wowakaの死去から5年が経過した2024年、二人の関係を改めて感じさせる出来事があった。
それが、KADOKAWAから発売された『wowaka 歌詞集』への米津玄師の参加である。
2024年4月16日に帯コメントが公開2024年4月16日、米津玄師の公式サイト「REISSUE RECORDS」とKADOKAWAから、米津による帯コメントと寄稿文の掲載が発表された。
公開された帯コメントは、次の一文だった。
米津玄師・ハチによる帯コメント「wowakaさんと出会えてよかったです。」

――米津玄師 ハチ
非常に短い言葉だが、2019年の追悼文を読んだ人にとっては、特別な意味を持つメッセージだ。
2019年には、突然の別れに対する悲しみや無念が綴られていた。一方、2024年の帯コメントは、wowakaと出会えたこと自体への感謝を表している。
また、米津は帯コメントだけでなく、本書に寄稿文も提供した。
『wowaka 歌詞集』の内容と発売情報| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 書名 | wowaka 歌詞集 |
| 発売日 | 2024年5月11日 |
| 出版社 | KADOKAWA |
| ページ数 | 272ページ |
| 発売時の定価 | 2,640円(税込) |
| 収録内容 | ボカロ曲・ヒトリエ楽曲など80曲以上 |
| 特別収録 | 未発表楽曲「NOTOK」の歌詞 |
| 寄稿者 | じん、田淵智也、ピノキオピー、堀江晶太/kemu、米津玄師 |
本書は、wowakaのボカロPとしての初投稿から15周年となる日に発売された。
注目したいのは、ボカロP時代の作品だけでなく、ヒトリエとして発表した楽曲まで収録されている点だ。
加えて、貴重な手稿や制作メモ、レコーディング時の写真、ヒトリエのメンバーによるコメントなども掲載されている。
単なるベスト歌詞集ではなく、wowakaという音楽家の創作活動を幅広く振り返る内容になっている。
なぜ米津玄師の寄稿が注目されたのか本書には米津以外にも、じん、田淵智也、ピノキオピー、堀江晶太/kemuという、音楽シーンで活動するクリエイターが寄稿している。
彼らはいずれもwowakaと親交の深かったアーティストだ。
その中でも米津の参加が注目されたのは、2019年の追悼文によって、二人の個人的な関係が広く知られていたためだろう。
2009年に同じニコニコ動画の文化圏で活動し、2011年には同じレーベルに参加。その後も音楽活動を続けながら親交を深め、2019年に別れを経験した。
その米津が、wowakaの歌詞をまとめた書籍に言葉を寄せた。
2024年の寄稿は、二人の交流を知るうえで、2019年の追悼文と並ぶ重要な記録になっている。
【2026年現在】wowakaの音楽とヒトリエはどうなっている?
wowaka本人は2019年に亡くなったが、彼が残した音楽は現在も受け継がれている。
特に重要なのが、ヒトリエの活動だ。
ヒトリエは現在も活動を継続ヒトリエは、wowakaを中心に結成されたロックバンドである。
2019年の訃報後、残されたメンバーは活動を継続。現在はシノダ、イガラシ、ゆーまおの3人体制で音楽活動を行っている。
ヒトリエの公式プロフィールによると、2025年にはメジャーデビュー10周年記念アルバム『Friend Chord』を1月22日に発売。全国13公演、アジア6公演を巡るツアーも実施した。
また、2025年の「初音ミクシンフォニー」では、フルオーケストラとの初共演を果たし、「wowaka楽曲メドレー」や『アンノウン・マザーグース』を演奏している。
これは、wowakaが残した楽曲が、バンドの活動だけでなく、ボーカロイド音楽の文化的な遺産としても大切にされていることを示す出来事だ。
2026年もヒトリエの活動は続いているヒトリエ公式サイトでは、2026年のライブやメディア出演情報が更新されている。
公式スケジュールには、全国ツアー「HITORI-ESCAPE TOUR 2026」や、海外公演を含む「HITORI-ESCAPE ASIA TOUR 2026」が掲載されている。
また、今後の予定として、11月29日の台北公演、12月29日の「COUNTDOWN JAPAN 26/27」への出演も告知されている。
つまり、wowakaが亡くなったことでヒトリエの音楽活動そのものが終わったわけではない。
現在のメンバーが新しい音楽を制作しながら、wowakaが残した作品も大切にしている。
【プロの結論】二人の関係を理解するために知っておきたい3つのこと米津玄師とwowakaの関係を振り返ると、重要なのは次の3点だ。
1. ライバルという言葉には、尊敬が含まれていた
米津はwowakaに負けたくないと思っていた。しかし、それ以上に尊敬し、多大な影響を受けたと自ら語っている。
単純な競争関係ではなく、相手の才能を認めながら自分も前へ進もうとする関係だった。
2. ボカロPという肩書きを超えた友情があった
二人は同じ時代のクリエイターだっただけではない。活動の方向性を変えた後も、頻繁に会って酒を飲み、音楽や日常について話していた。
この点が、二人の関係を特別なものにしている。
3. 作品と記録を通じて関係が語り継がれている
2019年の追悼文、2015年の雑誌対談、2024年の歌詞集への寄稿。これらは二人の交流を裏付ける具体的な記録だ。
特に『wowaka 歌詞集』への参加は、米津が過去の友人を忘れていないという感情を、作品の形で表した出来事として受け止められる。
二人の関係を知りたい読者には、まず米津の公式ブログ「野暮」を読み、その後に『wowaka 歌詞集』を手に取ることをおすすめしたい。作品と本人の言葉を合わせて知ることで、単なるネット上の逸話では分からない二人の関係が見えてくる。
【米津玄師とwowakaの関係】よくある質問(FAQ)
Q1:米津玄師とwowakaは本当に親友だったの?
A:本当である。米津自身が2019年4月10日の公式ブログで、wowakaを「ライバルであり、親友であり、どこか兄のようでもあった」と表現している。晩年には週2〜3回ほど一緒に飲む間柄だった。
Q2:米津玄師とwowakaはどこで出会った?
A:ニコニコ動画での活動がきっかけ。米津は約10年前に同サイトで出会ったと振り返っており、その後、即売会のイベントで直接顔を合わせた。二人ともハチ、現実逃避Pとして活動していた。
Q3:米津玄師はwowakaの『ワールズエンド・ダンスホール』に影響を受けた?
A:米津は公式ブログで、初めて聴いた際に衝撃を受けたと明かしている。また、wowakaから多大な影響を受けたとも述べている。ただし、特定の米津の楽曲が同曲を直接模倣したという意味ではない。
Q4:『wowaka 歌詞集』に米津玄師は何を寄稿した?
A:2024年5月11日発売の『wowaka 歌詞集』に寄稿文を提供し、帯コメントも寄せた。帯には「wowakaさんと出会えてよかったです。」と記されている。
Q5:2026年現在、ヒトリエは活動している?
A:活動している。現在はシノダ、イガラシ、ゆーまおの3人体制。2025年には『Friend Chord』を発売し、2026年も国内外でライブ活動を続けている。
Q6:米津玄師とwowakaは一緒に曲を作ったことがある?
A:二人の公式な接点として確認できるのは、ニコニコ動画時代の交流、BALLOOMへの参加、2015年の雑誌対談などである。『アンハッピーリフレイン』はwowakaの作品であり、米津との共作アルバムではない。
米津玄師とwowakaの関係は、2009年前後のニコニコ動画から始まった。
ハチと現実逃避Pとして互いの才能を意識し、ライバルとして競い合いながら、やがて音楽活動の悩みや日常を共有する親友になった。
2019年4月5日のwowakaの急逝は、米津にとって大きな喪失だった。その思いは4月10日の公式ブログに残され、2024年の『wowaka 歌詞集』への寄稿にもつながっている。
そして2026年現在、ヒトリエは3人体制で活動を続け、wowakaの楽曲も演奏され続けている。
二人の関係を象徴する言葉は、2019年の「ライバルであり、親友であり、どこか兄のようでもあった」と、2024年の「wowakaさんと出会えてよかったです」という二つのメッセージだろう。
勝ち負けを意識するほど刺激を受けた相手であり、何気ない日常を一緒に楽しめる友人でもあった。
米津玄師とwowakaの関係は、同じ時代を駆け抜けた二人の音楽家の友情そのものだった。
そして、その友情を知る手がかりは、今も二人が残した音楽と公式の記録の中にある。