2026年現在、老舗和菓子店「船橋屋」の代表取締役社長を務めているのは、9代目社長の神山恭子氏です。神山氏は2004年に入社し、販売、新店舗の立ち上げ、通販事業、組織改革などを経験した後、2022年9月29日に社長へ就任しました。
社長交代のきっかけとなったのは、8代目社長・渡辺雅司氏の交通トラブルと、その後の対応をめぐる炎上騒動です。渡辺氏の辞任申し入れから神山氏の就任までは、わずか数日で進みました。2026年現在の代表者、神山氏の経歴、就任理由、渡辺氏の退任後の状況、1805年創業の船橋屋の歴史と現在の経営方針を整理します。
【2026年最新】船橋屋の社長は神山恭子氏!9代目の現在の経営体制

神山恭子(かみやま・きょうこ)氏
- 役職:株式会社船橋屋 代表取締役社長
- 代数:9代目
- 入社:2004年
- 執行役員就任:2015年
- 社長就任:2022年9月29日
船橋屋の公式会社情報では、代表取締役社長として神山恭子氏の名前が掲載されています。また、2025年10月に公開された中小企業家同友会全国協議会の講演記事でも、神山氏は9代目の代表取締役社長として紹介されています。
したがって、2026年現在の社長については、神山氏が現職という認識で問題ありません。
船橋屋の会社概要と代表取締役船橋屋は、東京都江東区亀戸に本店を構える老舗和菓子企業です。
| 項目 | 会社情報 |
|---|---|
| 商号 | 株式会社船橋屋 |
| 創業 | 1805年(文化2年) |
| 法人設立 | 1952年10月 |
| 代表取締役社長 | 神山恭子 |
| 本社所在地 | 東京都江東区亀戸3-2-14 |
| 資本金 | 5,000万円 |
| 従業員数 | 300名 |
| 主な事業 | くず餅・あんみつの製造販売、創作カフェの経営 |
同社の主力商品は、長期間発酵させた小麦でんぷんを使ったくず餅です。和菓子の製造販売だけでなく、和スイーツを提供するカフェの運営も手がけています。
1805年の創業から200年以上続くブランドであり、現在は伝統的な製法の継承と新しい事業の開拓を並行して進めています。
【神山恭子の経歴】2004年入社から9代目社長に就任するまで
神山氏の経歴で注目したいのは、社長就任前から長年にわたって船橋屋の現場と経営の両方に関わっていた点です。
外部から突然招かれた経営者ではなく、販売部門や新規事業、組織づくりを経験し、社内で信頼を積み重ねてきた人物です。
2004年に入社、販売現場からキャリアをスタート神山氏は2004年に船橋屋へ入社しました。
入社後は小田急百貨店新宿店の和菓子売り場などで販売業務を経験。加えて、広尾の和カフェ「こよみ」の立ち上げや通販事業の立ち上げにも携わりました。
中小企業家同友会全国協議会が2025年に掲載した神山氏の講演内容によると、就職活動中には船橋屋の全店舗を訪問し、店舗ごとの状況を調べてレポートを作成した経験もあります。
入社当初は職人中心の社風に戸惑ったものの、新宿店舗での経験を通じて実績を積み、年間店舗賞を受賞。その後、新店舗や新規事業を任されるようになりました。
2015年、社員から選ばれて執行役員に神山氏のキャリアにおける大きな転換点は2015年です。
創業210周年の節目に実施された社内の「リーダーズ総選挙」で、社員の推薦を受けて執行役員兼企画本部長に就任しました。
この役職は、単に勤続年数を重ねて与えられたものではありません。
神山氏はそれまで、組織活性化プロジェクトや新卒採用などに携わり、社員が働きやすい環境づくりに取り組んでいました。
特に重視していたのは、職位や勤続年数にとらわれず、社員が横断的に参加できる組織づくりです。
2016年以降は発酵研究や新事業にも関与神山氏は2016年から一般社団法人くず餅研究所の研究担当を兼務しました。
さらに2019年には株式会社くず餅乳酸菌LABOの設立に関わり、取締役に就任しています。
こうした経験は、伝統的なくず餅づくりだけでなく、発酵技術を応用した新たな商品や事業を考える基盤になりました。
神山恭子氏の経歴年表| 時期 | 経歴・出来事 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 2004年 | 船橋屋入社 | 販売部門で経験を積む |
| 入社後 | 新規事業に参加 | こよみ広尾店・通販事業の立ち上げ |
| 2007年 | 組織活性化プロジェクト開始 | 新卒採用や組織改革に参加 |
| 2015年 | 執行役員就任 | 社内のリーダーズ総選挙で選出 |
| 2016年 | 研究活動に参加 | くず餅研究所の研究担当を兼務 |
| 2019年 | 新会社設立に関与 | くず餅乳酸菌LABOの取締役 |
| 2022年9月29日 | 9代目社長就任 | 代表取締役に就任 |
| 2023年 | くず餅の科学的研究を推進 | 「くず餅を科学する」プロジェクト |
| 2025年 | 経営方針を講演で紹介 | 人材育成、ブランドづくり、組織改革 |
【船橋屋の社長交代の経緯】渡辺雅司氏は2022年9月29日に辞任
船橋屋の経営体制が大きく変わったのは2022年9月です。
8代目社長だった渡辺雅司氏の交通トラブルがSNSで拡散され、会社の対応にも注目が集まりました。
2022年9月の交通トラブルと炎上騒動騒動の発端となった事故は、2022年8月24日に東京都内で発生したと報じられています。
渡辺氏が運転する車と別の車が接触し、その後、相手の運転手に対して渡辺氏が声を荒らげる様子などを記録したドライブレコーダー映像が、9月26日深夜ごろからSNSで拡散しました。
船橋屋側は9月27日、公式サイトで謝罪。事故と現場での対応について、おおむね事実であると認め、到底容認できない行為だとの認識を示しました。
この問題は、単なる交通事故としてではなく、老舗企業のトップとしての行動や企業のコンプライアンス意識を問う騒動へと発展しました。
渡辺雅司氏の辞任から神山氏の社長就任まで社長交代の流れを理解するうえで重要なのは、辞任の申し入れ日と実際の辞任・後任選任の日付を区別することです。
| 日付 | 出来事 | 経営上の意味 |
|---|---|---|
| 2022年8月24日 | 交通事故が発生 | 後の炎上騒動の発端 |
| 9月26日 | 映像がSNSで拡散 | 社会的批判が広がる |
| 9月27日 | 船橋屋が謝罪 | 事故と現場対応を認める |
| 9月28日 | 渡辺氏が辞任を申し入れる | 会社が受理する方針を発表 |
| 9月29日 | 臨時株主総会・取締役会 | 渡辺氏の辞任と後任人事を決定 |
| 9月29日 | 神山恭子氏が社長就任 | 9代目の経営体制がスタート |
| 9月30日 | 新社長就任を公式発表 | 新体制への移行を公表 |
特に重要なのが、2022年9月29日です。
船橋屋が同年9月30日に公表した「代表取締役社長選任のお知らせ」には、9月29日に開催された臨時株主総会と取締役会で神山恭子氏の代表取締役就任が決定したと記載されています。
就任日は9月29日。同社の発表では、渡辺氏の辞任に伴う後任選任と説明されています。
新体制への移行に際しては、コンプライアンスの見直しと再発防止策の徹底、関係者との信頼回復を掲げました。
神山氏が社長を引き受けた理由神山氏は、社長就任についてプレジデントオンラインのインタビューで、信頼回復のために自分が前面に立つ必要があると考えた趣旨を語っています。
当時の神山氏は、すでに2015年から執行役員として経営の中枢にいました。
そのため、突然社長に抜擢されたというよりも、会社の事業や組織を理解していた人物が、危機対応の責任を担う形で経営トップに就いたと捉えるのが適切です。
また、神山氏は船橋屋の歴史を研究し、創業家の関係者からも話を聞いてきた人物でした。社内での実績と会社への理解が、後任として選ばれる背景にあったと考えられます。
【渡辺雅司元社長の現在】辞任後の活動と船橋屋との関係
渡辺雅司氏は、船橋屋の8代目社長を務めた人物です。
プレジデントオンラインの2022年11月の報道によると、渡辺氏はすでに船橋屋を退社しており、同社の経営には関与せず、経営上の権限も持たないと説明されていました。
渡辺雅司氏の経歴渡辺氏は立教大学を卒業後、大手都市銀行に入社。その後、1993年に家業である船橋屋へ入社しました。
2008年8月には8代目当主として代表取締役社長に就任しています。
社長時代には、老舗企業の組織改革や新しい事業への取り組みを進めました。2008年の事業承継を契機に、従業員の採用や人材育成などにも力を入れたことが、神山氏の2025年の講演内容でも振り返られています。
2026年現在、渡辺氏は何をしている?渡辺氏の現在については、注意が必要です。
2022年11月の報道では退社済みで経営に関与していないとされています。一方、2026年現在の職業や新たな事業活動について、本人や船橋屋による最新の公式発表は確認できません。
そのため、現在も経営者として活動している、別会社を設立した、コンサルタントに転身したといった情報を確定事項として扱うことはできません。
確認できるのは、次の3点です。
- 2022年9月29日付で船橋屋の代表取締役社長を辞任。
- 2022年11月時点で船橋屋を退社済みと報道された。
- その後の具体的な活動については、公開情報から確認できる材料が限られている。
渡辺氏の退任後の動向と、現在の船橋屋の経営体制は分けて考える必要があります。
【船橋屋の現在の経営方針】神山恭子社長が進める老舗の経営改革
神山氏が社長に就任してからの船橋屋は、伝統を守るだけではなく、組織や商品を次の世代につなぐ取り組みを進めています。
その中心となるのが、伝統製法の継承、科学的な研究、人材育成という3つの方向性です。
1. 450日間の発酵製法を守る船橋屋のくず餅は、一般的な葛粉を使った菓子とは異なり、小麦でんぷんを乳酸菌で発酵させて作る関東のくず餅です。
公式の商品説明によると、原料となる小麦粉からグルテンを取り除き、杉や檜の貯蔵槽で約450日間発酵させます。
その後、職人が原料を確認し、蒸し上げ、包装して商品として完成させます。
加えて、公式サイトでは、出来立ての自然な風味を重視するため、消費期限を2日間としていることも紹介されています。
この製法は、船橋屋のブランド価値そのものです。
製造時間を短縮して大量生産する方向だけを目指すのではなく、長期間の発酵と職人の技術を組み合わせて品質を維持することが、老舗としての競争力につながっています。
2. くず餅を科学的に研究する2023年4月、船橋屋は「くず餅を科学する」をコンセプトとした研究プロジェクトを発表しました。
この取り組みでは、くず餅の独特な食感や発酵の仕組み、職人の製造技術などを科学的に明らかにすることを目指しています。
同社は2010年に発酵槽から独自の乳酸菌を発見・分離しており、乳酸菌を活用した商品開発も進めてきました。
研究には、一般社団法人100年経営研究機構や大学関係者などの専門家が参加しています。
ここには、神山氏の経営方針が表れています。
長年の経験や職人の感覚に依存してきた製造技術を、科学的に解明して次世代へ伝える。これは伝統を単に保存するのではなく、持続的に継承するための取り組みです。
3. 社員が主体的に働ける組織づくり神山氏が重視しているもう一つのテーマが、人材育成です。
2025年10月の中小企業家同友会全国協議会の講演では、船橋屋の組織づくりについて、次のような取り組みが紹介されました。
- 社員同士の価値観や目標の共有
- 新卒採用と研修制度の体系化
- 社員の取り組みを発表する機会の設置
- 感謝や承認を伝える仕組みの導入
- 若手社員が主体的に参加できる環境づくり
加えて、神山氏は9代目として「基盤」を経営テーマに掲げ、戦略企画部を新設。教育、ブランドづくり、ファンとのコミュニケーション強化に取り組んでいると説明しています。
4. コンプライアンスと従業員保護2022年の騒動では、渡辺氏個人の行為に対する批判だけでなく、無関係な従業員や企業にまで誹謗中傷が広がったことも問題になりました。
現在の船橋屋公式サイトには、カスタマーハラスメントに対する基本方針が掲載されています。
具体的には、従業員向けの研修、相談窓口や報告体制の整備、必要に応じた警察・外部専門家との連携などが示されています。
これは現在の企業姿勢を確認できる公開資料の一つです。
【船橋屋の歴代社長一覧】8代目渡辺雅司氏から9代目神山恭子氏へ
船橋屋の歴史を調べるときに注意したいのが、「創業からの当主」と「法人化後の代表取締役社長」は必ずしも同じ意味ではないという点です。
船橋屋は1805年に個人経営として創業し、1952年に有限会社として法人化しました。
公式沿革では、初代勘助が創業し、5代目までは個人経営だったことが記されています。一方、全世代の人物名や就任期間を網羅した歴代社長名簿は、現在の会社沿革には掲載されていません。
公開資料で確認できる歴代経営者の節目- 初代:勘助 — 1805年、亀戸天神参道で創業。
- 3代目:勘助 — 1890年、現在地に本店を建設。
- 7代目: 2008年の事業承継で8代目へ経営を引き継いだ前当主。公開資料では氏名の記載が確認できない。
- 8代目:渡辺雅司氏 — 2008年8月に代表取締役社長に就任。
- 9代目:神山恭子氏 — 2022年9月29日に代表取締役社長に就任。
このように、現在確認できる人物と歴史的な節目を整理すると、船橋屋の経営承継の流れが見えてきます。
1805年創業から続く船橋屋の歴史船橋屋の創業は、江戸時代の文化2年に当たる1805年です。
初代勘助は、亀戸天神を訪れる参拝客に向けた茶店を開き、くず餅を提供したことが始まりとされています。
当時の勘助の出身地は下総国の船橋であり、その地名にちなんで屋号を「船橋屋」としました。
1890年には3代目勘助が現在地に本店を建設。その後、戦争による本店焼失を経験しながらも、原料を守り、戦後の営業再開につなげました。
1952年10月には有限会社船橋屋を設立。1968年には株式会社へ改組しています。
こうした歴史を踏まえると、神山氏の社長就任は単なるトップ交代ではありません。
創業家の血縁による承継が中心だった老舗企業で、社内で実績を積んだ人物が経営を引き継いだ点に大きな意味があります。
【船橋屋社長の評判】神山恭子氏の評価と今後の課題
神山氏の社長としての評価を考えるうえでは、2022年の騒動と、その後の経営改革を分けて見ることが大切です。
2022年の騒動で問われた企業の信頼当時は渡辺氏の交通トラブルに対する批判が広がり、SNSには厳しい意見が相次ぎました。
一方、神山氏は当時のインタビューで、商品や従業員と前社長個人の問題を切り分けながら、会社として対応する必要性を語っています。
店舗や従業員への問い合わせ対応、社内への説明、情報発信などを同時に進めたことも報じられています。
ただし、当時の批判や応援の声を、2026年現在の神山氏個人に対する評価とそのまま結び付けることはできません。
神山社長の評価を判断する3つのポイント1. 社内での信頼
2015年に社員の推薦によって執行役員に選ばれた実績は、社内で一定の信頼を得ていたことを示しています。
2. 経営改革の具体性
人材育成、組織活性化、戦略企画部の新設など、実際の組織改革が公表されています。
3. 老舗ブランドの継承
450日間の発酵製法や、くず餅乳酸菌の研究など、船橋屋ならではの技術を次世代に引き継ぐ方針が示されています。
一方、経営改革の成果を客観的に評価するには、今後の業績、人材定着率、商品開発の実績、顧客からの信頼回復なども確認する必要があります。
社長の評判をSNSの一時的な反応だけで判断せず、実際の経営活動とその成果を見ることが重要です。
【船橋屋社長に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:2026年現在、船橋屋の社長は誰ですか?
A1:2026年現在の代表取締役社長は、9代目の神山恭子氏です。2022年9月29日に就任し、2025年の公開講演でも現職として紹介されています。
Q2:渡辺雅司氏はいつ船橋屋の社長を辞任しましたか?
A2:2022年9月29日付です。9月28日に辞任を申し入れ、翌29日の臨時株主総会と取締役会で後任人事が決まりました。
Q3:神山恭子氏が社長になった理由は何ですか?
A3:渡辺氏の辞任に伴う後任選任です。神山氏は2004年の入社以来、販売や新規事業、組織改革を担当し、2015年には執行役員に就任していました。社内での実績と会社への理解があり、信頼回復を担う立場として社長に就任しました。
Q4:渡辺雅司氏は2026年現在、何をしていますか?
A4:2022年11月の報道では、すでに船橋屋を退社し、経営に関与していないとされています。その後の具体的な職業や活動については、確認できる最新の公式情報がありません。
Q5:船橋屋はいつ創業しましたか?
A5:1805年(文化2年)です。初代勘助が亀戸天神参道で創業しました。法人としては1952年10月に有限会社船橋屋が設立されています。
2026年現在、船橋屋の代表取締役社長を務めているのは、9代目の神山恭子氏です。
2022年9月29日の社長交代は、8代目の渡辺雅司氏による交通トラブルと、その後の炎上騒動を受けたものでした。
しかし、神山氏は騒動後に突然経営に参加した人物ではありません。2004年の入社以来、販売現場、新規事業、通販事業、組織改革などを経験し、2015年には執行役員に就任しています。
現在の船橋屋が掲げる方向性は、伝統を守りながら、科学研究と人材育成によって次世代につなぐことです。
450日間の発酵製法を継承し、くず餅乳酸菌の研究を進め、社員が主体的に働ける組織をつくる。こうした取り組みが神山体制の特徴になっています。
今後の評価を左右するのは、老舗としての伝統を守ることだけではありません。組織改革を継続し、商品品質を維持し、顧客や従業員からの信頼をどこまで積み重ねられるかです。
1805年から続く船橋屋にとって、9代目・神山恭子氏の経営は、歴史を守ると同時に、新しい時代の老舗経営を形にする重要な段階にあります。