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日本の年号一覧を徹底解説!大化から令和8年までの歴代元号と改元の仕組み

水沢 茜 水沢 茜 • 更新: • 公開: • 読了約 27 分
目次

2026年現在、日本の年号は令和8年(2026年)です。日本の元号は飛鳥時代の645年に始まった「大化」から続き、明治・大正・昭和・平成を経て、現在の令和に至っています。歴代元号は、南北朝時代の南朝・北朝をそれぞれ数える一般的な一覧で全248元号。その長い歴史には、天皇の即位だけでなく、災害や吉兆、政治制度の変化も深く関係しています。

現在の元号制度は、昭和54年(1979年)に制定された元号法によって定められています。元号の決め方には一定の手続きと選定基準があり、和暦と西暦の換算にも改元日を考慮する必要があります。この記事では、日本の年号一覧、歴代元号の変遷、明治から令和までの西暦早見表、元号法による改元の仕組み、年数の計算方法を整理します。

【2026年最新】日本の年号は令和8年!大化から続く元号の歴史

日本の年号

2026年の現在、日本で使われている元号は「令和」です。西暦2026年から2018を引くと8になるため、令和8年と表記します。

元号とは、年を数えるために用いる名称です。「年号」と呼ばれることもありますが、法律上の名称は「元号」です。西暦が紀元を基準に年数を連続して数える方式であるのに対し、元号は新しい名称への変更、つまり改元によって時代の区切りを表します。

日本最初の元号は645年の「大化」

日本で最初の元号とされるのは、飛鳥時代の大化(たいか)です。西暦645年、孝徳天皇の時代に制定されました。

この時期は、乙巳の変を経て政治体制が大きく変わった時代です。大化の改新に代表される中央集権化の動きと重なり、日本の国家制度が整えられていく歴史的な転換期でした。

大化の次には白雉(はくち)が使われ、その後、朱鳥(しゅちょう)などを経て、701年に大宝(たいほう)が制定されます。大宝以降は元号が連続して使用されるようになり、現在まで続く元号制度の基盤が整いました。

なお、古代には白鳳や法興など、正史上の元号とは区別して扱われる私年号・逸年号も研究されています。そのため、歴代元号の総数は、どの名称を対象に含めるかによって異なる場合があります。

元号はなぜ日本の歴史に残り続けているのか

元号の起源は中国にあります。日本では大化から独自の元号を使用し、政治や社会の節目を年号によって記録してきました。

明治以前は、天皇の代替わり以外にも、災害、疫病、珍しい動植物の出現などが改元の理由になることがありました。元号は単なる年数の表示ではなく、当時の人々が時代の変化をどのように受け止めたかを示す歴史資料でもあります。

明治元年(1868年)には一世一元の制が採用され、原則として天皇一代につき一つの元号を使用する制度になりました。現在は昭和54年の元号法によって、皇位継承に伴う改元という仕組みが法律上明確になっています。国立国会図書館の調査資料でも、古代から近現代までの制度変遷が整理されています。

【歴代元号一覧】大化から令和までの248元号を時代別に紹介

日本の歴代元号は、大化から令和まで長い年月をかけて受け継がれてきました。国立国会図書館の資料『事典日本の年号』では、全248元号が掲載されています。

以下は、南北朝時代の南朝・北朝の元号をそれぞれ区別した歴代元号の一覧です。時代区分は歴史を理解しやすくするための目安であり、実際の元号の使用期間と各時代の境界が完全に一致するわけではありません。

飛鳥・奈良時代の元号(1〜17)

大化(たいか)、白雉(はくち)、朱鳥(しゅちょう)、大宝(たいほう)、慶雲(けいうん)、和銅(わどう)、霊亀(れいき)、養老(ようろう)、神亀(じんき)、天平(てんぴょう)、天平感宝(てんぴょうかんぽう)、天平勝宝(てんぴょうしょうほう)、天平宝字(てんぴょうほうじ)、天平神護(てんぴょうじんご)、神護景雲(じんごけいうん)、宝亀(ほうき)、天応(てんおう)。

この時期には、天皇の即位や祥瑞などを理由に改元が行われました。特に奈良時代は比較的短期間で元号が変わることがあり、天平の名を含む複数の元号も登場しています。

平安時代の元号(18〜106)

延暦(えんりゃく)、大同(だいどう)、弘仁(こうにん)、天長(てんちょう)、承和(じょうわ)、嘉祥(かしょう)、仁寿(にんじゅ)、斉衡(さいこう)、天安(てんあん)、貞観(じょうがん)、元慶(がんぎょう)、仁和(にんな)、寛平(かんぴょう)、昌泰(しょうたい)、延喜(えんぎ)、延長(えんちょう)、承平(じょうへい)、天慶(てんぎょう)、天暦(てんりゃく)、天徳(てんとく)、応和(おうわ)、康保(こうほう)、安和(あんな)、天禄(てんろく)、天延(てんえん)、貞元(じょうげん)、天元(てんげん)、永観(えいかん)、寛和(かんな)、永延(えいえん)、永祚(えいそ)、正暦(しょうりゃく)、長徳(ちょうとく)、長保(ちょうほう)、寛弘(かんこう)、長和(ちょうわ)、寛仁(かんにん)、治安(じあん)、万寿(まんじゅ)、長元(ちょうげん)、長暦(ちょうりゃく)、長久(ちょうきゅう)、寛徳(かんとく)、永承(えいしょう)、天喜(てんぎ)、康平(こうへい)、治暦(じりゃく)、延久(えんきゅう)、承保(じょうほう)、承暦(じょうりゃく)、永保(えいほう)、応徳(おうとく)、寛治(かんじ)、嘉保(かほう)、永長(えいちょう)、承徳(じょうとく)、康和(こうわ)、長治(ちょうじ)、嘉承(かしょう)、天仁(てんにん)、天永(てんえい)、永久(えいきゅう)、元永(げんえい)、保安(ほうあん)、天治(てんじ)、大治(だいじ)、天承(てんしょう)、長承(ちょうしょう)、保延(ほうえん)、永治(えいじ)、康治(こうじ)、天養(てんよう)、久安(きゅうあん)、仁平(にんぺい)、久寿(きゅうじゅ)、保元(ほうげん)、平治(へいじ)、永暦(えいりゃく)、応保(おうほう)、長寛(ちょうかん)、永万(えいまん)、仁安(にんあん)、嘉応(かおう)、承安(じょうあん)、安元(あんげん)、治承(じしょう)、養和(ようわ)、寿永(じゅえい)、元暦(げんりゃく)。

平安時代は、藤原氏による政治、摂関政治から院政への移行、源平の争乱など、大きな政治的変化が相次いだ時代です。元号も頻繁に改められました。

鎌倉時代の元号(107〜154)

文治(ぶんじ)、建久(けんきゅう)、正治(しょうじ)、建仁(けんにん)、元久(げんきゅう)、建永(けんえい)、承元(じょうげん)、建暦(けんりゃく)、建保(けんぽう)、承久(じょうきゅう)、貞応(じょうおう)、元仁(げんにん)、嘉禄(かろく)、安貞(あんてい)、寛喜(かんぎ)、貞永(じょうえい)、天福(てんぷく)、文暦(ぶんりゃく)、嘉禎(かてい)、暦仁(りゃくにん)、延応(えんおう)、仁治(にんじ)、寛元(かんげん)、宝治(ほうじ)、建長(けんちょう)、康元(こうげん)、正嘉(しょうか)、正元(しょうげん)、文応(ぶんおう)、弘長(こうちょう)、文永(ぶんえい)、建治(けんじ)、弘安(こうあん)、正応(しょうおう)、永仁(えいにん)、正安(しょうあん)、乾元(けんげん)、嘉元(かげん)、徳治(とくじ)、延慶(えんきょう)、応長(おうちょう)、正和(しょうわ)、文保(ぶんぽう)、元応(げんおう)、元亨(げんこう)、正中(しょうちゅう)、嘉暦(かりゃく)、元徳(げんとく)。

鎌倉時代は、朝廷と武家政権が並立した時代です。承久の乱や元寇など、政治・軍事上の大事件が元号の変遷と重なっています。

南北朝時代の元号(155〜181)

元弘(げんこう)、正慶(しょうきょう)、建武(けんむ)、南朝の延元(えんげん)、興国(こうこく)、正平(しょうへい)、建徳(けんとく)、文中(ぶんちゅう)、天授(てんじゅ)、弘和(こうわ)、元中(げんちゅう)、北朝の暦応(りゃくおう)、康永(こうえい)、貞和(じょうわ)、観応(かんのう)、文和(ぶんな)、延文(えんぶん)、康安(こうあん)、貞治(じょうじ)、応安(おうあん)、永和(えいわ)、康暦(こうりゃく)、永徳(えいとく)、至徳(しとく)、嘉慶(かきょう)、康応(こうおう)、明徳(めいとく)。

南北朝時代の特徴は、朝廷が南朝と北朝に分かれ、それぞれ異なる元号を使用したことです。同じ時期に複数の元号が存在したため、歴代元号の数え方を理解するうえで重要な時代です。

室町・戦国・安土桃山時代の元号(182〜208)

応永(おうえい)、正長(しょうちょう)、永享(えいきょう)、嘉吉(かきつ)、文安(ぶんあん)、宝徳(ほうとく)、享徳(きょうとく)、康正(こうしょう)、長禄(ちょうろく)、寛正(かんしょう)、文正(ぶんしょう)、応仁(おうにん)、文明(ぶんめい)、長享(ちょうきょう)、延徳(えんとく)、明応(めいおう)、文亀(ぶんき)、永正(えいしょう)、大永(だいえい)、享禄(きょうろく)、天文(てんぶん)、弘治(こうじ)、永禄(えいろく)、元亀(げんき)、天正(てんしょう)、文禄(ぶんろく)、慶長(けいちょう)。

応仁の乱から戦国時代にかけては、各地の大名が勢力を争いました。天文、永禄、天正などの元号は、織田信長や豊臣秀吉が活躍した時代の歴史を記録する際にも登場します。

江戸時代の元号(209〜243)

元和(げんな)、寛永(かんえい)、正保(しょうほう)、慶安(けいあん)、承応(じょうおう)、明暦(めいれき)、万治(まんじ)、寛文(かんぶん)、延宝(えんぽう)、天和(てんな)、貞享(じょうきょう)、元禄(げんろく)、宝永(ほうえい)、正徳(しょうとく)、享保(きょうほう)、元文(げんぶん)、寛保(かんぽう)、延享(えんきょう)、寛延(かんえん)、宝暦(ほうれき)、明和(めいわ)、安永(あんえい)、天明(てんめい)、寛政(かんせい)、享和(きょうわ)、文化(ぶんか)、文政(ぶんせい)、天保(てんぽう)、弘化(こうか)、嘉永(かえい)、安政(あんせい)、万延(まんえん)、文久(ぶんきゅう)、元治(げんじ)、慶応(けいおう)。

江戸時代には、徳川幕府による長期的な政治体制が続きました。元禄文化、享保の改革、寛政の改革、天保の改革など、歴史上の出来事と元号を結び付けると、年代を整理しやすくなります。

近現代の元号(244〜248)

明治(めいじ)、大正(たいしょう)、昭和(しょうわ)、平成(へいせい)、令和(れいわ)です。

明治以降は、一世一元の考え方が定着し、天皇の代替わりと元号の変更が結び付くようになりました。現在の日本人にとって特に身近な5つの元号であり、戸籍、住民票、免許証、年金、行政文書などでも使用されています。

以上の248件の一覧は、国立国会図書館の『事典日本の年号』の目次に掲載されている順序を基礎としています。南北朝期の元号を別々に収録している点が、一覧を理解する際のポイントです。

【西暦早見表】明治・大正・昭和・平成・令和の開始年と終了年

日常生活で最もよく調べられるのが、明治・大正・昭和・平成・令和の西暦対応です。特に公的書類や古い記録を確認する場合は、元号の開始日と終了日を知っておくと、年数の読み違いを防げます。

歴代5元号の期間と西暦の対応表
元号 読み方 開始 終了 西暦換算式
明治 めいじ 1868年(旧暦9月8日) 1912年7月29日 年数+1867
大正 たいしょう 1912年7月30日 1926年12月24日 年数+1911
昭和 しょうわ 1926年12月25日 1989年1月7日 年数+1925
平成 へいせい 1989年1月8日 2019年4月30日 年数+1988
令和 れいわ 2019年5月1日 現在も継続中 年数+2018

この表から分かるように、2026年は令和8年です。国の行政資料にも令和8年と2026年の対応が掲載されており、現在の公的な年号表記として確認できます。

明治から令和までの改元日はいつ?

明治から大正への改元は1912年7月30日です。明治天皇の崩御に伴って大正天皇が皇位を継承し、同日から大正元年となりました。

大正から昭和への改元は1926年12月25日です。大正天皇の崩御に伴って昭和天皇が皇位を継承し、昭和元年が始まりました。

昭和から平成への改元は1989年1月8日です。昭和天皇が1月7日に崩御し、同日公布された元号を改める政令が翌8日に施行されました。そのため、1989年には昭和64年と平成元年の両方が存在します。

平成から令和への改元は2019年5月1日です。天皇の退位等に関する皇室典範特例法に基づき、2019年4月30日に明仁天皇が退位し、翌5月1日に徳仁天皇が即位しました。新元号を定める政令も、この日に施行されました。

国立印刷局が公開する官報の解説でも、昭和から平成への改元は公布翌日の施行、平成から令和への改元は2019年5月1日の施行という違いが示されています。

改元があった年は元号が2つ存在する

元号と西暦の対応で特に間違えやすいのが、改元が実施された年です。西暦の1年間を一つの元号だけで表せるとは限りません。

例えば1989年は、1月7日までが昭和64年、1月8日からが平成元年です。同じように2019年は、4月30日までが平成31年、5月1日からが令和元年です。

したがって、誕生日や契約日、出生記録などを西暦に変換するときは、年だけでなく月日まで確認する必要があります。

【元号法を解説】改元の条件と新しい年号の決め方

現在の元号制度を理解するうえで欠かせない法律が、元号法(昭和54年法律第43号)です。1979年6月12日に公布・施行され、現在も効力を持っています。

元号法に定められた2つの基本原則

元号法の本文は、非常に簡潔です。内容は次の2点で構成されています。

元号法の基本規定

第1項:元号は、政令で定める。

第2項:元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。

つまり、現在の日本では、災害が発生したから、社会情勢が変わったから、あるいは新しい時代の節目だからという理由だけで改元することはできません。

法律上、改元の条件は皇位の継承です。また、新しい元号は政令によって定められます。元号法の附則では、昭和の元号も本則第1項に基づいて定められたものとされています。

この条文は、内閣府の元号に関する公式資料とe-Gov法令検索で確認できます。

新しい元号は誰が決める?選定から正式決定までの流れ

元号法には、元号を政令で定めることが規定されていますが、具体的な候補の考案や審査については、政府が定めた「元号選定手続について」という閣議報告に基づいて進められます。

この手続きでは、内閣総理大臣が高い識見を有する専門家に候補名の考案を委嘱します。候補を提出する際には、意味や出典についての説明も添えられます。

その後、内閣官房長官が候補を検討・整理し、内閣総理大臣の指示を受けて、内閣法制局長官の意見も聴きながら原案を選定します。

加えて、有識者による懇談会で意見を求め、衆議院・参議院の正副議長への意見聴取を行います。全閣僚会議で協議した後、最終的に閣議で改元の政令を決定する仕組みです。

元号の選定基準は6つ

政府の「元号選定手続について」には、新しい元号を検討する際に留意すべき条件が示されています。

  • 良い意味を持つこと:国民の理想としてふさわしい意味であること。
  • 漢字2字であること:元号の名称は漢字2文字とすること。
  • 書きやすいこと:日常の書類や行政文書でも扱いやすい文字であること。
  • 読みやすいこと:広く理解され、読みやすい名称であること。
  • 過去に使用されていないこと:これまでに元号またはおくり名として使われたものではないこと。
  • 俗用されていないこと:一般的に広く使用されている名称ではないこと。

これらは、単に響きのよい漢字を組み合わせるだけでは新元号にならないことを示しています。意味、典拠、文字の扱いやすさ、社会での使用状況などを総合的に検討する必要があります。

この6条件と決定までの手順は、首相官邸が公開している「元号選定手続について」に明記されています。

皇位継承と改元は必ず同じ日に行われる?

現在の制度では、皇位の継承があった場合に元号を改めます。ただし、元号の決定・公布と、新元号が実際に使用され始める日は区別して考える必要があります。

平成から令和への移行では、2019年4月1日に新元号「令和」が発表され、改元の政令が公布されました。しかし、令和の使用開始日は5月1日です。

これは、皇位継承の予定日があらかじめ定められた特例法に基づく移行だったためです。昭和から平成への移行とは異なる日程で準備が進められました。

この違いを理解すると、元号の発表日と改元日を混同しなくなります。

【元号の読み方と由来】明治・大正・昭和・平成・令和に込められた意味

元号は、漢字2文字の名称であるだけではありません。それぞれの文字には、当時の社会に対する願いや理想が込められています。

明治(めいじ)の由来

明治の出典は、中国の古典『易経』です。「聖人南面して天下を聴き、明に嚮いて治む」という趣旨の文章から、「明」と「治」の文字が採られました。

意味は、聖人が政治を行うことで天下が明るい方向に治まるというものです。明治元年の改元は、一世一元の制を採用した歴史的な転換点でもあります。

明治神宮の公式Q&Aでは、明治の由来と、改元に際して元号の候補を選定した経緯が説明されています。

大正(たいしょう)の由来

大正も『易経』を典拠としています。「大亨以正」という言葉に由来し、天の道にかなった正しい政治や、物事が正しく進むことを表す意味が込められています。

大正時代は1912年7月30日に始まり、1926年12月24日まで続きました。大正デモクラシーや都市文化の発展など、日本社会が大きく変化した時代として知られています。

昭和(しょうわ)の由来

昭和の出典は、中国の古典『書経』にある「百姓昭明、協和万邦」です。

人々の生活が明るくなり、国々が協調するという意味合いを持っています。昭和という名称には、国内の平和だけでなく、国際社会との調和への願いも込められています。

1926年12月25日に始まった昭和は、1989年1月7日まで続きました。日本の近現代史において、最も長く使用された元号です。

平成(へいせい)の由来

平成の出典は『史記』の五帝本紀と『書経』の大禹謨です。

それぞれの古典にある「内平かに外成る」「地平らかに天成る」という言葉から採られました。国の内外、天地の双方で平和が達成されるという意味が込められています。

平成元年は1989年1月8日に始まり、2019年4月30日まで続きました。平成への改元に際しての内閣総理大臣談話は、国立公文書館や内閣府の資料でも確認できます。

令和(れいわ)の由来

令和の典拠は、日本最古の歌集として知られる『万葉集』です。

具体的には、巻五の梅花の歌の序文にある、初春の美しい月と穏やかな風を表現した文章から採られました。

令和の特徴は、歴代元号の中で初めて、日本の古典である国書を典拠とした元号であることです。それまでの近現代の元号が中国の古典を典拠としていたことと比較すると、大きな特徴があります。

2019年4月1日の発表時、政府は令和について、人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味を込めたと説明しました。

内閣府が公開している内閣総理大臣談話には、典拠となった万葉集の文章や、令和に込められた意味が記録されています。

【和暦・西暦の変換方法】令和8年・平成・昭和の年数を簡単に計算

和暦と西暦の換算は、基本的な計算式を覚えれば簡単です。ただし、元号が変わった年については日付を確認しなければなりません。

西暦から和暦へ変換する計算式

明治・大正・昭和・平成・令和については、以下の計算式を使います。

  • 明治:西暦-1867=明治の年数
  • 大正:西暦-1911=大正の年数
  • 昭和:西暦-1925=昭和の年数
  • 平成:西暦-1988=平成の年数
  • 令和:西暦-2018=令和の年数

例えば、2026年の場合は次のように計算できます。

2026-2018=8

したがって、2026年は令和8年です。

和暦から西暦へ変換する計算式

反対に、和暦から西暦に変換する場合は、各元号に対応した数字を足します。

  • 明治8年:8+1867=1875年
  • 大正10年:10+1911=1921年
  • 昭和50年:50+1925=1975年
  • 平成20年:20+1988=2008年
  • 令和8年:8+2018=2026年

なお、元号が始まった最初の年は「元年」と表記します。例えば、令和元年は2019年、平成元年は1989年、昭和元年は1926年です。計算上の1年と元年は同じ意味です。

1989年・2019年の変換で注意したいポイント

和暦と西暦の換算で最も注意したいのは、改元が行われた年です。

1989年の場合、1月7日までは昭和64年、1月8日からは平成元年です。西暦1989年という数字だけでは、どちらの元号かを決められません。

2019年の場合も同様で、4月30日までは平成31年、5月1日から令和元年です。

加えて、1926年は12月24日までが大正15年、12月25日から昭和元年です。1912年も7月29日までが明治45年、7月30日から大正元年となっています。

こうした改元年の扱いは、歴史資料や古い戸籍、出生証明書、契約書などの日付を確認するときに重要です。

明治時代の西暦換算には旧暦にも注意

もう一つ見落とされやすいのが、明治初期の暦の変更です。

日本では明治5年(1872年)に太陽暦への変更が決定され、旧暦の明治5年12月3日が新暦の明治6年1月1日となりました。これにより、1873年1月1日から現在につながる太陽暦が使用されています。

そのため、明治元年から明治5年までの記録を西暦に変換する場合は、元号の年数だけを単純に計算するのではなく、旧暦と新暦の違いも確認する必要があります。

国立公文書館の「太陽暦が採用される」という歴史資料では、明治5年の改暦に関する詔書と太政官布告第337号の内容が紹介されています。

【日本の年号に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:2026年の年号は令和何年ですか?
A1:2026年は令和8年です。令和の西暦換算式は「西暦-2018」で、2026-2018=8となります。

Q2:日本で最初の元号は何ですか?
A2:日本最初の元号は、645年に制定された大化(たいか)です。孝徳天皇の時代に始まりました。

Q3:日本の歴代元号は全部で何個ありますか?
A3:大化から令和まで、南北朝時代の南朝・北朝の元号をそれぞれ数える一般的な一覧では248件です。私年号などを含めるかどうかで数え方が異なる場合があります。

Q4:元号は誰が決めるのですか?
A4:現在は元号法に基づき、内閣が政令によって定めます。候補の考案、官房長官による整理、有識者への意見聴取、全閣僚会議での協議を経て、閣議で決定されます。

Q5:元号を変更する条件は何ですか?
A5:元号法第2項により、皇位の継承があった場合に限り改元されます。災害や社会情勢の変化だけを理由に改元することは、現在の法律では認められていません。

Q6:令和元年は西暦何年ですか?
A6:令和元年は2019年です。2019年5月1日から令和が始まり、4月30日までは平成31年でした。

Q7:平成32年は令和何年に相当しますか?
A7:平成32年という正式な元号表記は存在しません。平成は2019年4月30日に終了しています。ただし、西暦への機械的な換算では平成32年相当は2020年となり、令和2年に当たります。

Q8:令和という元号の由来は何ですか?
A8:『万葉集』巻五の梅花の歌の序文が典拠です。人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められています。

Q9:元号と年号には違いがありますか?
A9:基本的には同じ意味で使用されます。元号は法律上の名称であり、年号は一般的な呼び方として広く使われています。

日本の年号は、645年の大化から始まり、2026年現在の令和8年まで受け継がれています。一般的な歴代元号一覧では248件に及び、その変遷には日本の政治、皇位継承、社会制度、文化の歴史が反映されています。

明治・大正・昭和・平成・令和の5つの元号は、現在の生活でも特に重要です。西暦との対応は、明治なら1867、大正なら1911、昭和なら1925、平成なら1988、令和なら2018を足すことで求められます。

一方、元号の制度面では、昭和54年に制定された元号法が基本となっています。元号は政令で定められ、皇位の継承があった場合に限って改められます。候補の選定にも、漢字2字、読みやすさ、書きやすさ、意味などの基準があります。

【プロの結論】日本の年号を理解するうえで大切なのは、単純な数字の換算だけでなく、改元の背景と実際の施行日をセットで把握することです。特に1989年、1912年、1926年、2019年のような改元年は、月日まで確認することで正確な年代を判断できます。

行政手続きや歴史資料の確認では、和暦と西暦を併記すると誤認を防ぎやすくなります。元号は過去を記録するための制度であると同時に、日本の歴史と文化を現在につなぐ時間の尺度でもあります。令和8年という現在の年号を起点に、大化から続く歴史を振り返ることで、日本の時代の移り変わりをより立体的に理解できます。

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水沢 茜
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アイドルと音楽シーンを担当。公式サイトのスケジュール、リリース情報、本人の発表を照合してから構成しています。

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