2026年11月現在、月まで到達した人類は延べ人数ではなく、個人を重複なく数えて28人です。そのうち、実際に月面に降り立ち、歩いた経験を持つのは、アメリカのアポロ計画に参加したわずか12人。残る16人は、月周回や月の裏側を通過する飛行によって月まで到達しました。
1969年のアポロ11号で初めて月面に立ったニール・アームストロングとバズ・オルドリンから、2026年4月に月周回飛行を成功させたアルテミスIIの4人まで、有人月探査の歴史は新しい段階に入っています。日本人宇宙飛行士による初の月面着陸も、2020年代後半を目指す計画が進んでいます。
この記事では、NASAの公式記録、アポロ計画のミッション資料、JAXA・文部科学省の発表を基に、月に行った人の一覧、月面着陸者12人の名前、現在の生存者、アルテミスIIの成果、日本人が月に立つ可能性までを整理します。
【結論】月に行った人は28人!月面を歩いた12人との違い

最初に、最も気になる人数を整理します。
2026年のアルテミスII成功後、月まで到達した人は28人です。ただし、この数字には月面に着陸した人と、宇宙船に乗って月の周囲を飛行しただけの人が含まれています。
| 分類 | 人数 | 内容 |
|---|---|---|
| アポロ計画で月まで到達 | 24人 | 1968~1972年 |
| アルテミスIIで月まで到達 | 4人 | 2026年 |
| 月まで到達した合計 | 28人 | 重複を除いた個人の人数 |
| 月面を歩いた人 | 12人 | アポロ計画の6ミッション |
| 月面に着陸せず月まで到達 | 16人 | 月周回・月フライバイなど |
この数字の根拠となるのが、NASAの「Moonwalkers(月面を歩いた宇宙飛行士)」の公式記録です。同資料は、アポロ計画で月まで行った24人に加え、2026年のアルテミスIIの4人を掲載しています。
なぜ28人全員が月面を歩いたわけではないのか月まで行くことと、月面に着陸することは別のミッションです。
アポロ計画では、3人乗りの宇宙船で月へ向かい、そのうち2人が月着陸船に乗り換えて地表に降りる方式が採用されました。
残る1人は司令船に残り、月の周回軌道上で待機します。
そのため、アポロ11号ではニール・アームストロングとバズ・オルドリンが月面を歩きましたが、マイケル・コリンズは月面には降りていません。
それでも、コリンズも月まで行った宇宙飛行士の1人です。
この違いを理解すると、「月に行った人」と「月面を歩いた人」の人数が異なる理由が分かります。
【月面を歩いた12人】アポロ11号から17号までの全着陸者一覧
人類で初めて月面に降り立ったのは、1969年7月20日のアポロ11号の乗組員でした。
それから1972年12月のアポロ17号まで、合計6回の有人月面着陸が実現しています。各ミッションで2人ずつ、合計12人が月面を歩きました。
1. アポロ11号:人類初の月面着陸(1969年)
ニール・アームストロング
Neil Armstrong / 1930~2012年
人類で初めて月面に足を踏み入れた宇宙飛行士。アポロ11号の船長を務めた。
バズ・オルドリン
Buzz Aldrin / 1930年生まれ
アームストロングに続いて月面に降り立った2人目の人類。月面活動では写真撮影や科学実験などを担当した。
アポロ11号の成功は、人類の宇宙開発史を大きく変えました。
司令船操縦士のマイケル・コリンズは月周回軌道に残り、地表には降りていません。
2. アポロ12号:2回目の有人月面着陸(1969年)- チャールズ・コンラッド(Charles Conrad Jr./1930~1999年)
- アラン・ビーン(Alan Bean/1932~2018年)
1969年11月、アポロ12号が月面着陸に成功しました。
このミッションでは、月面探査の精度を高めるための活動が行われ、無人探査機サーベイヤー3号の近くに着陸しました。
3. アポロ14号:フラ・マウロ高地への着陸(1971年)- アラン・シェパード(Alan B. Shepard Jr./1923~1998年)
- エドガー・ミッチェル(Edgar D. Mitchell/1930~2016年)
1971年1月、アポロ14号が月面着陸に成功。
船長のアラン・シェパードは、アメリカ初の有人宇宙飛行を成し遂げた人物でもあります。
4. アポロ15号:月面車による探査(1971年)- デビッド・スコット(David R. Scott/1932年生まれ)
- ジェームズ・アーウィン(James B. Irwin/1930~1991年)
アポロ15号では、月面探査車ルナ・ローバーが初めて使用されました。
宇宙飛行士が月面車を運転することで、徒歩だけでは到達しにくい範囲まで調査できるようになりました。
5. アポロ16号:デカルト高地の調査(1972年)- ジョン・ヤング(John W. Young/1930~2018年)
- チャールズ・デューク(Charles M. Duke Jr./1935年生まれ)
1972年4月に実施されたアポロ16号では、月の高地の地質調査などが行われました。
ジョン・ヤングはアポロ10号で月を周回した経験も持ち、後に月面着陸も成功させています。
6. アポロ17号:人類最後の月面着陸(1972年)- ユージン・サーナン(Eugene Cernan/1934~2017年)
- ハリソン・シュミット(Harrison H. Schmitt/1935年生まれ)
1972年12月、アポロ17号が人類最後の有人月面着陸を実現しました。
ハリソン・シュミットは地質学者でもあり、科学者として月面に立った人物として知られています。
そして、船長のユージン・サーナンは、現在まで人類で最後に月面を離れた人物です。
1972年12月以降、2026年に至るまで、有人月面着陸は実施されていません。
【月まで行った人28人】アポロ計画とアルテミスIIの全乗組員一覧
月まで行った人を正確に把握するには、月面着陸に成功した6ミッションだけでなく、月を周回したミッションや着陸を断念したミッションも含める必要があります。
NASAのミッション記録を基に、アポロ計画の9ミッションと2026年のアルテミスIIを一覧にしました。
月まで到達した人の歴代一覧注:アポロ計画の乗組員は延べ27人分の搭乗記録ですが、ジム・ラヴェル、ジョン・ヤング、ユージン・サーナンがそれぞれ2回月へ飛行したため、個人の人数は24人です。アルテミスIIの4人を加えると28人になります。
月まで2回行った宇宙飛行士は3人アポロ計画では、複数回にわたって月まで飛行した宇宙飛行士が3人います。
- ジム・ラヴェル: アポロ8号とアポロ13号。
- ジョン・ヤング: アポロ10号とアポロ16号。
- ユージン・サーナン: アポロ10号とアポロ17号。
このうち、ジョン・ヤングとユージン・サーナンは、最初の月周回飛行を経験した後、別のミッションで月面着陸にも成功しました。
一方、ラヴェルはアポロ13号の船長として、月面着陸を断念するという重大な経験もしています。
このように、月に行った回数と月面を歩いた経験は、必ずしも一致しません。
【月面着陸と月周回の違い】アポロ13号とアルテミスIIは何が違う?
「月に行った」と「月に降り立った」は、宇宙開発では明確に区別されます。
混同しやすい3つの飛行形態を整理します。
① 月面着陸:宇宙船から月の地表に降りる月面着陸とは、着陸船などで月の地表に実際に降りることです。
アポロ11号から17号までの6回の有人着陸では、各ミッションで2人の宇宙飛行士が月面に降りました。
月面を歩く、岩石や砂を採取する、実験装置を設置するといった活動が可能になります。
② 月周回:月の周囲を軌道飛行する月周回とは、宇宙船が月の重力に捕らえられ、月を中心とする軌道を飛行することです。
アポロ8号は1968年、人類初の有人月周回飛行を実現しました。
アポロ11号以降の着陸ミッションでも、司令船の操縦士は月周回軌道に残り、月面で活動する2人の帰還を待ちました。
つまり、月面に降りていなくても、月の周囲を飛行するという重要な探査活動を経験しているのです。
③ 月フライバイ:月の近くを通過して地球へ戻る月フライバイは、宇宙船が月の近くを通過し、そのまま軌道を変えて地球へ戻る飛行方式です。
月周回軌道に入ることや、月面に着陸することとは異なります。
2026年のアルテミスIIは、この月フライバイを成功させました。
また、アポロ13号も機器の重大なトラブルによって着陸を中止し、月の周囲を通過する軌道で帰還しています。
3つの飛行方式を比較| 飛行方式 | 月面に立つ | 月の周囲を飛行 | 代表的なミッション |
|---|---|---|---|
| 月面着陸 | する | する | アポロ11号など |
| 月周回 | しない | する | アポロ8号 |
| 月フライバイ | しない | 月の近くを通過 | アポロ13号・アルテミスII |
重要なのは、月の周囲を通過することと、月周回軌道に投入されることも同じではないという点です。
アルテミスIIの4人は月の周囲を飛行しましたが、月面着陸も月周回軌道への投入も行っていません。
それでも、月まで到達した28人に含まれます。
【2026年最新】月に行った人の現在と生存者、日本人初の月面着陸
月面着陸を成し遂げた12人のうち、2026年現在も存命なのは4人です。
一方、アルテミスIIの成功によって、新しい世代の宇宙飛行士4人も月への有人飛行を経験しました。
月面を歩いた12人のうち現在も生存している4人NASAの公式記録で存命とされている月面歩行経験者は次の4人です。
バズ・オルドリン
アポロ11号
人類で2人目に月面を歩いた宇宙飛行士。月面着陸から半世紀以上を経ても、人類の月探査史を象徴する人物の1人。
デビッド・スコット
アポロ15号
月面車を使用した本格的な月面探査を経験した宇宙飛行士。
チャールズ・デューク
アポロ16号
アポロ16号の月着陸船操縦士。月面探査と地質調査に参加した。
ハリソン・シュミット
アポロ17号
地質学者として月面に立った宇宙飛行士。科学的な月面調査に大きく貢献した。
なお、月まで行ったものの月面を歩いていないアポロ13号のフレッド・ヘイズも存命です。
したがって、アポロ計画の月到達経験者24人のうち、2026年のNASA記録で存命と確認できるのは、月面歩行経験者4人とヘイズの計5人です。
加えて、アルテミスIIの4人を加えると、月まで到達した28人のうち9人が存命という整理になります。
2026年4月、アルテミスIIが人類を再び月へ2026年の有人月探査で最も大きな出来事となったのが、NASA主導のアルテミスIIです。
2026年4月1日、NASAの大型ロケットSLSがオリオン宇宙船を搭載して打ち上げられました。
乗組員は次の4人です。
| 宇宙飛行士 | 所属 | 役割 |
|---|---|---|
| リード・ワイズマン | NASA | 船長 |
| ビクター・グローバー | NASA | 操縦士 |
| クリスティーナ・コック | NASA | ミッションスペシャリスト |
| ジェレミー・ハンセン | カナダ宇宙庁 | ミッションスペシャリスト |
4人は約10日間の飛行を行い、4月10日に太平洋へ無事着水しました。
NASAによると、地球から最も遠く離れた地点での距離は252,756マイル(約40万6,700キロメートル)に達しました。これは人類が宇宙で到達した最遠距離の記録です。
今回の飛行で注目されたのは、単に4人が月まで行ったことだけではありません。
- 1972年のアポロ17号以来、半世紀以上ぶりの有人月飛行となった。
- NASAのオリオン宇宙船による初の有人飛行を実施した。
- 将来の有人月面着陸に必要な航法、通信、生命維持などのシステムを検証した。
- 女性宇宙飛行士クリスティーナ・コックを含む新しい有人月探査の時代を示した。
アルテミスIIは月面着陸を目的としたミッションではありません。将来の月面探査に向けた有人飛行の実証という位置づけです。
日本人初の月面着陸はいつ?2020年代後半が目標日本人は2026年11月現在、まだ月面に立っていません。
ただし、日本が月探査に参加していないわけではありません。
2024年1月20日には、JAXAの小型月着陸実証機「SLIM」が月面着陸に成功しました。
着陸時刻は日本時間の午前0時20分です。
SLIMは高精度着陸技術の実証を目的とした無人探査機で、目標地点から東に約55メートルの位置に着地しました。
この成果によって日本は月面着陸を実現した国の1つとなりましたが、宇宙飛行士が月面に降り立ったわけではありません。
日本人宇宙飛行士の月面着陸機会は2回大きな転換点となったのが、2024年4月の日米間の協力合意です。
文部科学省とNASAは、アルテミス計画における月面探査について実施取決めに署名しました。
その主な内容は次のとおりです。
- 日本は有人与圧ローバーの開発・提供・運用を担う。
- NASAは将来のアルテミス計画で日本人宇宙飛行士に月面着陸の機会を2回提供する。
- 日本人宇宙飛行士が月面で活動することを目指す。
この合意は、日本が単に宇宙船に乗せてもらうだけではなく、月面探査に必要な技術を提供する重要なパートナーになることを意味します。
加えて、2026年3月3日の文部科学大臣記者会見では、日本人宇宙飛行士の月面着陸について、2020年代後半を目指す方針が改めて示されました。
同会見では、2023年に新たに選抜された宇宙飛行士、諏訪理さんと米田あゆさんにも言及されています。
ただし、2人のいずれかが特定の月面着陸ミッションに正式に割り当てられたという発表とは区別する必要があります。
アルテミスIII・IVの今後の予定2026年のNASA発表では、アルテミス計画は次の段階へ進んでいます。
| ミッション | NASAが示す計画 | 主な目的 |
|---|---|---|
| アルテミスII | 2026年4月成功 | 有人月フライバイ |
| アルテミスIII | 2027年予定 | 地球低軌道で着陸船との接続などを実証 |
| アルテミスIV | 2028年予定 | アルテミス計画初の有人月面着陸 |
| アルテミスV | 2028年予定 | 月面活動の拡大 |
特に注目したいのがアルテミスIVです。
NASAは2028年に初のアルテミス有人月面着陸を目指しています。
一方、日本人宇宙飛行士の着陸時期や具体的な搭乗ミッションについては、今後の正式発表が必要です。
したがって、日本人初の月面着陸が2028年に実現すると断定することはできません。
【プロの結論】月に行った人の人数を正しく理解する3つの判断基準
月探査の歴史を調べるとき、数字だけを覚えてしまうと、重要な違いを見落としがちです。
特に次の3点は押さえておきたいところです。
1. 「月に行った」と「月面を歩いた」を区別する28人という数字は、月まで到達した宇宙飛行士の人数です。
月面を歩いた12人とは別の数字です。
アポロ11号のマイケル・コリンズや、アルテミスIIの4人のように、月面には降りていなくても月まで到達した宇宙飛行士がいます。
2. アルテミスIIの成功を月面着陸と混同しない2026年4月のアルテミスIIは、有人月フライバイに成功したミッションです。
月面着陸を実現したわけではありません。
人類が再び月面を歩くという目標は、今後のアルテミス計画に引き継がれています。
3. 日本の月面探査と日本人の月面到達は別の成果SLIMは日本の無人月面着陸を実現しました。
しかし、日本人宇宙飛行士が月面に立つという目標は、まだ達成されていません。
有人与圧ローバーの開発やNASAとの協力は、その実現に向けた重要な取り組みです。
月探査の実績を比較するときは、国の無人探査機による着陸、宇宙飛行士の月周回、有人月面着陸を別々に評価する必要があります。
【月に行った人に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:月に行った人は世界で何人いますか?
2026年11月現在、28人です。アポロ計画で月まで行った24人と、2026年4月のアルテミスIIで月まで到達した4人を合わせた人数です。
Q2:月面を歩いた人は何人ですか?
12人です。全員が1969~1972年のNASAアポロ計画に参加したアメリカ人宇宙飛行士です。
Q3:月面に初めて降り立った人は誰ですか?
ニール・アームストロングです。1969年7月20日、アポロ11号の船長として人類初の月面着陸を実現しました。続いてバズ・オルドリンが月面に降りました。
Q4:最後に月面を歩いた人は誰ですか?
ユージン・サーナンです。1972年12月のアポロ17号で月面活動を行い、人類で最後に月面を離れた人物となりました。
Q5:月に行った人で現在も生きている人は何人ですか?
2026年のNASA公式人物記録を基にすると、月まで到達した28人のうち9人です。アポロ計画の5人とアルテミスIIの4人です。月面を歩いた経験者に限ると、バズ・オルドリン、デビッド・スコット、チャールズ・デューク、ハリソン・シュミットの4人です。
Q6:アルテミスIIの4人は月面を歩きましたか?
いいえ。リード・ワイズマン、ビクター・グローバー、クリスティーナ・コック、ジェレミー・ハンセンの4人は2026年4月に月の周囲を飛行しましたが、月面には着陸していません。
Q7:日本人で月に行った人はいますか?
2026年11月現在、月まで有人飛行した日本人宇宙飛行士はいません。日本は2024年にNASAとの協力合意を結び、将来の日本人宇宙飛行士による月面着陸機会2回を確保しています。
Q8:日本人が初めて月面に立つのはいつですか?
文部科学省は2026年3月、日本人宇宙飛行士の月面着陸を2020年代後半に目指す方針を示しました。ただし、具体的な搭乗者や着陸日は確定していません。
2026年11月現在、人類で月まで到達した人は28人、そのうち実際に月面を歩いた人は12人です。
1969年のアポロ11号でニール・アームストロングとバズ・オルドリンが歴史を切り開き、1972年のアポロ17号でユージン・サーナンとハリソン・シュミットが最後の有人月面探査を実施しました。
その後、半世紀以上にわたって有人月面着陸はありませんでしたが、2026年4月のアルテミスIIによって、人類は再び月への有人飛行を実現しました。
そして、日本も有人与圧ローバーの開発やNASAとの国際協力を通じて、月面探査の重要な役割を担っています。
これから注目すべきなのは、アルテミス計画による有人月面着陸の再開と、日本人宇宙飛行士が初めて月面に立つ瞬間です。
人類が月に行った28人という歴史的な数字は、今後の有人探査によってさらに更新されていく可能性があります。