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【年齢も比較】米米CLUBメンバー9人のプロフィール早見表

如月 七海 如月 七海 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
目次

米米CLUBのメンバーを調べる際に気になるのが、それぞれの年齢です。1950年代生まれのメンバーから1960年代生まれのメンバーまで、世代を超えた顔ぶれとなっています。

以下は、2026年11月1日時点の年齢をまとめたものです。

メンバー 生年月日 2026年の年齢
カールスモーキー石井 1959年9月22日 67歳
ジェームス小野田 1959年11月8日 66歳
BON 1960年3月5日 66歳
フラッシュ金子 1964年3月22日 62歳
ジョプリン得能 1959年8月10日 67歳
RYO-J 1959年4月25日 67歳
BE 1965年7月29日 61歳
MINAKO 1961年12月18日 64歳
MARI 非公表 非公表

※誕生日を迎えているかどうかを考慮した2026年11月1日時点の年齢です。MARIの生年月日と年齢は公表情報で確認できません。

メンバーの年齢から見える米米CLUBの特徴

注目したいのは、メンバーの多くが1980年代から音楽活動を続けていることです。

結成当初から在籍するカールスモーキー石井、ジェームス小野田、BON、ジョプリン得能らは、バンドの原点を知る存在です。一方、フラッシュ金子やBEも、それぞれの専門性を生かしながらグループのサウンドを支えてきました。

MINAKOとMARIは、演奏だけでなくダンスや振り付けという表現方法を担っています。

年齢を重ねても、米米CLUBの特徴である音楽とパフォーマンスを組み合わせたスタイルは受け継がれています。

【結成から現在まで】米米CLUBの歴史と重要な出来事を年表で整理

米米クラブメンバー

米米CLUBは1982年に結成され、1985年にメジャーデビューしました。

初期は専門学校時代の仲間を中心としたグループで、カールスモーキー石井、ジェームス小野田、BON、ジョプリン得能らが活動の中心でした。

一般的なロックバンドとは異なり、コントや芝居、衣装、ダンスを組み込んだステージを展開。音楽を聴かせるだけでなく、観客を楽しませるショーとしての完成度を追求していました。

米米CLUBの主要年表
年代主な出来事ポイント
1982年米米CLUB結成専門学校時代の仲間を中心に活動開始
1985年メジャーデビュー「I・CAN・BE」「シャリ・シャリズム」
1987年フラッシュ金子が加入音楽的な表現の幅が広がる
1988年MINAKO・MARIが正式メンバーにパフォーマンス面が充実
1989年「KOME KOME WAR」が評価されるMTV VIDEO MUSIC AWARD受賞
1990年「浪漫飛行」がヒット全国的な知名度が上昇
1992年「君がいるだけで」が大ヒットダブルミリオン、日本レコード大賞
1995年ジョプリン得能・RYO-Jが脱退グループの転換期
1996年解散を発表11月に正式発表
1997年東京ドーム公演で解散3月5日・6日の最終公演
2006年活動再始動当初の期間限定予定を撤廃
2020年デビュー35周年関連企画初のオンラインライブ開催
2025年メジャーデビュー40周年記念アルバムと全国ツアー
2026年40周年ツアー映像作品発売新たなタイアップも発表

出典:ソニーミュージック公式プロフィール、フジテレビの番組プロフィール、公式ディスコグラフィなど。

1985年のメジャーデビューから人気バンドへ

1985年10月21日、米米CLUBはシングル「I・CAN・BE」とアルバム『シャリ・シャリズム』でメジャーデビューしました。

1989年には「KOME KOME WAR」、1990年には「FUNK FUJIYAMA」のミュージックビデオがMTV VIDEO MUSIC AWARDで2年連続受賞。映像表現でも高い評価を受けました。

さらに1990年の「浪漫飛行」がヒットし、1992年には「君がいるだけで」がダブルミリオンを記録。同曲は第34回日本レコード大賞も受賞しました。

特に「君がいるだけで」は、フジテレビ系ドラマ『素顔のままで』の主題歌としても広く知られています。

この時期の米米CLUBは、音楽ファンだけでなく、テレビを通じてグループを知った一般層にも浸透していきました。

40周年を迎えた2025年

2025年はメジャーデビュー40周年の節目でした。

10月22日には記念アルバム『愛米 ~FANtachy selection~』を発売。9月から10月にかけて記念ツアー「米米大興行 人情紙吹雪 ~踊ってやっておくんなさい~」を開催しました。

最終公演は2025年10月18日・19日に神奈川県のぴあアリーナMMで行われています。

40周年という節目に、過去のヒット曲だけでなく、ライブならではの演出を含めたエンターテインメントを届けたことは、グループの原点を再確認する機会にもなりました。

【歴代メンバー・脱退者】米米CLUBは昔から9人だったわけではない

米米CLUBの人数が検索する時期によって違って見えるのは、活動期間中にメンバーの加入・脱退が繰り返されてきたためです。

また、演奏者、ダンサー、ホーンセクションなどを含めてグループを捉える独特の考え方も、人数を分かりにくくしている理由です。

初期メンバーは4人を中心にスタート

結成初期の中心人物として知られるのは、次の4人です。

- カールスモーキー石井
- ジェームス小野田
- BON
- ジョプリン得能

その後、演奏メンバーやダンサーなどが加わり、ステージの規模が大きくなっていきました。

主な歴代メンバーと担当

過去の活動に参加した人物には、次のような名前があります。

名前 主な担当 歴代編成での位置づけ
博多めぐみ ギター 初期メンバー、1988年脱退
マル パーカッション 初期の演奏メンバー
サトミ ダンス・衣装 初期のパフォーマンス担当
ロッキー多田 トランペット ホーンセクション
ヒマラヤン下神 トランペット ホーンセクション
アンデス村田 トロンボーン ホーンセクション
ビューティー近藤 サックス ホーンセクション
ジュリアーノ奈良部 キーボード 1990年代の参加メンバー
コータロー ダンス・振り付け 1990年代の参加メンバー
ジュリアーノ勝又 キーボード 後期の参加メンバー
シンジ ダンス・コーラス 後期の参加メンバー
トシ ドラムス 後期の参加メンバー

※時期によって正式メンバー、サポート、ユニット参加などの扱いが異なります。上記は歴代の主な参加者を整理したもので、全員が同じ資格で在籍していたわけではありません。

1995年のジョプリン得能とRYO-Jの脱退

歴史上の大きな転換点となったのが1995年です。

結成当初から活動してきたジョプリン得能とRYO-Jが、この年に脱退しました。

2人は米米CLUBの音楽面を支えていた重要なメンバーです。その離脱は、グループの演奏体制や方向性に影響を与えました。

ただし、この2人は永久に米米CLUBを離れたわけではありません。2006年の再始動時に復帰し、現在の中心メンバー9人にも名を連ねています。

このため、現在のメンバー一覧を見るときには、過去に脱退した経歴と現在の在籍状況を分けて考える必要があります。

BEは現在の9人に含まれる重要なメンバー

BE(林部直樹)は1990年に加入しました。

初期にはサポートメンバーとして参加していた時期もありますが、再始動後の編成では正式メンバーとして位置づけられています。

この経緯も、米米CLUBの人数が単純な在籍年数だけでは整理できない理由の一つです。

【解散理由と再結成の経緯】1997年に活動を終えたのはなぜ?

米米CLUBの解散は、単に人気がなくなったからという一言では説明できません。

1990年代前半の大ヒットによってグループを取り巻く期待が大きくなり、もともと追求していた自由なエンターテインメントと、世間が求める国民的ポップバンドのイメージとの間にギャップが生じていました。

ヒット曲の成功がもたらした方向性の変化

「浪漫飛行」や「君がいるだけで」の成功は、米米CLUBの知名度を大きく押し上げました。

しかし、もともとの米米CLUBは、コントや一人芝居を取り入れた独創的なライブを中心に活動していたグループです。

日刊SPA!の2017年のインタビューでは、カールスモーキー石井とBONが再始動後の活動についても振り返っています。

石井は、ヒット後の大規模なコンサートを続けるなかで、本来の自由で過激な表現が薄れていったことや、自分たちが納得できる面白いステージを追求したいという思いを語っています。

つまり、解散の背景には、商業的な成功とメンバー自身が追求したい表現との間に生じたズレがありました。

1996年11月に解散を発表、1997年に東京ドームで最終公演

1996年11月11日、米米CLUBは解散を発表しました。

そして1997年3月5日・6日、東京ドームで開催された「THE LAST SYMPOSIUM」をもって活動を終了します。

当時のメンバーはそれぞれの道へ進み、石井竜也をはじめ、個人としての音楽活動や制作活動に取り組んでいきました。

2006年、オリジナルメンバーが集まり再始動

解散から約9年後の2006年、米米CLUBは再始動しました。

当初は期間限定の活動として計画されていましたが、メンバーの意向によって期間限定という枠組みが撤廃されました。

フジテレビの番組プロフィールでも、2006年に期間限定で活動を再開した後、その制限を取りやめて活動を継続した経緯が紹介されています。

再始動の大きな意味は、懐かしのヒット曲を披露するだけの復活ではなかったことです。

メンバーが再び集まり、自分たちのやりたいエンターテインメントを追求するという、グループ本来の姿を取り戻す機会になりました。

【SUE CREAM SUEとBIG HORNS BEE】サポート陣と現在の9人の違い

米米CLUBの人数を考える際に、特に理解しておきたいのが、SUE CREAM SUEとBIG HORNS BEEの存在です。

一般的なバンドでは、ボーカルやギターなどの演奏担当がメンバーとして認識されます。しかし、米米CLUBではダンサーやホーンセクションもステージの重要な構成要素でした。

SUE CREAM SUEはMINAKOとMARIのユニット

のMINAKOとMARIによるユニットが「SUE CREAM SUE(シュークリームシュ)」です。

ソニーミュージックの公式プロフィールによると、2人は米米CLUBのダンサーとして活動し、1986年にはアルバム『シュークレアリズム』でデビューしました。

単にステージ上で踊るだけではなく、衣装やステージセット、アーティストグッズのデザイン、楽曲制作などにも関わっています。

米米CLUBのショーを語るうえで、SUE CREAM SUEは欠かせない存在です。

BIG HORNS BEEは米米CLUBの音楽を支えるホーンセクション

もう一つの重要な存在が「BIG HORNS BEE」です。

フラッシュ金子(金子隆博)が主宰するホーンセクションで、サックス、トランペット、トロンボーンなどの管楽器によって、米米CLUBのファンキーなサウンドを支えてきました。

BIG HORNS BEEは米米CLUBのサポートだけに活動を限定しているわけではありません。独立した音楽ユニットとしてもライブやレコーディングを行っています。

2026年には結成35周年を記念したライブシリーズも展開しています。

主要メンバーとサポート陣の違い
名称 主な人物・構成 主な役割
米米CLUB中心メンバー 主要9人 ボーカル・演奏・ダンスなど
SUE CREAM SUE MINAKO・MARI ダンス・振り付け・パフォーマンス
BIG HORNS BEE フラッシュ金子ら ホーンセクション・演奏
その他のサポート陣 公演ごとの参加者 コーラス・パーカッションなど

大切なのは、SUE CREAM SUEのMINAKOとMARIは現在の中心メンバー9人にも含まれていることです。

つまり、9人とは別にSUE CREAM SUEの2人が追加されるという意味ではありません。

一方、BIG HORNS BEEや公演ごとのサポート演奏者については、米米CLUBの中心メンバーとは別に考える必要があります。

この区別を理解すると、ライブ映像や過去の資料で出演人数が異なって見える理由も分かります。

【2026年最新】米米CLUBメンバーの現在の活動状況

2026年の米米CLUBは、40周年記念企画の映像作品や楽曲のタイアップなどを通じて活動を続けています。

特に注目したいのは、2025年の記念ツアーの成果が2026年にも作品として展開されていることです。

2026年2月25日、40周年記念ツアーの映像作品を発売

ソニーミュージックは2026年2月25日、ライブ映像作品『米米大興行 人情紙吹雪 ~踊ってやっておくんなさい~』をBlu-rayとDVDで発売しました。

収録されているのは、2025年10月18日・19日に神奈川県のぴあアリーナMMで開催されたツアーファイナル公演です。

「君がいるだけで」「浪漫飛行」「FUNK FUJIYAMA」「Shake Hip!」など、米米CLUBを代表する楽曲が収録されています。

加えて、2026年2月25日にはメンバー9人が登壇する試写会とトークショーも開催されました。

9人がそろってイベントに参加したことは、現在の中心メンバーを把握するうえでも重要な出来事です。

2026年6月、「浪漫飛行」がテレビアニメのエンディングテーマに

2026年6月11日には、公式サイトでTVアニメーション『ガンバレ!中村くん!』第11話のエンディングテーマに「浪漫飛行」が起用されたことが発表されました。

1990年に発表された楽曲が、2026年のアニメ作品でも使用されることになったのです。

世代を超えて知られる楽曲が新しい作品と結び付くことは、米米CLUBの音楽が現在も新しいリスナーに届く機会になっています。

2026年の活動状況を整理
時期 活動・発表 内容
2025年10月 40周年記念ツアー ぴあアリーナMMでファイナル公演
2025年10月22日 記念アルバム発売 『愛米 ~FANtachy selection~』
2026年2月25日 ライブ映像作品発売 Blu-ray・DVD
2026年2月25日 メンバー9人のイベント 試写会・トークショー
2026年6月11日 楽曲タイアップ発表 「浪漫飛行」がアニメ第11話EDに起用

出典:米米CLUBソニーミュージック公式サイト、USENの音楽情報サイトencore。

2026年11月時点で押さえておきたいのは、米米CLUBが1997年の解散後、2006年に再始動し、現在も9人を中心とする体制で活動を続けていることです。

【よくある質問】米米CLUBのメンバーに関するFAQ

Q1:米米CLUBの現在のメンバーは何人ですか?

A1:現在の中心メンバーは9人です。カールスモーキー石井、ジェームス小野田、BON、フラッシュ金子、ジョプリン得能、RYO-J、BE、MINAKO、MARIの9人です。ライブではサポートミュージシャンなどが加わるため、出演人数は公演によって異なります。

Q2:石井竜也は米米CLUBのメンバーですか?

A2:はい。石井竜也はカールスモーキー石井の名前で活動する米米CLUBのメインボーカルです。楽曲だけでなく、衣装やステージ演出などの総合的なプロデュースにも携わっています。

Q3:米米CLUBの女性メンバーは誰ですか?

A3:MINAKOとMARIです。2人はダンスユニットSUE CREAM SUEとしても活動し、ダンスや振り付け、パーカッション、ボーカルなどを担当しています。

Q4:米米CLUBはなぜ解散したのですか?

A4:1990年代の大ヒットによってグループを取り巻く期待が変化し、本来追求していた自由なステージ表現との間にギャップが生まれたことが背景にあります。1995年にはジョプリン得能とRYO-Jが脱退し、1996年11月に解散を発表。1997年3月の東京ドーム公演で活動を終了しました。

Q5:米米CLUBはいつ再結成しましたか?

A5:2006年に再始動しました。当初は期間限定の予定でしたが、その後、期間限定という枠組みを撤廃して活動を継続しています。

Q6:MARIの年齢は公表されていますか?

A6:MARIの生年月日と年齢は公表されていません。本名は天ヶ谷真利で、MINAKOとともにSUE CREAM SUEとして活動しています。

米米CLUBの現在の中心メンバーは、2026年11月時点で9人です。

カールスモーキー石井とジェームス小野田の2人のボーカリストを中心に、BON、フラッシュ金子、ジョプリン得能、RYO-J、BEが音楽面を支え、MINAKOとMARIがダンスやパフォーマンスでステージを彩っています。

1982年の結成から1985年のメジャーデビュー、1997年の解散、2006年の再始動を経て、2025年にはデビュー40周年を迎えました。

2026年もライブ映像作品の発売や「浪漫飛行」のアニメタイアップなど、新しい展開が続いています。

米米CLUBを理解するうえで最も大切なのは、9人という数字だけでなく、音楽・ダンス・演出が一体となったグループの構造を知ることです。

歴代メンバーの変遷やサポート陣との関係を整理すれば、時代ごとに異なる米米CLUBの魅力も見えてきます。

40年以上にわたって独自のエンターテインメントを追求してきた米米CLUB。その歴史は、単なるヒット曲の記録ではなく、メンバーそれぞれの個性が組み合わさって生まれたステージの歴史でもあります。

主な情報源

- ソニーミュージック「米米CLUB公式プロフィール・ニュース・ディスコグラフィ」
- フジテレビ「MUSIC FAIR」アーティストプロフィール
- ソニーミュージック「SUE CREAM SUE公式プロフィール」
- 日刊SPA!「米米CLUB 再始動」石井竜也・BONインタビュー
- 音楽情報サイト「otonano」米米CLUB物語 1985-2025
- USEN「encore」2026年2月の試写会・トークショー報道
- Cotton Club「BIG HORNS BEE」2026年公演情報

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如月 七海

スポーツ報道9年。連盟の公式記録、試合結果、会見の書き起こしで数値と経歴を確認しています。

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