竹内まりやさんの旦那は、日本を代表するシンガーソングライターの山下達郎さんです。2人は1982年4月に結婚しました。結婚後、竹内さんは一時的に歌手活動を休止しましたが、1984年にアルバム『VARIETY』で本格的に復帰。その後は、山下さんが編曲・プロデュースを担当するなど、夫婦で音楽を支え合う関係を築いてきました。
2人の出会いは竹内さんのデビューアルバム制作がきっかけでした。実は、初対面では山下さんから厳しい言葉をかけられたというエピソードもあります。2026年11月現在、結婚から44年を迎えた2人は、それぞれ音楽活動を継続しています。竹内さんの新曲リリースや山下さんのソロデビュー50周年企画など、最新の活動とともに夫婦の歩みを振り返ります。
【結婚の真相】竹内まりやの旦那は山下達郎!1982年4月に結婚

竹内まりやさんの夫は、間違いなく山下達郎さんです。山下さんも竹内さんも日本の音楽シーンで長年活躍するシンガーソングライターであり、夫婦でありながら、それぞれ独立した音楽家としてのキャリアを持っています。
結婚時期については、竹内まりやさんと山下達郎さんの両公式プロフィールで1982年4月と確認できます。山下さんの公式バイオグラフィーには、同月に竹内さんと結婚し、その後、竹内さんの作品の編曲・プロデュースを全面的に手がけるようになったことが記されています。
2026年11月現在、結婚から44年以上が経過しています。2人は長い年月をともに過ごしながら、音楽家としても互いの才能を生かしてきました。
竹内まりやのプロフィール竹内まりやさんは1955年3月20日生まれ、島根県出雲市大社町出身です。慶應義塾大学文学部英文学科に進学し、大学時代は音楽サークル「リアル・マッコイズ」で活動しました。
1978年11月にシングル「戻っておいで・私の時間」とアルバム『BEGINNING』でデビュー。1980年には「不思議なピーチパイ」が大ヒットし、人気女性シンガーとして広く知られるようになりました。
その後は「SEPTEMBER」「駅」「元気を出して」「人生の扉」「いのちの歌」など、時代を超えて親しまれる楽曲を発表。自身の歌唱活動だけでなく、他のアーティストへの楽曲提供でも高い評価を得ています。
山下達郎のプロフィール山下達郎さんは1953年2月4日生まれ、東京都豊島区池袋出身です。1975年にバンド「シュガー・ベイブ」のメンバーとしてデビューし、1976年にはアルバム『CIRCUS TOWN』でソロデビューしました。
1980年の「RIDE ON TIME」のヒットによって知名度を高め、1983年発売のアルバム『MELODIES』に収録された「クリスマス・イブ」は、後に日本を代表するクリスマスソングとして定着しました。
山下さんの特徴は、歌唱や作曲だけでなく、編曲、録音、プロデュースまで幅広く手がける制作能力にあります。1984年以降は竹内さんの作品のアレンジとプロデュースも担当しています。
プロフィールの主な情報は、竹内まりや公式サイト、山下達郎公式サイト、ソニーミュージックの公式プロフィールで確認できます。
【馴れ初め】竹内まりやと山下達郎の出会いはデビューアルバムだった
2人の出会いは、芸能界の知人を通じた紹介や偶然の出会いではなく、音楽制作の現場でした。
竹内さんが1978年にデビューアルバム『BEGINNING』を制作した際、山下さんが収録曲「夏の恋人」の作詞・作曲を担当したことが、2人の接点になりました。
竹内さんは、山下さんがかつて所属していたシュガー・ベイブの大ファンだったことも明かしています。つまり、竹内さんにとって山下さんは、出会う前から音楽家として憧れていた存在だったのです。
初対面ではサインを求めて怒られた?2025年2月、竹内さんはTBS系の番組「日曜日の初耳学」で、山下さんとの初対面について振り返りました。そのエピソードは、一般的な芸能人同士の華やかな出会いとは少し違うものでした。
竹内さんは、楽曲を書いてくれた山下さんにお礼を伝えた後、記念にサインをお願いしたそうです。しかし、山下さんは、これからプロのシンガーとして活動する人間が同業者にサインを求めるべきではないという趣旨の言葉を返しました。
竹内さんは当初、山下さんに対して「嫌な感じ」と思ったものの、帰宅後にその言葉の意味を考え直したといいます。そして、プロとしての姿勢を教えてくれたのだと受け止め、感謝するようになったことを明かしました。
このエピソードは日刊スポーツやスポニチアネックスなどでも報じられています。
音楽家としての尊敬が関係の土台に興味深いのは、竹内さんが山下さんの音楽を以前から高く評価していたことです。単なる恋愛感情だけでなく、同じ音楽の世界で活動する者としての尊敬が、2人の関係の出発点にありました。
その後、音楽制作を通じて互いを理解し、1982年4月の結婚へとつながっていきます。出会いから結婚までの詳しい交際期間や私的なエピソードについては、本人たちが公表している範囲を超えて断定できません。
【夫婦の歩み】結婚後の活動休止と1984年の音楽活動復帰
竹内まりやさんの結婚後の活動を理解するうえで重要なのが、1981年末の休養宣言です。
竹内さんの公式バイオグラフィーによると、1981年10月に5枚目のアルバム『PORTRAIT』を発表した後、同年末に休養を宣言。レコーディングとコンサート活動を休止しました。
この時期について、竹内さん自身は2022年の慶應塾生新聞デジタルのインタビューで、デビュー後の仕事のあり方に悩んでいたことを語っています。
デビュー当初は他の人が制作した楽曲を歌う仕事が中心でしたが、次第に自分の言葉とメロディーで曲を書き、時間をかけてレコーディングしたいという気持ちが強くなっていったそうです。活動形態が自分の希望と合わず、自由な時間も減っていたことから、音楽活動の方向性を模索していました。
休止は夫からの制限ではなく、自分に合う働き方を探す転機竹内さんの活動休止について、結婚した夫の山下さんが歌手活動を制限したのではないかという見方もあります。しかし、本人のインタビューからは、異なる背景が見えてきます。
竹内さんは、休業を決断した理由として、自分が望む音楽活動のスタイルを実現したかったことを説明しています。また、結婚後に家庭生活や子育てと音楽を両立させる働き方を選び、仕事をセーブすることについても、否定的には捉えていなかったと話しています。
「私自身は結婚を選んで良かった」
これは2022年11月17日公開の慶應塾生新聞デジタルのインタビューで語られた言葉です。同じインタビューで、竹内さんは夫婦の相性についても振り返り、相手に無理に合わせる必要がない関係だったことを明かしています。
1984年『VARIETY』で本格復帰休業期間を経て、竹内さんは1984年4月にシングル「もう一度」とアルバム『VARIETY』を発表しました。これが本格的な音楽活動復帰の節目となります。
特筆すべきなのは、『VARIETY』が全曲竹内さん自身の作詞・作曲で構成され、山下さんが全面的にプロデュースとアレンジを担当した作品だったことです。
つまり、復帰は単に以前の歌手活動に戻ることではありませんでした。自分の言葉とメロディーを中心に据えた、竹内さん自身が望んでいた音楽活動への転換だったのです。
その後、1987年にはアルバム『REQUEST』を発売。収録曲「けんかをやめて」や「元気を出して」のセルフカバーなどが話題になり、アルバムはミリオンセラーを達成しました。
【年表・関係性】竹内まりやと山下達郎の結婚から現在まで
2人の関係を理解するには、結婚だけでなく、音楽活動の転換点を時系列で見ることが有効です。公式プロフィールや本人のインタビューをもとに、主な出来事を整理しました。
| 時期 | 竹内まりやの活動・出来事 | 山下達郎との関係・接点 |
|---|---|---|
| 1975年 | 大学時代を経て音楽活動を本格化する前の時期 | 山下さんはシュガー・ベイブとしてデビュー |
| 1978年 | シングル「戻っておいで・私の時間」でデビュー | デビューアルバムに山下さんが「夏の恋人」を提供 |
| 1981年末 | 休養を宣言し、レコーディングとコンサート活動を休止 | 音楽活動の方向性を見直す時期 |
| 1982年4月 | 山下達郎さんと結婚 | 夫婦として新たな生活をスタート |
| 1984年 | シングル「もう一度」、アルバム『VARIETY』を発表 | 山下さんが全面プロデュース・アレンジを担当 |
| 1987年 | アルバム『REQUEST』を発売 | 山下さんのプロデュース作品としてミリオンセラーを達成 |
| 2000年 | 18年ぶりのライブを開催 | ライブ活動も徐々に再開 |
| 2014年 | アルバム『TRAD』を発売、33年ぶりの全国ツアーを開催 | 長年の制作パートナーとして音楽活動を支える |
| 2025年 | 11年ぶりの全国アリーナツアー『souvenir2025』を開催 | 長年にわたる音楽活動をそれぞれ継続 |
| 2026年 | 新曲「あなたでなければ」を11月1日に配信リリース | 山下さんもソロデビュー50周年企画を展開 |
この年表から分かるのは、2人の結婚が竹内さんの音楽活動を終わらせたわけではないということです。休業期間を経て、活動の方向性を自分に合う形へ変え、その後も長期的に作品を発表し続けてきました。
また、結婚後の夫婦関係は、家庭生活だけでなく、音楽制作という共通の専門分野でも結びついている点が特徴です。
【音楽的な夫婦関係】山下達郎の編曲・プロデュースが竹内まりやを支えた
竹内まりやさんと山下達郎さんの夫婦関係を語るうえで、最も大きな特徴の一つが音楽面での協力です。
山下さんは1984年以降、竹内さんの作品の編曲とプロデュースを担当しています。単に夫が妻の作品に協力するという関係ではなく、竹内さんの作詞・作曲能力と山下さんのアレンジ・サウンド制作能力が組み合わさった制作体制です。
『VARIETY』は夫婦の共同制作を象徴するアルバム1984年の『VARIETY』は、2人の音楽的な関係を象徴する作品です。
竹内さんが全曲の作詞・作曲を担当し、山下さんが全面的にプロデュースとアレンジを担当。アルバムには、現在も国内外のリスナーに親しまれている「プラスティック・ラブ」も収録されています。
2022年の文春オンラインのインタビューで、山下さんは休業期間中に竹内さんが書きためていた楽曲を聴き、その才能に驚いたことを振り返っています。デモテープを聴いたことをきっかけに、全曲を竹内さん自身の作詞・作曲で構成するアルバムの制作へと発展しました。
このエピソードからは、山下さんが竹内さんの創作能力を認め、作家としての個性を生かす制作を選んだことが分かります。
『REQUEST』でプロデューサーとしての実績も確立1987年に発売された『REQUEST』も重要な作品です。
同アルバムはオリコン週間アルバムランキングで1位を獲得し、発売から約3年をかけてミリオンセラーを達成しました。「駅」「けんかをやめて」「元気を出して」など、現在まで歌い継がれる楽曲が収録されています。
山下さんは文春オンラインのインタビューで、『REQUEST』が自身にとってプロデューサーとしての大きな転機になったことを語っています。プロデュースした他のアーティストの作品が、自身のソロ作品を上回る売り上げを記録したことが、大きな自信につながったそうです。
夫婦であっても、それぞれが独立した音楽家注目したいのは、竹内さんが山下さんのプロデュースを受けながらも、作詞・作曲を自ら担当するスタイルを確立していることです。
山下さんがすべてを決めるのではなく、竹内さんが自分の表現したいものを作り、それを山下さんが編曲・サウンド面から形にしていく。この役割分担が、長年にわたる共同制作を可能にしてきました。
一方、山下さん自身もソロアーティストとして活動を続けています。2025年にソロデビュー50周年を迎え、2026年10月には37年ぶりのライブアルバム『JOY 2』を発売しました。
夫婦で同じ音楽業界に身を置きながら、それぞれの作品や表現を大切にしている点が、2人の関係を理解する要点です。
【2026年最新】竹内まりやの現在と音楽活動復帰後の活躍
2026年11月現在、竹内まりやさんは音楽活動を継続しています。かつてのように頻繁なテレビ出演やライブを中心にするのではなく、アルバム制作、楽曲提供、ライブ、記念作品のリリースなどを組み合わせた活動を展開しています。
2024年に10年ぶりのオリジナルアルバム『Precious Days』2024年10月、竹内さんはオリジナルアルバム『Precious Days』を発売しました。前作から10年ぶりとなるオリジナルアルバムで、デビュー45周年を迎えた時期の作品です。
同作はオリコン週間アルバムランキングで1位を獲得。発売時の年齢は69歳7か月で、女性アーティストとしてアルバム1位獲得の最年長記録を樹立しました。
年齢を重ねても新しい作品を制作し、幅広い世代に音楽を届けていることが、竹内さんの現在の活動を象徴しています。
2025年は11年ぶりの全国アリーナツアーを開催2025年には、全国8都市14公演のアリーナツアー『souvenir2025 mariya takeuchi live』を開催しました。
このツアーは2024年の『Precious Days』を携えたもので、公式発表によると約14万人を動員。2026年7月22日にはライブ映像作品も発売されました。
長期間にわたってライブ活動を控えていた竹内さんが、全国規模のアリーナツアーを実現したことは、復帰後の活動における大きな節目となりました。
2026年11月1日、新曲「あなたでなければ」を配信リリース2026年の最新トピックは、11月1日に配信リリースされた新曲「あなたでなければ」です。
同曲はWOWOWの連続ドラマW『マイ・スイート・ホーム』の主題歌に起用され、ドラマは10月31日に放送・配信がスタートしました。作品の世界観を彩る新たな楽曲として注目されています。
加えて、2026年11月3日には、2025年に日本武道館で開催された『九段下フォーク・フェスティバル’25』のライブアルバムが発売予定です。竹内さんと桑田佳祐さんによる「Two Of Us」も収録関連企画として先行配信されています。
11月25日には、アルバム『Bon Appétit!』の2026 Editionも発売予定です。最新リマスターが施され、ボーナストラックを追加したCD版と、初のアナログ盤が予定されています。
夫・山下達郎も2026年にソロ活動50周年を展開山下さんも2026年はソロデビュー50周年の節目を迎えています。
4月にはファーストソロアルバム『CIRCUS TOWN』の50th Anniversary Editionを発売。10月14日には、37年ぶりとなるライブアルバム『JOY 2』をリリースしました。
『JOY 2』は2008年から2025年までの18年間に開催された13本の全国ツアー、600を超える公演から本人が選曲した全38トラックを収録した作品です。10月20日にはオリコン週間アルバムランキング1位を獲得したことも、公式特設サイトで発表されています。
このように、2026年の2人は、それぞれの節目を迎えながら音楽活動を続けています。竹内さんは新曲やアルバム、ライブ作品を展開し、山下さんは自身の50周年企画を進めています。
【よくある質問】竹内まりやの旦那に関するFAQ
Q1:竹内まりやの旦那は誰ですか?
A1:シンガーソングライターの山下達郎さんです。1982年4月に結婚し、2026年11月現在も夫婦として生活しています。
Q2:竹内まりやと山下達郎はいつ結婚しましたか?
A2:1982年4月です。2人の公式プロフィールで結婚時期が確認できます。
Q3:竹内まりやと山下達郎の馴れ初めは何ですか?
A3:1978年の竹内さんのデビューアルバム『BEGINNING』の制作が出会いのきっかけです。山下さんが収録曲「夏の恋人」の作詞・作曲を担当しました。竹内さんは以前からシュガー・ベイブのファンだったことも明かしています。
Q4:竹内まりやが活動休止した理由は何ですか?
A4:本人の説明によると、デビュー後の仕事の進め方が自分の希望する音楽活動のスタイルと合わず、自由な時間も減っていたことが背景にあります。結婚を機に27歳で休業し、自分に合った活動形態を見つける転機になりました。
Q5:竹内まりやはいつ音楽活動に復帰しましたか?
A5:1984年4月です。シングル「もう一度」とアルバム『VARIETY』を発表しました。同作は竹内さんが全曲の作詞・作曲を担当し、山下さんが全面プロデュース・アレンジを手がけています。
Q6:山下達郎は竹内まりやの曲をプロデュースしていますか?
A6:はい。1984年以降、竹内さんの作品の編曲とプロデュースを担当しています。『VARIETY』や『REQUEST』など、代表的なアルバムにも深く関わっています。
Q7:2026年現在、竹内まりやは音楽活動をしていますか?
A7:活動しています。2025年には全国8都市14公演のアリーナツアーを開催し、2026年11月1日には新曲「あなたでなければ」を配信リリースしました。また、11月には『Bon Appétit! (2026 Edition)』などのリリースも予定されています。
竹内まりやさんの旦那は、シンガーソングライターの山下達郎さんです。2人は1982年4月に結婚し、2026年現在、44年以上にわたって夫婦として歩んできました。
2人の出会いは竹内さんのデビューアルバム制作がきっかけでした。初対面のサインをめぐるエピソードからも、音楽家として互いに影響を与え合ってきたことがうかがえます。
竹内さんの活動休止は、結婚だけが理由ではありません。本人が望む音楽制作のスタイルを見つけるための転機でもありました。1984年の『VARIETY』での復帰後は、山下さんの編曲・プロデュースと竹内さん自身の作詞・作曲が融合し、独自の音楽世界を築いています。
2026年11月には竹内さんの新曲「あなたでなければ」が配信され、山下さんもライブアルバム『JOY 2』を発表するなど、夫婦それぞれが現役の音楽家として活動しています。
2人の歩みから見えてくるのは、夫婦であることと、独立した表現者であることを両立させてきた姿です。長年にわたる音楽的な協力関係こそ、竹内まりやさんと山下達郎さんの夫婦関係を語るうえで欠かせない特徴です。
主な確認資料: 竹内まりや公式サイト、山下達郎公式サイト、ワーナーミュージック・ジャパン、ソニーミュージック、慶應塾生新聞デジタル、日刊スポーツ、文春オンラインのプロフィール・インタビュー・公式発表を参照しています。