2026年11月現在、NBAで活躍する八村塁と故郷・富山の関係が、改めて大きな注目を集めている。富山市出身の八村は、富山市立奥田中学校でバスケットボールを始め、宮城県の明成高校、アメリカのゴンザガ大学を経てNBAへと進んだ日本バスケットボール界を代表する選手だ。
2026年8月22日には、NBA入り後初となる公式凱旋イベント「BLACK SAMURAI 富山 Homecoming」を開催。地元の子どもたちへのバスケットボール指導に加え、将来的に富山グラウジーズでプレーしたいという本人の希望も明らかになった。現在はロサンゼルス・クリッパーズに所属しており、富山でのプレーは将来の目標として語られている。
この記事では、八村塁の富山での原点、NBAキャリア、馬場雄大との関係、2026年の凱旋イベントの実績、そして富山グラウジーズ加入の可能性まで、時系列と本人の発言を交えて整理する。
【出身地の真実】八村塁は富山県富山市生まれ!奥田中学校がバスケ人生の原点

八村塁と富山の関係を理解するうえで欠かせないのが、富山市立奥田中学校で過ごした中学時代だ。
富山市で育った少年がNBA選手になるまで八村塁は1998年2月8日生まれ。出身地は富山県富山市である。
NBAの公式プロフィールや本人が主宰するBLACK SAMURAIの公式情報でも、富山県出身であることが紹介されている。
八村がバスケットボールを始めた場所として知られているのが、地元の奥田中学校だ。
NBAの舞台で活躍する現在の姿からは想像しにくいかもしれないが、彼の競技人生は世界的なバスケットボールアカデミーではなく、富山の中学校から始まった。
中学時代には全国大会でも活躍し、将来を期待される選手へと成長。その後、さらなる競技力向上を目指して宮城県の明成高校へ進学した。
富山から宮城、そしてアメリカへ高校進学を機に富山を離れた八村は、明成高校で全国トップクラスの選手へと成長する。
明成高校ではウインターカップの連続優勝に貢献。NBA公式プロフィールによると、全国高校選手権で5試合平均28.0得点を記録した実績もある。
その後、2016年にアメリカのゴンザガ大学へ進学した。
英語や競技環境の違いを乗り越えながらプレーを続け、大学最終シーズンには全米屈指の選手として評価されるまでになった。
八村にとって富山は、単なる出身地ではない。バスケットボールを始め、憧れの選手と出会い、世界を目指すきっかけを得た場所なのである。
【NBAキャリア年表】明成高校・ゴンザガ大学からクリッパーズへ
八村塁のキャリアは、国内の高校バスケットボールから大学バスケットボール、そしてNBAへと段階的に広がってきた。
特に2019年のNBAドラフトは、日本のバスケットボール界にとって歴史的な転換点となった。
八村塁の経歴・所属チーム一覧| 時期 | 出来事・所属 | 主な実績・富山との関係 |
|---|---|---|
| 1998年2月 | 富山県富山市で誕生 | 富山が生まれ故郷 |
| 中学時代 | 富山市立奥田中学校 | バスケットボールを始める |
| 高校時代 | 明成高校 | 全国高校選手権で活躍 |
| 2016〜2019年 | ゴンザガ大学 | 全米大学バスケットボールで活躍 |
| 2019年6月 | NBAドラフト | ウィザーズから全体9位指名 |
| 2023年1月 | ロサンゼルス・レイカーズ | 強豪チームでプレー |
| 2026年7月 | ロサンゼルス・クリッパーズ | 2年契約で新天地へ |
| 2026年8月22日 | BLACK SAMURAI 富山 Homecoming | NBA入り後初の公式凱旋 |
2019年6月、八村はワシントン・ウィザーズから全体9位で指名された。
日本出身選手として初めてNBAドラフト1巡目指名を受けた選手となり、そのニュースは国内外で大きく報じられた。
ゴンザガ大学時代の実績も際立っている。
NBA公式プロフィールによると、2016〜2019年の大学通算出場は102試合。平均12.2得点、4.4リバウンドを記録した。
2018-19シーズンには全米オールアメリカン・ファーストチームに選出され、ジュリアス・アービング賞やWCC年間最優秀選手賞も受賞している。
ウィザーズからレイカーズ、そしてクリッパーズへNBA入り後はワシントン・ウィザーズでキャリアをスタートさせた。
2023年にはロサンゼルス・レイカーズへ移籍。プレーオフでも存在感を示し、チームのローテーションを担う選手へと成長した。
そして2026年7月、新たな転機が訪れる。
NBA公式発表によると、八村はロサンゼルス・クリッパーズと2年総額2,800万ドルの契約に合意。7月6日に契約が正式に成立した。
同じロサンゼルスを本拠地とするチーム間の移籍であり、NBAでのキャリアは新たな段階に入った。
【馬場雄大との関係】奥田中学校の先輩が八村塁に与えた影響
八村塁と富山を結ぶ人物として、もう一人忘れてはならないのが馬場雄大だ。
馬場も富山県出身のバスケットボール選手で、八村と同じ富山市立奥田中学校の出身。八村より2学年上の先輩にあたる。
馬場雄大は八村が憧れた先輩2026年8月22日の凱旋イベントでは、八村が馬場との中学時代の関係について語った。
スポーツメディア「THE ANSWER」の報道によると、八村は中学入学時の出来事を振り返り、周囲からの誘いを馬場が止めてくれたことへの感謝を明かしている。
加えて、馬場について「彼みたいになりたいと思って」バスケットボール部に入ったという趣旨の話もしている。
これは単なる同郷の選手という関係ではない。
八村が競技を始める段階で目標としていた人物であり、現在も日本代表で共にプレーする関係だ。
八村塁が馬場雄大を富山グラウジーズに誘いたい理由2026年8月のイベントでは、将来的に富山グラウジーズでプレーする構想について、八村が馬場の名前を挙げた。
「雄大さんもできればリクルートして一緒に」
八村が将来的な共闘を希望したことは、富山のバスケットボールファンにとって大きな話題となった。
ただし、これは将来への希望を語ったものであり、両選手の富山グラウジーズ加入が決まったわけではない。
2026年7月16日、馬場雄大は長崎ヴェルカとの2026-27シーズンの契約継続に合意している。
つまり、2026年11月現在の所属先は八村がクリッパーズ、馬場が長崎ヴェルカだ。
2人が富山で同じユニフォームを着る未来は、現段階では将来の楽しみとして受け止めるべき話である。
【2026年8月22日】BLACK SAMURAI 富山 Homecomingの全貌
2026年の八村塁と富山を語るうえで最大の出来事が、「BLACK SAMURAI 富山 Homecoming」だ。
このイベントは、八村がNBA選手になって以降、初めて富山で開催した公式凱旋イベントとして実施された。
主催はBLACK SAMURAIと北日本放送を中心とする実行委員会。富山県と富山市が共催し、富山グラウジーズも特別協力として参加した。
会場はYKK AP ARENA(富山市総合体育館)開催日は2026年8月22日。
会場となったのは、富山市のYKK AP ARENA(現・富山市総合体育館)だ。
同施設は2026年10月の正式開業に先駆けて特別に使用され、八村の凱旋イベントが開催された。
NBAのスター選手を故郷に迎えるだけでなく、富山の新たなスポーツ拠点を広く発信する意味も持つイベントだった。
YKK APの公式イベントレポートによると、当日はアリーナ内に約4,800人が来場。アリーナ前の親水広場にも屋台や櫓が設けられ、地域全体が祭りの雰囲気に包まれた。
バスケットボール教室には201人の子どもたちが参加今回のイベントで特に意義深かったのが、県内の小中学生を対象としたバスケットボールクリニックだ。
富山市の公式記者会見記録によると、県内全市町村から招待された子どもは201人。
八村本人だけでなく、富山グラウジーズの選手やスタッフも協力し、子どもたちと一緒にコートに立った。
指導ではドリブルやパス、シュートなどの基本的な技術に加え、プレー中の視線の使い方についてもアドバイスした。
八村が子どもたちに伝えたのは、最初から完璧にプレーする必要はないという考え方だ。
「最初のほうはミスしていても全然大丈夫」
TBS NEWS DIGの当日取材でも、八村が子どもたちに直接声をかけながら指導する様子が紹介された。
NBA選手の技術を間近で体験できるだけでなく、世界を目指す選手本人から挑戦する姿勢を学べる機会になった。
バスケだけではない!富山の祭りと花火も開催BLACK SAMURAI 富山 Homecomingは、競技イベントだけで構成されたものではなかった。
アリーナ周辺では、富山の地域文化を取り入れたNight Festivalも開催。
主な企画は次のとおりだ。
- 富山の山王まつりをイメージした屋台・ナイトマーケット
- 現代風のDJ盆踊り「BLACK SAMURAI 盆DANCE」
- 「おわら風の盆」を取り入れた演出
- 1000個を超えるエール提灯
- 夜の花火イベント
富山市長も2026年8月28日の定例記者会見で、イベントが盛況のうちに終了したことを報告している。
市長の説明によると、バスケットボールクリニックには201人が参加し、親水広場では祭りや花火が実施された。
スポーツと地域文化を組み合わせたことで、バスケットボールファン以外にも富山の魅力を発信する機会となった。
【本人が明言】八村塁は富山グラウジーズでプレーしたい?
今回の凱旋イベントで最も注目された発言の一つが、将来的な富山グラウジーズ入りについての話だ。
八村は、故郷のクラブでプレーすることに前向きな姿勢を示した。
「現役の最後は富山グラウジーズでプレーしたい」YKK APの公式イベントレポートでは、八村が現役の最後は富山グラウジーズでプレーしたいと語ったことが紹介されている。
加えて、TBS NEWS DIGの報道では、加入時期について本人が次のような考えを明かしている。
「僕が体動けるときに来たいと思います」
この発言には重要な意味がある。
八村は単にキャリアの終盤に名前だけを地元クラブへ残したいわけではない。現役選手として十分にプレーできる状態で富山に戻りたいという意向を示したのだ。
2026年8月のイベントでは、まだ28歳でNBAでもプレーを続けられるという趣旨の説明もしている。
したがって、富山グラウジーズ加入は直近の移籍計画ではなく、NBAでのキャリアを続けながら見据える将来の目標と理解するのが適切だ。
富山グラウジーズとの関係はすでに始まっている八村と富山グラウジーズの関係は、将来の加入希望だけではない。
2026年6月、クラブはBLACK SAMURAI 富山 Homecomingへの特別協力を正式発表した。
実際のイベントでは、グラウジーズの選手やスタッフがバスケットボールクリニックをサポート。
八村と地元クラブが同じプロジェクトに参加する形が実現した。
これは将来の加入契約とは異なるものの、富山のバスケットボール界にとって意味のある連携だった。
八村の世界的な知名度とNBAで培った経験を、地元クラブの活動や次世代育成につなげることができるからだ。
八村塁と馬場雄大が富山で共演する可能性八村が将来的に富山でプレーする場合、馬場雄大との共演もファンが期待する展開の一つだ。
ただし、2026-27シーズンの馬場は長崎ヴェルカとの契約を継続している。
八村もクリッパーズと2年契約を結んだばかりだ。
そのため、両選手がいつ富山で一緒にプレーするかについて、具体的な時期を予測する材料はまだない。
現段階では、本人たちが公の場で語った将来の希望と、実際の契約状況を分けて考える必要がある。
【2026年最新】八村塁の現在はクリッパーズ!今後のキャリアを展望
2026年11月現在、八村塁はNBAのロサンゼルス・クリッパーズに所属している。
2026年7月にレイカーズから移籍し、新しいチームで2026-27シーズンに臨んでいる。
クリッパーズとの契約内容NBA公式発表によると、今回の契約は2年間で総額2,800万ドル。
クリッパーズのバスケットボール運営部門代表ローレンス・フランクは、八村について3ポイントシュートやミドルレンジでの得点能力、サイズを生かしたプレーを評価している。
NBA公式プロフィールでも、八村はクリッパーズの背番号28を着けるフォワードとして掲載されている。
レイカーズ時代の2025-26シーズンは、NBA公式発表によると平均11.5得点、3.3リバウンドを記録。フィールドゴール成功率51.4%、3ポイント成功率44.3%という数字を残した。
新天地で期待されるのは、持ち味である得点力とシュート精度を生かしながら、チーム内でさらに重要な役割を担うことだ。
八村塁の今後の目標2026年8月22日の富山での会見では、新シーズンの目標として、スターティングメンバーに定着し、チームの2番手・3番手の選手になりたいという意欲も示した。
これは、NBAでのキャリアをまだ発展させたいという意思の表れでもある。
富山グラウジーズでプレーするという将来像は、NBAでの挑戦を終えた後に考える選択肢の一つだ。
現時点で優先されるのは、クリッパーズで結果を残し、NBA選手としての価値を高めることだろう。
富山への帰郷は単なる凱旋ではない八村は凱旋イベントで、富山に戻ると子どもの頃の思い出がよみがえり、自分自身も原点に戻れるという趣旨の思いを語っている。
ここに、富山と八村の関係の本質がある。
世界最高峰のリーグでプレーする選手になっても、競技を始めた場所や自分を支えてくれた人々との関係は続いている。
今回のイベントは、NBA選手が故郷に戻ってファンと交流するだけの催しではなかった。
世界で得た経験を地元の子どもたちに伝え、富山から世界を目指す次世代の選手に新しい目標を示す機会でもあった。
八村塁と富山の関係を整理すると、注目すべき点は大きく3つある。
1. 富山は八村塁の競技人生の出発点である
奥田中学校でバスケットボールを始め、明成高校、ゴンザガ大学を経てNBAへ進んだキャリアは、地方から世界最高峰の舞台に到達できることを示している。
2. 富山グラウジーズでのプレーは本人が公言した将来の希望である
単なるファンの期待やSNS上の憶測ではない。2026年8月の公式イベントで本人が意思を示している。ただし、加入時期や契約内容は決まっていない。
3. 地元への貢献は現役NBA選手の段階ですでに始まっている
約4,800人が集まった凱旋イベントと、201人の子どもたちを対象としたバスケットボールクリニックは、その具体例だ。
特に重要なのは、八村が地元でプレーすることだけが富山への恩返しではないという点だ。
NBAでの活躍を通じて富山の名前を世界に広めること、子どもたちに挑戦するきっかけを与えること、そして地元クラブと連携することも大きな地域貢献になる。
今後の動向を追う際は、本人の発言、NBAの公式所属情報、富山グラウジーズの契約発表を分けて確認することが大切だ。
八村塁と富山に関するよくある質問(FAQ)
Q1:八村塁は富山県のどこ出身?
A1:富山県富山市出身。富山市立奥田中学校でバスケットボールを始め、その後、宮城県の明成高校、アメリカのゴンザガ大学へ進学した。
Q2:八村塁は富山グラウジーズに所属している?
A2:2026年11月現在はロサンゼルス・クリッパーズ所属。富山グラウジーズへの加入は将来の希望として本人が公言しているが、契約や加入時期は決まっていない。
Q3:BLACK SAMURAI 富山 Homecomingはいつ開催された?
A3:2026年8月22日(土)に富山市のYKK AP ARENAとその周辺で開催された。八村のNBA入り後初の公式凱旋イベントで、アリーナには約4,800人が来場した。
Q4:八村塁と馬場雄大はどのような関係?
A4:2人は富山市立奥田中学校の先輩・後輩で、馬場が2学年上。八村は中学時代から馬場に憧れており、将来は富山グラウジーズで一緒にプレーしたいという希望も語っている。
Q5:八村塁は2026年現在どこのNBAチームに所属している?
A5:ロサンゼルス・クリッパーズ。2026年7月にロサンゼルス・レイカーズから移籍し、2年総額2,800万ドルの契約を結んだ。
Q6:八村塁の富山でのバスケットボール教室には何人参加した?
A6:2026年8月22日のイベントでは、富山県内全市町村から招待された201人の小中学生が参加した。八村本人と富山グラウジーズの選手らが指導に携わった。
八村塁と富山の関係は、出身地という一言では説明しきれない。
富山市立奥田中学校でバスケットボールを始め、明成高校、ゴンザガ大学を経てNBAドラフト1巡目指名を実現した。世界的な選手へ成長した現在も、富山は本人にとって原点であり続けている。
2026年8月22日の「BLACK SAMURAI 富山 Homecoming」は、そのつながりを改めて形にしたイベントだった。約4,800人の来場者、201人の子どもたちへの指導、富山グラウジーズとの連携は、地元に残した具体的な成果といえる。
そして、将来的に富山グラウジーズでプレーしたいという本人の発言は、ファンに新たな夢を与えた。
もっとも、2026年11月現在の八村はクリッパーズでNBAキャリアを続けており、富山加入はまだ先の話だ。
まずはNBAでのさらなる活躍に注目したい。その先に、奥田中学校から世界へ羽ばたいた八村塁が、再び富山のコートに立つ日が訪れるかもしれない。
富山から世界へ。そして、いつか世界から富山へ。八村塁の挑戦は、故郷との新しい物語をこれからも生み出していく。