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王貞治のホームラン868本はなぜ偉大?2026年最新記録と55本塁打の価値を徹底解説

水沢 茜 水沢 茜 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
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王貞治のホームランは通算何本なのか。2026年11月現在も、日本プロ野球(NPB)の歴代最多記録として残るのが、王貞治の通算868本塁打です。1959年から1980年まで読売ジャイアンツ一筋でプレーし、22年間にわたって積み上げたこの数字は、2位の野村克也の657本を211本も上回っています。

加えて、1964年にはシーズン55本塁打を達成し、本塁打王には通算15回輝きました。その圧倒的な打撃を支えたのが、荒川博コーチとの試行錯誤から生まれた「一本足打法」です。この記事では、NPB公式記録と野球殿堂博物館の選手資料をもとに、王貞治の年度別ホームラン数、歴代ランキング、55本塁打の現在の順位、記録が持つ本当の価値まで詳しく解説します。

【結論】王貞治のホームランは通算868本!2026年もNPB歴代1位

王貞治ホームラン

王貞治の通算本塁打数は868本です。日本野球機構(NPB)の2026年度シーズン終了時点の歴代通算本塁打ランキングでも、王は不動の1位に位置しています。

1959年に読売ジャイアンツへ入団し、1980年に現役を引退するまで、22シーズンにわたって本塁打を量産しました。通算成績は2831試合、9250打数、2786安打、868本塁打、2170打点、打率.301。打率3割を超えながら、長打率も.634という極めて高い水準を残しています。

868本という数字を支える圧倒的な打撃成績

王の記録で特に注目したいのは、単純な本塁打数だけではありません。

868本を9250打数で割ると、約10.7打数に1本の割合で本塁打を放っていた計算になります。22年間という長い現役生活を通じて、このペースを維持したことが記録の価値を物語っています。

また、通算2390四球という数字も見逃せません。相手投手から厳しい勝負を避けられるほどの打者でありながら、安打2786本、本塁打868本を積み重ねました。打たせないための配球や敬遠も、王の打撃力を示す一つの側面だったのです。

野球殿堂博物館の公式プロフィールでも、王は「一本足打法の世界のホームラン王」と紹介されています。通算868本はもちろん、本塁打王15回、打点王13回、最優秀選手9回など、複数の打撃部門で歴史的な実績を残しました。

巨人V9を支えた王貞治と長嶋茂雄

王のホームランを語るうえで欠かせないのが、長嶋茂雄との関係です。

長嶋は三塁手として、王は一塁手として巨人の中心を担い、2人は「ON砲」と呼ばれる強力な打線を形成しました。川上哲治監督のもとで実現した巨人の9年連続日本一、いわゆるV9を支えた象徴的な存在です。

2025年3月に放送・公開されたFNNプライムオンラインのインタビュー企画でも、王自身が長嶋について特別な存在だったと振り返っています。個人記録だけではなく、チームの勝利と結び付いていたことも、王のホームランが長く語り継がれる理由です。

【1964年の伝説】王貞治のシーズン55本塁打は現在何位?

王貞治のシーズン最多本塁打は、1964年の55本です。

この年の王は140試合に出場し、472打数151安打、打率.320、55本塁打、119打点を記録しました。長打率は.720。ホームランだけに偏らず、打率や打点でも圧倒的な成績を残しています。

1964年に55本塁打を記録した意味

1964年当時、シーズン55本塁打は日本プロ野球の新記録でした。従来の水準を大きく引き上げた数字であり、王の長打力を全国に知らしめる象徴的なシーズンとなりました。

特筆すべきは、55本という本数だけでなく、472打数で達成していることです。単純計算では約8.6打数に1本の割合でスタンドに運んでいます。

また、同年の打率は.320、打点は119。ホームランを狙うだけの打者ではなく、打線の中核として安打と得点機会の創出にも貢献していました。

2026年現在、55本はNPB歴代3位タイ

ここで押さえておきたいのが、王の55本塁打は現在の日本プロ野球における単独のシーズン最多記録ではないという点です。

2001年にタフィ・ローズ、2002年にアレックス・カブレラがそれぞれ55本を記録し、王の記録に並びました。その後、2013年にウラディミール・バレンティンが60本を放ち、歴代最多記録を更新。2022年には村上宗隆が56本を記録しています。

NPB公式の2026年度シーズン終了時点のシーズン本塁打ランキングは、次のとおりです。

  • 1位:ウラディミール・バレンティン(2013年)60本
  • 2位:村上宗隆(2022年)56本
  • 3位タイ:王貞治(1964年)55本
  • 3位タイ:タフィ・ローズ(2001年)55本
  • 3位タイ:アレックス・カブレラ(2002年)55本

つまり、王の55本は2026年現在も歴代3位タイという高い順位を維持しています。60年以上前の記録が、現代の強打者たちと肩を並べていること自体が、その偉大さを示しています。

【打撃の秘密】王貞治の一本足打法はなぜホームランを量産できたのか

王貞治のホームランを理解するうえで、避けて通れないのが「一本足打法」です。

右足を高く上げ、左足一本でタイミングを取りながらボールを打つ独特のフォームは、日本プロ野球の歴史に残る打撃技術となりました。この打法を王に指導したのが、巨人の打撃コーチだった荒川博です。

荒川博コーチとの出会いが転機になった

1961年オフに巨人の打撃コーチに就任した荒川は、王の打撃を分析し、構えやバランスの改善に取り組みました。

当時の王は、プロ入り後すぐに現在のような圧倒的な成績を残していたわけではありません。1959年の新人シーズンは7本塁打、1960年は17本、1961年は13本でした。

そこで荒川が着目したのが、打撃時の手の動きや身体のバランスです。片足で立つことによって余計な動きを抑え、打撃のタイミングを作るという発想から一本足打法の改良が進められました。

日刊スポーツの荒川博に関する報道によると、1962年7月1日の大洋戦で王が新しい打法を用いて本塁打を放ったことが、その象徴的な場面として伝えられています。

一本足打法がもたらした3つの効果

一本足打法の特徴は、単に片足で立つという見た目の珍しさではありません。

1. 投球に対するタイミングを作る

右足を上げる動作によって、投手の投球に合わせた独自の間を作ります。投球の速さや変化に対応するための準備動作として機能しました。

2. 身体の軸とバランスを意識する

片足で立つには、下半身を安定させる必要があります。フォームを維持するための身体の使い方が、打撃動作全体の精度を高める方向に働きました。

3. バットの軌道を磨く

荒川の指導では、刀を振る動作なども練習に取り入れられました。講談社から刊行された荒川の著書『王選手コーチ日誌 1962-1969 一本足打法誕生の極意』にも、打法の形成過程が記録されています。

このように一本足打法は、奇抜なフォームを採用しただけのものではありません。指導者と選手が課題を共有し、長期的な練習を通じて完成させた技術だったのです。

1962年から本塁打王15回への道が始まった

一本足打法が定着した1962年、王は38本塁打を記録し、初めて本塁打王を獲得しました。

ここから1974年まで13年連続で本塁打王に輝き、1976年と1977年にもタイトルを獲得します。通算15回という記録は、現在もNPB歴代最多です。

さらに1973年と1974年には2年連続で三冠王を達成しました。本塁打だけでなく、打率と打点でもリーグトップに立ったことは、一本足打法が総合的な打撃力の向上にもつながったことを示しています。

【完全データ】王貞治の年度別ホームラン数を1959~1980年まで紹介

王貞治の通算868本塁打は、22年間の積み重ねです。NPB公式の個人年度別成績をもとに、現役時代の本塁打数をすべて確認します。

1959~1969年:一本足打法の完成と黄金期

1959年のプロ入りから1961年までは、7本、17本、13本と推移しました。1962年に38本を放って本塁打王になると、1963年には40本、1964年には55本へと数字を伸ばしています。

1965年以降も42本、48本、47本、49本、44本と、毎年40本以上を記録しました。1960年代後半には、王がホームランを打つこと自体が巨人の攻撃を象徴するようになっていきます。

1970~1980年:30代以降も続いた本塁打量産

1970年には47本、1972年には48本、1973年には51本を記録。1974年も49本と高水準を維持しました。

1975年は33本にとどまったものの、翌1976年には49本、1977年には50本まで回復。その後も1978年39本、1979年33本、1980年30本と、40歳で現役を終えるシーズンまで本塁打を放ち続けました。

以下が22年間の年度別本塁打数です。

1959年~1969年

  • 1959年:7本
  • 1960年:17本
  • 1961年:13本
  • 1962年:38本
  • 1963年:40本
  • 1964年:55本
  • 1965年:42本
  • 1966年:48本
  • 1967年:47本
  • 1968年:49本
  • 1969年:44本

1970年~1980年

  • 1970年:47本
  • 1971年:39本
  • 1972年:48本
  • 1973年:51本
  • 1974年:49本
  • 1975年:33本
  • 1976年:49本
  • 1977年:50本
  • 1978年:39本
  • 1979年:33本
  • 1980年:30本

この22シーズンの本塁打数を合計すると868本になります。特定の数年間だけに成績が集中しているのではなく、長期にわたって高い水準を保っていたことが分かります。

【歴代ランキング比較】野村克也・門田博光と王貞治の868本を検証

王貞治の記録がどれほど突出しているのかを理解するには、NPBの通算本塁打ランキングで2位、3位に位置する選手との比較が欠かせません。

王と並ぶ歴代のホームラン打者として知られるのが、野村克也と門田博光です。いずれも長い現役生活を通じて500本以上の本塁打を放った名打者ですが、通算数では王が大きく上回っています。

NPB歴代通算本塁打ランキングTOP3
順位 選手名 通算本塁打 実働期間 王との差
1位 王貞治 868本 1959~1980年 基準
2位 野村克也 657本 1954~1980年 211本
3位 門田博光 567本 1970~1992年 301本

出典は日本野球機構の2026年度シーズン終了時点の歴代通算本塁打ランキングです。

2位の野村克也は657本

野村克也は南海ホークスなどで活躍し、通算657本塁打を記録しました。捕手という守備負担の大きいポジションを務めながら、これだけの本塁打を積み上げた点は特筆すべきです。

王との違いは211本。野村も3000試合以上に出場した歴史的な打者ですが、通算本塁打では王が一段抜けた位置にいます。

なお、野村自身も1963年にシーズン52本塁打を放っており、王の55本に迫る記録を残しています。単年の爆発力という点でも、両者は同時代を代表する強打者でした。

3位の門田博光は567本

門田博光は南海、オリックス、ダイエーなどで活躍し、通算567本塁打を記録しました。

特に40歳を超えてからも本塁打を量産したことで知られ、長く第一線でプレーする打者の代表例です。王とは301本の差がありますが、通算500本を超える記録はNPBの歴史でも極めて優れた実績です。

この3人の比較から分かるのは、868本という数字が単に長くプレーした結果だけではないということです。長期間の出場に加え、シーズンごとに30~50本台の本塁打を積み重ねる能力が必要でした。

【756号の歴史的意味】王貞治のホームラン記録はなぜ今も特別なのか

王貞治のホームランを語るとき、通算868本と並んで重要なのが、1977年9月3日に達成した通算756号です。

この本塁打によって、王は当時の世界的な通算本塁打記録として知られていたハンク・アーロンの755本を上回りました。野球界における歴史的な節目となり、翌々日の9月5日には国民栄誉賞が授与されています。

内閣府の国民栄誉賞受賞者一覧には、王貞治が第1号の受賞者として記載されています。受賞理由も「ホームラン新記録達成の功」とされています。

868本と756号は意味が異なる

ここで混同されやすいのが、756号と868本の関係です。

756号は1977年9月3日に達成した通算本塁打の節目であり、当時のハンク・アーロンの記録を更新した数字です。一方、868本は1980年の現役引退までに積み上げたNPB公式戦の通算本塁打数です。

また、王の868本はNPBの歴代通算記録として扱うべき数字です。MLBの通算記録や他リーグの成績とは、競技環境や公式記録の集計範囲が異なるため、単純に同じランキングへ混ぜて比較することはできません。

2026年も更新されていない理由

868本という記録が長く残っている理由は、複数の条件が重なっていることにあります。

第一に、長期間にわたって主力打者として出場する耐久性。第二に、毎年30~50本台を狙える打撃の安定性。第三に、強打者として相手投手から徹底的に警戒される状況でも結果を残す対応力です。

現代野球では投手の球速、変化球、データ分析、継投策などが進化しています。打者を取り巻く環境は王の現役時代とは異なりますが、868本を超えるには、単年の爆発力だけではなく、長い期間にわたる圧倒的な成績が大切です。

2026年のNPB公式ランキングでも王は1位、野村は2位、門田は3位です。記録が更新されるかどうかという話題は続いても、現時点で868本が歴代最多であることに変わりはありません。

【プロの結論】王貞治のホームラン記録から読み解く本当の価値

王貞治のホームラン記録を評価する際には、通算本数、シーズン最多本数、タイトル獲得数という3つの指標を分けて見る必要があります。

通算868本は継続性、シーズン55本は瞬間的な爆発力、本塁打王15回は長期的なリーグ支配力を示しています。この3つが同時に突出している点に、王の特別な価値があります。

記録を比較するときに見るべき3つの基準

1. 通算本塁打は現役期間と出場機会を合わせて見る

通算本塁打は長期間の実績を示す指標です。出場試合数や打数も確認することで、単純な累積数だけでは分からない打撃効率を把握できます。

2. シーズン本塁打は時代背景と試合数を考慮する

1964年の王は140試合で55本を記録しました。2013年のバレンティンは130試合で60本です。試合数や打数、球場、投手の状況などが違うため、本数だけで選手の優劣を決めるのは適切ではありません。

3. タイトル獲得数は継続的な競争力を示す

本塁打王を15回獲得するには、毎年のようにリーグ上位の本塁打数を残さなければなりません。王の13年連続という記録は、一時的な好調では説明できない長期的な実力を示しています。

王貞治の記録を評価する際に知っておきたい誤解
  • 誤解1:55本は2026年現在もシーズン最多記録である。
    正しくは、2026年現在の最多はバレンティンの60本。王の55本は歴代3位タイ。
  • 誤解2:868本はすべて一本足打法を完成させた後に打った本塁打である。
    正しくは、1959年のプロ入りから1980年の引退までの通算記録であり、初期の本塁打も含まれる。
  • 誤解3:本塁打の多さだけで王の打撃力を説明できる。
    正しくは、打率.301、打点2170、四球2390なども合わせて見る必要がある。

また、王の記録を知りたい人には、NPB公式の年度別成績と歴代記録が最も基本的な確認資料になります。野球殿堂博物館のプロフィールでは、タイトルや表彰、現役時代の経歴も確認できます。

記録の数字だけを追うのではなく、どの時代に、どのような打法で、どのような相手と競いながら達成したのか。その背景まで見ることで、王貞治のホームランの価値がより明確になります。

【王貞治のホームラン】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:王貞治のホームランは通算何本ですか?
A1:通算868本です。1959年から1980年まで読売ジャイアンツでプレーし、NPB歴代通算本塁打ランキングで2026年度シーズン終了時点も1位を維持しています。

Q2:王貞治のシーズン最多ホームランは何本ですか?
A2:1964年に記録した55本です。140試合、472打数で55本塁打を放ちました。2026年現在はバレンティンの60本、村上宗隆の56本に次ぐ歴代3位タイです。

Q3:王貞治は本塁打王を何回獲得しましたか?
A3:通算15回です。1962年から1974年まで13年連続で獲得し、さらに1976年と1977年にもタイトルを獲得しています。NPB歴代最多の記録です。

Q4:王貞治の一本足打法を考案したのは誰ですか?
A4:巨人の打撃コーチだった荒川博です。1962年から王の打撃改良に取り組み、タイミングや身体のバランスを重視した一本足打法を二人三脚で完成させました。

Q5:王貞治の通算868本は2026年現在も歴代1位ですか?
A5:はい。NPB公式の2026年度シーズン終了時点の通算本塁打ランキングでも1位です。2位は野村克也の657本、3位は門田博光の567本です。

王貞治が残した通算868本塁打は、1959年から1980年までの巨人時代に築かれたNPB歴代最多記録です。2026年度シーズン終了時点でも、その順位は変わっていません。

1964年の55本塁打、本塁打王15回、1973・1974年の2年連続三冠王、そして1977年の756号達成。これらの実績は、それぞれ異なる角度から王の打撃力を証明しています。

特に重要なのは、一本足打法という独自の技術を完成させたことだけでなく、その打法を長期間にわたって結果につなげた点です。通算記録を作るには、技術、継続力、身体の管理、相手投手への対応力が欠かせません。

2026年現在、シーズン最多本塁打はバレンティンの60本ですが、王の55本は歴代3位タイに残り、通算868本は依然として頂点です。数字の新旧だけで評価するのではなく、記録が生まれた時代と背景を理解することが、王貞治という打者の本当の偉大さを知る近道です。

主な記録照合資料

- 日本野球機構(NPB):王貞治の個人年度別成績、通算本塁打ランキング、シーズン本塁打ランキング
- 野球殿堂博物館:王貞治の公式プロフィール・受賞歴
- 内閣府:国民栄誉賞受賞者一覧
- FNNプライムオンライン:王貞治本人のインタビュー
- 日刊スポーツ:荒川博と一本足打法に関する報道

2026年11月2日時点のNPB公式記録を基準に構成。

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水沢 茜
デジタルマーケター 水沢 茜
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アイドルと音楽シーンを担当。公式サイトのスケジュール、リリース情報、本人の発表を照合してから構成しています。

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