群馬県板倉町にあった東洋大学板倉キャンパスは、1997年4月の開学から27年間にわたり、生命科学や食環境科学を学ぶ学生たちの教育・研究拠点として地域を支えてきました。しかし、2024年4月、生命科学部と食環境科学部などが埼玉県朝霞市の朝霞キャンパスへ移転。板倉キャンパスは大学としての役割を終えました。
そして2026年、この跡地問題に大きな動きがありました。6月29日に東洋大学の理事会が、キャンパス敷地のうち、開設以来使用されていなかった約10.3ヘクタールを群馬県へ無償譲渡する方針を決定したのです。さらに9月には、板倉町が都市計画変更に関する住民説明会を開催しました。
ただし、今回の無償譲渡でキャンパス跡地のすべてが県の所有になるわけではありません。校舎やグラウンドなどを含む約22.9ヘクタールは、引き続き東洋大学が所有する土地です。2026年11月現在、地域の将来を左右するのは、この残された土地をどう活用するかという問題でもあります。
【現在どうなっている?】東洋大学板倉キャンパスは2024年に教育拠点としての役割を終了

東洋大学板倉キャンパスは、現在、学部や大学院の学生が日常的に通う教育キャンパスではありません。
東洋大学の公式サイトでも、板倉キャンパスについて学部・大学院の設置がないことが案内されています。かつて生命科学部や食環境科学部の学生が学んでいた場所は、教育機能の移転によって大きく役割を変えました。
キャンパス閉鎖と学生の移転はいつ完了したのか移転の節目は2024年4月です。この時期に生命科学部、食環境科学部および関連大学院が朝霞キャンパスへ移りました。
ただし、移転に伴うすべての作業が4月に完了したわけではありません。群馬県が2026年6月に公表した資料によると、一部残っていた学生や教職員についても、2024年9月末までに移転が完了しています。
つまり、2024年4月は新しい教育拠点でのスタートを示す節目であり、9月末は残っていた学生・教職員の移転が終わった時期です。
現在も建物やグラウンドは残っている大学としての教育機能がなくなったからといって、敷地全体が更地になったわけではありません。
群馬県の2026年6月30日の臨時記者会見では、東洋大学が引き続き所有する土地について、建物やグラウンドが残っていることが説明されています。
現在の板倉キャンパス跡地は、大きく分けると、県への無償譲渡が決まった未利用地と、東洋大学が所有を続ける旧校舎・運動施設などを含む土地の2つに分かれます。
この区別を理解することが、2026年の跡地問題を正しく把握する第一歩です。
【1997年から2024年まで】東洋大学板倉キャンパス27年間の歴史と移転の経緯
板倉キャンパスの誕生は、東洋大学の大学改革と群馬県板倉町のニュータウン構想が重なったことに始まります。
板倉町は1990年、「緑・学・住・遊」の調和を掲げた板倉ニュータウン計画を発足させました。大学の誘致は、その地域づくりの重要な柱でした。
一方、東洋大学にも既存キャンパスの狭小化を解消し、新しい学部の教育環境を整える必要がありました。双方の目的が一致し、1997年4月に板倉キャンパスが開設されたのです。
開学当初は国際地域学部と生命科学部を設置開学時に設置されたのは、国際地域学部と生命科学部です。
2001年には3号館が完成し、国際地域学部に国際観光学科を設置。2004年には植物機能研究センター(現4号館)が設置されるなど、教育・研究環境が整備されていきました。
その後、2009年には国際地域学部が白山地区へ移転し、生命科学部には応用生物科学科や食環境科学科が設置されました。2013年には食環境科学部が新設され、生命と食を扱う研究拠点としての性格が強まります。
板倉キャンパスの重要な出来事を年表で整理| 時期 | 主な出来事 | 大学・地域への影響 |
|---|---|---|
| 1990年 | 板倉ニュータウン計画が発足 | 大学誘致を含む地域開発が始まる |
| 1997年4月 | 板倉キャンパス開学 | 国際地域学部・生命科学部を設置 |
| 2009年 | 国際地域学部が白山地区へ移転 | 生命科学分野を中心とするキャンパスへ変化 |
| 2013年 | 食環境科学部を設置 | 食・健康・環境分野の教育研究を拡充 |
| 2020年3月 | 朝霞キャンパスへの移転を発表 | キャンパス再編が本格化 |
| 2024年4月 | 生命科学部・食環境科学部などが朝霞へ移転 | 新しい教育研究拠点が始動 |
| 2024年9月末 | 残っていた学生・教職員の移転完了 | 板倉キャンパスの教育機能が終了 |
| 2026年6月29日 | 未利用地の群馬県への無償譲渡を大学理事会が決定 | 跡地活用に向けた新たな段階へ |
| 2026年9月26・27日 | 板倉町が都市計画変更の住民説明会を開催 | 用途地域・地区計画の変更について説明 |
この年表から分かるのは、板倉キャンパスの移転が突然決まった単発の出来事ではなく、長期的な大学改革の一環だったことです。
東洋大学の公式沿革やキャンパス紹介でも、板倉での27年間の歩みと、朝霞キャンパスへの教育研究機能の集約が紹介されています。
【閉鎖理由を検証】なぜ東洋大学は板倉キャンパスから移転したのか
東洋大学板倉キャンパスの閉鎖理由を調べるとき、押さえておきたいのが、大学側が公表したキャンパス再編の目的です。
2020年に発表された移転計画では、キャンパスが分散していた生命分野の学部・学科について、統合や連携強化を進める方針が示されました。
理由の中心は生命科学分野の集約と教育研究体制の再編東洋大学の中期計画では、教育・研究機能の充実とキャンパス整備が主要な改革項目に位置付けられていました。
生命科学や食環境科学の研究では、実験設備、研究施設、教員間の連携などが重要になります。学部や研究科が異なる場所に分散している場合、教育研究の連携を進めるうえで物理的な距離が課題になることがあります。
そこで、生命関連分野の教育研究機能を朝霞キャンパスに集約し、学部間の連携を強化する構想が進められました。
単純な都心回帰だけが理由ではない2020年4月の東京新聞の報道では、東洋大学の広報担当者が、移転は単純な都心回帰を主目的とするものではなく、受験生の志望動向を踏まえたニーズに沿う学部展開だと説明しています。
もちろん、都市部に近いキャンパスへの集約は、通学環境や学生募集の面でも意味を持ちます。しかし、大学が示した公式な再編方針の中心には、生命科学分野の統合と研究環境の充実がありました。
したがって、「学生が減ったから閉鎖した」「大学経営が悪化したから撤退した」といった単純な説明だけで移転の背景を理解するのは適切ではありません。
地元にとっては大学誘致の効果が失われる問題だった一方、板倉町にとって大学移転は、教育機関が一つなくなるだけの問題ではありません。
大学は学生や教職員の通学・通勤を通じて、飲食店や周辺商業、住宅需要、公共交通などに影響を与えます。地域の象徴的な施設がなくなることは、ニュータウンの将来にも関わります。
群馬県の2026年6月30日の知事会見によると、キャンパス開設時には群馬県が33.6億円、板倉町が10億円を補助金として支援していました。大学の誘致に地域が大きな公的支援を行っていたことも、移転後の土地活用が長く議論されてきた背景です。
【移転先は朝霞キャンパス】生命科学部・食環境科学部は現在どこで学べる?
板倉キャンパスから移転した学部の中心的な移転先は、埼玉県朝霞市にある東洋大学朝霞キャンパスです。
2024年4月、生命科学部、食環境科学部、生命科学研究科、食環境科学研究科が朝霞キャンパスへ移転しました。
生命科学部は朝霞キャンパスで新しい教育体制に生命科学部は、2024年度の改組によって生命科学科、生体医工学科、生物資源学科の3学科体制となりました。
生物学を基礎とする研究だけでなく、医学・工学との融合や生物資源の活用など、幅広い分野を扱う教育研究体制へと再編されています。
食環境科学部も朝霞キャンパスへ移転食環境科学部も改組され、食環境科学科、フードデータサイエンス学科、健康栄養学科の3学科体制になりました。
食品の機能や安全性、健康、栄養、データ活用などを扱う分野が一つのキャンパスに集まったことで、生命科学分野との連携を進めやすい教育環境が整備されました。
朝霞キャンパスの新校舎は2024年3月に完成移転に合わせて、東洋大学は朝霞キャンパスの大規模な整備を進めました。
2022年1月に始まった整備工事は2024年3月22日に終了し、同月28日には新校舎の竣工式が行われています。
新学部棟は地上8階建てで、延床面積は28,547.10平方メートル。大学は朝霞キャンパスを「いのちと食」に関する総合的な教育研究拠点として位置付けています。
朝霞キャンパスへのアクセス朝霞キャンパスは、東武東上線の朝霞台駅とJR武蔵野線の北朝霞駅から、それぞれ徒歩約10分です。
板倉キャンパスと比較すると、鉄道の複数路線を利用できる立地であり、移転によって通学環境も変わりました。
なお、板倉キャンパスの最寄り駅だった板倉東洋大前駅は、現在も東武日光線の駅として営業しています。駅名の由来は1997年の東洋大学開学ですが、キャンパスの閉鎖によって駅自体が廃止されたわけではありません。
【2026年最新】未利用地10.3ヘクタールを群馬県へ無償譲渡することが決定
2026年の板倉キャンパス跡地問題で最も大きなニュースとなったのが、未利用地約10.3ヘクタールの無償譲渡です。
群馬県の2026年6月30日付報道提供資料によると、東洋大学は6月29日の理事会で、板倉キャンパスの未利用地を群馬県へ無償譲渡する方針を決定しました。
譲渡対象となる土地の面積と割合群馬県が公表した面積は次のとおりです。
- 板倉キャンパス全体:331,964.24平方メートル
- 群馬県への無償譲渡対象:102,736.50平方メートル
- 譲渡対象の面積:約10.27ヘクタール
- 残る土地:約22.92ヘクタール
無償譲渡される土地は、キャンパス全体の約31%に相当します。
重要なのは、この約10.3ヘクタールが、2024年まで学生が使用していた校舎やグラウンドをそのまま県に引き渡すものではないという点です。
県の説明では、今回の対象地は1997年のキャンパス設置以来、校舎の建設などに利用されていなかった土地です。群馬県は以前から大学側に無償譲渡を求めていました。
なぜ群馬県への無償譲渡が決まったのか背景には、板倉キャンパスの誘致に際して群馬県と板倉町が行った支援があります。
県は大学設置のための造成工事を行い、大学に土地を売却する形でキャンパス整備を支援しました。開設時には群馬県と板倉町が多額の補助金を拠出しています。
その後、大学の移転が決まると、県と町は未利用地を地域のために活用できるよう、大学に無償譲渡を求めてきました。
2026年6月30日の臨時記者会見で、山本一太知事は今回の理事会決定について、県と板倉町が続けてきた交渉の成果として受け止めました。
「ようやく一歩前に進んだ」
ただし、これは大学理事会による譲渡方針の決定です。県の公表資料では、譲渡契約の締結と所有権移転登記を2026年内に行う予定とされています。理事会決定と法的な所有権移転の完了は、区別して理解する必要があります。
板倉町の都市計画変更と住民説明会無償譲渡の決定を受け、板倉町でも土地の将来に向けた手続きが動き始めました。
板倉町の2026年9月30日付公表によると、9月26日と27日の両日、東部公民館で東洋大学未利用地の都市計画変更に関する住民説明会が開催されました。
説明された主な内容は、次の2点です。
- 群馬県へ無償譲渡される未利用地の用途地域の変更
- 板倉ニュータウン地区の地区計画の変更
ここで注意したいのは、住民説明会が開催されたことと、都市計画変更がすべて正式決定したことは同じではないという点です。
9月30日の町の公表は説明会の実施を伝えるものであり、未利用地の具体的な利用施設や事業計画の完成を発表したものではありません。
2026年秋の段階では、土地の受け入れに向けた調整と、地域の将来像を検討するための都市計画上の手続きが進んでいる状況です。
【板倉キャンパス跡地利用】残る約22.9ヘクタールと地域の将来はどうなる?
約10.3ヘクタールの無償譲渡が決まったことで注目されがちですが、板倉キャンパス跡地の問題はそれだけでは終わりません。
むしろ、地域の将来にとって大きな焦点となるのが、東洋大学が所有を続ける約22.9ヘクタールの土地です。
校舎やグラウンドなどは東洋大学が引き続き所有群馬県の6月30日の記者会見では、未利用地以外の大学用地や建物について、引き続き東洋大学が責任を持って利活用を検討するよう求めていることが説明されました。
県は、建物やグラウンドを含む土地についても、大学側から具体的な提案を示してほしいという立場です。
知事会見では、残された施設の活用も選択肢の一つとして言及されましたが、具体的な再利用計画は決定していません。
群馬県が取得する10.3ヘクタールの活用方針県が無償譲渡を受ける土地については、板倉町と協議しながら地域活性化につながる利用方法を検討する方針です。
考えるべき要点は、土地を取得すること自体ではなく、その土地が地域にどのような価値を生み出すかということです。
板倉ニュータウンの住環境との調和、交通アクセス、周辺産業との連携、維持管理費用など、複数の条件を踏まえた検討が必要になります。
ただし、現段階で特定の商業施設、工業施設、公共施設などの建設が正式決定したわけではありません。県の公表資料が示しているのは、地域活性化に資する利活用を今後検討するという方針です。
板倉ニュータウンにとって大学跡地の再生が持つ意味板倉キャンパスは、もともと板倉ニュータウン計画の中核的な施設として誘致されました。
大学が存在していた時代には、学生や教職員が地域に人の流れを生み出していました。移転後は、その人の流れをどのように補い、地域の活力を維持するかが課題になっています。
今回の未利用地の無償譲渡は、県と町が土地の将来を主体的に考えるための重要な転換点です。一方、校舎やグラウンドが残る土地については、東洋大学側の提案が地域再生の鍵を握っています。
つまり、跡地活用は県だけで完結する問題ではありません。県、板倉町、東洋大学の三者が、それぞれの所有権や役割を踏まえて協議を続ける必要があります。
【よくある誤解】板倉キャンパスの閉鎖・跡地・アクセスに関する注意点
板倉キャンパスについては、移転後の情報と以前のキャンパス情報が混在しています。現在の状況を理解するために、特に間違えやすい点を整理します。
キャンパスが閉鎖されたからといって東洋大学が撤退した土地すべてを手放したわけではない今回の無償譲渡対象は、キャンパス全体の約31%です。残る約69%に相当する土地は、引き続き東洋大学が所有しています。
生命科学部と食環境科学部がなくなったわけではない両学部は板倉キャンパスから移転し、朝霞キャンパスで教育研究を継続しています。移転と学部廃止は別の話です。
板倉東洋大前駅は現在も利用できる東武日光線の板倉東洋大前駅は現在も営業しています。大学の閉鎖によって鉄道駅まで廃止されたわけではありません。ただし、旧キャンパスが現役の教育施設ではないため、訪問時には施設の利用や入構の可否を別途確認する必要があります。
跡地に新しい施設ができることはまだ確定していない2026年の無償譲渡決定は、土地の所有関係を整理する重要な進展です。しかし、具体的な開発事業や建設施設の決定とは異なります。都市計画変更や地域との協議を経て、今後の方向性が具体化していく段階です。
【東洋大学板倉キャンパスの現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:東洋大学板倉キャンパスは現在も営業していますか?
A1:現在は学部・大学院が設置されておらず、教育キャンパスとしての機能は終了しています。2024年9月末までに残っていた学生と教職員の移転も完了しました。
Q2:東洋大学板倉キャンパスの閉鎖理由は何ですか?
A2:大学が公表した主な理由は、生命分野の学部・学科の統合や連携強化を目的とするキャンパス再編です。生命科学部や食環境科学部などの教育研究機能を朝霞キャンパスに集約しました。
Q3:板倉キャンパスの移転先はどこですか?
A3:生命科学部、食環境科学部および関連大学院の主な移転先は、埼玉県朝霞市の東洋大学朝霞キャンパスです。
Q4:2026年に群馬県へ無償譲渡される土地はどれくらいですか?
A4:102,736.50平方メートル、約10.27ヘクタールです。キャンパス全体331,964.24平方メートルの約31%に相当します。
Q5:板倉キャンパスの跡地はすべて群馬県の所有になりますか?
A5:いいえ。無償譲渡の対象は未利用地約10.3ヘクタールです。校舎やグラウンドなどを含む約22.9ヘクタールは東洋大学が引き続き所有しています。
Q6:板倉キャンパス跡地には何が建設される予定ですか?
A6:2026年11月時点で、県が取得する土地や大学所有地の具体的な建設計画は確定していません。群馬県と板倉町が地域活性化に向けて検討を進めるとともに、大学所有地については東洋大学が利活用を検討しています。
Q7:板倉キャンパスの最寄り駅は現在もありますか?
A7:はい。東武日光線の板倉東洋大前駅は現在も営業しています。旧キャンパスまでは西口から徒歩約10分と案内されていました。
東洋大学板倉キャンパスは、1997年に板倉ニュータウンの中核的な教育施設として誕生し、生命科学部や食環境科学部を中心に27年間の歴史を築きました。
2024年には教育研究機能が朝霞キャンパスへ移転し、板倉キャンパスは大学としての役割を終えました。その後、2026年6月29日に大学理事会が未利用地約10.3ヘクタールの群馬県への無償譲渡を決定。さらに同年9月には、板倉町が用途地域と地区計画の変更に関する住民説明会を開催しています。
しかし、これで跡地問題のすべてが解決したわけではありません。残る約22.9ヘクタールには建物やグラウンドなどがあり、引き続き東洋大学が所有しています。
今後の注目点は、次の3つです。
- 約10.3ヘクタールの県への無償譲渡契約と所有権移転登記の進展
- 群馬県と板倉町による未利用地の具体的な利活用方針
- 東洋大学が所有する約22.9ヘクタールの校舎・グラウンドなどの再利用計画
【プロの結論】今回の問題を評価するうえで重要なのは、10.3ヘクタールの無償譲渡だけを見て、跡地問題が解決したと判断しないことです。土地の所有権が整理されることと、地域に新しい雇用や人の流れが生まれることは別の段階です。
板倉ニュータウンにとって本当に重要なのは、大学が担ってきた地域のにぎわいを、次の土地利用によってどう引き継ぐかです。2026年の無償譲渡は、そのための大きな一歩となりました。今後は県・町・大学それぞれの具体的な計画と、住民の意見がどのように反映されるかが注目されます。
主な根拠資料: 東洋大学公式サイト、群馬県の2026年6月30日報道提供資料・知事記者会見、板倉町の2026年9月30日公表資料、東京新聞の2020年移転報道。