フィクトセクシュアルとは、架空のキャラクターや物語上の存在に性的に惹かれるセクシュアリティのあり方を指す言葉です。「Fセク」と略されることもあり、アニメや漫画、ゲーム、小説などに登場するキャラクターを性的な魅力の対象として認識する人々が、自身のアイデンティティを説明する際に用いています。
一方、架空のキャラクターに恋愛感情を抱くことを表す「フィクトロマンティック(Fロマ)」とは、どのような違いがあるのでしょうか。また、フィクトセクシュアルは医学的な診断名なのか、2017年頃から日本語圏で使われ始めた背景や、2020年の報道によって広まったイメージには何があるのでしょうか。
2026年現在、このテーマは単なるアニメ・漫画ファンの趣味という枠を超え、セクシュアリティ研究、クィア理論、ジェンダー論にも関係する議題になっています。社会学者の松浦優が論じる「対人性愛中心主義」や「ヒューマノジェンダリズム」も、その背景を理解するうえで欠かせません。
【基本知識】フィクトセクシュアルとは?FセクとFロマの意味・違い

フィクトセクシュアル(fictosexuality)は、フィクション(fiction)に由来する言葉で、架空のキャラクターや虚構上の存在に性的に惹かれるセクシュアリティを表します。日本語では「虚構性愛」と訳されることもあります。
対象はアニメや漫画のキャラクターだけではありません。小説の登場人物、ゲームのキャラクター、その他の創作上の存在も含まれます。そのため、フィクトセクシュアルを単純に「二次元のキャラクターが好きな人」と定義すると、本来の意味を狭めてしまいます。
また、日本語圏での用法には、主に次のような意味合いがあります。
- 架空の性的表現を愛好しながら、生身の人間には性的な惹かれを経験しないあり方。
- 一般的に性愛や恋愛として想定されるような関係を、架空のキャラクターと築きたいと感じるあり方。
- 現実の人間に対する欲望とは異なるものとして、架空の存在や創作物に性的な欲望を経験するあり方。
これらは必ずしも同一の経験ではありません。現実の人間にも惹かれる人がいれば、架空の対象にのみ惹かれる人もいます。また、キャラクターとの親密な関係を求める人だけでなく、性的な創作物や空想を楽しむことを中心とする人もいます。
つまり、フィクトセクシュアルは単一の恋愛スタイルや行動パターンを示す言葉ではなく、架空の存在への性的な惹かれを説明するための幅のある概念です。
FセクとFロマの違いは性的感情と恋愛感情フィクトセクシュアルと混同されやすい言葉に、フィクトロマンティック(fictoromantic)があります。こちらは架空のキャラクターに恋愛的に惹かれるあり方を指し、「Fロマ」と略されます。
両者の違いは、性的な惹かれと恋愛的な惹かれを区別すると理解しやすくなります。
- フィクトセクシュアル(Fセク):架空の対象に性的な魅力を感じる。
- フィクトロマンティック(Fロマ):架空の対象に恋愛的な魅力を感じる。
たとえば、あるキャラクターに性的な魅力を感じても、恋愛関係を築きたいとは思わない人がいます。反対に、キャラクターに恋愛感情を抱いていても、性的な惹かれを経験しない人もいます。
もちろん、性的にも恋愛的にも同じキャラクターに惹かれる人もいます。FセクとFロマを併せて自認することも可能です。
この区別は、アセクシュアル(Asexual)とアロマンティック(Aromantic)の違いにも通じます。性的な惹かれと恋愛的な惹かれは、必ずしも連動するものではありません。
二次元性愛とフィクトセクシュアルは完全な同義語ではないもう一つ注意したいのが「二次元性愛」という言葉です。
二次元性愛は、漫画やアニメなどに登場するキャラクターや創作物に対して、生身の人間とは異なるものとして性的な惹かれや欲望を経験するあり方を指します。
松浦優と廖希文による2024年の研究では、fictosexualityという言葉が対象とする虚構には小説の登場人物なども含まれるため、「二次元性愛」はフィクトセクシュアル全体の完全な訳語ではないと説明されています。概念上は、二次元性愛をフィクトセクシュアルの一つの領域として捉えるほうが正確です。
この違いは、フィクトセクシュアルをアニメ文化だけに限定して理解しないためにも重要です。
【医学的な位置づけ】フィクトセクシュアルは病気や診断名なのか?
医学的診断カテゴリーではなくアイデンティティフィクトセクシュアルは、医学的な診断カテゴリーではありません。
世界保健機関(WHO)の国際疾病分類ICD-11や、米国精神医学会のDSM-5-TRにおいて、フィクトセクシュアルそのものを独立した精神疾患として診断する基準は設けられていません。
この言葉の主な役割は、自分の性的なあり方を説明したり、同じような経験を持つ人々と認識を共有したりすることです。
したがって、フィクトセクシュアルであること自体を、病気や精神的な異常と結びつけることは適切ではありません。
また、性的なあり方を表すラベルを使用するために、医師の診断や専門家による認定を受ける必要もありません。
性的指向との比較で見えてくる特徴一般的な性的指向の議論では、異性、同性、複数の性別など、生身の人間に対する性的な惹かれが中心的に扱われてきました。
これに対してフィクトセクシュアルは、欲望の対象が架空の存在である点に特徴があります。
そのため、従来の性的指向の分類だけでは説明しきれない経験が存在します。
比較すると、次のように整理できます。
- 異性愛・同性愛:生身の人間に対する性的な惹かれを、相手の性別との関係で説明する。
- 両性愛:複数の性別の人に対する性的な惹かれを表す。
- アセクシュアル:性的な惹かれを経験しない、または限定的に経験するあり方を表す。
- フィクトセクシュアル:架空の対象に対する性的な惹かれを表す。
ただし、これらは必ずしも互いに排他的な分類ではありません。たとえば、現実の人間と架空のキャラクターの両方に性的に惹かれる人もいます。また、生身の人間への性的な惹かれを経験しないフィクトセクシュアルの人が、アセクシュアル・スペクトラムの一員として自分を認識することもあります。
性的指向の分類に当てはまらないことは否定の理由にならないフィクトセクシュアルをめぐる議論では、「生得的な性的指向ではないのではないか」という疑問が示されることがあります。
社会学者の松浦優は、2021年の論文「日常生活の自明性によるクレイム申し立ての『予めの排除/抹消』」で、このような議論を分析しています。
論文では、フィクトセクシュアルを性的・恋愛的な対人関係に関わる生得的な性的指向ではないとして、そのカテゴリーの正当性を疑問視する言説が取り上げられています。
一方、当事者の側からは、自分の経験を説明するための言葉としてカテゴリーを用いる意義があります。
ここで大切なのは、医学的な診断名として認められているかどうかと、本人が自分のあり方を説明するために使うアイデンティティが有効かどうかは、別の問題だということです。
【歴史と経緯】2017年から2026年までのフィクトセクシュアルの変化
フィクトセクシュアルという言葉は、日本で突然生まれたものではありません。英語圏のアセクシュアル・コミュニティにおける用法があり、その後、日本語圏にも持ち込まれました。
松浦優が2025年に公開した歴史整理によると、英語圏での古い用例から、日本での使用、一般メディアによる紹介、学術研究の進展という流れを確認できます。
フィクトセクシュアルの主な出来事と転換点| 時期 | 出来事・関係者 | 意味・影響 |
|---|---|---|
| 2005年8月 | 英語圏のAVEN掲示板での用例 | 現在確認されている古い用例の一つ。アセクシュアル・コミュニティで使用された。 |
| 2017年7月 | 松浦優のブログ記事 | 日本語圏で確認できる古い使用例。英語圏の研究を紹介した。 |
| 2018年3月 | 荻野幸太郎によるSNS上の発信 | 創作物を性的対象とする人々への偏見や周縁化が議論され、用語が広まる契機となった。 |
| 2020年8月6日 | ねとらぼ・Yahoo!ニュース共同企画 | 降谷零に恋愛感情を抱く女性の事例が紹介され、一般への認知が広がった。 |
| 2021年 | 松浦優の学術論文 | フィクトセクシュアルをめぐるウェブ言説と、アイデンティティの不可視化を分析。 |
| 2022年 | 松浦優の『ジェンダー研究』掲載論文 | 対人性愛に還元されない二次元へのセクシュアリティを理論的に考察。 |
| 2024年 | 廖希文・松浦優による『増補 フィクトセクシュアル宣言』 | 台湾の当事者運動やクィア理論との接点を紹介。 |
| 2025年 | 松浦優の「萌え絵問題」から「対人性愛問題」へ | 二次元性愛の抹消とトランスジェンダー差別の構造的な関係を論じた。 |
| 2026年 | 松浦優の新論文・研究プロジェクト | 二次元性愛をめぐる社会学的・クィア理論的研究が継続している。 |
日本語圏で確認できる古い用例として挙げられているのが、2017年7月29日に松浦優が公開したブログ記事です。
記事では、アセクシュアルの自慰や性的空想に関する研究動向が紹介され、その中でフィクトセクシュアルという言葉が取り上げられています。
背景には、英語圏のアセクシュアル・コミュニティがあります。現実の人間には性的に惹かれないものの、架空の存在には性的な惹かれを経験する人々が、自分たちの経験を説明するためにこの言葉を用いていました。
2018年3月には、荻野幸太郎によるSNS上の発信もありました。創作物を性的対象とする人々への敵意や、若い当事者が周囲から孤立する問題が取り上げられ、用語が社会的な議論と結びついていきます。
2020年:キャラクターとの結婚を扱った報道が認知を拡大大きな転換点となったのが、2020年8月6日に公開された、ねとらぼとYahoo!ニュースの共同企画「恋愛・結婚のかたち」です。
記事では、『名探偵コナン』のキャラクターである降谷零に惹かれた女性「織さん」の経験が紹介されました。
彼女はキャラクターとの関係を大切にし、ペアリングの制作やソロウェディングの撮影などを行っていました。婚姻届も用意しましたが、実際に役所へ提出する法律上の婚姻ではなく、本人の気持ちに区切りをつけるためのものでした。
この報道によって、フィクトセクシュアルという言葉は一般読者にも知られるようになります。
ただし、ここには一つ重要な問題があります。報道で取り上げられたのが「キャラクターとの恋愛・結婚」という分かりやすい事例だったため、フィクトセクシュアルはキャラクターと恋愛したり、結婚したりする人々のことだというイメージが強まったのです。
実際には、結婚を望まない人も、恋愛関係を求めない人もいます。2020年の報道は当事者の一つの経験を伝えたものであり、フィクトセクシュアル全体の代表的な姿とみなすことはできません。
【当事者の実態】フィクトセクシュアルになる理由と恋愛・結婚の多様性
フィクトセクシュアルになる理由は一つではないフィクトセクシュアルを自認する理由について、すべての人に共通する単一の原因が確立されているわけではありません。
そもそもセクシュアリティは、単純な趣味や行動だけで説明できるものではありません。本人がどのような対象に惹かれるのか、その感覚をどう理解しているのか、どのような言葉で表現したいのかによって、経験は異なります。
当事者の経験を考える際には、次のような観点が挙げられます。
- 対象への魅力:特定のキャラクターや架空の存在に、性的な魅力を感じる。
- 親密な関係への志向:キャラクターとの恋愛やパートナーシップを大切にしたいと感じる。
- 現実の人間との違い:生身の人間への惹かれと、架空の存在への惹かれを別のものとして経験する。
- 自己理解:これまで説明しにくかった自分の感覚を、フィクトセクシュアルという言葉によって整理できる。
- コミュニティとのつながり:似た経験を持つ人々と交流し、孤立感を軽減したいと感じる。
これらは考えられる経験の整理であり、すべての当事者に当てはまるものではありません。
当事者の恋愛・結婚は必ずしも法律婚を意味しない2020年のねとらぼの記事で紹介された織さんの事例は、キャラクターとの関係が日常生活にどのように組み込まれるのかを知る手がかりになります。
織さんは降谷零を好きになってから、日常の買い物や仕事の場面でも、彼ならどう考えるだろうかと思い浮かべるようになったと紹介されています。
また、ペアリングを作り、ソロウェディングを撮影し、キャラクターを自分のパートナーとして位置づけました。
興味深いのは、この関係が単なる作品鑑賞やファン活動だけにとどまらず、本人の生活や自己認識にも関係していたことです。
一方で、記事では織さんに過去の生身の男性との交際経験もあったことが紹介されています。これは、フィクトセクシュアルという言葉を使う人が、必ずしも現実の人間に一切惹かれないとは限らないことを示す一例です。
つまり、Fセクというラベルを使っているからといって、恋愛経験、性的経験、結婚観、対人関係まで一律に決まるわけではありません。
当事者の実態を理解するうえで注意したいことフィクトセクシュアルの人々については、ウェブ上の言説分析や当事者へのインタビューなど、質的な研究が行われています。
2020年に公表された国際的な研究「Fictosexuality, Fictoromance, and Fictophilia」では、71件のオンライン上の議論を分析し、架空のキャラクターへの愛着や欲望を検討しています。
また、松浦優の研究では、当事者の経験だけでなく、周囲からのスティグマや、自分の性的なあり方を説明する言葉が社会の中でどのように受け止められるかも分析対象になっています。
ただし、質的研究の結果をそのまま日本の当事者全体に当てはめることはできません。2026年時点でも、全国の当事者数や人口に占める割合を示す代表性のある統計が確立しているわけではありません。
「キャラクターと結婚する人」という一つのイメージだけで、当事者全体を理解しようとしないことが大切です。
【社会的背景】対人性愛中心主義とヒューマノジェンダリズムとは?
フィクトセクシュアルをめぐる問題を深く理解するには、本人の性的な惹かれだけでなく、社会がどのような性愛を「普通」と考えているのかを見る必要があります。
ここで重要になるのが、対人性愛中心主義とヒューマノジェンダリズムという二つの概念です。
対人性愛中心主義とは何か対人性愛(human-oriented sexuality)とは、生身の人間に性的に惹かれるあり方を指す概念です。
そして、対人性愛中心主義(human-oriented sexualism)とは、生身の人間に性的に惹かれることを、望ましい、あるいは当然あるべきセクシュアリティとみなす規範を意味します。
この考え方が強い社会では、人間以外の存在に性的な惹かれを経験する人のあり方が、十分に理解されないことがあります。
たとえば、架空のキャラクターに惹かれる人に対して、「本当はそのキャラクターの外見に似た人間が好きなのではないか」「単なるファン活動なのではないか」と解釈するケースです。
こうした説明は、必ずしも本人が経験している欲望の対象を正確に捉えているとは限りません。
松浦優は、対人性愛を当然視する社会の枠組みそのものが、フィクトセクシュアルや二次元性愛の経験を見えにくくしていると論じています。
ヒューマノジェンダリズムとは何かもう一つの重要な概念が、ヒューマノジェンダリズム(humanogenderism)です。
これは、生物種としての人間だけが正当なジェンダーを持つことができるとみなす考え方を指します。
一般的には、男性や女性というジェンダーは人間の身体や性別と結びついて理解されます。しかし、架空のキャラクターは人間とは異なる存在です。
それにもかかわらず、二次元キャラクターの性別を人間の男性・女性と完全に同じものとして扱い、キャラクターへの欲望も人間への欲望の一種だと説明してしまうと、二次元という存在の独自性が見えなくなる可能性があります。
ヒューマノジェンダリズムという概念は、このような人間中心的なジェンダーの理解を問い直すために提示されています。
二つの概念はどのように結びつくのか対人性愛中心主義とヒューマノジェンダリズムは、それぞれ性的な欲望の対象と、ジェンダーの正当性に関係しています。
両者が結びつくと、架空のキャラクターを人間の単なる表現として扱い、そのキャラクターに向けられる欲望を人間への欲望に還元する解釈が生まれます。
その結果、フィクトセクシュアルという独自のあり方が、実質的に存在しないものとして扱われる可能性があるというのが、松浦優らの議論です。
この問題は、性的創作物をめぐる社会的な論争にも関係しています。
一部の国や地域では、二次元の未成年キャラクターを描いた性的創作物について法規制が行われています。また、創作物が現実の女性や子どもの性的対象化を助長するのではないかという批判もあります。
これに対して松浦は、架空のキャラクターへの欲望を現実の人間への欲望と自動的に同一視する議論には、対人性愛中心主義とヒューマノジェンダリズムが前提として入り込んでいると指摘しています。
ただし、この理論的な批判は、個々の創作物の倫理的・社会的影響や、各国の法制度を一律に決着させるものではありません。表現の影響に関する議論と、フィクトセクシュアルというアイデンティティの存在を認める議論は、区別して考える必要があります。
【松浦優の研究と2026年の現在】フィクトセクシュアルをめぐる議論はどこへ向かう?
松浦優は何を問題提起しているのか松浦優は、フィクトセクシュアルや二次元性愛を社会学・クィア理論の観点から研究している研究者です。
九州大学大学院人間環境学府で研究を進め、2025年4月からは東京大学大学院情報学環・学際情報学府の特任研究員(日本学術振興会特別研究員PD)として活動しています。
松浦の研究で一貫しているのは、現実の人間への性愛だけを標準とする社会の仕組みを問い直すことです。
2021年の論文では、フィクトセクシュアルをめぐるウェブ上の言説を分析し、当事者の主張がどのように排除されたり、既存の「オタク」や「恋愛」という枠組みに回収されたりするのかを検討しました。
また、2022年の『ジェンダー研究』第25号に掲載された「アニメーション的な誤配としての多重見当識」では、対人性愛に還元できない二次元へのセクシュアリティが成立する可能性と、それが社会の中で不可視化される仕組みを理論的に考察しています。
2025年の論考ではトランスジェンダー差別との構造的関係を分析特に注目されるのが、2025年3月31日に公開された論文「『萌え絵問題』から『対人性愛問題』へ――二次元性愛の抹消とトランスジェンダー差別の結びつきを踏まえて」です。
国際基督教大学ジェンダー研究センターの学術誌『ジェンダー&セクシュアリティ』第20号に掲載されたこの論文では、二次元性愛が社会の中で否定される構造と、トランスジェンダー差別の間にある共通点が論じられています。
松浦が注目するのは、ジェンダーの正当性を人間の身体だけに結びつける考え方です。
トランスジェンダーの人々に対して、出生時に割り当てられた性別を唯一正当な基準とする見方が存在するのと同様に、架空のキャラクターについても、人間の身体を基準にしてジェンダーを理解しようとする発想があると分析しています。
この二つの問題は、異なる対象を扱っているように見えても、人間の身体を唯一の基準とする考え方に根差しているというのが、論文の中心的な問題提起です。
松浦は、二次元性愛の抹消と女性への抑圧が同じ構造に関係していると論じ、フェミニズムとフィクトセクシュアルの立場からの連帯を提起しています。
これはフェミニズム全体の統一見解というより、松浦が提示する理論的・政治的な提案として理解する必要があります。
2026年には二次元性愛のクィア・メディア理論へ発展2026年3月25日には、松浦優の論文「二次元性愛のクィア・メディア理論――ポストヒューマニズム的かつパフォーマティヴに生成するセクシュアリティと社会運動」が『社会学年誌』第67号に公開されました。
この研究では、二次元性愛を単に既存の性的指向の分類に当てはめるのではなく、メディアや創作物、社会運動との関係の中で生成するセクシュアリティとして捉える視点が扱われています。
加えて、日本学術振興会の科学研究費助成事業では、松浦を研究代表者とする「脱‐人間中心主義的なクィア社会学:二次元キャラクターとの性愛に関する調査から」という研究課題が進められています。
研究期間は2025年4月1日から2028年3月31日までです。二次元キャラクターをめぐる性愛や親密な関係について、社会学的な質的調査を行う計画となっています。
こうした研究の進展から、2026年のフィクトセクシュアルをめぐる議論は、単なる用語の定義を超えて、欲望の対象、人間中心主義、ジェンダー、メディア文化、社会的承認という複数の領域へ広がっていることが分かります。
2026年現在のフィクトセクシュアルを理解するための判断基準現在、フィクトセクシュアルについて情報を探したり、自分のあり方を考えたりする際には、次の点を意識すると理解しやすくなります。
- 性的な惹かれと恋愛感情を分ける:FセクとFロマは別の概念であり、必ずしも一致しません。
- 現実の人間への惹かれを決めつけない:架空の対象と現実の人間の両方に惹かれる人もいます。
- 結婚の有無を条件にしない:キャラクターとの結婚を望まない人もフィクトセクシュアルであり得ます。
- 医学的な認定を求めない:これは本人のアイデンティティを表すラベルです。
- 第三者がラベルを押し付けない:本人が自分の経験をどう説明したいかを尊重する必要があります。
自分の経験を説明する言葉としてしっくりくるなら、フィクトセクシュアルというラベルを使うことには意味があります。一方、無理に名乗る必要もありません。
重要なのは、他人が定義を押し付けるのではなく、本人の経験を尊重することです。
【フィクトセクシュアル】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:フィクトセクシュアルとFセクは同じ意味ですか?
A1:基本的には同じ意味です。フィクトセクシュアルを短くした呼び方がFセクです。架空のキャラクターや虚構上の存在への性的な惹かれを表します。
Q2:FセクとFロマは何が違いますか?
A2:Fセクは架空の対象への性的な惹かれ、Fロマは架空の対象への恋愛的な惹かれを表します。性的な惹かれと恋愛的な惹かれは別々に経験されることがあるため、両方を自認する人もいれば、片方だけを自認する人もいます。
Q3:フィクトセクシュアルは医学的な病気ですか?
A3:いいえ。フィクトセクシュアルそのものは、DSM-5-TRやICD-11に独立した精神疾患として定められているものではありません。本人のセクシュアリティやアイデンティティを説明するための言葉です。
Q4:フィクトセクシュアルの人は現実の人間を好きにならないのですか?
A4:必ずしもそうではありません。架空の対象だけに惹かれる人もいれば、現実の人間にも惹かれる人もいます。フィクトセクシュアルというラベルだけで、現実の恋愛経験や性的指向を決めつけることはできません。
Q5:フィクトセクシュアルという言葉はいつから使われていますか?
A5:英語圏では2005年のオンライン・コミュニティに古い用例が確認されています。日本語圏では2017年頃から使用されるようになり、2020年8月のねとらぼ・Yahoo!ニュース共同企画が一般への認知を広げる契機になりました。
Q6:松浦優はフィクトセクシュアルについて何を主張していますか?
A6:松浦優は、生身の人間への性的な惹かれを当然視する対人性愛中心主義や、人間だけをジェンダーの正当な基準とするヒューマノジェンダリズムを批判的に分析しています。また、二次元性愛の不可視化とトランスジェンダー差別に共通する構造を指摘し、フェミニズムとフィクトセクシュアルの連帯を提起しています。
フィクトセクシュアルとは、架空のキャラクターや虚構上の存在に性的に惹かれるあり方を表す言葉です。Fセクとも呼ばれ、恋愛的な惹かれを表すFロマとは区別されます。
日本語圏では2017年頃から用例が確認され、2020年のメディア報道によって広く知られるようになりました。しかし、キャラクターとの結婚というイメージだけでは、当事者の多様な経験を捉えきれません。
また、フィクトセクシュアルは医学的な診断名ではなく、自分のセクシュアリティを説明するためのアイデンティティです。現実の人間にも惹かれるかどうか、恋愛や結婚を望むかどうかによって、名乗る資格が決まるものでもありません。
松浦優が提起する対人性愛中心主義とヒューマノジェンダリズムは、この問題を個人の趣味や好みだけでなく、社会がどのような欲望を正当なものとして認めてきたのかという観点から考える手がかりになります。
2026年には学術論文の公開や研究プロジェクトの進展もあり、フィクトセクシュアルをめぐる議論はさらに広がっています。
今後の焦点は、単に新しい性的指向の名称を社会に認知させることだけではありません。人間への性愛を唯一の基準とせず、多様な欲望や親密な関係をどのように理解し、尊重できる社会を築くのか。その問いが、フィクトセクシュアル研究の重要なテーマになっています。