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中村莟玉とは何者?本名・年齢・中村梅玉との関係と2026年最新の舞台活動を徹底解説

如月 七海 如月 七海 • 更新: • 公開: • 読了約 25 分
目次

中村莟玉(なかむら・かんぎょく)は、一般家庭に生まれながら歌舞伎の世界に入り、人間国宝・四代目中村梅玉の養子となった歌舞伎俳優です。1996年9月12日生まれ、東京都出身。本名は森正琢磨(もりまさ・たくま)で、2026年11月現在、30歳を迎えています。

2005年に本名で初舞台を踏み、2006年に中村梅丸を名乗って部屋子として活動を開始。2019年には梅玉の養子となり、初代中村莟玉へ改名しました。立役と女方の双方を勤めるほか、2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』では西村屋万次郎を演じ、歌舞伎を知らない視聴者にも名前が広まりました。2026年は歌舞伎座や博多座への出演に加え、舞台『桶狭間の義経』にも参加しています。

歌舞伎俳優としての歩みだけでなく、中村梅玉との師弟・親子関係、梅丸から莟玉への改名に込められた意味、パンダ好きという意外な素顔まで、公式プロフィールや本人のインタビュー、2026年の公演情報をもとに整理します。

まずは、中村莟玉の基本プロフィールを確認しましょう。

項目 詳細
芸名 初代 中村莟玉
読み方 なかむら かんぎょく
本名 森正琢磨(もりまさ たくま)
生年月日 1996年9月12日
年齢 30歳(2026年11月現在)
出身地 東京都
身長 163cm
屋号 高砂屋
定紋 祗園銀杏
前名 中村梅丸
養父 四代目中村梅玉
芸の特徴 立役・女方の双方を勤める
好きなもの 蕎麦・パンダ
愛称 まるる

出典:中村莟玉公式サイト、歌舞伎俳優名鑑。

中村莟玉の読み方は「かんぎょく」

「莟玉」は、初見では読み方が難しい芸名です。

正しくは「なかむら・かんぎょく」と読みます。

「莟」は「つぼみ」を意味する漢字で、まだ花が開いていない状態を表します。

歌舞伎俳優の名前には、代々受け継がれる名跡や、師匠・一門とのつながりを示す意味が込められることがあります。莟玉という名前も、単なる響きの美しさだけで付けられたものではありません。

後述するように、養祖父にあたる六代目中村歌右衛門と、養父・中村梅玉の芸の系譜を受け継ぐ意味があります。

本名は森正琢磨。歌舞伎の名家に生まれたわけではない

中村莟玉の本名は、森正琢磨です。

歌舞伎界では、代々歌舞伎俳優を輩出する家に生まれ、幼少期から芸を学ぶケースがよく知られています。

しかし、莟玉はそのような歌舞伎一家の出身ではありません。

本人の2025年のインタビューや女性セブンの取材によると、両親は出版社に勤めており、母親が大学時代から歌舞伎を趣味としていました。

莟玉自身も2歳ごろから歌舞伎に興味を持ち、テレビ中継を熱心に見る子どもだったといいます。

つまり、歌舞伎との出会いは家業を継ぐためではなく、純粋に舞台を好きになったことから始まったのです。

屋号は高砂屋。定紋は祗園銀杏

中村莟玉の屋号は高砂屋です。

屋号とは、歌舞伎俳優が所属する家や一門を示す呼称です。一般的な会社の所属名とは異なり、歌舞伎の歴史や芸の伝承とも深く関係しています。

高砂屋は六代目中村歌右衛門が築いた芸の系譜につながる一門です。

莟玉はその一員として、養父・四代目中村梅玉のもとで芸を磨いてきました。

定紋は祗園銀杏。公式プロフィールにも掲載されている、俳優としての基本的な情報です。

【一般家庭から歌舞伎界へ】中村梅玉との出会いと養子になった経緯

中村莟玉

中村莟玉の経歴で特に注目されるのが、一般家庭から歌舞伎界に入り、中村梅玉の部屋子、そして養子へと進んだ道のりです。

この経緯を知ると、現在の芸名や高砂屋という屋号に対する理解も深まります。

きっかけは幼少期の歌舞伎好き

莟玉が歌舞伎の世界へ進むきっかけとなったのは、幼いころからの舞台への強い関心でした。

女性セブンの2025年11月のインタビューでは、2003年5月、小学1年生だったころの出来事が紹介されています。

新橋演舞場で「東をどり」を鑑賞した際、幕間に手ぬぐいを頭に巻き、大好きだった『切られ与三郎』のまねをしていたところ、日本舞踊家の花柳福邑に声をかけられました。

その出会いから舞踊の稽古を始め、歌舞伎俳優になる夢に近づいていきます。

その後、松竹関係者を通じて四代目中村梅玉を紹介されました。

梅玉の舞台がある週末や学校の休みの日には楽屋へ通い、黒衣を着て手伝いをするなど、歌舞伎の現場に積極的に関わるようになりました。

2004年に入門、2005年に本名で初舞台

2004年3月、当時7歳だった森正琢磨は中村梅玉に入門します。

翌2005年1月には、国立劇場の『御ひいき勧進帳』で富樫の小姓を勤め、本名で初舞台を踏みました。

最初から大きな役を与えられたわけではありません。

しかし、舞台に立つ経験を重ねながら、日本舞踊や鼓などの稽古にも取り組み、歌舞伎俳優として必要な基礎を身につけていきました。

2006年4月には正式に梅玉の部屋子となり、中村梅丸を名乗ります。

部屋子とは、師匠のもとで芸だけでなく、舞台での作法や礼儀なども学びながら成長していく立場です。

女性セブンの取材では、本人も部屋子として迎えられるまでに、師匠側にも受け入れる覚悟が必要だったと振り返っています。

2019年、中村梅玉の養子に

大きな転機となったのは2019年です。

同年8月、歌舞伎座11月公演での改名と養子縁組が発表され、10月に梅玉の養子となり、11月に初代中村莟玉として披露されました。

養父となった四代目中村梅玉は、重要無形文化財「歌舞伎立役」の各個認定保持者、いわゆる人間国宝です。

2019年の発表では、梅玉が莟玉との出会いを振り返り、幼いころから歌舞伎が好きで、毎週のように楽屋に通っていたことを明かしています。

梅玉は養子に迎えた理由について、本人が成人し、名題試験に合格したころに、歌舞伎俳優として歩む覚悟を感じたことも挙げています。

ここで重要なのは、莟玉が単に有名な歌舞伎俳優の養子になったという話ではないことです。

幼少期からの稽古、部屋子としての修業、舞台経験、そして本人と師匠双方の覚悟が積み重なった結果として、養子縁組に至っています。

また、梅玉の養父は六代目中村歌右衛門です。そのため莟玉にとって歌右衛門は養祖父にあたります。

この関係が、後述する芸名の由来にもつながっています。

【中村梅丸から中村莟玉へ】改名理由と名前に込められた意味

2019年11月の改名は、莟玉の歌舞伎人生における重要な節目です。

それまで親しまれてきた中村梅丸という名前から、初代中村莟玉へと変わりました。

「莟」は六代目中村歌右衛門の莟会から

「莟」という文字には、養祖父にあたる六代目中村歌右衛門とのつながりがあります。

歌右衛門が若いころに行っていた自主公演・勉強会が「莟会(つぼみかい)」です。

この名前から一字を受け継ぎました。

莟には、花が開く前のつぼみという意味があります。

まだ完成していない若い役者が、これから成長し、大きく花開いていくという願いにも通じる名前です。

2019年の改名発表時、中村梅玉も、この名前は自身にとって大切なものだと説明しています。

「玉」は養父・中村梅玉から受け継いだ

もう一つの文字である「玉」は、養父の中村梅玉から受け継いだものです。

つまり、莟玉という芸名には、養祖父・歌右衛門の芸の系譜と、養父・梅玉からの継承という二つの意味が込められています。

本人も過去のインタビューで、梅丸という名前に愛着があった一方、莟玉という名前をいただくことには大きな重みを感じていたと話しています。

特に、歌右衛門ゆかりの名前を受け継ぐことには、恐れ多さもあったと振り返っています。

改名によって役者としての立場も変化

梅丸から莟玉への改名は、単なる芸名変更ではありません。

部屋子から養子へと立場が変わり、一門の後継者としての期待も背負うことになりました。

歌舞伎美人の2019年の発表記事では、梅玉は養子になったことをプレッシャーに感じすぎず、まずは一人の若手俳優として精進するようエールを送っています。

莟玉自身も、女方だけでなく立役にも挑戦したいという意欲を示していました。

その後の出演歴を見ると、実際にさまざまな役柄に挑戦していることが分かります。

【立役・女方の両方で活躍】歌舞伎座・新春浅草歌舞伎の出演歴

中村莟玉の大きな特徴は、立役と女方の双方を勤めることです。

立役とは主に男性の役を演じる役柄、女方とは女性の役を演じる役柄を指します。

歌舞伎俳優として両方の芸を学び、演じることは、役者としての表現の幅を広げることにもつながります。

立役と女方、それぞれの代表的な役柄

立役では、2019年の芸名披露公演『鬼一法眼三略巻』「菊畑」で、奴虎蔵実は源牛若丸を勤めました。

一方、女方としても経験を積み、『NARUTO-ナルト-』の春野サクラや、舞踊作品『鷺娘』の鷺の精などを演じています。

また、新作歌舞伎『刀剣乱舞』では髭切を勤めました。

古典歌舞伎だけでなく、漫画やゲームを原作とする新作歌舞伎にも出演している点は、現在の莟玉の活動を理解するうえで見逃せません。

主な経歴・出演歴を時系列で整理
年・時期 出来事・出演作品 意味・関係
2005年1月 国立劇場『御ひいき勧進帳』 森正琢磨として初舞台
2006年4月 歌舞伎座などで出演 中村梅丸を名乗り、梅玉の部屋子となる
2009年 『京乱噂鉤爪』 花がたみ役で国立劇場特別賞
2010年 『天保遊俠録』 勝麟太郎役で国立劇場奨励賞
2011年 『日本振袖始』 稲田姫役で国立劇場奨励賞
2014年 『傾城反魂香』 土佐修理之助役で国立劇場奨励賞
2019年11月 歌舞伎座『菊畑』 初代中村莟玉を披露
2025年 NHK大河ドラマ『べらぼう』 西村屋万次郎役
2026年1月 新春浅草歌舞伎 『藤娘』『男女道成寺』などに出演
2026年2〜7月 歌舞伎座 二月・三月・四月・七月大歌舞伎に出演
2026年8月 長崎スタジアムシティ公演 『鷺娘』の鷺の精などを勤める
2026年10〜11月 舞台『桶狭間の義経』 大阪・仙台・東京・福岡公演に出演

出典:日本俳優協会「歌舞伎俳優名鑑」、中村莟玉公式サイト、松竹公演情報。

新春浅草歌舞伎では女方の舞踊にも挑戦

新春浅草歌舞伎は、若手歌舞伎俳優が中心となって出演する恒例の正月公演です。

2026年1月の公演では、莟玉は昼の部で『藤娘』、夜の部で『男女道成寺』の舞踊を勤めました。

加えて、夜の部『傾城反魂香』では、女房おとく役の代役も務めています。

2026年5月の美ST ONLINEのインタビューでは、当日の朝に代役の連絡を受け、過去の舞台映像をスマートフォンで確認しながら劇場へ向かったエピソードを紹介しています。

相手役の中村橋之助と段取りを確認し、実際に舞台に立つまで約5時間だったといいます。

このエピソードからは、突然の代役にも対応できるだけの舞台経験と、日頃からの準備の積み重ねがうかがえます。

また、本人は舞踊そのものが好きだと語っており、六代目中村歌右衛門が築いた芸を学ぶことにも強い意欲を持っています。

歌舞伎座への出演歴も着実に積み重ねる

莟玉にとって歌舞伎座は、初舞台以降、重要な経験を重ねてきた劇場です。

中村梅丸時代には『沓手鳥孤城落月』や『関八州繋馬』などに出演。

2019年11月には、歌舞伎座の『吉例顔見世大歌舞伎』で中村莟玉への改名披露を行いました。

2026年も歌舞伎座で二月大歌舞伎、三月大歌舞伎、四月大歌舞伎、七月大歌舞伎への出演が公式出演歴に掲載されています。

こうした出演の積み重ねは、莟玉がテレビ出演だけで注目される俳優ではなく、歌舞伎の本公演を活動の中心に据えていることを示しています。

【大河ドラマ『べらぼう』】中村莟玉が演じた西村屋万次郎とは?

中村莟玉の名前を歌舞伎ファン以外にも広く知らせるきっかけとなったのが、2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』です。

莟玉が演じたのは、西村屋万次郎という人物でした。

西村屋万次郎は蔦屋重三郎のライバル的存在

『べらぼう』は、江戸時代の出版文化を舞台に、蔦屋重三郎の生涯を描いた大河ドラマです。

中村莟玉が演じた万次郎は、鱗形屋孫兵衛の次男として生まれ、西村屋に養子入りして二代目となる人物です。

ドラマの中では、江戸の出版文化を盛り上げようとする若い出版人として描かれました。

特に重要なのが、浮世絵師・喜多川歌麿との関係です。

万次郎は歌麿の作品に強く魅了されており、西村屋から新しい作品を出版するため、歌麿に接近します。

蔦屋重三郎と歌麿の関係が揺れる中で、万次郎は蔦屋に対するライバル的存在として物語に関わっていきました。

本人と万次郎には共通する部分もあった

2025年11月のOggiのインタビューで、莟玉は万次郎について、歌麿のファンという設定に親近感を覚えたと語っています。

実際、本人も幼いころから歌舞伎や浮世絵が好きでした。

加えて、大学時代には近世文学を専門に学んでおり、黄表紙や合巻など江戸時代の出版文化について知識を深めていました。

ドラマに登場する『画本虫撰』も、大学の授業で学んだ作品だったそうです。

本人にとって、役柄の背景と自分の興味・学びが重なったことは、大きな強みになったと考えられます。

また、歌舞伎と映像作品の演技の違いについても、インタビューで率直に話しています。

歌舞伎では動きを大きく見せることが多い一方、テレビドラマではカメラの画角を意識する必要があります。

その違いを意識しながら演じた経験は、歌舞伎以外の演技を学ぶ機会にもなりました。

大河ドラマ出演によって広がった活動の可能性

莟玉は、2024年2月ごろから芸能事務所に所属し、歌舞伎以外の仕事にも活動の場を広げています。

2025年の『べらぼう』出演は、その方向性を象徴する仕事の一つでした。

2026年5月の美ST ONLINEのインタビューでは、30代について、歌舞伎以外の経験も積極的に取り入れながら、自分がどの分野で歌舞伎界に貢献できるのかを模索したいという考えを明かしています。

伝統芸能の世界に軸足を置きながら、テレビや舞台など異なるジャンルにも挑戦する姿勢が特徴です。

【最新インタビューと素顔】中村莟玉はパンダ好き?趣味や今後の目標

舞台上では古典芸能の格式ある役柄を勤める莟玉ですが、インタビューでは親しみやすい一面も見せています。

その代表例が、本人も公言しているパンダ好きです。

パンダ好きは公式プロフィールにも掲載

中村莟玉の公式プロフィールには、好きなものとして「蕎麦・パンダ」と記載されています。

パンダへの関心はかなり深く、2023年のインタビューでは、パンダの動画や写真を見ることが日々の楽しみになっていると話していました。

特に好きなパンダとしてシャンシャンを挙げるなど、個体ごとの特徴にも詳しい様子が紹介されています。

また、2026年2月18日には、写真家・高氏貴博との「中村莟玉×『毎日パンダ』高氏貴博トークショー」にも出演しました。

歌舞伎俳優としての活動だけでなく、好きなものを通じてファンとの交流を広げている点も興味深いところです。

2026年5月の最新インタビューで語った30代の目標

2026年5月4日公開の美ST ONLINEでは、「100歳になっても歌舞伎に求められる役者でいたい」という将来像が紹介されました。

取材時は20代最後の年。9月12日の誕生日を迎え、現在は30歳です。

インタビューでは、30代は積極的に仕事に取り組み、歌舞伎以外の経験も芸に生かしていきたいという意欲を語っています。

また、養父・梅玉から受けた助言も紹介されました。

それは、歌舞伎以外の仕事に自分から制限をかける必要はなく、声をかけてもらえる機会を大切にするという考え方です。

高砂屋一門が大切にしてきた伝統を守りながら、現代の環境に合わせて活動の可能性を広げる。

この姿勢は、莟玉の今後を考えるうえで要点です。

【2026年最新】中村莟玉の現在と今後の出演予定

2026年11月現在、中村莟玉は歌舞伎の公演と、歌舞伎以外の舞台作品の双方で活動しています。

公式サイトの出演歴と公演主催者の発表から、現在の活動と今後の予定を整理します。

2026年は歌舞伎座・博多座・長崎などで活動

2026年の主な出演歴には、次の公演があります。

- 1月:浅草公会堂「新春浅草歌舞伎」
- 2月:歌舞伎座「猿若祭二月大歌舞伎」
- 3月:歌舞伎座「三月大歌舞伎」
- 4月:歌舞伎座「四月大歌舞伎」
- 5月:第四回「神谷町小歌舞伎」
- 6月:博多座「六月博多座大歌舞伎」
- 7月:歌舞伎座「七月大歌舞伎」
- 8月:長崎スタジアムシティ アリーナ歌舞伎舞踊特別公演
- 8月:日本橋公会堂「第三回 高砂会」

特に注目したいのが、2026年8月7日から9日まで開催された長崎スタジアムシティの公演です。

莟玉は名作舞踊『鷺娘』で鷺の精を勤め、さらに『連獅子』では浄土の僧・遍念を演じました。

『鷺娘』は、雪の降る水辺に現れた娘が、実は鷺の精であるという幻想的な舞踊作品です。

女方としての表現力や踊りの技術が問われる演目です。

この公演について、莟玉は初めてのアリーナ公演への参加と『鷺娘』への挑戦を楽しみにしているとコメントを寄せていました。

現在は舞台『桶狭間の義経』に出演中

2026年10月29日から始まった舞台『桶狭間の義経』も、現在の重要な活動です。

本作は鈴木おさむが脚本・演出を手がける時代劇で、尾上松也、北山宏光、北乃きい、納谷健、中村莟玉らが出演します。

物語は、1185年の源義経と1559年の織田信長という、異なる時代の人物が交差するタイムスリップ時代劇です。

公演日程は以下のとおりです。

- 大阪公演:10月29日~11月3日
- 仙台公演:11月6日~7日
- 東京公演:11月11日~20日
- 福岡公演:11月24日~25日

11月2日現在、大阪公演が開催中で、その後は仙台、東京、福岡へと続きます。

歌舞伎とは異なる演劇作品で、同世代の俳優や映像作品でも活躍する出演者たちと共演する経験は、莟玉の活動領域をさらに広げる機会となりそうです。

2027年の新春浅草歌舞伎にも出演決定

2026年8月には、2027年の新春浅草歌舞伎への出演も発表されました。

公演期間は2027年1月2日から26日まで。会場は浅草公会堂です。

松竹の公演情報によると、莟玉の配役には次の役があります。

- 『魚屋宗五郎』の女房おはま
- 『鞘當』の留男
- 『鷺娘』の鷺の精

なかでも『鷺娘』は、2026年8月の長崎公演に続いて注目される演目です。

また、2027年6月の舞台『ぽんとぼん』への出演も2026年9月29日に発表されました。

莟玉は主人公の落語家・森七生(扇家ましろ)を演じます。

東京公演は2027年6月4日から13日まで三越劇場、大阪公演は6月19日に松下IMPホールで予定されています。

こうした発表を見ると、2027年も歌舞伎と一般演劇の双方で活動する方向性が見えてきます。

【よくある質問】中村莟玉に関するFAQ

Q1:中村莟玉の読み方は何ですか?

A1:中村莟玉は「なかむら・かんぎょく」と読みます。莟は「つぼみ」を意味する漢字です。屋号は高砂屋です。

Q2:中村莟玉の本名と2026年現在の年齢は?

A2:本名は森正琢磨(もりまさ・たくま)です。1996年9月12日生まれで、2026年11月現在30歳です。

Q3:中村莟玉は中村梅玉の実の息子ですか?

A3:中村梅玉の養子です。一般家庭に生まれ、2004年に梅玉へ入門、2006年に部屋子となり、2019年に養子として迎えられました。

Q4:中村梅丸から中村莟玉に改名した理由は?

A4:「莟」は養祖父・六代目中村歌右衛門の自主公演「莟会」から、「玉」は養父・中村梅玉から受け継いだものです。2019年11月に初代中村莟玉として披露されました。

Q5:中村莟玉は立役と女方のどちらを演じますか?

A5:両方を勤めます。『菊畑』の奴虎蔵実は源牛若丸などの立役、『鷺娘』の鷺の精や『NARUTO-ナルト-』の春野サクラなどの女方でも活躍しています。

Q6:中村莟玉は『べらぼう』で何の役を演じましたか?

A6:西村屋万次郎を演じました。鱗形屋孫兵衛の次男で、西村屋に養子入りして二代目となる人物です。喜多川歌麿に強い関心を持つ出版人として描かれました。

Q7:中村莟玉の趣味は何ですか?

A7:公式プロフィールでは蕎麦とパンダが好きなものとして紹介されています。特にパンダ好きとして知られ、パンダ関連のトークイベントにも出演しています。

中村莟玉は、一般家庭から歌舞伎界に入り、中村梅玉の部屋子を経て養子となった、平成生まれの歌舞伎俳優です。

本名は森正琢磨。1996年9月12日生まれで、2026年11月現在30歳。2019年に中村梅丸から初代中村莟玉へ改名し、高砂屋の一員として活動しています。

彼の経歴を振り返ると、特に注目すべき点は三つあります。

第一に、歌舞伎界に入った経緯です。

歌舞伎の家に生まれたわけではなく、幼少期から舞台を好きになり、自ら歌舞伎の世界に近づいていきました。師匠との出会い、部屋子としての修業、養子縁組という過程は、本人の熱意と周囲の支えによって築かれたものです。

第二に、立役と女方の両方を学んでいることです。

古典歌舞伎の役柄だけでなく、『NARUTO-ナルト-』や『刀剣乱舞』といった新作歌舞伎にも参加。『鷺娘』などの舞踊にも挑戦しています。幅広い役柄を経験することが、今後の芸の厚みにつながっていくはずです。

第三に、伝統を守りながら活動の幅を広げていることです。

『べらぼう』への出演、2026年の舞台『桶狭間の義経』、2027年の『ぽんとぼん』など、歌舞伎以外の仕事にも積極的です。

一方で、歌舞伎座や浅草公会堂などの舞台にも継続して出演しており、活動の中心に歌舞伎があることは変わりません。

中村莟玉を知るうえでは、テレビ出演の話題だけでなく、実際にどのような役を勤め、どのように芸を磨いているのかを見ることが大切です。

養父・中村梅玉から受け継いだ芸の精神と、一般家庭から歌舞伎界に飛び込んだ自身の経験。その二つを持つ莟玉が、30代でどのような役者へ成長していくのか。

「100歳になっても歌舞伎に求められる役者でいたい」という本人の将来像は、長い芸の道を歩む決意を感じさせます。

2027年の新春浅草歌舞伎や舞台『ぽんとぼん』も控える中、これからの中村莟玉の舞台活動と新たな挑戦に注目したいところです。

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如月 七海

スポーツ報道9年。連盟の公式記録、試合結果、会見の書き起こしで数値と経歴を確認しています。

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