プロボクサーの岩田翔吉(いわた・しょうきち)選手は、2026年11月現在、WBC世界ライトフライ級王者として活躍する日本を代表するボクサーの一人です。1996年2月2日生まれ、東京都渋谷区出身。名門・帝拳ボクシングジムに所属し、元WBO世界ライトフライ級王者という実績も持っています。
岩田翔吉選手の歩みには、アマチュア時代の全国大会制覇、早稲田大学への進学、プロ転向後の世界初挑戦での敗北、そしてWBO・WBCの世界王座獲得という大きな転換点があります。2025年に一度失った世界王座を2026年3月に取り戻し、7月には初防衛にも成功しました。現在の戦績や負傷からの回復状況、次戦の展望まで、最新情報を整理します。
【岩田翔吉のプロフィール】年齢・生年月日・出身地・所属ジムを紹介

岩田翔吉選手は、軽量級を主戦場とする日本のプロボクサーです。帝拳ボクシングジムに所属し、国内タイトルから世界タイトルまで複数の王座を獲得してきました。
所属先の帝拳プロモーションが公開している公式プロフィールでは、出身地や生年月日、アマチュア時代の成績なども紹介されています。
基本プロフィール一覧| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名前 | 岩田翔吉(いわた・しょうきち) |
| 生年月日 | 1996年2月2日 |
| 年齢 | 30歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 東京都渋谷区 |
| 所属 | 帝拳ボクシングジム |
| 身長 | 163cm |
| 血液型 | A型 |
| ボクシングスタイル | 右ボクサーファイター |
| アマチュア戦績 | 71戦59勝(16KO・RSC)12敗 |
| プロ戦績 | 19戦17勝(14KO)2敗 |
| 主なタイトル | WBC・WBO世界ライトフライ級王座など |
出典:帝拳プロモーション公式選手プロフィール。プロ戦績は2026年7月20日の試合終了時点。
1996年2月2日生まれ、2026年に30歳岩田選手は1996年2月2日生まれです。2026年11月現在は30歳で、世界王者として競技人生の充実期を迎えています。
ライトフライ級は、体重上限が108ポンド(約48.99kg)の階級です。軽量級ではスピードや反応速度、手数、距離感が試合の流れを大きく左右します。岩田選手は163cmの体格を生かしながら、力強いパンチと積極的な攻撃を組み合わせるスタイルを特徴としています。
出身地は東京都渋谷区帝拳ボクシングジムの公式プロフィールに記載されている出身地は東京都渋谷区です。競技人生のスタートから国内トップレベルへの成長まで、東京を拠点とするボクシング環境とのつながりも深い選手です。
なお、趣味は海外旅行。目標と憧れのボクサーとして、ジェルボンテ・デービス選手とオスカル・バルデス選手の名前を挙げています。競技面だけでなく、海外のボクシングにも関心を持っていることが公式プロフィールからうかがえます。
【岩田翔吉の経歴】9歳から始まった格闘技人生と早稲田大学時代
岩田翔吉選手のキャリアを理解するうえで注目したいのが、幼少期からの格闘技経験と、大学までアマチュア競技を続けた経歴です。
9歳で格闘技を開始、山本“KID”徳郁との出会い岩田選手が格闘技を始めたのは9歳のときです。総合格闘家として活躍した故・山本“KID”徳郁さんのジムで競技を始め、レスリングなどの経験も積みました。
その後、中学2年生でボクシングに転向。中学2年、3年の両学年でU-15全国大会を制覇するなど、早い段階から全国レベルの実力を示しました。
異なる格闘技を経験したことは、身体の使い方や相手との距離感を身につけるうえでも貴重な経験だったと考えられます。
日出高校で全国高校総体優勝高校は東京都の日出高校(現・目黒日本大学高校)に進学しました。
高校3年生のときには全国高校総体で優勝。日刊スポーツの経歴紹介によれば、この大会では後にプロボクシングの世界王者となる田中恒成選手や井上拓真選手にも勝利しています。
この実績は、岩田選手がプロ入り前から国内トップクラスのアマチュア選手だったことを示すものです。
早稲田大学スポーツ科学部へ進学高校卒業後、岩田選手は早稲田大学スポーツ科学部に進学し、ボクシング部で競技を続けました。2020年に同学部を卒業しています。
大学での競技経験は、岩田選手のキャリアにおける大切な基盤です。プロとしての勝敗だけでなく、身体の動かし方や競技に向き合う姿勢を磨く時間にもなりました。
早稲田大学競技スポーツセンターも、2026年3月の世界王座返り咲きを大学出身者の大きな実績として紹介しています。
2018年12月、アメリカでプロデビュー岩田選手は2018年12月8日、アメリカ・カリフォルニア州カーソンでプロデビューしました。ジョエル・バミューデス選手を相手に4回KO勝ちを収め、プロキャリアを白星でスタートさせています。
その後、2019年2月に帝拳ジムから国内プロテストを受験して合格。以降、帝拳所属の選手として日本国内で実績を積み重ねていきました。
【世界王座獲得の経緯】WBO王者からWBC王者へ、挫折と復活の軌跡
岩田翔吉選手のプロキャリアを語るうえで欠かせないのが、世界王座への挑戦と、その後の復活劇です。
日本ライトフライ級王座、OPBF東洋太平洋ライトフライ級王座、WBOアジアパシフィック王座を獲得した岩田選手は、国内外で実績を重ね、世界タイトルへの道を切り開きました。
2022年11月、初の世界挑戦は判定負け最初の世界挑戦は2022年11月1日。WBO世界ライトフライ級王者ジョナサン・ゴンサレス選手とのタイトルマッチでした。
岩田選手は12ラウンドを戦いましたが、判定で敗北。プロキャリアで初めての黒星を喫し、世界王座獲得はなりませんでした。
しかし、その後は国内外の選手との対戦を重ね、2023年から2024年にかけてKO勝利を積み上げていきます。
2024年10月、WBO世界王座を獲得転機となったのは2024年10月13日です。有明アリーナで開催されたWBO世界ライトフライ級王座決定戦で、スペインのハイロ・ノリエガ選手と対戦しました。
岩田選手は3回TKO勝ちを収め、念願の世界王座を獲得。2度目の世界挑戦で、ついに世界チャンピオンの座に就きました。
この勝利は早稲田大学出身のボクサーとしても大きな節目となり、大学関係者やボクシングファンから注目を集めました。
2025年3月、レネ・サンティアゴに敗れて王座陥落初防衛戦の相手は、プエルトリコのレネ・サンティアゴ選手でした。
2025年3月13日、両国国技館で行われた試合は12ラウンドの判定決着となり、岩田選手は0対3で敗北。WBO世界ライトフライ級王座を失いました。
世界王者としての初防衛に失敗したことは、キャリアにおける大きな挫折でした。しかし、岩田選手はここで競技人生を止めることなく、再び世界の頂点を目指します。
2026年3月、WBC世界王座への返り咲き2025年10月4日には、エドウィン・カノ選手を7回KOで下して再起。その勝利を経て、2026年3月15日にWBC世界ライトフライ級王者ノックアウト・CP・フレッシュマート選手に挑戦しました。
試合は8回1分33秒に終了。当初は負傷判定による勝利と発表されましたが、その後、日本ボクシングコミッション(JBC)が映像を検証した結果、岩田選手の右フックによって相手選手が左目上付近を負傷したと判断されました。
JBCは2026年3月25日、この試合の結果を負傷判定からTKO勝利に変更。岩田選手はWBC世界ライトフライ級王座を獲得し、世界王者へ返り咲きました。
この試合は、単なる王座獲得だけでなく、試合映像の検証によって公式結果が変更されたという点でも注目されました。
岩田翔吉の世界タイトル獲得・転換点まとめ| 時期 | 対戦相手・出来事 | 結果・意味 |
|---|---|---|
| 2021年11月 | 芝力人 | 日本ライトフライ級王座獲得 |
| 2022年7月 | 堀川謙一 | OPBF・WBOアジアパシフィック王座獲得 |
| 2022年11月 | ジョナサン・ゴンサレス | 初の世界挑戦で判定負け |
| 2024年10月 | ハイロ・ノリエガ | 3回TKOでWBO世界王座獲得 |
| 2025年3月 | レネ・サンティアゴ | 判定負けでWBO王座陥落 |
| 2025年10月 | エドウィン・カノ | 7回KO勝ちで再起 |
| 2026年3月 | ノックアウト・CP・フレッシュマート | 8回TKOでWBC世界王座獲得 |
| 2026年7月 | エリック・バディージョ | 11回TKOでWBC初防衛成功 |
出典:帝拳プロモーション公式戦績、早稲田大学競技スポーツセンター、日本ボクシングコミッション。
【岩田翔吉のボクシング戦績】17勝14KOを記録する実力と強さの秘密
2026年7月20日の初防衛戦終了時点で、岩田選手のプロ戦績は17勝(14KO)2敗です。19試合のうち14試合をKOで勝利しており、攻撃力の高さが数字にも表れています。
KO勝利の割合は、総勝利数に対して約82.4%。相手に試合の主導権を渡さず、決定的な場面を作り出す能力は、世界王者としての大きな武器です。
岩田翔吉の主な戦績| 項目 | 内容 |
|---|---|
| プロ通算 | 19戦 |
| 勝利 | 17勝 |
| KO勝利 | 14勝 |
| 敗北 | 2敗 |
| KO率(勝利数比) | 約82.4% |
| アマチュア通算 | 71戦59勝12敗 |
| 世界王座 | WBO・WBC世界ライトフライ級 |
注目したいのは、KO数だけではありません。アマチュア時代に71戦を経験していることから、長期的に競技技術を積み重ねてきた選手でもあります。
パンチ力と足を使ったボクシングの融合岩田選手の特徴は、力強いパンチを武器にしながら、相手との距離を調整して攻撃を組み立てるスタイルです。
早稲田大学競技スポーツセンターが2026年3月に掲載した本人のコメントでは、WBC王座獲得戦に向けた戦術の変化について、次のように説明しています。
プロになってからはパンチ力に頼るところがありましたが、中学・高校時代に取り組んでいた足を使ったボクシングで臨みました。
この発言から読み取れるのは、単純にパンチの威力を高めるだけでなく、アマチュア時代に培ったフットワークを改めて重視していたことです。
世界戦では、相手の攻撃を受けない位置取りや、攻撃後の移動、試合全体を通じたスタミナ管理も重要になります。岩田選手の競技スタイルの進化は、世界王座への返り咲きを支えた要素の一つです。
初防衛戦で見せた粘り強さ2026年7月20日、両国国技館で行われたエリック・バディージョ選手との初防衛戦も、岩田選手の強さを示す重要な試合でした。
相手は当時無敗のメキシコ人挑戦者。岩田選手は4回にダウンを喫しましたが、その後に立て直し、11回TKO勝ちで王座を守りました。
一度ダウンを奪われても攻撃を組み立て直し、最後にはTKOで勝利した点は、チャンピオンとしての対応力を示す結果です。
【岩田翔吉の現在・2026年最新】WBC王者としての活動と次戦の展望
2026年11月2日現在、岩田翔吉選手はWBC世界ライトフライ級王者です。3月に王座を獲得し、7月20日には初防衛にも成功。現在は次の大きな試合を見据えた段階にあります。
2026年7月の初防衛戦で左手を骨折2026年8月23日、岩田選手はWOWOWのボクシング番組収録に参加し、7月の初防衛戦で左手を骨折していたことを明らかにしました。
負傷したのは試合の9回。左ボディーを打った際に相手の肘に当たり、左手小指の付け根付近を骨折したと報じられています。試合後には手術を受け、患部をワイヤで固定する治療を行いました。
負傷を抱えながらも試合を続け、最終的に11回TKO勝利を収めていたことが、後日の報道で明らかになりました。
9月にワイヤを取り外し、10月には回復を報告その後、9月初旬に固定用のワイヤを取り外しました。
2026年10月19日付のスポニチアネックスの報道によると、岩田選手は母校・早稲田大学のイベントに参加した際、左手の回復について「今は100%の力でパンチを打てる」と説明しています。
初防衛戦での負傷から回復し、次の試合に向けた準備を進めていることが分かる近況です。
次戦は2027年1月が有力、レネ・サンティアゴとの再戦を希望岩田選手が次の目標として掲げているのが、2025年3月に敗れたレネ・サンティアゴ選手との再戦です。
サンティアゴ選手は現在、WBA・WBOのライトフライ級統一王者。岩田選手にとっては、過去に失ったWBO王座への雪辱だけでなく、複数団体の王座統一を目指すうえでも大きな意味を持つ相手です。
スポニチアネックスの2026年10月19日の報道では、次戦は2027年1月が有力とされ、岩田選手自身も再戦に向けて準備を進めていると伝えられています。
「必ず借りを返す」
これはサンティアゴ選手との再戦を見据えた岩田選手の決意として報じられた言葉です。
ただし、2026年11月2日時点では、具体的な試合日程や対戦カードが正式決定したという情報ではありません。今後の正式発表が待たれる状況です。
【プロの結論】岩田翔吉の評価は?世界王者として注目すべき3つのポイント
岩田翔吉選手のキャリアを振り返ると、単にKO数が多いボクサーという評価だけでは、その実力を十分に理解できません。
世界初挑戦での敗北、WBO王座獲得、初防衛失敗、WBC王座への返り咲き、そして初防衛成功という一連の経験には、競技者としての成長が表れています。
1. 敗北を経験した後の修正力2022年のジョナサン・ゴンサレス戦、2025年のレネ・サンティアゴ戦では判定負けを経験しています。
しかし、岩田選手はその後も試合を重ね、2025年10月のKO勝利を経て、2026年3月には世界王座を獲得しました。
特に注目したいのは、WBO王座を失った後、再び世界タイトルを獲得した点です。世界トップクラスの選手にとって、一度の敗北をどのように受け止め、次の試合に生かすかは非常に重要です。
2. 攻撃力だけに頼らない競技スタイル岩田選手は14KOという高い決定力を持つ一方、世界王座獲得戦ではフットワークを意識した戦い方にも取り組んでいました。
パンチ力と機動力を組み合わせることは、相手のタイプに応じて戦術を変えるための重要な要素です。2026年の世界戦で結果を残したことは、その取り組みが実戦でも機能したことを示しています。
3. 次の目標は王座統一とサンティアゴへの雪辱現在の岩田選手にとって大きなテーマは、WBC王座を守ることに加え、他団体の王者との対戦を実現することです。
特にサンティアゴ選手との再戦が実現すれば、2025年の敗北を乗り越える機会になるだけでなく、世界王座統一を視野に入れた重要な一戦となります。
今後の評価を判断するうえでは、KO勝利数だけでなく、世界王者との対戦結果、試合内容、複数団体の王座統一への進展にも注目する必要があります。
【岩田翔吉に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:岩田翔吉は何歳ですか?
A1:1996年2月2日生まれで、2026年11月現在は30歳です。
Q2:岩田翔吉の出身地はどこですか?
A2:東京都渋谷区です。所属先である帝拳ボクシングジムの公式プロフィールに記載されています。
Q3:岩田翔吉の所属ジムはどこですか?
A3:帝拳ボクシングジムです。2019年2月に帝拳ジムから国内プロテストを受験し、合格しています。
Q4:岩田翔吉はWBOとWBCのどちらの世界王者ですか?
A4:2026年11月現在はWBC世界ライトフライ級王者です。2024年10月にWBO世界ライトフライ級王座を獲得しましたが、2025年3月に初防衛に失敗して王座から陥落。その後、2026年3月にWBC王座を獲得しました。
Q5:岩田翔吉のプロボクシング戦績は?
A5:2026年7月20日の試合終了時点で17勝(14KO)2敗、通算19戦です。KO勝利の多さが特徴です。
Q6:岩田翔吉の2026年の最新試合結果は?
A6:2026年7月20日、両国国技館でエリック・バディージョ選手と対戦し、11回TKO勝ちを収めました。WBC世界ライトフライ級王座の初防衛に成功しています。
Q7:岩田翔吉の次の試合はいつですか?
A7:2026年10月の報道では2027年1月が有力とされています。本人はレネ・サンティアゴ選手との再戦を希望していますが、11月2日時点で正式な試合日程は確定していません。
岩田翔吉選手は、1996年2月2日生まれ、東京都渋谷区出身のプロボクサーです。帝拳ボクシングジムに所属し、アマチュア時代から全国大会で実績を残してきました。
2024年10月にはWBO世界ライトフライ級王座を獲得。2025年3月の王座陥落を経験しながらも、2026年3月にWBC世界ライトフライ級王者として復活しました。さらに同年7月にはエリック・バディージョ選手を11回TKOで破り、初防衛にも成功しています。
2026年11月現在、プロ戦績は17勝14KO2敗。左手の骨折からも回復し、次の目標としてレネ・サンティアゴ選手との再戦を見据えています。
今後の注目要点は、WBC王座の防衛、WBO王者への雪辱、そして複数団体の王座統一です。世界王座を一度失いながら再び頂点に立った岩田翔吉選手が、次の大舞台でどのような結果を残すのか。2027年に向けた動向にも注目が集まります。
主な情報源:帝拳プロモーション公式選手プロフィール、早稲田大学競技スポーツセンター、日本ボクシングコミッション、WBC公式発表、日刊スポーツ、スポニチアネックス。