ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 【そもそもバロンドールの呪いとは?受賞者がW杯で勝てない理由】

【そもそもバロンドールの呪いとは?受賞者がW杯で勝てない理由】

小野寺 翔 小野寺 翔 • 更新: • 公開: • 読了約 18 分
目次

バロンドールは、1956年にフランスのサッカー専門誌『France Football』によって創設された年間最優秀選手賞だ。2024年からはUEFAとの共同開催となり、世界各国のジャーナリストによる投票で受賞者が決定されている。

選考では、主に次の3項目が評価される。

- 個人のパフォーマンスと決定的な活躍
- 所属チームの成績と獲得タイトル
- 選手としての品格とフェアプレー

つまり、受賞者はクラブと代表の両方で高い評価を得た選手であることが多い。

ところが、W杯との関係を調べると奇妙な傾向が浮かび上がる。W杯前年のバロンドール受賞者が、翌年のW杯で所属する代表チームを優勝に導けないという現象だ。

このジンクスが特に有名になった理由は、1958年から2018年までの16大会で、該当する受賞者の代表チームが一度も優勝できなかったためである。

準優勝に終わった選手もいれば、グループリーグで姿を消した選手もいる。W杯に出場できなかったケースまで存在する。

ただし、ここでいう「呪い」は選手本人が必ず敗北するという意味ではない。あくまでも、バロンドール受賞者が翌年のW杯で世界王者になれないという、結果の連続性を指している。

【歴代バロンドール受賞者とW杯成績を一覧で比較】

バロンドールの呪い

バロンドールの呪いを理解するには、過去の記録を時系列で確認するのが早い。

UEFAが公開している歴代記録と、バロンドール公式のW杯検証記事を照合すると、1957年から2025年までの受賞者と、その翌年に開催されたW杯の結果は次のようになる。

バロンドール受賞年 受賞者 翌年のW杯 代表チームの結果
1957年アルフレッド・ディ・ステファノ1958年スペインは出場権を獲得できず
1961年オマール・シボリ1962年イタリア・グループリーグ敗退
1965年エウゼビオ1966年ポルトガル・3位
1969年ジャンニ・リベラ1970年イタリア・準優勝
1973年ヨハン・クライフ1974年オランダ・準優勝
1977年アラン・シモンセン1978年デンマークは出場権を獲得できず
1981年カール=ハインツ・ルンメニゲ1982年西ドイツ・準優勝
1985年ミシェル・プラティニ1986年フランス・3位
1989年マルコ・ファン・バステン1990年オランダ・ベスト16
1993年ロベルト・バッジョ1994年イタリア・準優勝
1997年ロナウド1998年ブラジル・準優勝
2001年マイケル・オーウェン2002年イングランド・ベスト8
2005年ロナウジーニョ2006年ブラジル・ベスト8
2009年リオネル・メッシ2010年アルゼンチン・ベスト8
2013年クリスティアーノ・ロナウド2014年ポルトガル・グループリーグ敗退
2017年クリスティアーノ・ロナウド2018年ポルトガル・ベスト16
2021年リオネル・メッシ2022年アルゼンチン・優勝
2025年ウスマン・デンベレ2026年フランス・4位

この一覧で特に目を引くのは、準優勝が5回あることだ。

ジャンニ・リベラ、ヨハン・クライフ、カール=ハインツ・ルンメニゲ、ロベルト・バッジョ、ロナウドはいずれも決勝まで進みながら、世界王者には届かなかった。

また、エウゼビオとプラティニは3位に入っている。つまり、バロンドール受賞者の代表チームが必ずしも早期敗退するわけではなく、優勝まであと一歩という結果も繰り返されていた。

なお、1957年のディ・ステファノと1977年のシモンセンは、翌年のW杯に出場できていない。

この16大会連続の記録を破ったのが、2022年のメッシだった。

【2022年カタールW杯で呪いが終了!メッシとベンゼマの明暗】

2022年は、バロンドールの呪いを語るうえで最も重要な転換点となった。

リオネル・メッシがアルゼンチンを世界一に導く

2021年のバロンドールを受賞したリオネル・メッシは、2022年カタールW杯でアルゼンチン代表の主将として大会に臨んだ。

アルゼンチンは初戦でサウジアラビアに敗れる波乱のスタートとなったものの、その後は立て直し、決勝まで勝ち進んだ。

2022年12月18日の決勝ではフランスと対戦。

試合は延長戦を含めて3対3となり、PK戦の末にアルゼンチンが4対2で勝利した。

メッシは決勝で2得点を記録。大会通算7得点を挙げ、ゴールデンボール(大会最優秀選手賞)も獲得した。

アルゼンチンにとっては1986年以来、36年ぶりとなるW杯優勝だった。

この結果により、1958年から続いていた16大会連続のジンクスは途切れた。

バロンドール受賞者が翌年のW杯で優勝できないという説は、少なくとも絶対的な法則ではないことが証明されたのである。

カリム・ベンゼマは負傷によってW杯を欠場

一方、2022年にはもう一人のバロンドール受賞者が注目された。

2022年10月に受賞したのが、フランス代表のカリム・ベンゼマだ。

レアル・マドリードで圧倒的な活躍を見せたベンゼマは、同年のバロンドールを初受賞。フランス代表でも攻撃の中心として期待されていた。

しかし、カタールW杯開幕直前に状況が一変する。

FIFAの公式報道によると、ベンゼマはフランス代表の練習中に太ももを負傷。MRI検査の結果、約3週間の回復期間が必要と判断され、代表チームを離れることになった。

そのため、ベンゼマは2022年W杯に一度も出場していない。

フランスは彼を欠いた状態でも決勝に進出したが、アルゼンチンとのPK戦に敗れ、準優勝に終わった。

ここで重要なのは、メッシとベンゼマの事例を混同しないことだ。

- メッシ:2021年受賞、翌2022年W杯で優勝。
- ベンゼマ:2022年受賞、同年のW杯直前に負傷欠場。

ベンゼマのケースは、厳密な意味での「受賞翌年のW杯」という統計には含まれない。しかし、受賞直後の大舞台を負傷で欠場したという点で、バロンドールとW杯の不思議な関係を象徴する出来事となった。

【2026年最新!デンベレのフランスは4位、ケインは初受賞】

2026年のW杯は、バロンドールの呪いが再び話題になる大会となった。

2025年受賞者デンベレを擁するフランスは4位

2025年9月22日、パリ・サンジェルマン所属のウスマン・デンベレが2025年のバロンドールを受賞した。

UEFAの発表によると、デンベレは2024-25シーズンに37ゴール15アシストを記録。パリ・サンジェルマンの国内タイトル獲得と、クラブ史上初のUEFAチャンピオンズリーグ制覇に大きく貢献した。

その実績が高く評価され、ラミン・ヤマルらを抑えて個人最高の栄誉を手にした。

そして迎えた2026年W杯。

フランスは準決勝まで進出したものの、7月14日のスペイン戦で0対2と敗れた。

続く7月18日の3位決定戦ではイングランドと対戦。10ゴールが飛び交う激しい試合となり、4対6で敗北した。

デンベレ自身も後半アディショナルタイムに得点したが、チームを勝利に導くことはできなかった。

最終順位はフランス4位。

2025年のバロンドール受賞者を擁した代表チームは、優勝どころかメダル獲得にも届かなかった。

2022年のメッシがジンクスを破った一方、2026年のデンベレは再び優勝を逃す結果となった。

ハリー・ケインが2026年バロンドールを初受賞

さらに2026年10月26日には、イングランド代表のハリー・ケインが2026年のバロンドールを初受賞した。

UEFAの公式発表によると、ケインは2025-26シーズンにクラブと代表で合計73得点を記録。バイエルン・ミュンヘンの国内タイトル獲得にも貢献した。

2026年W杯ではイングランド代表の主将を務め、チームは3位に入った。

今回の受賞で注目したいのは、受賞とW杯の開催順序である。

2026年W杯は7月に終了し、バロンドールの授賞式は10月26日に行われた。

つまり、ケインはW杯を経験した後にバロンドールを受賞している。

2026年の選考対象期間も、2025年8月3日から2026年7月19日までのシーズンとなっており、男子部門ではW杯の成績も評価対象に含まれていた。

したがって、ケインの2026年W杯3位という成績を「バロンドール受賞後のW杯の結果」として扱うのは誤りだ。

彼の次のW杯は2030年大会となる。

2026年11月現在、ハリー・ケインの受賞後のW杯成績はまだ存在しない。

【バロンドールの呪いの理由とは?統計から見える本当の実態】

ここまでの記録を見ると、確かに不思議な連続性が存在する。

では、なぜバロンドール受賞者の代表チームはW杯で優勝しにくいのだろうか。

理由1:個人賞と代表チームの実力は別物

最大の理由は、バロンドールが個人に贈られる賞であることだ。

受賞者は世界最高クラスの選手だが、その選手一人の実力だけでW杯を制することはできない。

サッカーは11人で戦う競技であり、守備陣の安定性、ゴールキーパーの能力、中盤の連携、監督の戦術など、さまざまな要素が勝敗を左右する。

クラブでは世界最高峰の選手に囲まれてプレーできても、代表チームでは同じ環境を再現できない場合がある。

メッシが2022年に優勝した背景にも、アルゼンチンの組織的な戦いとチーム全体の献身的な働きがあった。

個人の能力とチームの完成度は、必ずしも一致しない。

理由2:W杯は短期決戦であり、負傷や組み合わせの影響が大きい

W杯は通常4年に一度開催される短期決戦だ。

リーグ戦のように長期間をかけて調子を取り戻すことは難しく、コンディションの変化が大会結果に直結する。

ベンゼマの負傷欠場は、その典型例だ。

どれだけ優れた選手でも、大会直前のケガによって出場機会を失う可能性がある。

また、決勝トーナメントでは一試合の結果で敗退が決まる。準決勝まで勝ち進んだ強豪国でも、相手の戦術やPK戦によって優勝を逃すことがある。

2022年のフランス、2026年のフランスは、いずれも優勝争いに加わりながら最終的に敗れている。

理由3:歴代記録のサンプル数が限られている

統計的な視点も欠かせない。

1958年から2018年までの16大会では、受賞者の代表チームが一度も優勝できなかった。

2022年にはメッシが優勝し、2026年にはデンベレを擁するフランスが4位となった。

1958年から2026年までの対象18大会を単純集計すると、優勝したのは2022年のアルゼンチンだけだ。

つまり、18大会中17大会で優勝できなかったという記録になる。

割合にすると約94.4%だ。

ただし、この数字をそのまま「バロンドール受賞者がW杯で敗れる確率」と解釈することはできない。

対象となるのは、W杯前年の受賞者という限られた集団であり、選手の人数や大会条件も一定ではない。

また、出場権を獲得できなかったチームも含まれている。

この数字はあくまで歴史的な結果の集計であり、将来のW杯の勝敗を予測する統計モデルではない。

理由4:バロンドールの評価基準とW杯の優勝条件が違う

バロンドールの選考では、個人の活躍が最も重視される。チーム成績も評価されるが、代表チームでのW杯優勝だけが受賞条件ではない。

クラブで圧倒的な結果を残した選手が受賞しても、代表チームの戦力が不足していればW杯で勝ち抜くことは難しい。

また、歴代のバロンドール受賞者には、国籍や所属クラブ、代表チームの環境など、さまざまな違いがある。

そのため、受賞したという共通点だけで、W杯の結果に因果関係を見いだすことには無理がある。

「呪い」という表現は印象的だが、実際には個人賞と国別対抗戦という異なる競技評価の仕組みが生んだ興味深い現象なのだ。

【クリスティアーノ・ロナウドとヨハン・クライフにもあったジンクス】

バロンドールの呪いを象徴する選手として、クリスティアーノ・ロナウドとヨハン・クライフも外せない。

クリスティアーノ・ロナウドは受賞後のW杯で苦戦

ロナウドは2008年、2013年、2014年、2016年、2017年にバロンドールを受賞している。

そのうち、W杯前年の受賞に該当するのが2013年と2017年だ。

2013年に受賞した後の2014年ブラジルW杯では、ポルトガルはグループリーグ敗退。

2017年に受賞した後の2018年ロシアW杯では、ベスト16で大会を終えた。

個人としては歴史的な実績を残しながら、代表チームではW杯優勝に届かなかった。

なお、ロナウドのW杯出場歴全体を見ると、次のようになる。

- 2006年ドイツ大会:ポルトガル4位
- 2010年南アフリカ大会:ベスト16
- 2014年ブラジル大会:グループリーグ敗退
- 2018年ロシア大会:ベスト16
- 2022年カタール大会:ベスト8
- 2026年北中米大会:ベスト16

2026年大会では、ポルトガルはラウンド16でスペインに0対1で敗れた。

FIFAによると、ロナウドは6大会に出場し、合計27試合、11得点を記録。6大会すべてでゴールを決めた史上初の選手となった。

W杯優勝こそ実現しなかったものの、個人記録という点では特別な足跡を残している。

ヨハン・クライフは1974年W杯で準優勝

もう一人の象徴的な存在が、オランダの伝説的選手ヨハン・クライフだ。

クライフは1971年、1973年、1974年の3度にわたってバロンドールを受賞した。

このうち、1973年の受賞は翌1974年の西ドイツW杯に直結する。

当時のオランダ代表は、クライフを中心とした革新的な戦術で世界を驚かせた。

いわゆる「トータルフットボール」を武器に決勝まで進出したものの、西ドイツに1対2で敗れ、準優勝となった。

クライフ個人の評価が揺らぐことはなかったが、W杯優勝という最後のタイトルには届かなかった。

この1974年大会は、バロンドールの呪いが語られる際に必ず取り上げられる歴史的な事例である。

【バロンドールの呪いに関するよくある質問(FAQ)】

Q1:バロンドールの呪いは本当に存在する?

A:歴史的な記録としては存在します。1958年から2018年までの16大会で、前年のバロンドール受賞者が所属する代表チームは優勝できませんでした。しかし、2022年にはメッシが優勝しており、絶対的な法則ではありません。

Q2:バロンドール受賞者でW杯優勝を達成した選手は誰?

A:2021年受賞のリオネル・メッシです。2022年カタールW杯でアルゼンチンを優勝に導き、長年続いたジンクスを破りました。

Q3:2026年W杯でバロンドールの呪いは続いた?

A:2025年受賞者デンベレのフランス代表は4位に終わり、優勝できませんでした。その意味ではジンクスと一致する結果です。ただし、2022年のメッシの優勝によって、すでに連続記録は途切れています。

Q4:ハリー・ケインも受賞後のW杯で呪いに遭う?

A:2026年10月に初受賞したケインの次のW杯は2030年大会です。2026年大会は受賞前に終了しており、イングランドは3位でした。

【プロの結論】バロンドールの呪いは偶然か、それとも歴史が生んだジンクスか

バロンドールの呪いは、サッカー史に残る興味深い記録の一つだ。

1958年から2018年まで16大会連続で優勝者が現れず、準優勝に終わったスター選手も5人いた。これだけ長く続けば、ファンの間でジンクスとして語り継がれるのも不思議ではない。

しかし、2022年にメッシがアルゼンチンを優勝に導いたことで、その連続記録は終わった。

さらに2026年には、デンベレを擁するフランスが4位となる一方、ハリー・ケインが大会後にバロンドールを初受賞している。

この一連の出来事から見えてくるのは、個人の栄誉と代表チームの結果は別の問題だということだ。

バロンドールは選手個人の能力とシーズンの実績を評価する賞であり、W杯は代表チーム全体が短期決戦で競う大会である。両者の間に必然的な因果関係はない。

今後、2030年W杯でケインや次世代のスター選手がどのような結果を残すのかも注目される。

バロンドールの呪いは、勝敗を決める法則ではない。個人の栄光とチームの栄光が必ずしも一致しない、サッカーという競技の奥深さを映し出す歴史的なジンクスなのである。

主な事実確認資料: バロンドール公式の歴代記録・W杯検証記事、UEFAの2025・2026年受賞発表、FIFAの2022年大会記録・2026年最終順位・ベンゼマ負傷報道。

同じカテゴリの記事

小野寺 翔
トレンドリサーチャー 小野寺 翔
プロフィールを見る →

アニメ・漫画の制作発表を担当。制作会社・出版社の公式告知と原作者コメントを確認してから記事化します。

おすすめの関連記事