2026年11月現在、男子バレーボール日本代表の主将・石川祐希は、イタリアでの11シーズンにわたる挑戦を終え、トルコ1部リーグの強豪ジラート・バンク・アンカラで新たなキャリアをスタートさせている。2026-27シーズンから着用する背番号は、これまでの日本代表でおなじみの14番ではなく、クラブでの11番だ。
一方、移籍の背景には、2025-26シーズンのペルージャで経験した難しい状況がある。チームはセリエA優勝を含む4冠を達成したものの、石川個人は負傷や出場機会の減少に苦しんだ。本人もインタビューで当時の心境を率直に語っている。加えて、2026年10月に開幕したトルコリーグでは、開幕戦で16得点を記録した後、3試合連続でベンチ外となる動きも伝えられた。
【2026年11月最新】石川祐希の現在はジラート・バンク・アンカラ所属!

石川祐希は1995年12月11日生まれ、愛知県岡崎市出身。身長192cmのアウトサイドヒッターで、男子日本代表の中心選手として長年活躍してきた。
2026年11月現在の所属先は、トルコの首都アンカラを本拠地とするジラート・バンク・アンカラ(Ziraat Bankkart Ankara)である。
2026年6月5日、所属事務所とクラブから2026-27シーズンの契約が発表された。中央大学在学中からイタリアでプレーしてきた石川にとって、トルコリーグは初めての挑戦となる。
開幕戦では両チーム最多の16得点を記録新天地での公式戦に向け、石川はプレシーズンからチームに合流。9月28日のプレシーズンマッチでは背番号11を着用して先発出場し、新しい環境でのプレーを披露した。
そして10月17日に開幕したトルコ1部エフェレル・リーグでは、第1節のフェネルバフチェ戦に出場。チームの勝利に貢献し、両チーム最多となる16得点を挙げた。
ところが、その後の状況は少し変わる。
10月24日の第2節、10月28日の第3節、10月31日の第4節では、石川は3試合連続でベンチ外となった。一方、ジラートは第4節のアランヤ戦をフルセットで制し、開幕から4連勝を記録している。
なお、10月13日のトルコ・スーパーカップ決勝を欠場した際には、ムスタファ・カヴァズ監督が鼠径部の痛みとMRI検査について説明していた。ただし、リーグ戦3試合のベンチ外について、その後の欠場理由を一括して説明するクラブの公式発表は確認できない。
したがって、現在の状況を単純に実力不足や監督との関係だけで判断することはできない。今後の復帰時期と、コンディションに関する公式情報が注目される。
【移籍の真相】背番号11を選んだ理由とジラート加入の背景
石川祐希の移籍先として注目されたジラート・バンク・アンカラは、トルコ国内でも実績のある強豪クラブだ。
2025-26シーズンのトルコリーグを制し、欧州チャンピオンズリーグでも3位に入った。国内タイトルだけでなく、ヨーロッパの頂点を狙える戦力を備えている。
石川祐希が明かした移籍への思い2026年6月5日の移籍発表時、石川は新天地への期待を次のように語った。
「来季2026/2027 シーズンはトルコのZiraat Bankasi Ankaraと契約しました。」
「トルコリーグでのプレーは初めてで、新しい経験しかありません。その新しい経験が必ず僕を成長させると確信しています。」
加えて、トルコリーグやカップ戦、チャンピオンズリーグでの優勝を目標に掲げ、ファンから応援される選手になりたいという抱負も示している。
このコメントから読み取れるのは、単に出場機会を求めて移籍したというだけではなく、新しい競技環境で自分自身を成長させたいという意識だ。
イタリアで11シーズンを過ごした石川にとって、トルコへの移籍はキャリアの大きな転換点になる。
新天地の背番号は11番!日本代表の14番とは違う今回の移籍でファンの関心を集めたのが背番号だ。
日本代表では長く14番を背負ってきた石川だが、ジラートでは背番号11番を着用する。
2026年9月28日には、FIVB主催大会の運営などを担うバレーボール・ワールドのアジア部門公式Instagramが、石川の新しいユニホーム姿を公開。海外メディアやファンの間でも話題になった。
本人の公式Instagram(@yuki_ishikawa_official)のプロフィールにも、日本代表の14番とジラートの11番が記載されている。
つまり、背番号の違いは所属先によるものであり、代表での番号が変更されたわけではない。
なお、11番は2016年以来となる番号として紹介されている。新天地で再びこの番号を背負うことも、今回の移籍における興味深いポイントだ。
【クラブ移籍の経緯】イタリア11シーズンからトルコへ!石川祐希のキャリア年表
石川祐希の海外キャリアを理解するには、中央大学時代から続くイタリアでの挑戦を振り返る必要がある。
2014年、大学在学中にイタリア・セリエAのパッラヴォーロ・モデナと契約。その後、複数のクラブを経験しながら世界トップレベルのリーグで実績を積み上げてきた。
2024年には、当時の欧州トップクラブの一つだったペルージャへ移籍。そして2026年、初めてイタリア以外の海外リーグとなるトルコへ活動の場を移した。
石川祐希の所属クラブと転換点| 時期 | 所属クラブ | キャリア上の位置づけ |
|---|---|---|
| 2014-2015 | パッラヴォーロ・モデナ | 大学在学中にイタリア挑戦を開始 |
| 2016-2018 | トップバレー・ラティーナ | イタリアでの経験を積む |
| 2018-2019 | エマ・ヴィラズ・シエナ | セリエAでプレーを継続 |
| 2019-2020 | パッラヴォーロ・パドヴァ | 新しいクラブ環境に挑戦 |
| 2020-2024 | パワーバレー・ミラノ | 4シーズンにわたり主力として活躍 |
| 2024-2026 | シル・スーサ・ヴィム・ペルージャ | 欧州屈指の強豪でプレーし4冠を経験 |
| 2026- | ジラート・バンク・アンカラ | トルコリーグで新たな挑戦を開始 |
この年表から分かるのは、石川が一つのクラブに長くとどまることだけを目標にしてきたわけではないという点だ。
モデナ、ラティーナ、シエナ、パドヴァ、ミラノ、ペルージャと、異なるチームでプレーしながら経験を蓄積してきた。
特にミラノでの4年間は、イタリアでの競技経験をさらに深める重要な時期となった。そしてペルージャでは、チャンピオンズリーグやリーグ優勝を経験し、クラブレベルでの実績を広げた。
今回のトルコ移籍は、イタリアでのキャリアを否定するものではない。異なるリーグの戦術、練習環境、チーム文化を経験することで、選手として新たな成長を目指す選択と捉えられる。
【徹底検証】石川祐希がペルージャで出場機会を減らした理由とは?
2025-26シーズンの石川祐希を語るうえで避けて通れないのが、ペルージャでの出場機会の減少だ。
チームは素晴らしい成績を残した。しかし、石川個人にとっては必ずしも満足できるシーズンではなかった。
その背景には、複数の要素が重なっていた。
理由1:世界トップクラスの選手がそろう激しいポジション争いペルージャは欧州でも屈指の戦力を持つクラブであり、アウトサイドヒッターのポジションにも実力者がそろっていた。
石川と同じポジションには、ポーランド代表のカミル・セメニウク、元ウクライナ代表のオレフ・プロトニツキらが在籍していた。
加えて、セッターのシモーネ・ジャネッリやリベロのマッシモ・コラチなど、長くチームを支えてきた中心選手がいた。
こうした選手たちの連係が確立されていたことも、チーム内での起用を考えるうえで無視できない要素だった。
ただし、ポジション争いだけが出場機会減少の直接的な理由だったと断定することはできない。石川本人も、監督の起用方針について明確な理由を把握できなかったと振り返っている。
理由2:世界クラブ選手権前の軽い膝の負傷2026年8月13日公開のウェブスポルティーバのインタビューでは、石川自身がシーズン前半の状態について説明している。
本人によると、シーズン前半は調子もパフォーマンスも良かった。しかし、世界クラブ選手権の前に膝を軽く痛め、2~3日練習を休んだことを境に、出場機会が減少したという。
本人は、負傷が直接的な原因だったのか、それ以外の理由があったのかについては分からないと話している。
注目したいのは、痛みが落ち着いた後も以前のように試合に出られなかったことだ。
理由3:起用法への戸惑いとパフォーマンスを発揮する難しさ出場時間が減る中でも、石川は練習を続け、自分のパフォーマンスを高めることに集中していた。
2026年1月28日の欧州チャンピオンズリーグ、スペインのラス・パルマス戦では4試合ぶりに先発し、12得点を記録して勝利に貢献。しかし、第3セット途中で交代を命じられた。
本人にとって納得しにくい起用もあったという。
「監督が好まないプレーをしたとか、これがダメだった、と理解できるきっかけがあれば納得できるんですけど、それもない。」
これはNumber Webの2026年4月3日公開のインタビューで伝えられた発言だ。
試合に出られなければ、結果を残す機会も減る。石川自身も、出場できない時間が長くなるほど活躍できる可能性が下がるという難しさを語っている。
理由4:2026年2月1日の右膝負傷で離脱出場機会を取り戻そうとする中で、さらに大きな問題が起きた。
2026年2月1日のパドヴァ戦で、レセプションの際に右膝を負傷。後の報道では右膝内側側副靱帯損傷の2度と伝えられた。
本人はレセプション時に膝が内側へ入り、痛みを感じた瞬間についても説明している。
復帰までには想定より時間がかかった。本人は当初、全治2か月程度をイメージしていたと振り返っている。
ここで重要なのは、2025-26シーズンの出場機会減少を、2月の負傷だけで説明できないことだ。世界クラブ選手権前から起用時間が減っており、その後の負傷が状況をさらに難しくした。
【2025-26シーズンの評価】ペルージャは4冠達成、石川本人は何を感じたのか
2025-26シーズンのペルージャは、クラブとして大きな成功を収めた。
セリエA優勝、世界クラブ選手権優勝、スーペルコッパ優勝、欧州チャンピオンズリーグ優勝という4つのタイトルを獲得したのである。
しかし、チームの成功と選手個人の充実度は必ずしも一致しない。
チームの4冠と個人の出場状況には大きな差Number Webの報道では、2025-26シーズンの石川のリーグ戦出場は3月19日時点で14試合。前シーズンの21試合と比較しても減少していた。
また、世界クラブ選手権では決勝トーナメント以降の出場機会が限られ、決勝の大阪ブルテオン戦にも出場していない。
本人は世界クラブ選手権で優勝したことについて、うれしさはあるものの、試合にあまり出られなかったためタイトルを獲得した実感はそれほど強くなかったと振り返っている。
チームが優勝したからといって、個人としても満足できるシーズンだったとは限らない。その違いが、石川のコメントから伝わってくる。
本人が語ったペルージャでの2年間の総括2026年8月のウェブスポルティーバのインタビューでは、ペルージャで過ごした2年間について、次のように語っている。
「充実というよりも、学びや発見があった2年間だったと思います」
この発言は、単純な成績だけでは測れない経験の価値を表している。
石川は、選手たちの考え方、練習方法、練習に対する姿勢、監督の考え方など、多くのことを学んだと説明した。
また、日本とイタリアでは体育館の設備や練習環境に違いがあり、日本のほうが設備面で整っていると感じた一方、イタリアの強さは選手自身の力にあると分析している。
ペルージャでの2年間は、結果を残すだけではなく、世界最高峰のクラブで競技に向き合う姿勢を学ぶ時間でもあった。
退団と移籍は失敗だったのか?ペルージャからの退団を、出場機会が減ったことによる失敗とだけ捉えるのは適切ではない。
石川はイタリアで11シーズンにわたってプレーし、セリエAの優勝や欧州チャンピオンズリーグなどの主要タイトルを経験した。
一方、2025-26シーズンには自分の思うような役割を得られない時間もあった。
こうした経験を踏まえ、新天地で再び競争に挑むことは、選手としてのキャリアを次の段階へ進める選択でもある。
なお、ペルージャは2月7日のコッパイタリア準決勝でヴェローナに敗れている。4冠を達成したシーズンではあるが、すべての大会を制したわけではない。この点も正確に区別しておきたい。
【日本代表での現在地】石川祐希の14番と2026年の実績
クラブでの出場機会が変化しても、日本代表における石川の重要性は変わっていない。
2026年の日本代表でもキャプテンを務め、アウトサイドヒッターとしてチームをけん引している。
2026年の日本代表はアジア選手権優勝、ロサンゼルス五輪出場権を獲得2026年の男子日本代表は、ロラン・ティリ監督のもとで国際大会に臨んだ。
そして、福岡で開催された2026年アジア男子バレーボール選手権大会で優勝。2028年ロサンゼルスオリンピックの出場権を獲得した。
日本バレーボール協会は2026年10月26日、この優勝と五輪出場権獲得を受け、男子日本代表チームがカプコンから500万円の優勝報奨金を受け取ったことを発表している。
JVAの2026年大会公式メンバー情報でも、石川は背番号14のアウトサイドヒッターとして登録されている。
過去の代表実績も世界トップクラス石川は2021年の東京オリンピックから男子日本代表の主将を務めている。
東京大会では日本を29年ぶりの準々決勝進出に導き、7位入賞を経験した。
加えて、2023年のネーションズリーグでは銅メダル、2024年大会では銀メダルを獲得。男子日本代表が国際舞台で存在感を高める中、中心選手としてチームを支えてきた。
2026年のネーションズリーグでも背番号14で登録され、キャプテンとして活動。クラブでの移籍と代表活動を両立させている。
公式Instagramで確認できる最新情報石川祐希の近況を追う場合、本人の公式Instagramも重要な情報源となる。
アカウントは「@yuki_ishikawa_official」。プロフィールにはProfessional Volleyball Playerの肩書きとともに、日本代表の14番、ジラートの11番が記載されている。
クラブの公式発信やバレーボール・ワールドのアジア部門公式Instagramと併せて確認すると、ユニホームやチーム合流などの動きを把握しやすい。
ただし、SNSのプロフィールに記載された背番号と、実際の試合への出場状況は別の情報だ。最新のコンディションや出場登録については、試合結果やクラブ発表も確認する必要がある。
【よくある質問】石川祐希の現在とバレーに関する疑問(FAQ)
Q1:石川祐希は2026年現在、どこのチームに所属していますか?
A1:トルコ1部リーグのジラート・バンク・アンカラに所属しています。2026-27シーズンから加入し、イタリアでの11シーズンを経て新しいリーグに挑戦しています。
Q2:石川祐希の新しい背番号は何番ですか?
A2:ジラート・バンク・アンカラでは11番です。日本代表では引き続き14番を着用しています。
Q3:ペルージャで石川祐希の出場機会が減った理由は何ですか?
A3:シーズン前半の軽い膝の負傷、その後の起用時間の減少、チーム内の激しいポジション争いなど複数の要素が重なりました。2026年2月1日には右膝を負傷し、さらに離脱を余儀なくされました。本人も監督の起用理由について明確には分からなかったと語っています。
Q4:ペルージャでは優勝できなかったのですか?
A4:いいえ。2025-26シーズンのペルージャはセリエA、世界クラブ選手権、スーペルコッパ、欧州チャンピオンズリーグの4冠を達成しています。ただし、石川個人は出場機会が限られたこともあり、タイトル獲得を複雑な心境で振り返っています。
Q5:石川祐希は日本代表を引退したのですか?
A5:2026年11月現在、引退は発表されていません。2026年の日本代表でもキャプテンを務め、アジア選手権優勝とロサンゼルス五輪出場権獲得に貢献しています。
Q6:2026年11月現在、ジラートで試合に出ていますか?
A6:開幕戦では16得点を記録しましたが、10月24日、28日、31日のリーグ戦では3試合連続でベンチ外となりました。欠場の継続的な理由や復帰時期については、クラブの公式発表が注目されています。
石川祐希の2026年は、長年プレーしたイタリアを離れ、トルコのジラート・バンク・アンカラへ移籍する大きな転換点となった。
2025-26シーズンのペルージャでは、チームが4冠を達成した一方、膝の負傷や出場機会の減少によって、個人としては悔しさの残る時間を過ごした。
しかし、本人が語ったように、その2年間は多くの学びと発見を得た期間でもある。
新天地では背番号11を背負い、トルコリーグ、国内カップ、欧州チャンピオンズリーグのタイトルを目標に掲げている。日本代表では14番の主将として、2026年アジア選手権優勝とロサンゼルス五輪出場権獲得という成果も残した。
一方、2026年11月初旬にはリーグ戦で3試合連続ベンチ外となっており、今後はコンディションの回復と試合復帰が大きな焦点となる。
石川祐希の評価を判断するうえで大切なのは、チームの勝敗や出場試合数だけでなく、本人のパフォーマンス、コンディション、チーム内での役割、そして日本代表での貢献を総合的に見ることだ。
イタリアで積み上げた11シーズンの経験を、トルコという新しい舞台でどう生かすのか。2026-27シーズンは、石川祐希の次の成長を占う重要な一年になりそうだ。