寬仁親王妃信子(ともひとしんのうひ のぶこ)さまは、1955年4月9日生まれ。2026年11月現在、71歳を迎えられています。1980年に故寬仁親王とご結婚され、彬子女王、瑶子女王の2人の娘を育てながら、皇室の一員として長年にわたり公的な活動を続けてこられました。
現在の信子さまを知るうえで注目したいのが、日本赤十字社名誉副総裁をはじめとする社会活動です。宮内庁の公式プロフィールや2026年の公務日程を見ると、赤十字活動だけでなく、スポーツ振興、女性の健康、文化芸術、農業振興など、多方面にわたる活動が確認できます。父・麻生太賀吉氏との家族的背景、英国留学、ご結婚、2人の娘との関係も含め、その歩みを整理します。
【2026年最新】寬仁親王妃信子さまの現在は?年齢・プロフィールを紹介

信子さまは、2026年11月2日時点で71歳です。宮内庁の「三笠宮寬仁親王妃家」の公式紹介には、お名前、生年月日、ご結婚の年月日、ご学歴、総裁職などが掲載されています。
現在は、故寬仁親王の妃としての立場を保ちながら、複数の団体の名誉総裁や総裁、日本赤十字社名誉副総裁などを務め、社会貢献につながる活動に取り組まれています。
信子さまの基本プロフィール- お名前:信子(のぶこ)
- 正式な称号:寬仁親王妃信子殿下
- 生年月日:1955年4月9日
- 2026年11月現在の年齢:71歳
- お父さま:故・麻生太賀吉氏
- お印:花桃(はなもも)
- ご結婚:1980年11月7日
- 配偶者:故・寬仁親王
- お子さま:彬子女王、瑶子女王
- 主な役職:日本赤十字社名誉副総裁、東京慈恵会総裁など
宮内庁のプロフィールで特徴的なのは、信子さまの活動が皇室の儀式や式典へのご臨席だけにとどまらない点です。医療、福祉、スポーツ、文化など、実際に活動する団体とのつながりが具体的に紹介されています。
また、宮内庁は故寬仁親王の活動と信子さまの活動を同じページで紹介しています。寬仁親王が生前に力を注がれた障害者福祉やスポーツ振興などの分野は、信子さまの現在の活動を理解するうえでも重要な背景です。
【生い立ち・学歴】父は麻生太賀吉氏、英国留学を経験した信子さま
父・麻生太賀吉氏は実業家・政治家信子さまは1955年4月9日、故・麻生太賀吉(あそうたかきち)氏の第三女子として誕生されました。
麻生太賀吉氏は、九州を基盤とする実業家・政治家です。麻生グループの歴史をたどると、炭鉱事業からセメント事業へと経営の重点を移した人物として知られています。麻生セメント会長や九州電力会長などを歴任し、衆議院議員も務めました。
母は麻生和子氏で、吉田茂元首相の三女にあたります。そのため、信子さまは麻生家と吉田家という、戦後日本の政財界に深いつながりを持つ家庭に生まれ育たれました。
父・太賀吉氏は1980年12月2日に亡くなっています。信子さまが寬仁親王とご結婚されたのは同年11月7日であり、ご結婚から約1か月後のことでした。
聖心女学院を経て英国ロスリンハウス・コレッジへ宮内庁の活動紹介によると、信子さまは聖心女学院を経て、英国のロスリンハウス・コレッジを卒業されています。卒業年は1973年(昭和48年)です。
ロスリンハウス・コレッジは、一般にフィニッシングスクールとして紹介される教育機関です。英国での生活や教育を通じて、国際的な感覚や社交の知識を身につけられたことが、後の皇室での活動にもつながる経歴の一つとなっています。
ここで押さえておきたいのは、英国留学という経歴と大学卒業という学歴は別のものだという点です。宮内庁の公式プロフィールに記載されているのは、ロスリンハウス・コレッジの卒業です。
信子さまの生い立ちを振り返ると、麻生家の家庭環境、聖心女学院での教育、英国での留学経験という背景があり、1980年のご結婚を経て皇室での生活へと歩みを進められたことが分かります。
【寬仁親王との結婚】1980年のご婚約から2人の娘の誕生まで
信子さまの人生における大きな転機は、1980年の寬仁親王とのご結婚です。寬仁親王は三笠宮崇仁親王の第一男子で、障害者福祉、スポーツ振興、青少年育成、国際親善などに力を注がれた皇族でした。
宮内庁の公式記録では、ご結婚に関する日程が明確に整理されています。
- 1980年4月18日:皇室会議
- 1980年5月21日:納采の儀(ご婚約)
- 1980年11月7日:寬仁親王とご結婚
ご結婚後、信子さまは寬仁親王妃となられ、2人の女王をもうけられました。
彬子女王と瑶子女王の誕生長女の彬子(あきこ)女王は1981年12月20日生まれです。次女の瑶子(ようこ)女王は1983年10月25日に誕生されました。
宮内庁は、両女王を信子さまのお子さまとして公式プロフィールに掲載しています。したがって、彬子女王と瑶子女王は、信子さまと故寬仁親王の実の娘にあたります。
彬子女王は日本文化や歴史に関する研究活動でも知られ、瑶子女王もさまざまな社会活動に携わっています。お二人はそれぞれ独自の公的活動を担っており、母である信子さまと同じく皇室の一員として活動されています。
2012年、寬仁親王との死別寬仁親王は2012年6月6日、66歳で薨去されました。宮内庁によると、公益財団法人佐々木研究所附属杏雲堂病院で亡くなられています。
寬仁親王の生前の活動は、障害のある人々の社会参加、スポーツを通じた自立支援、青少年育成など多岐にわたりました。信子さまはその後も、社会福祉やスポーツ振興などに関係する活動を続けていらっしゃいます。
夫を亡くされた後も公的な役割を担い続けていることは、現在の信子さまを理解するうえで欠かせないポイントです。
【家族関係・人物相関】信子さまと彬子女王・瑶子女王の関係を整理
信子さまをめぐる家族関係は、麻生家と皇室という2つの家系を結びつけるものです。人物同士の関係を整理すると、どのような背景を持つ方なのかが分かりやすくなります。
信子さまを中心とした家族・関係者一覧| 人物・団体 | 信子さまとの関係 | 確認できる事実・関係 |
|---|---|---|
| 麻生太賀吉氏 | 父 | 実業家・政治家。信子さまは第三女子として誕生。 |
| 麻生和子氏 | 母 | 吉田茂元首相の三女。 |
| 寬仁親王 | 夫 | 1980年11月7日にご結婚。2012年6月6日薨去。 |
| 彬子女王 | 長女 | 1981年12月20日生まれ。信子さまと寬仁親王の第一女子。 |
| 瑶子女王 | 次女 | 1983年10月25日生まれ。信子さまと寬仁親王の第二女子。 |
| 日本赤十字社 | 公的な活動先 | 信子さまは名誉副総裁を務める。 |
| 東京慈恵会 | 公的な活動先 | 信子さまは総裁を務める。 |
彬子女王は信子さまの長女です。1981年12月20日に誕生され、皇室の一員として活動されています。
彬子女王は英国オックスフォード大学で日本美術史を研究し、博士号を取得されたことでも知られています。日本文化の研究や教育、文化交流などに関係する活動を続けており、信子さまとは異なる専門性を生かして公的な役割を担っています。
2026年5月27日の国賓宮中晩餐会や10月29日の園遊会では、宮内庁の公務日程に信子さまと彬子女王の双方が記載されています。
ただし、公務で同席されることと、家庭内での親子関係の具体的な状況は別の問題です。公表されている家族関係と、個人的な交流についての情報は分けて理解する必要があります。
瑶子女王と信子さまの親子関係瑶子女王は1983年10月25日生まれの次女です。宮内庁の公式情報でも、信子さまと寬仁親王の第二女子として紹介されています。
瑶子女王はスポーツや社会福祉などの分野に関わる公的活動を担っています。2026年1月1日の新年祝賀の儀や、同年5月27日の国賓宮中晩餐会など、皇室の行事にも出席されています。
信子さま、彬子女王、瑶子女王は、それぞれの立場で皇室の公的活動に携わっています。母娘の関係を調べる場合は、宮内庁の家族紹介と各人の公務記録を基本資料として見ると、事実関係を整理しやすくなります。
【日本赤十字社名誉副総裁】信子さまの総裁職と社会貢献活動
信子さまの現在の活動を語るうえで、特に重要なのが日本赤十字社名誉副総裁という役職です。
日本赤十字社は、災害救護、医療、献血、国際救援、ボランティア活動などを担う組織です。信子さまは名誉副総裁として、その活動を支える立場にあります。
日本赤十字社の名誉副総裁とは日本赤十字社の公式組織概要では、名誉総裁は皇后陛下、名誉副総裁には秋篠宮皇嗣妃殿下、常陸宮妃華子殿下、寬仁親王妃信子殿下、高円宮妃久子殿下が記載されています。
ここで注意したいのが、名誉総裁と名誉副総裁の違いです。日本赤十字社の名誉総裁は皇后陛下であり、信子さまは名誉副総裁です。組織の日常的な運営を担う社長や副社長などの執行役員とは別の立場で、赤十字活動への理解や社会的な支援を広げる役割を担っています。
2026年5月12日の全国赤十字大会にもご臨席2026年5月12日には、東京都渋谷区の明治神宮会館で令和8年全国赤十字大会が開催されました。
日本赤十字社の公式広報によると、皇后陛下をはじめ、名誉副総裁を務める各妃殿下がご臨席。全国から約1600人の会員や赤十字ボランティアの代表らが出席しました。
式典では、赤十字活動に顕著な功績があった代表者13人に皇后陛下から有功章が授与されました。信子さまも名誉副総裁として大会に参加されています。
これは、信子さまの2026年の活動を具体的に示す重要な公的記録の一つです。
女性の健康や被災地支援にも取り組む宮内庁の活動紹介で特に注目されるのが、女性の健康に関する取り組みです。
信子さまは、公益社団法人女性の健康とメノポーズ協会の名誉総裁を務められています。また、同協会認定の「女性の健康相談対話士」の資格を持ち、更年期のさまざまな症状に悩む女性からの電話相談にも対応されていると、宮内庁は紹介しています。
加えて、東北や熊本などの被災地域の方々に向けた電話相談にも取り組まれてきました。公的な肩書だけでなく、相談を受けるという実践的な活動が紹介されている点は、信子さまの活動の特徴です。
信子さまが務める主な総裁職・名誉職宮内庁の公式プロフィールには、日本赤十字社以外にも多くの役職が掲載されています。
- 東京慈恵会:総裁
- 日本ばら会:名誉総裁
- 日本童謡学会:名誉総裁
- 全国ビルメンテナンス協会:名誉総裁
- 女性の健康とメノポーズ協会:名誉総裁
- 日本盆栽協会:名誉総裁
- 花絵文化協会:名誉総裁
- 日本赤十字社:名誉副総裁
- 国際柔道連盟:アンバサダー
このほか、NSCAジャパンを通じたスポーツ振興や、AJU自立の家後援会などを通じた障害者福祉、復興支援、食育、青少年育成にも関わっておられます。
料理や農業振興にも関心信子さまは料理にも関心を持ち、『四季の家庭料理』『思い出の先にはいつも家庭料理』という2冊のレシピブックを出版されています。
宮内庁の紹介では、これらの著書には福島県などの被災地の生産者に対する思いも綴られているとされています。
また、全国農業担い手サミットへのご臨席を通じ、農業経営の発展や地域農業の振興にも関わってこられました。皇室の公務と地域社会の課題を結びつける活動として注目できます。
【2026年の公務一覧】信子さまは現在どのような活動をされている?
2026年の信子さまの活動を具体的に知るには、宮内庁が公表している「常陸宮家・三笠宮寬仁親王妃家・三笠宮家・高円宮家のご日程」が参考になります。
2026年11月2日時点で同ページに掲載されている2026年の月別日程は1月から10月までです。そこから信子さまご本人の出席が確認できる主な行事を取り上げます。
2026年に確認できる主な公務- 1月1日:新年祝賀の儀にご出席。
- 1月2日:新年一般参賀にご出席。
- 1月11日:令和8年講道館鏡開式にご臨席。
- 1月14日:歌会始の儀にご出席。
- 1月19日:イタリア駐箚特命全権大使をご接見。
- 1月21日:全国ビルメンテナンス協会設立60周年記念式典にご臨席。
- 1月25日:日本青年会議所2026年度京都会議新年式典にご臨席。
- 5月12日:令和8年全国赤十字大会にご臨席。
- 5月25日:花絵文化協会代表理事をご接見。
- 5月27日:国賓宮中晩餐にご出席。
- 7月28日:離任オマーン大使夫妻をご引見。
- 9月1日:全国警察柔道選手権大会及び全国警察剣道選手権大会にご臨席。
- 10月3日:日本青年会議所第75回全国大会神戸大会にご臨席。
- 10月7日:全国警察柔道大会にご臨席。
- 10月29日:赤坂御苑で開催された園遊会にご出席。
これらの行事からは、信子さまの公務が新年の宮中行事、国際交流、スポーツ振興、社会福祉、文化活動などにまたがっていることが分かります。
2026年の公務から見える3つの特徴第一に、スポーツ振興への継続的な関与です。
講道館鏡開式や全国警察柔道・剣道関連の大会へのご臨席は、信子さまがスポーツ関係団体とのつながりを保たれていることを示しています。国際柔道連盟アンバサダーという役職とも関連する活動分野です。
第二に、赤十字や社会福祉への支援です。
5月12日の全国赤十字大会へのご臨席は、名誉副総裁としての活動を示す代表的な公務です。災害救護や医療支援など、社会的な支援活動を行う組織に関わり続けておられます。
第三に、皇室の伝統的な行事への参加です。
新年祝賀の儀、歌会始の儀、国賓宮中晩餐、園遊会などへのご出席は、信子さまが皇室の一員として担う公的な役割を示しています。
特に10月29日の園遊会では、信子さまだけでなく、彬子女王と瑶子女王も宮内庁の日程に記載されています。皇室の行事における各人の役割を確認できる公的な記録です。
なお、宮内庁の公開日程に掲載されていない活動まで含めた年間の全業務を示すものではありません。11月以降の行事については、今後の公式日程の更新が確認材料になります。
【プロの結論】信子さまの皇室での役割と現在の活動をどう見るべきか
信子さまの活動を理解するうえで重要なのは、皇室の伝統的な公務と、社会の具体的な課題に関わる活動の両方に目を向けることです。
皇族としてのご臨席や宮中行事への参加は、皇室と社会との接点を保つ役割を持っています。一方、日本赤十字社、女性の健康とメノポーズ協会、スポーツ関係団体などでの活動は、医療、福祉、健康、文化といった個別の分野を支えるものです。
寬仁親王の活動とのつながり故寬仁親王は、障害者福祉やスポーツを通じた社会参加に力を注がれました。宮内庁の紹介では、障害のある人々がスポーツを通じて自立し、社会参加できるよう指導されたことや、難病者・重度障害者のための施設づくりに取り組まれたことが記録されています。
信子さまも現在、障害者福祉やスポーツ振興、青少年育成などに関係する活動を続けています。夫の生前の活動分野と重なる部分があることは、信子さまの公的な役割を考える際の重要な背景です。
ネット上の情報で誤解しやすいポイント信子さまに関する情報を調べる際には、次の点を区別することが大切です。
- 年齢:1955年4月9日生まれで、2026年11月現在71歳です。
- 日本赤十字社での肩書:名誉副総裁です。名誉総裁とは異なります。
- 家族関係:彬子女王と瑶子女王は信子さまと寬仁親王の実の娘です。
- 学歴:英国ロスリンハウス・コレッジ卒業が宮内庁の公式記載です。大学卒業と混同しないことが重要です。
- 現在の活動:過去の活動だけでなく、宮内庁の2026年公務日程で本人の出席を確認できます。
また、母娘の私的な関係については、公式プロフィールや公務日程だけで家庭内の交流状況まで判断することはできません。報道上の見解と、宮内庁が公表している家族関係・公務の事実は分けて受け止める必要があります。
信子さまの現在を調べる読者にとって、最も確かな判断材料は、宮内庁のプロフィールと公務記録、日本赤十字社など活動先団体の公式発表です。こうした一次資料を基準にすれば、肩書や家族関係についての誤解を避けやすくなります。
寬仁親王妃信子さまに関するよくある質問(FAQ)
Q1:信子さまは2026年現在、何歳ですか?
A1:1955年4月9日生まれで、2026年11月2日現在71歳です。お印は花桃です。
Q2:信子さまの父親は誰ですか?
A2:父親は麻生太賀吉氏です。実業家・政治家として活動し、麻生セメント会長や九州電力会長、衆議院議員などを歴任しました。母親は麻生和子氏で、吉田茂元首相の三女です。
Q3:信子さまと彬子女王・瑶子女王はどのような関係ですか?
A3:彬子女王は長女、瑶子女王は次女です。お二人は故寬仁親王と信子さまの実の娘で、現在はそれぞれ皇室の公的活動に携わっています。
Q4:信子さまは日本赤十字社でどのような役職に就いていますか?
A4:日本赤十字社の名誉副総裁です。2026年5月12日の全国赤十字大会にもご臨席されています。
Q5:信子さまの2026年の主な公務は何ですか?
A5:全国赤十字大会、講道館鏡開式、全国警察柔道大会、日本青年会議所全国大会、園遊会などが宮内庁の公式日程に掲載されています。
寬仁親王妃信子さまは、1955年4月9日生まれの71歳。麻生太賀吉氏の第三女子として誕生し、聖心女学院を経て英国ロスリンハウス・コレッジを卒業されました。1980年11月7日に寬仁親王とご結婚され、彬子女王と瑶子女王の2人の娘を育てられています。
2012年に寬仁親王と死別された後も、日本赤十字社名誉副総裁をはじめ、東京慈恵会総裁、日本ばら会名誉総裁、女性の健康とメノポーズ協会名誉総裁など、さまざまな役職を通じて活動されています。
2026年の公務では、全国赤十字大会、スポーツ関連行事、国賓宮中晩餐、園遊会などへのご出席が宮内庁の公式記録から確認できます。
信子さまの歩みは、麻生家に生まれ、英国で学び、皇室に入り、夫を亡くされた後も社会活動を続けるという長い経歴に支えられています。現在の姿を理解するには、華やかな皇室行事だけでなく、医療、福祉、女性の健康、スポーツ、文化などに関わる継続的な活動にも注目することが大切です。
今後の活動についても、宮内庁の公務日程や日本赤十字社をはじめとする各団体の公式発表を確認することで、信子さまの現在の役割をより正確に把握できます。
主な根拠資料: 宮内庁「三笠宮寬仁親王妃家」「三笠宮寬仁親王妃家のご活動」「令和8年ご日程」、日本赤十字社「組織概要」「令和8年全国赤十字大会」、厚生労働省の大会報告、株式会社麻生の沿革、日外アソシエーツの人物事典。