天鎧鵬貴由輝は、1984年10月14日生まれの元大相撲力士です。熊本県玉名市(旧玉名郡天水町)出身で、学生時代を経て尾上部屋に入門しました。
本名の南貴由輝と四股名の天鎧鵬は、どちらも「たかゆき」という読みにつながる人物情報です。日本相撲協会の公式プロフィールでも、所属部屋や出身地、得意技、現役時代の成績が確認できます。
天鎧鵬の基本プロフィール
天鎧鵬 貴由輝
てんかいほう・たかゆき
本名:南 貴由輝
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 本名 | 南 貴由輝 |
| 四股名 | 天鎧鵬 |
| 読み方 | てんかいほう |
| 生年月日 | 1984年10月14日 |
| 出身地 | 熊本県玉名市 |
| 出身高校 | 文徳高校 |
| 出身大学 | 日本大学 |
| 所属部屋 | 尾上部屋 |
| 身長 | 182.5cm(協会公式登録) |
| 体重 | 179.0kg(協会公式登録) |
| 得意技 | 右四つ・寄り |
| 最高位 | 西前頭8枚目 |
| 初土俵 | 2007年1月場所 |
| 引退 | 2019年3月場所 |
出典:日本相撲協会公式プロフィール、本人公式プロフィール。
身長183cm・体重188kgという情報は正しい?天鎧鵬のプロフィールを検索すると、身長183cm・体重188kgと紹介されている場合があります。一方、日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている数値は、身長182.5cm・体重179.0kgです。
身長については182.5cmを四捨五入すれば183cmとなるため、表記の違いとして理解できます。体重については掲載値に差があるため、特定の時期の体重と現在の公式登録値を混同しないことが大切です。
いずれの数字からも、天鎧鵬が大柄な体格を生かして相撲を取っていたことが分かります。
四股名「天鎧鵬」の読み方四股名は「てんかいほう」と読みます。日本相撲協会の記録では、当初は本名を使った「南」という四股名で土俵に上がり、2011年7月場所から天鎧鵬に改名しています。
その後、十両昇進、新入幕と着実に番付を上げ、幕内力士として名前を知られるようになりました。
【天鎧鵬の経歴】文徳高校・日本大学から尾上部屋へ

天鎧鵬の相撲人生は、熊本県での学生時代から始まります。文徳高校、日本大学を経て大相撲の世界に入り、2007年1月場所で初土俵を踏みました。
入門先の尾上部屋は、元小結・浜ノ嶋が師匠を務める相撲部屋です。天鎧鵬は高校、大学の先輩にあたる尾上親方のもとで力士として成長しました。
天鎧鵬の主な経歴・年表出典:日本相撲協会、日刊スポーツ、本人公式サイトなど。
22歳で初土俵、十両昇進まで約4年半2007年1月場所で初土俵を踏んだ天鎧鵬は、順調に番付を上げ続けたわけではありません。十両昇進までには約4年半の時間がかかっています。
日刊スポーツの2019年の引退報道によると、学生時代の同期が関取に昇進するなか、自分は関取になれないのではないかと感じた時期もあったといいます。現役引退時の会見では、長い下積みを振り返っていました。
2011年7月場所に新十両へ昇進し、同時期に四股名も天鎧鵬へ変更。その後、2012年1月場所に新入幕を果たしました。長い下積みを経て、幕内という舞台にたどり着いた力士です。
2013年11月場所に最高位の西前頭8枚目へ天鎧鵬が自己最高位を記録したのは、2013年11月場所です。番付は西前頭8枚目。幕内上位に迫る位置まで昇進しました。
ただし、幕内で長期間上位に定着することは簡単ではありません。日本相撲協会の記録では、幕内在位は7場所、幕内成績は38勝63敗4休となっています。
最高位だけでなく、十両から幕内へ昇進し、関取として長く土俵に立った経験も天鎧鵬の経歴を語るうえで欠かせない要素です。
【天鎧鵬の相撲スタイル】得意技は右四つ・寄り、通算成績は?
天鎧鵬の相撲を特徴づけていたのは、恵まれた体格と右四つからの寄りです。相手と組んで力を発揮する四つ相撲を得意とし、前に出る攻めを持ち味としていました。
右四つとはどんな技術なのか右四つとは、相手と組んだ際に自分の右手を相手の左腕の内側に差し、左手を相手の右腕の外側に回す組み方です。
この体勢を作ることで、相手の動きを制しながら自分の力を伝えやすくなります。そこから前進して土俵の外へ出す代表的な決まり手が寄り切りです。
天鎧鵬の場合、大きな体格と右四つを組み合わせ、相手に圧力をかける相撲が基本的な持ち味でした。
日本相撲協会が公表する通算成績| 成績項目 | 記録 |
|---|---|
| 生涯戦歴 | 367勝365敗4休 |
| 通算場所数 | 73場所 |
| 幕内戦歴 | 38勝63敗4休 |
| 幕内在位 | 7場所 |
| 三段目優勝 | 1回 |
| 幕内優勝 | 0回 |
| 十両優勝 | 0回 |
| 金星 | 0個 |
出典:日本相撲協会公式プロフィール。
寄り切りを中心とする取り口日本相撲協会の公式プロフィールには、決まり手の傾向も掲載されています。過去6場所の取組を対象とした集計では、寄り切りが44%、掬い投げが11%、上手出し投げが6%です。
この数字は現役全期間の決まり手比率ではありませんが、右四つ・寄りという得意技と、実際の取組で見られる勝ち方に共通点があることを示しています。
また、三段目優勝を1回記録している点も見逃せません。幕内最高位だけで評価するのではなく、長いキャリアを通じて各段で積み重ねた実績を見ることが、天鎧鵬の力士像を理解するポイントです。
【天鎧鵬の結婚・妻】2015年9月11日に介護福祉士の女性と結婚
天鎧鵬のプライベートで大きく報じられた出来事の一つが、2015年の結婚です。
日刊スポーツは2015年9月12日、当時30歳だった天鎧鵬が、2歳年上の介護福祉士・平島亜香利さんと結婚したと報じました。婚姻届を提出した日は、2015年9月11日です。
妻の名前や職業は?報道によると、妻は平島亜香利さん。当時32歳で、愛知県安城市の出身と紹介されていました。職業は介護福祉士です。
結婚当時、天鎧鵬は東十両7枚目。再入幕を目指していた時期でもあり、結婚は力士生活における大きな節目となりました。
2人の出会いと交際のきっかけ日刊スポーツの記事によれば、2人が初めて出会ったのは、結婚の約3年前に開催された名古屋場所の千秋楽パーティーでした。
初対面の翌日には食事に出かけ、その後交際に発展。天鎧鵬は交際開始から約1年半後にプロポーズしたと報じられています。
また、婚姻届を提出する前の9月5日には、双方の両親と尾上親方らが顔合わせを行っていました。
得意技は右四つ、寄りの天鎧鵬だが、恋愛だけは一気の電車道で熱愛にこぎつけた。
日刊スポーツ・2015年9月12日付記事より。
記事では、相撲の得意技になぞらえたユーモアのある表現で2人の交際を紹介していました。
妻や子供について現在分かっていること2015年の結婚報道では、妻の名前や年齢、職業、出身地、出会いの経緯まで伝えられています。一方、2026年現在の夫婦生活や子供の有無、家族構成については、本人の公式プロフィールなどに具体的な情報は掲載されていません。
そのため、結婚した事実と当時の報道内容を、現在の家族構成にまで広げて解釈することはできません。妻が一般の方であることも踏まえ、本人が公表していない私生活の詳細は区別して考える必要があります。
【天鎧鵬の引退後】秀ノ山・音羽山・佐ノ山・北陣親方として活動
天鎧鵬は2019年3月場所を最後に現役を引退しました。当時の番付は西幕下52枚目。34歳で力士生活に区切りをつけ、年寄・秀ノ山を襲名しました。
引退発表は2019年3月23日。日刊スポーツによると、引退会見では涙を見せながら、長い現役生活を振り返りました。今後は尾上部屋付きの親方として後進の指導に携わることになりました。
引退後に襲名した年寄名跡天鎧鵬は引退後、親方として複数の年寄名跡を襲名しています。
- 2019年:秀ノ山
- その後:音羽山
- その後:佐ノ山
- 2023年7月:北陣
2025年10月に退職するまで、北陣親方として活動していました。
相撲教習所やイベントでも活躍引退後の天鎧鵬は、部屋付き親方として弟子を指導するだけでなく、相撲界の広報やファンとの交流にも携わっていました。
日刊スポーツの2025年10月27日付記事によれば、東京場所で行われる親方トークショーの司会を務めたほか、相撲教習所で各部屋の新弟子の指導も担当していました。
現役時代から明るいキャラクターと巧みな話術で親しまれていたことも、こうした役割につながっていたようです。土俵上での実績だけでなく、相撲の魅力を伝える役割でも存在感を発揮していました。
2025年10月26日付で日本相撲協会を退職2025年10月27日、日本相撲協会は北陣親方の退職を発表しました。退職日は2025年10月26日です。
当時41歳。本名の南貴由輝として、2007年の初土俵から2025年まで約18年間にわたって相撲協会に在職したことになります。
退職のニュースはスポーツ紙各社でも報じられ、元幕内力士としてだけでなく、親方としてファンに親しまれてきた人物の節目として注目されました。
【天鎧鵬の現在2026】相撲解説・観光事業・YouTubeで新たな挑戦
2026年現在の天鎧鵬は、日本相撲協会を退職した後、新たな活動に取り組んでいます。
本人の公式ウェブサイトでは、元幕内力士としての経験を生かし、相撲解説や相撲文化体験、観光事業に携わっていることが紹介されています。公式プロフィールでは、オオクマ観光株式会社の代表取締役としても掲載されています。
1. オオクマ観光株式会社の代表として活動現在の活動で注目したいのが、オオクマ観光株式会社の設立です。
本人の公式プロフィールでは、相撲をより多くの人に知ってもらうことを目的に、相撲文化を体験できる事業を展開していると紹介されています。
相撲部屋の稽古や力士の生活は、テレビ中継だけでは伝わりにくい部分もあります。実際に稽古場を訪れ、相撲の動きや力士の日常を間近で見る体験は、観戦とは異なる価値があります。
長年にわたり土俵と相撲部屋の両方を経験してきた天鎧鵬にとって、こうした事業は自身の経験を生かせる新しい仕事といえます。
2. ABEMA大相撲の解説にも出演天鎧鵬は2026年も大相撲関連のメディア活動を続けています。
本人の公式サイトでは、ABEMA大相撲の解説出演が案内されており、2026年3月には出演に関する告知も掲載されました。
現役力士としての経験に加え、親方として後進を指導した経験もあるため、取組の技術面だけでなく、相撲界の内側を知る立場から解説できる点が特徴です。
3. YouTubeチャンネル「南のごっちゃんねる」本人は「南のごっちゃんねる」というYouTubeチャンネルでも活動しています。
公式サイトでは、相撲の楽しさや厳しさを幅広い視聴者に伝えるチャンネルとして紹介されています。相撲ファンだけでなく、これまで相撲に触れる機会が少なかった人にも楽しんでもらうことを意識した内容です。
また、2026年の公式サイトにはYouTubeやInstagramの公式アカウントも掲載されています。相撲中継やイベントとは違う形で、本人のキャラクターに触れられる発信媒体となっています。
4. 2026年の主な活動記録| 時期 | 活動・発表 |
|---|---|
| 2026年3月9日 | 公式ウェブサイト開設 |
| 2026年3月 | ABEMA大相撲出演を告知 |
| 2026年7月25・26日 | 名古屋場所を応援するイベントを開催 |
| 2026年9月5日 | 元幕内・明瀬山と相撲体験イベントを企画 |
| 2026年9月 | 公式サイトで活動情報を更新 |
出典:天鎧鵬本人の公式ウェブサイトのニュース欄。
なお、公式サイトの朝稽古見学ツアーの案内には「現在休止中」との表示があります。一方、2026年には名古屋場所関連イベントや相撲体験イベントの案内も掲載されていました。朝稽古見学ツアーと個別イベントは、それぞれ実施状況を分けて確認する必要があります。
5. 現在の活動から見える第二のキャリア天鎧鵬の引退後の歩みには、元力士が相撲界で培った経験をどのように社会で生かすかという興味深い側面があります。
現役時代は自ら土俵で戦い、親方時代は若い力士を指導し、現在は相撲を観戦する人や文化体験を求める人に向けて活動しています。
特に観光事業への挑戦は、相撲を競技としてだけでなく、日本文化として紹介する試みです。相撲の専門知識と実際の稽古場を知る経験を組み合わせることで、従来の解説活動とは異なる接点を作っています。
2026年現在、天鎧鵬は単に「引退した元力士」ではなく、相撲の経験を新しい事業や情報発信に結びつけている人物です。
【天鎧鵬に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:天鎧鵬の本名は何ですか?
A1:本名は南貴由輝(みなみ・たかゆき)です。四股名は天鎧鵬貴由輝で、日本相撲協会の公式プロフィールにも記載されています。
Q2:天鎧鵬の出身地はどこですか?
A2:熊本県玉名市です。旧玉名郡天水町の出身で、文徳高校、日本大学を経て尾上部屋に入門しました。
Q3:天鎧鵬の最高位は何枚目ですか?
A3:最高位は西前頭8枚目です。2013年11月場所に自己最高位へ到達しました。
Q4:天鎧鵬の得意技は何ですか?
A4:右四つ・寄りです。相手と組んで前に出る相撲を得意としていました。
Q5:天鎧鵬はいつ結婚しましたか?妻は誰ですか?
A5:2015年9月11日に結婚しました。日刊スポーツの報道では、妻は2歳年上の介護福祉士・平島亜香利さんと紹介されています。
Q6:天鎧鵬はなぜ引退したのですか?
A6:2019年3月場所を最後に現役を引退しました。引退会見では、長年の下積みや大けがを振り返り、「やり切った」という思いを語っています。引退後は年寄・秀ノ山を襲名しました。
Q7:天鎧鵬は現在、相撲協会に所属していますか?
A7:いいえ。2025年10月26日付で日本相撲協会を退職しています。2026年現在は、相撲解説やオオクマ観光株式会社の運営などに取り組んでいます。
Q8:天鎧鵬は2026年現在、何をしていますか?
A8:本人の公式サイトでは、ABEMA大相撲の解説出演、相撲文化体験イベント、観光事業、YouTubeなどの活動が紹介されています。
天鎧鵬こと南貴由輝は、熊本県玉名市から大相撲の世界に進み、尾上部屋で長い下積みを経験した元幕内力士です。2007年1月場所に初土俵を踏み、2011年に新十両、2012年に新入幕を果たし、2013年11月場所には西前頭8枚目という自己最高位に到達しました。
得意技は右四つ・寄り。通算成績は367勝365敗4休で、幕内在位は7場所でした。2015年9月11日には介護福祉士の平島亜香利さんと結婚し、2019年3月に現役を引退。その後は複数の年寄名跡を襲名し、親方として後進の指導や相撲普及に携わってきました。
そして2025年10月26日、日本相撲協会を退職。2026年現在はオオクマ観光株式会社の代表として、相撲文化体験や観光事業、ABEMAでの解説、YouTubeなど新たな分野に挑戦しています。
天鎧鵬の歩みを振り返ると、力士としての最高位だけでなく、長い下積みを乗り越えた経験、親方としての指導、そして引退後の起業という複数の転換点が見えてきます。これからは土俵の上で戦う姿とは違う形で、相撲の魅力を伝えていく活動にも注目が集まりそうです。