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萬屋錦之介の家系図を徹底解説!父・兄弟・妻3人、子供と中村獅童の関係

園田 薫 園田 薫 • 更新: • 公開: • 読了約 16 分
目次

2026年現在も時代劇の名優として語り継がれる萬屋錦之介。父は歌舞伎界の名女形として知られた三代目中村時蔵で、弟には映画俳優の中村嘉葎雄、甥には二代目中村獅童がいます。加えて、私生活では有馬稲子、淡路恵子、甲にしきという3人の女性と結婚し、子供たちとの関係も複雑な経緯をたどりました。

家系図を理解するうえで特に重要なのは、歌舞伎の名跡を受け継ぐ血縁関係と、結婚によって生まれた家族関係を分けて考えることです。淡路恵子の連れ子である島英津夫と、錦之介との実子である小川晃広・萬屋吉之亮の違いも、混同されやすいポイントです。

【家系図】萬屋錦之介の家族構成を一目で整理

萬屋錦之介家系図

萬屋錦之介は、1932年11月20日、東京都に生まれました。本名は小川錦一。歌舞伎俳優・三代目中村時蔵の四男として育ち、幼少期から歌舞伎の世界に身を置いていました。

父方の家系には、歌舞伎の名跡を受け継いできた俳優たちが並びます。

家族関係を整理すると、次のようになります。

父方の家系

- 父:三代目中村時蔵
- 長兄:四代目中村歌六
- 次兄:四代目中村時蔵
- 三兄:初代中村獅童(小川三喜雄)
- 四男:萬屋錦之介(本人)
- 弟:中村嘉葎雄

本人の結婚・家族関係

- 最初の妻:有馬稲子
- 2番目の妻:淡路恵子
- 淡路の連れ子:島英津夫、もう1人の息子
- 錦之介との実子:小川晃広、萬屋吉之亮
- 3番目の妻:甲にしき

この家系図で押さえておきたいのは、錦之介が三代目中村時蔵の実子であり、歌舞伎俳優としても名門の血筋に属していることです。

また、弟の中村嘉葎雄も映画俳優として活躍しました。兄弟の多くが芸能の道に進んでいる点も、この家系の大きな特徴です。

松竹大谷図書館が公開した所蔵資料展示の解説でも、父・三代目中村時蔵や兄弟の名前、1936年の初舞台などが紹介されています。

【父と兄弟】三代目中村時蔵から続く歌舞伎の名門家系

父は歌舞伎界の名女形・三代目中村時蔵

萬屋錦之介の父は、三代目中村時蔵です。

三代目中村時蔵は、歌舞伎界で名女形として高く評価された人物でした。女形とは、男性の歌舞伎俳優が女性の役を演じることです。

錦之介は、こうした歌舞伎の伝統が息づく家庭に生まれ、1936年11月、歌舞伎座で初舞台を踏みました。当時の芸名は初代中村錦之助です。

若いころは父譲りの女形としても舞台に立ち、歌舞伎俳優としての基礎を身につけています。

その後、映画界へ進出したことで、活動の中心は舞台から映画・テレビへと移っていきました。

弟は俳優の中村嘉葎雄

萬屋錦之介の弟として知られるのが、俳優の中村嘉葎雄です。

中村嘉葎雄も映画やテレビドラマで幅広く活動し、兄とは異なる俳優としての存在感を築きました。

同じ歌舞伎の家に生まれながら、兄弟はそれぞれ映画の世界で活躍したことになります。

錦之介が時代劇の大スターとして知られる一方、中村嘉葎雄も数多くの映画作品に出演し、日本映画を支えてきました。

初代中村獅童は錦之介の兄

もう一人、家系図で見落とせない人物が初代中村獅童です。

初代中村獅童は錦之介の兄で、本名は小川三喜雄。映画プロデューサーとしても活動しました。

ここで注意したいのが、現在テレビや映画で活躍する二代目中村獅童との区別です。

初代中村獅童は錦之介の兄であり、二代目中村獅童はその息子です。

つまり、二代目中村獅童から見ると、萬屋錦之介は父の弟にあたる叔父です。

【親族関係一覧】萬屋錦之介と関係者の続柄を比較

家系図を調べる際には、同じ名字や芸名を持つ人物を混同しないことが大切です。

特に歌舞伎界では、親子や兄弟で名跡を受け継ぐため、初代・二代目・三代目といった区別が欠かせません。

区分 人物 萬屋錦之介との関係・詳細
父 三代目中村時蔵 実父。歌舞伎界の名女形
長兄 四代目中村歌六 実兄
次兄 四代目中村時蔵 実兄
三兄 初代中村獅童 実兄。小川三喜雄
弟 中村嘉葎雄 実弟。映画俳優
甥 二代目中村獅童 初代中村獅童の息子
最初の妻 有馬稲子 1961年に結婚
2番目の妻 淡路恵子 1966年に結婚
3番目の妻 甲にしき 1990年に結婚
連れ子 島英津夫 淡路恵子の前の関係で生まれた息子
実子 小川晃広 淡路恵子との間に生まれた三男
実子 萬屋吉之亮 淡路恵子との間に生まれた四男

二代目中村獅童の公式プロフィールにも、祖父が三代目中村時蔵、父がその三男・三喜雄、叔父が萬屋錦之介と記されています。

したがって、錦之介と現在の二代目中村獅童は、単に歌舞伎界の遠い親戚という関係ではありません。父方の血縁でつながる叔父と甥です。

【結婚歴】有馬稲子・淡路恵子・甲にしきとの3度の結婚

萬屋錦之介の結婚歴には、映画界や宝塚歌劇団で活躍した女優たちが登場します。

それぞれの結婚時期と背景を整理します。

1人目の妻・有馬稲子

の最初の妻は、女優の有馬稲子です。

2人は1959年公開の映画『浪花の恋の物語』で共演しました。作品を通じて親交を深め、1960年12月に婚約を発表。1961年11月27日に結婚式を挙げています。

当時、有馬稲子は映画や舞台で活躍する人気女優でした。

しかし、結婚生活は長く続かず、1965年7月23日に離婚を発表しました。

BSテレ東の「私の履歴書」で紹介された有馬の経歴でも、仕事が多忙になるなかで夫婦のすれ違いが生じ、離婚に至った経緯が取り上げられています。

この結婚で子供が生まれたという公表記録は確認できません。

2人目の妻・淡路恵子

2人目の妻は、女優の淡路恵子です。

1966年に結婚し、約20年間にわたって夫婦生活を送りました。

淡路恵子は映画『野良犬』や「駅前シリーズ」などで知られる女優です。錦之介との結婚後は家庭を支え、夫の仕事や病気、経済的な問題にも向き合いました。

1982年には錦之介が経営していた中村プロダクションが倒産し、巨額の負債を抱える事態になります。さらに錦之介自身も重症筋無力症を患い、闘病生活を送ることになりました。

淡路は生活を支えるためにクラブのママとして働いたことも、当時の報道で伝えられています。

その後、1986年に別居が明らかになり、1987年1月に正式離婚しました。

なお、淡路には錦之介と結婚する以前に生まれた息子が2人いました。そのため、錦之介にとっては血縁上の実子と義理の息子が同じ家庭にいたことになります。

3人目の妻・甲にしき

3人目の妻は、元宝塚歌劇団花組トップスターの甲にしきです。

甲にしきは芸名で、本名は小川甲子。宝塚退団後は女優として活動していました。

錦之介とは時代劇などで接点があり、1980年代後半には交際が報じられています。

1990年に正式に結婚し、錦之介が亡くなる1997年まで夫婦生活を送りました。

1996年に錦之介が中咽頭がんの手術を受けた際にも、甲にしきは妻として闘病を支えました。

1997年3月14日に営まれた錦之介の告別式では、甲にしきが喪主を務めています。

産経新聞の人物紹介などでは、甲にしきが宝塚歌劇団を退団した後、東京宝塚劇場の初代女性支配人として活躍した経歴も紹介されています。

【子供は何人?】実子と連れ子の違いを詳しく解説

萬屋錦之介の子供については、特に実子と連れ子の区別が重要です。

結論から整理すると、淡路恵子が以前の関係で授かった息子が2人、錦之介と淡路の間に生まれた実子が2人います。

島英津夫は淡路恵子の連れ子

俳優の島英津夫は、淡路恵子の長男です。

淡路は錦之介と結婚する以前、フィリピン人歌手のビンボー・ダナオとの間に2人の息子をもうけていました。

その長男が島英津夫です。

1966年に淡路が錦之介と再婚したことで、島は錦之介の義理の息子になりました。

つまり、島英津夫は萬屋錦之介の実子ではありません。

2012年の日刊スポーツの記事では、島自身が萬屋錦之介との関係について、義理の息子であることを語っています。

島は俳優として活動し、2012年には「萬屋錦之助一座 ざよろきん」を旗揚げしました。

父の芸名を冠した一座を立ち上げたことからも、錦之介の存在が島の俳優人生に与えた影響がうかがえます。

淡路恵子との実子・小川晃広

錦之介と淡路恵子の間に生まれた実子の1人が、小川晃広です。

1967年8月12日生まれで、俳優として活動しました。

1988年の松竹映画『ダウンタウン・ヒーローズ』に出演し、1990年には日本テレビの時代劇スペシャル『柳生武芸帳』で父と共演しています。

しかし、1990年7月31日、交通事故により22歳で亡くなりました。

父子が共演した年に若くして亡くなったことは、家族にとって大きな悲しみとなりました。

人物事典を収録するコトバンクでは、小川晃広の経歴や家族関係が紹介されています。

なお、検索時には「小川晃廣」という表記も使われますが、同人物事典の見出しは「小川晃広」です。

実子の四男・萬屋吉之亮

もう1人の実子が、四男の萬屋吉之亮です。

本名は井田哲史。以前は萬屋希之照という芸名も使用していました。

6歳で初舞台を踏み、俳優として活動。NHK大河ドラマ『毛利元就』にも出演しています。

萬屋吉之亮は、淡路恵子と錦之介の間に生まれた実子です。

2010年6月に36歳で亡くなりました。

このように、錦之介と淡路の間には2人の実子がいましたが、小川晃広は1990年、萬屋吉之亮は2010年に亡くなっています。

子供の関係を整理すると

- 島英津夫:淡路恵子の長男。錦之介にとって義理の息子。
- 淡路のもう1人の息子:前の関係で生まれた次男。錦之介の義理の息子。
- 小川晃広:錦之介と淡路の実子。三男。
- 萬屋吉之亮:錦之介と淡路の実子。四男。

ここで誤解したくないのは、島英津夫が萬屋錦之介の血を引く実子ではないという点です。

一方で、錦之介の死後も島は父の名前を冠した一座を立ち上げるなど、その芸名と俳優としての功績を受け継ごうとする活動を見せました。

【生涯と結婚歴】2026年現在までに確認できる萬屋錦之介の歩み

萬屋錦之介は、映画・テレビ・舞台を通じて長く活躍した俳優です。

家族構成だけでなく、芸名の変遷や俳優人生を時系列で見ると、その人物像がより明確になります。

映画スターとしての成功

1936年、歌舞伎座で初舞台を踏み、初代中村錦之助を名乗りました。

1954年には映画『ひよどり草紙』で映画デビュー。同年公開された『笛吹童子』が大ヒットし、若手時代劇スターとして人気を集めます。

その後も『一心太助』シリーズや『宮本武蔵』シリーズ、『武士道残酷物語』などに出演しました。

1963年公開の『武士道残酷物語』では、ブルーリボン賞の主演男優賞を受賞しています。

1972年には芸名を萬屋錦之介に変更。映画だけでなく、テレビ時代劇でも存在感を示しました。

代表作として知られる『子連れ狼』では拝一刀を演じ、作品の人気を支えています。

闘病と復帰

1982年には中村プロダクションの倒産に加え、重症筋無力症を患うという困難に直面しました。

大手術を経て1983年にテレビドラマ『子連れ狼』で復帰。

その後も『柳生一族の陰謀』や『鬼平犯科帳』などで活躍を続けました。

1994年には『六月大歌舞伎』に出演し、19年ぶりに本格的な歌舞伎の舞台にも立っています。

最晩年と1997年の死去

1996年には中咽頭がんの手術を受けました。

病気のためNHK大河ドラマ『毛利元就』の尼子経久役を降板し、療養生活に入ります。

そして、1997年3月10日、64歳で死去しました。

松竹大谷図書館の資料紹介にも、病気による大河ドラマ降板と翌年の訃報が記録されています。

2026年は没後29年にあたります。

2026年現在の家族関係

2026年現在、萬屋錦之介本人はすでに亡くなっています。

2番目の妻だった淡路恵子も2014年1月11日に80歳で亡くなりました。

最初の妻である有馬稲子は、映画・舞台で活躍した経歴を持ち、所属事務所のプロフィールにも出演歴が掲載されています。

3番目の妻・甲にしきは、元宝塚歌劇団花組トップスターで、東京宝塚劇場の支配人を務めた経歴があります。

また、錦之介の実子である小川晃広と萬屋吉之亮も、すでに亡くなっています。

そのため、現在の家系図を確認する際には、錦之介の血縁関係と、妻の以前の結婚から生まれた家族関係を分けて見る必要があります。

萬屋錦之介の家系図に関するよくある質問(FAQ)

Q1:萬屋錦之介の父親は誰ですか?

A1:父親は歌舞伎俳優の三代目中村時蔵です。錦之介はその四男として生まれました。

Q2:萬屋錦之介と中村嘉葎雄はどのような関係ですか?

A2:実の兄弟です。中村嘉葎雄が弟にあたり、映画俳優として活躍しました。

Q3:萬屋錦之介と現在の中村獅童は親戚ですか?

A3:親戚です。二代目中村獅童の父は初代中村獅童(小川三喜雄)で、錦之介の兄にあたります。そのため、錦之介は二代目中村獅童の叔父です。

Q4:萬屋錦之介の妻は何人ですか?

A4:結婚した妻は3人です。有馬稲子、淡路恵子、甲にしきです。

Q5:島英津夫は萬屋錦之介の実の息子ですか?

A5:実子ではありません。島英津夫は淡路恵子と以前の関係で生まれた長男で、錦之介にとっては義理の息子です。

Q6:萬屋錦之介の実子は誰ですか?

A6:淡路恵子との間に生まれた小川晃広と萬屋吉之亮の2人です。小川晃広は1990年、萬屋吉之亮は2010年に亡くなっています。

Q7:萬屋錦之介はいつ亡くなりましたか?

A7:1997年3月10日です。中咽頭がんの手術を受けた後、肺炎を患い、64歳で亡くなりました。

萬屋錦之介の家系図を整理すると、歌舞伎界の名門につながる父方の血縁と、3度の結婚によって築かれた家族関係という2つの側面が見えてきます。

特に押さえておきたいのは、次の4点です。

- 父は三代目中村時蔵、弟は中村嘉葎雄。
- 二代目中村獅童は、兄の初代中村獅童を父に持つ甥。
- 妻は有馬稲子、淡路恵子、甲にしきの3人。
- 淡路恵子の連れ子と、錦之介との実子は別の関係にある。

また、俳優としての錦之介は、歌舞伎から映画、テレビ時代劇へと活躍の場を広げ、日本のエンターテインメント史に大きな足跡を残しました。

家系図を調べる際は、芸名の継承と血縁関係、そして結婚による家族関係を区別することが、人物同士のつながりを正しく理解するポイントです。

資料照合に使用した主な資料

- 松竹大谷図書館「時代劇スター 萬屋錦之介」所蔵資料展示
- 国立国会図書館典拠データ
- 歌舞伎俳優名鑑「想い出の名優篇」
- キネマ旬報社「KINENOTE」
- 二代目中村獅童公式プロフィール
- 日刊スポーツの結婚・家族関係に関する報道
- 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」「新撰 芸能人物事典 明治~平成」
- BSテレ東「私の履歴書」
- 産経新聞・ENAKの小川甲子インタビュー

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