上司から繰り返し人格を否定されたり、仕事を取り上げられたりしている場合、感情的に反論するよりも、まず事実関係を整理することが大切です。
パワハラの問題では、本人がつらいと感じていることに加え、具体的にどのような言動があり、いつ、どのような状況で発生したのかを説明できる資料が重要になります。
1. パワハラの日時・発言・状況を記録する最初に取り組みたいのが、被害の記録です。次の項目を、できるだけ発生した当日に記録してください。
- 日時:いつ発生したのか。開始時刻や終了時刻も分かれば記載する。
- 場所:会議室、執務室、オンライン会議など。
- 行為者:誰から、どのような言動を受けたのか。
- 具体的な発言:可能な限り実際の言葉を記録する。
- 状況:業務上のミスがあったのか、何人が同席していたのか。
- 継続性:同じ行為が何回、どの程度の期間続いているのか。
- 影響:仕事への支障、睡眠への影響、精神的苦痛など。
「上司にひどいことを言われた」という記録だけでは、第三者が状況を把握するのは困難です。
例えば、「11月2日14時、会議室で資料の誤記を指摘された際、上司から『お前は何をやらせてもダメだ』と発言された。ほかに3人が同席していた」というように、客観的な事実を中心に残すと、相談時に説明しやすくなります。
2. メール・チャット・業務指示を保存する口頭での暴言だけでなく、電子メールや社内チャットにも重要な証拠が残っている場合があります。
- 人格を否定する内容のメール
- ほかの社員に送られた能力を罵倒するメッセージ
- 達成不可能な業務指示や目標設定
- 仕事を取り上げられたことが分かる業務連絡
- 不合理な配置変更や業務内容の変更に関する通知
- 退職を迫る内容のメッセージ
- 相談後に不利益な扱いを受けたことが分かる記録
スクリーンショットだけでなく、可能であれば元のメールやメッセージ、送受信日時、送信者などが分かる状態で保存してください。会社の機密情報や顧客情報を無断で持ち出すことは避け、証拠の保管方法にも注意が必要です。
3. 録音・録画で発言を記録する上司の暴言や威圧的な叱責が口頭で行われる場合、録音が事実関係を確認するための資料になることがあります。
録音する際には、次の点に注意してください。
- 録音した日時と場所を記録する。
- 可能な限り会話の前後を含めて保存する。
- 音声ファイルを編集せず、元データを保管する。
- バックアップを作成し、紛失を防ぐ。
- 録音した内容をSNSなどに公開しない。
自分が参加している会話の録音は、状況によって証拠として活用できる場合があります。ただし、録音の方法や内容、プライバシーへの配慮、証拠としての評価は個別事情によって異なります。第三者の会話を無断で盗み聞きするなどの行為は避け、必要に応じて弁護士に相談してください。
4. 心身への影響も記録しておくパワハラによって体調を崩した場合は、医療機関を受診し、診療記録や診断書などを保管してください。
眠れない、出勤前に強い不安を感じる、食欲が落ちる、動悸がするなどの変化も記録しておくと、被害の経過を説明する際に役立ちます。
証拠を完璧にそろえてから相談する必要はありません。精神的な負担が大きい場合は、記録が十分でなくても早めに相談してください。
パワハラの証拠として残したい資料の一覧| 証拠の種類 | 記録する内容 |
|---|---|
| 業務日誌・メモ | 日時、発言、場所、状況 |
| 録音データ | 暴言、叱責、退職強要など |
| メール・チャット | 人格否定、不合理な指示 |
| 業務資料 | 担当変更、仕事の取り上げ、目標設定 |
| 第三者の証言 | 同席者、目撃者の情報 |
| 医療関係資料 | 診断書、受診記録、治療経過 |
会社が調査する場合にも、相談者と行為者の双方から事情を確認し、必要に応じて第三者から聞き取りを行うことが厚生労働省の指針に示されています。
【上司・会社側の対処法】能力不足の社員への指導はどう進めるべきか

パワハラ問題を考えるとき、被害者側の対応だけでなく、部下の仕事が遅い、ミスが多いと悩む上司側の対応も重要です。
部下の能力不足を放置すれば、周囲の社員に業務負担が集中したり、顧客への対応に支障が生じたりすることがあります。上司には業務を管理し、必要な指導を行う役割があります。
しかし、指導の目的は部下を追い詰めることではなく、仕事の成果や行動を改善することです。
1. 人格ではなく具体的な業務上の問題を指摘する「仕事ができない」「使えない」といった抽象的な評価ではなく、改善すべき行動を具体的に伝えます。
例えば、次のように伝え方を変えます。
| 不適切な伝え方 | 適切な伝え方 |
|---|---|
| 何度言ったら分かるんだ | 前回と同じ入力ミスがあるため、確認方法を変えましょう |
| 本当に仕事が遅い | この作業は通常2時間を目安に進めてください |
| お前には任せられない | 今回は確認工程を増やし、段階的に担当範囲を広げます |
| 会社に必要ない | 求める業務水準と、現在の課題を具体的に整理しましょう |
人格に関する評価を避け、業務上の事実と改善方法を伝えることが、適切な指導の基本です。
2. 仕事が遅い原因を把握する仕事が遅い社員に対して、単純に処理速度を上げるよう求めるだけでは、問題が解決しない場合があります。
例えば、次のような原因が考えられます。
- 業務の手順を十分に理解していない
- 優先順位を決めることが苦手
- 指示が曖昧で、何をすべきか分からない
- 必要な知識やスキルが不足している
- 業務量が本人の処理能力を超えている
- 質問や相談をしにくい職場環境になっている
原因を確認せずに叱責を繰り返すと、本人が萎縮し、質問や報告を避けるようになる可能性があります。その結果、ミスがさらに増えるという悪循環が生まれます。
3. 改善目標と期限を具体的に設定する業務改善を求める際には、本人が何を達成すればよいのかを明確にします。
例えば、次のような方法です。
- 資料作成の手順をマニュアル化する
- 提出前の確認項目をリストにする
- 作業の優先順位を毎朝確認する
- 一定期間、上司や先輩社員が進捗を確認する
- 定期的に面談し、改善状況を共有する
目標を設定するときは、本人の経験や現在の能力、教育状況、業務量を考慮する必要があります。達成可能性を無視した目標を設定し、未達成を理由に責めることは適切な管理とはいえません。
4. 指導内容と改善経過を記録する上司側も、指導内容や業務改善の経過を客観的に記録しておくことが大切です。
記録する内容は、次のとおりです。
- どの業務で問題が発生したのか
- 本人にどのような説明をしたのか
- どのような研修や支援を提供したのか
- 改善目標と確認期限は何か
- 改善した点と、残っている課題は何か
これらを記録すれば、適正な指導を行った経緯を説明しやすくなります。反対に、記録を残さず感情的な叱責を繰り返すと、適切な業務指導だったのかを客観的に検証することも難しくなります。
5. 上司自身がパワハラをしていないか振り返る指導する側が気をつけたいのは、本人の改善を求めるあまり、いつの間にか人格攻撃に変わっていないかという点です。
特に、次のような状況が続いている場合は、指導方法の見直しが必要です。
- 本人の失敗を何度も蒸し返している
- ほかの社員の前で必要以上に叱責している
- 特定の部下にだけ過剰な業務を与えている
- 本人に仕事を与えず、孤立させている
- 退職させることを目的に業務上の扱いを変えている
上司が適切に指導することと、部下に厳しい要求をすることは両立します。ただし、業務改善という目的があっても、手段が不適切であればパワハラの問題は残ります。
【2026年最新】パワハラ防止法・退職強要・解雇の違法性と相談先
2026年11月現在、職場のパワハラ対策の基本的な法的枠組みは、労働施策総合推進法と厚生労働省のパワハラ防止指針です。
また、2026年10月1日には、改正労働施策総合推進法等に基づく新たなハラスメント対策も施行されました。相談先や退職・解雇の問題と合わせて確認しておきましょう。
パワハラ防止法で会社に義務付けられていること職場のパワハラ防止措置は、2020年6月1日から大企業に義務化され、中小企業についても2022年4月1日から義務化されています。
会社には、主に次のような措置が求められています。
- 方針の明確化:パワハラを許さない方針を定め、社員に周知する。
- 相談体制の整備:社内相談窓口を設け、相談に適切に対応できるようにする。
- 迅速な事実確認:相談があった場合、関係者や必要に応じて第三者から事情を確認する。
- 被害者への配慮:必要に応じて配置転換など、被害者を守る措置を講じる。
- 行為者への対応:事実が確認された場合、就業規則などに基づき適切に対処する。
- 再発防止:同じ問題が繰り返されないよう、研修や職場環境の改善を行う。
- プライバシー保護:相談者や関係者の個人情報を適切に取り扱う。
加えて、パワハラの相談をしたことや、会社の調査に協力して事実を述べたことを理由として、解雇その他の不利益な扱いをすることは禁止されています。
したがって、会社が「社内の問題だから相談しても意味がない」と放置したり、相談した社員を不当に降格させたりする対応は、別の法的問題を生じさせる可能性があります。
2026年10月1日の法改正で何が変わった?2025年に成立した労働施策総合推進法等の改正を受け、2026年10月1日から、事業主に次の2つの対策が義務付けられました。
- カスタマーハラスメント対策:顧客や取引先などからの社会通念上許容される範囲を超えた言動によって、労働者の就業環境が害されることを防ぐ措置。
- 求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策:採用活動やインターンシップ、実習などにおける性的な言動から求職者等を守る措置。
ここで注意したいのは、2026年10月の改正が、仕事ができない社員に対するパワハラの3要件を新しく変更したわけではないことです。
職場のパワハラ防止措置はすでに義務化されており、今回の新たな義務化はカスタマーハラスメントと求職者等へのセクシュアルハラスメントが中心です。2026年の法改正を理由に、職場のパワハラの判断基準そのものが別物になったと理解するのは正確ではありません。
この施行内容は、厚生労働省が2026年10月1日に公開した最新の制度解説でも確認できます。
社内相談窓口・人事部に相談する上司によるパワハラが発生した場合、最初の相談先として考えられるのが会社の相談窓口や人事部です。
会社には、相談窓口をあらかじめ設置し、労働者に周知する義務があります。窓口は人事部門が担当する場合もあれば、コンプライアンス部門や外部の専門機関に委託されている場合もあります。
直属の上司が行為者である場合、本人に直接相談することに不安を感じるのは当然です。その場合は、別の管理職、人事部、コンプライアンス窓口、社内通報制度などを利用してください。
相談する際には、単に「上司が嫌だ」と伝えるのではなく、次のように具体的な要望を伝えると、会社側も対応を検討しやすくなります。
- パワハラに該当する可能性がある言動について調査してほしい
- 行為者と業務上接触しなくて済むようにしてほしい
- 相談内容や個人情報を適切に管理してほしい
- 相談したことを理由とした不利益な扱いを防いでほしい
- 再発防止のための具体的な対応を検討してほしい
会社には、相談者の心身の状態にも配慮しながら事実確認を進めることが求められています。相談しただけで、必ずしも被害者が異動しなければならないわけではありません。
厚生労働省の総合労働相談コーナーに相談する社内で適切な対応を受けられない場合や、上司と会社の双方に問題がある場合には、社外の公的相談機関を利用できます。
総合労働相談コーナー
厚生労働省・都道府県労働局
相談できる内容
- パワハラ、いじめ、嫌がらせ
- 解雇、退職勧奨、雇止め
- 配置転換、賃金引き下げ
- その他の労働問題
利用方法
- 面談または電話
- 予約不要
- 相談無料
- プライバシーに配慮した対応
- 必要に応じて助言・指導やあっせんを案内
相談窓口の所在地は、厚生労働省の「総合労働相談コーナーのご案内」で確認できます。原則として土日祝日と年末年始は閉庁しています。
総合労働相談コーナーは、労働者だけでなく事業主からの相談も受け付けています。パワハラに該当するか判断が難しい段階でも相談でき、法律違反の疑いがある場合には、労働基準監督署などの担当部署につなぐ仕組みもあります。
また、都道府県労働局では、個別労働紛争解決制度に基づく助言・指導やあっせんも案内しています。会社との話し合いが難しい場合に、第三者を通じた解決を検討する選択肢です。
パワハラによる退職・解雇は違法になる?仕事ができないことを理由に、会社が業務改善を求めたり、能力や勤務態度について評価したりすること自体は違法ではありません。
ただし、能力不足を理由にした解雇が常に認められるわけではありません。労働契約法第16条では、解雇について、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は無効と定めています。
例えば、仕事のミスが一度あっただけで解雇することが当然に認められるわけではありません。労働者の落ち度の程度、会社に生じた損害、故意や悪意の有無、やむを得ない事情などを考慮して判断されます。
また、勤務成績や能力不足を理由とする場合でも、会社が改善の機会を与えたか、必要な教育や指導を行ったか、配置や担当業務を見直す余地があったかなどが問題になることがあります。
能力不足を理由とする退職・解雇と、パワハラを背景とした退職強要は、区別して検討する必要があります。
退職勧奨と解雇は別のもの会社から「辞めてほしい」「退職を考えてほしい」と言われることは、法律上の退職勧奨に当たる場合があります。
退職勧奨は、会社が労働者に自主的な退職を勧める行為です。本人が応じるかどうかは自由であり、拒否しただけで雇用契約が終了するわけではありません。
一方、退職の意思がないと明確に伝えているのに、何度も長時間にわたって退職を迫る、威圧的な言動で退職届を書かせる、虚偽の説明で退職を決断させるといった行為は、違法な権利侵害と評価される場合があります。
厚生労働省が紹介する裁判例にも、執拗な退職勧奨が違法と判断された事例があります。
退職届や合意書に署名するよう求められた場合は、その場で判断せず、書類を持ち帰って内容を確認し、必要に応じて労働局や弁護士に相談してください。
【仕事ができない人へのパワハラ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:仕事ができない人に厳しく注意するだけでもパワハラになりますか?
A1:仕事上のミスや問題行動に対して、業務上必要かつ相当な範囲で注意・指導することは、原則としてパワハラではありません。ただし、人格否定や侮辱、必要以上に長時間の叱責など、指導方法が相当な範囲を超えている場合はパワハラに該当する可能性があります。厚生労働省の3要件に照らして判断します。
Q2:仕事が遅いことを理由に仕事を取り上げるのはパワハラですか?
A2:必ずしもパワハラではありません。本人の能力に合わせて一時的に業務量を減らしたり、担当を変更したりすることには合理性がある場合があります。しかし、嫌がらせや退職させる目的で仕事を与えない、能力や経験とかけ離れた単純作業だけを長期間命じるといった行為は、過小な要求型のパワハラになり得ます。
Q3:パワハラの証拠がなくても相談できますか?
A3:相談できます。録音やメールなどの証拠が十分にそろっていなくても、日時、場所、具体的な発言、目撃者などを整理して社内窓口や総合労働相談コーナーに相談してください。相談後に記録や証拠を追加することも可能です。証拠集めを優先して心身の不調を我慢する必要はありません。
仕事ができない人に対する指導とパワハラの境界線は、単純に厳しいか優しいかで決まるものではありません。
厚生労働省が示す3要件、すなわち「優越的な関係を背景とした言動」「業務上必要かつ相当な範囲の逸脱」「就業環境への悪影響」をすべて満たすかが基本的な判断基準になります。
仕事が遅い、ミスが多い、能力が不足しているという問題があっても、人格を否定したり、達成不可能な仕事を押し付けたり、退職させる目的で仕事を取り上げたりすることは正当化されません。
被害を受けている人は、日時や発言、録音、メールなどの証拠を残し、社内の相談窓口や人事部、総合労働相談コーナーを活用してください。会社が対応しない場合は、社外の公的機関や弁護士に相談する方法もあります。
一方、部下の能力不足に悩む上司は、感情的な叱責ではなく、具体的な改善目標、適切な教育、業務量の調整、定期的な面談によって対応することが大切です。
【プロの結論】 職場で守るべきなのは、仕事上の成果を求める権利と、労働者が人格を侵害されずに働く権利の両方です。能力不足への指導は必要ですが、能力不足を理由に人間としての尊厳まで否定することは許されません。2026年以降も、企業には相談体制の実効性と再発防止を含めた、より適切な職場環境の整備が大切です。