香川照之(かがわ・てるゆき)は、俳優として数々の映画やドラマに出演する一方、九代目市川中車(いちかわ・ちゅうしゃ)として歌舞伎の舞台にも立つ異色の経歴を持つ人物です。46歳で歌舞伎界に入り、九代目市川中車を襲名したことは、歌舞伎界でも大きな話題になりました。
2026年11月現在も歌舞伎俳優として活動しており、同年にはスーパー歌舞伎『もののけ姫』の乙事主役や、息子の市川團子との親子共演を実現しています。さらに11月以降の出演予定も発表されています。なぜ40代で歌舞伎入りを決断したのか、父・二世市川猿翁との関係、澤瀉屋の家系、舞台での評価、そして今後の活動まで整理します。
【2026年最新】香川照之は現在も歌舞伎俳優・市川中車として活動中

まず気になるのは、香川照之が現在も歌舞伎の舞台に立っているのかという点です。
答えは明確です。2026年も九代目市川中車として舞台出演を続けています。
2026年には、歌舞伎町大歌舞伎『獨道中五十三驛』、スーパー歌舞伎『もののけ姫』という注目作に出演しました。
2026年の主な出演・活動特に注目されたのが、2026年7月3日から8月23日まで新橋演舞場で上演されたスーパー歌舞伎『もののけ姫』です。
宮﨑駿監督のアニメーション映画を原作とする本作で、市川中車は乙事主(おっことぬし)を担当しました。
乙事主は、猪神たちを率いる巨大な猪の神です。物語の中では、人間と森の神々との対立を象徴する重要な存在として描かれています。
同作のキャストには、市川團子、中村壱太郎、中村時蔵、市川猿弥、市川笑三郎らが名を連ねました。
公式サイトの配役発表でも、市川中車の乙事主役が明記されています。
2026年11月以降の活動予定2026年11月2日時点で公表されている主な予定は次のとおりです。
- 11月14〜16日: 岡崎市制110周年記念「岡崎歌舞伎特別公演」に出演。
- 12月26日: 岡崎市民歌舞伎特別公演のトークショーにスペシャルゲストとして出演。
- 2027年2月6〜26日: 博多座『流白浪燦星(ルパン三世)碧翠の麗城』に銭形刑部役で出演予定。
特に2027年の博多座公演は、新作歌舞伎『流白浪燦星』の第2弾に当たります。市川中車が再び銭形役を担うことからも、新作歌舞伎における存在感がうかがえます。
つまり、2026年の市川中車は単に過去の襲名によって名前を残しているだけではありません。澤瀉屋ゆかりの演目から新作歌舞伎まで、実際の舞台活動を続けています。
【46歳で歌舞伎入りした理由】父・市川猿翁との再会と息子への思い
香川照之が歌舞伎界に入った最大の転機は、父との関係修復でした。
歌舞伎役者の家に生まれながら、幼少期から歌舞伎の世界で育ったわけではありません。むしろ長い間、父の芸能活動とは距離のある人生を歩んでいました。
父は三代目市川猿之助、母は浜木綿子香川照之は1965年12月7日、東京都に生まれました。
父は歌舞伎俳優の三代目市川猿之助、母は女優の浜木綿子です。
両親は1968年に離婚し、香川は母のもとで育ちました。そのため、父方の歌舞伎の家系に生まれながら、幼い頃から舞台の稽古を受ける一般的な歌舞伎役者の経歴とは異なります。
東京大学文学部社会心理学科を卒業した後、1989年にNHK大河ドラマ『春日局』で俳優としてデビューしました。
その後は映画やドラマを中心に活動し、2002年の『利家とまつ』では豊臣秀吉、2010年の『龍馬伝』では岩崎弥太郎を演じています。
映像作品で実績を築いた後に、歌舞伎という伝統芸能の世界へ進んだのです。
約40年の父子関係に変化が生まれた2011年9月27日、香川照之は歌舞伎界入りと九代目市川中車の襲名を発表しました。
この発表の背景にあったのが、長年疎遠だった父との関係修復です。
2011年春ごろから父と再び生活をともにするようになり、同年9月の会見では、父と息子、孫の三世代が関係を築き直していることを明らかにしました。
当時の報道では、両親の離婚後、父子の関係は約40年間にわたって断絶状態にあったと伝えられています。
父は2012年に二世市川猿翁を襲名しました。
香川にとって歌舞伎入りは、単なる芸能活動の拡大ではありません。父が長年守ってきた芸と家の伝統を受け継ぐという意味も持っていました。
息子・政明を市川團子として初舞台に立たせたもう一つ重要なのが、長男の存在です。
香川の長男・政明は、2012年6月・7月の新橋演舞場公演で五代目市川團子を襲名しました。
つまり、父と息子が同じ公演で歌舞伎デビューを果たしたのです。
香川自身が歌舞伎の世界に入ることを決断した背景には、息子に歌舞伎の伝統をつなぐという父親としての思いもありました。
ただし、團子が歌舞伎役者になったことは、父親の決定だけで説明できるものではありません。後年のテレビ朝日のインタビューでは、團子自身が幼い頃から祖父・猿翁の舞台に憧れ、7歳のときに父から歌舞伎を勧められて、その日に挑戦を決めたと語っています。
この親子の選択が、現在の澤瀉屋の芸の継承にもつながっています。
【九代目市川中車の襲名経緯】澤瀉屋の家系図と歴代のつながり
香川照之の歌舞伎活動を理解するには、澤瀉屋という屋号と市川中車という名跡を区別する必要があります。
九代目市川中車とはどんな名前なのか市川中車は、歌舞伎界で受け継がれてきた名跡です。
香川照之が2012年6月・7月の新橋演舞場公演で九代目を襲名しました。
屋号は澤瀉屋(おもだかや)です。
屋号とは、歌舞伎役者の家や一門を示す呼び名で、単なる芸名とは異なります。澤瀉屋は父・二世市川猿翁につながる一門であり、スーパー歌舞伎をはじめとする独自の舞台表現でも知られています。
なお、市川中車という名跡は八代目まで立花屋でしたが、九代目から澤瀉屋となっています。
澤瀉屋の家系図を整理香川照之と歌舞伎関係者のつながりを整理すると、次のようになります。
二世市川猿翁
父・三代目市川猿之助としても知られる
九代目市川中車
本名:香川照之
父の芸と澤瀉屋の伝統を継承
五代目市川團子
香川照之の長男・2004年生まれ
2012年に初舞台
四代目市川猿之助
香川照之の従兄弟にあたる人物
二世猿翁の甥にあたる
澤瀉屋をめぐる主な親族関係の概略。浜木綿子は香川照之の母。
関係を一覧表にすると、次のようになります。
| 人物 | 香川照之との関係 | 歌舞伎界での位置づけ |
|---|---|---|
| 二世市川猿翁 | 父 | 三代目市川猿之助として活躍した澤瀉屋の中心人物 |
| 浜木綿子 | 母 | 女優。香川を育てた人物 |
| 九代目市川中車 | 本人 | 歌舞伎での芸名 |
| 五代目市川團子 | 長男 | 2012年に初舞台を踏んだ歌舞伎俳優 |
| 四代目市川猿之助 | 従兄弟 | 澤瀉屋の猿之助の名跡を継いだ人物 |
家系図で特に押さえたいのは、市川中車と市川猿之助は同じ人物の別名ではないという点です。
香川照之が襲名したのは九代目市川中車であり、四代目市川猿之助を襲名したのは従兄弟の市川亀治郎です。
また、父の二世市川猿翁は2023年9月13日に83歳で亡くなりました。これにより、香川と團子が受け継ぐ澤瀉屋の芸の意味は、さらに大きくなっています。
【香川照之の歌舞伎出演歴】俳優業との違いと舞台での実績
香川照之は歌舞伎入り後も映像作品の仕事を続けてきました。
歌舞伎の舞台では市川中車、テレビや映画では香川照之という名前を使用しています。
この二つの活動には、それぞれ異なる表現上の特徴があります。
市川中車としての主な出演歴| 時期 | 演目 | 主な役柄・出来事 |
|---|---|---|
| 2012年 | 『小栗栖の長兵衛』 | 百姓長兵衛。襲名披露 |
| 2012年 | 『ヤマトタケル』 | 帝。歌舞伎初舞台 |
| 2012年 | 『将軍江戸を去る』 | 山岡鉄太郎 |
| 2013年 | 『楼門五三桐』 | 石川五右衛門 |
| その後 | 『一本刀土俵入』 | 茂兵衛 |
| その後 | 『牡丹燈籠』 | 伴蔵 |
| その後 | 『傾城反魂香』 | 浮世又平 |
| 2023年 | 『流白浪燦星』 | 銭形警部 |
| 2024年 | 『ヤマトタケル』 | 帝 |
| 2026年 | 『獨道中五十三驛』 | おさん実は猫の怪 |
| 2026年 | 『もののけ姫』 | 乙事主 |
日本俳優協会などが公開する歌舞伎俳優名鑑では、香川は新歌舞伎だけでなく、上方狂言や世話狂言にも取り組み、役柄の幅を広げてきたと紹介されています。
映像俳優と歌舞伎役者は何が違う?両者の違いは、単に出演する場所や名前だけではありません。
| 比較項目 | 香川照之(映像俳優) | 市川中車(歌舞伎役者) |
|---|---|---|
| 活動の場 | 映画・テレビ・ドラマ | 歌舞伎劇場・舞台 |
| 表現方法 | カメラを通じた演技 | 舞台上での身体表現 |
| 重視される技術 | 台詞、心理描写、人物造形 | 型、発声、所作、見得 |
| 役柄の特徴 | 現代劇から時代劇まで幅広い | 古典・新作歌舞伎など |
| 名前 | 香川照之 | 九代目市川中車 |
映像作品で培った心理描写や人物分析の能力は、歌舞伎でも生かせる部分があります。
一方で、歌舞伎には独自の型や所作、発声、舞台上の約束事があります。映画やドラマで実績があっても、それだけで歌舞伎の技術を習得できるわけではありません。
46歳から歌舞伎に挑戦した香川にとって、従来の俳優経験を生かしながら、新しい表現体系を身につけることが大きな課題だったはずです。
映像の知名度に頼らず、歌舞伎で役柄を広げてきた歌舞伎俳優としての香川の実績を考える際、注目したいのは役柄の変化です。
初舞台では長兵衛や帝などに挑戦し、その後は茂兵衛、伊織、伴蔵、政五郎など、人物の内面を表現する役にも取り組んできました。
日本俳優協会の歌舞伎俳優名鑑では、特に細やかな内面描写や、役柄に真摯に取り組む姿勢が評価されています。
2017年度には第三十四回浅草芸能大賞奨励賞も受賞しました。
こうした経歴を見ると、香川の歌舞伎活動は映像俳優としての知名度だけで成立しているものではなく、実際の舞台経験を積み重ねてきたものだと分かります。
【市川中車の歌舞伎での評判】舞台復帰後の評価と『もののけ姫』
市川中車の舞台での評判は、どの作品で、どのような役を演じたかによって異なります。
歌舞伎入りが遅かったこともあり、幼少期から歌舞伎の舞台で鍛錬してきた役者と同じ基準で評価するのではなく、映像演技の強みをどのように歌舞伎へ応用しているかを見ることが大切です。
『傾城反魂香』で見せた演技2023年6月、市川中車は歌舞伎座の『傾城反魂香』で浮世又平を演じました。
この役は、父・二世市川猿翁が過去に演じたことでも知られる重要な役柄です。
当時の報道では、中車の演技が好評だったことが伝えられています。
一方、演技の大きさや表現方法については批評によって評価が分かれる部分もありました。特に、歌舞伎特有の誇張された表現と、映像俳優としての演技感覚をどう調和させるかは、長期的な課題でもあります。
2026年5月『獨道中五十三驛』で宙乗りに挑戦2026年5月3日から26日まで上演された歌舞伎町大歌舞伎『獨道中五十三驛』も、注目度の高い出演でした。
市川中車は「岡崎無量寺」の場で、おさん実は猫の怪を初役で演じました。
この演目の見どころは、化け猫の姿で空中を移動する宙乗りです。
劇場の公式レポートによると、中車は十二単をまとった化け猫として高さ約12メートルの宙乗りを披露。怪異の不気味さと猫らしい愛嬌を表現し、客席から拍手喝采を受けました。
60歳で初めて挑んだ役柄であり、身体表現への意欲を示す舞台にもなりました。
『もののけ姫』の乙事主役が持つ意味2026年のもう一つの大きな話題が、スーパー歌舞伎『もののけ姫』です。
乙事主は、物語の中で森の神々を象徴する存在です。
市川中車にとって、この役は従来の人間の登場人物とは違い、神としての威厳や怒り、森を守ろうとする存在感を身体全体で表現する必要があります。
また、作品には息子の市川團子もアシタカ/シシ神役で出演しました。
父が乙事主、息子がアシタカという配役は、親子それぞれの世代が同じ舞台で異なる役柄を担うという点でも興味深いものです。
この作品は、二世市川猿翁が創始したスーパー歌舞伎の精神を次世代へつなぐ意味も持っています。制作発表では、團子も祖父がいない初めてのスーパー歌舞伎の新作であることに触れていました。
【舞台復帰の真相】2022年の報道から現在までの活動を時系列で整理
香川照之の歌舞伎活動を語るうえでは、2022年の報道と、その後の復帰過程も外せません。
2022年の報道と活動への影響2022年8月、香川照之について週刊誌が銀座のクラブでの不適切な行為を報じました。
これに対し、所属事務所は同月25日に公式コメントを発表し、本人の行為によって女性に不快な思いをさせたことを認め、謝罪したと説明しました。
翌26日には、本人もTBSの情報番組『THE TIME,』で謝罪しています。
その後、TBSは9月1日に番組降板を発表。CMや映像作品への出演にも影響が及びました。
歌舞伎での復帰は2022年12月注目したいのは、映像作品への出演環境が大きく変化する一方、歌舞伎では2022年12月に舞台復帰を果たしたことです。
12月の歌舞伎座「十二月大歌舞伎」で『鞘當』に出演し、茶屋亭主役を演じました。
その後、2023年6月には『傾城反魂香』で浮世又平という大きな役に挑戦しています。
したがって、舞台復帰は一度の出演で終わったわけではありません。役柄を広げながら、歌舞伎俳優としての活動を続けてきました。
父・猿翁の死と澤瀉屋の継承2023年9月には、父の二世市川猿翁が亡くなりました。
猿翁はスーパー歌舞伎を創始し、歌舞伎の表現方法に大きな変革をもたらした人物です。
香川にとって父の死は、個人的な別れであると同時に、芸の継承という課題にも向き合う転機になりました。
現在は息子の市川團子も若手歌舞伎俳優として活動しており、親子で澤瀉屋の演目を担う機会が増えています。
2026年から2027年にかけての注目予定今後の活動で特に注目したいのは、次の3つです。
岡崎歌舞伎特別公演
岡崎市民会館あおいホール。市川中車、中村壱太郎、市川團子らが出演し、『紅葉錦絵葵正夢』『俊寛』『蜘蛛の拍子舞』などを上演予定です。
岡崎市民歌舞伎特別公演
岡崎市民会館あおいホール。市川中車は「挑む!」と題したトークショーのスペシャルゲストとして出演予定です。
『流白浪燦星 碧翠の麗城』
博多座公演。市川中車は銭形刑部役を担当します。新作歌舞伎シリーズへの継続出演という点でも注目されます。
こうした予定から見ると、2026年以降も歌舞伎活動を続けていく方向性が明確になっています。
ただし、出演予定があることと、テレビや映画を含む芸能活動全体が完全に以前の状態へ戻ったことは別問題です。両者は分けて捉える必要があります。
【プロの結論】香川照之の歌舞伎活動から見える澤瀉屋の未来
香川照之の歌舞伎入りは、一般的な歌舞伎役者のキャリアとは大きく異なります。
幼少期から舞台に立つのではなく、映像俳優として30年以上の経験を積んだ後、46歳で歌舞伎の世界へ入りました。
この経歴には、歌舞伎界における三つの重要な意味があります。
1. 名跡の継承は名前だけでは成立しない市川中車という名跡を受け継ぐことは、単なる襲名ではありません。
澤瀉屋が積み重ねてきた演目、型、舞台表現を理解し、実際の舞台で伝えていく必要があります。
香川は新歌舞伎から世話狂言、スーパー歌舞伎まで出演領域を広げてきました。
この積み重ねこそ、歌舞伎俳優としての評価を考える際の重要な判断材料です。
2. 市川團子の成長が一門の将来を左右する市川團子は2004年生まれで、2012年に父と同じ公演で初舞台を踏みました。
2024年にはスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』でヤマトタケル役を務め、2026年の『もののけ姫』でもアシタカ役を担当しています。
2026年5月の『獨道中五十三驛』では十三役の早替わりにも挑戦しました。
團子の成長は、香川自身の活動だけでなく、澤瀉屋の芸の継承という観点からも重要です。
3. 映像と舞台の二つの経験を生かせる香川の強みは、映像作品で培った人物造形と、歌舞伎で積み重ねてきた舞台経験を併せ持つことです。
特に新作歌舞伎では、現代の観客にも伝わる人物表現が求められる場面があります。
『ルパン三世』や『もののけ姫』のように、幅広い世代に知られる作品を歌舞伎として上演する際、映像作品に精通した俳優としての経験も生かせるでしょう。
ただし、最終的に評価されるのは知名度ではなく、舞台でどれだけ役を成立させられるかです。
香川照之の今後を判断するなら、テレビ出演の多さだけでなく、歌舞伎でどのような役に挑み、どのような舞台実績を残していくかに注目するのが適切です。
【香川照之の歌舞伎】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:香川照之が歌舞伎入りしたのは何歳ですか?
A1:2012年6月、46歳で歌舞伎の初舞台を踏みました。同時に九代目市川中車を襲名しています。
Q2:市川中車と香川照之は同一人物ですか?
A2:同一人物です。映画やドラマなどの映像活動では香川照之、歌舞伎では九代目市川中車という名前を使用しています。
Q3:市川團子は香川照之の息子ですか?
A3:はい。五代目市川團子は香川照之の長男です。2012年に父と同じ公演で初舞台を踏み、2026年も親子共演を果たしています。
Q4:香川照之は『もののけ姫』で何の役を演じましたか?
A4:2026年のスーパー歌舞伎『もののけ姫』で乙事主を演じました。息子の市川團子はアシタカ/シシ神役を担当しました。
Q5:市川中車の現在の歌舞伎活動はどうなっていますか?
A5:2026年11月現在も活動中です。11月の岡崎歌舞伎特別公演、12月の岡崎市民歌舞伎特別公演への出演が予定され、2027年2月には博多座『流白浪燦星』にも出演予定です。
Q6:香川照之の父親は誰ですか?
A6:父親は二世市川猿翁です。かつて三代目市川猿之助として活動し、スーパー歌舞伎を創始した歌舞伎界の重要人物です。2023年9月13日に83歳で亡くなりました。
香川照之の歌舞伎入りは、46歳という異例のタイミングで実現しました。
父・二世市川猿翁との関係修復、澤瀉屋の伝統、そして長男・市川團子への継承という複数の要素が重なった決断でした。
その後は映像俳優としての活動と並行して歌舞伎の舞台経験を積み、2026年には『獨道中五十三驛』の猫の怪やスーパー歌舞伎『もののけ姫』の乙事主という新たな役柄にも挑戦しています。
2026年11月現在の注目点は、香川照之個人の復帰だけではなく、市川中車と市川團子の親子が澤瀉屋の芸をどう次世代につないでいくかということです。
2027年の博多座『流白浪燦星』への出演も控えており、今後は古典歌舞伎での実績と新作歌舞伎での存在感の両方が注目されます。
歌舞伎入りから14年。香川照之にとって市川中車という名前は、過去の襲名の記録ではなく、現在も舞台で積み重ねている芸の証しなのです。