ホーム スポーツ 【全6試合を一覧で比較】アルゼンチン対イングランドのワールドカップ対戦成績

【全6試合を一覧で比較】アルゼンチン対イングランドのワールドカップ対戦成績

朝倉 仁 朝倉 仁 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

両国が初めてワールドカップで顔を合わせたのは、1962年のチリ大会だった。その後、1966年、1986年、1998年、2002年と対戦を重ね、2026年の準決勝が6度目の対決となった。

FIFAが2026年大会前に公開した過去の対戦記録でも、2026年が両国にとって6度目のワールドカップ対決になることが確認されている。

ワールドカップでの歴代対戦結果は次のとおり。

開催年 ラウンド 試合結果 勝敗・注目点 1962年 グループリーグ イングランド 3-1 アルゼンチン イングランド勝利 1966年 準々決勝 イングランド 1-0 アルゼンチン ラティン退場騒動 1986年 準々決勝 アルゼンチン 2-1 イングランド マラドーナの神の手 1998年 ラウンド16 2-2(PK4-3) アルゼンチンがPK戦勝利 2002年 グループリーグ アルゼンチン 0-1 イングランド ベッカムのPK 2026年 準決勝 イングランド 1-2 アルゼンチン アルゼンチンが逆転勝利

出典:FIFAの大会記録、各大会の試合記録をもとに整理。

この6試合を通常の試合結果で集計すると、イングランドが3勝、アルゼンチンが2勝、1試合が引き分けとなる。得点数はイングランド9点、アルゼンチン7点だ。

ただし、1998年は2-2の引き分けからアルゼンチンがPK戦を制している。トーナメントの勝ち上がりという観点では、アルゼンチンが3度、イングランドが2度、相手を上回ったことになる。

ワールドカップ以外を含む通算成績は?

親善試合などを含む両国の通算成績については、集計対象やPK戦の扱いによって数字が異なる。

2026年の試合終了後、シニア代表の対戦記録を15試合として整理する集計では、次の結果となっている。

- イングランド:6勝
- 引き分け:5試合
- アルゼンチン:4勝

この集計では1998年のPK戦もアルゼンチンの勝利として扱う。PK戦を通常の試合結果とは分ける場合、同試合は2-2の引き分けとなる。したがって、通算成績を比較するときは集計方法にも注意したい。

【1962年・1966年】因縁の始まりは退場騒動と判定への不信感

ワールドカップアルゼンチンイングランド

1962年:イングランドが3-1で初戦を制す

最初の対戦は1962年6月2日、チリ大会のグループリーグだった。

試合会場はランカグアのエスタディオ・エル・テニエンテ。イングランドはロン・フラワーズのPKで先制し、ボビー・チャールトン、ジミー・グリーブスが追加点を挙げた。

アルゼンチンはホセ・サンフィリッポが1点を返したものの、試合はイングランドが3-1で勝利。ワールドカップでの初対決はイングランドに軍配が上がった。

この時点では、両国の対戦は国際大会における一試合にすぎなかった。しかし、4年後のイングランド大会で両国の関係を象徴する出来事が起きる。

1966年:アントニオ・ラティン退場事件

1966年7月23日、ウェンブリーで行われた準々決勝。開催国イングランドとアルゼンチンが激突した。

試合はイングランドがジェフ・ハーストのゴールで1-0と勝利したが、世界的な注目を集めたのはスコア以上にアルゼンチン代表主将アントニオ・ラティンの退場だった。

当時の主審は西ドイツ出身のルドルフ・クライトライン。ラティンとの間で意思疎通がうまくいかず、試合開始から35分ごろに退場処分が下された。

ここで押さえておきたいのは、1966年当時は現在のようなレッドカード制度が存在しなかったという点だ。

ラティンは判定に納得せず、すぐにはピッチを離れなかった。両者の言語の違いもあり、退場をめぐる混乱は数分間続いた。

この試合を観戦していたイングランド人審判員ケン・アストンは、審判の判定を選手や観客に視覚的に伝える必要性を痛感した。

その後、黄色と赤色のカードを使う仕組みが考案され、1970年のメキシコ大会から実際に導入された。FIFAも1966年のラティン退場騒動を、カード制度誕生につながった重要な出来事として紹介している。

つまり、1966年の対戦はアルゼンチンとイングランドの歴史に残っただけでなく、サッカーの審判制度そのものにも影響を与えた。

【1986年】マラドーナの「神の手」と伝説の5人抜きゴール

両国の因縁を語るうえで、絶対に外せないのが1986年メキシコ大会だ。

1986年6月22日、メキシコシティのアステカ・スタジアムで準々決勝が行われた。アルゼンチンの中心選手は、キャプテンを務めるディエゴ・マラドーナだった。

試合はアルゼンチンが2-1で勝利。マラドーナがわずか数分の間に決めた2つのゴールは、サッカー史に残る伝説となった。

1点目:「神の手」と呼ばれた問題のゴール

後半6分、マラドーナはイングランドのゴール前で競り合い、GKピーター・シルトンより先にボールへ触れた。

しかし、映像を確認すると、ボールに触れたのは頭ではなく左手だった。

審判はゴールを認め、アルゼンチンが先制。イングランド側はハンドを主張したが、判定は覆らなかった。

このゴールは後に「神の手」と呼ばれ、マラドーナ自身も独特の表現で振り返ったことで知られる。

単なる誤審ではなく、ワールドカップの歴史に残る論争として現在も語り継がれている。

2点目:「世紀のゴール」と称された圧巻のドリブル

神の手からわずか4分後、マラドーナはさらに歴史的なプレーを見せた。

自陣に近い位置でボールを受けると、イングランドの選手を次々とかわし、最後はGKシルトンまで突破してゴール。

この得点は「世紀のゴール」と称され、FIFAの公式記録でも1986年大会を代表する名場面として紹介されている。

イングランドは終盤にゲーリー・リネカーが得点したものの、追いつくことはできなかった。

アルゼンチンは2-1で勝利し、そのまま大会を制覇。マラドーナは優勝の立役者となった。

フォークランド紛争も対立の背景に

1986年の試合が特別な意味を持った理由は、サッカーだけではない。

両国は1982年にフォークランド紛争を経験していた。領有権をめぐる対立と軍事衝突は、アルゼンチンとイギリスの国民感情に深い影響を残していた。

その約4年後に行われたワールドカップでの対戦は、政治的な緊張を背景に、通常以上の注目を集めた。

FIFAも1986年の対戦をフォークランド紛争の影響を強く受けた試合として振り返っている。

ただし、両国のサッカー上のライバル関係を紛争だけで説明することはできない。1966年の退場騒動や1986年の判定論争など、競技そのものが生み出した記憶も大きい。

【1998年・2002年】ベッカムの退場からPKによる雪辱まで

1998年フランス大会では、両国の対決に新たなドラマが加わった。主役となったのはイングランドのデビッド・ベッカムだ。

1998年:2-2の激闘とベッカムの退場

1998年6月30日、サンテティエンヌで行われたラウンド16。

両チームは序盤から得点を重ね、前半だけで4ゴールが生まれた。

アルゼンチンはガブリエル・バティストゥータのPKとハビエル・サネッティのゴール。イングランドはアラン・シアラーのPKとマイケル・オーウェンの得点で応戦した。

前半終了時点で2-2となり、後半も試合は緊迫した展開を迎える。

大きな転機は後半開始直後だった。

ディエゴ・シメオネとの接触の後、ベッカムが倒れた状態から足を出して報復。デンマーク人主審キム・ミルトン・ニールセンはこれを退場処分とした。

イングランドは10人での戦いを強いられたが、延長戦までアルゼンチンの攻撃をしのぎ、決着はPK戦へ持ち込まれた。

結果はアルゼンチンが4-3で勝利。

GKカルロス・ロアがポール・インスとデビッド・バッティのキックを止め、勝利を引き寄せた。

ここでよくある誤解を整理しておきたい。

1998年の両国の試合は6-5ではない。公式記録上の試合結果は2-2で、PK戦は4-3。アルゼンチンが勝ち上がったというのが正確な記録だ。

2002年:ベッカムがPKを決めてリベンジ

4年後の2002年日韓大会。両国はグループリーグで再び対戦した。

舞台は2002年6月7日の札幌ドーム。

1998年の退場事件によって批判を浴びたベッカムは、この試合でイングランドのキャプテンとして出場した。

試合の決定的な場面は前半44分。マイケル・オーウェンがアルゼンチンのマウリシオ・ポチェッティーノに倒され、イングランドにPKが与えられた。

キッカーを務めたのはベッカムだった。

ベッカムは冷静にゴールを決め、イングランドが1-0で勝利。1998年の敗戦から4年後、同じアルゼンチンを相手に結果を残した。

この勝利は単なるグループリーグの1勝ではなかった。

ベッカムにとっては、退場騒動の記憶を塗り替える重要な試合であり、イングランドのサポーターにとっても印象深い勝利となった。

【2026年準決勝】アルゼンチンが2-1で逆転!試合ハイライトを詳しく解説

2026年7月15日・試合終了

2026年大会で実現した6度目の対戦は、準決勝という大舞台だった。

試合は7月15日、アトランタ・スタジアムで開催。結果はイングランド1-2アルゼンチン。アルゼンチンが後半終盤の2ゴールで逆転し、決勝進出を決めた。

FIFA公式の試合レポートによると、両チームは前半を無得点で折り返し、後半に試合が大きく動いた。

2026年準決勝の得点経過
時間 選手 内容
55分 アンソニー・ゴードン イングランドが先制
85分 エンソ・フェルナンデス アルゼンチンが同点
90+2分 ラウタロ・マルティネス アルゼンチンが逆転
前半:互いに譲らない緊迫した展開

試合開始から両チームは慎重な姿勢を見せた。

イングランドは中盤での守備を重視し、アルゼンチンの攻撃を簡単には許さなかった。

アルゼンチンもエンソ・フェルナンデスらを中心に攻撃の糸口を探したが、前半はゴールを奪えなかった。

両者の守備が機能し、0-0でハーフタイムを迎えた。

後半55分:ゴードンがイングランドを先制に導く

均衡を破ったのはイングランドだった。

後半10分に相当する55分、モーガン・ロジャーズのクロスにアンソニー・ゴードンが反応。アルゼンチンの守備を突破してゴールを決めた。

イングランドが1-0とリードし、決勝進出へ一歩近づいた。

後半85分:エンソ・フェルナンデスが同点弾

追い込まれたアルゼンチンは攻撃の圧力を強めた。

そして85分、リオネル・メッシのパスを受けたエンソ・フェルナンデスがゴールを決め、試合を1-1に戻した。

この得点によってアルゼンチンは息を吹き返し、逆転を狙う展開となった。

後半90+2分:ラウタロ・マルティネスが決勝ゴール

試合終了が近づいたアディショナルタイム。

メッシが右サイドからクロスを供給し、ラウタロ・マルティネスが頭で合わせた。

ボールはゴールに吸い込まれ、スコアは2-1。

アルゼンチンが試合終盤に逆転を完成させた。

この試合で特筆すべきなのは、メッシがエンソ・フェルナンデスとラウタロ・マルティネスの両得点をアシストしたことだ。FIFAの公式試合レポートでも、メッシの2アシストが逆転劇の中心として紹介されている。

2026年大会の最終結果も確認

準決勝を制したアルゼンチンは、7月19日にスペインとの決勝に臨んだ。

しかし、決勝ではスペインが延長戦の末に1-0で勝利。アルゼンチンは準優勝となった。

一方、イングランドは7月18日の3位決定戦でフランスに6-4で勝利し、3位で大会を終えている。

したがって、2026年の対戦はアルゼンチンの準決勝突破を意味するものであり、同国の大会優勝を意味するものではない。

【なぜ因縁が続く?】アルゼンチン対イングランドのライバル関係を分析

アルゼンチンとイングランドの対戦が、ほかの国際試合とは異なる特別な注目を集める理由は何なのか。

背景には、主に3つの要素がある。

1. フォークランド紛争という歴史的背景

1982年のフォークランド紛争は、アルゼンチンとイギリスの関係に大きな影響を与えた。

その約4年後に開催された1986年大会では、両国の対決に政治的な背景が重なった。

スポーツの試合でありながら、国民感情や歴史的記憶とも結びついたことで、対戦そのものが特別な意味を持つようになった。

2. マラドーナとベッカムという象徴的な選手の存在

両国の対戦には、サッカー界を代表するスター選手が関わってきた。

マラドーナは1986年の2ゴールで伝説を残し、ベッカムは1998年の退場と2002年のPKで、同じ相手との対戦を通じて異なる評価を受けた。

こうした選手個人の物語が、国同士のライバル関係に新しい記憶を積み重ねてきた。

3. 勝敗以上に記憶される試合展開

両国の対戦には、通常の試合ではなかなか見られない象徴的な出来事が多い。

- 1966年:主将の退場と審判制度の転換
- 1986年:神の手と世紀のゴール
- 1998年:ベッカム退場とPK戦
- 2002年:ベッカムのPKによる雪辱
- 2026年:メッシの2アシストによる逆転劇

いずれもスコアだけでは語り尽くせない試合だ。

特に、過去の出来事が後の大会で再び話題になることで、両国の対戦には世代を超えた物語性が生まれている。

【プロの結論】対戦成績だけでは見えない3つのポイント

アルゼンチン対イングランドの歴史を読み解く際には、次の3点を区別する必要がある。

第一に、通常の試合結果とトーナメントの勝ち上がりは別の指標である。

1998年の2-2は公式スコア上の引き分けだが、PK戦ではアルゼンチンが勝利した。両方の記録を確認することで、試合の正確な意味が分かる。

第二に、歴史的な因縁と実際の競技結果を混同しないこと。

1986年のフォークランド紛争という背景は重要だが、試合の勝敗は選手の技術や戦術、判断によって決まる。政治的背景だけで競技の内容を説明するのは適切ではない。

第三に、2026年の勝利は過去の対戦を踏まえた新しい歴史の一部である。

1986年と同じ2-1というスコアでアルゼンチンが勝利したことは興味深い。しかし、2026年の逆転劇はメッシのアシストやフェルナンデス、マルティネスの得点によって生まれた、独立した新しい名勝負だ。

【ワールドカップのアルゼンチン対イングランド】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:ワールドカップでアルゼンチンとイングランドは何回対戦した?

A1:1962年から2026年までに全6回対戦している。開催年は1962年、1966年、1986年、1998年、2002年、2026年。最新の対戦は2026年7月15日の準決勝だった。

Q2:2026年のアルゼンチン対イングランドの試合結果は?

A2:アルゼンチンが2-1で逆転勝利した。イングランドは55分にアンソニー・ゴードンが先制。アルゼンチンは85分にエンソ・フェルナンデス、90+2分にラウタロ・マルティネスが得点した。メッシは両得点をアシストしている。

Q3:1986年の神の手とは何?

A3:1986年メキシコ大会の準々決勝で、マラドーナが左手でボールに触れて決めたゴールのこと。審判がゴールを認めたため、現在まで議論が続いている。同じ試合でマラドーナは伝説的なドリブルゴールも決めた。

Q4:1998年のアルゼンチン対イングランドは何対何だった?

A4:延長戦を含めて2-2で終了し、PK戦でアルゼンチンが4-3で勝利した。イングランドのベッカムはシメオネへの報復行為で退場となった。

Q5:2002年のイングランド対アルゼンチンは誰が得点した?

A5:イングランドのデビッド・ベッカムが前半44分にPKを決めた。試合はイングランドが1-0で勝利した。

Q6:1966年の退場騒動はレッドカードが使われた試合だった?

A6:違う。当時は現在のような黄色と赤色のカード制度はなかった。アルゼンチンのアントニオ・ラティンが退場処分を受けた事件などを背景に、カード制度が考案され、1970年大会から導入された。

ワールドカップにおけるアルゼンチンとイングランドの対戦は、1962年から2026年まで全6試合に及ぶ。

1966年のラティン退場騒動、1986年のマラドーナによる神の手と世紀のゴール、1998年のベッカム退場とPK戦、2002年のベッカムの雪辱。そして2026年の準決勝では、メッシの2アシストによってアルゼンチンが2-1の逆転勝利を収めた。

両国の対戦は、単純な勝敗や通算成績だけでは理解できない。政治的な歴史、選手個人のドラマ、判定をめぐる議論、そして世代を超えて語り継がれる名場面が重なっている。

2026年の対戦によって、アルゼンチンとイングランドの因縁には新しい一章が加わった。

プロの視点から見ても、このライバル関係を理解する最善の方法は、対戦結果・試合内容・歴史的背景の3つを分けて確認することだ。 それによって、なぜ両国の対戦がワールドカップの歴史において特別な存在であり続けるのかが見えてくる。

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トレンドリサーチャー 朝倉 仁
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