藤堂高虎(とうどうたかとら)は、戦国時代から江戸時代初期にかけて活躍した武将であり、豊臣秀長の重臣、徳川家康の側近、そして築城の名手として知られる人物です。2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』では、俳優の佳久創(かく・そう)が藤堂高虎を演じ、武勇だけでなく、豪快さと知性を兼ね備えた人物像が描かれています。NHK大河ドラマ第65作となる同作の主人公は豊臣秀長であり、高虎は物語の重要な脇役として登場します。
実は藤堂高虎は、これまでにも『徳川家康』『葵 徳川三代』『真田丸』『どうする家康』など複数の大河ドラマに登場してきました。歴代の配役には田村亮、誠直也、網川凛らが名を連ねています。今回は、2026年11月2日時点の最新情報を踏まえ、佳久創の役どころ、豊臣秀長との主従関係、歴代出演作品、主君を変えた理由、関ヶ原の戦いでの功績、築城の実力まで詳しく解説します。
【結論】藤堂高虎は大河ドラマの主人公になったことがある?2026年の出演状況

最初に、最も気になる疑問から答えます。
藤堂高虎を主人公にしたNHK大河ドラマは、2026年11月現在、制作・放送されていません。
2026年の『豊臣兄弟!』は、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長を主人公とする作品です。秀長を演じるのは仲野太賀、兄の豊臣秀吉を演じるのは池松壮亮です。
高虎は秀長を支える重臣の一人として登場します。
2026年『豊臣兄弟!』での藤堂高虎の立ち位置同作は2026年1月4日に放送を開始した第65作の大河ドラマです。
NHK財団が運営する「ステラnet」の番組紹介でも、秀長を中心に豊臣兄弟の天下統一への道を描く作品として紹介されています。
高虎は、秀長の重臣として物語に関わり、戦場での武勇だけでなく、算術や兵站、築城などに通じた知勇兼備の武将として描かれています。
注目したいのは、高虎が単なる豪傑として描かれていない点です。
若いころは浅井長政に仕え、主君を転々とした高虎ですが、秀長と出会うことで武勇以外の能力も伸ばしていきます。秀長の家臣として成長する姿は、2026年の物語における重要な見どころです。
2026年の藤堂高虎は何話に登場した?佳久創が演じる高虎の主な登場の節目は次のとおりです。
- 第15回「姉川大合戦」:2026年4月19日放送。 浅井長政の家臣として初登場。
- 第18回「羽柴兄弟!」:2026年5月10日放送。 秀吉・秀長兄弟が家臣を選ぶ場面で再登場。
第15回では、姉川の戦いで秀吉や秀長たちの前に立ちはだかる大柄な武将として描かれました。
第18回では、秀吉が家臣を集める選抜試験に参加。石田三成らとともに選考に残り、怪力を生かした印象的な場面も登場しました。
2026年11月2日現在、番組は第42回まで進み、ステラnetでは第43回のあらすじも公開されています。物語は豊臣政権の拡大から天下統一へと進んでおり、高虎の歴史上の役割を理解するうえでも重要な時期に入っています。
【佳久創の役どころ】豊臣秀長との関係とドラマで描かれる高虎の魅力
佳久創(かく・そう)
2026年『豊臣兄弟!』で藤堂高虎を演じる俳優。元ラグビー選手で、2022年の『鎌倉殿の13人』では武蔵坊弁慶を演じた。
2026年の大河ドラマ出演は2作目
佳久創が演じる高虎は、巨漢で豪快な武将という第一印象が強い人物です。
しかし、ドラマで描かれる魅力は体格や怪力だけではありません。
NHKの出演者紹介を基にしたキャラクター説明では、次のような人物像が示されています。
- 浅井長政に仕えた後、複数の主君のもとを渡り歩く。
- 豊臣秀長と出会い、学問や知識の重要性を学ぶ。
- 算術、鉄砲、築城など幅広い能力を身につける。
- 秀吉の中国攻めや賤ヶ岳の戦いなどに参加する。
- 前線で戦うだけでなく、兵站も担当する。
特に興味深いのは、武力と知力の両方を持つ武将へと成長する点です。
佳久創自身も元ラグビー選手という経歴を持ち、体格を生かした演技に説得力があります。
2026年6月のNHK番組『土スタ』では、役作りのために体重を15キロほど増やしたことや、槍を使った殺陣、話題になった仏像を抱える場面の撮影秘話などが紹介されました。
藤堂高虎と豊臣秀長の関係は?藤堂高虎と豊臣秀長の関係は、歴史上の高虎を理解するうえで欠かせないポイントです。
高虎は弘治2年(1556年)、近江国犬上郡藤堂村、現在の滋賀県甲良町に生まれました。
最初は浅井長政に仕えましたが、その後、複数の主君のもとを移り、天正4年(1576年)に豊臣秀長に300石で召し抱えられます。
ここから高虎の人生は大きく変わっていきます。
秀長は豊臣秀吉を支える重要人物であり、軍事だけでなく政治や外交にも優れていました。高虎は秀長のもとで戦功を重ね、次第に信頼を獲得します。
NHK出版から2025年12月に刊行された歴史研究者・黒田基樹の著書『羽柴秀長と藤堂高虎』でも、二人は羽柴政権の軍事・外交を支えた重要な武将として取り上げられています。
この関係を象徴するのが、佳久創の秀長に対する人物理解です。
2026年4月のMANTANWEBの取材では、秀長について、高虎のように主君を何人も変えてきた人物を正しく評価してくれる存在だったとの趣旨を語っています。
ドラマで描かれる主従関係には、単なる上下関係を超えた信頼が表れています。
秀長の死後、高虎はどうなった?豊臣秀長は天正19年(1591年)に亡くなりました。
高虎はその後、秀長の後継者である豊臣秀保に仕えます。しかし、秀保も文禄4年(1595年)に亡くなり、秀長の家は断絶しました。
主家を失った高虎は高野山に入りましたが、豊臣秀吉から再び召し出され、伊予国宇和島周辺の領主となります。
この経緯からも、秀長が高虎の人生に与えた影響の大きさが分かります。
【生涯と功績】藤堂高虎が築城の名手と呼ばれた理由
藤堂高虎の名前を歴史に残したのは、合戦での武功だけではありません。
むしろ、築城技術や領国経営における実績こそ、彼をほかの戦国武将と区別する大きな特徴です。
藤堂高虎の生涯と主な出来事| 年代 | 出来事 | 意味・功績 |
|---|---|---|
| 1556年 | 近江国に誕生 | 藤堂家に生まれる |
| 1570年 | 姉川の戦い | 浅井方として初陣 |
| 1576年 | 豊臣秀長に仕える | 300石で召し抱えられる |
| 1587年 | 紀伊粉河の領主となる | 初めて大名となる |
| 1595年 | 豊臣秀吉に仕える | 秀保の死後、高野山から復帰 |
| 1598年 | 徳川家康に接近・仕える | 徳川方へ転じる |
| 1600年 | 関ヶ原の戦い | 東軍として戦功を挙げる |
| 1602年 | 今治城の築城開始 | 海城の建設に着手 |
| 1608年 | 伊勢・伊賀へ転封 | 初代津藩主となる |
| 1630年 | 江戸で死去 | 75歳で生涯を閉じる |
高虎は、黒田官兵衛、加藤清正と並んで「築城三名人」の一人に数えられています。
その評価を裏付ける代表的な城が今治城です。
今治城は慶長7年(1602年)に築城が始まりました。
今治市の公式資料によると、特徴は海水を引き入れた広大な堀と、城内に設けられた船入です。
つまり、単に敵から守るための城ではなく、海上交通や軍事輸送にも対応できる機能的な城郭でした。
今治城は日本を代表する海城の一つとして知られています。
ほかにも高虎は、膳所城、江戸城、丹波亀山城などの築城・修築に関わったとされています。
高虎の築城技術を理解する際には、次の3点が重要です。
- 防御力: 高石垣や堀を活用した堅固な構造。
- 軍事機能: 兵の移動や物資の輸送を考慮した設計。
- 政治・経済機能: 城下町や交通網を含めた領国経営への配慮。
戦国時代の城づくりは、戦闘のためだけの仕事ではありません。城を中心とした都市の発展にも直結していました。
高虎が築城の名手と呼ばれる理由は、こうした総合的な能力にあります。
関ヶ原の戦いで徳川家康に貢献1600年の関ヶ原の戦いは、高虎の運命を大きく変えた出来事でした。
豊臣秀吉の死後、高虎は徳川家康に接近し、関ヶ原の戦いでは東軍に所属します。
この戦いでの功績により、伊予今治20万石を領する大名となりました。
その後も家康から厚い信頼を受け、1608年には伊賀国一円と伊勢国の一部を与えられ、初代津藩主に就任します。
最終的には32万3,950石の大名にまで上り詰めました。
外様大名でありながら徳川政権の重要人物として重用されたことは、高虎の政治的な能力を示す実績です。
【歴代俳優一覧】藤堂高虎を演じた大河ドラマのキャストを比較
藤堂高虎は、これまで多くの大河ドラマに登場しています。
その配役を年代順に整理すると、作品ごとに描かれる時代や高虎の立ち位置が異なることが分かります。
藤堂高虎を演じた歴代俳優一覧| 放送年 | 大河ドラマ | 藤堂高虎役 |
|---|---|---|
| 1983年 | 徳川家康 | 前田昌明 |
| 1989年 | 春日局 | ト字たかお |
| 1996年 | 秀吉 | 徳秀樹 |
| 2000年 | 葵 徳川三代 | 田村亮 |
| 2003年 | 武蔵 MUSASHI | 誠直也 |
| 2009年 | 天地人 | 一岡裕人 |
| 2016年 | 真田丸 | 日野誠二 |
| 2023年 | どうする家康 | 網川凛 |
| 2026年 | 豊臣兄弟! | 佳久創 |
※NHK大河ドラマにおける配役の一覧です。ほかの時代劇やテレビ作品は含めていません。
『葵 徳川三代』の田村亮
田村亮
2000年の『葵 徳川三代』で藤堂高虎を演じました。歴代配役データベースでは、全49回中22回の出演が記録されています。
『葵 徳川三代』は、関ヶ原の戦いから徳川幕府の成立、そして徳川家光の時代までを描いた作品です。
高虎が徳川家康の側近として活動した時代と重なるため、人物の歴史的な役割を理解しやすい作品です。
歴代配役の中でも、田村亮による高虎は出演回数の多さが特徴です。
『どうする家康』の網川凛
網川凛
2023年の『どうする家康』で高虎を演じました。第40回、第41回、第42回に登場しています。
『どうする家康』では、徳川家康の天下取りが進む時期に高虎が登場しました。
出演回は以下のとおりです。
- 第40回「天下人家康」:2023年10月22日
- 第41回「逆襲の三成」:2023年10月29日
- 第42回「天下分け目」:2023年11月5日
この時期の高虎は、豊臣政権から徳川政権への移行を象徴する人物の一人です。
『豊臣兄弟!』の佳久創はどこが違う?2026年の佳久創版は、これまでの作品とは人物描写の中心が異なります。
『葵 徳川三代』や『どうする家康』では、徳川家康との関係や関ヶ原前後の高虎が重要になります。
一方、『豊臣兄弟!』では、若いころの高虎と豊臣秀長との出会いが大きな軸です。
つまり、同じ藤堂高虎でも、どの時代を中心に描くかによって人物の印象が変わります。
【主君を変えた理由】藤堂高虎はなぜ豊臣から徳川へ移ったのか
藤堂高虎を語る際、必ず話題になるのが主君を何度も変えた経歴です。
一見すると、仕える相手を次々に変えた節操のない武将に見える可能性があります。
しかし、実際の経歴を追うと、主家の滅亡や後継者の死、政権交代など、本人の意思だけではどうにもならない事情が大きく関係しています。
主君を変えた主な経緯高虎は浅井長政に仕えた後、磯野員昌を経て豊臣秀長に仕えました。
その後、秀長の死去、後継者の秀保の死去によって主家を失い、豊臣秀吉の直属の大名となります。
1598年に秀吉が亡くなると、徳川家康に仕えるようになりました。
徳川家康との関係はなぜ深まった?高虎が家康に重用された理由として注目されるのが、軍事能力だけでなく、築城技術や政治的な調整能力です。
家康にとって高虎は、戦場で働く武将であると同時に、城郭や領国支配にも能力を発揮できる実務家でした。
関ヶ原の戦いで東軍として活躍したことは、二人の関係をさらに強固なものにしました。
また、大坂冬の陣・夏の陣でも徳川方として活躍しています。
その結果、外様大名でありながら幕府の重鎮として活躍する地位を確立しました。
主君を変えたことは裏切りだったのか?ここは高虎を理解するうえで要点です。
戦国時代は、主君の敗北や領地の没収、家の断絶によって家臣の立場が大きく変わる時代でした。
高虎の場合も、浅井家の滅亡、秀長と秀保の死去、豊臣秀吉の死去といった政治的な転換点がありました。
そのため、単純に「主君を裏切った人物」と評価するのは適切ではありません。
むしろ注目したいのは、仕える相手が変わっても、軍事・築城・行政といった自分の能力を磨き続けたことです。
高虎の生涯は、忠誠心だけではなく、実務能力と時代を読む力によって地位を築いた武将の人生でもあります。
【2026年最新情報】藤堂高虎が大河ドラマの主人公になる可能性は?
藤堂高虎は、大河ドラマの主人公にしても十分な物語性を持つ人物です。
1556年に生まれ、1630年に亡くなるまで、戦国時代から江戸幕府の基盤が固まる時期を生き抜きました。
その人生には、主人公として描ける要素が数多くあります。
主人公にふさわしい3つの理由1.主君を変えながら出世した波乱万丈の人生
浅井長政、豊臣秀長、豊臣秀吉、徳川家康と、複数の主君のもとで活躍しました。
それぞれの主君との関係を通じて、戦国時代の権力構造を描くことができます。
2.豊臣政権と徳川政権の両方を知る人物
秀長の家臣として豊臣政権を支えた後、家康の側近として徳川政権の成立にも関わりました。
豊臣家と徳川家の両方から信頼された人物という点は、歴史ドラマとして大きな魅力です。
3.築城と政治の両面で活躍した実績
高虎は戦場で武功を挙げただけではありません。
今治城をはじめとする城郭の建設や修築、津藩の基盤づくりにも関わっています。
合戦中心の戦国ドラマとは違い、都市づくりや領国経営をテーマにした物語にも発展させられます。
2026年は藤堂高虎の生誕470年2026年は、藤堂高虎が1556年に生まれてから470年に当たります。
実際に、滋賀県甲良町では2026年4月26日に藤堂高虎生誕470年を記念する催しが行われ、『豊臣兄弟!』で高虎を演じる佳久創も参加しました。
また、三重県津市では2026年9月、高虎役の佳久創が10月の津まつりと11月7日の第14回高虎サミットin津に出演する予定が発表されました。
こうした動きからも、2026年は藤堂高虎の歴史的な功績を改めて知る機会が増えた年といえます。
なお、2026年11月2日時点で、高虎単独を主人公とする新たな大河ドラマの制作発表は確認できません。現在放送中の『豊臣兄弟!』では、秀長の重臣として高虎の人生の一部が描かれています。
今後、単独主人公の作品が実現するなら、浅井家に仕えた若き日から、津藩32万石の大名へと成長するまでの人生が中心になるでしょう。
【藤堂高虎の大河ドラマ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:藤堂高虎が主人公の大河ドラマはありますか?
A1:2026年11月現在、藤堂高虎を単独主人公とするNHK大河ドラマはありません。2026年の『豊臣兄弟!』では、豊臣秀長の重臣として佳久創が演じています。
Q2:2026年の『豊臣兄弟!』で藤堂高虎を演じる俳優は誰ですか?
A2:俳優の佳久創です。元ラグビー選手で、2022年の『鎌倉殿の13人』では武蔵坊弁慶を演じました。
Q3:藤堂高虎と豊臣秀長はどのような関係ですか?
A3:主従関係です。1576年に高虎は秀長に300石で召し抱えられ、その後、多くの合戦で功績を挙げました。秀長の死後も、その後継者である秀保に仕えています。
Q4:藤堂高虎を演じた歴代俳優で田村亮が出演した作品は?
A4:2000年のNHK大河ドラマ『葵 徳川三代』です。歴代配役データベースでは全49回中22回に出演した記録があります。
Q5:『どうする家康』で藤堂高虎を演じた俳優は誰ですか?
A5:網川凛です。2023年放送の第40回、第41回、第42回に登場しました。
Q6:藤堂高虎が主君を変えた理由は何ですか?
A6:仕えていた主家の滅亡や後継者の死去、豊臣政権から徳川政権への移行などが背景にあります。単純な裏切りではなく、時代の変化に対応してきた経歴です。
Q7:藤堂高虎が築城した代表的な城はどこですか?
A7:今治城が代表的です。1602年に築城が始まり、海水を利用した堀や船入を備える海城として知られています。そのほか江戸城や膳所城などの築城・修築にも関わりました。
藤堂高虎は、豊臣秀長の重臣として活躍し、関ヶ原の戦いでは徳川家康の東軍に加わり、最終的に32万3,950石の津藩主にまで上り詰めた戦国武将です。
これまで『徳川家康』『葵 徳川三代』『秀吉』『真田丸』『どうする家康』など、複数の大河ドラマで描かれてきました。
そして2026年の『豊臣兄弟!』では、佳久創が高虎を演じています。
今回の作品で特に注目したいのは、築城の名手や徳川家康の側近として知られる晩年の姿だけでなく、豊臣秀長と出会い、武勇に知性を加えて成長していく若き日の高虎です。
高虎の生涯を知ると、主君を変え続けた武将というイメージだけでは、その本質を捉えきれないことが分かります。
戦場での武勇、築城の技術、政治的な判断力。その3つを兼ね備えたことこそ、藤堂高虎が歴史に名を残した最大の理由です。
2026年は生誕470年という節目でもあります。『豊臣兄弟!』での佳久創の演技を楽しみながら、秀長との主従関係、徳川家康との信頼関係、そして築城の名手としての実績にも目を向けると、藤堂高虎という人物の奥深さがより鮮明になるはずです。