フェニックスの光事件をさらに複雑にしたのが、当時のアリゾナ州知事ファイフ・シミントンの対応だった。彼は1991年から1997年まで州知事を務め、事件当時も州政府のトップだった人物だ。
1997年の宇宙人記者会見は何だったのか1997年6月、シミントンはフェニックスの光について州による調査を行う意向を示した。ところが、その後の記者会見では、事件の解決につながる重要人物が見つかったかのように演出し、側近のジェイ・ハイラーを宇宙人の衣装で登場させた。
これは本格的な調査結果の発表ではなく、UFO騒動を茶化すための演出だった。AP通信が当時報じた記事によると、シミントンは記者たちに対し、深刻に受け止めすぎているという趣旨の発言をしている。この対応は、目撃者や追加調査を求める市議会議員らの間で反発を招いた。
フェニックス・ニュータイムズの2025年の回顧記事でも、この記者会見は事件後の政治的な混乱を象徴する出来事として紹介されている。
2007年、元知事が自分自身の目撃を認める事件から10年後の2007年3月、シミントンはCNNの取材で、自分も1997年3月13日の夜に大型の飛行物体を見たと明かした。
彼の説明によれば、サニースロープ地区付近にいたとき、西の空にある遠方の光を見ようとしたところ、スクウォー・ピーク付近を通過する大きなデルタ型、あるいはくさび型の物体が現れた。物体は音を立てず、谷の上を通って南東方向へ進んだという。
「論理では説明できず、自分の現実認識に疑問を投げかけるものを見た」
— ファイフ・シミントン元アリゾナ州知事の発言。2007年のCNN報道で紹介された内容の日本語訳。
シミントンは、軍人としての経歴や航空機に関する経験を踏まえ、目撃したものは通常の航空機には見えなかったと説明した。CNNの2007年3月21日のインタビューでは、地球外の宇宙船だった可能性にも言及している。
ただし、これは10年後に公表された個人の回想であり、機体の正体を確定する政府の調査結果ではない。政治家としての発言の影響力と、証拠としての確実性は分けて評価する必要がある。
米空軍ルーク基地の回答とF-15迎撃説軍の関与をめぐっては、米空軍ルーク基地の1997年5月1日付の回答文書も重要だ。
同基地は、事件当日のF-16は通常の訓練任務に従事しており、フェニックスで報告された光には関与していないと説明した。また、同基地の関係者が照明弾を原因として公式に説明したという話についても否定している。
ここで注意したいのは、ルーク基地が否定したのは自基地の航空機の関与だということだ。メリーランド州空軍州兵のA-10が別の訓練任務を行っていたという説明とは、必ずしも矛盾しない。
また、事件後にはF-15戦闘機が巨大な飛行物体を迎撃したという話も広まった。NUFORCの1997年の報告には、ルーク基地からF-15が出動し、謎の物体を追跡したという電話情報が記録されている。
しかし、NUFORC自身が、その情報を裏付ける資料を確認できなかったと説明している。飛行機の出動、レーダーの異常、基地の封鎖などの話は、具体的な内容を伴っていたものの、独立した証拠によって確認されたわけではない。したがって、F-15迎撃説を確定した軍事記録として紹介するのは誤りだ。
【2026年最新】フェニックスの光が今も未解明とされる理由

2026年11月現在、フェニックスの光事件は「すべてが謎のまま」という状態ではない。一方で、全目撃を一つの原因で説明できる決定的な公的調査結果も確認されていない。
未解明の理由1:二つの目撃現象の記録が異なる最大の理由は、午後8時台の移動する編隊と、午後10時ごろの静止して見える光列が、異なる証拠に基づいていることだ。
後半の光列には家庭用ビデオ映像があり、照明弾の投下記録に関する軍関係者の説明や、山並みとの位置関係を使った映像解析もある。それに対して、前半のV字編隊は目撃証言への依存度が高く、映像だけで飛行物体の構造や正確な高度を確定することが難しい。
しかも、当時の証言は必ずしも一致していない。光の数が5個だったという人もいれば、7個以上だったという人もいる。赤橙色、白色、黄色という色の違いや、静止して見えたという証言と高速で移動したという証言もある。複数の地点からの報告をすべて同一の物体に結びつけるには、時間と位置の照合が欠かせない。
未解明の理由2:軍の記録と目撃証言が完全には照合されていない1997年当時、軍関係者から訓練についての説明が出たものの、一般公開された資料だけでは、すべての目撃時刻と航空機の位置を一対一で照合できない。
特に、照明弾の投下が確認されたからといって、午後8時台にどの航空機がどの経路を飛んだのかまで自動的に確定するわけではない。ミッチ・スタンリーの望遠鏡観察や、当時のA-10部隊の展開情報は航空機編隊説を支えるが、全証言を完全に再現するものではない。
未解明の理由3:NUFORCの記録は公式な航空管制記録ではないNUFORCは、一般市民からUFOや未確認飛行現象の報告を集める民間の報告機関だ。事件当時の報告は、電話で寄せられた情報や後日提出された記述をまとめたもので、航空管制機関が作成した飛行記録とは性格が違う。
実際、NUFORCは1997年8月の初期報告で、受け取った情報が暫定的なものであり、書面による証言が届けば内容が修正される可能性があると説明していた。F-15による迎撃説についても、独自に確認できなかったと記している。
この点は、ネット上で「NUFORCがUFOの存在を証明した」と紹介されることがある際に、特に注意したい部分だ。NUFORCに記録があることは、その内容がすべて事実として認定されたことを意味しない。
2026年現在の評価は「部分的に説明された事件」公開されている調査資料や研究者による整理を踏まえると、2026年現在の評価は次のようになる。
- 午後10時ごろの光列:メリーランド州空軍州兵のA-10による照明弾投下という説明が有力。
- 午後8時台のV字編隊:航空機編隊説が有力な検討対象。望遠鏡で飛行機を確認したという証言もある。
- 巨大な単一飛行物体説:目撃者の印象として記録されているが、構造を裏付ける決定的な物証は確認されていない。
- 宇宙人・地球外生命体説:この事件に関して地球外技術や宇宙船の存在を立証する証拠は確認されていない。
2026年時点でも、二つの現象を一括して原因特定した米軍・州政府の最終的な公表報告書は確認できない。米空軍の回答文書、州兵関係者の説明、民間の映像解析、目撃者の回想がそれぞれ独立して存在している。事件の記録が分散していること自体が、長年議論が続いてきた背景の一つだ。
【プロの結論】フェニックスの光の正体を判断するための3つの基準
フェニックスの光は、UFO事件を検証するときに何を証拠として扱うべきかを考えるうえでも興味深い事例だ。大勢の人が同じ夜に光を見たことと、その光が地球外の乗り物だったことは、まったく別の主張である。
1. 目撃者の人数と物体の正体は別問題多くの人が同じ現象を見た場合、少なくとも何らかの視覚的現象が発生した可能性は高くなる。しかし、目撃者が増えても、対象物の高度、距離、速度、構造が自動的に確定するわけではない。
フェニックスの光では、複数の目撃者が巨大なV字型の物体を見たと説明している一方、望遠鏡を使った観察者は個々の飛行機を見たと証言している。両者の違いを理解するには、肉眼での印象と拡大観察による識別を分けて考える必要がある。
2. 軍の説明は対象となる時間と場所を確認する照明弾説を評価する場合、軍が訓練をしていたという事実だけでは不十分だ。投下時刻、投下地点、高度、照明弾の種類、燃焼時間、映像に映った光の動きが一致するかを調べる必要がある。
後半の光列は、この条件を比較的よく満たしている。一方、前半のV字編隊については、航空機編隊説を支持する資料があるものの、すべての目撃地点と証言を完全に対応させた記録は不足している。
3. 「未確認」と「地球外起源」を混同しないUFOは本来、正体を確認できていない飛行物体や光を指す言葉として使われてきた。正体が分からないことは、地球外生命体の乗り物であることを意味しない。
この事件を調べるなら、目撃者の証言、当時の軍の説明、航空機の運用情報、映像解析、後年の政治家の回想を、それぞれ証拠の種類に応じて評価することが大切だ。
【プロの結論】 フェニックスの光事件は、後半の光列については照明弾説が強く支持され、前半のV字編隊については軍用機を含む航空機編隊説が有力な説明として残る、部分的に解明された事件である。未解明部分があることは事実だが、それを宇宙船の存在を示す証拠に置き換えることはできない。
フェニックスの光に関するよくある質問(FAQ)
Q1:フェニックスの光事件は本当に1997年3月13日に起きたのですか?
A1:はい。1997年3月13日の夜、アリゾナ州のポールデン、プレスコット、フェニックスなどで複数の光が目撃され、NUFORCにも当時の報告が残されています。
Q2:フェニックスの光の正体は軍の照明弾だったのですか?
A2:午後10時ごろにフェニックス南西部で目撃された光列については、メリーランド州空軍州兵のA-10攻撃機が投下した照明弾だったという説明が有力です。ただし、午後8時台のV字型編隊まで同じ照明弾で説明することはできません。
Q3:フェニックスの光は宇宙人の乗り物だったのでしょうか?
A3:地球外生命体の乗り物だったと証明する科学的・公的証拠は確認されていません。シミントン元知事を含め、通常の航空機では説明できないと考える目撃者はいますが、目撃証言だけで宇宙船と断定することはできません。
Q4:2026年現在もフェニックスの光事件は未解決ですか?
A4:事件全体としては部分的に未解明です。後半の光列には照明弾説が有力で、前半のV字編隊には航空機編隊説があります。両方を一括して最終特定した公的な調査報告書は確認されていません。
1997年3月13日にアリゾナ州で発生したフェニックスの光事件は、数多くの住民が夜空の異様な光を目撃したことで、世界的に知られるようになったUFO事件だ。
その後の調査で、午後10時ごろの光列については、メリーランド州空軍州兵のA-10攻撃機がバリー・M・ゴールドウォーター射爆場付近で使用した照明弾という説明が有力になった。映像解析も、この見方を支持している。
一方、午後8時台のV字型編隊には、望遠鏡で航空機を確認したミッチ・スタンリーの証言や軍用機編隊説があるものの、すべての目撃を完全に説明する公的資料はそろっていない。ファイフ・シミントン元知事の2007年の証言も、事件をめぐる議論を再燃させるきっかけとなった。
2026年現在のフェニックスの光を正しく理解する鍵は、二つの現象を混同せず、目撃証言と軍事記録、映像解析を区別することにある。説明できる部分と残された疑問を分けて考えることこそ、この有名なUFO事件の正体に近づくための最も確かな方法だ。
主な参考資料:NUFORC「The Phoenix Lights」(1997年)、AP通信の1997年7月の軍用照明弾報道、CNNのファイフ・シミントン元知事インタビュー(2007年)、『Skeptical Inquirer』掲載のジェームズ・マクガハ/ジョー・ニッケルによる検証記事(2015年)、Phoenix New Timesの目撃者回顧記事(2025年)、米空軍ルーク基地の1997年5月1日付回答文書。