相川七瀬さんが入学したのは、國學院大學神道文化学部神道文化学科です。
國學院大學は、東京都渋谷区に本部を置く私立大学です。1882年に創設された皇典講究所を起源とし、日本の歴史、神道、文学、伝統文化などを専門的に研究できる大学として知られています。
神道文化学部では、神道の歴史や思想、神社祭祀、日本の宗教文化などを学びます。単に神社の作法を覚えるのではなく、日本人の生活や地域社会に祭りがどのように根付いてきたのかを学術的に考察する分野です。
相川さんが選んだのも、こうした学問を通じて、自身が関わってきた伝統行事への理解を深めたいという目的があったからです。
大学院も同じ國學院大學に進学2024年4月には、同大学の大学院へ進学しました。
進学先は文学研究科で、専攻分野は民俗学です。
テレビ朝日ニュースが2026年3月に報じた本人の修了報告によると、大学院では民俗学を専攻し、仕事と学業を両立させながら研究を続けていました。
國學院大學の文学研究科には、神道学・宗教学専攻、文学専攻、史学専攻が設置されています。民俗学も修士の学位分野に含まれており、日本の伝統行事や地域文化を専門的に研究できる環境が整っています。
【45歳で大学進学】相川七瀬が高卒認定試験に挑んだ理由

相川七瀬さんの大学進学を語るうえで欠かせないのが、2018年の高卒認定試験への挑戦です。
相川さんは高校を中退して歌手活動を始めたため、大学受験の前に学歴面での準備が必要でした。
ただし、進学の動機は大学卒業という肩書だけではありません。
大きく分けると、本人が語っている理由は次の3つです。
1. 高校中退というコンプレックスを乗り越えたかった婦人公論の2024年3月のインタビューで、相川さんは高校を中退したことへのコンプレックスを長く抱えていたと明かしています。
20歳で歌手としてデビューし、音楽の世界で成功を収めた一方、一人の人間として学び残したものがあると感じていたそうです。
高校卒業の証しが欲しいという気持ちは、20代、30代になっても消えませんでした。
しかし、仕事や家庭を優先するなかで、勉強に踏み出すタイミングをつかめずにいました。
転機になったのは40代に入ってからです。
2. 子どもたちの受験勉強がきっかけになった2018年に高卒認定試験を受ける決意をした背景には、子どもたちの受験もありました。
長男の大学受験と長女の小学校受験が重なった時期に、子どもたちに勉強を促すだけでなく、自分も一緒に学ぼうと考えたのです。
文春オンラインのインタビューでは、親として勉強する姿を見せることや、子どもとの関係を考えたことも理由として挙げています。
勉強から長く離れていたため、家庭教師を依頼して基礎から学び直しました。
特に数学の数式や三角比には苦労したと、FRIDAYデジタルでも振り返っています。
約2年間の勉強を経て、2018年に高卒認定試験に合格しました。
3. 赤米神事を守りたいという思いが強くなった大学進学を決定づけた、もう一つの大きな理由が赤米神事との出会いです。
2011年、日韓友好のライブで長崎県の対馬を訪れた相川さんは、赤い稲穂を使う伝統行事の存在を知りました。
赤米神事は、赤米を育て、神事に用いることで受け継がれてきた伝統文化です。
ところが、現地で話を聞くと、赤米を生産する人の高齢化や後継者不足が深刻になっていました。
1000年以上続いてきたとされる文化が、担い手不足によって失われる可能性がある。
この現実に直面したことが、相川さんの意識を変えました。
それまで親善大使として赤米文化を発信してきましたが、活動を続けるなかで、伝統行事を守るには、広報だけでなく祭祀や民俗学についての専門的な知識も必要だと感じるようになったのです。
こうして、実際の活動を学術的な研究につなげるため、大学進学を決意しました。
相川七瀬さんの学歴を、大学進学前から大学院修了まで時系列で整理します。
本人のインタビュー、大学院修了報道、大学関連の発表をもとに整理
| 時期 | 学歴・出来事 | 内容 |
|---|---|---|
| 高校時代 | 高校中退 | 歌手活動を目指して学業から離れる |
| 2011年 | 対馬で赤米神事と出会う | 伝統文化の継承に関心を持つ |
| 2018年 | 高卒認定試験合格 | 約2年間の勉強を経て合格 |
| 2020年4月 | 國學院大學入学 | 45歳で神道文化学部に進学 |
| 2020~2024年 | 学部生として在籍 | 歌手活動と学業を両立 |
| 2024年3月 | 学部卒業 | 成績優秀者として表彰されたことも報道 |
| 2024年4月 | 大学院進学 | 文学研究科で民俗学を専攻 |
| 2026年3月3日 | 修士最終試験合格 | 本人が大学院修了の見込みを報告 |
| 2026年3月21日 | 大学院学位記授与式 | 本人が修了を正式に報告 |
| 2026年10月 | テレビ番組出演 | 修士課程修了と研究内容について語る |
特に注目したいのは、大学を卒業した後も研究を続けた点です。
2024年3月21日付の報道では、相川さんは國學院大學神道文化学部の卒業式に出席し、成績優秀者として表彰されたことが伝えられました。
また、卒業生総代の一人にも選ばれたと報じられています。
その翌月には大学院へ進学し、さらに2年間の研究に取り組みました。
2026年3月4日には修士最終試験への合格を報告。3月21日には学位記授与式を終えたことを自身のSNSで発表しています。
つまり、学部卒業は2024年3月、大学院修了は2026年3月というのが正確な経歴です。
【神道文化学部での大学生活】歌手活動と学業をどう両立した?
45歳で大学生になった相川さんの学生生活は、決して形式的なものではありませんでした。
歌手としての仕事を続けながら、大学の授業や試験、レポート、卒業論文に取り組んでいました。
コロナ禍で始まったキャンパスライフ2020年の入学時期は、新型コロナウイルスの感染拡大と重なっていました。
FRIDAYデジタルのインタビューによると、入学当初はオンライン授業が多く、同級生との交流も簡単ではなかったそうです。
そこで相川さんは、自分から同期の学生に声をかけ、連絡先を交換するなど、学生同士のつながりを作っていきました。
年齢や知名度に関係なく、一人の学生として大学生活に向き合ったことがうかがえます。
同級生には息子と同年代の学生も相川さんにとって、大学生活は学問だけでなく人間関係の面でも新しい経験でした。
同級生には息子と同年代の学生もいました。
世代の違う学生と同じ教室で授業を受け、同じ試験に取り組むことは、長年芸能界を中心に活動してきた相川さんにとって新鮮な経験だったはずです。
また、婦人公論のインタビューでは、学び直しを通じて人間関係の幅が広がったことも大きな収穫として語っています。
卒業論文と仕事の両立学部の最終学年では卒業論文にも取り組みました。
毎年、大学の試験や課題の時期とライブツアーが重なることもあり、時間のやりくりは簡単ではなかったようです。
それでも4年間をやり遂げ、2024年3月に卒業しました。
大学院進学後も同じ姿勢は変わらず、修士論文の提出前には図書館に通う日々を過ごしていたと日刊スポーツが報じています。
2026年1月には、修士論文の提出期限が迫り、本人がSNSで追い込まれた様子を伝えたことも話題になりました。
学業を肩書として取得するのではなく、実際に課題や論文に向き合っていたことが分かります。
【2026年最新の研究テーマ】民俗学で追究した「祭りの組織の継承」
相川七瀬さんが大学院で取り組んだ研究の中心には、日本の祭りと地域社会の関係があります。
2026年10月18日付のスポニチアネックスの記事では、10月17日放送の日本テレビ「Google Pixel presents ANOTHER SKY」に出演した相川さんが、大学院での研究内容について語ったことが紹介されました。
本人が関心を寄せているのは、神社の祭りが地域に果たす役割です。
具体的には、次のような観点が挙げられます。
祭りは地域活性化にどのようにつながるのか祭りには、神社の祭祀としての役割だけでなく、地域住民を結び付ける機能があります。
地域の人々が準備や運営に関わり、世代を超えて役割を引き継ぐことで、地域のつながりが維持されてきました。
一方、人口減少や高齢化が進む地域では、祭りの担い手を確保することが難しくなっています。
相川さんが2020年のORICON NEWSのインタビューで関心を示していたのも、祭りを続けられた地域と、続けられなくなった地域の違いでした。
地域の人口動態と祭りの存続にはどのような関係があるのか。
こうした問題をデータや民俗学の視点から考えることが、研究の出発点になっています。
観光資源としての祭りの可能性2026年10月のテレビ出演では、祭りについて地域活性化だけでなく、観光資源や経済活動としての側面にも言及しました。
これは非常に重要な視点です。
伝統行事を保存するだけでは、担い手や資金の不足という問題を解決できない場合があります。
地域外から人を呼び込み、観光や交流を通じて経済的な循環を生み出すことも、継承の選択肢になります。
ただし、観光客向けのイベントとしての魅力を高めることと、地域住民が守ってきた神事の本来の意味を残すことは、必ずしも同じではありません。
この両者をどう両立させるかは、伝統文化を継承するうえで重要な課題です。
赤米神事から祭りの継承へ相川さんの研究関心は、大学進学のきっかけとなった赤米神事ともつながっています。
赤米神事を守るために必要なのは、赤米を栽培する人を確保することだけではありません。
祭りを運営する人、神事の意味を理解する人、地域で役割を担う人をどう次世代につなぐかという問題もあります。
2026年のライブドアニュースでも、相川さんの研究テーマとして「祭りの組織の継承」が紹介されました。
伝統行事を残すためには、個人の熱意に依存するのではなく、地域のなかで継続できる仕組みを作る必要があるという問題意識です。
【國學院大學の偏差値は?】入試難易度と相川七瀬の学歴を検証
國學院大學神道文化学部の偏差値についても、検索する人が多いテーマです。
河合塾Kei-Netに掲載されている入試難易度の目安では、神道文化学部の一般選抜A日程は、入試方式によって偏差値52.5~55.0、共通テスト方式のボーダー得点率は72%とされています。
ただし、偏差値は入試年度や方式によって変わります。これは相川さんが2020年に受験した当時の偏差値を示す数字ではありません。
相川七瀬の学歴に関する3つの誤解| よくある疑問 | 正しい情報 |
|---|---|
| 高校を卒業してから大学に入った? | 高校中退後、2018年に高卒認定試験に合格 |
| 2023年に大学を卒業した? | 2024年3月に神道文化学部を卒業 |
| 大学院で博士号を取得した? | 2026年3月に博士前期課程を修了。博士号取得とは異なる |
特に注意したいのが、大学院修了と博士号取得の違いです。
相川さんが2026年3月に修了したのは、國學院大學大学院文学研究科の博士前期課程に当たる修士課程です。
博士前期課程は修士課程に相当し、修了によって博士号を取得したことにはなりません。
ENCOUNTが報じた本人の修了通知にも「博士前期課程 修了」と記載されていました。
また、大学卒業の年については、2024年3月の文春オンラインや婦人公論、2026年3月の日刊スポーツの報道が一致しています。一部の後年の記事に異なる年の記載が見られても、同時期の卒業報道と本人の経歴を照らせば、2024年卒業と整理できます。
【相川七瀬の大学に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:相川七瀬が通っていた大学はどこですか?
國學院大學神道文化学部神道文化学科です。2020年に45歳で入学し、2024年3月に卒業しました。
Q2:相川七瀬は高卒ですか?
高校は中退していますが、2018年に高卒認定試験に合格しています。その資格を得て大学受験に挑戦しました。
Q3:相川七瀬は大学院も卒業していますか?
はい。2024年4月に國學院大學大学院文学研究科へ進学し、2026年3月に博士前期課程を修了しました。
Q4:相川七瀬の大学院での専攻は何ですか?
民俗学です。神社の祭りや地域文化、伝統行事の継承などに関心を持ち、研究を進めてきました。
Q5:相川七瀬はなぜ神道を学ぼうと思ったのですか?
対馬で赤米神事と出会い、伝統行事の後継者不足を知ったことが大きなきっかけです。赤米文化を守る活動を、専門的な知識によってさらに深めたいと考えました。
Q6:相川七瀬は2026年現在、博士号を取得していますか?
2026年3月に修士課程に相当する博士前期課程を修了しています。博士号の取得を発表した事実とは区別する必要があります。
相川七瀬さんの学歴は、高校中退から高卒認定試験合格、國學院大學神道文化学部への入学、そして大学院修了へと続いています。
改めて重要な経歴を整理すると、次のとおりです。
- 2018年: 高卒認定試験に合格
- 2020年: 45歳で國學院大學神道文化学部に入学
- 2024年3月: 神道文化学部を卒業
- 2024年4月: 同大学大学院文学研究科に進学
- 2026年3月: 大学院の博士前期課程を修了
- 2026年10月: テレビ番組で研究内容について語る
今回の学び直しで特に注目すべきなのは、大学進学が単なる個人的な学歴取得にとどまっていないことです。
赤米神事との出会いから始まった伝統文化への関心が、神道の学習につながり、さらに民俗学による祭りの継承研究へと発展しました。
歌手として培ってきた発信力と、大学・大学院で身につけた専門的な知識。その両方を生かせることは、相川さんならではの強みです。
2026年3月の修了報告でも、本人は今後も自分のペースで研究を続ける意向を示しています。
45歳で大学に入り、51歳で大学院を修了した相川七瀬さん。学び直しの本当の価値は、卒業証書を手にすることだけではなく、長年関心を持ってきた伝統文化を、これからも守り、次の世代へ伝えるための力を身につけたことにあるのと考えられます。