枝元なほみさんの基本プロフィールを整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 枝元なほみ(えだもと・なほみ) |
| 本名 | 東菜穂美(あずま・なほみ) |
| 生年月日 | 1955年3月22日 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 職業 | 料理研究家・料理家 |
| 愛称 | エダモン |
| 最終年齢 | 69歳 |
| 逝去日 | 2025年2月27日 |
| 逝去の原因 | 間質性肺炎 |
| 出身大学 | 明治大学 |
| 主な活動 | 料理研究、テレビ出演、農業支援、食品ロス対策、貧困問題への取り組み |
生年月日は、2022年12月に掲載されたCREAのインタビュー記事でも1955年3月22日と紹介されています。また、国立国会図書館の典拠情報にも1955年生まれ、2025年没と登録されています。
本名は東菜穂美。「エダモン」の由来は?枝元なほみさんの本名は、東菜穂美(あずま・なほみ)です。
料理家として活動する際には「枝元なほみ」という名前を使用し、テレビ出演などでは「エダモン」という愛称で親しまれていました。
特にNHKの子ども向け料理番組で知られるようになった愛称で、子どもたちにも覚えやすく、親しみを持って呼ばれる名前でした。
NHK出版から2005年に刊行された番組関連書籍も、『エダモンといっしょに! ごきげんレシピ』というタイトルです。番組で人気を集めた枝元さんの料理が収録されており、当時の認知度をうかがわせます。
枝元なほみは現在どうしている?2025年2月27日の訃報枝元さんは、2025年2月27日に間質性肺炎のため、入院先の病院で亡くなりました。69歳でした。
訃報は同年3月12日、本人が代表を務めていたチームむかごなどの関係者から公表されました。ビッグイシュー日本版も同日、認定NPO法人ビッグイシュー基金の共同代表だった枝元さんの逝去を伝えています。
葬儀は本人と遺族の意向により、近親者で執り行われました。
2026年11月現在、枝元さん本人の新たなテレビ出演や料理活動はありません。
一方、NHKの料理レシピアーカイブや著書、ビッグイシューの活動記録には、その仕事の足跡が残されています。
枝元さんの活動を振り返る際には、料理研究家としての実績と、食を通じた社会貢献の両面を見ることが大切です。
【料理研究家としての経歴】劇団員から料理家へ転身した意外な過去

枝元なほみさんの経歴で興味深いのは、最初から料理研究家を目指していたわけではなかったことです。
明治大学を卒業した後、彼女が進んだのは料理業界ではなく演劇の世界でした。
明治大学卒業後、劇団「転形劇場」に所属大学卒業後の1981年、枝元さんは太田省吾さんが主宰する劇団「転形劇場」に入団しました。
演劇活動を続けながら、東京都中野区にあった無国籍レストラン「カルマ」で働き、料理の経験を積んでいきます。
当時の枝元さんは、料理を専門的に学んだ料理人ではありませんでした。
大学時代のインタビューでは、料理の経験がほとんどなかったことを振り返っています。切り干し大根を水で戻すことを知らず、長時間煮込んでしまったというエピソードも紹介されています。
しかし、劇団でのまかないやレストランでの仕事を通じて、食材と料理に向き合う経験を重ねました。
32歳で料理家としての仕事を開始転機となったのは劇団の解散です。
32歳のころ、レストランで一緒に働いていた仲間から料理撮影の仕事を紹介されました。
その仕事をきっかけに、料理記事やレシピ制作の依頼を受けるようになり、料理家としての活動が本格化します。
新潮社の著者プロフィールでは、1987年に料理家としてデビューしたと紹介されています。
その後、料理研究家の阿部なをさんに師事。独自の発想と、家庭で実践しやすい料理の提案によって、テレビや雑誌で活躍するようになりました。
枝元なほみの生涯と活動を年表で整理主な経歴と活動を時系列で
枝元なほみ・活動年表
1955年
神奈川県横浜市に生まれる。
1981年
太田省吾主宰の劇団「転形劇場」に入団。
1987年
料理家としてデビュー。
1998年〜2000年
CBCテレビ「キユーピー3分クッキング」などで料理講師を務める。
2004年
ビッグイシュー日本版との関わりが始まり、料理と社会活動の両面で活動を広げる。
2004年〜2006年
NHK教育テレビ「ひとりでできるもん!どこでもクッキング」に出演。
2019年
認定NPO法人ビッグイシュー基金の共同代表に就任。
2020年
食品ロス削減と働く場の創出を目指す「夜のパン屋さん」を立ち上げる。
2025年2月27日
間質性肺炎のため69歳で逝去。
出典:明治大学、新潮社、ビッグイシュー日本版などの公開プロフィール・活動記録。
この経歴から見えてくるのは、演劇から料理へという単純な転職ではありません。
劇団で人と食事を共にし、レストランでさまざまな食材に触れ、料理記事の仕事を通じて表現力を磨く。異なる分野で身につけた経験が、後の独創的な料理スタイルにつながっていきました。
【NHK出演歴】ひとりでできるもん!どこでもクッキングと森野熊八との共演
枝元なほみさんの名前を子どものころから知っている人にとって、印象深いのがNHK教育テレビの料理番組です。
なかでも「ひとりでできるもん!」シリーズへの出演は、エダモンという愛称が広く知られるきっかけの一つでした。
「どこでもクッキング」で味々エダモトとして出演枝元さんは、2004年4月から2006年3月まで放送された「ひとりでできるもん!どこでもクッキング」に出演しました。
番組では、味々エダモトという名前の料理講師として登場。料理人の森野熊八さんと隔週で出演する構成でした。
このシリーズは、子どもたちが料理に親しむための教育番組です。
それまでの家庭内での調理実習的な内容から、さまざまな場所で料理に挑戦する企画へと展開した時期でもありました。
枝元さんの親しみやすい話し方や、難しい技術に偏らない料理の紹介は、子ども向け番組との相性も良かったと考えられます。
NHK出版は2005年、枝元さんが監修した番組関連書籍を刊行。紹介文でも、子どもたちから人気を集める「エダモン」として取り上げています。
森野熊八との関係は?料理人としてテレビ番組などで活躍。枝元さんとは「ひとりでできるもん!どこでもクッキング」で共演した関係です。
森野熊八さんは、同番組で「アジー・クマ」として登場していました。
枝元さんの「味々エダモト」と森野さんの「アジー・クマ」という番組内のキャラクター設定も、子どもたちに料理を楽しんでもらうための工夫でした。
両者は同じ番組の料理講師として活動しましたが、ここで確認できるのは番組上の共演関係です。
NHKでの主な出演・関連番組| 番組名 | 放送局 | 枝元さんとの関係 |
|---|---|---|
| きょうの料理 | NHK | 料理研究家として出演・レシピを紹介 |
| ひとりでできるもん!どこでもクッキング | NHK教育 | 味々エダモトとして出演 |
| キッチンが走る! | NHK | 料理家として出演 |
| あさイチ | NHK | 「解決!ゴハン」などに出演 |
| スタジオパークからこんにちは | NHK | ゲスト出演 |
| バリバラ | NHK Eテレ | 出演歴あり |
特に「きょうの料理」は、枝元さんの料理家としての実力を長く伝えてきた番組です。
NHKの公式料理サイト「みんなのきょうの料理」には、枝元さんのレシピが多数掲載されています。
2026年11月に確認できる同サイトの料理家ページでは、レシピは211品。過去の放送で紹介された料理を振り返ることができます。
【料理とレシピの特徴】エダモンが支持された理由とは?
枝元さんの料理の魅力は、特別な技術や高価な食材に頼らず、日常の食卓を豊かにする工夫にありました。
NHKの料理家プロフィールでも、彼女の特徴として、個性的な料理とゆったりした語り口、幅広い世代から親しまれたことが紹介されています。
代表的なレシピと料理の特徴NHKのレシピアーカイブなどから、枝元さんの料理の傾向を整理します。
白菜と豚肉のチーズ鍋
白菜のうまみと豚肉のコクにチーズを組み合わせた鍋料理。身近な食材の組み合わせを生かした一品です。
青菜たっぷり肉豆腐
青菜と肉、豆腐を組み合わせた家庭料理。しょうがの風味も特徴です。
バーベキューチキン
ソースに漬けた鶏肉をオーブントースターで焼く、家庭でも取り入れやすい料理です。
じゃがチゲ
豚肉やキムチ、じゃがいもなどを組み合わせた、食べ応えのある韓国風の鍋料理です。
1. 家庭にある食材を生かす
高級食材を使わなくても、野菜や肉、乾物、調味料の組み合わせでおいしい料理を作る発想がありました。
2. 調理のハードルを下げる
難しい工程を増やさず、忙しい日でも取り組みやすいレシピを提案していました。
3. 料理の失敗も経験として生かす
枝元さん自身、料理学校に通わず、試行錯誤を繰り返して料理の仕事を続けてきたと語っています。
料理器具や調味料の使い方だけでなく、失敗から学ぶ姿勢も彼女の料理観を形作っていました。
料理本も多数出版枝元さんはテレビ出演だけでなく、数多くの料理本を出版しました。
代表的な著書には、次のようなものがあります。
- 『枝元なほみの料理がピッとうまくなる』
- 『食べるスープレシピ』
- 『毎日、野菜いっぱい!枝元なほみのぜんぶおかずサラダ』
- 『捨てない未来 キッチンから、ゆるく、おいしく、フードロスを打ち返す』
- 『枝元なほみのめし炊き日記 人生なんとかなるレシピ』
特に『枝元なほみの料理がピッとうまくなる』では、煮物の味付けや酢の素など、日常の料理に役立つ考え方が紹介されています。
料理の基本を押さえながら、自由な発想で応用するという枝元さんらしさが表れた一冊です。
【社会貢献活動】チームむかご・ビッグイシュー・夜のパン屋さん
枝元なほみさんを語るうえで欠かせないのが、料理研究家という肩書きを超えた社会活動です。
食材を料理するだけではなく、その食材を育てる人、食べ物を買うことが難しい人、食品を廃棄せざるを得ない社会の仕組みにも目を向けていました。
チームむかごで農業生産者を支援枝元さんは、農業支援活動団体「チームむかご」を立ち上げました。
その目的は、生産者と消費者をつなぎ、農業や食材の生産現場に関心を持つ人を増やすことです。
料理家として食材に向き合ってきた経験が、農業支援へと広がった活動でした。
農業は、料理の材料を供給するだけの産業ではありません。
食材を育てる人がいて、自然環境があり、その先に毎日の食卓があります。枝元さんは料理の現場から、そのつながりを伝えようとしていました。
ビッグイシュー基金で貧困問題に取り組む枝元さんは、ホームレス状態にある人々の自立を支援する『ビッグイシュー日本版』の活動にも長く関わりました。
2004年9月、同誌の特集で初めて取材を受けた後、活動に賛同して協力を申し出たことが関わりの始まりです。
同年11月からは「枝元なほみのスローシンプルフード」の連載が始まりました。
その後も販売者との料理企画や人生相談とレシピを組み合わせた取り組みなどに参加し、2019年には認定NPO法人ビッグイシュー基金の共同代表に就任しています。
単にレシピを提供するだけではなく、販売者と一緒に料理を作り、交流を続けたことも特徴です。
夜のパン屋さんを2020年に立ち上げ枝元さんの社会活動の中でも、特に知られているのが「夜のパン屋さん」です。
2020年10月16日、世界食糧デーに合わせてスタートしました。
このプロジェクトには、主に2つの目的がありました。
- パン屋で売れ残る可能性のあるパンを販売し、食品ロスを減らす。
- 販売活動を通じて、生活に困難を抱える人などの働く場をつくる。
余ったパンを廃棄するのではなく、必要とする人に届ける。その過程で仕事も生み出すという仕組みです。
食品ロス対策と貧困問題を別々に考えるのではなく、一つの活動で両方に取り組もうとしたところに特徴があります。
2024年4月には、夜のパン屋さん事業がビッグイシュー基金へ譲渡されました。
立ち上げ当初からプロジェクトリーダーとして関わっていた枝元さんの活動が、団体の事業として引き継がれる形となりました。
枝元なほみが考えていた「食と社会」のつながり2022年のCREAのインタビューでは、枝元さんは食を社会とのつながりから考える姿勢を語っています。
「キッチンの窓を開けて社会とつながる」
これは、料理を作る人だけが満足すればよいのではなく、食材を生産する人や社会全体の状況にも目を向けるべきだという考え方です。
食べ物を作る人がいなくなれば、食卓も成り立たなくなります。
食材の価格、農業の担い手、食品ロス、生活困窮者の雇用。こうした問題を、台所という身近な場所から考えることが枝元さんの活動の特徴でした。
【人物像と評判】枝元なほみが多くの人に愛された理由
枝元さんの人物像を伝える資料には、明治大学の卒業生インタビュー、NHKの料理家プロフィール、ビッグイシュー関係者による追悼記事などがあります。
そこから見えてくるのは、親しみやすさと、社会に対する強い関心を併せ持った人物像です。
自然体で、失敗を恐れない料理家明治大学のインタビューで枝元さんは、料理の仕事について、華やかなテレビ出演だけではなく、買い物、準備、レシピ作成、試作などの地道な作業が大部分を占めると語っています。
また、大きな目標を最初から掲げるよりも、目の前にある仕事に真剣に取り組み、一つずつできることを増やしてきたという考え方も紹介されています。
こうした姿勢は、料理の経験が少ない人にも親近感を持たせるものでした。
料理の専門家でありながら、最初から何でもできたわけではない。試して、失敗して、工夫する。
その経験が、家庭料理を作る人たちにとって身近な存在となった理由の一つでしょう。
病気を抱えながらも食について発信2024年12月の日本女医会のオンラインセミナーでは、枝元さんが講師を務めました。
当時、体調が優れない中でも料理を披露し、酸素吸入器を「ポチ」と呼んでいたことが、同会の追悼記事に記されています。
セミナーのテーマは「病で得た食と命への気づき~『食べる』と『生きる』はくっついている~」でした。
病気と向き合う中で得た食への考え方を伝える機会となりました。
関係者が伝えた枝元さんの人柄ビッグイシュー日本版は追悼記事で、枝元さんが20年以上にわたり誌面に関わり、販売者と料理を作るなど、さまざまな形で活動を支えたことを紹介しています。
また、NHKの料理家プロフィールでは、個性的な料理とゆったりした語り口が、子どもからシニアまで幅広い世代に親しまれたとされています。
これらの記録を合わせると、枝元さんの評価は料理の技術だけにとどまらないことが分かります。
料理を通じて人と関わり、食べることの楽しさを伝え、社会の課題にも目を向ける。その一貫した姿勢が、多くの関係者に記憶されているのです。
【プロの結論】枝元なほみの功績は料理を社会と結びつけたこと
枝元なほみさんの生涯を振り返ると、料理研究家としての成功だけで評価するのは十分ではありません。
彼女の活動には、大きく3つの意義があります。
第一に、家庭料理を身近なものにしたこと。
料理学校で専門教育を受けた経歴ではなく、現場で経験を積み、試行錯誤しながら料理の世界で仕事を築きました。その経験が、実践的で親しみやすいレシピにつながりました。
第二に、食育の可能性を広げたこと。
NHKの子ども向け番組では、料理を難しい専門技術としてではなく、楽しみながら学べる生活の知恵として伝えました。森野熊八さんとの共演も、その活動の一部です。
第三に、料理を社会問題への入り口にしたこと。
チームむかご、ビッグイシュー基金、夜のパン屋さんという活動は、農業、貧困、雇用、食品ロスという異なる課題を食の視点から結びつけたものです。
ここに、枝元さんの仕事の大きな特徴があります。
料理研究家としてレシピを残すだけでなく、食を取り巻く人々や社会の仕組みまで考え、行動に移したこと。それが、後世に伝えていきたい功績です。
【枝元なほみに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:枝元なほみさんはいつ亡くなりましたか?
2025年2月27日です。間質性肺炎のため入院先の病院で亡くなりました。享年69歳でした。
Q2:枝元なほみさんの本名は何ですか?
本名は東菜穂美(あずま・なほみ)です。料理研究家としては枝元なほみの名前で活動し、「エダモン」の愛称で親しまれました。
Q3:枝元なほみさんの生年月日はいつですか?
1955年3月22日です。神奈川県横浜市で生まれました。
Q4:エダモンとは誰のことですか?
枝元なほみさんの愛称です。NHK教育テレビの「ひとりでできるもん!どこでもクッキング」などで知られるようになりました。
Q5:森野熊八さんとはどのような関係でしたか?
NHKの「ひとりでできるもん!どこでもクッキング」で共演した料理人です。番組では森野さんがアジー・クマ、枝元さんが味々エダモトとして出演していました。
Q6:枝元なほみさんのレシピは現在も見られますか?
はい。NHKの「みんなのきょうの料理」には、枝元さんが紹介したレシピが掲載されています。鍋料理や肉豆腐、スープなど、日常の食卓で作りやすい料理を振り返ることができます。
枝元なほみさんは、1955年3月22日生まれの料理研究家で、本名は東菜穂美。「エダモン」の愛称で幅広い世代に親しまれました。
劇団「転形劇場」での活動を経て1987年に料理家としてデビューし、NHKの「きょうの料理」や「ひとりでできるもん!どこでもクッキング」などで活躍しました。
2025年2月27日に69歳で逝去しましたが、その功績は料理の世界だけにとどまりません。
農業支援団体チームむかご、認定NPO法人ビッグイシュー基金、食品ロス削減と雇用創出を目指した夜のパン屋さんなど、食を通じた社会活動にも力を注ぎました。
枝元さんが伝えてきたのは、料理の技術だけではありません。
食材を育てる人がいて、料理を作る人がいて、それを食べる人がいる。そのつながりを大切にすることが、食卓を豊かにするという考え方です。
テレビや料理本に残されたレシピ、そして社会活動の記録は、2026年以降も枝元なほみさんの仕事を知るための大切な手がかりとなっています。
「エダモン」として親しまれた料理研究家の歩みは、食べることと生きること、そして人を支えることがつながっていると教えてくれます。
主な参考資料:明治大学「枝元なほみインタビュー」、新潮社「著者プロフィール」、NHK「みんなのきょうの料理」、NHK出版、CREA、朝日新聞「好書好日」、ビッグイシュー日本版・BIG ISSUE ONLINE、日本女医会。