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プリンセスプリンセスメンバー5人の名前と担当パート、30周年の最新動向を徹底解説

藤森 綾 藤森 綾 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
目次

日本を代表するガールズロックバンド、プリンセス プリンセス(PRINCESS PRINCESS)。岸谷香(旧名・奥居香)、中山加奈子、富田京子、今野登茂子、渡辺敦子の5人で構成され、1980年代後半から1990年代にかけて「Diamonds<ダイアモンド>」「世界でいちばん熱い夏」「M」など数々の名曲を世に送り出した。女性バンドとして初めて日本武道館公演を実現したことでも知られている。

2026年は、1996年5月31日の解散から30年という大きな節目。記念ライブ映像の劇場上映やBlu-ray BOXの発売、テレビ神奈川(tvk)の特別番組など、往年の活動を振り返る企画が相次いだ。ここでは、5人の名前と担当パート、プロフィール、1983年の結成から1996年の解散、2012年の再結成、そして2026年現在の活動までを時系列で整理する。

【まず確認】プリンセスプリンセスメンバー5人の名前と担当パート一覧

プリンセスプリンセスメンバー

プリンセス プリンセスは、5人全員が女性のロックバンド。ボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードという基本編成で、メンバーそれぞれが演奏だけでなく作詞・作曲にも携わっていた。

ソニーミュージックの公式プロフィールにも、次の5人が正式メンバーとして掲載されている。

  • 岸谷香(きしたに・かおり):ボーカル・ギター。旧芸名は奥居香。
  • 中山加奈子(なかやま・かなこ):ギター。
  • 富田京子(とみた・きょうこ):ドラム。
  • 今野登茂子(こんの・ともこ):キーボード。
  • 渡辺敦子(わたなべ・あつこ):ベース。バンドリーダー。

特に知っておきたいのは、岸谷香と渡辺敦子の担当楽器が、結成当初から現在知られている形だったわけではないこと。初期には奥居香がベース、渡辺敦子がギターを担当しており、活動の過程でパートを交換した。

この経緯は、リーダーだった渡辺敦子が2023年のENCOUNTのインタビューで詳しく振り返っている。岸谷がギターを練習し、渡辺が希望していたベースへ戻ることで、現在知られている編成が整った。単なる担当楽器の一覧だけでは分からない、5人の協力関係を示すエピソードだ。

【メンバー別プロフィール】岸谷香・中山加奈子ら5人の経歴と個性

1.岸谷香(旧名・奥居香)|ボーカル・ギター

プリンセス プリンセスのフロントを務めた岸谷香。1967年2月17日生まれで、バンド在籍時は奥居香の名前で活動していた。

1986年にプリンセス プリンセスとしてデビューし、「Diamonds」をはじめとする数々のヒット曲でボーカルを担当。作曲面でも中心的な役割を果たし、バンドの音楽的な方向性を支えた。

1996年の解散後は、1997年にシングル「ハッピーマン」を発表し、奥居香名義でソロ活動を開始。2001年にはアーティスト名を岸谷香に変更した。

2012年には東日本大震災の復興支援を目的としたプリンセス プリンセスの再結成に参加。その後もソロアーティストとして活動を続け、2018年には新たなガールズバンド「Unlock the girls」を結成した。

2026年もソロライブや全国ツアーを展開している。公式プロフィールには、弾き語りツアー「KAORI PARADISE」やバンド編成のライブ活動などが掲載されている。

2.中山加奈子|ギター

中山加奈子は、プリンセス プリンセスのギタリスト。力強いロックサウンドを担い、バンドの演奏面を支えた中心人物の一人だ。

演奏だけでなく作詞家としても知られ、「Diamonds」や「ジュリアン」などの楽曲に関わっている。プリプリの楽曲が単なるポップスにとどまらず、ロックバンドとしての存在感を持っていた背景には、中山のギターと創作面での貢献があった。

解散後もギタリスト、ボーカリスト、作詞家として音楽活動を続けてきた。バンド在籍時に培った経験を土台に、自分の音楽性を追求してきたメンバーである。

3.富田京子|ドラム

富田京子は、プリンセス プリンセスのドラマー。バンドのリズムを支えただけでなく、作詞家としても大きな役割を果たした。

代表的な仕事として知られるのが、名曲「M」の作詞。恋愛の切なさや心の揺れを描いた歌詞は、現在も幅広い世代に親しまれている。

1996年の解散後は、作詞家・作家などとして活動。音楽に関する仕事のほか、ランニングや地域活動などにも取り組んでいる。

2026年5月31日には、自身の公式ブログで解散から30年を迎えた心境を発信。かつての自分を振り返りながら、30年という時間を経て得た人生への思いをつづった。

4.今野登茂子|キーボード

今野登茂子は、プリンセス プリンセスのキーボーディスト。バンドのサウンドに華やかさや奥行きを加え、ギター主体のロックにメロディーの広がりを与えた。

演奏活動に加えて作曲にも携わり、1994年にはソロ活動も開始。音楽以外の表現にも関心を広げ、映画出演などの経験も持つ。

2026年には、解散30周年の記念上映に関連して自身の公式ブログで情報を発信。5月21日の劇場上映では横浜ブルク13に登壇し、ファンと節目を共有した。

5.渡辺敦子|ベース・リーダー

渡辺敦子は、プリンセス プリンセスのベーシストであり、バンドのリーダー。低音で楽曲の土台を支えるとともに、メンバーをまとめる役割を担った。

前述の通り、初期にはギターを担当していたが、岸谷香とのパート交換を経てベースに転向した。この変更は、5人それぞれの希望と適性を尊重した結果でもあった。

解散後は音楽教育の分野へ進み、東京スクールオブミュージック&ダンス専門学校で指導に携わってきた。2021年には同校の学校長に就任。2026年9月にも学校公式サイトで学校長としてインタビューを受けており、音楽を学ぶ若い世代の育成に取り組んでいる。

また、児童発達支援・放課後等デイサービス施設「ダイアキッズ」の活動にも携わるなど、音楽を通じた社会貢献にも力を注いでいる。

【結成からデビューまで】赤坂小町の誕生と1983年の出会い

プリンセス プリンセスの歴史は、1983年2月20日にさかのぼる。この日、後にプリンセス プリンセスとなる5人が出会った。

結成のきっかけは、TDKが関係したレディースバンドのオーディションだった。リーダーの渡辺敦子によるENCOUNTのインタビューによれば、応募者は2000人以上。その中から選ばれたのが、渡辺敦子、中山加奈子、富田京子、今野登茂子、奥居香の5人だった。

当初から完成された実力派バンドだったわけではない。年齢も16歳から18歳ほどで、楽器の経験や演奏技術には個人差があった。オーディションで選ばれたメンバーが、活動を通じて演奏力を磨いていったのである。

赤坂小町からJULIAN MAMAへ

最初に与えられたバンド名は「赤坂小町」。当時の事務所が赤坂にあったことから、バンド名を公募して決めたという。

ただし、当初の活動は、現在のプリンセス プリンセスのイメージとは異なっていた。事務所の方針に従ってアイドル的な売り出し方を模索した時期もあり、メンバー自身が目指す音楽との間には隔たりがあった。

そこで5人は、ロック色を強め、自分たちの音楽を演奏する方向へと進む。所属事務所を移籍した後、バンド名を「JULIAN MAMA(ジュリアン・ママ)」に変更した。

この時期にはパット・ベネターなど海外アーティストの楽曲をコピーし、演奏力を高めていった。メンバー自身が作っていた楽曲も、後のプリンセス プリンセスの音楽につながっている。

1986年、プリンセス プリンセスとして再デビュー

転機となったのは、シンコーミュージックとの出会いだった。CBS・ソニーからの再デビューが決まり、プロデューサーを務めたムーンライダーズの岡田徹が「プリンセス プリンセス」という名前を提案した。

そして1986年5月、ミニアルバム「Kissで犯罪」をリリース。ここから、プリンセス プリンセスとしての本格的な活動が始まった。

1983年の出会いから1986年の再デビューまで、約3年。赤坂小町とJULIAN MAMAでの経験が、後の大成功を支える基盤となった。

【活動年表】1986年のデビューから1996年の解散、2012年の再結成まで

プリンセス プリンセスの活動を理解するには、代表曲のヒットだけでなく、女性バンドとしての歴史的な節目を押さえる必要がある。

ソニーミュージックの公式プロフィールによれば、13年間のバンド活動でライブ動員数は約190万人。1989年には女性バンドとして初めて日本武道館公演を実現し、1996年5月31日の武道館公演を最後に解散した。

主要な出来事を時系列で

年月 出来事 主な内容・意義
1983年2月20日 5人が出会う 後のプリンセス プリンセスの原点
1983年 赤坂小町として結成 オーディションで選ばれた5人が活動を開始
1984年 赤坂小町名義でデビュー 最初のバンド名で音楽活動を展開
1985年 JULIAN MAMAへ改名 ロック志向を強め、演奏力を磨く
1986年5月 プリンセス プリンセスとしてデビュー ミニアルバム「Kissで犯罪」を発売
1987年 「世界でいちばん熱い夏」 代表曲の一つとして人気を獲得
1989年 「Diamonds」がヒット 女性バンド初の日本武道館公演も実現
1990~1991年 ヒット曲を連続発表 「OH YEAH!」「ジュリアン」「KISS」など
1996年5月31日 日本武道館で解散 約13年間のバンド活動に幕
2012年1月6日 再結成を発表 東日本大震災の復興・復旧支援が目的
2012年11~12月 再結成ライブ 仙台、日本武道館、東京ドームで公演
2016年3月26日 再結成活動の最終公演 豊洲PITで復興支援活動を締めくくる
2026年 解散30周年企画 劇場上映、Blu-ray BOX、テレビ特番を展開

この年表で注目したいのは、デビューから3年ほどで武道館に到達したこと、そして解散後16年を経て再結成したことだ。

代表曲「Diamonds」と「世界でいちばん熱い夏」

プリンセス プリンセスの代表曲として、まず挙げられるのが「世界でいちばん熱い夏」と「Diamonds」だ。

「世界でいちばん熱い夏」は1987年に発表された楽曲。躍動感のあるバンドサウンドと、夏の高揚感を表現したメロディーが特徴で、現在も夏を代表するJ-POPの一曲として知られる。

「Diamonds<ダイアモンド>」は1989年に発売されたシングル。明るく前向きな歌詞と印象的なメロディーで大きな支持を集め、バンドを国民的な存在へ押し上げた。

このほか、「M」「ジュリアン」「OH YEAH!」「KISS」「19 GROWING UP ―ode to my buddy―」なども代表曲として知られる。

特筆すべきは、メンバーが単に演奏するだけでなく、作詞・作曲を分担していたこと。岸谷香の作曲、中山加奈子の作詞、富田京子の作詞など、メンバーそれぞれの創作性がバンドの幅広い楽曲につながっていた。

【1996年の解散理由】なぜ絶頂期にプリンセス プリンセスは活動を終えたのか

1996年5月31日、プリンセス プリンセスは日本武道館で最後のライブを行い、解散した。

1989年には女性バンド初の武道館公演を成功させ、数々のヒット曲を生み出してきたグループだっただけに、解散は大きな節目となった。

解散の背景を考えるうえで参考になるのが、後年のメンバー自身の振り返りだ。

岸谷香はインタビューで、プリンセス プリンセスというバンドのカテゴリーの中で、やり切ったという感覚があったことを語っている。バンドとしての成功を経験したからこそ、ソロ活動では、それまでとは異なる音楽表現に挑戦する余地を感じたという。

つまり、解散は単純に人気がなくなったからでも、ヒット曲を生み出せなくなったからでもない。13年間にわたって積み上げた活動を一つの区切りとし、メンバーそれぞれが次の人生や音楽活動へ進む選択をしたことが重要だ。

解散ライブ「解散を遊ぼう」に込められた意味

1996年には全国47都道府県を巡るラストツアー「PRINCESS PRINCESS PANIC TOUR '96 解散を遊ぼう」が開催された。

最後まで全国のファンに直接感謝を伝えたいという思いが込められたツアーであり、その最終公演が5月31日の日本武道館だった。

解散を悲しい別れだけで終わらせず、最後までライブを楽しみ、ファンと時間を共有する。その姿勢は、当時のプリンセス プリンセスらしさを象徴している。

現在でも1996年の最終公演は重要な記録として扱われており、2026年にはライブ映像『The Last Live』が劇場公開された。

【2012年の再結成と2026年の現在】5人は今どうしている?

プリンセス プリンセスは1996年の解散後、長く5人でのバンド活動を行っていなかった。しかし、2011年3月に発生した東日本大震災が、大きな転機となる。

2012年、東日本大震災の復興支援を目的に再結成

2012年1月6日、ソニーミュージックの公式サイトで16年ぶりの再結成とライブ公演が発表された。

再結成の目的は、東日本大震災の復興・復旧支援。メンバー同士が話し合いを重ね、音楽を通じて被災地を支援するために再び集まることを決断した。

当初は2012年限定の活動として発表されたが、その後も復興支援活動は続き、2016年3月26日の豊洲PIT公演まで活動が行われた。

再結成期間中には、仙台サンプラザホール、日本武道館、東京ドームなどで公演を実施。東京ドーム公演は女性バンドとして史上初の開催となった。

復興支援で実現した約5億1000万円の寄付

再結成の大きな特徴は、単なる懐かしのライブではなく、復興支援という明確な目的があったことだ。

ソニーミュージックが公開した支援先と寄付金の報告によると、寄付の総額は509,976,233円。岩手県、宮城県、福島県への看護体制の充実支援や、東北福祉大学への支援、被災地のライブハウス設立などに充てられた。

特に、ライブハウス設立への支援は、音楽を通じた継続的な復興支援という意味を持つ。バンドが再び集まった理由が、実際の支援活動として形になったのである。

2026年現在のメンバーの活動

2026年11月2日現在、プリンセス プリンセスは通常のバンドツアーを継続している状態ではない。一方、メンバーはそれぞれ異なる分野で活動し、バンドの歴史や楽曲は記念企画を通じて再び注目されている。

  • 岸谷香:ソロアーティストとしてライブや全国ツアーを継続。2026年は「KAORI PARADISE 2026 -10回目のひとり旅-」を開催しており、11月以降も各地で公演を予定している。
  • 中山加奈子:ギタリスト、ボーカリスト、作詞家としての経験を持つ。プリンセス プリンセスで培ったロックの表現を自身の音楽活動につなげている。
  • 富田京子:作詞家・作家としても活動。2026年5月31日には公式ブログで解散30周年への思いを発信した。
  • 今野登茂子:キーボーディストとしての経歴を持ち、公式ブログでも2026年の周年企画や劇場上映について発信している。
  • 渡辺敦子:東京スクールオブミュージック&ダンス専門学校の学校長として、音楽を志す若い世代の育成に取り組んでいる。

5人の現在を考えるうえでは、バンドとしての活動と、メンバー個人の活動を区別することが大切だ。個人の音楽活動や教育活動が続いていることと、プリンセス プリンセスが再びバンドとして活動していることは同じではない。

2026年の注目トピックは解散30周年記念企画

2026年は解散から30年、そして1986年のメジャーデビューから40年という節目に当たる。公式発表では、次のような企画が実施された。

  • 5月16日:東京・大阪・名古屋でライブフィルムの先行上映イベントを開催。
  • 5月21日:デビュー記念日に全国24都市30館でライブフィルム『解散から30周年記念 -tvkスペシャル-』を上映。
  • 5月31日:解散30周年当日に、1996年の日本武道館ラストライブを収録した『The Last Live』を全国24都市30館で上映。
  • 6月3日:Blu-ray BOX『DIAMONDS STORY -tvk Premium Box-』を発売。
  • 6月17日:プリンセス プリンセスのオフィシャルグッズストアを開設。
  • 9月26日:テレビ神奈川で特別番組「プリンセス プリンセス LIVE PERFORMANCE COLLECTION」を放送。

特にBlu-ray BOXは、1988年から1996年までの貴重なライブ映像を収録した3枚組。最新技術による高画質化と音声のリマスタリングが施され、当時のパフォーマンスを新しい映像・音響環境で楽しめる内容となっている。

また、9月26日のtvk特別番組では、「世界でいちばん熱い夏」「M」「Diamonds」など、1988年から1996年までのライブパフォーマンスが紹介された。

2026年の新しい動きは、メンバー5人による再結成ツアーではなく、過去のライブ記録を次世代へ残すことに重点が置かれている。解散から30年を経ても、映像や楽曲を通じて新しいファンがバンドに触れられる環境が整っている。

【よくある質問】プリンセスプリンセスメンバーに関するFAQ

Q1:プリンセス プリンセスのメンバー5人の名前は?
A1:岸谷香、中山加奈子、富田京子、今野登茂子、渡辺敦子の5人です。バンド在籍時の岸谷香の名前は奥居香でした。

Q2:プリプリのメンバーの担当パートは?
A2:岸谷香がボーカル・ギター、中山加奈子がギター、富田京子がドラム、今野登茂子がキーボード、渡辺敦子がベースです。渡辺敦子はバンドリーダーも務めました。

Q3:プリンセス プリンセスはいつ結成された?
A3:1983年2月20日に後のメンバー5人が出会いました。前身バンドは赤坂小町で、その後JULIAN MAMAを経て1986年にプリンセス プリンセスとしてデビューしました。

Q4:岸谷香と奥居香は同じ人?
A4:同一人物です。プリンセス プリンセス時代は奥居香として活動し、ソロ活動開始後の2001年に岸谷香へ改名しました。

Q5:プリンセス プリンセスの解散理由は?
A5:1996年5月31日の日本武道館公演をもって解散しました。岸谷香は後年、バンドとしての活動をやり切った感覚があったことを振り返っています。メンバーそれぞれの音楽的な成長や次の挑戦も、当時の大きな転換点でした。

Q6:プリンセス プリンセスは2012年に再結成した?
A6:はい。東日本大震災の復興支援を目的に2012年1月6日に再結成を発表しました。2012年から2016年3月26日まで支援活動を続け、ライブなどを通じて約5億1000万円を寄付しました。

Q7:2026年現在、プリンセス プリンセスは再結成している?
A7:2026年11月2日時点で、新たな再結成ツアーの公式発表は確認されていません。2026年は解散30周年企画としてライブ映像の上映、Blu-ray発売、テレビ特番などが実施されています。

Q8:プリンセス プリンセスの代表曲は?
A8:「Diamonds」「世界でいちばん熱い夏」「M」「ジュリアン」「OH YEAH!」「KISS」「19 GROWING UP ―ode to my buddy―」などです。

プリンセス プリンセスは、岸谷香、中山加奈子、富田京子、今野登茂子、渡辺敦子の5人で構成された日本を代表するガールズロックバンドだ。

1983年の出会いから赤坂小町、JULIAN MAMAを経て、1986年にプリンセス プリンセスとしてデビュー。1989年の「Diamonds」の大ヒットや女性バンド初の日本武道館公演など、音楽史に残る実績を築いた。

1996年の解散後も、その音楽は色あせることなく、2012年には東日本大震災の復興支援という目的で5人が再集結。約5億1000万円の寄付を実現するなど、音楽を通じた社会貢献にも大きな足跡を残した。

2026年はデビュー40周年、解散30周年という記念すべき年。劇場上映やBlu-ray BOX、テレビ特番によって、当時のライブの熱気が改めて届けられた。

プリンセス プリンセスの魅力を知るうえで大切なのは、代表曲だけでなく、5人それぞれの個性と創作力、そして長い下積みを経て築いたバンドとしての結束にも目を向けることだ。彼女たちが残した楽曲と功績は、これからも日本のガールズバンド史を語るうえで欠かせない存在であり続ける。

主な事実確認資料: ソニーミュージック公式プロフィール・再結成発表・復興支援寄付報告、岸谷香公式プロフィール、渡辺敦子本人インタビュー(ENCOUNT)、2026年の30周年記念企画公式発表、東京スクールオブミュージック&ダンス専門学校公式情報。

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