布施明のNHK紅白歌合戦への出場回数は、2025年の第76回を終えた時点で通算26回です。
インターネット上で「25回」と「26回」の両方が見つかるのは、記録を集計した時点が異なるためです。
- 25回: 1967年から2009年までの出場回数。
- 26回: 2025年の16年ぶりの復帰を加えた通算回数。
布施明の公式プロフィールには、2009年の第60回までの記録として25回と掲載されています。一方、2025年11月14日に発表された第76回への出場については、各報道機関が26回目と伝えています。したがって、2026年に布施明の紅白出場回数を紹介する場合は、26回とするのが正確です。
1967年から2025年までの出場実績初出場は1967年の第18回。20歳で「恋」を歌い、以後1980年まで14年連続で出場しました。
その後も1987年、1990年、2000年、2003年と復帰を重ね、2009年までに25回の出場を記録しています。
2025年は16年ぶりの復帰となり、通算26回に到達しました。
この記録で注目したいのは、単純な出場回数だけではありません。長期間にわたって第一線で歌い続けながら、自ら出演枠を譲る決断をし、その後、記念すべき年に再び紅白の舞台に立ったというキャリアの歩みです。
【歴代歌唱曲一覧】1967年の「恋」から2025年の「MY WAY」まで全26回

布施明の紅白出演を振り返るうえで欠かせないのが、時代ごとに変化してきた歌唱曲です。
初期には「愛の園」「バラ色の月」などのヒット曲を披露し、1970年代には「シクラメンのかほり」「君は薔薇より美しい」といった代表曲を紅白の舞台で歌いました。
1980年代後半以降は、過去のヒット曲を再び披露する機会も増えています。
以下が、1967年から2025年までの全出場記録と歌唱曲です。
出典:布施明公式プロフィール、紅白歌唱記録の公開資料、2025年の出演報道をもとに整理。
初期14年連続出場が示す人気と存在感1967年に初出場した布施明は、1980年まで14年連続で紅白に出演しました。
この時期は、歌謡曲やポップスが家庭のテレビを通じて幅広い世代に親しまれていた時代です。
布施明は、単にヒット曲を歌うだけの歌手ではありませんでした。
1970年の「愛は不死鳥」では、両手を広げた際に長いフリンジが揺れる印象的な衣装を着用。1972年には電飾を施した薔薇を衣装に取り入れるなど、視覚的な演出にも力を入れていました。
音楽情報を扱うKerseeの紅白特集でも、当時の衣装や演出、出演順が詳しく取り上げられています。
また、1969年の「バラ色の月」、1973年の「甘い十字架」、2008年の「君は薔薇より美しい」では、白組トップバッターを務めました。紅白の序盤を盛り上げる役割を複数回担ったことも、長年の存在感を示すエピソードです。
「シクラメンのかほり」は紅白でも繰り返し歌われた代表曲
「シクラメンのかほり」
1975年に大ヒットした布施明の代表曲。小椋佳が作詞・作曲を手がけ、日本レコード大賞の大賞を受賞した作品です。
紅白では1975年の初披露に加え、1990年、2000年にも歌われました。
同じ楽曲が時代を隔てて選ばれたことからも、この曲が布施明のキャリアを象徴する作品として定着していたことが分かります。
特に1975年は、日本レコード大賞の大賞、日本歌謡大賞の大賞などを受賞した重要な年でした。本人の公式プロフィールにも、当時の受賞実績が記録されています。
「君は薔薇より美しい」は複数回披露された人気曲
「君は薔薇より美しい」
1979年の紅白初披露以降、2003年、2007年、2008年にも選曲された代表曲です。
この曲の特徴は、伸びやかな高音と、サビに向かって力強さを増す歌唱表現にあります。
2007年と2008年には2年連続で歌唱しており、特に2008年は白組のトップバッターを務めました。
「シクラメンのかほり」が1970年代の代表的なヒット曲として親しまれているのに対し、「君は薔薇より美しい」は布施明の歌唱力を象徴する楽曲として、幅広い世代に知られています。
【2009年の勇退理由】後進に道を譲る決断の背景とは?
布施明が紅白を離れる決断をしたのは、2009年の第60回NHK紅白歌合戦でした。
このときまでに通算25回出場しており、長年にわたって紅白を支えてきたベテラン歌手の突然の勇退宣言は、大きな話題になりました。
しかし、勇退の理由は歌手活動そのものからの引退ではありません。
中心にあったのは、紅白のポップス部門における出場枠と、若い世代への配慮でした。
自分の出場枠を若手に譲りたいという考え2025年11月のスポニチアネックスの報道では、2009年当時の布施明の発言として、ポップス部門の枠が限られていることへの問題意識が紹介されています。
布施明は、長く出場してきた自分が枠を占め続けるより、若く頑張っている歌手に紅白の舞台を経験してほしいという意向を示していました。
また、当時はJ-POPという新しい音楽ジャンルが存在感を増していた時代です。
布施明が歌ってきた洋楽の影響を受けた王道ポップスと、新しい世代の音楽との間には、音楽シーンの変化もありました。
自分の出場を続けることだけを優先せず、次の世代に機会を渡すという考えは、長年紅白に出演してきた歌手だからこその判断だったと考えられます。
「卒業」ではなく「勇退」という表現を選んだ理由2009年の出演を最後に、布施明は紅白を勇退しました。
この表現については、2018年5月の日刊スポーツの報道でも本人の振り返りが紹介されています。
布施明は、フジテレビ系「ノンストップ!」に出演した際、勇退という言葉を選んだことについて、ユーモアを交えて説明していました。
また、当時のNHK側に自分の出場枠を譲りたいと申し出て、了承されたことも明かしています。
重要なのは、本人が紅白への出演を永久に拒否したわけではなかったことです。
実際、2018年の番組出演時には、司会者から将来的な復帰の可能性を指摘され、笑いを交えて反応していました。
2009年の決断は、歌手活動の終着点ではなく、紅白という番組に対する自分なりの役割を考えたうえでの選択だったのです。
【2025年の紅白復帰】16年ぶりの出演を決めた理由と「MY WAY」
2025年11月14日、布施明の公式サイトは第76回NHK紅白歌合戦への出場決定を発表しました。
2009年を最後に紅白から離れていたため、復帰は実に16年ぶり。通算26回目の出場となりました。
復帰の背景には、2025年に迎えたデビュー60周年という大きな節目がありました。
復帰を決めたのはデビュー60周年とファンからの声布施明の公式サイトには、2025年の紅白出場を決めた理由が掲載されています。
公式発表では、2009年以降、ファンから毎年のように紅白出演について問い合わせが寄せられていたことが説明されています。
加えて、デビュー60周年の年には、これまで以上に多くの人から出演の声がかかったとしています。
公式発表の趣旨を示す言葉は次のとおりです。
「後進に道を譲るという意味から」
これは2009年の勇退について説明した言葉です。2025年には60周年という特別な節目を迎え、多くの人の期待に応える形で復帰を決断しました。
2025年は紅白復帰だけが特別だったわけではありません。
5月には初めて日本武道館でデビュー60周年記念コンサートを開催。長年の音楽活動を振り返る大きな公演となりました。
60周年の締めくくりとして紅白の舞台に立つという流れは、本人のキャリアにとっても象徴的な出来事でした。
2025年12月31日に披露した曲は「MY WAY」2025年12月19日、布施明の公式サイトは紅白で披露する楽曲を発表しました。
選ばれたのは、「MY WAY」です。
第76回NHK紅白歌合戦の本番では、78歳となった布施明がこの名曲を情感豊かに歌い上げました。
オリコンの2025年12月31日の報道によれば、紙吹雪が舞うステージで、ハープやストリングス、ホーンを取り入れたアレンジとともに披露されました。
16年ぶりの復帰でありながら、長年培ってきた歌唱力を示すパフォーマンスとなりました。
「MY WAY」は紅白で何回歌われた?3回と4回の表記差ここにも、記録を調べる際に注意したいポイントがあります。
2025年の「MY WAY」について、一部の報道では3度目と紹介されています。一方、オリコンは4度目と報道しています。
過去の歌唱記録を時系列で並べると、次のとおりです。
- 1972年:第23回「マイ・ウェイ」
- 2004年:第55回「MY WAY」
- 2009年:第60回「MY WAY」
- 2025年:第76回「MY WAY」
1972年の初披露を含めれば、2025年は通算4度目です。
日刊スポーツの記事では2004年と2009年の歌唱に触れたうえで3度目と記載されていますが、1972年の記録も含めると4度目という計算になります。オリコンも4度目と伝えています。
「MY WAY」はフランク・シナトラの歌唱でも知られる楽曲です。
人生を振り返り、自分の道を歩んできたことを歌う内容は、60年のキャリアを経て紅白に戻った布施明の姿とも重なります。
2025年の選曲は、単に知名度の高い楽曲を再び披露したというだけでなく、16年間の空白を経た復帰の象徴としても印象的でした。
【2026年最新情報】布施明の現在の活動と今年の紅白出場の可能性
2025年の紅白復帰を経て、2026年も布施明は音楽活動を続けています。
公式サイトではコンサート情報や新しい公演の発表が続いており、ライブを中心とした活動が確認できます。
2026年はライブツアー「うた語り思の道」を開催2026年6月5日、布施明の公式サイトは「AKIRA FUSE LIVE TOUR 2026-2027」の開催を発表しました。
ツアーの名称は、「うた語り思(おもい)の道」です。
2026年11月1日時点で公式サイトに掲載されている主な今後の予定は次のとおりです。
- 2026年11月12日:LINE CUBE SHIBUYA(東京)
- 2026年12月15日:ロームシアター京都
- 2026年12月25日:2026 Christmas Dinner Show
- 2027年2月14日:東京エレクトロンホール宮城
- 2027年2月28日:Niterra日本特殊陶業市民会館
- 2027年3月9日:札幌文化芸術劇場 hitaru
- 2027年3月20日:福岡サンパレスホテル&ホール
- 2027年3月31日:フェスティバルホール
加えて、2026年9月30日には東京での追加公演も発表されました。
会場はNHKホールで、開催日は2027年4月8日です。
かつて紅白の舞台に何度も立ったNHKホールで、今度は自身のコンサートを開催する予定となっています。
2026年の新しい活動にも注目2026年の公式情報では、ライブ活動のほかにも、ジャズ企画「SOMETHING JAZZY 2026」やライブ盤CDの発売などが確認できます。
また、2025年には新曲「Voyage<旅路>」「旅のいのり」の配信も行われました。
これらの動きからは、過去のヒット曲を歌うだけでなく、新しい音楽活動にも取り組んでいることがうかがえます。
2026年の第77回紅白にも出場する?最も気になるのが、2026年12月31日の第77回NHK紅白歌合戦への出場です。
2026年11月1日時点では、布施明の出場は正式発表されていません。
NHKの第77回紅白歌合戦の観覧募集に関する公式案内では、出演者について「決定次第、放送や番組ホームページなどでお知らせします」と案内されています。
つまり、2025年の復帰実績があるからといって、2026年の連続出場が決まっているわけではありません。
2026年の出演を判断する際には、次の3点を区別する必要があります。
- 確定情報: 2025年に16年ぶりの紅白復帰を果たした。
- 現在の活動: 2026年から2027年にかけてライブツアーを開催している。
- 未確定情報: 2026年の第77回紅白への出場と歌唱曲。
出場歌手の正式発表が行われるまでは、出演決定とすることはできません。
【プロの結論】布施明の紅白復帰が示した歌手としての価値
布施明の紅白出場歴を振り返ると、単に26回という数字だけでは説明できないキャリアの特徴が見えてきます。
特に重要なのは、2009年の勇退と2025年の復帰が、矛盾する行動ではないという点です。
1. 出場回数よりも出演の意味が変化している1967年の初出場から1980年までの14年連続出場は、当時の人気と歌手としての勢いを象徴しています。
その後は出場間隔が空きながらも、代表曲を携えて紅白に戻ってきました。
2009年には後進に道を譲るという判断を行い、2025年には60周年という特別な節目に再び出演しました。
この変遷は、長く活動する歌手がテレビ番組との距離感を自ら調整してきた例として興味深いものです。
2. 代表曲が世代を超えて受け継がれている「シクラメンのかほり」「君は薔薇より美しい」「MY WAY」は、いずれも布施明の紅白出場歴を象徴する楽曲です。
何度も選ばれた曲には、当時のヒットという価値だけでなく、時間が経過しても聴きたいと思わせる魅力があります。
特に2025年の「MY WAY」は、1972年、2004年、2009年に続く4度目の披露でした。
同じ楽曲を異なる年代に歌い続けることは、歌手自身の声や表現の変化を感じられる機会でもあります。
3. 2026年は紅白出演の有無よりも音楽活動の継続に注目2026年の布施明は、ライブツアーや新しい公演を通じて活動を続けています。
紅白への出演があるかどうかは、今後のNHKの正式発表を待つ必要があります。
ただし、紅白に出演するかどうかだけで、現在の歌手としての価値を評価する必要はありません。
60年以上にわたって歌い続け、78歳となった現在も全国規模のコンサート活動を続けていること自体が、大きな実績です。
【布施明の紅白】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:布施明の紅白出場回数は25回と26回のどちらですか?
A1:2025年の第76回NHK紅白歌合戦を含めると通算26回です。2009年の第60回までの出場回数が25回だったため、古いプロフィールや資料には25回と記載されている場合があります。
Q2:布施明の紅白初出場は何年で、歌った曲は何ですか?
A2:1967年の第18回NHK紅白歌合戦です。当時20歳で、初出場曲は「恋」でした。その後1980年まで14年連続で出演しました。
Q3:布施明はなぜ2009年に紅白を勇退したのですか?
A3:ポップス部門の出場枠が限られていることを踏まえ、自分の枠を若い歌手に譲りたいと考えたためです。歌手活動そのものを引退したわけではありません。
Q4:布施明は2025年の紅白で何を歌いましたか?
A4:第76回NHK紅白歌合戦では「MY WAY」を披露しました。2009年以来16年ぶり、通算26回目の出場でした。
Q5:「MY WAY」は紅白で何回歌われていますか?
A5:1972年、2004年、2009年、2025年の合計4回です。2025年の披露は通算4度目に当たります。
Q6:布施明は2026年の紅白にも出場しますか?
A6:2026年11月1日時点では、第77回NHK紅白歌合戦への出場は正式発表されていません。NHKの出場歌手発表を待つ必要があります。
Q7:2026年現在、布施明はどのような活動をしていますか?
A7:公式サイトでは「AKIRA FUSE LIVE TOUR 2026-2027 うた語り思の道」などの公演情報が掲載されています。2026年11月以降も東京や京都などでの公演が予定されています。
布施明の紅白出場歴は、1967年の「恋」から始まり、1975年の「シクラメンのかほり」、1979年の「君は薔薇より美しい」など、数々の名曲とともに歩んできました。
2009年には25回目の出場を区切りとして、後進に道を譲るために勇退。そして2025年、デビュー60周年を記念して16年ぶりに紅白へ復帰し、「MY WAY」を披露しました。
これによって通算出場回数は26回となりました。
2026年11月1日時点では、第77回紅白への出演は未発表ですが、本人はライブツアーを中心に精力的な音楽活動を続けています。
布施明の紅白史を理解するうえで押さえておきたいのは、出場回数の多さだけではありません。自ら出演枠を譲る決断をしながらも、60周年という節目にファンの期待に応えて戻ってきたことです。
1967年の初出場から2025年の復帰まで、58年の時間をつないだ26回のステージ。 その記録は、日本のポップス史を歩んできた一人の歌手の足跡そのものです。
2026年以降も、布施明がどのような歌声とステージを届けてくれるのか、引き続き注目されます。