宿などの劇場公演に加え、11月にはレイザーラモンHG名義での出演予定も確認できる。
テレビの露出だけで芸人の活動状況を判断すると、劇場での仕事を見落としてしまう。
HGの場合、コンビでのネタ披露やライブ出演も現在の重要な活動の一つだ。
【プロの結論】レイザーラモンHGが一発屋で終わらなかった理由とは?
レイザーラモンHGの芸人人生を振り返ると、2005年のブレイクだけを切り取って評価するのは不十分だ。
確かに「フォー!」は強烈な流行を生み出した。しかし、そのブームが落ち着いた後も、HGは芸人としての活動を続けている。
2026年の本人インタビューでは、ブームが終わった後に仕事が減り、「一発屋」として扱われる仕事を受け入れられなかった時期についても語られている。
本人はこの時期を「逃亡期間」と表現している。
その後、有吉弘行が企画した「最近の一発屋事情」への出演をきっかけに、同じ境遇の芸人たちとの交流が生まれた。
ムーディ勝山らと「一発屋再生工場」というイベントを始め、現在では約40人規模の一発屋芸人のLINEグループがあることも明かしている。
HGの強みは一つのキャラクターに依存しないことHGの現在の活動から見えてくるのは、複数の表現手段を持っていることだ。
- 身体表現: プロレス経験を生かした動きとパフォーマンス
- お笑い: RGと取り組む漫才や劇場公演
- 創作活動: イラストや油絵などのアート
- 映像出演: バラエティーやドラマへの出演
2005年のブレイクは、強烈なキャラクターによって生まれた。
しかし、その後の活動を支えているのは、芸人としての舞台経験や、本人が長く続けてきた趣味・創作活動だ。
また、HGだけでなくRGも独自の芸風を確立しているため、コンビとしての活動にも広がりがある。
HGの現在を知るために注目したい3つのポイントレイザーラモンHGの情報を調べるときには、次の3点を押さえておきたい。
1. 2005年のキャラクターと現在の芸風を混同しない
ハードゲイキャラクターはHGの代表的な過去の芸風だが、現在は漫才や多様な出演活動も行っている。
2. HG個人とレイザーラモンというコンビを区別する
HGの個人活動と、RGとのコンビ活動は別の側面を持つ。THE SECONDのような大会では、コンビとしての実績を見る必要がある。
3. テレビ出演の有無だけで現在の活動を判断しない
劇場公演、ライブ、アートなど、テレビ以外の活動も存在する。2026年のアートフェアは、その分かりやすい事例だ。
レイザーラモンHGは、過去のブレイクを懐かしまれるだけの芸人ではない。長い芸歴の中で表現の幅を広げ、相方との漫才にも取り組み続けている芸人なのだ。
【レイザーラモンHGの現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:レイザーラモンHGの本名と生年月日は?
A1:本名は住谷正樹(すみたに・まさき)。1975年12月18日生まれで、2026年11月現在は50歳。兵庫県加古郡出身で、吉本興業に所属している。
Q2:レイザーラモンHGの相方は誰?
A2:相方はレイザーラモンRG。本名は出渕誠(いずぶち・まこと)。2人は大学時代の学生プロレスを通じて知り合い、1997年7月にお笑いコンビ「レイザーラモン」を結成した。
Q3:レイザーラモンHGは2026年現在何をしている?
A3:吉本興業所属の芸人として、RGとの漫才や劇場公演、テレビ出演などを続けている。2026年にはTHE SECONDへの出場や、よしもとアートフェアへの作品出展も話題になった。
レイザーラモンHGこと住谷正樹は、1975年12月18日生まれの吉本興業所属のお笑い芸人だ。
同志社大学時代の学生プロレスを通じてレイザーラモンRGと知り合い、1997年7月にコンビを結成。2002年ごろからハードゲイキャラクターを始め、2005年には「爆笑問題のバク天!」への出演などをきっかけに全国的なブレイクを果たした。
しかし、現在のHGは「フォー!」だけで語れる存在ではない。
2026年にはTHE SECONDでベスト16に進出し、日本橋三越本店のよしもとアートフェアでは約104万円の油絵作品を出展。Netflix作品への本人役出演など、活動の幅も広がっている。
レイザーラモンHGの本当の魅力は、一度大きなブームを経験した後も、自分の表現を更新し続けていることにある。
RGとのコンビ活動、個人としての創作活動、そして今後のテレビや舞台での活躍。2026年以降も、どのような新しい一面を見せてくれるのか注目したい。
主な参考資料:吉本興業公式プロフィール、日刊ゲンダイDIGITAL、お笑いナタリー、集英社オンライン、フジテレビ、テレビ朝日ニュース、ENCOUNT。