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【プロフィール】河本準一の年齢・身長・出身地と芸人としての原点

朝倉 仁 朝倉 仁 • 更新: • 公開: • 読了約 21 分
目次

河本準一は、吉本興業に所属するお笑い芸人です。コンビでの漫才やコントに加え、ものまね、俳優業、アイドル活動、社会貢献活動にも取り組んできました。

2026年11月現在、51歳。所属事務所のプロフィールに掲載されている基本情報は次のとおりです。

項目 プロフィール
名前 河本準一(こうもとじゅんいち)
生年月日 1975年4月7日
年齢 51歳(2026年11月現在)
出身 岡山県
身長 162cm
体重 60kg
血液型 AB型
所属 吉本興業
芸歴の出発点 1994年 NSC大阪校13期
コンビ 次長課長
相方 井上聡

身長については、吉本興業のタレントプロフィールでは162cmと掲載されています。一方、吉本坂46のメンバー紹介では163cmとなっており、掲載媒体によって1cmの違いがあります。一般的なプロフィール情報を確認する際には、所属事務所のタレントプロフィールを基準にするのが自然です。

名古屋生まれ、岡山育ちという生い立ち

河本は愛知県名古屋市で生まれ、岡山県で育ちました。

全国大学生活協同組合連合会のインタビューでは、岡山県津山市や岡山市北区で育った経歴が紹介されています。

学生時代にはサッカーに打ち込み、現在もサッカーへの関心を持ち続けています。手話も特技としており、芸人としての活動だけでは捉えきれない多面的な人物像が見えてきます。

NSC大阪校13期生として芸人の道へ

河本が芸人としてのキャリアを始めたのは1994年です。

吉本総合芸能学院(NSC)大阪校13期生として学び、同じく岡山出身の井上聡とコンビ活動をスタートさせました。

当時の大阪は漫才文化が根付いた競争の激しい環境でした。河本は後年のインタビューで、岡山弁で漫才をしていた頃、関西弁ではないことを理由に厳しい反応を受けた経験を振り返っています。

そこで関西弁を学び直すなど、舞台に立ち続けるための試行錯誤を重ねました。現在の独特な話し方やテンポには、こうした下積み時代の経験も関係しています。

【経歴・年表】次長課長と井上聡の歩みから現在まで

河本準一

河本準一の芸能人生を理解するうえで欠かせないのが、相方の井上聡との関係です。

2人は中学時代の同級生で、岡山から大阪へ出て、同じNSC大阪校13期生として芸人の道を歩みました。

吉本興業の公式プロフィールでは、次長課長の結成年月は1994年4月とされています。

次長課長のブレークにつながった東京進出

大阪で劇場経験を積んだ2人は、2002年に東京へ進出します。

ただし、東京進出は最初から成功が約束されたものではありませんでした。

河本はインタビューで、東京進出当初は劇場出演が月に数回程度で、仕事がほとんどなかった時期を振り返っています。

その後、テレビ番組の前説やネタ披露の機会を重ね、マニアックなものまねを武器に知名度を上げていきました。

特に知られるようになったのが、ジャッキー・チェンの映画を題材にしたものまねと「お前に食わせるタンメンはねぇ!」という決めぜりふです。

河本の芸風は、単に有名人の顔や声をまねるものではありません。作品の中に登場する脇役や、日常にいそうな人物の細かな特徴を切り取る観察型のものまねに強みがあります。

河本準一の芸歴を時系列で整理

主な活動と転換点を

時期 出来事・活動 意味・実績 1975年 4月7日生まれ 愛知県生まれ、岡山県育ち 1994年 NSC大阪校13期生、次長課長結成 井上聡との芸人活動が始まる 2002年 東京進出 全国区を目指して活動拠点を移す 2003年 重元直美と結婚 家庭を築く 2004年以降 ものまねやバラエティ出演で知名度上昇 タンメンの決めぜりふなどが浸透 2012年 岡山で施設訪問ボランティアを開始 社会貢献活動を継続 2017年 SDGs推進活動に参加 笑いを通じた啓発活動 2018年 吉本坂46に加入 キャプテンを務める 2019年 ドラマ『後妻業』出演、米作りにも参加 俳優業・農業への挑戦 2025年 体調不良による休養 パニック障害とうつ病を公表し、活動再開 2026年 離婚報道、すい臓の不調による入院 10月には退院と仕事復帰が報じられる

この年表から分かるのは、河本の活動がテレビでのブレークだけにとどまっていないことです。お笑い、俳優業、アイドル活動、社会貢献、農業と、キャリアの方向を複数に広げてきました。

相方・井上聡との関係は現在どうなっている?

井上聡は1976年2月2日生まれで、河本より年下です。吉本興業のプロフィールでは、身長175cm、体重65kg、血液型B型と紹介されています。

河本がものまねや細かな人物描写を得意とする一方、井上は大喜利や独特の発想力を持ち味としています。

2人は芸風に違いがありながら、長年コンビとして活動してきました。

吉本坂46への参加についても対照的なエピソードがあります。河本がオーディションに挑戦した一方、井上は参加に消極的だったと、2018年のインタビューで河本自身が語っています。

この違いは、河本の新しい企画への積極性を表すエピソードの一つです。

【結婚・家族】重元直美との結婚から2026年の離婚報道まで

河本準一の家族については、2003年の結婚と2人の子どもの誕生が知られています。

結婚相手は、元大阪パフォーマンスドールのメンバーである重元直美さんです。

2003年3月に重元直美と結婚

河本と重元さんが結婚したのは、2003年3月です。

重元さんは大阪パフォーマンスドールに所属していた元タレントで、河本とは芸能活動を通じた接点がありました。

当時の河本は東京進出後のキャリアを築いていた時期であり、結婚は芸人人生の大きな節目でもありました。

子どもは長男と長女の2人

2人の間には一男一女が誕生しています。

- 2003年:長男が誕生
- 2010年4月:長女が誕生

長女の誕生については、2010年4月12日付のORICON NEWSが報じています。当時の報道では、女児は3204グラムで誕生し、母子ともに健康と伝えられました。

2012年に掲載された日本財団のプロフィールでも、河本は一男一女の父として紹介されています。

ただし、これは当時の家族構成を示す情報です。2026年には離婚が成立しているため、現在の家族関係と過去のプロフィール情報は分けて理解する必要があります。

2026年4月、吉本興業も離婚を認める

2026年4月13日、河本が重元直美さんと離婚していたことが報じられました。

日刊スポーツの取材に対し、所属事務所の吉本興業関係者も離婚の事実を認めています。

報道によると、2人の離婚は2025年春ごろに成立したとされ、子ども2人の親権は元妻の重元さんが持つと伝えられました。

一方、吉本興業は離婚の時期や経緯などの詳細については公表を差し控えると説明しています。離婚理由についても、公式に詳しい説明は出ていません。

さらに2026年10月26日付のSmart FLASHの記事では、河本が10月17日放送のMBSラジオ『ヤングタウン土曜日』に出演した際、離婚後の一人暮らしについて触れたと報じられています。

これは、2026年春の離婚報道だけでなく、その後の本人の発言からも、生活環境が変化したことがうかがえる出来事です。

河本準一の家族構成を整理
家族 公表されている情報
河本準一 1975年生まれ
元妻 重元直美さん
長男 2003年誕生
長女 2010年4月誕生
離婚 2025年春ごろ成立と報道
子どもの親権 元妻が持つと報道

過去のテレビ番組では、河本が恐妻家として家庭のエピソードを語ることもありました。『行列のできる法律相談所』の企画で取り上げられたこともあります。

ただし、バラエティー番組で披露された夫婦のエピソードと、実際の離婚理由は別の問題です。番組上のキャラクターを離婚の原因と結び付けることはできません。

現在、子どもたちの詳細な生活やプライベートについては、広く公表されていません。

【吉本坂46】河本準一がキャプテンを務めた異色のアイドル活動

河本準一のキャリアの中でも、意外性が高いのが吉本坂46での活動です。

吉本坂46は、吉本興業に所属する芸人やタレントを中心に結成されたアイドルグループです。秋元康がプロデュースし、乃木坂46や欅坂46に続く坂道シリーズの一つとして2018年に誕生しました。

河本はオーディションに合格し、グループのキャプテンを務めました。

43歳でアイドルに挑戦した理由

河本は2018年のインタビューで、40代でアイドルという肩書が加わることの面白さについて語っています。

当時の吉本坂46のオーディションは、吉本興業の所属タレント約6000人を対象に実施されました。

河本は、芸人としてのキャリアを築いた後も、新しいジャンルに挑戦すること自体を楽しんでいた様子です。

また、キャプテンとして若手とベテランの間をつなぐ役割にも意欲を示していました。

キャプテンとしての役割とグループの活動休止

吉本坂46は2018年12月26日にデビューシングル『泣かせてくれよ』を発売しました。

デビューイベントでは河本がキャプテンとして登場し、グループの個性や今後の活動について語っています。

しかし、新型コロナウイルスの影響などもあり、グループは2022年2月5日のアニバーサリーライブをもって活動休止に入りました。

公式サイトでも「冬眠」と表現され、通常のグループ活動を休止することが告知されています。

そのため、2026年現在の河本を「現役の吉本坂46キャプテンとして活動中」と説明するのは正確ではありません。

正しくは、吉本坂46の元メンバーで、活動休止前にキャプテンを務めた人物です。

この活動は、河本が既存の芸人という肩書にとらわれず、エンターテインメントの新しい形に挑戦してきたことを示す実績の一つです。

【SDGs・ボランティア】2012年から続く岡山での社会貢献活動

河本準一の活動を語るうえで、もう一つ重要なのが社会貢献です。

2012年から地元・岡山県の介護施設や児童養護施設などを訪問し、ボランティア活動を継続してきました。

日本財団ジャーナルが2022年に掲載したインタビューでは、活動のきっかけや実際の取り組みについて本人が説明しています。

ボランティアを始めたきっかけ

活動のきっかけは、母親の生活保護受給をめぐる騒動でした。

河本は当時、母親の対応にあたった岡山県の福祉事務所への感謝を抱いており、地元に恩返しできることを探したと日本財団の取材で説明しています。

その後、岡山の幼稚園や介護施設、児童養護施設などを訪れる活動を始めました。

訪問は月1回程度を基本とし、単発のイベントで終わらせず、継続的な交流を大切にしてきた点が特徴です。

子どもや高齢者に届ける笑い

活動内容は、訪問先によって異なります。

幼稚園や児童養護施設では、紙芝居や絵本の読み聞かせ、子どもたちとの遊びなどを実施。

介護施設では、簡単なネタや歌、音楽、鼻笛などを使って交流しています。

また、後輩芸人にも声を掛け、レギュラーの松本康太・西川晃啓、NON STYLEの井上裕介、とろサーモンの村田秀亮らが協力したことも日本財団の記事で紹介されています。

SDGs推進活動と準米プロジェクト

河本は2017年からSDGsの推進活動にも取り組んでいます。

SDGsは、2015年9月の国連サミットで採択された、2030年を達成期限とする17の持続可能な開発目標です。

河本の活動では、難しい社会課題を漫才やコント、クイズなどに取り入れ、子どもや若い世代にも分かりやすく伝える工夫がされています。

全国大学生活協同組合連合会のインタビューでは、SDGsを堅苦しく説明するより、日常の楽しみの中に取り入れてもらうことの大切さを語っています。

加えて、2019年には農業にも参加し、自らプロデュースする国産米「準米」の販売にも取り組みました。

日本財団の取材では、介護施設への米の提供や、地域の素材を使った食事用エプロンのプロジェクトなども紹介されています。

このように河本の社会貢献活動は、単にイベントに参加するだけではありません。現場を訪れ、必要な支援を考え、後輩芸人や地域事業者と協力する形へ発展してきました。

【現在・芸能活動の評判】2025年の休養と2026年の復帰、その後の活動

2026年11月現在の河本準一を理解するうえで、健康状態と仕事への復帰は重要なテーマです。

過去には急性膵炎による入院を経験し、2025年には精神的な不調による休養も公表しました。2026年にも、すい臓の不調による入院が報じられています。

2025年2月に休養、6月にパニック障害とうつ病を公表

2025年2月17日、河本は自身のSNSを通じて体調不良による休養を発表しました。

その後、2025年6月1日に、休養の理由としてパニック障害とうつ病を併発していたことを公表しています。

TBS NEWS DIGによると、当時はまだ完全な回復には至っていないものの、少しずつ体調が戻ってきていると本人が説明していました。

そして同年6月28日には活動再開を報告しています。

2026年9月、すい臓の不調で再び休養

2026年9月27日、河本は自身のXで、すい臓の不調による一時休養を発表しました。

過去の急性膵炎の経験もあり、今回の発表は健康状態を心配するニュースとして報じられました。

9月29日には、絶食から回復し、3分がゆ、5分がゆを食べられるようになったことをSNSで報告しています。

そして10月3日、無事に退院したことを発表しました。

2026年10月には仕事復帰も報じられる

退院後の動きとして注目されたのが、10月17日放送のMBSラジオ『ヤングタウン土曜日』への出演です。

10月26日付のSmart FLASHの記事によると、河本は同番組に出演し、明石家さんまや村上ショージらとの掛け合いを披露しました。

また、記事では10月4日には仕事に復帰していたことも紹介されています。

体調面での不安を抱えながらも、再び芸能活動に戻ろうとする動きが見られます。ただし、退院や仕事復帰が完全な回復を意味するわけではありません。

俳優としての出演歴もある

河本はバラエティーだけでなく、ドラマや映画にも出演してきました。

代表的な出演作品の一つが、2019年放送のカンテレ制作ドラマ『後妻業』です。

『後妻業』は2019年1月22日から3月19日まで放送された作品で、木村佳乃、高橋克典らが出演しました。

河本が演じたのは、新井欽司役です。

この役は、普段のバラエティーで見せる芸人としての姿とは異なる俳優としての活動を知るうえで、押さえておきたい出演歴です。

その他にも、以下のような映像作品に出演しています。

- 『14才の母 愛するために 生まれてきた』(2006年)
- 『火天の城』(2009年)
- 『お墓に泊まろう!』(2010年)
- 『忍たま乱太郎 忍術学園 全員出動!の段』(2011年、声の出演)
- 『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ シーズン2』(2022年)
- 『心はロンリー 気持ちは「…」FINAL』(2024年)
- 『49日の真実』(2024年)
- 『昨夜は殺れたかも』(2026年)

出演作品の記録からも、コメディー以外の映像作品に継続して参加してきたことが分かります。

河本準一の芸能活動に対する評価と人物像

河本の芸能活動を評価する際には、いくつかの側面を分けて考える必要があります。

1つ目は、ものまねとアドリブの技術です。

日常の人物や作品の脇役を細かく観察し、笑いに変える能力は、河本の代表的な持ち味です。次長課長としての活動だけでなく、バラエティー番組での即興的な対応にも生かされています。

2つ目は、新しいジャンルへの挑戦です。

吉本坂46への参加、俳優業、SDGsの啓発、農業など、芸人の肩書にとどまらない活動を続けてきました。

3つ目は、社会的な評価をめぐる複雑さです。

2012年の母親の生活保護受給問題では、世間から厳しい批判を受けました。その後、本人は地元岡山への恩返しをきっかけに、福祉施設への訪問や支援活動を継続してきました。

この経緯を考えると、河本の社会貢献活動は芸能活動とは別の側面を持つものです。活動を始めた背景については本人が日本財団のインタビューで説明しており、継続的な施設訪問や具体的な支援プロジェクトも記録されています。

芸能人としての評判は、過去の出来事だけでも、現在の活動だけでも決まりません。笑いの技術、新しい分野への挑戦、社会的な責任、そして本人が発信する言葉や行動を分けて見ることが大切です。

【よくある質問】河本準一に関するFAQ

Q1:河本準一は現在何歳ですか?

A1:1975年4月7日生まれで、2026年11月現在51歳です。

Q2:河本準一の身長は何cmですか?

A2:吉本興業の公式プロフィールでは162cmです。吉本坂46のメンバー紹介には163cmと掲載された記録もあります。

Q3:河本準一の妻は重元直美ですか?

A3:重元直美さんは2003年3月に結婚した元妻です。2026年4月、吉本興業も離婚の事実を認めています。報道では2025年春ごろに離婚が成立したとされています。

Q4:河本準一に子どもは何人いますか?

A4:重元直美さんとの間に長男と長女の2人がいます。長男は2003年、長女は2010年に誕生しました。離婚後の親権は元妻が持つと報じられています。

Q5:河本準一の相方は誰ですか?

A5:お笑いコンビ「次長課長」の井上聡です。2人は中学時代の同級生で、1994年にNSC大阪校13期生として芸人の道に進みました。

Q6:河本準一は吉本坂46の現役メンバーですか?

A6:河本は吉本坂46のメンバーで、キャプテンを務めていました。ただし、グループは2022年2月に活動休止しています。

Q7:河本準一は現在も芸能活動をしていますか?

A7:はい。2026年9月にすい臓の不調で休養しましたが、10月3日に退院し、10月にはラジオ出演など仕事への復帰が報じられています。

河本準一は、1994年にNSC大阪校13期生として芸人の道に進み、井上聡と次長課長を結成しました。2002年の東京進出を経て、ものまねやバラエティー番組で知名度を高め、芸能界で独自のポジションを築いてきました。

その後は、2003年の重元直美さんとの結婚、2人の子どもの誕生、吉本坂46のキャプテン就任、SDGs推進活動、岡山でのボランティア、農業への挑戦など、活動の幅を広げています。

一方、2025年春ごろに離婚が成立したと報じられ、2025年にはパニック障害とうつ病、2026年9月にはすい臓の不調による休養も経験しました。10月には退院と仕事復帰が報じられています。

今後の河本準一を追う際に押さえておきたいのは、次の3点です。

- 芸人としての活動: 次長課長での漫才・コントやテレビ出演の動向
- 生活と健康: 休養後の体調や無理のない仕事復帰
- 社会貢献: SDGs、ボランティア、農業などの継続的な取り組み

河本準一の芸能人生は、ものまね芸人としての成功だけでは説明できません。新しいジャンルへの挑戦、家庭環境の変化、健康上の困難、地域社会とのつながりなど、さまざまな経験が現在の人物像を形作っています。

今後は、芸能活動への復帰状況とともに、長年取り組んできた社会貢献活動がどのように続いていくのかにも注目が集まります。

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朝倉 仁
トレンドリサーチャー 朝倉 仁
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