ソフトボール界を代表するレジェンド、上野由岐子選手は、2026年11月現在も現役投手として活躍しています。1982年7月22日生まれの44歳。所属はビックカメラ高崎BEE QUEENで、2026年には日本代表にも選出され、愛知・名古屋アジア大会では日本の7大会連続金メダル獲得に貢献しました。
注目されるのは、2028年ロサンゼルス五輪への挑戦です。北京・東京の2大会連続金メダリストである上野選手は、選手としての現役生活を続けながら、選手兼任コーチとして次世代の育成にも関わっています。44歳で投げ続ける理由、2026年の実績、指導者としての活動、そしてロス五輪への可能性を、公式情報と最新の報道から整理します。
【2026年最新】上野由岐子の現在は?44歳で現役を続ける所属チームと活動

上野由岐子選手は、2026年11月現在もビックカメラ高崎BEE QUEENに所属しています。
所属チームの公式プロフィールに掲載されている基本情報は次のとおりです。
- 名前:上野由岐子(うえの・ゆきこ)
- 生年月日:1982年7月22日
- 年齢:44歳(2026年11月現在)
- 出身地:福岡県
- 身長:174cm
- ポジション:投手
- 投打:右投右打
- 所属:ビックカメラ高崎BEE QUEEN
- 背番号:7
ビックカメラ高崎の公式選手紹介でも、上野選手は投手として掲載されています。2001年に日立高崎のソフトボール部へ入って以来、チームの歴史とともに競技生活を積み重ねてきました。
現在の上野選手は、単に長く現役を続けているベテランではありません。チームの投手陣を支える存在であり、若い選手に経験を伝える役割も担っています。
2026年のJD.LEAGUEでは、開幕からチームの投手事情を支えました。6月には疲労による休養を挟みましたが、その後も復帰して登板。10月には太陽誘電戦でロングリリーフを務め、6回2/3を投げて1失点(自責点0)という好投を記録しています。
44歳という年齢だけで、競技力を判断できないことを示すシーズンでもあります。2026年の上野由岐子は、現役選手として実際にマウンドに立ち続けているのです。
(出典:ビックカメラ高崎公式プロフィール、JD.LEAGUE公式情報、スポーツ報知の2026年10月9日報道)
2026年の日本代表にも選出2026年5月27日、日本ソフトボール協会は女子日本代表のメンバーを発表しました。上野選手は7月の女子ワールドカップ・グループステージと、9月から10月に開催された愛知・名古屋アジア大会に臨む代表選手に選ばれています。
44歳での代表選出は、これまでの実績だけでなく、現在も国際大会で戦える選手として評価されていることを示しています。
なお、2026年の代表選出は、2028年ロサンゼルス五輪の出場メンバーが確定したという意味ではありません。五輪に向けた代表強化の過程で、上野選手が引き続き日本代表の戦力として活動しているという位置づけです。
【2026年の日本代表】上野由岐子がアジア大会7連覇に貢献!最新の活躍
愛知・名古屋アジア大会で7大会連続の金メダル2026年の上野由岐子選手を語るうえで欠かせないのが、第20回アジア競技大会です。
ソフトボール女子の競技は、2026年9月26日から10月3日まで愛知県安城市で開催されました。日本は大会前から6連覇中で、今回の目標は前人未到の7連覇。上野選手にとっては、2002年の釜山大会から数えて7大会連続の出場となりました。
10月1日のチャイニーズ・タイペイ戦では、上野選手が今大会初登板。3回途中から救援し、5回を投げて1失点にまとめました。翌2日の中国戦でも救援登板し、1回1/3を無失点に抑えています。
そして10月3日の決勝では、日本が中国に7対0、5回コールド勝ち。予選から決勝まで8戦全勝で、大会7連覇を達成しました。
決勝では後藤希友投手が先発し、5回を無失点で完封。上野選手は終盤の救援に備えて準備していましたが、日本が5回に7点差をつけたため、登板機会はありませんでした。
しかし、上野選手の役割は登板数だけでは測れません。若い投手を後ろから支え、必要な場面でマウンドに上がれる準備を続けることも、チームにとって大切な貢献でした。
日本ソフトボール協会の公式試合レポートでも、決勝の7対0という結果と、後藤投手による完封勝利が記録されています。
アジア大会での「最後」とロス五輪への意欲は別の話2026年8月のメディアサミットで、上野選手は今回のアジア大会について「きっとこれが最後のアジア大会になるだろうな」という趣旨の発言をしました。
2002年の釜山大会から24年間にわたり出場してきた大会です。44歳で迎える7大会目には、特別な思いがあったと考えられます。
ただし、アジア大会への出場を一区切りと考えることと、現役引退を決めることは同じではありません。
実際、10月3日の大会終了後には、アジア大会を最後と考えていることと、ロサンゼルス五輪を目指さないことは別だと説明しています。
この発言は、上野選手の今後を考えるうえで重要です。2026年のアジア大会は大きな節目になりましたが、ソフトボール選手としての挑戦そのものが終わったわけではありません。
(出典:日本ソフトボール協会「第20回アジア競技大会」公式記録、JOC、TBS NEWS DIG、2026年10月の報道)
【五輪の実績】アテネ銅・北京金・東京金!上野由岐子の経歴と記録
五輪3大会で金メダル2個、銅メダル1個上野由岐子選手の名前が世界的に知られるようになった背景には、オリンピックでの圧倒的な実績があります。
初めて出場した2004年アテネ五輪では銅メダル。続く2008年北京五輪では、日本のエースとして金メダル獲得に大きく貢献しました。
その後、ソフトボールは2012年ロンドン五輪と2016年リオデジャネイロ五輪で実施競技から外れました。それでも上野選手は競技を続け、2021年の東京五輪で再び金メダルを獲得しています。
日本オリンピック委員会(JOC)の公式プロフィールに記録されているオリンピックの成績は、次のとおりです。
| 大会 | 開催年 | 結果 | 主な実績・意味 |
|---|---|---|---|
| アテネ五輪 | 2004年 | 銅メダル | 初出場でメダルを獲得 |
| 北京五輪 | 2008年 | 金メダル | 日本のエースとして413球を投げ抜いた |
| 東京五輪 | 2021年 | 金メダル | 後藤希友投手らとともに13年ぶりの五輪連覇 |
この3大会の成績は、金メダル2個、銅メダル1個です。日本ソフトボール界の歴史を代表する記録といえます。
北京五輪の「413球」が伝説になった理由上野選手を象徴するエピソードとして、今も語り継がれているのが北京五輪の413球です。
2008年の北京五輪では、決勝トーナメントの重要な局面で登板が続き、準決勝から決勝までの2日間で3試合を一人で投げ抜きました。その投球数が413球でした。
当時26歳だった上野選手は、アメリカなどの強豪を相手に、日本の優勝を支える圧巻の投球を披露しました。
この記録が特別なのは、単に球数が多かったからではありません。短期間での連投、精神的な重圧、疲労が重なるなかで、最後まで日本のエースとしてマウンドを守り抜いたからです。
JOCの東京五輪関連インタビューでも、北京五輪での活躍は上野選手の代表的な実績として紹介されています。
東京五輪では後藤希友との継投で金メダル東京五輪の決勝では、北京五輪とは異なる形で上野選手の存在感が発揮されました。
当時20歳だった後藤希友投手にマウンドを託し、上野選手も再び登板する継投でアメリカを2対0で破りました。
北京五輪で一人で投げ抜いた上野選手が、東京五輪では次世代の投手とともに金メダルを獲得したことには、競技の世代交代という意味もあります。
後藤選手は小学生時代に北京五輪の上野選手の投球を見てソフトボールを始めたと、集英社のスポーツメディア「Sportiva」の取材で紹介されています。
憧れの存在だった選手と、同じ日本代表のマウンドを守る選手になる。上野選手のキャリアは、こうした次世代への継承という側面も持っています。
(出典:JOC公式プロフィール・東京五輪インタビュー、集英社Sportiva、Olympedia)
【現役続行の理由】44歳でも上野由岐子が投げ続けられる背景と2026年の成績
ソフトボールが好きという変わらない原動力上野選手が長年にわたって現役を続けている理由として、本人が語っているのがソフトボールへの愛情です。
2026年10月5日に公開されたSportivaのインタビューでは、競技を続ける理由について、本人が「やっぱりソフトボールが好きなんです」と語っています。
また、投げているときの楽しさ、勝利したときの喜び、優勝の味を知っていることも、引退を決断できなかった要因として挙げています。
長いキャリアのなかで、引退を考えたことが一度もなかったわけではありません。北京五輪後には燃え尽き症候群を経験し、競技から離れることを考えた時期もありました。けがによって引退を意識したこともあったと明かしています。
それでも競技から離れなかったのは、ソフトボールへの情熱が消えなかったからです。
2026年は休養と投球負担の調整が重要に一方、44歳の現役生活は決して簡単なものではありません。
2026年6月、JD.LEAGUEの公式取材記事では、上野選手が前半戦の疲労によって休養を取った経緯が紹介されました。
開幕からチームの投手事情を支え、18試合中14試合に登板。そのうち12試合は先発でした。土日連続の先発も3度あり、身体的な疲労だけでなく、先発投手としての責任感による精神的な負担も大きかったといいます。
6月13日、14日の試合を欠場した後、20日のトヨタ戦で4試合ぶりに登板。厳しい天候のなかでリリーフを務め、最終回を三者凡退に抑えました。
この休養期間について、上野選手は「休ませてもらったお礼の気持ちみたいな思いでマウンドに立てたかな」と振り返っています。
このエピソードから分かるのは、現在の上野選手が若い頃と同じ投球量を無理に維持しようとしているわけではないということです。
体調に応じて休み、登板間隔や役割を調整しながら、チームに必要な投球をする。これが44歳で競技を続けるための現実的な方法になっています。
2026年のJDリーグでも投球回数を積み重ねる2026年10月16日時点のJD.LEAGUE関連報道では、上野選手の投球回数は59回1/3に達していました。
規定投球回数の50回をクリアし、JDリーグ発足後の初期3年間はけがやチーム事情で届かなかった規定投球回数に、2シーズン連続で到達したことになります。
また、10月9日の太陽誘電戦では6回2/3を投げて1失点(自責点0)という好投を見せ、チームの勝利に貢献しました。
こうした記録は、上野選手が過去の実績だけで評価される存在ではないことを示しています。2026年も実際に投げ、チームの勝利に関わっているのです。
ただし、シーズン中の疲労や休養の必要性も明らかになっています。今後の評価では、単純な登板数だけでなく、投球回数、登板間隔、投球内容、コンディションの維持を総合的に見る必要があります。
(出典:JD.LEAGUE公式取材記事、2026年6月24日・10月16日、スポーツナビ)
【選手兼任コーチ】UENO LABO 2026で次世代投手を直接指導
日本代表ではアシスタントコーチを兼任上野由岐子選手の2026年の活動で注目したいのが、選手と指導者の両方の立場で競技に関わっていることです。
日本ソフトボール協会が公開している日米対抗ソフトボール2026の日本代表スタッフ一覧では、上野選手はアシスタントコーチ(選手兼任)として掲載されています。
つまり、投手として日本代表に参加するだけでなく、チームの指導にも携わる立場です。
ただし、この肩書きは同大会の日本代表スタッフ表に記載されたものです。所属チームの公式選手紹介では、引き続き投手として掲載されています。
2026年11月19日には名古屋で、11月21日と22日には沖縄で日米対抗ソフトボールが予定されています。上野選手の選手兼任コーチとしての活動にも注目が集まります。
UENO LABO 2026とは?上野選手の指導活動として知られるのが、ミズノがサポートする「ウエノラボ2026 supported by ミズノ」です。
これは上野選手が現役のソフトボール投手に直接指導するクリニックです。単なる投球フォームの講習ではなく、将来ソフトボール界を代表する投手を目指す選手に向けて、技術面や競技への取り組み方を伝える活動として企画されています。
ミズノの公式案内によると、過去にも4回実施されており、2026年も開催が決定しました。
この取り組みの特徴は、長年日本代表のエースとして世界の強打者と対戦してきた上野選手から、実践的な知識を直接学べることです。
投球技術だけでなく、打者との駆け引き、試合中の判断、コンディション管理など、長年の経験から得た知識を次世代に伝える機会にもなります。
指導者としての経験がロス五輪につながる可能性上野選手は2024年にもJOCの指導者養成講座に参加していました。当時の取材では、2028年ロサンゼルス五輪について、選手か指導者のどちらの立場であっても関われるよう準備したいという意向を示しています。
2026年には日本代表の選手兼任コーチという役割も担っています。
これは、現役を続けることと、指導者としての将来を考えることが両立できることを示す動きです。
上野選手が持つ最大の財産は、五輪の金メダルだけではありません。世界のトップレベルで積み重ねてきた投球経験と、長年の国際大会で得た判断力です。
その経験を若い投手に伝えることは、日本代表の将来にとっても大きな意味を持っています。
(出典:日本ソフトボール協会「日米対抗ソフトボール2026」、ミズノ公式「ウエノラボ2026」、JOCの2024年9月9日発表)
【2028年ロサンゼルス五輪】上野由岐子は46歳で現役出場するのか?今後の展望
ソフトボールは2028年ロス五輪で復活2028年ロサンゼルス五輪は、上野由岐子選手にとって大きな目標となる大会です。
ソフトボールは2024年パリ五輪では実施競技から外れていましたが、国際オリンピック委員会(IOC)は2023年10月、野球・ソフトボールを含む5競技をロサンゼルス五輪の追加競技として承認しました。
そのため、2028年大会ではソフトボールが東京五輪以来の復帰を果たします。
上野選手は2028年の大会期間中に46歳を迎える年齢です。それでも2026年4月の取材では、ロス五輪に向けて日本代表の強さを守りたいという意欲を示し、選手として出場できることが理想だという考えも明かしています。
2027年ワールドカップファイナルが重要な節目ロサンゼルス五輪への道を考えるうえで重要なのが、2027年4月にオーストラリアで開催予定のワールドカップファイナルです。
2026年5月の日本ソフトボール協会による代表発表では、7月のワールドカップ・グループステージで上位に入り、2027年の決勝大会に進出することが五輪出場権獲得への重要な条件として示されました。
決勝大会の優勝国がロサンゼルス五輪の出場権を獲得する仕組みです。
つまり、2026年の日本代表選出は、単に現在の大会で結果を残すためだけではなく、2028年の五輪につながる強化活動の一環でもあります。
上野選手自身も2027年のワールドカップファイナルを次の目標として見据えています。
アジア大会は最後でも、ソフトボール人生は終わらない2026年10月5日公開のSportivaのインタビューでは、アジア大会を最後の出場と考える一方、上野選手は現役生活について「まだ、ソフトボールをやりたいんです」と語っています。
また、次回のアジア大会では選手ではなくスタッフとして参加する可能性にも触れました。
ここで大切なのは、2030年のアジア大会と2028年のロサンゼルス五輪を混同しないことです。2026年の発言は、アジア大会への出場に一区切りをつける考えを示したものであり、2028年五輪への挑戦を否定したものではありません。
ただし、2028年五輪の日本代表選手として正式に選ばれたわけではありません。今後のコンディションや競技成績、代表選考によって状況は変わります。
【プロの結論】ロス五輪への挑戦を判断する3つのポイント上野由岐子選手の今後を考えるとき、年齢だけで現役続行の可能性を判断するのは適切ではありません。注目すべき要点は次の3つです。
1. コンディションと投球負担
2026年には疲労による休養がありました。一方で、10月にはロングリリーフで好投しています。今後も投球量を調整しながら、安定したパフォーマンスを維持できるかが重要です。
2. 2027年の代表活動とワールドカップファイナル
五輪出場権獲得につながる大会で、上野選手がどのような役割を担うかが注目されます。選手としての参加だけでなく、経験を生かした指導面での貢献も考えられます。
3. 若手投手との連携とチーム内での役割
後藤希友投手をはじめとする若手の成長は、日本代表にとって重要な要素です。上野選手が経験を伝えながら、必要な場面でマウンドに立てる体制をつくれるかがポイントになります。
北京・東京の五輪連覇を経験した投手が、再び世界一を目指すチームにどのような形で関わるのか。2028年に向けた上野選手の動向は、本人の挑戦だけでなく、日本ソフトボールの世代交代を考えるうえでも重要です。
(出典:IOC、JOC、2026年4月のJOC取材記事、2026年10月5日Sportiva)
【上野由岐子の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:上野由岐子選手は2026年現在、何歳ですか?
A1:1982年7月22日生まれで、2026年11月現在44歳です。JOCの2026年愛知・名古屋アジア大会公式プロフィールにも44歳と掲載されています。
Q2:上野由岐子選手は2026年も現役ですか?
A2:はい。ビックカメラ高崎BEE QUEENに所属する現役投手です。2026年のJD.LEAGUEや日本代表の国際大会にも出場しています。
Q3:上野由岐子選手はロサンゼルス五輪に出場しますか?
A3:2028年大会への意欲は示していますが、現時点で代表選手としての出場が確定したわけではありません。2027年のワールドカップファイナルや今後のコンディション、代表選考が重要になります。
Q4:上野由岐子選手のオリンピックのメダルは何個ですか?
A4:合計3個です。2004年アテネ五輪で銅メダル、2008年北京五輪と2021年東京五輪で金メダルを獲得しています。
Q5:上野由岐子選手は引退を発表していますか?
A5:2026年11月現在、現役引退を正式に発表した事実は確認できません。2026年10月のインタビューでも、ソフトボールを続けたいという思いを語っています。
Q6:UENO LABO 2026とは何ですか?
A6:ミズノがサポートするソフトボールのピッチングクリニックです。上野選手が現役投手に直接指導し、投球技術や競技への取り組み方を伝える活動です。
上野由岐子選手は2026年11月現在、44歳で現役を続けています。所属はビックカメラ高崎BEE QUEEN。2026年には日本代表に選出され、愛知・名古屋アジア大会で日本の7連覇に貢献しました。
アテネ五輪の銅メダル、北京五輪と東京五輪の金メダルという実績は、日本ソフトボール史に残るものです。北京五輪の413球は、今も多くの選手やファンに語り継がれています。
一方、2026年には疲労による休養も経験し、現役生活の難しさにも向き合っています。それでも、選手兼任コーチとして日本代表を支え、UENO LABOを通じて若手投手の育成にも取り組んでいます。
2028年ロサンゼルス五輪への選手出場はまだ確定していません。しかし、上野選手は競技を続けたいという意思を明らかにしており、2027年のワールドカップファイナルも重要な節目となります。
上野由岐子の現在を正しく理解する要点は、「44歳で引退が近い選手」という一面的な見方をしないことです。現役投手としての挑戦、指導者としての役割、そして次世代への技術継承。この3つの活動を並行して進める姿こそ、2026年の上野由岐子を象徴しています。
今後は2027年の代表活動と、2028年ロサンゼルス五輪に向けた動向に注目していきたいところです。