久米宏さんの妻は、久米麗子さんです。
麗子さんは単に著名キャスターの妻という立場にとどまらず、ファッションモデル、スタイリスト、執筆活動など、幅広い分野で仕事をしてきた人物です。
2000年の日本食糧新聞のインタビューでは、テレビ番組のパーソナリティーのスタイリングをはじめ、講演や執筆にも携わっていると紹介されています。
また、久米さんの独立後は個人事務所の運営にも関わり、テレビ出演時の衣装を担当するなど、仕事と家庭の両面で夫を支えてきました。
久米麗子のプロフィール| 項目 | 公表・報道されている情報 |
|---|---|
| 名前 | 久米麗子(くめ・れいこ) |
| 生年 | 1945年 |
| 出身地 | 兵庫県明石市 |
| 学歴 | 共立女子大学文芸学部卒業 |
| 主な仕事 | スタイリスト、モデル、講師、執筆活動 |
| 関連事業 | Kパック |
| 夫 | 久米宏さん |
| 結婚 | 1969年 |
| 共著 | 『ミステリアスな結婚』 |
プロフィールは著書の著者紹介や過去の新聞インタビューなどに基づいています。
特に注目したいのは、麗子さん自身がファッションや暮らしについて発信してきた点です。
夫の知名度に依存するだけではなく、自分の専門分野を持ち、仕事を続けてきたことが、彼女の人物像を理解するうえで重要です。
【久米麗子のスタイリスト経歴】モデルからファッションの専門家へ

久米麗子さんの経歴をたどると、学生時代からファッションや表現の世界と接点があったことが分かります。
著書の著者紹介によると、1945年に兵庫県明石市で生まれ、共立女子大学文芸学部に進学。大学在学中にはポーラ化粧品のCMにも出演しています。
卒業後はモデル活動やフラワーデザインの仕事を経験し、ファッションへの関心を深めていきました。
麗子さんの主なキャリア1960年代:モデル・メディア活動
大学時代に化粧品CMに出演。その後、服飾雑誌のモデルとしても活動しました。
1970年代:フラワーデザインとファッション
マミフラワーデザインスクールで学び、1972年には同スクールの講師として仕事を始めたと著者紹介に記載されています。
1975年には雑誌『マダム』でモデルを務めました。
1978年にはファッションへの興味からブティックで働き、スタイリスト養成の学校にも通っています。
1980年代:スタイリストとしての活動
1985年からは、テレビ番組のパーソナリティーのスタイリングを中心とするKパックを主宰。
テレビ出演者の衣装や小物を選び、画面上での印象を整える専門的な仕事に取り組みました。
久米麗子のファッション観2000年の日本食糧新聞のインタビューでは、麗子さんは年齢にとらわれず、自分が好きだと思う服を楽しむことの大切さを語っています。
また、スタイリストの仕事について、服や小物を選ぶために動き回る力仕事でもあると説明しています。
興味深いのは、彼女の考え方が単に流行を追うものではなかったことです。
自分の体型や肌の色、年齢の変化を踏まえながら、好きな服を自分らしく着こなす。こうした考え方は、1990年に刊行された著書『服が好き。ファッションも人生も自分でスタイリング』というタイトルにも表れています。
このように、麗子さんは久米宏さんの衣装を担当する以前から、自分自身の美意識と専門性を持った人物でした。
【久米宏と久米麗子の馴れ初め】学生時代の出会いから1969年の結婚へ
久米宏さんと麗子さんが出会ったのは、大学生の頃です。
女性セブンプラスが2026年1月に掲載した追悼記事によると、2人は学生演劇のサークルで知り合いました。
久米さんは早稲田大学、麗子さんは共立女子大学に在籍していた時期です。2人は学生時代の演劇活動を通じて知り合い、交際を経て結婚に至りました。
プロポーズのきっかけは別の縁談だった?2026年の女性セブンプラスの記事では、久米さんの知人による証言として、麗子さんに別の男性との縁談が持ち上がったことがプロポーズのきっかけになったというエピソードが紹介されています。
当時、久米さんは体調を崩し、仕事についても悩んでいた時期だったといいます。
そうした状況のなかで、麗子さんを失いたくないという思いから結婚の意思を伝えたとされています。
ただし、これは知人の証言として紹介されたエピソードです。2人が共同で執筆した書籍にも出会いやプロポーズについての章が設けられており、夫婦にとって重要な人生の転機だったことがうかがえます。
1969年に結婚、その後も長い夫婦生活2人が結婚したのは1969年です。
久米さんは1967年にTBSへ入社し、アナウンサーとしてのキャリアを歩み始めた時期でした。
その後、1979年にTBSを退社してフリーに転身。『ぴったし カン・カン』『ザ・ベストテン』などの人気番組を担当し、1985年にはテレビ朝日系『ニュースステーション』のメインキャスターに就任しました。
仕事が大きく変化していく時期も、麗子さんは夫のそばにいました。
夫婦の生活は仕事だけではなかった麗子さんは久米さんの個人事務所の社長を務め、専属スタイリストとしても仕事をしていたと報じられています。
一方、家庭では庭いじりや料理など、日常生活をともに楽しんでいた様子が紹介されています。
女性セブンプラスの記事では、以前の自宅に家庭菜園があり、休日には2人で庭の手入れをしていたという関係者の話が掲載されました。
麗子さんはオーガニック食材にもこだわり、採れた野菜を使った常備菜を作っていたそうです。
久米さんも、服装だけでなく食事や飲み物について麗子さんに任せることが多く、「家で食べるのがいちばん好き」と話していたとされています。
華やかなテレビの世界で活躍する久米さんと、家庭や仕事の両方を大切にする麗子さん。夫婦の関係は、単なる有名人とその配偶者という枠には収まりません。
【夫婦の歩みを年表で整理】子供の有無と『ミステリアスな結婚』の真相
ここでは、2人の経歴や結婚生活について、書籍の書誌情報や報道をもとに整理します。
出典:CiNii、著書の著者紹介、テレビ朝日、所属事務所の公表資料、2026年の報道。
久米宏と久米麗子に子供はいない?2人の間に子供はいないと報じられています。
2017年のSmart FLASHの記事では、久米さん夫妻に子供がいないことが紹介され、夫婦2人で入るための墓を準備したという話も掲載されました。
また、2026年1月の女性セブンプラスの追悼記事でも、関係者の証言として子供がいない夫婦だったことが伝えられています。
ただし、子供を持たなかった理由について、2人が公に詳しく説明した情報は確認できません。
そのため、家庭の事情や夫婦の選択について、特定の理由を推測する必要はありません。
確認できるのは、長年にわたって夫婦2人で生活を築いてきたということです。
共著『ミステリアスな結婚』とは?『ミステリアスな結婚』は、久米麗子さんと久米宏さんが共同で著した書籍です。
- 書名:『ミステリアスな結婚』
- 著者:久米麗子・久米宏
- 出版社:世界文化社
- 発売:2001年3月
- ページ数:273ページ
- ISBN:978-4-418-01204-6
国立情報学研究所のCiNii書誌情報にも、2人の共著として登録されています。
本書は、夫婦の出会いから結婚後の生活、久米さんの仕事、家庭の問題までを扱った対話形式の書籍です。
目次は全5章で構成されています。
1. 恋人未満の季節
2. 突然のプロポーズ
3. 駆け抜ける日々
4. メディアに賭けた夢
5. いつか冬へ
特に注目したいのは、第4章で『ニュースステーション』時代の仕事と生活を取り上げ、第5章では結婚32周年とその後の人生を扱っている点です。
2005年7月には講談社文庫から再刊されました。
「ミステリアスな結婚」というタイトルに隠された意味書名だけを見ると、何か秘密やスキャンダルがあった夫婦なのではないかと感じる人もいる可能性があります。
しかし、出版社の内容紹介では、人気キャスターとしての久米さんが人生のパートナーである麗子さんとの私生活を語る対話の書として紹介されています。
つまり、タイトルは夫婦の知られざる素顔や、結婚という関係の奥深さを表現したものと理解するのが自然です。
実際に目次を見ても、出会い、プロポーズ、仕事、結婚生活、将来という人生の流れが中心になっています。
この本は、久米宏さんをテレビの画面の向こう側にいるキャスターとしてではなく、家庭を持つ一人の人間として知るための貴重な記録です。
【2026年1月の訃報】久米麗子さんが発表した追悼コメント
2026年1月13日、久米宏さんの所属事務所オフィス・トゥー・ワンが公式サイトで訃報を発表しました。
発表によると、久米さんは2026年1月1日、肺がんのため81歳で亡くなりました。
通夜と葬儀は遺族の意向により、近親者のみで執り行われたと説明されています。
妻・久米麗子さんの追悼コメント訃報とともに掲載された麗子さんのコメントには、夫の最期の様子と、長年の仕事に対する思いが記されていました。
「大好きなサイダーを一気に飲んだあと、旅立ちました」
麗子さんは、夫の最期を『ニュースステーション』の最終回でビールを飲み干した場面になぞらえました。
加えて、久米さんについて、自由な表現者として自分らしく生き、新しいことに挑戦し続けた人物だったと振り返っています。
若いスタッフと冗談を交わす時間を大切にしていたことや、自分の思いを偽らずに多くの人へ伝えることが、本人にとって大きな原動力だったことにも触れました。
ニュースステーション最終回とのつながり久米宏さんを語るうえで欠かせないのが、テレビ朝日系の『ニュースステーション』です。
1985年10月に始まった同番組で、久米さんはメインキャスターを務めました。
番組は2004年3月に終了。18年を超える長期間、ニュース番組の顔として視聴者に親しまれました。
最終回では、久米さんがスタジオでビールを飲み干す印象的な場面がありました。
麗子さんが訃報のコメントでサイダーとビールの場面を重ねたのは、夫婦にとっても、その番組が長年の人生を象徴する出来事だったからでしょう。
テレビ朝日も2026年1月13日に追悼コメントを発表し、久米さんが日本のテレビ報道に新しいスタイルを切り開いた功績を評価しました。
このコメントからも、久米さんの仕事が放送業界に残した影響の大きさが分かります。
【久米麗子さんの現在】2026年最新の公表情報と人物像
2026年11月時点で、久米麗子さんについて確認できる大きな公的な出来事は、1月13日に発表された夫への追悼コメントです。
その後の詳しい生活状況や、現在の仕事、今後の活動予定については、広く確認できる本人発表は見当たりません。
所属事務所の訃報資料では、遺族への取材や弔問を控えるよう報道機関に要請しています。
久米麗子さんは現在もスタイリストとして活動している?麗子さんは、過去にKパックを主宰し、テレビ出演者のスタイリングや講演、執筆などに携わってきました。
1990年にはファッションに関する著書を刊行し、2001年には久米宏さんとの共著も出版しています。
ただし、過去の活動実績と2026年現在の仕事を同一視することはできません。現在もスタイリストとして活動しているかどうかについては、最新の公式発表が確認できない状態です。
久米麗子さんの人物像を読み解く3つのポイント1. 自分自身の専門分野を持っていた
モデル、フラワーデザイン、スタイリスト、執筆など、複数の分野で仕事を経験しています。
2. 夫婦で仕事と家庭を支え合っていた
久米さんの個人事務所や衣装に関わりながら、家庭では食事や庭の手入れなどの日常を大切にしていたと報じられています。
3. 夫の仕事に対する理解が深かった
追悼コメントでは、久米さんの表現者としての姿勢や、若いスタッフとの交流について語っています。
これは、単に夫の仕事を近くで見ていたというだけでなく、久米さんが何を大切にして生きていたのかを理解していたことを感じさせる内容です。
【久米宏の妻に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:久米宏の妻は誰ですか?
A1:妻は久米麗子さんです。スタイリストやモデルとして活動し、久米宏さんの個人事務所の運営や衣装の仕事にも関わっていました。
Q2:久米宏と久米麗子の結婚はいつですか?
A2:1969年です。2人は学生時代の演劇サークルで出会ったと報じられています。
Q3:久米宏と久米麗子に子供はいますか?
A3:2人に子供はいないと報じられています。夫婦2人で長年生活をともにしてきました。
Q4:久米麗子はどんな経歴の持ち主ですか?
A4:1945年に兵庫県明石市で生まれ、共立女子大学文芸学部を卒業。モデル、フラワーデザインスクール講師、スタイリストなどを経験し、Kパックを主宰しました。
Q5:『ミステリアスな結婚』はどんな本ですか?
A5:久米麗子さんと久米宏さんの共著です。2001年3月に世界文化社から発売され、2人の出会い、結婚、家庭生活、久米さんの仕事などを扱っています。
Q6:久米宏はいつ亡くなりましたか?
A6:2026年1月1日です。肺がんのため81歳で亡くなり、所属事務所が1月13日に発表しました。
Q7:久米麗子は夫の死去に際してコメントを発表しましたか?
A7:はい。所属事務所を通じてコメントを発表しました。大好きだったサイダーを飲んで旅立ったことや、自由な表現者としての夫の生き方を振り返っています。
久米宏さんの妻・久米麗子さんは、スタイリストとして独自のキャリアを築きながら、1969年の結婚以来、長年にわたって夫婦生活をともにしてきた人物です。
2人の関係を知るうえで重要なのは、次の4点です。
- 学生時代の演劇サークルで出会い、1969年に結婚したこと。
- 麗子さんはモデルやスタイリストとして独自の仕事を持っていたこと。
- 2001年の共著『ミステリアスな結婚』に、夫婦の出会いから結婚生活までが記録されていること。
- 2026年1月の訃報に際し、麗子さんが夫の人柄と表現者としての人生を振り返ったこと。
結婚から2026年まで、2人が夫婦として歩んだ年月は57年に及びます。
久米宏さんは『ニュースステーション』を通じて日本のテレビ報道に大きな足跡を残しました。一方、久米麗子さんもスタイリストとして自分の仕事を持ち、夫婦の歩みを記録した著書を残しています。
2026年1月に発表された追悼コメントは、テレビ画面では見えなかった久米さんの家庭での一面や、麗子さんが夫の人生をどう見つめていたのかを伝えるものとなりました。
『ミステリアスな結婚』と追悼コメントをあわせて読むことで、久米宏さんという表現者の人生だけでなく、その隣で長年歩んできた久米麗子さんの存在も、より深く理解できます。