Wコロンではツッコミを担当。兵庫県神戸市出身で、ねづっちとともに即興謎かけ漫才を披露していた芸人です。
主な活動:漫才・司会・リポーター・講師
木曽さんちゅうは、1970年生まれ。大学卒業後に芸人を志して上京し、2004年にねづっちとWコロンを結成しました。
コンビでは、ねづっちがボケ、木曽さんちゅうがツッコミを担当。ねづっちが即興で謎かけを披露し、木曽がその芸を受け止めて漫才を進行するスタイルでした。
木曽さんちゅうの芸名は、大学時代に出演した素人参加番組で、格闘家の角田信朗から名付けられたものです。芸人としての下積みを経て、Wコロンのブレークによって広く知られるようになりました。
Wコロンの2人はどんな役割だった?| 人物 | コンビでの役割 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| ねづっち | ボケ | 即興謎かけ、「整いました!」 |
| 木曽さんちゅう | ツッコミ | 謎かけを受ける進行役、漫才の掛け合い |
この役割分担が、Wコロンの特徴でした。
特に、ねづっちの謎かけが注目される一方、木曽さんちゅうも漫才の相方としてステージを支えていました。コンビの人気をねづっち一人の実績だけで説明するのは、当時の活動を正確に捉えた見方とはいえません。
【Wコロンの歴史】2004年の結成から2015年の解散まで

は、2004年に結成されました。
結成当初から即興の謎かけを取り入れた漫才を披露し、2010年に「整いました!」という決めぜりふとともに大きな注目を集めます。
同年には「整いました!」がユーキャン新語・流行語大賞のトップ10入りを果たしました。第27回浅草芸能大賞の新人賞も受賞しており、当時の活躍は芸能界でも広く認知されていました。
Wコロンの結成・解散に関する重要年表| 年月 | 出来事 | 内容 |
|---|---|---|
| 2004年 | Wコロン結成 | ねづっちと木曽さんちゅうがコンビを結成 |
| 2010年 | ブレーク | 「整いました!」が流行語大賞トップ10入り |
| 2014年8月 | 不仲を公表 | 「行列のできる法律相談所」で関係悪化を告白 |
| 2014年9月 | 解散を否定 | イベントで当面の解散を否定 |
| 2015年3月31日 | コンビ解散 | Wコロンとしての活動を終了 |
| 2015年4月1日 | 解散発表 | 所属事務所が公式サイトで発表 |
| 2018年1月 | ケンメリ結成発表 | 木曽さんちゅうが塩田忠道と新コンビを結成 |
Wコロンの解散日は、2015年3月31日です。
所属事務所のプロデューサーハウスあ・うんが、翌4月1日に公式サイトで解散を発表しました。
発表では、ねづっちと木曽さんちゅうの両名がコンビを解散し、それぞれピン芸人として活動することが伝えられています。
ねづっちは自身のブログでも解散を報告し、これまでの応援への感謝と、今後は一人で活動していく意向を表明しました。
つまり、突然テレビから姿を消したことで解散が判明したのではありません。所属事務所による正式な発表があり、本人たちもそれぞれの活動方針を示していました。
【解散理由の真相】ねづっちと木曽さんちゅうの不仲は本当だった?
Wコロンの解散を語るうえで避けられないのが、2人の不仲問題です。
実際、解散の約7か月前にあたる2014年8月、テレビ番組でコンビ仲の悪さを公に認めています。
当時の報道をたどると、単なる一時的な口論ではなく、人気の偏りや仕事に対する考え方、互いへの不満が積み重なっていたことが分かります。
2014年8月「行列のできる法律相談所」で不仲を告白2014年8月17日放送の日本テレビ系『行列のできる法律相談所』に出演した2人は、コンビ仲について率直に語りました。
ねづっちは、コンビの関係が非常に悪いことを認め、木曽さんちゅうから嫉妬されているという趣旨の不満を説明しました。
一方、木曽さんちゅうは、ねづっちについて、人気が出てから態度が変わったように見えると反論しています。
加えて、ねづっちは一人で出演する仕事に木曽さんちゅうが同行した際の不満を話し、木曽もそれに反発。番組内で激しい言い合いになりました。
当時のデイリースポーツも、このやり取りを詳しく報道しています。
不仲の原因は嫉妬だけではなかった2人の主張を整理すると、問題は大きく分けて次の3点に集約できます。
1.ねづっちへの人気集中
2010年のブレーク以降、Wコロンの看板としてねづっちの謎かけが注目されるようになりました。
コンビとして活動していても、テレビやメディアではねづっちの芸が中心になる場面が増えました。
ねづっちは木曽さんちゅうから嫉妬されていたと説明し、木曽さんちゅうは自身の立場から別の見方を示しています。
2.仕事に対する姿勢の違い
木曽さんちゅうは、ねづっちの態度が上から目線に見えることがあったと指摘しました。
一方、ねづっちは木曽さんちゅうの仕事への関わり方に不満を持っていたと説明しています。
このように、どちらか一方だけが原因を作ったというより、仕事に対する価値観の違いが関係を難しくしていた様子がうかがえます。
3.年齢や上下関係をめぐる衝突
2015年6月に放送された日本テレビ系『芸人報道』では、ねづっちが解散直前の状況を振り返りました。
ねづっちによれば、意見がぶつかった際、木曽さんちゅうから年齢を理由に話を終わらせられることがあったといいます。
ねづっちは、コンビは対等な立場で意見をぶつけ合うべきだと考えていたようです。
解散を切り出したのはどちら?ここは、解散理由を理解するうえで要点です。
2015年6月1日放送の『芸人報道 緊急1時間スペシャル』で、ねづっちは解散を切り出した経緯を説明しました。
本人の説明によると、木曽さんちゅうは自分から解散を言い出すことはないと考えていたため、ねづっち自身が解散を提案したそうです。
その際、木曽さんちゅうはすぐに了承したと報じられています。
一方、木曽さんちゅうは解散発表の翌日、自身のFacebookに複雑な心境を投稿していました。
スポニチの2015年4月2日の報道によると、木曽さんちゅうは当初、今回の結果をできる限り避けたかったという趣旨の説明をしていました。
しかし、その日のインターネット放送では、解散後の心境について「気分はとってもすがすがしい」と話しています。
加えて、ファンからの再結成を望む声に対しても、復活には否定的な姿勢を示しました。
解散理由について分かっていること2人の発言を総合すると、Wコロンの解散には、人気の偏り、仕事への考え方、相互不信、コミュニケーション不足など複数の問題が重なっていたと考えられます。
ただし、所属事務所の解散発表そのものは、具体的な理由を公表したものではありません。
したがって、「木曽さんちゅうの嫉妬だけが解散原因だった」と断定するのは正確ではありません。ねづっちと木曽さんちゅうの双方が、異なる立場から不満を語っていたことが、当時の報道から確認できます。
【2026年最新】ねづっちと木曽さんちゅうは現在何をしている?
Wコロン解散後、2人は別々の道を歩んでいます。
2026年現在も、どちらかが芸能活動を完全に辞めたわけではありません。それぞれの得意分野を生かして仕事を続けています。
ねづっちの現在はピン芸人・漫談家1975年2月18日生まれ。東京都日野市出身。
即興謎かけを得意とし、現在も寄席、テレビ、ラジオ、ライブなどで活動しています。
ねづっちは、Wコロン解散後も代名詞である謎かけを中心に活動を継続しています。
現在の所属先であるプロデューサーハウスあ・うんの公式プロフィールでは、以下の活動が紹介されています。
- J:COM足立「ねづっちぃ散歩」
- 日本テレビ「笑点」
- NHKラジオ「真打ち競演」
- TBSラジオ「ナイツのちゃきちゃき大放送」
- YouTube「ねづっちチャンネル」「毎日ねづっち」
- TikTok「ねづっち公式」
- 寄席や定期ライブへの出演
特に注目したいのは、2024年の受賞歴です。
ねづっちは、令和5年度(第74回)芸術選奨文部科学大臣新人賞の大衆芸能部門を受賞しました。
2010年のブレークから10年以上が経過しても、謎かけを中心とする芸が評価されていることを示す実績です。
2026年11月には、落語芸術協会の公式プロフィールに浅草演芸ホールへの出演予定や、11月21日の「ねづっち春風亭昇也二人会」などが掲載されています。
テレビで見かける機会だけで活動状況を判断するのではなく、寄席やライブでの継続的な活動にも注目したいところです。
木曽さんちゅうの現在はMC・講師・芸人
木曽さんちゅう
Wコロン解散後も芸能活動を継続。司会、イベントMC、リポーター、俳優、コミュニケーション講師など、活動領域を広げています。
木曽さんちゅうは、解散後にピン芸人として活動を始めました。
その後、漫才だけに活動を限定せず、司会やイベント進行、リポーター、講師など複数の仕事を展開しています。
現在掲載されている講師プロフィールでは、コミュニケーショントレーナーとして、大学やビジネススクールで講義を担当する活動も紹介されています。
主な講義テーマは次のとおりです。
- 大喜利から学ぶ発想力
- アイスブレイクの技術
- プレゼンテーションの極意
- 緊張しない話し方
- ツッコミを活用したコミュニケーション
- 謎掛け式のトーク術
また、東京理科大学の教職教育センター、経営学部、オープンカレッジで講師を務めるプロフィールも掲載されています。
芸人として身につけた話術を、企業研修や教育の分野に生かしている点は、解散後の大きな変化です。
Wコロン時代の経験が、漫才以外の仕事にもつながっていることが分かります。
【新コンビの真相】木曽さんちゅうと塩田忠道のケンメリとは?
メンバー:木曽さんちゅう、塩田忠道
M-1グランプリ公式サイトにもコンビ情報が掲載されています。
木曽さんちゅうの解散後の活動を調べると、必ず登場するのが「ケンメリ」というコンビです。
これは、ねづっちと再結成したWコロンではありません。
木曽さんちゅうが、塩田忠道と新しく組んだ漫才コンビです。
ケンメリの結成時期とメンバー2018年1月11日、木曽さんちゅうは新コンビ「ケンメリ」として活動することを発表しました。
当時の報道によると、浅草東洋館から塩田忠道と漫才コンビとして活動を始めることを本人がSNSで報告しています。
木曽さんちゅうは、従来の司会などの仕事に加えて、演芸場では漫才師として活動する意向を示していました。
一方、M-1グランプリの公式コンビ情報では、ケンメリの結成年は2017年6月29日と登録されています。
これは、コンビの登録上の結成年と、2018年1月11日の活動発表という違いです。
塩田忠道とはどんな人物?塩田忠道は、ケンメリで木曽さんちゅうとコンビを組む芸人です。
M-1グランプリ公式サイトでは、ケンメリのメンバーとして木曽さんちゅうとともに掲載されています。
したがって、木曽さんちゅうの現在の漫才活動を調べる場合には、塩田忠道という名前も押さえておく必要があります。
2025年にもケンメリとしての活動が確認できる2025年4月には、芸人の金谷ヒデユキが自身の公式ブログで、浅草東洋館の楽屋で漫才コンビ「ケンメリ」の木曽さんちゅうと会ったことを紹介しています。
これは、Wコロン解散後も木曽さんちゅうが漫才の現場に関わっていたことを示す具体的な記録です。
2026年現在、M-1グランプリ公式サイトにもケンメリのコンビ情報は掲載されています。ただし、掲載情報だけで2026年の公演頻度や継続的な出演状況まで確定することはできません。
少なくとも、木曽さんちゅうがWコロン解散後に新たな相方と漫才に取り組んできた経緯は確認できます。
【誤解を解消】Wコロンは再結成した?元相方との現在の関係
ねづっちと木曽さんちゅうについては、解散後もさまざまな疑問が検索されています。
特に多いのが、再結成の可能性や現在の2人の関係です。
Wコロンは現在も活動している?いいえ。Wコロンは2015年3月31日付で解散しています。
木曽さんちゅうがケンメリを結成したことや、ねづっちがピン芸人として活動していることは、Wコロンが存続していることを意味しません。
現在の活動形態は明確に分かれています。
- ねづっち:ピン芸人・漫談家
- 木曽さんちゅう:芸人・MC・講師など
- ケンメリ:木曽さんちゅうと塩田忠道のコンビ
2014年から2015年にかけて、2人が不仲だったことは本人たちの発言や当時の報道で確認できます。
ただし、当時の対立をそのまま2026年現在の関係に当てはめることはできません。
解散後の2人が現在どの程度交流しているのか、私的な関係がどう変化したのかについては、継続的な公式発表や具体的な情報が十分に示されていません。
そのため、現在も絶縁状態だと断定する根拠はありません。
Wコロンの再結成はある?2026年11月現在、Wコロンの再結成を正式に発表した情報は確認できません。
また、解散直後の2015年4月には、木曽さんちゅうがコンビ復活に否定的な心境を語っていました。
当時の発言は解散直後のものであり、現在の意思を直接示すものではありませんが、少なくとも解散後すぐに再結成へ向かう状況ではなかったことが分かります。
【プロの結論】Wコロン解散から見える2人のキャリアの違いWコロンの歴史を振り返ると、興味深いのは解散後のキャリアの方向性です。
ねづっちは、即興謎かけという強い個性を磨き続け、寄席や漫談、YouTubeなどに活動の軸を広げました。2024年には芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞しています。
一方の木曽さんちゅうは、漫才を続けながらMC、司会、講師、コミュニケーション教育などに活動の幅を広げています。
この違いは、2人の芸人としての強みが異なっていたことを示しています。
ねづっちの強みは、瞬時に言葉を組み合わせて笑いを生み出す発想力です。木曽さんちゅうの強みは、場を進行し、相手の言葉を受け止めながら会話を成立させる力にもあります。
Wコロンでは、この2つの能力が漫才という一つの形に組み合わさっていました。
解散後は、それぞれが自分の強みを別の舞台で生かす道を選んだのです。
読者が2人の現在を調べる際には、次の3つを区別すると情報を整理しやすくなります。
- Wコロン時代の情報: 2004年の結成から2015年3月31日の解散まで。
- ねづっちの現在: ピン芸人、漫談家としての活動と受賞歴。
- 木曽さんちゅうの現在: ケンメリ、司会、講師などの活動。
この区別こそが、元相方の現在を正しく理解するための判断基準です。
【ねづっちの相方】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ねづっちの元相方は誰ですか?
A1:木曽さんちゅうです。2004年にWコロンを結成し、ねづっちがボケ、木曽さんちゅうがツッコミを担当していました。
Q2:Wコロンはいつ解散しましたか?
A2:2015年3月31日付で解散しました。所属事務所が翌4月1日に公式発表しています。
Q3:Wコロンの解散理由は不仲だったからですか?
A3:不仲は本人たちが認めています。人気の偏り、仕事への考え方、年齢や上下関係をめぐる意見の衝突などが報道されました。ただし、公式発表で単一の解散理由が示されたわけではありません。
Q4:木曽さんちゅうは現在も芸人ですか?
A4:はい。芸人としての活動を続けながら、司会、MC、リポーター、コミュニケーション講師なども務めています。
Q5:木曽さんちゅうの新しい相方は誰ですか?
A5:塩田忠道です。2人は「ケンメリ」という漫才コンビとして活動を始めました。
Q6:ねづっちと木曽さんちゅうは再結成しましたか?
A6:2026年11月現在、Wコロンの再結成は正式発表されていません。ねづっちはピン芸人、木曽さんちゅうはケンメリなど別の活動を展開しています。
ねづっちの相方は、2004年にWコロンを結成した木曽さんちゅうです。
「整いました!」で2010年にブレークした2人でしたが、人気の偏りや仕事に対する考え方の違いなどから関係が悪化。2014年にはテレビ番組で不仲を公表し、2015年3月31日にコンビを解散しました。
その後の歩みは、それぞれ異なります。
- ねづっち: ピン芸人として謎かけや漫談を継続。2024年には芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。
- 木曽さんちゅう: 塩田忠道とケンメリを結成し、漫才やMC、講師など幅広く活動。
- Wコロン: 2015年に解散しており、2026年現在、再結成の正式発表はない。
かつて同じ舞台に立っていた2人は、現在、それぞれの持ち味を生かした活動を続けています。
Wコロンの解散は一つのコンビの歴史の終わりでしたが、2人の芸人人生そのものが終わったわけではありません。ねづっちの謎かけと木曽さんちゅうの話術は、異なる形で現在にも受け継がれています。