2009年10月3日、生放送のTBS系特別番組『オールスター感謝祭』で、島田紳助が人気お笑いトリオ・東京03に激怒する場面が放送され、大きな騒動になりました。番組中に突然起きた出来事だっただけに、「東京03は何をしたのか」「なぜ紳助はあそこまで怒ったのか」と、当時の視聴者の間でさまざまな憶測が広がりました。
騒動の発端は、番組開始前の挨拶をめぐる行き違いでした。その後、東京03本人が『踊る!さんま御殿!!』で経緯を説明し、2025年6月には関根勤が鈴木拓とのYouTubeトークで、会釈をめぐる新たな背景を明かしています。さらに2026年10月には、島田紳助の近況が報じられ、過去の騒動も再び関心を集めています。
【2009年の真相】オールスター感謝祭で紳助と東京03に何が起きた?

騒動が起きたのは、2009年10月3日放送のTBS系『オールスター感謝祭』です。
当日は芸能人や著名人など約200人が出演。クイズに回答する出演者がスタジオに集まり、番組内では世界的なエンターテインメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」のパフォーマンスも披露されていました。
その最中、司会を務めていた島田紳助が東京03のいる解答者席に詰め寄る場面がカメラに映ります。
突然の出来事にスタジオの空気は一変しました。
当時の報道によると、司会の島崎和歌子や西川きよしが慌てて動く様子も映り、東京03の3人はその後、終始うつむいた状態で番組に参加していました。
この映像を見た視聴者からは、何が起きたのかを知りたいという声が相次ぎます。
当時広がった3つの憶測事件直後には、インターネット上で次のような説が取り沙汰されました。
- 東京03がクイズで不正をしたのではないか。
- 先輩芸人に対して失礼な態度を取ったのではないか。
- 2009年のキングオブコント優勝と、紳助が関わっていたM-1グランプリとの関係があったのではないか。
しかし、J-CASTニュースが2009年10月5日に報じた記事では、これらは当時の憶測として扱われています。
特に、キングオブコントとM-1グランプリの競争関係が原因だったという説については、騒動との具体的な関連を裏付ける情報は示されていません。
その後、東京03本人がテレビ番組で説明したことで、騒動の中心にあった問題が明らかになりました。
現場で西川きよしが止めに入った理由この騒動を語るうえで欠かせないのが、西川きよしの存在です。
2021年9月、ナイツの土屋伸之と塙宣之はラジオ番組で当時の出来事を振り返っています。
2人も現場にいた芸人で、西川きよしが紳助を止めようと走っていったことを証言しました。
その際、シルク・ドゥ・ソレイユの出演者とぶつかりそうになるほど、現場が慌ただしくなっていたといいます。
つまり、単なる出演者同士の口論ではなく、パフォーマンス中のスタジオ全体を巻き込む騒ぎになっていたのです。
この現場の証言は、2021年9月8日付のライブドアニュースでも紹介されています。
【激怒した理由】東京03が紳助に挨拶しなかったのはなぜ?
東京03本人が『さんま御殿』で説明騒動から約1か月後の2009年11月17日、日本テレビ系『踊る!さんま御殿!!』に東京03が出演しました。
司会の明石家さんまは、番組冒頭から騒動に触れます。
このとき、さんまは東京03に対して、紳助への挨拶をしたつもりだったのかと質問しました。
東京03の回答は、次の短い言葉でした。
「人数が多かったんで」
つまり、出演者が大勢いる状況だったため、紳助のところへ挨拶に行くことを控えてしまったという説明です。
J-CASTニュースの2009年11月18日付の記事によると、さんまは出演者が多いことから、挨拶に行くとかえって失礼になるのではないかと東京03が考えたのだろうと説明しています。
東京03は番組内で、騒動について周囲に迷惑をかけたことを謝罪しました。
問題は挨拶に行かなかったことだけではなかった?2025年になって、この騒動に新たな背景が加わります。
関根勤が自身のYouTubeチャンネルで、当時の状況を説明したのです。
関根によると、オールスター感謝祭の楽屋は出演者が非常に多く、東京03が全員に挨拶するのは簡単ではなかったといいます。
しかし、東京03が少し遅れてスタジオに入ってきた際、紳助の目の前を通ったにもかかわらず、会釈をしなかったことが問題になったようだと説明しました。
つまり、挨拶に行く時間がなかったことだけでなく、目の前を通過する際の最低限の礼儀が欠けていたと受け取られた可能性があるのです。
ここが、2009年の東京03本人の説明と、2025年の関根勤による補足をつなぐ重要な部分です。
ただし、会釈の有無については関根が後年に紹介した説明であり、紳助本人が当時の怒りの理由を直接詳しく語った証言とは区別する必要があります。
事件を理解するには、放送当日だけでなく、その後の発言や再注目された時期まで追う必要があります。
以下に、報道や関係者の発言で確認できる主な出来事をまとめました。
| 時期 | 出来事 | 内容・確認できるポイント |
|---|---|---|
| 2009年9月 | キングオブコント2009 | 東京03が2代目王者に輝く |
| 2009年10月3日 | オールスター感謝祭 | 紳助が東京03に詰め寄る場面が生放送に映る |
| 2009年10月4日 | オール巨人のブログ | 紳助が怒った後の打ち上げと握手について説明 |
| 2009年11月17日 | 踊る!さんま御殿!! | 東京03が挨拶をめぐる経緯を説明 |
| 2009年12月23日 | DVD発売記念イベント | 東京03が騒動について謝罪 |
| 2010年9月27日 | DVD発売合同イベント | 飯塚悟志が後輩に挨拶の大切さを伝える |
| 2021年9月 | ナイツのラジオ出演 | 西川きよしが止めに入った現場の状況を回想 |
| 2025年6月7日 | 関根勤チャンネル | 鈴木拓とのトークで会釈をめぐる背景を説明 |
| 2026年10月25日 | 山里亮太がXを更新 | 島田紳助との再会写真を公開 |
特に重要なのは、2009年11月の東京03本人による説明と、2025年6月の関根勤による補足です。
前者は当事者である東京03が公の場で語った説明、後者は現場の状況について関係者から聞いた話を含む証言です。
この2つを合わせると、単純に挨拶をしなかったというだけではなく、スタジオへの入場時の振る舞いも問題になった可能性が見えてきます。
【2025年の新証言】関根勤と鈴木拓が明かした事件の背景
2025年6月7日、関根勤は自身のYouTubeチャンネル「関根勤チャンネル」を更新しました。
ゲストとして登場したのは、ドランクドラゴンの鈴木拓です。
動画では、芸能界で起きた印象的な出来事について語り合い、その中で島田紳助と東京03の騒動も取り上げられました。
関根勤が説明した会釈の背景関根勤の説明で注目されたのは、東京03が紳助の前を通ったときの状況です。
関根は、出演者の多い現場では全員に挨拶するのが難しい事情を理解しつつ、MCの目の前を通るのであれば、少し会釈するだけでも違ったのではないかという見方を示しました。
これは、単に「挨拶をしなかった」という従来の説明に、当日の動線や立ち居振る舞いという具体的な状況を加えた証言です。
鈴木拓のタックル事件も関係していた?今回の動画で興味深いのは、鈴木拓自身が紳助との別のエピソードを語っていたことです。
鈴木はフジテレビ系『クイズ!ヘキサゴン』の収録中、紳助のボケやイジリに対して、若手芸人からのツッコミを待っているのだと考え、思い切ってタックルした経験を明かしました。
現場の空気は一瞬凍りついたものの、紳助は鈴木に対して、
「お前、ヤルやないか」
と返し、笑いに変えたといいます。
鈴木は、その後に東京03の騒動が起きたことで、紳助への接し方について考えさせられたと振り返りました。
関根はこの2つのエピソードを比較し、紳助はお笑いとして成立するやり取りには寛容だった一方、挨拶や礼儀の部分では違った反応を示したのではないかと分析しています。
ただし、鈴木拓のタックル事件と東京03の騒動は別々の出来事です。約2週間ほどの時間差で起きたエピソードとして語られています。
シルク・ドゥ・ソレイユの出演者が最も怖がっていた?関根勤は加えて、ナイツの塙宣之から聞いた話として、騒動の最中に最も怖がっていたのはシルク・ドゥ・ソレイユの出演者だったと紹介しました。
パフォーマンスの最中に、突然スタジオで大きな声が聞こえたため、出演者も驚いていたという内容です。
この話は、事件の異様な雰囲気を伝えるエピソードとして注目されました。
2025年6月8日の日刊スポーツとデイリースポーツも、関根勤の証言を詳しく報じています。
【和解の経緯】西川きよしとオール巨人は何をした?
騒動について検索すると、「紳助と東京03はその後和解したのか」という疑問も多く見られます。
この点では、当時のオール巨人のブログに関する報道が重要です。
オール巨人が明かした打ち上げと握手2009年10月4日、オール阪神・巨人のオール巨人は、自身のブログで前日のオールスター感謝祭について触れました。
紳助が若手芸人に対して腹を立てたことを認めたうえで、その後の様子についても説明しています。
J-CASTニュースによると、巨人は紳助に対して「堪忍してやって!」とメールを送り、紳助からは怒った後に打ち上げにも行き、最後は握手して円満に終わったという趣旨の返事があったと紹介しています。
この証言は、事件がいつまでも険悪な状態で続いていたわけではないことを示す材料です。
ただし、当時の報道で確認できるのは打ち上げと握手についての巨人の説明です。東京03の3人と紳助が、どのような言葉を交わして和解したのかという詳細な会話までは明らかになっていません。
西川きよしは仲裁役だったのか西川きよしについては、現場で紳助を止めに入った人物として複数の報道で紹介されています。
ナイツの土屋と塙も、きよしが走って止めに向かったことを語っています。
ただし、ここで区別したいのは、現場での制止と、その後の当事者間の和解交渉です。
西川が現場で騒動を収めようとしたことは証言されていますが、紳助と東京03の間で正式な和解を取りまとめたという具体的な記録とは異なります。
東京03自身も謝罪していた2009年12月23日、東京03はDVD『キングオブコント2009』の発売記念イベントに出席しました。
この場で飯塚悟志は、オールスター感謝祭での騒動について謝罪しています。
当時のマイナビニュースによると、飯塚は「申し訳ございませんでした!」と謝罪し、その年を「色々と勉強になった1年でした」と振り返りました。
さらに2010年9月27日、飯塚はDVD発売合同イベントで後輩芸人に向けて、次のように語っています。
「あいさつだけはしっかりやれ。あいさつして損はない」
この発言からも、東京03自身が騒動を教訓として受け止めていたことがうかがえます。
【2026年最新】島田紳助の現在と芸能界復帰の可能性
東京03との騒動を振り返る際に、もう一つ気になるのが島田紳助の現在です。
2026年11月1日時点で、島田紳助は芸能界に復帰していません。
2011年に芸能界を引退した理由島田紳助は2011年8月23日、吉本興業の緊急記者会見で芸能活動からの引退を発表しました。
吉本興業の会見では、2005年6月ごろから2007年6月ごろにかけて、暴力団関係者との間に一定の親密さをうかがわせる携帯メールなどの交流関係が確認されたことが説明されています。
紳助本人も事実を認め、引退を申し出ました。
当時は『クイズ!ヘキサゴンII』『行列のできる法律相談所』『開運!なんでも鑑定団』など、多数の人気番組で司会を務めていました。
この引退理由は、2009年の東京03との騒動とは別の問題です。両者を混同しないことが大切です。
また、2012年4月にはスポニチが、紳助は芸能界への復帰意思がなく、「もう仕事はしない」という意向を示したと報じています。
2025年には芸能界復帰の噂も再浮上2025年6月に関根勤が東京03の騒動を取り上げたことで、紳助の名前が再び大きく報道されました。
当時の週刊女性PRIMEの記事では、紳助の近況が話題になっていたタイミングとも重なり、芸能界復帰への布石ではないかという見方が紹介されています。
ただし、これは周囲の反応や憶測であり、本人が復帰を正式発表したわけではありません。
2026年10月、山里亮太が紳助との再会を報告2026年10月25日、南海キャンディーズの山里亮太が自身のXを更新し、島田紳助とのツーショット写真を公開しました。
山里は久しぶりに紳助と会ったことを報告し、食事の時間を振り返っています。
その際、次のように投稿しました。
「久しぶりに紳助師匠にお会いしました!」
加えて、長時間にわたって話を楽しんだことや、周囲の人々が笑っていたことも伝えています。
10月29日には、山里がTBSラジオ『山里亮太の不毛な議論』で再会について語ったことも日刊スポーツが報道しました。
山里は紳助について、話術が衰えていないことや、筋力トレーニングを続けている様子などを紹介しています。
この再会によって、紳助の現在の姿や芸能界との関係に改めて関心が集まりました。
しかし、芸能人との食事や写真の公開と、テレビ番組への復帰は別の話です。
2026年11月1日時点で、テレビ復帰や芸能活動再開についての正式な発表は確認されていません。
【再注目の理由】東京03と紳助の事件動画はなぜ消えない?
2009年の騒動は、発生から長い年月が経過した現在も、動画や過去の証言を通じて繰り返し話題になります。
その理由は大きく3つあります。
1. 生放送で実際に映ってしまった衝撃事件の特徴は、事前収録された番組ではなく、生放送中に起きた出来事だったことです。
通常のバラエティー番組なら編集でカットされる可能性のある場面が、そのまま視聴者に伝わりました。
しかも、シルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマンス中という、出演者全員が注目しているタイミングだったことも印象を強めました。
2. 東京03自身が後年も話題にしている2021年8月29日、東京03はフジテレビ系『FNSラフ&ミュージック 歌と笑いの祭典』に出演しました。
この番組では、過去の出来事について話題を振られ、飯塚悟志が紳助との騒動を思い出す場面がありました。
また、角田晃広は、動画が削除されても新しい動画が登場し、事件を知らなかった世代にまで広がってしまうという趣旨の発言をしています。
飯塚も、当時の出来事を忘れられない様子を見せました。
動画共有サービスでは、過去の映像が削除された後に別の投稿として現れることがあり、騒動の記憶が繰り返し掘り起こされる構造があります。
3. 2025年の関根勤の証言で新しい視点が加わった従来は「挨拶に行かなかったため怒られた」という説明が中心でした。
しかし、関根勤が2025年に会釈の背景を説明したことで、なぜ紳助がそこまで怒ったのかという疑問に、もう一段踏み込んだ情報が加わりました。
さらに2026年10月には、山里亮太と紳助の再会が報じられています。
過去の騒動と現在の紳助の近況が同時に検索されることで、2009年の事件が改めて注目されるようになっています。
なお、当時の動画を探す場合は、短く編集された映像だけで出来事の全体像を判断しないことが大切です。映像に映っている場面と、後年の関係者の証言を分けて理解する必要があります。
【紳助と東京03の騒動】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:島田紳助はなぜ東京03に激怒したのですか?
紳助への事前の挨拶がなかったことが発端とされています。東京03は出演者が多かったため挨拶を控えたと説明しました。2025年には関根勤が、紳助の目の前を通った際に会釈もしなかったことが問題になったようだと補足しています。
Q2:東京03は紳助に挨拶しなかったことを認めていますか?
はい。2009年11月17日放送の『踊る!さんま御殿!!』で、明石家さんまから質問された東京03は、出演者が多かったことを理由に挨拶に行かなかったと説明しています。
Q3:西川きよしは紳助と東京03の仲裁をしたのですか?
西川きよしが現場で紳助を止めに入ったことは、ナイツの土屋伸之や塙宣之の証言で伝えられています。ただし、その後の正式な和解交渉まで担当したという具体的な情報は確認されていません。
Q4:紳助と東京03は最終的に和解したのですか?
オール巨人が当時のブログで、紳助が怒った後に若手芸人と打ち上げに行き、最後に握手したと説明したことが報道されています。また、東京03も後日謝罪しています。ただし、個別の和解の詳細は公表されていません。
Q5:鈴木拓も紳助とのトラブルを経験していたのですか?
鈴木拓は『クイズ!ヘキサゴン』の収録中に紳助へタックルしたエピソードを関根勤のYouTubeで明かしています。紳助がその場を笑いに変えたことも語っており、東京03の騒動とは別の出来事です。
Q6:島田紳助は2026年に芸能界復帰していますか?
いいえ。2026年11月1日時点で芸能界への正式な復帰は確認されていません。10月には山里亮太との再会が報じられましたが、テレビ出演再開の発表とは異なります。
Q7:東京03と紳助の当時の動画は現在も見られますか?
過去の映像は動画共有サービスなどで話題になることがあります。ただし、削除や再投稿が繰り返されており、当時の放送全体を確認できる公式映像が常時公開されているとは限りません。
2009年10月3日の『オールスター感謝祭』で起きた島田紳助と東京03の騒動は、番組前の挨拶をめぐる行き違いが発端でした。
東京03は出演者が多いことを理由に挨拶を控えたと説明し、明石家さんまも両者の間に誤解があったという趣旨の発言をしています。
その後、オール巨人による打ち上げと握手の証言、東京03自身の謝罪、飯塚悟志による後輩への教訓などが伝えられました。
そして2025年、関根勤が会釈をめぐる新たな背景を紹介したことで、事件の見え方が少し変わりました。
2026年には山里亮太との再会が話題になり、島田紳助の現在にも再び注目が集まっています。
今回の騒動から読み取れるのは、芸能界における挨拶や礼儀が、単なる形式ではなく、出演者同士の信頼関係や現場のコミュニケーションにも関わっているということです。
一方で、礼儀の問題があったとしても、生放送での強い叱責が適切だったのかという議論は別に残ります。
紳助と東京03の騒動は、単なる挨拶トラブルではありません。芸能界の上下関係、生放送の緊張感、そして一度映像として残った出来事が長年にわたって語り継がれるメディアの特性を象徴する事件だったのです。
2026年現在も再注目される理由は、事件そのものだけでなく、関係者が時間を経て語った証言によって、当時の出来事に新しい解釈が加わり続けている点にあります。