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木付琳とはどんな陸上選手?國學院大學卒業からMABPでの現在まで徹底解説

如月 七海 如月 七海 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
目次

木付琳(きつき・りん)さんは、國學院大學陸上競技部で主将を務め、出雲駅伝の区間賞や箱根駅伝の区間3位などを記録した日本の長距離陸上競技選手です。1999年7月17日生まれ、大分県大分市出身。國學院大學経済学部を卒業後、九電工を経て、2025年4月からMABPマーヴェリックに所属しています。

2026年現在は同チームの主将として競技を続けており、3000mでは8分08秒09、5000mでは13分52秒10という自己ベストを記録しています。大学駅伝で培った経験を実業団の舞台に持ち込み、ニューイヤー駅伝にも出場した選手です。プロフィールや学歴だけでなく、高校時代から現在までの歩みを振り返ると、その競技人生の特徴が見えてきます。

【まず結論】木付琳はどんな陸上競技選手なのか?

木付琳

木付琳選手は、トラック競技と駅伝の両方で実績を持つ長距離ランナーです。大学時代には國學院大學の主将としてチームを牽引し、出雲駅伝で区間賞を獲得。箱根駅伝でも複数回出走し、10区で区間3位という好成績を残しました。

現在の所属先は、M&Aベストパートナーズが運営する実業団陸上チーム「MABPマーヴェリック」です。公式選手プロフィールでは「キャプテン/プレーヤー」として紹介されており、競技者としてだけでなく、チームをまとめる立場も担っています。

木付選手の特徴として注目したいのは、駅伝での経験とトラック競技での記録向上を両立させている点です。駅伝ではチームの順位を左右する区間を任され、個人種目では3000m、5000m、10000mなどの長距離種目に取り組んでいます。

また、MABPマーヴェリックの公式プロフィールによると、レース前のルーティンはイメージトレーニング。走る際にはレースの位置取りやリズム感、フォームを大切にしているそうです。

単純な走力だけでなく、レース展開を考えながら走る姿勢も、駅伝で結果を残してきた理由を理解するうえで見逃せないポイントです。

【プロフィール一覧】木付琳の読み方・生年月日・出身地・学歴

木付琳選手について検索する際、まず知りたいのが名前の読み方や生年月日、出身地、学歴といった基本情報です。所属先の公式プロフィールや過去の所属チームの発表、國學院大學の資料を整理すると、次のようになります。

項目 プロフィール
名前 木付 琳
読み方 きつき・りん
生年月日 1999年7月17日
年齢 27歳(2026年11月2日時点)
出身地 大分県大分市
出身中学校 大分市立上野ヶ丘中学校
出身高校 大分東明高等学校
出身大学 國學院大學経済学部経済学科
競技 陸上競技・長距離走
所属 MABPマーヴェリック
チームでの役職 主将・プレーヤー
身長・体重 169cm・51kg(所属先公式プロフィール掲載値)
木付琳の読み方は「きつき・りん」

木付琳は「きつき・りん」と読みます。所属先のMABPマーヴェリックが2025年4月1日に発表した新入団選手のお知らせでも、ふりがなが明記されています。

「木付」という名字は日常的に目にする機会が多い名字ではないため、読み方を調べる人も少なくありません。公式表記に基づく読み方は「きつき」で、名前の「琳」は「りん」です。

1999年7月17日生まれで大分県大分市出身

木付選手は1999年7月17日生まれです。2026年11月2日時点では27歳になります。

出身地については、MABPマーヴェリックの現在のプロフィールでは大分県と紹介されています。一方、2022年4月1日に掲載された九電工の新加入選手発表では、出身地が大分県大分市と具体的に記載されています。

したがって、大分県大分市出身という情報は、過去の所属先による公式発表とも一致しています。

國學院大學経済学部経済学科を卒業

木付選手の最終学歴は國學院大學です。加えて、國學院大學の入学案内に掲載された学生紹介では、木付琳選手が経済学部経済学科の4年生として紹介されています。

陸上競技部の選手であると同時に、経済学部で学んでいたことも確認できます。大学卒業後は2022年4月に九電工へ加入しており、競技者として実業団でのキャリアをスタートさせました。

【高校時代の経歴】野球から陸上へ転向した大分東明高校時代

木付琳選手の競技人生を振り返るうえで興味深いのが、最初から陸上競技一筋だったわけではないという点です。

2017年12月に掲載された大分のスポーツ情報メディア「オー!エス!OITA SPORTS」の高校生紹介記事によると、木付選手は小学2年生から野球に取り組んでいました。中学校時代も野球部に所属し、陸上競技を本格的に始めたのは高校に入ってからです。

中学時代の駅伝が陸上競技へのきっかけに

中学3年生のときに大分市の駅伝大会で好走したことが、大分東明高校への進学につながりました。月刊陸上競技の2021年インタビューでは、当時の状況についても本人が振り返っています。

高校入学直後の3000mトライアルは10分10秒。チーム内でも最下位だったといいます。競技経験の豊富な選手が集まる環境で、木付選手は一から陸上競技を覚えていく必要がありました。

「トラック1周が何メートルなのかも分からない状態でした」

これは月刊陸上競技の2021年10月26日掲載インタビューで紹介された本人の言葉です。現在の実業団選手としての姿からは想像しにくいものの、競技を始めた当初は経験の差を埋めるために練習を重ねていました。

全国高校駅伝で2年連続の4位入賞に貢献

高校時代の所属先は、大分県の強豪校として知られる大分東明高等学校です。駅伝部ではチームの中心選手となり、全国高校駅伝にも出場しました。

月刊陸上競技のインタビューによると、2年生と3年生のときに全国高校駅伝の2区を担当。区間順位はそれぞれ7位、18位でした。チームも2年連続で総合4位に入っています。

高校時代から全国レベルの駅伝を経験していたことは、大学進学後の成長を考えるうえでも重要です。大分東明高校で競技経験を積み、國學院大學の陸上競技部へ進む基盤を築きました。

2017年の高校生紹介記事では、将来の夢として実業団入りとトップ選手を目指す意欲を語っていました。その後、実際に実業団選手として活動することになった点にも、競技人生のつながりが表れています。

【大学駅伝の実績】國學院大學の主将として残した成績と転換点

木付琳選手の名前が駅伝ファンの間で広く知られるようになったのは、國學院大學時代の活躍が大きな理由です。

大学では長距離選手として成長し、箱根駅伝や出雲駅伝、全日本大学駅伝といった主要大会に出場。特に2021年の出雲駅伝では2区で区間賞を獲得し、國學院大學の順位を押し上げました。

箱根駅伝では複数の区間を担当

箱根駅伝の公式記録によると、木付選手は第96回大会から第98回大会まで3大会連続で出走しています。

2020年の第96回大会では7区を担当して区間11位。翌2021年の第97回大会では10区を走り、区間3位という好成績を記録しました。最終学年で迎えた2022年の第98回大会では7区を担当しています。

区間賞こそ獲得していませんが、2021年の10区区間3位は、大学時代の代表的な実績の一つです。

2021年の出雲駅伝で2区区間賞を獲得

大学時代の大きなハイライトは、2021年10月10日に開催された第33回出雲全日本大学選抜駅伝競走です。

國學院大學の公式発表によると、木付選手は2区を担当し、16分16秒で区間1位を記録しました。トップで次の走者にたすきを渡す走りを見せ、チームの総合4位に貢献しています。

月刊陸上競技のインタビューでは、このレースについて、前半は冷静に走り、後半勝負を意識してラスト1kmで切り替えたと説明しています。単に速く走るだけでなく、レースの流れを読みながら仕掛ける判断がうかがえる内容でした。

大学時代の主な競技経歴・年表
時期 大会・出来事 成績・備考
2017年 大分東明高校時代 全国高校駅伝に出場。2区を担当
2020年1月 第96回箱根駅伝 7区・区間11位
2021年1月 第97回箱根駅伝 10区・区間3位
2021年10月 第33回出雲駅伝 2区・区間賞、16分16秒
2021年11月 第53回全日本大学駅伝 2区・区間6位、32分04秒
2022年1月 第98回箱根駅伝 7区・区間20位
2022年4月 九電工に加入 実業団選手として活動開始
2025年4月 MABPマーヴェリックに加入 主将として新たな競技環境へ
2026年1月 第70回ニューイヤー駅伝 MABPマーヴェリックとして初出場

こうして見ると、木付選手の大学時代は、箱根駅伝への継続的な出走と、出雲駅伝での区間賞獲得が大きな柱になっています。

また、國學院大學では主将も務めました。月刊陸上競技のインタビューでは、先輩の土方英和選手から主将を引き継いだ経緯や、後輩の成長を意識してチームをまとめていたことも紹介されています。

【実業団での現在】九電工からMABPマーヴェリックへ移籍した理由と経緯

大学卒業後の木付琳選手は、九州を拠点とする実業団チーム、九電工に加入しました。

九電工の公式発表によると、加入日は2022年4月1日です。男子長距離の新加入選手として紹介され、出身地は大分県大分市、出身校は國學院大學と記載されています。

九電工で約3年間活動

九電工では2022年4月から2025年2月末まで活動しました。2025年3月1日付の退部選手発表には、木付選手本人からのメッセージも掲載されています。

そのメッセージでは、3年間の応援への感謝とともに、怪我に悩まされ苦しい時期が続いたことを明かしています。そして、悔しい経験を次のステージに生かしたいという意向を示しました。

この発表からは、大学時代の実績を持つ選手であっても、実業団ではコンディションや故障と向き合いながら競技を続けていたことが分かります。

2025年4月にMABPマーヴェリックへ加入

転機となったのが、2025年4月1日です。M&Aベストパートナーズの陸上部であるMABPマーヴェリックが、木付選手の加入を正式に発表しました。

加入発表では、木付選手は主将として紹介されています。出身校は大分東明高校・國學院大学で、5000mの自己ベストは13分56秒45、10000mは28分27秒59、ハーフマラソンは1時間2分42秒と記載されていました。

本人は新しい環境で挑戦できることへの感謝を述べ、個人種目だけでなく駅伝でも結果を出したいという意欲を示しています。

今回の移籍は、単なる所属先の変更ではありません。新しいチームの立ち上げ段階から主将として関わることになり、競技面とチームづくりの両方で役割を担うことになりました。

ニューイヤー駅伝初出場というチームの転換点

MABPマーヴェリックは2025年11月3日の第66回東日本実業団対抗駅伝で6位、3時間33分38秒を記録しました。この結果、チーム初となるニューイヤー駅伝の出場権を獲得しています。

そして2026年1月1日、第70回全日本実業団対抗駅伝競走大会に初出場。チームは40位、総合タイムは5時間02分59秒でした。

創部1年目で出場権を獲得し、実際にニューイヤー駅伝の舞台に立ったことは、チームにとって大きな節目です。大学駅伝で主将を経験した木付選手が、新しい実業団チームでも主将を務めている点は、キャリアを考えるうえで注目に値します。

【2026年最新】木付琳の自己ベストと現在の競技活動

2026年11月現在、木付選手はMABPマーヴェリックの公式選手プロフィールに主将・プレーヤーとして掲載されています。現役の長距離ランナーとして、トラック競技や駅伝への出場を続けています。

現在確認できる主な自己ベスト

所属先の公式プロフィールに掲載されている自己ベストは以下のとおりです。

  • 3000m:8分08秒09(2026年5月23日)
  • 5000m:13分52秒10(2026年4月26日)
  • 10000m:28分21秒06(2025年10月4日)
  • ハーフマラソン:1時間02分42秒(2020年2月2日)

特に注目したいのは、2026年に3000mと5000mの自己ベストを更新している点です。

3000mの8分08秒09は、2026年5月23日の第2回世田谷陸上競技会で記録したもの。5000mの13分52秒10は、同年4月26日の第328回日本体育大学長距離競技会兼第21回NITTAIDAI Challenge Gamesで記録しています。

加えて、2026年7月8日のホクレン・ディスタンスチャレンジ2026網走大会では10000mに出場し、29分04秒63を記録しました。

競技者としての特徴は位置取りとリズム感

MABPマーヴェリックのプロフィールには、木付選手が走るときに意識していることとして、レースの位置取り、リズム感、フォームが挙げられています。

これは、出雲駅伝での区間賞獲得時に見せたレース運びともつながります。2021年のインタビューでは、先頭との差を意識しながら冷静に走り、終盤に仕掛けるという考え方を説明していました。

長距離走では、一定のペースを維持する能力だけでなく、集団内での位置取りや、勝負どころでペースを切り替える判断が結果を左右します。木付選手のプロフィールに記された競技への意識は、こうした駅伝・トラック競技の両方に関係するものです。

MABPマーヴェリックでの今後の役割

MABPマーヴェリックは、ニューイヤー駅伝への出場だけでなく、選手の育成や競技を通じたファンとの交流にも取り組む実業団チームです。

2025年の月刊陸上競技の特集記事では、選手がSNSやYouTubeなどを通じてファンと接点を持つ取り組みについても紹介されました。木付選手も、こうした新しいチームの方向性に関わる主将の一人です。

2026年にはチームとしてニューイヤー駅伝を初経験しました。40位という結果を受け、今後は競技力の向上とチーム全体の底上げが課題になります。木付選手にとっても、個人記録の更新と駅伝でのチーム成績向上をどう両立させるかが注目点です。

【情報の整理】木付琳について検索するときに間違えやすいポイント

木付琳選手について調べる際には、過去のプロフィールと現在の所属情報が混在している点に注意が必要です。特に、所属先の変化とプロフィールの掲載範囲は整理しておきたいところです。

現在の所属先は九電工ではなくMABPマーヴェリック

木付選手は2022年4月に九電工へ加入しましたが、2025年2月28日付で退部しています。その後、2025年4月1日にMABPマーヴェリックへの加入が発表されました。

そのため、九電工所属という情報は過去の経歴として扱う必要があります。2026年現在の所属先はMABPマーヴェリックです。

出身地の表記は大分県と大分県大分市

MABPマーヴェリックのプロフィールでは出身地を大分県としています。一方、九電工の2022年の新加入発表では大分県大分市と記載されています。

この2つは矛盾する情報ではなく、市区町村まで記載するか、都道府県までの表記にとどめるかという違いです。

大学の学部・学科も確認できる

國學院大學出身という情報に加えて、大学の入学案内では経済学部経済学科の4年生として掲載されています。単に大学名だけで紹介されるプロフィールよりも、学部・学科まで確認できる公的資料が存在します。

木付選手の経歴を調べる際には、所属先の最新プロフィール、大学の公式記録、箱根駅伝の大会公式記録を組み合わせると、過去と現在を区別しやすくなります。

【よくある質問】木付琳に関するFAQ

Q1:木付琳の読み方は何ですか?
A1:木付琳は「きつき・りん」と読みます。MABPマーヴェリックの公式新入団発表にも、読み方が明記されています。

Q2:木付琳の生年月日と出身地は?
A2:1999年7月17日生まれで、大分県大分市出身です。2026年11月2日時点で27歳です。

Q3:木付琳の出身大学と学部はどこですか?
A3:國學院大學経済学部経済学科です。大学時代は陸上競技部の主将を務め、2021年の出雲駅伝で2区区間賞を獲得しました。

Q4:木付琳は現在どこの陸上チームに所属していますか?
A4:2026年現在はMABPマーヴェリックに所属しています。2025年4月に加入し、公式プロフィールでは主将・プレーヤーとして紹介されています。

Q5:木付琳の主な陸上競技の実績は何ですか?
A5:2021年の出雲駅伝2区区間賞、2021年の箱根駅伝10区区間3位などがあります。自己ベストは3000mが8分08秒09、5000mが13分52秒10、10000mが28分21秒06です。

木付琳選手は、1999年7月17日生まれ、大分県大分市出身の長距離陸上競技選手です。大分東明高校で本格的に陸上を始め、國學院大學経済学部へ進学。大学時代には出雲駅伝の区間賞や箱根駅伝の区間3位など、主要駅伝大会で実績を残しました。

卒業後は2022年に九電工へ加入し、約3年間の実業団経験を積みました。2025年4月からはMABPマーヴェリックへ移籍し、現在は主将としてチームを支えています。2026年1月にはニューイヤー駅伝初出場も経験しました。

2026年には3000mと5000mで自己ベストを更新しており、トラック競技でも成長を示しています。大学時代の駅伝実績だけでなく、社会人になってからの競技活動にも注目したい選手です。

今後の見どころは、個人記録のさらなる更新と、MABPマーヴェリックの駅伝での躍進です。2026年11月15日にはチームの公式スケジュールに東日本実業団対抗駅伝が掲載されており、木付選手の出走やチーム内での役割にも関心が集まります。大学駅伝で培った経験を実業団の舞台でどう生かしていくのか、引き続き競技成績を追いたいところです。

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如月 七海

スポーツ報道9年。連盟の公式記録、試合結果、会見の書き起こしで数値と経歴を確認しています。

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